(Translated by https://www.hiragana.jp/)
バビロニア暦 - Wikipedia コンテンツにスキップ

バビロニアれき

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

バビロニアれき(バビロニアれき、英語えいご:Babylonian calendar)とはバビロニアなどの地域ちいき使用しようされたメソポタミア文明ぶんめい太陰たいいん太陽暦たいようれきである。シュメールのウルだいさん王朝おうちょうシュルギおう紀元前きげんぜん21世紀せいき)がさだめたウンマれき起源きげんとする。

春分しゅんぶんころ新月しんげつ直後ちょくご元日がんじつとする。紀元前きげんぜん6世紀せいきまでは天文てんもん観察かんさつもとづいてつくられ、春分しゅんぶん時期じき正確せいかく予測よそくするため恒星こうせいカペラうごきを観察かんさつしていた。紀元前きげんぜん5世紀せいきはじめより、19ねんが235かげつひとしいものとする周期しゅうき採用さいようしてつくられるようになったが、これはメトン周期しゅうき先駆せんくとされる。バビロニアれきつきめいバビロンしゅう時期じきからユダヤれき採用さいようされた。としはじまりを春分しゅんぶんとする前提ぜんていによっており、イランれきのような太陽暦たいようれき共通きょうつうする一方いっぽうおな太陰たいいん太陽暦たいようれきでありながら中国ちゅうごくれきとはちがいがられる。しゅう起源きげん陰暦いんれき1かげつを4等分とうぶんするバビロニアの祭日さいじつによるともいわれる。

いちねんはるはじまり、3つのぶしかれ、「始期しき(reš šatti)」「中期ちゅうき(mišil šatti)」「終期しゅうき(qīt šatti)」からる。「つき」にたる単語たんごは「arḫu」である(所属しょぞくがたは「araḫ」)。こよみはバビロニアじんつくったものであり、それより後代こうだいアッシリアじんによるものではないことは、アッシリアじん主神しゅしん閏月じゅんげつてられていることからもわかる。紀元前きげんぜん6世紀せいきのバビロンしゅう時期じきに、ヘブライじんたちは、バビロニアれきつき名前なまえヘブライれき採用さいようした。イラクやレバント地方ちほう東部とうぶ地中海ちちゅうかい沿岸えんがん地方ちほう)でもちいられたアッシリアれきは、バビロニアれきおおくのつき名前なまえもちいている。たとえばイヤール(Iyyar)、タムズ(Tammuz)、アブ(Ab)、エルル(Elul)、ティシュリー(Tishri)、アダル(Adar)などである。

バビロニアれき
ぶし つき名前なまえ つきつかさどかみ 星座せいざ ユダヤれき グレゴリオれき
始期しき

Reš Šatti 𒊕𒈬

1 ニサンヌ

Araḫ Nisānu - 𒌚𒁈
せいなるつき

豊穣ほうじょうかみベル

𒀭𒂗

おすひつじ(Agru)

𒀯𒇽𒂠𒂷

ニサン

(Nisan)

3月 / 4がつ
2 アル

Araḫ Āru - 𒌚𒄞
うしつき

知識ちしきかみエンキ(エア)

𒂗𒆠

おすうし(Gu)

𒀯𒄞

イヤール

(Iyar)

4がつ / 5月
3 シマヌ

Araḫ Simanu - 𒌚𒋞

つきしんシン

𒂗𒍪

双子ふたご(Maštaba)

𒀯𒈦𒋰𒁀

シヴァン

(Sivan)

5月 / 6がつ
4 ドゥムズ

Araḫ Dumuzu - 𒌚𒋗
「タンムーズしんつき

ひつじいのかみタンムーズ

𒀭𒌉𒍣

かに(Alluttu)

𒀯𒀠𒇻

タムズ

(Tammuz)

6がつ / 7がつ
中期ちゅうき

Mišil Šatti 𒁇𒈬

5 アブ

Araḫ Abu - 𒌚𒉈

- 獅子しし(Nēšu)

𒀯𒌨

アブ

(Av)

7がつ / 8がつ
6 ウルル

Araḫ Ulūlu - 𒌚𒆥

女神めがみイシュタル

𒀭𒈹

乙女おとめ(Sisinnu)

𒀯𒀳

エルル

(Elul)

8がつ / 9月
7 ティスリトゥム

Araḫ Tišritum - 𒌚𒇯
はじまりのつき
後半こうはん半年はんとしはじまりであることから)

太陽たいようしんシャマシュ

𒀭𒌓{

てんびん(Zibānītu)

𒀯𒄑𒂟

ティシュリー

(Tishrei)

9月 / 10月
8 サムヌ

Araḫ Samnu - 𒌚𒀳
土台どだいえるつき

創造そうぞうしんマルドゥク

𒀭𒀫𒌓

さそり(Zuqaqīpu)

𒀯𒄈𒋰

チェスヴァン

(Cheshvan)

10月 / 11月
終期しゅうき

Qīt Šatti 𒌀𒈬

9 キスリム

Araḫ Kislimu - 𒌚𒃶

たたかいのかみネルガル

𒀭𒄊𒀕𒃲

射手しゃしゅ(Pabilsag)

𒀯𒉺𒉋𒊕

キスレヴ

(Kislev)

11月 / 12月
10 テベトゥム

Araḫ Ṭebētum - 𒌚𒀊
みずもなくたるつき

伝令でんれいかみパプスッカル英語えいごばん

𒀭𒊩𒆠𒋚

山羊やぎ(Suḫurmāšu)

𒀯𒋦𒈧𒄩

テベット

(Tebeth)

12月 / 1がつ
11 サバトゥ

Araḫ Šabaṭu - 𒌚𒊭𒉺𒌅

天候てんこうかみアダド

𒀭𒅎

みずがめ(Gula)

𒀯𒄖𒆷

シェバト

(Shebat)

1がつ / 2がつ
12 アダル/アッダル

Araḫ Addaru / Adār - 𒌚𒊺
「アダルのつき

破壊はかいかみエッラ英語えいごばん

𒀭𒅕𒊏

さかな(Zibbātu)

𒀯𒆲𒎌

アダル

(Adar)

2がつ / 3がつ
閏月じゅんげつ 13 マカルサ・アッダリ

Araḫ Makaruša Addari
または
アッダル・アルク
Araḫ Addaru Arku - 𒌚𒊺𒂕

アッシリアのかみアッシュール

𒀭𒀸𒋩

19ねん周期しゅうきだい17ねん挿入そうにゅうされる閏月じゅんげつは「ウルルのつき(𒌚𒆥)」とばれた

紀元前きげんぜん6世紀せいきまでは、こよみ天体てんたい観測かんそくもとづくものでしかなかったが、紀元前きげんぜん499ねんごろには、つき太陽たいよう周期しゅうきもとづき、19ねんが235かげつひとしくなるよう、調整ちょうせいされた。なお、ギリシャアテナイもちいられていた太陰たいいん太陽暦たいようれきアッティカれき)を改良かいりょうするため、数学すうがくしゃメトン(Meton)がおなれき紀元前きげんぜん433ねん[1]導入どうにゅうしたことにちなみ、メトン周期しゅうきばれる。だが、おそらく、メトンはバビロニアからこの周期しゅうきかんする知識ちしき仕入しいれたのであろう。少数しょうすう例外れいがいのぞき、紀元前きげんぜん380ねんまで、こよみはこの原則げんそくもとづいて運用うんようされた。19年間ねんかんに235がつとするためには、通常つうじょうとしを12かげつとして、19ねん×12月=228がつに、あと7かげつ閏月じゅんげつくわえる必要ひつようがある。このため、3・6・8・11・14・19ねんだい2アダルのつきくわえ、17ねんには6番目ばんめつきであるウルルのつきのちだい2ウルルのつきくわえる方法ほうほう調整ちょうせいした[2] 。それぞれのつきは、あたらしい三日月みかづき水平すいへいせんじょう確認かくにんされた最初さいしょ[3]はじまり、つぎあたらしい三日月みかづき確認かくにんされるまでつづく。このあいだ日付ひづけ特定とくていするための数字すうじもちいられなかった。

バビロニアじんは、新月しんげつからかぞえて7にちごとのを、「せいなる」としていわったが、このは「邪悪じゃあく」(意味合いみあいとしては、禁止きんし行為こういおこなうには適当てきとう)ともばれた[よう出典しゅってん]。これらのには役人やくにんたちは様々さまざま活動かつどう禁止きんしされ、一般いっぱん人々ひとびとは「ねがいをかけること」をきんじられた[よう出典しゅってん]。そしてすくなくとも、だい28にちは「安息日あんそくび」とされたことがられる[よう出典しゅってん]。これらのには、様々さまざまかみ女神めがみそなものささげられたが、きん抵触ていしょくすることをけるため、儀式ぎしき夕暮ゆうぐれにおこなわれたようである。いのりの対象たいしょうとなるかみは、だい7にちがマルドゥクとイシュタル。だい14にちはニンリルとネルガル。だい21にちはシンとシャマシュ。だい28にちはエンキと女神めがみマーであった。キュロス大王だいおうとカンビュセス2せい時代じだい紀元前きげんぜん6世紀せいき)の粘土ねんどばんによれば、ときにこれらの儀式ぎしきが、本来ほんらいとやや前後ぜんごして実施じっしされたようである。なお、つき周期しゅうきは29〜30にちであるため、7日間にちかんしゅうを3かいかえしたのち最後さいごしゅうは8にちまたは9にちとなり、完全かんぜんな7にち周期しゅうきにはならない[4]

安息日あんそくび起源きげんについて諸説しょせつあるなかで、「ユダヤ百科ひゃっか事典じてん」(Universal Jewish Encyclopedia。ちょ:アイザック・ランドマン[5])は、フリードリヒ・デーリッチ[6]などのアッシリア学者がくしゃせつ提唱ていしょうしている[7][8]。それによれば、元々もともと安息日あんそくびつき周期しゅうきわせてまれたもので、1つのつきは、安息日あんそくびめくくられる4つのしゅうと、毎月まいつき変則へんそくてき追加ついかされる1〜2にちからっていた[9]。ただし、このせつは、完全かんぜんな7にち単位たんいしゅうと、月齢げつれいによる変則へんそくてきしゅうちがいについてのつじつまをわせることがむずかしいほか、いかなる言語げんごにおいても、月齢げつれいによるしゅうにおいて安息日あんそくびれる文書ぶんしょ確認かくにんできないことが難点なんてんである[10][11]

くわえて、バビロニアじんだい19にち特別とくべつ邪悪じゃあく、「いかりの」としていわった。なぜならそのは、まえつきから通算つうさんでおよそだい49にちにあたり、7の7ばいまっとうするだからである[よう出典しゅってん]犠牲ぎせいニヌルタそなえられ、そのいちにちはグラ[12]ささげられた。このは、通常つうじょうの「せいなる」よりも、さらに禁忌きんき強化きょうかされたようである[よう出典しゅってん]

また、こわれた粘土ねんどばん[よう出典しゅってん]復元ふくげんされれば、いままで立証りっしょうできなかったSapattumまたはSabattumという単語たんご満月まんげつすものと証明しょうめいできるかもしれない。ヘブライのShabbatは、この単語たんごどう語源ごげんあるいは派生はせい推測すいそくされる。だが、Sapattum(または Sabattum)は、しゅう単位たんいというよりはつき単位たんいのものをすとおもわれる。この単語たんごは、シュメールのsa-bat(休息きゅうそくちゅうの)のいち形態けいたいおもわれる。sa-batは、アッカドではum nuh libbi(休息きゅうそくちゅう)であることがわかっている。マルセロ・クラヴェリ(Marcello Craveri)[13]によれば、Sabbathは「ほぼ確実かくじつにバビロニア満月まんげつさい意味いみする「Shabattu」からまれたとおもわれるが、語源ごげんをたどるすべての痕跡こんせきうしなわれており、ヘブライじん聖書せいしょ伝説でんせつ由来ゆらいするものとかんがえている。」[14] この結論けつろんは、損傷そんしょうしたエヌマ・エリシュ創造そうぞう神話しんわ文脈ぶんみゃくから復元ふくげんしたものによる。その文章ぶんしょうには「[Sa]bbath shalt thou then encounter, mid[month]ly.(なんじ、[つき]の最中さいちゅう、そのときに[Sa]bbathに出会であうであろう)」とある[4]

脚注きゃくちゅう

[編集へんしゅう]
  1. ^ なお、メトンれき導入どうにゅう時期じきについて、英語えいごばん記事きじでは紀元前きげんぜん432ねんとしている。
  2. ^ 英語えいごばんのメトン周期しゅうき記事きじ(Metonic cycle)のほか古代こだいオリエントと旧約きゅうやく時代じだいこよみ参照さんしょうした。
  3. ^ 当時とうじいちにちはじまりは日没にちぼつからだった。
  4. ^ a b Pinches, T.G. (2003). "Sabbath (Babylonian)". In Hastings, James. Encyclopedia of Religion and Ethics. 20. Selbie, John A., contrib. Kessinger Publishing. pp. 889–891.
    (『宗教しゅうきょう倫理りんり百科ひゃっか事典じてん』(へん:ジェームズ・ヘイスティングス、協力きょうりょく:ジョン・アレクサンダー・セルビー、オリジナルは1908~1928ねん。キッシンジャー出版しゅっぱん米国べいこく))に収録しゅうろくされている『(バビロニアの)安息日あんそくび』(ちょ:セオフィルス・ゴールドリッジ・ピンチーズ(イギリスのアッシリア学者がくしゃ))p.889–891)
  5. ^ アメリカの改革かいかくラビ。1880–1946
  6. ^ ドイツのアッシリア学者がくしゃ。1850–1922
  7. ^ Landau, Judah Leo. The Sabbath. Johannesburg: Ivri Publishing Society, Ltd. pp. 2, 12.
    (『安息日あんそくび』(ちょ:ジュダ・レオ・ランドゥ(スペインまれ。みなみアフリカで活動かつどうしたラビ)、イヴリ出版しゅっぱん協会きょうかいみなみアフリカ)、1923ねん)p2,12)
  8. ^ Joseph, Max (1943). "Holidays". In Landman, Isaac. The Universal Jewish Encyclopedia. 5. p. 410.
    (『ユダヤ百科ひゃっか事典じてん』(ちょ:アイザック・ランドマン)だい5かん p.410に収録しゅうろくされている、『休日きゅうじつ』(マックス ジョセフ(ヘブライ学者がくしゃ)))
    Joseph, Max (1943). "Sabbath". In Landman, Isaac. The Universal Jewish Encyclopedia. 9. p. 295.
    どう文献ぶんけんだい9かんp.295に収録しゅうろくされている、『安息日あんそくび』(マックス ジョセフ))
  9. ^ Cohen, Simon (1943). "Week". In Landman, Isaac (ed.). The Universal Jewish Encyclopedia: An authoritative and popular presentation of Jews and Judaism since the earliest times. 10. Cohen, Simon, compiler. The Universal Jewish Encyclopedia, Inc. p. 482.
    (『ユダヤ百科ひゃっか事典じてん』(ちょ:アイザック・ランドマン)だい10かん p.482に収録しゅうろくされている、『しゅう』(サイモン・コーエン))
  10. ^ Sampey, John Richard (1915). "Sabbath: Critical Theories". In Orr, James (ed.). The International Standard Bible Encyclopedia. Howard-Severance Company. p. 2630.
    たとえば『国際こくさい標準ひょうじゅん聖書せいしょ百科ひゃっか事典じてん』(へん:ジェームズ・オア(スコットランドの神学しんがくしゃ)、ハワード・セヴェランスしゃ)p.2630に収録しゅうろくされている『安息日あんそくび:その批判ひはんてき考察こうさつ』(ジョン・リチャード、1915ねん))
  11. ^ 翻訳ほんやくしゃより:英語えいごばん記事きじ翻訳ほんやくして掲載けいさいした。2018ねん10がつ現在げんざい英語えいごばん記事きじにおいても出典しゅってんなどの根拠こんきょよわ部分ぶぶんがあるのが実情じつじょうである。それらをまえて参考さんこうとしていただきたい。
  12. ^ Gula。ニンティヌンガ Nintinungaの異名いみょう治癒ちゆ再生さいせいつかさど女神めがみ
  13. ^ イタリアの聖書せいしょ学者がくしゃ。1914–2002。
  14. ^ Craveri, Marcello (1967). The Life of Jesus. Grove Press. p. 134.
    (『イエスの生涯しょうがい』(マルセロ・クラヴェリ、グローブ出版しゅっぱん米国べいこくニューヨークしゅう)、1967ねん)p.134)

参考さんこう文献ぶんけん

[編集へんしゅう]
  • Parker, Richard Anthony and Waldo H. Dubberstein. Babylonian Chronology 626 BC.–AD. 75. Providence, RI: Brown University Press, 1956.

(『バビロニア年代ねんだいがく 紀元前きげんぜん626ねん西暦せいれき75ねん』(リチャード・アンソニー・パーカー(ちょ:アメリカの古代こだいエジプト学者がくしゃ)、ウェルド・H・ダッバースタイン(アメリカの古代こだい中東ちゅうとう学者がくしゃ)、ブラウン大学だいがく出版しゅっぱん米国べいこく)、1956ねん))

  • W. Muss-Arnolt, The Names of the Assyro-Babylonian Months and Their Regents, Journal of Biblical Literature (1892).

(『アッシリア・バビロニアのつきおう名前なまえ』(ウィリアム・ムス・アーノルト(アメリカのアッシリア学者がくしゃ)、聖書せいしょ学会がっかい、1892ねん))

  • Sacha Stern, "The Babylonian Calendar at Elephantine" in Zeitschrift für Papyrologie und Epigraphik 130 (2000) 159–171 (PDF document, 94KB)

(『エレファンティネにおけるバビロニアれき』(サチャ・スターン(ロンドン大学だいがくのユダヤ学者がくしゃ)、2000ねん)(PDFファイル, 94KB)(出典しゅってん翻訳ほんやく保留ほりゅうちゅうほうのご協力きょうりょくをおねがいします。))

  • Fales, Frederick Mario, “A List of Umma Month Names”, Revue d’assyriologie et d’archéologie orientale, 76 (1982), 70–71.

(『都市としウンマのつき名前なまえ』(フレデリック・マリオ・ファレス(イタリアの歴史れきし学者がくしゃ)、1982ねん)(出典しゅってん翻訳ほんやく保留ほりゅうちゅうほうのご協力きょうりょくをおねがいします。)

  • Gomi, Tohru, “On the Position of the Month iti-ezem-dAmar-dSin in the Neo-Sumerian Umma Calendar”, Zeitschrift für Assyriologie und Vorderasiatische Archäologie, 75 (1985), 4–6.

(『しんシュメール時代じだいのウンマれきにおけるつき位置いちづけ iti-ezem-dAmar-dSin』(五味ごみ とおる、1985ねん)(出典しゅってん翻訳ほんやく保留ほりゅうちゅうほうのご協力きょうりょくをおねがいします。)

  • Pomponio, Francesco, “The Reichskalender of Ur III in the Umma Texts”, Zeitschrift für Assyriologie und Vorderasiastische Archäologie, 79 (1989), 10–13.

(『ウンマ文書ぶんしょにおける、ウルだいさん王朝おうちょう豊富ほうふこよみ』(フランシスコ・ポンポニオ(イタリア・メッシーナ大学だいがく学者がくしゃ?)、1989ねん))(出典しゅってん翻訳ほんやく保留ほりゅうちゅうほうのご協力きょうりょくをおねがいします。)

  • Verderame, Lorenzo, “Le calendrier et le compte du temps dans la pensée mythique suméro-akkadienne”, De Kêmi à Birit Nâri, Revue Internationale de l'Orient Ancien, 3 (2008), 121–134.

翻訳ほんやくできるほうによる作業さぎょうをおちします)

  • Steele, John M., ed., "Calendars and Years: Astronomy and Time in the Ancient Near East", Oxford: Oxbow, 2007.

(『こよみ年代ねんだい古代こだい近東きんとうにおける天文学てんもんがく時間じかん』(へん:ジョン・M・スティール(米国べいこくブラウン大学だいがく歴史れきし学者がくしゃ)、オックスボウ出版しゅっぱん英国えいこくオックスフォード)、2007ねん))

  • Landman, Isaac. "The Universal Jewish Encyclopedia: An authoritative and popular presentation of Jews and Judaism since the earliest times" , Cohen, Simon, compiler. The Universal Jewish Encyclopedia, Inc.

(『ユダヤ百科ひゃっか事典じてん - ユダヤじんとユダヤきょうについて、その起原きげんから、専門せんもんてきかつ一般いっぱんけの解説かいせつ』(ちょ:アイザック・ランドマン(アメリカの改革かいかくラビ。1880-1946)、へん:サイモン・コーエン))

関連かんれん項目こうもく

[編集へんしゅう]