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数多くのモダナイゼーション案件をみてきた筆者の経験から、実際に起こり得る問題や葛藤を架空の事件簿として解説する本連載。今回は、レガシーモダナイゼーションへの「ChatGPT」の適用に着手した家電メーカーA社を紹介する。
ジェネレーティブAI(AIは人工知能、以下生成AI)の活用が日々話題になっている。ChatGPTを開発した米OpenAI(オープンAI)の技術は、米GitHub(ギットハブ)が提供する「GitHub Copilot」などソフトウエア開発への適用も進んでいる。こうした技術はモダナイゼーションをどのように変えていくのだろうか。
プロジェクトにChatGPTを導入しようとした企業で起こった事件
「全然理解できないな。なぜ100%の変換率を達成できるんだ。なぜ君たちだけでテストができると言えるんだ。はやっているからといってAIに飛びつくのもばかげている」――。X氏の怒声がプロジェクトルームに響いた。彼は、システム開発の現場からは引退していたが、レガシーシステム脱却のために呼び戻されたのだ。
A社では、ベンダーのメインフレーム製造終了の発表を受けて、家電製品の製造や補修部品の供給を担うシステムのモダナイゼーションを決定した。1980年代に構築された40年物のシステムだ。冒頭のX氏の発言は、2023年4月に開かれたシステム移行方針説明会でのもの。ユーザー企業、維持管理担当ベンダー、モダナイゼーションベンダーの担当者が同席していた。
X氏は、プログラムが2000年以降の日付に対応しない「西暦2000年問題」、団塊世代の退職により技術やノウハウが断絶する「2007年問題」の2度の危機の際に、メインフレームからオープンシステムへの移行プロジェクトを主導した。今は、最後のレガシーシステム脱却を目指す「2025年の崖」プロジェクトに有識者として参加し、レビューする立場だ。
過去2度のマイグレーションプロジェクトでは、メインフレームのCOBOLプログラムをオープン環境のCOBOLに移行する方式を採用した。バッチはそのまま、オンラインは業務処理プログラムだけを再利用し、Webにつくり替える部分も多いハイブリッド方式だった。
移行作業は、メインフレームベンダーと維持管理担当ベンダーが主体となって実施した。オープン環境への移行に当たっては、メインフレームメーカーが提供するサーバーやCOBOL関連の互換製品群を採用した。
メインフレームからオープンシステムに移行することで、ユーザー企業は一部の業務でコストを削減できる。またベンダーは、従来の業務を残しつつ、オープン系の仕事を新たに獲得してビジネスを継続できる。実態はまさに玉虫色のマイグレーションプロジェクトである。X氏が過去に経験してきたのは、こうしたプロジェクトだ。
過去とは状況が何もかも違う
「X氏はどうしていつも否定的なことしか言わないんだろう。上から目線でベンダーを押さえつけようとする態度も何とかならないだろうか」。システム移行方針説明会の夜、40代のシステム部長は30代のプロジェクトリーダーと2人で飲みながら、こう心境を吐露した。