モロッコの建築けんちく

シャウエンにあるモロッコの伝統でんとう的てきな街並まちなみ

モロッコ建築けんちく（モロッコけんちく）は近きん現代げんだいまでのモロッコの歴史れきしを通とおして見みられる特有とくゆうの建築けんちくである。モロッコの多様たような地形ちけいと長ながい歴史れきしは、移住いじゅうや軍事ぐんじ征服せいふくを通とおして連続れんぞくして流入りゅうにゅうする移住いじゅう者しゃの波なみによって形作かたちづくられたもので、その多おおくが建築けんちくに反映はんえいされている。この建築けんちくの伝統でんとうは古代こだいローマやベルベル人ひとの遺跡いせきから20世紀せいきの植民しょくみん地ちや近代きんだい建築けんちくにまで見みられる。

ムワッヒド朝あさ時代じだいの12世紀せいきに建たてられた、マラケシュにあるクトゥビーヤモスクのミナレット

しかしながら最もっとも顕著けんちょなモロッコ建築けんちくは、モロッコの有史ゆうし時代じだいと現存げんそんする遺産いさんの多おおくを占しめるイスラーム時代じだい（7世紀せいき以後いご）のものである。モロッコの「イスラーム建築けんちく」は、よく「ムーア式しき」芸術げいじゅつと呼よばれている幅広はばひろい文化ぶんか・芸術げいじゅつ的てき複ふく合体がったいの一部いちぶをなしており、それはモロッコだけでなく、アル・アンダルス（ムスリム統治とうち時代じだいのスペイン、ポルトガル）や、チュニジアまでもを含ふくむアルジェリアの一部いちぶにおける特色とくしょくとなっている 。「ムーア式しきの」芸術げいじゅつは北きたアフリカのベルベル文化ぶんかやイスラーム支配しはい以前いぜんのスペイン（ローマ、ビザンツ帝国ていこく、西にしゴート）、中東ちゅうとうイスラーム世界せかいにおけるその時代じだいのアートの潮流ちょうりゅうをブレンドし、何なに世紀せいきもかけて精巧せいこうなものに作つくり上あげられた。「ムーア式しき」アーチや、リヤド庭園ていえん（左右さゆう対称たいしょうに4つの部分ぶぶんに分わけられた中庭なかにわ）、複雑ふくざつな幾何きか学がく模様もよう、木目もくめのアラベスクモチーフ、漆喰しっくい、タイルアート（特とくにゼリージュ（Zellij））などが特徴とくちょうとしてあげられる。

モロッコ、アトラス山脈さんみゃく南部なんぶのアイット・ベン・ハドゥのクサール

モロッコのベルベル建築けんちくは他たのモロッコ建築けんちくと完全かんぜんに切きり離はなせるわけではないが、多おおくの構造こうぞうや建築けんちくスタイルには伝統でんとう的てきにベルベル地域ちいきやベルベル人じんに支配しはいされたモロッコの地域ちいきとのつながりが見みられる。アトラス山脈さんみゃくやサハラ砂漠さばく、サハラの前部ぜんぶにある地域ちいきなどがそうである 。これらの地域ちいきを形作かたちづくる多おおくのカスバ（要塞ようさい）とクサール（要塞ようさい村むら）は、もともとの地形ちけいと社会しゃかい構造こうぞうを活いかした作つくりになっており、アイット・ベン・ハドゥはもっとも有名ゆうめいな例れいである。 これらの要塞ようさいは主おもに版はん築ちくによって作つくられ、その土地とち特有とくゆうの幾何きか学がく模様もようによって装飾そうしょくされる。モロッコ（と北きたアフリカをまたぐ範囲はんい）のベルベル地域ちいきは周辺しゅうへんの他ほかの歴史れきし的てきな芸術げいじゅつの流ながれから全まったく隔絶かくぜつされておらず、イスラーム建築けんちくの視点してんを取とり入いれた結果けっか、とりわけムラービド朝あさ、ムワッヒド朝あさ、マリーン朝あさ時代じだいに何なに世紀せいきもかけて行おこなわれた地域ちいきの政治せいじ的てき支配しはいの間あいだには、西にしイスラームの芸術げいじゅつの形成けいせいに貢献こうけんした。

カサブランカの植民しょくみん地ち時代じだいの建築けんちく

モロッコにおける近代きんだい建築けんちくにはアール・デコや、1912年ねんから1956年ねんのフランス（1958年ねんまではスペイン）の植民しょくみん地ち時代じだいに建立こんりゅうされた地域ちいき特有とくゆうの新しんムーア式しき建築けんちくなど、20世紀せいき初頭しょとうの例れいが多おおく含ふくまれている。20世紀せいき後半こうはんにモロッコが主権しゅけんを取とり戻もどしてからは、ムハンマド5世せいの霊廟れいびょう（1971年ねん完成かんせい）やカサブランカにあるハッサン2世せい大だいモスク（1993年ねん完成かんせい）が例れいとして挙あげられるように、伝統でんとう的てきなモロッコ建築けんちくとその模様もようは（たとえそれが外国がいこくの建築けんちく家かによってデザインされたものだとしても）現代げんだいの建築けんちく物ぶつにおいても称賛しょうさんされている。モダニズム建築けんちくは日常にちじょう生活せいかつの場面ばめんだけでなく名高なだかい建築けんちくプロジェクトにも取とり入いれられており、同どう時代じだいの建築けんちく物ぶつ場じょうにおいても顕著けんちょに表あらわれている。

手法しゅほうと資材しざい

版はん築ちく

版はん築ちくによる壁かべの一般いっぱん的てきな例れい（木き枠わくの代かわりに金属きんぞくのものを用もちいている）

フェズのエル・バリにある修復しゅうふくの有無うむによる版はん築ちく壁かべの例れい（左ひだり：修復しゅうふくあり、右みぎ：修復しゅうふくなし）

モロッコで最もっとも一般いっぱん的てきな建築けんちく手法しゅほうの一ひとつに版はん築ちくがある。古ふるくからの建築けんちく手法しゅほうで、近東きんとうやアフリカ、さらにそれより遠とおい地域ちいきまで見みられ 、"pisé"（フランス語ふらんすご）や"tabia"（アラビア語ご）としても知しられている。フェズやマラケシュ、ラバトにある城壁じょうへきは一部いちぶ（記念きねん門もんなど）が石造いしづくりではあるが、この手法しゅほうによるものである。版はん築ちくはその土地とちの資材しざいを活いかして用もちいられ、コストの低ひくさや比較的ひかくてき効率こうりつが良よいことなどから広ひろく用もちいられた 。様々さまざまな粘ねば度たびの泥どろ（なめらかな泥どろから砂利じゃり由来ゆらいのものまで）に藁わらや石灰せっかいが混まぜ合あわされつなぎの役目やくめを果はたしている。壁かべがより硬かたくなる泥どろがある地域ちいきもあればそうでない地域ちいきもあるので、硬かたさは地域ちいきで異ことなるが、石灰せっかいを加くわえることで壁かべがより強固きょうこで耐久たいきゅう性せいの高たかいものとなる。フェズや近ちかくのメクネスの壁かべは石灰せっかいを47％を含ふくむのに対たいし、マラケシュでは約やく17％、ラバトでは約やく12％含ふくむ。一部いちぶの材料ざいりょう（泥どろなど）が他たのもの（砂利じゃりなど）よりも比較的ひかくてきコストがかかるようになったことなどから、配合はいごうや素材そざいは年月としつきにつけて変かわり続つづけているが、この技術ぎじゅつは今日きょうでも用もちいられている。

壁かべは下したから上うえまで一いち度どに一いち層そうずつ造つくられる。作業さぎょう員いんは木き板ばんを一時いちじ的てきに合あわせて作つくられた50cmから70cmほどの長ながさの区画くかくに材料ざいりょうを押おし込こみ、一度いちど固かたまると木きの枠わくを取とり外はずす。この工程こうていが一定いっていの段階だんかいまで繰くり返かえされる。この工程こうていによって木き枠わくの痕あとであるたくさんの小ちいさな穴あなの線せんが壁かべの表面ひょうめんに残のこることも多おおい 。壁かべの多おおくは、表面ひょうめんをなめらかにしたり構造こうぞうの主要しゅよう部分ぶぶんを守まもったりするために石灰せっかいや漆喰しっくいなどでコーティングされる。このタイプの建築けんちく物ぶつは素材そざいの透過とうか性せいが高たかく年月としつきの経過けいかによる雨あめによる浸食しんしょくに弱よわいことから、継続けいぞく的てきなメンテナンスによる維持いじが必要ひつようで、モロッコの一部いちぶの地域ちいき（特とくにサハラ付近ふきん）にある（主おもに石灰せっかい不足ふそくなどによる）持もちの悪わるい材料ざいりょうで作つくられたカスバなどは、廃墟はいきょになったのち数すう十じゅう年ねんで風化ふうかし始はじめる。

煉瓦れんがと岩いわ

12世紀せいきに建たてられたクトゥビーヤモスクのミナレットの表面ひょうめん:粗そ石いしの使用しようが見みて取とれ、かつて壁画へきがを覆おおっていた漆喰しっくいが壁画へきがの装飾そうしょくと共ともにかすかに残のこっている

版はん築ちくに加くわえて、家いえや公共こうきょう施設しせつ、モスクなどを建たてる際さいには（特とくに砂漠さばく地帯ちたいで）煉瓦れんががよく用もちいられる。例たとえば中世ちゅうせいのミナレットの多おおくは煉瓦れんがで作つくられ、多おおくの場合ばあいで別べつの材料ざいりょうを用もちいて表面ひょうめんが装飾そうしょくされている。 石造せきぞう建築けんちくは特とくにムワッヒド朝あさ時代じだいの有名ゆうめいな遺跡いせきでも用もちいられている。アグノウ門もんやアル・ルア門もん、ウダイヤのカスバの正門せいもん（ウダイヤ門もん）では広範囲こうはんいにわたって彫刻ちょうこくした石いしが使用しようされている。 これらと同どう時期じきのムワッヒド朝あさ時代じだいの主おもなミナレットには、地域ちいきやその需要じゅようにより建築けんちく資材しざいと手法しゅほうが比較的ひかくてき多様たようになっている。クトゥビーヤモスクのミナレットは砂岩さがんを用もちいた粗そ石積いしつみで、セビリアのヒラルダの塔とうはその土地とちの煉瓦れんがで、ラバトにある未み完成かんせいの巨大きょだいなハッサンの塔とうは石造いしづくりで建たてられている。マラケシュのカスバモスクのミナレットでは基礎きそに粗そ石いしが、主軸しゅじくには煉瓦れんがが用もちいられている。

木材もくざい

木材もくざいもまた幅広はばひろく用もちいられたが、多おおくは天井てんじょうや天蓋てんがい、通路つうろの上側うわがわなど視界しかいよりも高たかい部分ぶぶんであった。モスクや霊廟れいびょうなどの建物たてものの多おおくは傾かたむきのある木き枠わく、つまりアルテソナドのような天井てんじょうになっていたりして、このような造つくりは地域ちいきによってはberchlaやbershlaとして知しられている。たいていは幾何きか学がく模様もようの配列はいれつがあったり、彫刻ちょうこくや色いろを施ほどこしたりすることで装飾そうしょくされている。多おおくの出入でいり口ぐちや町中まちなかの噴水ふんすい、モスクの入いり口くちもまたムーア式しき建築けんちくの特徴とくちょうである彫刻ちょうこくが施ほどこされた木きの天蓋てんがいで強調きょうちょうされた 。特とくにマリーン朝あさ時代じだい以降いこう、建築けんちくにおける木造もくぞう彫刻ちょうこくは建築けんちく装飾そうしょくにおける主要しゅような構成こうせい要素ようそとなった。

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  16世紀せいきのサアド朝あさの墳墓ふんぼ群ぐんにあるberchlaの天井てんじょう
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  14世紀せいきのアブー・アルハサンモスクの入いり口くちにある木造もくぞうの天蓋てんがい

モロッコのシーダー材ざいは今日きょうでも高たかい価値かちがある 。かつては山やまの斜面しゃめんに豊富ほうふに生育せいいくしていたが現在げんざいは絶滅ぜつめつしつつあり、生育せいいくしているのは中部ちゅうぶアトラス山脈さんみゃくに限かぎられる。しかし、他たの種類しゅるいの木材もくざいが用もちいられることも時々ときどきあった。例たとえばマラケシュのシュロブ・オウ・シューフ噴水ふんすいの木造もくぞう彫刻ちょうこくの天蓋てんがいはヤシの木きから造つくられている。 有名ゆうめいなクトゥビーヤモスクのミンバルはコルドバ（スペイン）で組くみ立たてられたのちマラケシュへ運はこばれたもので、主しゅとしてシーダー材ざいから造つくられているが、その寄木よせぎ細工ざいくはナツメやアフリカン・ブラックウッドなど、色いろが異ことなり異国いこく情緒じょうちょのある材ざいによってより引ひき立たつような色合いろあいになった。

装飾そうしょく用ようの資材しざい

フェズのブー・イナーニーヤ・マドラサにある文字もじの彫刻ちょうこくが施ほどこされた漆喰しっくいの例れい

カラウィーンモスクの入いり口くちの一ひとつのBab al-Gna'izにある12世紀せいきの青銅せいどうの覆おおい

ムーア式しき建築けんちくの非常ひじょうに有名ゆうめいで特徴とくちょう的てきな要素ようそは、壁かべや天井てんじょうの彫刻ちょうこくされた装飾そうしょくにおいて漆喰しっくいが多用たようされることである 。比較的ひかくてき低ていコストで彫ほりやすい漆喰しっくいは、花はなや野菜やさい（アラベスク）、幾何きか学がく模様もよう、文字もじ、ムカルナスなど様々さまざまなモチーフに彫ほられ、色いろが塗ぬられる 。（これらは木造もくぞう彫刻ちょうこくの特徴とくちょうでもある。）

タイルアート、特とくにゼリージュ（Zellij）と呼よばれるモザイクのタイルは、壁かべの下部かぶや床ゆかの装飾そうしょくとして一般いっぱん的てきである。手てで切きられた異ことなる色いろのファイアンスの破片はへんを複雑ふくざつな幾何きか学がく模様もようになるように合あわせた装飾そうしょくは、たいていは放射状ほうしゃじょうに伸のびた星ほしの模様もようが基もとになっている 。ゼリージュは10世紀せいきに表あらわれ、14世紀せいきのマリーン朝あさ時代じだいまでに広ひろく広ひろまった 。ゼリージュはビザンチンモザイクに由来ゆらいしていたり、その影響えいきょうを受うけていたりして、のちにムスリムのファイアンス職人しょくにんによってファイアンスに応用おうようされた。 タイルはふつうは10cm四方しほうの釉薬をかけたガラスにされ、そして全体ぜんたいの模様もように必要ひつような（多おおくの場合ばあい職人しょくにんが暗記あんきしている）既定きていの形かたちに切断せつだんされる。また、結合けつごうさせて複雑ふくざつな形かたちを作つくるための形かたちのレパートリーはハスバ方式ほうしきとしても知しられている 。正確せいかくな模様もようは場合ばあいによって異ことなるが、その原則げんそくは何なに世紀せいきにもわたって一定いっていで、モロッコの職人しょくにんは今日きょうでもタイル作づくりに熟練じゅくれんの技術ぎじゅつを持もつ。

青銅せいどうや銅どうなどの金属きんぞくは特定とくていの部分ぶぶんの装飾そうしょくや保護ほごのために用もちいられる。中世ちゅうせいに建たてられたモスクやマドラサの扉とびらの多おおくは、幾何きか学がく模様もようやアラベスク、文字もじなどが彫ほられた青銅せいどうまたは銅どうで覆おおわれている。 例たとえば、現存げんそんする最古さいこのムーア式しきモロッコ建築けんちくの青銅せいどう作品さくひんはフェズのカラウィーンモスクのいくつかの扉とびらに見みられる12世紀せいきの青銅せいどう製せいの部品ぶひんである。