木曽きそ谷たに

木曽きそ山脈さんみゃくから望のぞむ木曽きそ谷たに（大桑おおが村むら周辺しゅうへんの地域ちいき）

木曽きそ谷たに（木曾きそ谷たに、きそだに）とは、木曽川きそがわ上流じょうりゅうの流域りゅういきを表あらわす名称めいしょうである。木曽川きそがわの浸食しんしょくにより形成けいせいされたV字じ谷だに状じょう地形ちけいが延長えんちょう約やく60kmにわたっており、その主おも線せんはおおむね北きた北東ほくとうから南南西なんなんせいの方角ほうがくに沿そう。東南とうなん方面ほうめんには木曽きそ山脈さんみゃく（中央ちゅうおうアルプス）が、西北せいほく方面ほうめんには御嶽みたけ山系さんけいがある。現在げんざいの長野ながの県けん南西なんせい部ぶが主おもな地域ちいきである。地形ちけい的てきには鳥居峠とりいとうげ以南いなんの木曽川きそがわ上流じょうりゅうの流域りゅういきをさすが、歴史れきし的てきには木曽きそ路ろをさすことがある。木曽きそ谷たに、木曾きそ谷たにの表記ひょうきについては木曽きそを参照さんしょう。

地域ちいき範囲はんい

おおむね、長野ながの県けん木曽きそ郡ぐんの全域ぜんいき（上松うえまつ町まち、木曽きそ町まち、南木曽なぎそ町まち、王滝おうたき村むら、大桑おおが村むら、木祖きそ村むら）、岐阜ぎふ県けん中津川なかつがわ市しの一部いちぶ（神坂かみさか、馬籠まごめ、山口やまぐち地区ちく）に該当がいとうする。

人文じんぶん史し

史料しりょう上じょうの記事きじは、まず『続ぞく日本にっぽん紀き』に見みえ、702年ねん（大宝たいほう2年ねん）に岐蘇山道さんどう（きそのやまみち）が、713年ねん（和銅わどう6年ねん）に吉よし蘇そ路ろ（きそのみち）が開通かいつうしたとある。木曾きその表記ひょうきは平安へいあん時代じだい末期まっきごろに現あらわれ、源義仲みなもとのよしなか（木曾きそ義仲よしなか）の活躍かつやくなどによって広ひろく定着ていちゃくしたとされる。

当初とうしょは美濃みの国こく恵那えな郡ぐんに属ぞくしていたが、信濃しなの国こくと所属しょぞくがしばしば争あらそわれた。9世紀せいき後半こうはんの貞さだ観かん年間ねんかんには勅命ちょくめいにより、朝廷ちょうていより藤原ふじわら（朝臣あそん）正範まさのりと靭負ゆきえ（直じき）継つぎ雄ゆうが派遣はけんされ、両国りょうこくの国司こくしと現地げんちに臨のぞんだ。この時ときの正範まさのりらの報告ほうこくによると、もともと吉よし蘇そ、小吉こよし蘇その両りょう村むら（木曽きそ谷たにの村落そんらく）は美濃みの国こく恵めぐみ奈郡絵え上郷かみごうの地域ちいきにあり、和銅わどう6年ねん（713年ねん）に美濃みの守まもる笠かさ麻呂まろ、美濃みの少しょう掾じょうの門部かとべ（連れん）御立みたち、美濃みの大目おおめの山口やまぐち（忌き寸すん）兄人しょうとらがここに吉よし蘇そ路ろを開通かいつうさせた。ここは美濃みのの国府こくふ（不破ふわ郡ぐん垂井たるい町まち府中ふちゅう）から10日にち余あまりもかかる距離きょりにあり、信濃しなの国こくのすぐ近ちかくではあるが、もし信濃しなの国こくならば美濃みの国司くにじがこのような遠とおいところで工事こうじをする理由りゆうがないという。この報告ほうこくによって、朝廷ちょうていは木曽きそ谷たにを美濃みの国こくと決きめた。

そして元もと慶けい3年ねん（879年ねん）9月がつに懸かか坂上さかがみ岑(木祖きそ村むらと旧ふる奈川ながわ村むらとの境界きょうかいにある境峠さかいとうげと（鳥居峠とりいとうげ）を境界きょうかいとし、岐蘇・小しょう岐蘇の所属しょぞくは美濃みの国こく恵那えな郡ぐん絵え上郷かみさとと定さだめられたが、平安へいあん末期まっきになると、源義仲みなもとのよしなかが信濃しなの国こく木曾きその住人じゅうにんとされたように、「木曾きそ谷たには信濃しなの」という認識にんしきが生うまれた。承うけたまわ平ひら天てん慶けいの乱らんでは木曽きそ谷たにの警護けいごのため朝廷ちょうていから岐曽道どう使しが派遣はけんされた。

古代こだい末期まっきから中世ちゅうせい初期しょきにかけて、王滝川おうたきがわを挟はさんで北側きたがわの大吉だいきち祖そ荘そう（宗像むねかた少しょう輔領りょう）と、南側みなみがわの小木曾おぎそ荘そう（八はち条じょう院いん領りょう）の2つの荘園しょうえんが史料しりょう上じょうに現あらわれ、中世ちゅうせい中期ちゅうき（14世紀せいき）頃ごろまでその名なが見みられる。大吉だいきち祖そ荘そうは信濃しなの国こく、小木曽こぎそ荘そうは美濃みの国こくと書かかれる傾向けいこうにあった。元もと徳とく元もと（1329年ねん）の検けん注ちゅう文書ぶんしょによれば、小木曽こぎそ荘そう内ないには、水野みずの保たもつ、永野ながの保たもつ、吉野よしの保たもつの3つの保ほがあった。14世紀せいきまでに常陸ひたち国こくの真壁まかべ氏しが地頭じとうとして木曾きそ谷たに南部なんぶの小木曽こぎそ荘そうを支配しはいしていたが、建たて武たけしの乱らんの勲功くんこうで足利尊氏あしかがたかうじから木曾きそ谷たに北部ほくぶの大吉だいきち祖そ荘そうを恩賞おんしょうとして与あたえられた上野うえの国こく沼田ぬまた氏しが当地とうちに入部にゅうぶすると、沼田ぬまた氏しは木曾きそ谷たに全域ぜんいきへ支配しはいを広ひろげていった。沼田ぬまた氏しは当初とうしょ、藤原ふじわら秀しげる郷きょうの末裔まつえいを自称じしょうしたが、後世こうせい、源義仲みなもとのよしなかの末裔まつえいを称しょうして木曾きそ氏しと名乗なのった。また、真壁まかべ氏しについては小木曽こぎそ荘そうを継ついだ庶流（美濃みの真壁まかべ氏し）が足利尊氏あしかがたかうじに従したがって東国とうごくに帰還きかんした後のち、真壁まかべの宗家そうけを追放ついほうして常陸ひたち国こくに復帰ふっきしたとする有力ゆうりょく説せつが出だされているが、一部いちぶは木曾きそ氏しの被官ひかんとなったとみられている。なお、異説いせつとして、「大だい（オホ）」と「小しょう（ヲ）」を音韻おんいんの混同こんどうと捉とらえ、小坂こさかが大坂おおさかに発音はつおん・表記ひょうきが変化へんかしたように、小木曾おぎそ荘そうが大吉だいきち祖そ荘そうとも呼よばれたのではないか（つまり、2つの荘園しょうえんは同一どういつの荘園しょうえんである）とする所ところ三男みつおの説せつがある。

15世紀せいき末まつには、新あらたに木曾きそ荘そうが登場とうじょうする。木曾きそ荘そうは16世紀せいき前半ぜんはんまで美濃みの国こくとして史料しりょうに現あらわれる。美濃みの国こく恵那えな郡ぐんであった木曽きそ全域ぜんいきが信濃しなの国こくになった時期じきについて、信州大学しんしゅうだいがく人文学部じんぶんがくぶの山本やまもと英二えいじ准じゅん教授きょうじゅが大桑おおが村むらの定勝さだかつ寺てらの古文書こもんじょの回向えこう文ぶんの中なかから年代ねんだいが分わかる5点てんで、1491年ねんには、美濃みの州しゅう恵那えな郡ぐん木曽きそ庄しょうとあるが、1515年ねんには、信濃しなの州しゅう木曽きそ荘そうと書かかれていたので木曽きそが美濃みの国こく恵那えな郡ぐんから信濃しなの国こくへ移うつったのは1491年ねんから1515年ねんの間あいだと結論けつろん付つけた。 16世紀せいき半なかば頃ごろに当地とうちを支配しはい下かに入いれた武田たけだ信玄しんげんは木曾きそ谷たにを信濃しなのと認識にんしきした。「木曾きそ谷たには信濃しなの」の認識にんしきが定着ていちゃくしたのは、おそらく信玄しんげん以後いごのことだろうと考かんがえられている。しかし木曾きそ古道ふるみち記きには木曽川きそがわより東側ひがしがわにある定勝さだかつ寺てらの天文てんもん18年ねん（1549年ねん）作さくの鐘かね銘めいには信州しんしゅう木曾きそ庄しょうと書かかれてあるのに対たいし、木曽きそ町まちの木曽川きそがわより西側にしがわにある興きょう禅ぜん寺てらにある承うけたまわ応おう2年ねん（1653年ねん）作さくの鐘かね銘めいには美濃みの国こく恵那えな郡ぐん木曾きそ庄しょうとなっていることを述のべた上うえで、天正てんしょう以来いらいの記録きろくに木曽川きそがわより東ひがしを信濃しなの国こく筑摩つかま郡ぐん、木曽川きそがわより西にしを美濃みの国こく恵那えな郡ぐんと分わけていたが、享とおる保ほ9年ねん（1724年ねん）に木曽川きそがわの東ひがしも西にしも信濃しなの国こく筑摩つかま郡ぐん木曾きそと定さだめられたと書かかれている。

江戸えど時代じだい初頭しょとうになると、全国ぜんこく各地かくちの建設けんせつラッシュに応こたえるため木材もくざい生産せいさん地ちとして開発かいはつされ、本来ほんらいの信濃しなのである奈川ながわ、奈良井ならい、贄川にえかわの3ヶ村かそん（いずれも信濃川しなのがわ水系すいけい）とともに1615年ねん（元和がんわ元年がんねん）、尾張おわり藩はんに組くみ入いれられた。その後ご、ヒノキを中心ちゅうしんとする林業りんぎょうが隆盛りゅうせいした。（詳細しょうさい→#林業りんぎょう節ふし） 明治めいじ以降いこうも林業りんぎょうが産業さんぎょうの中心ちゅうしんを占しめ続つづけ、交通こうつうの相対そうたい的てきな不便ふべんさもあって近代きんだい産業さんぎょうの発展はってんは見みられなかった。その反面はんめん、近代きんだい以前いぜんの景観けいかんがよく保存ほぞんされており、貴重きちょうな観光かんこう資源しげんを形成けいせいしている。

林業りんぎょう

大だい部分ぶぶんを急峻きゅうしゅんな山地さんちが占しめるため耕作こうさく地ちは少すくなく、木曽川きそがわ沿ぞいの狭小きょうしょうな平地ひらちに見みられる程度ていどである。年間ねんかん降水こうすい量りょう3000mmという豊富ほうふな雨量うりょうと、濃こ飛ひ流りゅう紋もん岩がん類るいの風化ふうかによる保水ほすい力りょくの高たかい土壌どじょうによって、針葉樹しんようじゅが生育せいいくしやすい条件じょうけんがそろっており、近世きんせい初期しょき以降いこう、尾張おわり藩はんの経営けいえいによってヒノキを中心ちゅうしんとする林業りんぎょうがおこり、当地とうちの主要しゅよう産業さんぎょうとして栄さかえた。ヒノキを中心ちゅうしんに木曽きそ五木いつきの美び林りんで知しられる。

近世きんせい初頭しょとうには、江戸えど幕府ばくふの政策せいさくに従したがって畿内きないや北陸ほくりくなどの林業りんぎょう先進地せんしんちから多おおくの杣そま工たくみが動員どういんされ、林業りんぎょう開発かいはつが急速きゅうそくに展開てんかいした。また木曽川きそがわの開削かいさく事業じぎょうが進すすめられ、大量たいりょうの材木ざいもくの運送うんそうが可能かのうとなった。木曾きそ谷たには尾張おわり藩はん領りょうとされ、尾張おわり藩はんは林業りんぎょうにより多大ただいな収入しゅうにゅうを得えた。近世きんせい前期ぜんきは林はやし材ざいの伐採ばっさいが著いちじるしく森林しんりん資源しげんの枯渇こかつが危惧きぐされるようになったため、尾張おわり藩はんは森林しんりん保護ほご・伐採ばっさい抑制よくせい政策せいさくを進すすめ、その結果けっか、広大こうだいなヒノキ林りんが形成けいせいされることとなった。

明治めいじ以降いこう、尾張おわり藩はん有ゆう林りんは国有こくゆうの官林かんばやしへ編入へんにゅうされ（木曾きそ官林かんばやし）、1889年ねん（明治めいじ22年ねん）には御料林ごりょうりんとして皇室こうしつ財産ざいさんとなった。第だい二に次じ大戦たいせん後ごの1947年ねん（昭和しょうわ22年ねん）に国有こくゆう林りんに指定していされ、林野庁りんやちょうの所管しょかんとなった。その後ごは、1959年ねん（昭和しょうわ34年ねん）の伊勢湾いせわん台風たいふうによる被害ひがい木きの大量たいりょう伐採ばっさいなどがあったものの、1980年代ねんだい後半こうはん以降いこうの円えん高だかに伴ともなう輸入ゆにゅう外材がいざいとの価格かかく競争きょうそうなどもあり、木材もくざいの収穫しゅうかく量りょうは長期ちょうき的てきな減少げんしょう傾向けいこうにある。

交通こうつう

美濃みの国こくから信濃しなの国こくを結むすぶ位置いちにあるが、平地ひらちに乏とぼしく急峻きゅうしゅんな地形ちけいが続つづくため、交通こうつうの難所なんしょとして知しられてきた。『続ぞく日本にっぽん紀き』には702年ねん（大宝たいほう2年ねん）に岐蘇山道さんどうの建設けんせつ、713年ねん（和銅わどう6年ねん）に吉よし蘇そ路ろの開通かいつうに関かんする記事きじがあるが、古代こだい官かん道どうの東山ひがしやま道みち（岐蘇山道さんどう）は、木曾きそ谷たにを通とおらず、美濃みのから神坂峠みさかとうげを越こえて伊那いな谷たにへ抜ぬけるルートを通とおった。

吉よし蘇そ路ろは、神坂峠みさかとうげ付近ふきんの東山ひがしやま道どうが険けわしく交通こうつうが困難こんなんであったために開削かいさくされたもので、開通かいつう翌年よくねん2月がつの『続ぞく日本にっぽん紀き』の記述きじゅつによれば、工事こうじ責任せきにん者しゃだった笠かさ朝臣あそん麻呂まろ（かさのあそみまろ）・門もん部連ぶれん御立みたち（かどべのむらじみたち）・山口やまぐち忌き寸すん兄人しょうと（やまぐちいみきえひと）らは吉よし蘇そ路ろ完成かんせいの論功行賞ろんこうこうしょうを受うけている。吉よし蘇そ路ろについては様々さまざまな解釈かいしゃくがなされているが、東山ひがしやま道どうに対たいする後のちの木曽きそ路ろの前身ぜんしんとなる道みちが新あらたに築きずかれたというのが有力ゆうりょくな説せつで、冬季とうきの迂回うかい路ろとして使つかわれたとの見方みかたもされている。当時とうじ切きり株かぶが残のこされ歩あるきづらかった信濃しなの路ろの様子ようすについて、『万葉集まんようしゅう』巻まき十四とし・東歌あずまうたの中なかで詠よまれている。

近世きんせいには中山道なかせんどうが木曾きそ谷たにルートに設定せっていされ、11の宿場しゅくば（木曾きそ11宿しゅく）が置おかれ、明治めいじ以降いこうは中央西線ちゅうおうさいせんや国道こくどう19号ごうが開通かいつうした。

参考さんこう文献ぶんけん

• 清水しみず亮あきら 編へん『常陸ひたち真壁まかべ氏し』戒光祥さち出版しゅっぱん〈シリーズ・中世ちゅうせい関東かんとう武士ぶしの研究けんきゅう 第だい一いち九きゅう巻かん〉、2016年ねん。ISBN 978-4-86403-195-0。 

関連かんれん項目こうもく

• 木曽きそ五木いつき
• 裏うら木曽きそ
• 伊那いな谷たに
• 御ご林はやし