ちょうだまぜい大幸だいこう

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ちょうだまぜい 大幸だいこう
基礎きそ情報じょうほう
四股しこめい あさ玉木たまき玉木たまきちょうだまぜい
本名ほんみょう 玉木たまき いち嗣磨
愛称あいしょう たま、かず、ギョクセイ
生年月日せいねんがっぴ (1993-05-29) 1993ねん5月29にち(30さい
出身しゅっしん 三重みえけん伊勢いせ
身長しんちょう 180.5cm
体重たいじゅう 142.1kg
BMI 43.6
所属しょぞく部屋へや 高砂たかさご部屋へや
得意とくいわざ し、はた
成績せいせき
現在げんざい番付ばんづけ ひがし幕下まくした31まい
最高さいこう ひがしじゅうりょう12まい
生涯しょうがい戦歴せんれき 193しょう169はい(49場所ばしょ
優勝ゆうしょう じょだん優勝ゆうしょう1かい
序ノ口じょのくち優勝ゆうしょう1かい
データ
はつ土俵どひょう 2016ねん1がつ場所ばしょ
備考びこう
2024ねん4がつ30にち現在げんざい

ちょうだまぜい 大幸だいこう(あさぎょくせい たいこう、1993ねん5月29にち - )は、三重みえけん伊勢いせ出身しゅっしんで、高砂たかさご部屋へや所属しょぞく現役げんえき大相撲おおずもう力士りきし本名ほんみょう玉木たまき いち嗣磨(たまき かづま)。身長しんちょう180.5cm、体重たいじゅう142.1kg。得意とくいわざし、はたき。最高さいこうひがしじゅうりょう12まい(2020ねん1がつ場所ばしょ[1]

来歴らいれき[編集へんしゅう]

伊勢いせ立浜たちはまきょう小学校しょうがっこう1ねんから相撲すもうはじめ、地元じもと相撲すもう道場どうじょうこころざしともかん相撲すもう道場どうじょう)にとおった。志摩しま市立しりつ磯部いそべ中学校ちゅうがっこう3ねんつぎ全国ぜんこく都道府県とどうふけん中学生ちゅうがくせい相撲すもう選手権せんしゅけん大会たいかい優勝ゆうしょう実績じっせきのこしている[2]父親ちちおや近畿大学きんきだいがく相撲すもう監督かんとく相撲すもう時代じだい同期どうきだったえん近畿大学きんきだいがく付属ふぞく高校こうこう進学しんがくすると1年生ねんせいから国体こくたい出場しゅつじょうし、2・3ねんつぎ高校こうこう総体そうたいで2ねん連続れんぞくのベスト8や、3ねんつぎ国体こくたいベスト4などの実績じっせきのこした[3]近畿大学きんきだいがく経済学部けいざいがくぶ経営けいえい学科がっか進学しんがくすると1ねんつぎ西日本にしにほん学生がくせい相撲すもう新人しんじん選手権せんしゅけん大会たいかい優勝ゆうしょうをしてはつタイトルを獲得かくとくした。その西日本にしにほん大会たいかいで2つのタイトルを獲得かくとくし、大学だいがく時代じだい個人こじん3かんだった。全国ぜんこく大会たいかいにも出場しゅつじょうしているが、主将しゅしょうつとめた4ねんつぎ全国ぜんこく学生がくせい相撲すもう選手権せんしゅけん大会たいかい団体だんたいじゅん優勝ゆうしょう個人こじんベスト16、全日本ぜんにほん相撲すもう選手権せんしゅけん大会たいかいでベスト16などの実績じっせきはあるものの、主要しゅようタイトルにえんがなく大相撲おおずもうづけ出入でいりもん資格しかくられなかった。4ねん全日本ぜんにほん選手権せんしゅけん最後さいご大学生だいがくせいとしてのすべての公式こうしきせん終了しゅうりょうすると、近畿大学きんきだいがくOBが師匠ししょうつとめており、父親ちちおや親交しんこうがある世話人せわにんそうとう[4][5]所属しょぞくしている高砂たかさご部屋へやもと大関おおぜきあさしお)へ同級生どうきゅうせいでチームメイトのあさ乃山とも入門にゅうもんした[6]。ただしはつ土俵どひょう時期じき一緒いっしょではなく、玉木たまき一足早ひとあしはや2016ねん1がつ場所ばしょから「ちょう玉木たまき」の四股しこめいでデビューした(あさ乃山はさんだん格付かくづけデビューのため、はじめてほんわり相撲すもうったのはおなじ3がつ場所ばしょである。)。同期どうきにはだい奄美あまみらがいる[7]。また3がつはつ土俵どひょうんだ八角はっかく部屋へやきたしょう近畿大学きんきだいがく同級生どうきゅうせい・チームメイトである。

づけ出資しゅっしかくっていないためにぜん相撲すもうからることになったあさ玉木たまきだが、ぜん相撲すもうは2連勝れんしょうスタートののち、あと1しょうすればけで出世しゅっせ決定けっていのところで、大学だいがく試験しけんけなければならないため途中とちゅう休場きゅうじょうとなった[8]。しかし現行げんこう制度せいどではぼしかかわらず1ばんでも相撲すもうればかなら出世しゅっせできることになっているため、14にんちゅう9番目ばんめ出世しゅっせまった[9]さんだん目付めつけのちあさ乃山となる石橋いしばし入門にゅうもんし、自身じしん序ノ口じょのくちがった3がつ場所ばしょでは、無傷むきずの7せん全勝ぜんしょう序ノ口じょのくち優勝ゆうしょうたした[10]よく5がつ場所ばしょでは、石橋いしばしならって四股しこめいから「あさ」のはずかたち本名ほんみょうおなじ「玉木たまき」に改名かいめいしてじょだん昇進しょうしんしたが、序ノ口じょのくちデビュー以来いらい連勝れんしょうをそのままばして7せん全勝ぜんしょうじょだん優勝ゆうしょうとなった[11]つづく7がつ場所ばしょさんだん昇進しょうしんすると、9にちの5ばん相撲すもうきんおおとりやぶれ、序ノ口じょのくちからの連勝れんしょう記録きろくは18でまった[12]しん幕下まくした昇進しょうしんした9がつ場所ばしょでは、7にち髙立、9にちそう大竜おおたつ関取せきとり経験けいけんしゃ2にん相次あいついでたおしたこともあり、つちつかずの6せん全勝ぜんしょうとなった。13にちまれたてば幕下まくした優勝ゆうしょう一番いちばんでは、幕内まくうち経験けいけんしゃ山口やまぐち対戦たいせんし、はたきで相手あいて体勢たいせいくずそうとする場面ばめんもあったものの、ぎゃく山口やまぐちのほうからたたかれて体勢たいせいくずされてしまい、たおしでやぶれた[13]

2017ねん幕下まくした上位じょういの、十両じゅうりょう昇進しょうしん可能かのうせいもある西にし幕下まくした10まいむかえたが、その1がつ場所ばしょでは、3しょう3はいから7番目ばんめやぶれ、入門にゅうもん以来いらいはじめてのしとなった。2018ねん1がつ場所ばしょは、西にし幕下まくした10まいで2しょう5はいしたが、千秋楽せんしゅうらくはちばん相撲すもうまれぜんりゅうとの取組とりくみまれ、って「とく」となった。7番目ばんめまでについた黒星くろぼしえないが、3しょう5はいとなり、点数てんすうを1てんらすかたちとなった。さらに同年どうねん11がつ場所ばしょでも1しょう6はいしからはちばん相撲すもうごくしんどうとの取組とりくみ勝利しょうりし、おなじく「とく」で点数てんすうを1てんらした。なお幕下まくした力士りきしはちばん相撲すもう千秋楽せんしゅうらくまれることがおおいところ、この11月場所ばしょでのはちばん相撲すもうは14にちまれている。2019ねんひがし幕下まくした19まいからの出直でなおしとなったが、1がつ場所ばしょからしをつづけ、7がつ場所ばしょ自己じこ最高さいこうひがし幕下まくした3まい番付ばんづけもどした。この場所ばしょは2連勝れんしょう3連敗れんぱいののち、10日とおかじゅうりょう竜虎りゅうこたたかえ、14にち豊昇ほうしょうりゅうせん連勝れんしょうしてし。場所ばしょ番付ばんづけ編成へんせい会議かいぎで9がつ場所ばしょでのしんじゅうりょう昇進しょうしん決定けっていした。昇進しょうしんにあわせて四股しこめいあらためることになり、中学ちゅうがく時代じだい下宿げしゅくさきであったもちてん家主やぬしかんがえた、高砂たかさご部屋へや伝統でんとうの「あさ」、自身じしん苗字みょうじの「たま」と出身しゅっしん伊勢いせの「いきおい」に由来ゆらいしたちょうだまぜい改名かいめいすることが発表はっぴょうされた[14]三重みえけん出身しゅっしんでは戦後せんご12にんしんじゅうりょう[15]

エピソード[編集へんしゅう]

  • 四股しこめいちょうだまぜい」は中学ちゅうがく3年間ねんかん世話ぜわになった下宿げしゅくさきで、三重みえけん名物めいぶつさわもち」を販売はんばいする竹内たけうちもちてん家主やぬし名付なづけてもらったものである[16]
  • 十両じゅうりょう昇進しょうしんさい師匠ししょうからは「ひとくて気持きもちのつよさがりない」という趣旨しゅし指摘してきをされた[16]
  • 2019ねん9がつ5にち高校こうこう時代じだい恩師おんしである奥谷おくたにたけしから化粧廻けしょうまわしを贈呈ぞうていされた[17]

おも成績せいせき[編集へんしゅう]

2024ねん3がつ場所ばしょ終了しゅうりょう現在げんざい

  • 通算つうさん成績せいせき:193しょう169はい(49場所ばしょ

かくだん優勝ゆうしょう[編集へんしゅう]

  • じょだん優勝ゆうしょう:1かい(2016ねん5がつ場所ばしょ
  • 序ノ口じょのくち優勝ゆうしょう:1かい(2016ねん3がつ場所ばしょ

場所ばしょべつ成績せいせき[編集へんしゅう]

ちょうだまぜい 大幸だいこう
いちがつ場所ばしょ
初場所はつばしょ東京とうきょう
さんがつ場所ばしょ
春場所はるばしょ大阪おおさか
五月ごがつ場所ばしょ
夏場所なつばしょ東京とうきょう
なながつ場所ばしょ
名古屋なごや場所ばしょ愛知あいち
九月場所くがつばしょ
秋場所あきばしょ東京とうきょう
十一月じゅういちがつ場所ばしょ
九州きゅうしゅう場所ばしょ福岡ふくおか
2016ねん
平成へいせい28ねん
ぜん相撲すもう 西にし序ノ口じょのくち19まい
優勝ゆうしょう
7–0
西にしじょだん10まい
優勝ゆうしょう
7–0
ひがしさんだん19まい
6–1 
ひがし幕下まくした41まい
6–1 
ひがし幕下まくした17まい
4–3 
2017ねん
平成へいせい29ねん
西にし幕下まくした10まい
3–4 
ひがし幕下まくした15まい
3–4 
西にし幕下まくした20まい
3–4 
西にし幕下まくした30まい
4–3 
ひがし幕下まくした23まい
5–2 
ひがし幕下まくした15まい
4–3 
2018ねん
平成へいせい30ねん
西にし幕下まくした10まい
3–5 
ひがし幕下まくした19まい
5–2 
ひがし幕下まくした12まい
4–3 
ひがし幕下まくした9まい
5–2 
ひがし幕下まくした4まい
4–3 
ひがし幕下まくした3まい
2–6 
2019ねん
平成へいせい31ねん
/れい元年がんねん
ひがし幕下まくした19まい
4–3 
ひがし幕下まくした12まい
5–2 
ひがし幕下まくした5まい
4–3 
ひがし幕下まくした3まい
4–3 
ひがしじゅうりょう14まい
5–10 
ひがし幕下まくした2まい
5–2 
2020ねん
れい2ねん
ひがしじゅうりょう12まい
7–8 
西にしじゅうりょう12まい
5–10 
感染かんせんしょう拡大かくだい
により中止ちゅうし
ひがし幕下まくした2まい
2–5 
ひがし幕下まくした10まい
2–5 
西にし幕下まくした27まい
4–3 
2021ねん
れい3ねん
ひがし幕下まくした20まい
5–2 
ひがし幕下まくした13まい
2–5 
ひがし幕下まくした23まい
4–3 
西にし幕下まくした16まい
4–3 
西にし幕下まくした12まい
4–3 
ひがし幕下まくした7まい
3–4 
2022ねん
れい4ねん
西にし幕下まくした14まい
4–3 
西にし幕下まくした10まい
4–3 
西にし幕下まくした7まい
2–5 
西にし幕下まくした16まい
3–4 
西にし幕下まくした25まい
3–4 
ひがし幕下まくした31まい
2–5 
2023ねん
れい5ねん
ひがし幕下まくした52まい
5–2 
西にし幕下まくした32まい
2–5 
西にし幕下まくした46まい
5–2 
西にし幕下まくした31まい
6–1 
ひがし幕下まくした13まい
4–3 
西にし幕下まくした9まい
3–4 
2024ねん
れい6ねん
西にし幕下まくした17まい
3–4 
ひがし幕下まくした26まい
3–4 
ひがし幕下まくした31まい
 
x x x
かくらん数字すうじは、「ち-け-休場きゅうじょう」をしめす。    優勝ゆうしょう 引退いんたい 休場きゅうじょう じゅうりょう 幕下まくした
さんしょう=敢闘かんとうしょうこと=殊勲賞しゅくんしょうわざ=技能ぎのうしょう     その=金星かなぼし
番付ばんづけ階級かいきゅう幕内まくうち - じゅうりょう - 幕下まくした - さんだん - じょだん - 序ノ口じょのくち
幕内まくうち序列じょれつ横綱よこづな - 大関おおぜき - 関脇せきわけ - 小結こむすび - 前頭まえがしら(「#数字すうじ」は各位かくいない序列じょれつ


改名かいめいれき[編集へんしゅう]

  • あさ玉木たまき いち嗣磨(あさたまき かづま)2016ねん1がつ場所ばしょ - 2016ねん3がつ場所ばしょ
  • 玉木たまき いち嗣磨(たまき-)2016ねん5がつ場所ばしょ - 2019ねん7がつ場所ばしょ
  • ちょうだまぜい いち嗣磨(あさぎょくせい-)2019ねん9がつ場所ばしょ - 2021ねん3がつ場所ばしょ
  • ちょうだまぜい 大幸だいこう(-たいこう)2021ねん5がつ場所ばしょ -

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ 日本にっぽん相撲すもう協会きょうかい力士りきしプロフィール 基本きほん情報じょうほう 玉木たまき いち嗣磨(たまき かづま)”. http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile?id=3676 2016ねん11月17にち閲覧えつらん 
  2. ^ スボすぼル・マガジン社るまがじんしゃかん相撲すもう』 2015ねん12がつごう九州きゅうしゅう場所ばしょ総決算そうけっさんごう) 121ぺーじ
  3. ^ スボすぼル・マガジン社るまがじんしゃかん相撲すもう』 2016ねん4がつごう春場所はるばしょ総決算そうけっさんごう) 69ぺーじ
  4. ^ 現役げんえき時代じだい大山おおやま部屋へや所属しょぞくしたもと幕下まくした力士りきしであり、世話人せわにん転向てんこう大山おおやま部屋へや閉鎖へいさともな高砂たかさご部屋へや所属しょぞくとなっていた。玉木たまき入門にゅうもんの2016ねん3がつ30にち死去しきょし、現在げんざい故人こじん
  5. ^ スボすぼル・マガジン社るまがじんしゃかん相撲すもう』 2016ねん6がつごう夏場所なつばしょ総決算そうけっさんごう) 69ぺーじ
  6. ^ ““近大きんだいがらす”が入門にゅうもん、16ねんおおきなたのしみに”. 日刊にっかんスポーツ. (2015ねん12月25にち). https://www.nikkansports.com/battle/column/sumo/news/1583495.html 2016ねん11月19にち閲覧えつらん 
  7. ^ 坂元さかもともとぶんまわし玉木たまきいち嗣磨ら13にんしん弟子でし検査けんさ合格ごうかく. 日刊にっかんスポーツ. (2016ねん1がつ10日とおか). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1590365.html 2016ねん11月19にち閲覧えつらん 
  8. ^ スボすぼル・マガジン社るまがじんしゃかん相撲すもう』 2016ねん2がつごう初場所はつばしょ総決算そうけっさんごう
  9. ^ 相撲すもう協会きょうかいちょう玉木たまきしんじょ出世しゅっせ14にん発表はっぴょう初場所はつばしょ. SANSPO.COm. (2016ねん1がつ17にち). http://www.sanspo.com/sports/news/20160117/sum16011716090008-n1.html 2016ねん11月19にち閲覧えつらん 
  10. ^ 近大きんだいぜん主将しゅしょうあさ玉木たまき序ノ口じょのくち優勝ゆうしょう 卒業そつぎょうしきはな. 日刊にっかんスポーツ. (2016ねん3がつ25にち). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1621572.html 2016ねん11月19にち閲覧えつらん 
  11. ^ 和歌山わかやま大会たいかい出場しゅつじょうしゃ 小柳こやなぎ玉木たまき連続れんぞくV 序ノ口じょのくち池川いけがわ /和歌山わかやま. 毎日新聞まいにちしんぶん. (2016ねん5がつ26にち). http://mainichi.jp/articles/20160526/ddl/k30/050/523000c 2016ねん11月19にち閲覧えつらん 
  12. ^ スボすぼル・マガジン社るまがじんしゃかん相撲すもう』 2016ねん8がつごう名古屋なごや場所ばしょ総決算そうけっさんごう)73ぺーじ
  13. ^ スボすぼル・マガジン社るまがじんしゃかん相撲すもう』 2016ねん10がつごう秋場所あきばしょ総決算そうけっさんごう) 75ぺーじ
  14. ^ 玉木たまきあらたあさだまぜい十両じゅうりょう昇進しょうしんに「たまみがかないと」親方おやかた」『日刊にっかんスポーツ』、2019ねん7がつ24にち2019ねん7がつ24にち閲覧えつらん
  15. ^ 幕内まくうち昇進しょうしん力士りきし けんしょうはうれしいしん入幕にゅうまく しん番付ばんづけ 日刊にっかんスポーツ 2019ねん8がつ26にち61ふん(2019ねん12月17にち閲覧えつらん
  16. ^ a b 玉木たまきあらたあさだまぜい十両じゅうりょう昇進しょうしんに「たまみがかないと」親方おやかた 日刊にっかんスポーツ 2019ねん7がつ24にち2012ふん(2019ねん12月26にち閲覧えつらん
  17. ^ ちかう!しんじゅうりょうちょうだまぜい恩師おんしから化粧けしょうまわし SANSPO.COM 2019.9.6 05:00(2019ねん12月26にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]