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はらしゃ神社じんじゃ

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はらしゃ神社じんじゃ
所在地しょざいち 鹿児島かごしまけん鹿児島かごしま黒神くろかみまち647
位置いち 北緯ほくい3135ふん04.63びょう 東経とうけい13042ふん19.44びょう / 北緯ほくい31.5846194 東経とうけい130.7054000 / 31.5846194; 130.7054000 (はらしゃ神社じんじゃ)座標ざひょう: 北緯ほくい3135ふん04.63びょう 東経とうけい13042ふん19.44びょう / 北緯ほくい31.5846194 東経とうけい130.7054000 / 31.5846194; 130.7054000 (はらしゃ神社じんじゃ)
主祭しゅさいしん 月讀つきよみいのち
瓊々きねみこと
彦火々いのち
草葺くさぶきごういのち
須佐すさおとこいのち
社格しゃかくひとし きゅう村社そんしゃ
創建そうけん しょう
例祭れいさい 旧暦きゅうれき3がつ17にち
旧暦きゅうれき9がつ27にち
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はらしゃ神社じんじゃ(はらごしゃじんじゃ)は、鹿児島かごしまけん鹿児島かごしま黒神くろかみまちにある神社じんじゃ[1][2]きゅう社格しゃかく村社そんしゃ[3]。「げんしゃ神社じんじゃ」ともかれる[3]

活火山かっかざんである桜島さくらじま東部とうぶ位置いちしており、境内けいだい鳥居とりい1914ねん大正たいしょう3ねん)に発生はっせいしたさくらとう大正大たいしょうだい噴火ふんかによって噴出ふんしゅつした噴石により上部じょうぶのこして埋没まいぼつしていることでられ「黒神くろかみ埋没まいぼつ鳥居とりい」とばれており、鹿児島かごしまけん指定してい天然記念物てんねんきねんぶつとなっている[1][4]

歴史れきし

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ふるくはしゃ大明神だいみょうじんともばれていたとされる[1]寛永かんえい2ねん1625ねん)に島津しまつ家久いえひさいのちによって現在地げんざいちから黒神くろかみむら浜辺はまべ移転いてんしたが、ふたた寛政かんせい10ねん1698ねん)に現在地げんざいち遷宮せんぐうしたとされている[1]

安永やすなが8ねん1779ねん)に発生はっせいした安永やすながだい噴火ふんかさい黒神くろかみから薩摩さつまこく鹿児島かごしまぐん吉野よしのむら現在げんざい鹿児島かごしま吉野よしのまち)へ移住いじゅうした住民じゅうみんらは、黒神くろかみむらはらしゃ神社じんじゃ勧請かんじょうして吉野よしのむらげんしゃ神社じんじゃ創建そうけんしたとされる[5]

1914ねん大正たいしょう3ねん1がつ12にち発生はっせいしたさくらとう大正大たいしょうだい噴火ふんかでは神社じんじゃ噴石埋没まいぼつする被害ひがいけたが(#黒神くろかみ埋没まいぼつ鳥居とりいふし参照さんしょう)、神体しんたい一部いちぶえたものの無事ぶじであったものについては現在げんざいもそのまままつられている[3]

黒神くろかみ埋没まいぼつ鳥居とりい

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黒神くろかみ埋没まいぼつ鳥居とりい鳥居とりい上部じょうぶのこ埋没まいぼつしている

黒神くろかみ埋没まいぼつ鳥居とりい(くろかみまいぼつとりい)は、はらしゃ神社じんじゃ境内けいだいにある鳥居とりい通称つうしょうである[6]鹿児島かごしまけん指定してい天然記念物てんねんきねんぶつ地質ちしつ鉱物こうぶつ[7][4]さくらとう錦江湾きんこうわんジオパーク構成こうせいするジオサイトのひとつ[8]

1914ねん大正たいしょう3ねん1がつ12にち発生はっせいしたさくらとう大正大たいしょうだい噴火ふんか20世紀せいき以降いこう日本にっぽんきた火山かざん噴火ふんかなか噴出ふんしゅつ物量ぶつりょう最大さいだいであったこともあり、桜島さくらじま全域ぜんいき甚大じんだい被害ひがいた。神社じんじゃ所在しょざいする黒神くろかみ集落しゅうらくでは246のうち197消失しょうしつし、軽石かるいし火山灰かざんばいによって埋没まいぼつする被害ひがいけた[9][10][11]

黒神くろかみ集落しゅうらくにあるはらしゃ神社じんじゃおおきな被害ひがいけ、堆積たいせきした噴石火山灰かざんばいにより鳥居とりい上部じょうぶのこ地面じめん埋没まいぼつした[6]鳥居とりいはすちょうながれもんがんいわばしらであり[12]全長ぜんちょう3メートルであったとされるが、そのうちやく2メートル程度ていど埋没まいぼつしているとされている[13][14]

だい世界せかい大戦たいせん終戦しゅうせん大正大たいしょうだい噴火ふんか埋没まいぼつした黒神くろかみ集落しゅうらくにあるはらしゃ神社じんじゃ鳥居とりい住民じゅうみんこそうとしたが、当時とうじ東桜島ひがしさくらじまむらちょうであった野添のぞえはちひゃくぞうは「災害さいがい記憶きおくとして後世こうせいのこすべきである」として発掘はっくつ中止ちゅうしさせ、黒神くろかみ集落しゅうらく民家みんかにあった門柱もんちゅうとも被災ひさい状態じょうたいでの保存ほぞんがなされた[15][16][12]。この現地げんち保存ほぞんについてくち信明のぶあき森井もりいじゅん(2017)では「明確めいかく意思いしって被災ひさい遺構いこう現地げんち保存ほぞんこころみられた最古さいこきゅう事例じれいたるだろう」としている[15]

1958ねん昭和しょうわ33ねん4がつ28にちには「噴火ふんかにより埋没まいぼつした鳥居とりい,門柱もんちゅう」としておなじく黒神くろかみまち現存げんそんする埋没まいぼつした門柱もんちゅうとも鹿児島かごしまけん天然記念物てんねんきねんぶつ地質ちしつ鉱物こうぶつ)に指定していされた[1][4]噴火ふんかすさまじい威力いりょく後世こうせいつたえる遺跡いせきとして被災ひさい状態じょうたいのこされている[6]

交通こうつうアクセス

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脚注きゃくちゅう

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  1. ^ a b c d e かおるそくただし & 五味ごみ克夫かつお 1998, p. 194.
  2. ^ 史跡しせきめぐり(桜島さくらじま地域ちいき”. 鹿児島かごしま. 2022ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  3. ^ a b c げんしゃ神社じんじゃ”. 鹿児島かごしまけん神社じんじゃちょう. 2022ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  4. ^ a b c 噴火ふんかにより埋没まいぼつした鳥居とりい門柱もんちゅう”. 鹿児島かごしまけん教育きょういく委員いいんかい. 2022ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  5. ^ a b げんしゃ神社じんじゃ”. 鹿児島かごしまけん. 2022ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  6. ^ a b c みなみ日本にっぽん新聞しんぶん 2015, p. 487.
  7. ^ みなみ日本にっぽん新聞しんぶん 1990, p. 966.
  8. ^ 黒神くろかみ埋没まいぼつ鳥居とりい”. さくらとう錦江湾きんこうわんジオパーク推進すいしん協議きょうぎかい. 2022ねん4がつ17にち閲覧えつらん
  9. ^ 中央ちゅうおう防災ぼうさい会議かいぎ災害さいがい教訓きょうくん継承けいしょうかんする専門せんもん調査ちょうさかい 2012, p. 53.
  10. ^ 鹿児島かごしまけん 1927, p. 457.
  11. ^ 桜島さくらじままち郷土きょうどへんさん委員いいんかい 1988, p. 5.
  12. ^ a b 噴火ふんかにより埋没まいぼつした鳥居とりい門柱もんちゅう”. 鹿児島かごしまけん. 2022ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  13. ^ さくらとう大正たいしょう噴火ふんか」の教訓きょうくんおもく 108ねんまえ多数たすう犠牲ぎせい 避難ひなんうったえる「科学かがく不信ふしんいしぶみ”. 熊本くまもとにちにち新聞しんぶん (2022ねん1がつ17にち). 2022ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  14. ^ だい噴火ふんかきたらどうなる? さくらとう黒神くろかみ埋没まいぼつ鳥居とりい”. 鹿児島かごしまテレビ (2018ねん11月1にち). 2022ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  15. ^ a b くち信明のぶあき & 森井もりいじゅん 2017, p. 24.
  16. ^ かごしま市民しみんのひろば(平成へいせい28ねん5がつごう”. 鹿児島かごしま (2016ねん5がつ). 2021ねん4がつ16にち閲覧えつらん

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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