富国強兵ふこくきょうへい

富国強兵ふこくきょうへい（ふこくきょうへい、旧きゅう字体じたい：富國强兵ふこくきょうへい）とは、自国じこくの経済けいざい発展はってんを図はかり軍事ぐんじ力りょくを強化きょうかしようとする主張しゅちょうや政策せいさく。特とくに幕末ばくまつから明治めいじにかけての日本にっぽんで掲かかげられた国家こっか的てきスローガンをいう。その考かんがえ方かたの歴史れきしは古ふるく、春秋しゅんじゅう戦国せんごく時代じだいの中国ちゅうごくの古典こてんに由来ゆらいする。

中国ちゅうごくにおける運用うんよう

春秋しゅんじゅう戦国せんごく時代じだいに諸侯しょこうの国くにが行おこなった政策せいさくを「富国強兵ふこくきょうへい」といい、『戦国せんごく策さく』秦はた策さくに用例ようれいが見みえる。この時代じだいには各国かっこくが諸子しょし百ひゃく家いえと呼よばれる思想家しそうかたちから人材じんざいを登用とうようし、騎馬きば戦術せんじゅつや戦車せんしゃなどの新しん兵器へいきを導入どうにゅうして軍事ぐんじ改革かいかくを行おこなった。また、『呉ご書しょ』陸りく遜へりくだ伝つてにも同様どうようの記述きじゅつがみられる。

日本にっぽんにおける運用うんよう

富国強兵ふこくきょうへいは、江戸えど時代じだい中期ちゅうきにはすでに日本にっぽんで議論ぎろんされており、「覇者はしゃの説せつ」と批判ひはんする儒学じゅがく者しゃに対たいして、太宰だざい春台しゅんだいがその著作ちょさく『経済けいざい録ろく』において、国家こっかを維持いじ・発展はってんさせていくためには富国強兵ふこくきょうへいは欠かかせないことを説といた。更さらに幕末ばくまつ期きに入はいると鎖国さこくが原因げんいんで欧米おうべい列強れっきょうに国力こくりょくで大おおきな差さをつけられ、これが安政あんせいの不平等ふびょうどう条約じょうやくを押おしつけられて多おおくの苦難くなんを味あじわうとともに、富国強兵ふこくきょうへいが説とかれることになる。ここで、重要じゅうようなのは幕末ばくまつ期きの段階だんかいで開国かいこく派は・攘夷じょうい派はを問とわず、富国強兵ふこくきょうへいの必要ひつよう性せいについては共通きょうつうの認識にんしきが確立かくりつしていたことである。

攘夷じょうい論ろんの理論りろん的てき支柱しちゅうとなった水戸みと藩はんの水戸みと学まなぶにおいては、既すでに19世紀せいき初期しょきの藤田ふじた幽谷ゆうこくによって富国強兵ふこくきょうへいによって外国がいこくと対抗たいこうする必要ひつようが唱となえられていた。

薩摩さつま藩はんでは、島津しまつ斉彬なりあきらが藩主はんしゅに就任しゅうにんする1851年ねん頃ころには、しきりに異国いこく船せんが琉球りゅうきゅうに来航らいこうするようになっており、アヘン戦争せんそうにおいてヨーロッパ諸国しょこくがアジア各地かくちで植民しょくみん地ち化かを進すすめていた実情じつじょうが正確せいかくに知しられていた。斉彬なりあきらは、藩主はんしゅに就任しゅうにんするや、日本にっぽん最初さいしょの近代きんだい洋式ようしき工場こうじょう群ぐん、集成しゅうせい館かん事業じぎょうの計画けいかくに着手ちゃくしゅし、富国強兵ふこくきょうへい、殖産しょくさん興業こうぎょうによる藩政はんせい改革かいかくを勧すすめた。

開国かいこく派はの間あいだでも1856年ねんに出だされた海防かいぼう掛かけ岩瀬いわせ忠震ただなりの意見いけん書しょにおいて、海外かいがい貿易ぼうえきを振興しんこうして富国強兵ふこくきょうへいを推進すいしんする必要ひつようが説とかれ、老中ろうじゅう阿部あべ正弘まさひろも岩瀬いわせの考かんがえを採用さいようする方針ほうしんを立たてた。

また、1860年ねんに横井よこい小楠しょうなんが著あらわした『国是こくぜ三さん論ろん』も「富国ふこく論ろん」「強兵きょうへい論ろん」「士道しどう」の三さん論ろんから構成こうせいされている。

公家くげの岩倉いわくら具視ともみも1867年ねんに著あらわした『済すみ時じ策さく』で富国強兵ふこくきょうへいを皇すめらぎ威い宣揚せんようのために必要ひつような政策せいさくとして説といている。

従したがって、明治めいじ政府せいふの成立せいりつ後ごに富国強兵ふこくきょうへいが採用さいようされたのは当然とうぜんの流ながれであると考かんがえられる。

富国強兵ふこくきょうへいと四民しみん平等びょうどう

明治めいじ3年ねん閏うるう10月24日にち(1870年ねん12月16日にち)、高知こうち藩はんの大だい参事さんじとなった板垣いたがき退助たいすけは、国民こくみん皆兵かいへいを断行だんこうするため海路かいろ上京じょうきょうし、11月7日にち(1870年ねん1月がつ7日にち)、「人民じんみん平均へいきんの理り」を布告ふこくする事ことを太政官だじょうかんに具申ぐしん。その許可きょかを得えて12月10日にち(太陽暦たいようれき1月がつ30日にち)高知こうちに帰かえり、12月24日にち(太陽暦たいようれき2月がつ13日にち)山内やまうち豊ゆたか範はんの名なをもって全国ぜんこくに先駆さきがけて「人民じんみん平均へいきんの理り」を布告ふこくし、四民しみん平等びょうどうに国防こくぼうの任にんに帰きする事ことを宣せんした。

夫おっとれ人間にんげんは天地てんち間あいだ活動かつどう物ぶつの最もっとも貴重きちょうなるものにして、特とくに靈妙れいみょうの天性てんせいを具備ぐびし、智識ちしき技能ぎのうを兼有けんゆうし、所謂いわゆる萬物ばんぶつの靈れいと稱しょうするは、固かた(もと)より士農工商しのうこうしょうの隔へだた(へだて)もなく、貴き賤上下かの階級かいきゅうに由よるにあらざる也。然しか(しか)るに文武ぶんぶの業ごうは自みずから士しの常つね職しょくとなりて、平生へいぜいは廟堂びょうどうに坐ましまして政權せいけんを持もたし、一旦いったん緩急かんきゅうあれば兵へいを執とり亂らんを撥ばちする等ひとし、獨どく(ひと)り士族しぞくの責せめ(せめ)のみに委ゆだね(まか)し、國家こっかの興亡こうぼう安危あんきに至いたりては平民へいみん(へいみん)曾(かつ)て與あずか(あづ)かり知しらず、坐視ざし傍觀ぼうかんの勢いきおいとなり行いきしは、全まったく中古ちゅうこ封建ほうけん制度せいどの弊へいにして、貴重きちょう靈れい物ぶつの責せめ(せめ)を私わたし(わたくし)し、賤民せんみんをして愈いよいよ賤劣ならしむる所以ゆえん也。方今ほうこん、王政おうせい一新いっしん、宇内うだいの變革へんかくに基もとづき、封建ほうけんの舊きゅうを變へんし、郡こおり縣けんの政體せいたいを正たださんとする際さいに當あたりて、當とう藩はん(土佐とさ藩はん)今いまや大改革だいかいかくの令れいを發はっするは、固かた(もと)より朝あさ旨むねを遵奉じゅんぽうし、王政おうせいの一端いったんを掲起せんと欲ほっすれば也。故ゆえに主しゅとして從前じゅうぜん士族しぞく文武ぶんぶ常つね職しょくの責せめ(せめ)を廣こうく民みん庶に推亘し、人間にんげんは階級かいきゅうに由よらず貴重きちょうの靈れい物ぶつなるを知しらしめ、各自かくじに智識ちしき技能ぎのうを淬勵(さいれい)し、人々ひとびとをして自主じしゅ自由じゆうの權けんを得えせしめ、悉皆しっかい其志願ねがいを遂とげ(と)げしむるを庶幾しょきするのみ。抑そもそも(そもそ)も古いにしえ(いにし)へ士しと稱しょうするは有志ゆうし有爲ゆういの稱しょうにして、必かならずしも門閥もんばつの謂いい(いひ)にあらず、然しか(さ)れは其(その)多た妙みょうの性せいに基もと(もとづ)き、更さらに智識ちしき技能ぎのうを長ちょう進すすむし、報國ほうこくの誠心せいしんを盡つくさんとするは、凡(およ)そ人じんたる者しゃの天地てんち間あいだに逃のがれざる大義たいぎにして、殊こと(こと)に皇國こうこくは人ひとの資質ししつ純じゅん厚あつし、義氣ぎき最もっとも烈はげしき風俗ふうぞくなれば、今いま、一般いっぱん文明開化ぶんめいかいかの道みちを講習こうしゅうし、各かく處しょに學校がっこうを興おこし、敎育きょういくを隆りゅうにし、富強ふきょう（富国強兵ふこくきょうへい）を謀はかり、士民しみん競きおい起おこり憤いきどお發はつの域いきに勸進かんじんせしめ、大だいに舊習きゅうしゅうを變へんし、務つとめて新得しんとくを來きたすは、實じつに當今とうこんの一大いちだいの急務きゅうむにあらずや。既すでに近頃ちかごろ(ちかごろ)普ひろし佛ふつの戰爭せんそうに、佛ふつ國こく(フランス)屢(しば)々敗はいを取とると雖(いへど)も、其民、擧國きょこく憤いきどお興おこし、愈いよいよ報國ほうこくの志こころざし強つよく、其(その)都みやこ府ふ(とふ)長ちょう圍かこえを受うけて猶なお屈くっせさるを聞きけり。是ぜ(これ)亦また人ひとを重おもんずる制度せいどの善ぜんなるを見みるに足たる。故ゆえに皇國こうこくをして萬國ばんこくに對抗たいこうし、富國ふこくの大業おおわざを興おこさしめんには、全國ぜんこく億兆おくちょうをして各自かくじに報國ほうこくの責せめを懷いだかしめ、人民じんみん平均へいきんの制度せいどを創立そうりつするに如ごとくは無なし。若わか(もし)夫おっと(そ)れ改革かいかくの條件じょうけん、其細目めに至いたりつては、往々おうおう布告ふこくの令れいに據よりどころて之これ(これ)を詳しょう(つまびらか)にすべし。或ある(あるい)は其意を誤認ごにんして、士族しぞくは文武ぶんぶを廢はいし、安逸あんいつに就(つ)き、平民へいみん亦また(また)其職に惰り、且かつ徒と(いたづ)らに士族しぞくの貴とうとを抑そもそも(おさ)へ、民みん庶の賤を揚あげぐる等とうの疑惑ぎわくを生なす可かからず。唯ただ今日きょう(こんにち)宇内うだいの形勢けいせいを審しん(つまびらか)にし、朝廷ちょうてい大だい變革へんかく、開明かいめい日新にっしんの事情じじょうに通とおし、人間にんげん貴重きちょうの責せめをして士族しぞくに私わたし(わたくし)し、平民へいみんをして賤陋(せんろう)に歸かえせしむるの大だい弊へいを一いち洗あらいし、人民じんみん自己じこの貴重きちょうなるを自じ知ちし、各かく互かたみに協きょう心こころ戮力、富強ふきょうの道みちを助たすけしむるの大改革だいかいかくにして、畢竟ひっきょう(つまるところ)民みんの富強ふきょう （富国強兵ふこくきょうへい）は卽すなわち政府せいふの富強ふきょう（富国強兵ふこくきょうへい）、民みんの貧弱ひんじゃくは即すなわち政府せいふの貧弱ひんじゃく、所謂いわゆる(いはゆる)民みんありて然しか(しか)る後のちち政府せいふ立たち、政府せいふ立たちて然しか(しか)る後のちち民みん其生を遂とげぐるを要ようするのみ。 明治めいじ三さん年ねん庚午こうご十じゅう一いち月がつ — (土佐とさ藩はん布告ふこく『人民じんみん平均へいきんの理り』)

この国民こくみん全般ぜんぱんに国防こくぼうの責務せきむを任まかせるための身分みぶん解放かいほうは画期的かっきてきであり、富国強兵ふこくきょうへいの具体ぐたい策さくの規範きはんとされた。

御ご親おや兵へいの創設そうせつ

板垣いたがき退助たいすけは富国強兵ふこくきょうへいを国策こくさくに掲かかげ、明治めいじ4年ねん2月がつ(1871年ねん3月がつ)、明治天皇めいじてんのうの親衛しんえいを目的もくてきとする薩摩さつま、長州ちょうしゅう、土佐とさ藩はんの兵へいからなるフランス式しき兵制へいせいの御ご親おや兵へい6,000人にんを創設そうせつ。国家こっかの常備じょうび軍ぐんとして廃藩置県はいはんちけんを行おこなうための軍事ぐんじ的てき実力じつりょくを確保かくほする事ことに成功せいこうした。この御ご親おや兵へいが近衛このえ師団しだんの前身ぜんしんにあたる。

明治めいじ政府せいふの施策しさく

明治めいじ政府せいふはかつての尊王そんのう攘夷じょうい派は主導しゅどうで確立かくりつされた政権せいけんであったが、成立せいりつ前後ぜんこうは開国かいこく和親わしん政策せいさくに転換てんかんするとともに万国ばんこく並立へいりつ・万国ばんこく対峙たいじを掲かかげて列強れっきょうに国力こくりょく・軍事ぐんじ両面りょうめんで追おい付つくことによって条約じょうやくの改正かいせいと国家こっかの保全ほぜんを目指めざした。そのため、西洋せいよう文明ぶんめいの積極せっきょく的てき導入どうにゅう（「文明開化ぶんめいかいか」）を推進すいしんし、地租ちそ改正かいせいや殖産しょくさん興業こうぎょうで経済けいざい力りょくをつけ（＝富国ふこく）、徴兵ちょうへい制せいや軍制ぐんせい改革かいかくにより軍備ぐんびを増強ぞうきょう（＝強兵きょうへい）することで国家こっかの自立じりつ維持いじを図はかった。陸軍りくぐんはフランス後ごにドイツを模範もはんとし、同様どうように海軍かいぐんはイギリスを模範もはんとした。

やがて、日本にっぽんの国力こくりょくが一定いってい水準すいじゅんに達たっすると、条約じょうやく改正かいせいとともに列強れっきょうと同様どうようの植民しょくみん帝国ていこく建設けんせつを目指めざすようになり、中国ちゅうごく・朝鮮ちょうせん・南方なんぽうへの経済けいざい的てき・軍事ぐんじ的てき進出しんしゅつを模索もさくするようになった。条約じょうやく改正かいせいの達成たっせいと日にち清しん戦争せんそう・日にち露ろ戦争せんそうの勝利しょうりが、これまで国家こっか指導しどう者しゃや知識ちしき人じんの理論りろん・目標もくひょうに過すぎなかった「富国強兵ふこくきょうへい」を一般いっぱんの日本にっぽん国民こくみんにも現実げんじつとして認識にんしきさせ、明治めいじ初期しょき以来いらいの「富国強兵ふこくきょうへい」「文明開化ぶんめいかいか」史観しかんを定着ていちゃくさせることになる。

参考さんこう文献ぶんけん

• 田村たむら貞雄さだお「富国強兵ふこくきょうへい」（『日本にっぽん史し大だい事典じてん 5』（平凡社へいぼんしゃ、1993年ねん） ISBN 978-4-582-13105-5）
• 永井ながい秀夫ひでお「富国強兵ふこくきょうへい」（『日本にっぽん歴史れきし大だい事典じてん 3』（小学館しょうがくかん、2001年ねん） ISBN 978-4-09-523003-0）
• 鈴木すずき淳あつし「富国強兵ふこくきょうへい」（『歴史れきし学がく事典じてん 13 所有しょゆうと生産せいさん』（弘文こうぶん堂どう、2006年ねん） ISBN 978-4-335-21042-6）

関連かんれん項目こうもく

• 明治維新めいじいしん
• 軍国ぐんこく主義しゅぎ

外部がいぶリンク

• 富国強兵ふこくきょうへい - NHK for School
• 「明治めいじ後期こうき産業さんぎょう発達はったつ史し資料しりょう 全ぜん865巻かん」デジタル復刻ふっこく出版しゅっぱん
• 龍溪りゅうけい書しょ舎しゃ
• 『富国強兵ふこくきょうへい』 - コトバンク