鍬形くわがた (アイヌ)

アイヌの鍬形くわがた
東京とうきょう国立こくりつ博物館はくぶつかん蔵ぞう

アイヌの鍬形くわがた（くわがた）とは、近世きんせいアイヌ文化ぶんかにおいて霊力れいりょくをもつとされた宝物ほうもつのひとつ。アイヌ語ごではベラシトミカムイ（ヘラをもつ宝たからの神様かみさま）またはキロウウシトミカムイ（角かくをもつ宝たからの神様かみさま）と呼よばれ、和人わじんの史料しりょうには鍬くわ先さきと記しるすものもある。

アイヌの宝たからの中なかで最もっとも上位じょういに位置いちづけられた。また非常ひじょうに強力きょうりょくな霊力れいりょくを持もち病人びょうにんの枕元まくらもとに置おくと災わざわいを払はらうが、家いえに置おいておくと祟たたりを成なすとされたため岩いわ陰かげや地中ちちゅうに埋うめられて保管ほかんされた。そのため現存げんそんする8点てんは全すべて出土しゅつど品ひんである。

ルーツと形状けいじょう

『蝦夷えぞ紋別もんべつ酋長しゅうちょう東武とうぶ画像がぞう』 蛎崎かきざき波は響ひびき筆ふで 東京とうきょう国立こくりつ博物館はくぶつかん蔵ぞう

アイヌは周辺しゅうへん社会しゃかいとの交流こうりゅうのなかで様々さまざまな精神せいしん的てき・物質ぶっしつ的てきな影響えいきょうを選択せんたく的てきに受容じゅようしたが、その際さいにオリジナルの機能きのうとは異ことなる意味いみを持もって取とり入いれることも多おおかった。鍬形くわがたもそのひとつとされる。アイヌの鍬形くわがたのオリジナルは日本にっぽんの兜かぶとに付つけられた前ぜん立だての鍬形くわがたで、アイヌはこれを宝物ほうもつと見み做した。

鍬形くわがたの成立せいりつは17世紀せいき頃ごろとみられるが、その形状けいじょうに影響えいきょうを与あたえたのは当時とうじとしても古式こしきとされる平安へいあん時代じだい末すえから鎌倉かまくら時代ときよの兜かぶとにつけられた前ぜん立だてであった。北海道ほっかいどうでは平安へいあん時代じだいから室町むろまち時代ときよにかけての日本にっぽんの兜かぶとが出土しゅつどすることが少すくなくない。これらは出土しゅつど場所ばしょから和人わじんではなくアイヌが所持しょじしていたものと考かんがえられており、中世ちゅうせいアイヌ期きから一いち定数ていすうの日本にっぽんの甲冑かっちゅうがアイヌ社会しゃかいに流通りゅうつうしていた可能かのう性せいが指摘してきされている。瀬川せかわ拓郎たくろうは、中世ちゅうせいアイヌ期きから日本にっぽんの甲冑かっちゅうが宝たからとみなされ、やがてその象徴しょうちょうとしてアイヌの鍬形くわがたが成立せいりつしたと推測すいそくしている。

鍬形くわがたは和人わじんから入手にゅうしゅした金属きんぞく板ばんをアイヌが加工かこうして造つくったものである。前ぜん立だての鍬形くわがたに比くらべると大型おおがたで、基部きぶと角かくの先端せんたんまでが一体いったいの金属きんぞく板ばんで成形せいけいされている。また基部きぶは円形えんけいをしており、基部きぶから角かくに至いたるまで銅どうや銀ぎんでできた円形えんけいの薄板うすいたを嵌はめこむ象嵌ぞうがんで装飾そうしょくされている。基部きぶ直径ちょっけいは20センチメートル程度ていどで、長ながさ30センチメートル程度ていどの2本ほんの角かくが付つき出だしている。素材そざいは鉄てつあるいは真鍮しんちゅうの厚あつさ1-2ミリメートル程度ていどの金属きんぞく板ばんがベースとなり、象嵌ぞうがんに使用しようされる金属きんぞくには銀ぎん・真鍮しんちゅう・黄銅こうどうなどが見みられる。

近世きんせいアイヌの宝物ほうもつと鍬形くわがた

札幌さっぽろ市し厚別あしべつ区く、北海道ほっかいどう博物館はくぶつかん内うちに復元ふくげんされたアイヌの伝統でんとう家屋かおく、チセ。北東ほくとう隅すみに宝物ほうもつ棚だな「イヨイキㇼ」を設もうけ、シントコなど漆器しっきほか宝物ほうもつを飾かざる。

アイヌの宝たから（Ikor、イコロ）の多おおくは刀かたな・漆器しっき・ガラス玉だまなど日本にっぽん本州ほんしゅうや大陸たいりくとの交易こうえきで入手にゅうしゅしたものである。このような宝たからは精霊せいれいが宿やどる一種いっしゅのお守まもり・護符ごふでもあり、チセの宝たから棚だなに積つみ上あげるほど守護しゅごの力ちからは強大きょうだいになると信しんじられていた。また一種いっしゅの貨幣かへいでもあり、婚姻こんいん・契約けいやく・領域りょういきの確定かくていや紛争ふんそうの解決かいけつ・贖罪しょくざいなど、重要じゅうような場面ばめんで用もちいられた。また宝たからを多おおくもつ者しゃは威信いしんと名誉めいよを持もつ者ものと見みなされ、首長しゅちょうはその中なかから選えらばれた。

いっぽうで鍬形くわがたは強力きょうりょくな霊力れいりょくを持もつため人目ひとめに晒さらすと災厄さいやくをもたらすと考かんがえられ、普段ふだんは山中さんちゅうや土どの中なかに隠かくして保管ほかんし誇示こじすることはなかった。また鍬形くわがたが通貨つうか的てきな機能きのうを発揮はっきすることもなかったと考かんがえられる。このような特徴とくちょうは鍬形くわがたのみに見みられるもので、アイヌにとって宝たからの王おうであったといえる。

史料しりょうにみる鍬形くわがた

『夷えびす酋列像ぞう』より、ウラヤスベツ乙おつ名めい・チョウサマ（超ちょう殺ころせ麻あさ）。洋式ようしきの靴くつを履はき、ロシア服ふくを着きた上うえに蝦夷えぞ錦にしきを重かさね、鍬形くわがたを持もったポーズで描えがかれている

近世きんせいアイヌの鍬形くわがたについては、和人わじんによって記しるされた史料しりょうによって検討けんとうされている。史料しりょう上じょうの初出しょしゅつは1709年ねんの『本朝ほんちょう軍記ぐんき考こう』だが、いくつかの史料しりょうにシャクシャインの戦たたかい（1669年ねん）に関かんする言及げんきゅうがあり、17世紀せいき前半ぜんはんには成立せいりつしていたと考かんがえられる。また由緒ゆいしょを源義経みなもとのよしつねにまで遡さかのぼる史料しりょうもあり、鍬形くわがたあるいは義経よしつね伝説でんせつの成立せいりつと関連かんれんして注目ちゅうもくされる。

松前まさき藩はんの家老がろうで絵師えしとしても高名こうみょうな蠣崎かきざき波は響ひびき が1790年ねんに描えがいた『夷えびす酋列像ぞう』は、前年ぜんねんの1789年ねん、国後島くなしりとう、目梨めなし郡ぐんで発生はっせいしたアイヌの蜂起ほうき「クナシリ・メナシの戦たたかい」において鎮圧ちんあつに協力きょうりょくしたアイヌの有力ゆうりょく者しゃを描えがいた連作れんさく肖像しょうぞう画がである。12面めんのうちウラヤスベツ乙おつ名めい・チョウサマ（超ちょう殺ころせ麻あさ）は、鍬形くわがたを持もったポーズで描えがかれている。蠣崎かきざき波は響ひびきは「夷えびす酋列像ぞう」以外いがいにも、鍬形くわがたを携たずさえた人物じんぶつをモチーフとしたアイヌ絵えを制作せいさくしている。

1845年ねんの『蝦夷えぞ日誌にっし』までは信仰しんこうの対象たいしょうとなっていることが確認かくにんでき、幕末ばくまつ期きにアイヌ文化ぶんか圏けんを何なん度ども探検たんけんした松浦まつうら武四郎たけしろうが安政あんせい6年ねん（1859年ねん）に著あらわした『蝦夷えぞ漫画まんが』では鍬形くわがたが「ペラウシトミカモイ」の名なで「男おとこ蝦夷えぞ第だい一いちの宝物ほうもつ也」として紹介しょうかいされている。だが1902年ねんの『蝦夷えぞの鍬くわ先さき』には「今日きょうではこれを見みざる」と記しるされており、すでに過去かこの風習ふうしゅうになっていた。また1924年ねんの『蝦夷えぞの宝たから器き「鍬くわ先さき」考かんがえ（上うえ）』では「アイヌの古老ころうといえども殆ほとんど是ぜに関かんして無む知識ちしき」と記しるされており、明治めいじ以降いこうの同化どうか政策せいさくによって急速きゅうそくに機能きのうを失うしなっていったと推測すいそくされる。

複数ふくすうの史料しりょうの記述きじゅつを検証けんしょうした瀬川せかわは、鍬形くわがたの性格せいかくについて以下いかのように推測すいそくする。

鍬形くわがたは男性だんせいの宝たからであり、最高さいこう位いの宝たからである。そのためこれを持もつものが首長しゅちょうとなった。しかし所持しょじするアイヌは稀まれで、全ぜん道みちでわずか6-7人にんにすぎない。鍬形くわがた自体じたいを神器じんぎとして尊崇そんすうするほか、災難さいなん払はらい、病気びょうき回復かいふく、戦勝せんしょうの祈祷きとうに用もちいた。家いえに置おいては祟たたりを成なすため、あるいは鍬形くわがたにとって不浄ふじょうであるため、地下ちかに埋蔵まいぞうするか、山中さんちゅうに安置あんちするなどした。償つぐないの品しなに用もちいたと言いう一方いっぽうで、用もちいないともいうが、鍬形くわがたの希少きしょう性せいや性格せいかくを考かんがえると基本きほん的てきには償つぐないに用もちいるものではなかったと思おもわれる。シャクシャインが償つぐないとしたのは松前まさき藩はんに助命じょめいを乞こい、やむを得えず差さし出だした特殊とくしゅな事例じれいであろう。

参考さんこう文献ぶんけん

• 瀬川せかわ拓郎たくろう（著ちょ）、北海道ほっかいどう考古こうこ学会がっかい（編へん）「宝たからの王おうの誕生たんじょう-アイヌの宝たから器き「鍬形くわがた」の起源きげんをめぐる型式けいしき学がく的てき検討けんとう」『北海道ほっかいどう考古学こうこがく』第だい45巻かん、北海道ほっかいどう考古こうこ学会がっかい、2009年ねん、NAID 40016814273。 
• 関根せきね達人たつひと『つながるアイヌ考古学こうこがく』新泉しんいずみ社しゃ、2023年ねん。ISBN 978-4-7877-2316-1。 
• 東京とうきょう国立こくりつ博物館はくぶつかん. “アイヌ鍬形くわがた”. ColBase. 2024年ねん2月がつ8日にち閲覧えつらん。
• 関根せきね達人たつひと、菊池きくち勇夫いさお、手塚てづか薫かおる ほか 編へん『アイヌ文化ぶんか史し辞典じてん』吉川弘文館よしかわこうぶんかん、2022年ねん。ISBN 9784642014809。 

関連かんれん項目こうもく

• アイヌ文化ぶんか