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ROMANTIC 1990

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
『ROMANTIC 1990』
COMPLEXスタジオ・アルバム
リリース
録音ろくおん
ジャンル
時間じかん
レーベル 東芝とうしばEMI/イーストワールド
プロデュース 布袋ほてい寅泰ともやす
チャート最高さいこう順位じゅんい
  • 1オリコン[3]
  • 1990年度ねんど年間ねんかん15(オリコン)
ゴールドディスク
  • プラチナ(日本にっぽんレコード協会きょうかい[4]
  • COMPLEX アルバム 年表ねんぴょう
    COMPLEX
    (1989ねん
    ROMANTIC 1990
    (1990ねん
    19901108
    (1991ねん
    EANコード
    布袋ほてい寅泰ともやす関連かんれんアルバム 年表ねんぴょう
    ORCHESTRATION BOØWY
    (1989ねん
    ROMANTIC 1990
    (1990ねん
    『19901108』
    (1991ねん
    『ROMANTIC 1990』収録しゅうろくシングル
    1. 1990
      リリース: 1990ねん3がつ14にち
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    ROMANTIC 1990』(ロマンティック・ナインティーンナインティ)は、日本にっぽん音楽おんがくユニットであるCOMPLEXの2まいオリジナル・アルバム

    1990ねん4がつ18にち東芝とうしばEMIのイーストワールドレーベルからリリースされた。前作ぜんさくCOMPLEX』(1989ねん)よりおよそ1ねんぶりにリリースされた作品さくひんであり、3きょくのぞいて作詞さくしはすべて吉川よしかわ晃司こうじ担当たんとう、1きょくのぞいて作曲さっきょくはすべて布袋ほてい寅泰ともやす担当たんとう、プロデュースは前作ぜんさくつづ布袋ほてい担当たんとうしている。

    レコーディングは日本にっぽん国内こくないおこなわれたが、一部いちぶセクションのみイギリスアビー・ロード・スタジオにておこなわれた。前年ぜんねん時点じてんで、吉川よしかわ布袋ほてい音楽おんがくたいする価値かちかんちがいから確執かくしつしょうじており、レコーディングは両者りょうしゃかお一切いっさいわせずにおこなわれた。ほんさくろくよん天安門てんあんもん事件じけんベルリンのかべ崩壊ほうかいおよび東欧とうおう革命かくめいなど、当時とうじ世界せかい情勢じょうせい吉川よしかわおよび布袋ほていともに影響えいきょうけた結果けっか世紀せいきまつや1990年代ねんだい幕開まくあけを意識いしきしたコンセプト・アルバムとなっている。

    ほんさくからは先行せんこうシングルとして「1990」がシングルカットされている。また、ほんさくオリコンアルバムチャートにて最高さいこうだい1獲得かくとく枚数まいすうは40まんまいえたため日本にっぽんレコード協会きょうかいからプラチナ認定にんていけている。ほんさくけたコンサートツアーの終了しゅうりょうおこなわれた東京とうきょうドーム公演こうえん「ROMANTIC EXTRA」を最後さいごにCOMPLEXは活動かつどう休止きゅうしとなったため、最後さいごのオリジナル・アルバムとなった。

    背景はいけい

    [編集へんしゅう]

    自身じしんのぞ活動かつどう事務所じむしょとの体制たいせいおおきくことなっていたことを理由りゆう渡辺わたなべプロダクションから独立どくりつした吉川よしかわ晃司こうじ[5]海外かいがい進出しんしゅつデヴィッド・ボウイとの共演きょうえんもとめてBOØWY解散かいさんにソロ・デビューをたしていた布袋ほてい寅泰ともやす[6][7]、1988ねん12がつ10日とおかしんユニットとなるCOMPLEX結成けっせい発表はっぴょうする[8]。そのCOMPLEXは1989ねん4がつ8にちにデビュー・シングル「BE MY BABY」、4がつ26にちにはファースト・アルバム『COMPLEX』をリリースした[8]オリコンチャートにおいてはシングルおよびアルバム両方りょうほう最高さいこうだい1獲得かくとく[9][3]。そのアルバムをけたコンサートツアー「COMPLEX TOUR 1989」を、1989ねん5がつ10日とおか群馬ぐんま県民けんみん会館かいかん公演こうえん皮切かわきりに9月24にち香川かがわけん県民けんみんホール公演こうえんまで35都市としぜん42公演こうえん実施じっし[10]。ライブにはせんいたようにファンがかれる現象げんしょうきており、吉川よしかわは「まあ、ファンにしてみれば、納得なっとくいかないのも当然とうぜんかもしれないけど」とべている[8]。また吉川よしかわ布袋ほていのファン同士どうし喧嘩けんかしている場面ばめんもあったとべている[11]

    ファースト・ソロアルバム『GUITARHYTHM』(1988ねん)のリリースから周囲しゅうい自身じしんへの視点してんがシビアになったと布袋ほていべており、「布袋ほていはつまんないことやっちゃダメ」と忠告ちゅうこくけることがあったともべている[12]。しかしその状況じょうきょう息苦いきぐるしさをかんじていた布袋ほていはコンセプチュアルな作品さくひん制作せいさくすることへの欲求よっきゅうもあったものの、やんちゃな自身じしん気楽きらく表現ひょうげんしたいとのおもいからCOMPLEXを結成けっせいしたとべている[12]布袋ほていいわくCOMPLEXは音楽おんがくてき評価ひょうかげも上々じょうじょうであり、またBOØWY末期まっき拒否きょひしていたメディア出演しゅつえん積極せっきょくてきっていたという[13]のちB'z所属しょぞく松本まつもと孝弘たかひろった布袋ほていは、松本まつもとから「ヴォーカルの稲葉いなばと、COMPLEXのライヴにきましたよ。圧倒あっとうされました。あのままCOMPLEXがつづいていたら、おれたちなんかなにもやれなかったですよ」とわれたと自著じちょ秘密ひみつ』のなかしるしている[14]。しかし好調こうちょう活動かつどうなか布袋ほていは「こたえのない命題めいだい」をかかえていたとべており、周囲しゅうい人間にんげんから「COMPLEXはたしかにカッコイイよ。でもさ、布袋ほてい一番いちばんやりたいことって、コレだったの?」とわれることや、「布袋ほていさぁ、BOØWYを復活ふっかつしろよ……」と懇願こんがんされることもあったとべている[15]友人ゆうじんとして吉川よしかわ信頼しんらいいていた布袋ほていであったが、自我じがつよいアーティスト同士どうしでもあり、音楽おんがく制作せいさくにおいてはなかさだけでは共同きょうどう作業さぎょう不可能ふかのうになっていったと布袋ほていべている[12]布袋ほていによれば吉川よしかわはCOMPLEX以前いぜんのキャリアのまま自分じぶん自身じしん表現ひょうげんすることに重点じゅうてんいていたが、布袋ほてい名前なまえられずとも自身じしん制作せいさくきょくだれかのみみとどけばいいというかんがかたであったために両者りょうしゃあいだ意識いしきのズレがしょうじていたとべている[12]一方いっぽう吉川よしかわはバンド演奏えんそうたいする憧憬どうけいがあったことから布袋ほていとユニットをんだとべたうえで、「となり芝生しばふあおえるというパターンだったのかもれない」とべたほか、「めぐわせがかったから、実現じつげんした。いや、めぐわせがとんでもなくわるかったから、実現じつげんしたのかもれない」ともべている[16]

    制作せいさく音楽おんがくせいとテーマ

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    もうこの二枚目にまいめときは、スタジオに二人ふたりでいなかったんだよね。布袋ほていくん場合ばあい、デモ・テープでほとんどつくってくるし、デモ・テープともとチャンがあまりわらないんだよね。ただスタジオでマルチでろくるっていうだけで。だからべつにいいんじゃないのっていうので、うたれのときとかもかれはいなかったの。
    吉川よしかわ晃司こうじ,
    月刊げっかんカドカワ 1993ねん3がつごう[17]

    吉川よしかわによればほんさくイエロー・マジック・オーケストラのように完全かんぜん分業ぶんぎょう体制たいせい制作せいさくおこなわれたという[17]ほんさく制作せいさくには吉川よしかわ布袋ほてい意見いけんがかみわず、吉川よしかわ布袋ほてい全権ぜんけん委任いにん自身じしん歌唱かしょう可能かのうきょく選曲せんきょくのみをおこなっている[17]。すでに関係かんけい破綻はたんしていた両者りょうしゃであったが、アルバムを1まいリリースしただけで完結かんけつするのは格好かっこうわるいというかんがえから、ほんさくにおいては両者りょうしゃまった共同きょうどう作業さぎょうおこなわないというユニットとしての活動かつどうではありない方法ほうほう制作せいさくすすめられた[17]。レコーディング・スタジオにおいても両者りょうしゃそろうことはなかったが、布袋ほてい制作せいさくするデモテープ本番ほんばんのレコーディングと大差たいさがないことから問題もんだいないと判断はんだんされ、うたれのさいにも布袋ほてい不在ふざいであったと吉川よしかわべている[17]

    ほんさくはアルバム全体ぜんたいひとつのテーマになるような方向ほうこうせいで、世紀せいきまつや1990年代ねんだい幕開まくあけなどの壮大そうだいなテーマをかかげた作品さくひんとして制作せいさく開始かいしされた[17]当時とうじ中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくにおけるろくよん天安門てんあんもん事件じけんドイツにおけるベルリンのかべ崩壊ほうかいひがしヨーロッパけんでの東欧とうおう革命かくめいなど世界せかいてき事件じけん勃発ぼっぱつしており、ニュースをていた吉川よしかわは「いてもってもいられない状態じょうたい」におちいっていたとべている[17]当時とうじ吉川よしかわは「画面がめんこうでひとがいっぱいんでるのに、なん六本木ろっぽんぎをパンチラねえちゃんがあるいてるんだ? へんだね」という感想かんそうち、その影響えいきょうから制作せいさくされたのがほんさく収録しゅうろくきょくの「MODERN VISION」であったとべている[17]吉川よしかわほんさくけて10きょく程度ていど制作せいさくしていたものの、布袋ほていがすでに全体ぜんたいながれを構想こうそうしていたために布袋ほてい主導しゅどう制作せいさくおこなわれることが決定けっていし、「MODERN VISION」のみ布袋ほてい制作せいさくのぞんだことからほんさく収録しゅうろくされるはこびとなった[17]布袋ほていは10すうきょくをすでに制作せいさくみであり、吉川よしかわによればプログレッシブ・ロックおもわせるきょくガット・ギター挿入そうにゅうされているきょくもあり、リフさから吉川よしかわは「おおっ、格好かっこういい!」と当時とうじ発言はつげんしていたとべている[17]吉川よしかわはボーカルであるためにうた中心ちゅうしんかんがえた結果けっか、ギターがバッキングのようになってしまうところを、布袋ほていはギタリストであるためにうた合間あいまって自分じぶんまえ表現ひょうげんおこなわなければならないことから、上手うまくギター演奏えんそうきょくちゅうんでいることを吉川よしかわは「そこがうつくしいなとおもうよ」とべたほか、「おとつくかたっていうのが、布袋ほていくんからまなんだいちばんおおきなものだね」ともべている[17]吉川よしかわは「このアルバムは結構けっこうき」とべたうえで、とくにリフによって構成こうせいされている「GOOD SAVAGE」および「DRAGON CRIME」をもっとこのんでいるとべている[17]

    楽曲がっきょく

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    1. ROMANTICA
      インストゥルメンタルきょく
    2. PROPAGANDA
    3. LOVE CHARADE
      アウトロのコーラス部分ぶぶん歌詞かしはブックレットには記載きさいされていないが、布袋ほてい後年こうねん「Love is always in the air but never when you want it there. Love is always in the air but when it's true it's forever.(あい空気くうきのような存在そんざいなのに しいからとってはいらない あい空気くうきのような存在そんざいだから それが本当ほんとうあいなら永遠えいえんつづく)」という内容ないようであるとかしている[18]
    4. 1990
      ほんさく収録しゅうろくきょく最初さいしょ完成かんせいしたきょくでありシングルカットされているが、ほんさく収録しゅうろくされている音源おんげんはシングル・バージョンとはアレンジが若干じゃっかんことなっており、アウトロ演奏えんそう時間じかんながくなっている。詳細しょうさいは「1990」を参照さんしょう
    5. BLUE
    6. MODERN VISION
      デモテープの段階だんかいではレッド・ツェッペリン楽曲がっきょく移民いみんうた」(1970ねん)を意識いしきして政治せいじてきにニュートラル、かつナンセンスな解釈かいしゃくつくるつもりであったが、布袋ほていによりテーマせいおよび日本人にっぽんじんこのみなアレンジほどこされた。ほんさく収録しゅうろくきょく後年こうねん吉川よしかわのソロライブにおいて演奏えんそうされているが、COMPLEX活動かつどう休止きゅうししばらくはほんきょくのみライブにおいて演奏えんそうされることがあり、ライブ・アルバム『GOLDEN YEARS VOL.II』(1993ねん)にライブ音源おんげん収録しゅうろくされている[19]。また、のち吉川よしかわDISCO TWINSによるコラボレートユニット「DISCO K2 TWINS」のシングル「Juicy Jungle」(2006ねん)においてセルフカバー収録しゅうろくされている[20]
    7. THE WALL
      前年ぜんねん発生はっせいしたベルリンのかべ崩壊ほうかいがモチーフになっている。「ニュースをてて、いてもたってもいられなくなってベルリンにき、そのまま現地げんちいたきょく」と布袋ほていかたっている。吉川よしかわ歌唱かしょう部分ぶぶん前半ぜんはんのみで、後半こうはん外国がいこくじんのトークなどが挿入そうにゅうされ、インストゥルメンタルのような構成こうせいになっている。
      ほんきょくにおいて布袋ほていは、フェルナンデスより提供ていきょうされた試作しさくのフレットレスギターをレコーディングちゅう使用しようしている。
    1. NO MORE LIES
    2. GOOD SAVAGE
    3. HALF MOON
      インストゥルメンタルきょく
    4. DRAGON CRIME (East & West)
      ほんきょくのサブタイトルは、ベルリンのかべ崩壊ほうかいをモチーフにしていることから名付なづけられた。
    5. MAJESTIC BABY
    6. AFTER THE RAIN (しゅいChina)
      ほんきょくのサブタイトルは、ろくよん天安門てんあんもん事件じけんをモチーフにしていることから名付なづけられた。

    リリース、アートワーク、チャート成績せいせき

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    ほんさく1990ねん4がつ18にち東芝とうしばEMIのイーストワールドレーベルからCDおよびCTの2形態けいたいでリリースされた。ほんさくからは先行せんこうシングルとして「1990」がリリースされた。ジャケット写真しゃしん歌詞かしカードにおいて吉川よしかわおよび布袋ほてい写真しゃしん一切いっさい使用しようされておらず、それぞれの経歴けいれき布袋ほてい場合ばあいBOØWY時代じだいふくむ)のなかでオリジナル・アルバムにおいてははじめてのことであった。CDばん初回しょかい限定げんていばんはアルミせいのケースになっており、またジャケットとうのアートワークとして使用しようされているコンピュータグラフィックス立花たちばなハジメ担当たんとうしている。

    ほんさくオリコンアルバムチャートにおいて、最高さいこうだい1登場とうじょうしゅうすう15かい枚数まいすうは47.7まんまいとなった[3]。CDばんはその2012ねん10がつ10日とおかデジタル・リマスタリングほどこされたSHM-CDとしてさいリリースされた[21]

    ツアーと活動かつどう休止きゅうし

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    ほんさくけたコンサートツアーは「ROMANTIC 1990 TOUR」とだいし、1990ねん5がつ9にち群馬ぐんま県民けんみん会館かいかん公演こうえん皮切かわきりに8がつ8にち日本武道館にほんぶどうかん公演こうえんまで30都市としぜん53公演こうえん実施じっしされた[22]同年どうねん11がつ8にちには最終さいしゅう公演こうえんとなる「ROMANTIC EXTRA」を東京とうきょうドームにて実施じっしする[23]。しかし東京とうきょうドーム公演こうえん最後さいごに、COMPLEXとしての活動かつどう休止きゅうしとなった[24]。すでにツアーは終了しゅうりょうしていたが、最後さいごのライブを希望きぼうした吉川よしかわ布袋ほていたいして東京とうきょうドーム公演こうえん打診だしんしたものの、布袋ほていは2まいのソロ・アルバム『GUITARHYTHM II』(1991ねん)の制作せいさく準備じゅんびはいっていたためにこれを拒否きょひ[25]。しかし吉川よしかわは「いいじゃん。くんドームやったけど、ぼくはやったことないんだよ。ドームはちょっとやりたいんだけどね」と布袋ほてい説得せっとくし、布袋ほていがわのスタッフも賛成さんせいしたことから実現じつげんするはこびとなった[25]どう公演こうえんかんして吉川よしかわは、布袋ほていとの気持きもちは一緒いっしょではなかったために「バンドでありながら、らんぷりしてライヴをやるってのは、はじめての体験たいけんで。でもなかなかおもしろかった。これはこれでおもしろいんだって、おもいながらやりましたね」とべている[25]

    げのせきにおいて吉川よしかわ布袋ほていたいし「一緒いっしょにやらなかったら、友達ともだちでいられたかもしれないね」とはなし、「じゃあ、元気げんきでね」とげたのち一切いっさいっていないと1993ねん時点じてんべている[24]後年こうねん吉川よしかわ布袋ほていきらいになったわけではなく、勉強べんきょうさせてもらった部分ぶぶんもあると感謝かんしゃねんあらわしたうえ離婚りこんしたつまのようなものであるとべている[24]。また後年こうねん布袋ほていはCOMPLEXを結成けっせいしたことにたいする後悔こうかいねん表明ひょうめいしており、もっと後悔こうかいしていることについて「あいつといい友達ともだちだったのに、COMPLEXをやれることではなれちゃったなぁ…ということなんだよね。もしやらなかったらいまでもかたならべてそのあたりさけんでる友達ともだち同志どうしでいたかもしれないしさ」とべている[12]吉川よしかわ活動かつどう休止きゅうし理由りゆうについて「友達ともだち同士どうしってのとビジネスのつきあいが、ちがうもんだったってことかな」とべたほか[24]、「瞬間しゅんかんてき熱量ねつりょうはすごかったけど、だからこそすぐきてしまった。ちした瞬間しゅんかん完結かんけつした、みたいなかんじ。でも解散かいさんとはってなくて、休止きゅうしということになっていた。“急死きゅうし”のほうがちかいかもれないですけど」とべている[26]一方いっぽう布袋ほていも「あいつとおれ一緒いっしょ音楽おんがくつくるふたりではなかったなあ…とおもいますね」と吉川よしかわ同様どうよう意見いけんべたほか布袋ほていは「事務所じむしょ別々べつべつだったり、なにおれらがえないところでもうまくいかなくなっていったしね…」ともべている[12]

    批評ひひょう

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    専門せんもん評論ひょうろんによるレビュー
    レビュー・スコア
    出典しゅってん評価ひょうか
    CDジャーナル肯定こうていてき[27][28]

    音楽おんがく情報じょうほうサイト『CDジャーナル』では、COMPLEXにたいして「下世話げせわ満点まんてん、そのくせロックてきなみえりのかっこさにも事欠ことかかないという、希有けうなプロジェクト」であると評価ひょうか、1さく比較ひかくして「はるかにしぶいところに手間暇てまひまかけて、それでもかたきはなてきはなやかさをうしなわないのはすごい」と指摘してきしたうえで「奇跡きせきのスター・アルバム」であると称賛しょうさん[27]、また2012ねんさいリリースばんのレビューにおいては、音楽おんがくせいかんして「緻密ちみつられた楽曲がっきょく吉川よしかわはなやかにセクシーにうたい、からみつくように布袋ほていのギターが縦横じゅうおうう」と表現ひょうげんしたほか、「トリッキーなギター・プレイとはなやかな歌声うたごえ、そして緻密ちみつなサウンドが一体いったいとなった作品さくひんだ」とべたうえで「ロマンティックでハイパーなロックにひたれる名作めいさく」と絶賛ぜっさんした[28]

    収録しゅうろくきょく

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    • CDブックレットに記載きさいされたクレジットを参照さんしょう[29]。また、1きょくおよび10きょくインストゥルメンタルとなっている。
    SIDE ONE
    #タイトル作詞さくし作曲さっきょく編曲へんきょく時間じかん
    1.ROMANTICA 布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    2.PROPAGANDA布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    3.LOVE CHARADE吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    4.1990吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    5.BLUE吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    6.MODERN VISION吉川よしかわ晃司こうじ吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす
    7.THE WALL布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    合計ごうけい時間じかん:
    SIDE TWO
    #タイトル作詞さくし作曲さっきょく編曲へんきょく時間じかん
    8.NO MORE LIES吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    9.GOOD SAVAGE吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    10.HALF MOON 布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    11.DRAGON CRIME (East & West)吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす.
    12.MAJESTIC BABY吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    13.AFTER THE RAIN (しゅいChina)吉川よしかわ晃司こうじ布袋ほてい寅泰ともやす布袋ほてい寅泰ともやす
    合計ごうけい時間じかん:

    スタッフ・クレジット

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    • CDブックレットに記載きさいされたクレジットを参照さんしょう[1]

    参加さんかミュージシャン

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    スタッフ

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    • 布袋ほてい寅泰ともやすプロデューサー
    • マイケル・ツィマリング – レコーディング・エンジニアミキシング・エンジニア
    • カラム・リーズ – アシスタント・エンジニア
    • トリスティン・パウエル – アシスタント・エンジニア
    • 伊藤いとう康宏やすひろ – アシスタント・エンジニア
    • 菅谷すがやけん東芝とうしばEMI) – A&Rディレクター
    • 関口せきぐち光信みつのぶ (TOY BOX) – A&Rディレクター、マネージメント
    • 高橋たかはしかずみ (IRc2) – マネージメント
    • 富樫とかしたくみ (7's) – マネージメント
    • すももざわしげき (IRc2) – マネージメント・スタッフ
    • なかたけんいち (7's) – マネージメント・スタッフ

    チャート、認定にんてい

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    チャート リリースねん 最高さいこう順位じゅんい 登場とうじょうしゅうすう 売上うりあげすう 規格きかく 出典しゅってん
    日本にっぽんオリコン 1990ねん 1 15かい 47.7まんまい CD, CT [3]
    2012ねん 86 1かい 0.1まんまい SHM-CD [30]
    くに/地域ちいき 認定にんてい組織そしき 日付ひづけ 認定にんてい 売上うりあげすう 出典しゅってん
    日本にっぽん 日本にっぽんレコード協会きょうかい 1990ねん4がつ プラチナ 400,000+ [4]

    リリース一覧いちらん

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    No. リリース レーベル 規格きかく カタログ番号ばんごう 備考びこう 出典しゅってん
    1 1990ねん4がつ18にち 東芝とうしばEMI/イーストワールド CD TOCT-5660 初回しょかい限定げんていアルミニウムBOX [3][27][31]
    2 CT TOTT-5660 [3]
    3 2012ねん10がつ10日とおか EMIミュージック・ジャパン/イーストワールド SHM-CD TOCT-95115 デジタルリマスター仕様しよう [28][32]
    4 2019ねん3がつ1にち ユニバーサルミュージック AAC-LC - デジタル・ダウンロード、2012ねんリマスターばん [33]
    5 ロスレスFLAC - デジタル・ダウンロード、2012ねんリマスターばん [34]

    脚注きゃくちゅう

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    注釈ちゅうしゃく

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    1. ^ 女性じょせいバックグラウンドボーカルおよびホーンのレコーディングのみおこなわれた[1]

    出典しゅってん

    [編集へんしゅう]
    1. ^ a b ROMANTIC 1990 1990, p. 13.
    2. ^ COMPLEX/ロマンティック1990”. 国立こくりつ国会図書館こっかいとしょかんサーチ. 国立こくりつ国会図書館こっかいとしょかん. 2023ねん12月16にち閲覧えつらん
    3. ^ a b c d e f オリコンチャート・ブック アルバムチャートへん 1999, p. 54.
    4. ^ a b ゴールドディスク認定にんてい 1990ねん4がつ”. 日本にっぽんレコード協会きょうかい公式こうしきサイト. 日本にっぽんレコード協会きょうかい. 2024ねん7がつ26にち閲覧えつらん
    5. ^ 月刊げっかんカドカワ 1993, p. 36- 「本人ほんにん自身じしんによるぜんアルバム解説かいせつ」より
    6. ^ 布袋ほてい寅泰ともやす 2006, pp. 192–197- 「だいよん楽章がくしょう ギター主義しゅぎ」より
    7. ^ 松井まつい常松つねまつ 2009, pp. 101–102- 「だい4しょう 解散かいさんへのカウントダウン - 1986ねん~1987ねん」より
    8. ^ a b c 月刊げっかんカドカワ 1993, p. 62- 「ALL DATA 10 YEARS HISTORY」より
    9. ^ オリコンチャート・ブック アーティストへん 1997, p. 124.
    10. ^ COMPLEX -COMPLEX TOUR 1989”. LiveFans. SKIYAKI APPS. 2023ねん12がつ10日とおか閲覧えつらん
    11. ^ 月刊げっかんカドカワ 1993, p. 38- 「本人ほんにん自身じしんによるぜんアルバム解説かいせつ」より
    12. ^ a b c d e f ARENA37℃ 1992, p. 12- 下村しもむらまこと布袋ほてい寅泰ともやす THE GUITARHYTHM HISTORY『GUITARHYTHM I~III』のすべて」より
    13. ^ 布袋ほてい寅泰ともやす 2006, p. 207- 「だいよん楽章がくしょう ギター主義しゅぎ」より
    14. ^ 布袋ほてい寅泰ともやす 2006, p. 208- 「だいよん楽章がくしょう ギター主義しゅぎ」より
    15. ^ 布袋ほてい寅泰ともやす 2006, pp. 207–208- 「だいよん楽章がくしょう ギター主義しゅぎ」より
    16. ^ 吉川よしかわ晃司こうじ 2012, p. 70- 「だい3しょう同志どうし」」より
    17. ^ a b c d e f g h i j k l 月刊げっかんカドカワ 1993, p. 39- 「本人ほんにん自身じしんによるぜんアルバム解説かいせつ」より
    18. ^ 布袋ほてい寅泰ともやす [@hotei_official] (2024ねん5がつ12にち). "ファンクラブ限定げんていラジオ「Radio HOTEI」でいただいた質問しつもん「"LOVE CHARADE"の最後さいご英語えいごのコーラスの歌詞かしはなんとうたってるのですか?」のおこたえ。". Instagramより2024ねん5がつ22にち閲覧えつらん
    19. ^ 吉川よしかわ晃司こうじ / ゴールデン・イヤーズVol.2 [廃盤はいばん]”. CDジャーナル. 音楽おんがく出版しゅっぱんしゃ. 2023ねん12月16にち閲覧えつらん
    20. ^ DISCO K2 TWiNS / JUICY JUNGLE”. CDジャーナル. 音楽おんがく出版しゅっぱんしゃ. 2023ねん12月16にち閲覧えつらん
    21. ^ COMPLEXのアルバム3まいがリマスター&SHM-CDで再発さいはつ”. 音楽おんがくナタリー. ナターシャ (2012ねん10がつ10日とおか). 2023ねん12月17にち閲覧えつらん
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    参考さんこう文献ぶんけん

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    外部がいぶリンク

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