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Fate/dragon’s dream

Fate/dragon’s dream

どき彼方かなた真実しんじつ

キン、ガァンッ!!
 ひびわたるは剣戟けんげきおとよるやみ白刃はくじんい、あおころもひるがえる。
 ザザッ!

すな砂利じゃりって対峙たいじする二人ふたり。じりじりとえんえがきながら、きば一瞬いっしゅんさがす。殺気さっきするどく、けんつめたく。その静止せいししたときは、
 ――裂帛れっぱく気合きあいとともにやぶられる!

「ヌゥッ!!」
(うわっ!)
 いきなり身体しんたいまえのめりになる。カランとおとててはしころがるが、左手ひだりて茶碗ちゃわんだけは死守ししゅ
(こらハーゲン、いきなり身体しんたいるなって)
「む、すまん。つい、な」

「シロウ、戦士せんしたるものが戦場せんじょう緊迫きんぱくかんにつられてしまうのはきことです。……わたしとて、こんな状態じょうたいでなければぜひともハーゲン殿どのとは手合てあわせしてみたかったのですから」
 食卓しょくたくこうがわでセイバーが微笑ほほえみながら物騒ぶっそうなことをう。おれ……というか、ハーゲンの視線しせんは、さっきからテレビにうつうすあお陣羽織じんばおりと「まこと」のからはなれようとしない。

午後ごごはずっと寝込ねこんでいたセイバーだったが、夕方ゆうがたになってようやく普通ふつうあるける程度ていどまでは回復かいふくしたようだった。よくからないのだが、セイバーがうにはいたみが突然とつぜんいたのだそうだ。
 もっとも、きず自体じたいはまだなおりきっておらず、数日すうじつ行動こうどう制限せいげんされるということ。

「それはよい。おあるじ怪我けが治癒ちゆしたら是非ぜひともねがたいところだ」
 ――近藤こんどうさぁん!  しかし、視界しかい中心ちゅうしんはやっぱりテレビだった。

「ジークフリートとのいちせん感服かんぷくしました。ひと身体しんたいでサーヴァントを相手あいてにあれほどにたたかうことのできる戦士せんしに、そのようにおもわれるとは光栄こうえいです」
たのむからやめてくれ……)
 どっちがつにしてもおれいたい……。

「あ、そうだ。そういえばすっかりわすれてた」
 ようやくこえもどし、おれった。
「ハーゲン、きたいことがあるんだけど」
(なんだね?)

「いや――ハーゲンはどうやってジークフリートにったのかって」
「――――」
(……)
 その一言ひとこと緊迫きんぱくする。殺陣さつじん剣戟けんげきおんだけが寒々さむざむしくひびいた。

「――ニーベルンゲンのうたには、ハーゲン殿どのはジークフリートがいずみみずんでいるときに背後はいごからやりげたとあります。ですが、わたしにはそれでジークフリートをたおせたとはしんじられない。かれほどのちからった英雄えいゆうが、たとえ顔見知かおみしりといえども油断ゆだんしきって無抵抗むていこうのままころされたとはおもえない。
 それに、あのファフニールというりゅう少女しょうじょがジークフリートのとなっていたはず……背中せなかからの奇襲きしゅうとはいえ、単調たんちょう攻撃こうげきでは通用つうようしないでしょう」

 そうだ。たん油断ゆだんがどうこうという問題もんだいじゃない。昨夜さくや戦闘せんとうでは、ジークフリートはファフニールと名乗なのったあの少女しょうじょをアンテナとして使つかい、戦況せんきょう把握はあくしていた。実際じっさい戦闘せんとう行為こういをジークフリートがにない、情報じょうほうせんをファフニールが担当たんとうしているというのが、かれ本来ほんらいたたかかたなのだろう。

たしかに。ファフニールは基本きほんてき背中せなか監視かんししてるみたいだったし、相手あいてちかくでこえしてジークフリートに位置いちらせたりしてたもんな。背中せなかからちかづいたらすぐにづかれるんじゃないかな」
 おれしんなかで「どうぞ」とハーゲンに交代こうたいうながす。って、おれ身体しんたいはマイクじゃないやい……。

「……フム」

「――ハーゲン殿どの率直そっちょくもうげます。いまわたしたちでは――いや、わたしではジークフリートにてない。
 わたしはサーヴァント、消滅しょうめつおそれたりすることはありません。そもそも、本来ほんらいならばひじりはい破壊はかいした半年はんとしまえ時点じてんわたしえていたはずです。
 ――ですが、りんもシロウもわたしがここにいることをのぞんでくれた。うしなうはずのいのちにんのおかげでひろうことができた。……だからこそ、わたしはそののぞみを大切たいせつにしたい」

「……」
(セイバー……)
 ――うれしかった。セイバーがそんなふうにおもっていてくれたという事実じじつが。
遠坂とおさかにもかせてやりたかったな……)

おもす。ひじりはい戦争せんそうわり、セイバーがえないでいてくれたときのあのよろこびを。
わたし自分じぶん意思いしでこの時代じだいまります。……わたしは、最後さいごまであなたたちを見届みとどけたい。かれわたし間違まちがえているとった。……そのこたえを、いつか貴方あなたわたしおしえてください』

アーチャーがった、セイバーの間違まちがい。おれが、あいつにわってそれをつたえてやることはできるのだろうか。いや――
(ひょっとしたら、セイバーはもう……)
 そのこたえを、ているのかもしれない――

「そうか……そこまでうのはなみ決心けっしんではあるまい。おれとておあるじらの参謀さんぼうおしえてやりたいのはやまやまなのだが……」
 セイバーが居住いずまいをただす。

正直しょうじきおれにもよくからんのだ」
「……は?」

(……へ?)
 てんになる。
「し、しかし……! ジークフリートとあなたはやすからぬ因縁いんねんがおありのようでしたが……」

「ヤツのいのちうばったのはたしかにおれだ。だが、それがヤツにつための参考さんこうになるかどうかはうたがわしい」
「そ、それは一体いったいどういう――」
「なにせ、おれ特別とくべつなことをなにもせなんだからな」
「……な」

おれつたえることができる事実じじつはただひとつ。突然とつぜんファフニールがえた。ただそれだけだ。タイミングや条件じょうけんからんが、あのちから消滅しょうめつする瞬間しゅんかんがあるらしい。そのうえ偶然ぐうぜん幸運こううんかさなり、ヤツをくことができたというだけのことよ。
 ――あれを『ころした』のはおれではないよ。おれはあれにとっての運命うんめいはこしゅだったにぎないのではないか――のちになってそうおもうようになった。ジークフリートをころしたのは、おそらく――」

 剣戟けんげきおとは、いつしかこえなくなっていた。
けんグラムだったのではなかったのだろうか、とな」
「……」
「――ようはそういうことだ。まともにたたかえば、おれがヤツにてるはずはなかった。だが――」
 ふたたび、静寂しじま

「――おれべつんでもかまわなかった。しかしジークフリートには――シグルドにはどうあってもんでもらわなければならなかった。もしここでやつびれば、ブリュンヒルドさまは――よどみにまりかけていた主君しゅくんは、確実かくじつやつころされることとなっただろうから、な……。
 ――くだらぬはなしだ。一人ひとり犠牲ぎせいうえに、主君しゅくんいのちまもろうとした。いや、おれおれ理想りそうまもろうとしたのだよ――ともであり、くにだいおんある英雄えいゆう裏切うらぎって、な」

――脳裏のうりかぶは、かねあかいろどられた記憶きおく
――それは、ありえない剣戟けんげきだった。

『な……!?』
 りかかる身体しんたい満身まんしん創痍そういゆびれ、手足てあしかれ、本人ほんにんづいてさえいないが、呼吸こきゅうすで停止ていししている。速度そくどるにりなければ、いちげき凡庸ぼんようだ。数多すうた死闘しとうをかいくぐり、ながたたかいのてににいれた戦士せんしとしての経験けいけんも、すで意味いみをなさず。出鱈目でたらめるわれた、あまりにも凡庸ぼんよう一撃いちげき

……だというのに。そのさきは、いままでだれとどかなかったほどに、するどおとこむねせまっていた。

『な――ぜ……!』
 驚嘆きょうたんはなおもつづく。ふるわれるけんくるったように。勇者ゆうしゃ想像そうぞうはるかにえるいきおいで、くろ魔物まものきばく。

――何処どこにこれだけのちからがあるのか。
鬩ぎ剣戟けんげきはげしさは、技量ぎりょうを以って相手あいて圧倒あっとうするこのおとこにはあまりにも相応そうおうしからぬもの。

『――貴様きさまァァァァッ!!』
 そして、づいた。それこそが、このむしばむ、最後さいごのこったのろいだったのだということを。
『うああああああぁぁっ!!』
 さけぶ。なにかをはらうようにけんるう。それは、自分じぶんにはけっして存在そんざいしえぬカタチ。べからざる、もうひとつの運命うんめいけんひかりうしなわれ、少女しょうじょこえこえない。

それでもまらなかった。まえてきはたせる。うつるものは、ただそれだけ。
 よこぎの一撃いちげきやなぎりつけたはずのいちげきは、かしによってかれる。体重たいじゅうをかけた一撃いちげきた。へびいちげきは、いのしし突進とっしんのごとく。あまりにもちがうその姿すがたなかわらないものは、そのひとみ宿やどしたひかりだけだった。

――はじめて。
 かれみずからをころちから相手あいてにしている。それはきっと、自分じぶんいままではらってきたモノが、もりにもり、めぐめぐって、ふたたびこのけんもともどってきたということ。
 かして、みせる』
 剣戟けんげきまぎれ、ききとれぬほどかほそこえ

なにが、あやまちだったのか。なにが、くるってしまったのか。
 だが、ひとつだけかる。辿たどってきたみち辿たどろうとするみちこそちがえど、自分じぶんとこのおとことは、間違まちがいなく、おなたましいひかりっていたのだということ。
 理解りかいしてしまう。れられぬことがかっていてさえ、なお理解りかいしてしまうのだ。

――それならばこそ、そのける運命うんめいさえも、このおとこったうえで、なおおのれたたかっているのだとれる。
なぜだ。おなじものをあいし、おなおもいをいていた。しかし、それなのに、そのための方法ほうほうは、せいぎゃくとしかえぬ――

『オレは――みとめねぇ―― てめぇのやっていることは――おんな犠牲ぎせいにしてもとめていいもんじゃねぇ』
かっている――おれ所詮しょせんそこねないとなるだろう――』
 なら。
『てめぇのおこないがブリュンヒルドを地獄じごくとし、悪夢あくむぶこともかってるんだろうがっ!!』

『――それでも。それでもだよシグルド。おまえわらせることによってしかあいせないように、おれは――』
 よ、こわれているのは相手あいてだけではない。けん一体化いったいかしたその右腕うわんは、れて。すべにぎりなおし、そのままうでごとりつける。

かしつづけることでしか――あいせないのだから!!』
『――』
『――あらたなみちを、つけるために――!』

けっしてとどかぬおもいをむねに、それをかったうえでなお、もとめ――なんなんも、喪失そうしつがあり、これからさきも、うしなつづける。磨耗まもうしかのこされていない、のが絶対ぜったいてき現実げんじつまえに、このおとこはそれでも――
 ――おろかな。なんておろかな。それなら。それなら――

『オレは――みとめねぇ』
 それこそがおのれみち不死ふしなるせいわりで、やっとれた――いや、ちがう。それは、もうずっとまえに、れていたものだったのではなかったか。その存在そんざいみとめる、唯一ゆいいつ行為こういしんじて。ちかすぎ、とおすぎる存在そんざいへの、贖罪しょくざいと――祝福しゅくふくのために。

『ブリュンヒルドを悪夢あくむにはさせねぇ――おれが、このであいつを――!』
 そして、くろ死神しにがみ姿すがたをとった、それは――
 ――がしぶく。

最初さいしょ最期さいごの、きずだった。みどろになってころがるしろくろ馬乗うまのりになったくろ死神しにがみが、逆手さかてかまろした赤黒あかぐろかままえに、

(ああ――ひとつだけ、こののろわれたねがうことがあるならば)
 勇士ゆうしは、いのる。
すべての永遠えいえんなるものに祝福しゅくふくを――そして、宝石ほうせきよ、どうかしあわせをそのに――)

「ぶふぉ!?」
「きゃーっ!」
「ちょ、ちょっと大丈夫だいじょうぶ!?」

ジークフリートが盛大せいだいしたあか液状えきじょう物質ぶっしつは、――ではなく、あきらかに過剰かじょう致死ちしりょう)の豆板醤とうばんじゃん
きたないーっ! もうっバカシグ! テーブルマンナーくらいしっかりまもりなさいよぅ!」
「アホか!
 げほっ、だからおまえのメシにわせるのはいやなんだよこの味覚みかくオンチ!」

……いや、まあ。りゅう味覚みかく人間にんげんとは大分だいぶことなるようで、つらいものが全然ぜんぜん平気へいきらしい。なじみのなさそうな中華ちゅうか料理りょうりつくってやったら、ファフニールにはつらいものがやけにけた。で、調子ちょうしにのってつくったのが、コレ、だったのだが――

……こんな激辛げきからマーボー豆腐とうふつくったのはほんとにひさしぶりなんだけど。やっぱり普通ふつう人間にんげん味覚みかくじゃこんなのべられないみたいね。

なにってんのよ! せーっかくりんさんがつくってくれたこんな美味おいしいものをすなんてっ」
からしすぎんだよバカ! 一瞬いっしゅんとおくなったぞ!」
「ほらちょっと、きなさいってにんとも」

「だってー、シグが……」
「だってじゃねぇっ」
「ま、よかったじゃない。人間にんげんであれべられるのは外道げどうだけだから。それをべられないあんたはすくなくともそうじゃないってことよ」

「……どういう意味いみだよ」
「そのままの意味いみよ。ごめん、わたしもちょっと調子ちょうしっちゃった」
「……まあ、最後さいご以外いがいはわりかし美味うまかったぜ。この時代じだいはいいなあ、なんたってメシが美味うまい!

「だよねー。あたしたち、きてたころなんてほんとに粗雑そざつなものばっかだったよねー」
「まーな。ってっていてう! たびしてたころはほんとにそんなのばっかりだったからな」
「コショウっていうのかな、あのくろいつぶつぶ。あれいいよねー、くさくなくなるんだもんねー」
「そうそう、くせーんだよな、いただけじゃ。ひつじなんてもうとうてらんねぇしな」

「そこらへんにえてたくさべておなかこわしたこともあったよね」
「ありゃあもうごめんだ。じゅつとおりかからなかったらあそこでんでたかもしれねぇ。あれ以後いご多少たしょう危険きけんでもちゃーんとはたけぬすみにはいったもんだ」

「……ワイルドね、あんたたち」
 なんとなくセイバーが食事しょくじにうるさい理由りゆうかったようながする。無事ぶじかえれたらせいぜい美味おいしいものをご馳走ちそうしてあげることにしようっと。

「まあ、グンテルさまのところにいるようになってからは結構けっこうちゃんとしたものべれたけどね」
「……グンテル……って、もしかして」
「ああ、クリームヒルトの兄貴あにきだ。ギューキっつーいけすかねぇジジイのにしちゃあ、みょうにできたやつだったぜ」

「……」
「クリームヒルトさま手料理てりょうりなつかしいなぁ……」
 ――そうだ。セイバーがアーサーおうとして円卓えんたく騎士きしひきい、英雄えいゆうとして活躍かつやくした時間じかんがあったように、かれらもおなじく自分じぶん時代じだい英雄えいゆうとしてきた時間じかんがあったはず。

――ニーベルンゲンのわざわいにいろどられた英雄えいゆうジークフリートの物語ものがたりは、現代げんだいおおきくふたつにかれてつたわっている。
 すなわち――ヴォルスンガ・サガとニーベルンゲンのうた

主要しゅよう伝承でんしょう複数ふくすうある英雄えいゆう召喚しょうかんされた場合ばあいどうなるのか――その英雄えいゆうがかつて『実在じつざい』したならば、すべての伝承でんしょう超越ちょうえつして、本来ほんらい生涯しょうがい沿って召喚しょうかんされるのだということは、セイバーのれい確認かくにんしている。ではジークフリートはどうなのだろう? ふたつある伝承でんしょうは、まさしくかれらの生涯しょうがいつたえているのだろうか?

さきほどのはなしでは、ジークフリートはハーゲンにころされたということだった。とすると、それは『ニーベルンゲンのうた』のすじである。しかし、こんジークフリートはギューキという名前なまえった。これは『ヴォルスンガ・サガ』だ。もし、かれがかつて『実在じつざい』したならば、これらふたつの物語ものがたりつたえていない部分ぶぶんかならずある。

「……ねぇ、ジークフリート」
 どうしてもいておきたいことがあった。むかしから、ニーベルンゲンの物語ものがたりなかで、どうしてもちないことがあったのだ。もし、かれ実在じつざいしていたというならば、歴史れきしやみえたはずの真実しんじつあきらかにされるかもしれない――

「ん?」
「……あなた、どうしておくさんに秘密ひみつしゃべっちゃったのよ」

――そう。
 ジークフリートともあろう英雄えいゆうが、なぜいさかいのもととなることがかりきっている秘密ひみつをクリームヒルトにおしえてしまったのか。それこそがすべての、ニーベルンゲンののろいにまつわる悲劇ひげき発端ほったんであったはずだ。

だが、その発端ほったん事件じけんだけはニーベルンゲンののろいとは関係かんけいないようにおもえる。すべての悲劇ひげきのろいのゆえだとするならば、発端ほったんこそのろいの産物さんぶつでなければ不自然ふしぜんだ。なのに、それはジークフリートによってもたらされてしまっている。

だから、おもっていた。そこには、ブリュンヒルドからジークフリートがかえし、クリームヒルトのわたった、ニーベルンゲンの指輪ゆびわ関係かんけいしてるのではないかと。

――ニーベルンゲンの指輪ゆびわ、アンドヴァラナウト。『アンドヴァリのおくもの』とばれるそれは、ニーベルンゲンの至宝しほうであり、万物ばんぶつたましい支配しはいする指輪ゆびわつたえられている。もし伝承でんしょう半分はんぶんでも事実じじつふくんでいるならば、それは確実かくじつ史上しじょうさい高級こうきゅうの、究極きゅうきょくひとつにかぞえられるだろう。

むかしからになっていた。ジークフリートはなぜ、ブリュンヒルドをえらぶことをしなかったのかと。

きっとかれは、そのになればブリュンヒルドとやりなおすことができたはずなのだ。それなのに、かれはそうせず、すべてを運命うんめいゆだねた。それはニーベルンゲンの指輪ゆびわが、むすばれるべき運命うんめい二人ふたりくるわせたのか、それとも――

「ふん、やっぱりそうつたわってるんだな」
「……え?」
「しょうがないよ、最期さいごがあんなんだったんだもの」
「まあな。納得なっとくはしても、なーんかヤな気分きぶんだぜ」

「――どういうことなの?」
 むねこうりをおさえて、わたしく。
きたいか?」
「……ええ」

「――しゃべってねぇんだよ」
 ―――え……?
しんじなくてもいいが事実じじつだ。だけどな、ハーゲンはおれしゃべってないってことをってたはずだ」

「――ちょ、それ、どういう――」
魔術まじゅつならニーベルンゲンの指輪ゆびわって名前なまえってんだろ、りん
「……いいつたえだけなら。――万物ばんぶつたましい支配しはいするっていうニーベルンゲンの至宝しほうでしょ?」

「……まぁ、そんなもんか。ニーベルンゲンの指輪ゆびわ、アンドヴァラナウト。
 そいつはオレがブリュンヒルドにやったもんだったんだが、アレはあいつにだけはたせてちゃまずいものだった、皮肉ひにくなことにな。そのことにづいてからは、かえ機会きかいうかがってたのはたしかだ。だが」

 ――アンドヴァラナウトはブリュンヒルドがっててはいけなかった――?
 「狂言きょうげんまでしてやっともどしたその指輪ゆびわは、いつのまにかクリームヒルトがっていた。……寝耳ねみみみずだったんだよ、オレにとってもな」

「――ちょ、ちょっとって、全然ぜんぜんついていけない。……それ、どういうこと? 指輪ゆびわ勝手かってあるいていったとでもうわけ?」
「それはからないよー。あたしたち、そんなこと調しらべるまえんじゃったんだもの」

実際じっさい問題もんだいとしていさかいはきちまったのちだった。あとはかるだろ、どうすればその収拾しゅうしゅうがつくのか。ヨドミにまったブリュンヒルドをなんとかかそうと、ハーゲンはオレをころすことをえらんだ。たとえ、オレにつみはないとしてもな」
「……」

賢明けんめい判断はんだんだ。多分たぶんオレがおな立場たちばでもそうしようとするだろうな。からなくはねぇんだよ、あいつの行動こうどうは」
「あたしはすこしショックだったなあ。ハーゲンおじさまのこときだったし」
「……つまり、ハーゲンはあなたたちを犠牲ぎせいにすることで、くにまもろうとしたってこと? 真相しんそう究明きゅうめいよりも、裏切うらぎもの汚名おめいをかぶってくにまもろうとしたのね?」

くに? ふん、ちがうな。あいつがまもろうとしたのはグンテルとブリュンヒルドだけだ。結果けっかとしてくにまもることになったんだろうが、あいつは決定的けっていてきに、自分じぶん理想りそうたいして忠義ちゅうぎぎたんだよ。
 ――バカなことを。そんなことをしてもブリュンヒルドはすくえなかったってのにな」

 ……ブリュンヒルド。ジークフリートの運命うんめい決定けっていけた女性じょせいであり、オーディンのいのちそむき堕天したとわれている。物語ものがたりなかでは、彼女かのじょ一応いちおう人間にんげんとしての肩書かたがきもっているが――
「ブリュンヒルドっていうのは――だったんでしょ?」

「そうだ。ま、あいつの事情じじょう特殊とくしゅでな、もうたたかえ乙女おとめとしてのちからはほとんどうしなっていたんだが、それでも人間にんげんではなかったわな。魔術まじゅつ知識ちしきはもちろん豊富ほうふとしることもない。おまけにもとがもとだからな、たましいってもののあつかいにけていた。よくからんが、あいつにはわすれて彷徨ほうこうたましいひかりとなってえたんだとよ。そのなかから見所みどころのあるやつをつけてヴァルハラにおくるのが、あいつの仕事しごとだったわけだ。だがな――」

「――」

「――あいつはな、もう磨耗まもうしちまっていたんだ。戦場せんじょうそらかび、みみませばこえてくる。間近まぢかにした英雄えいゆうこえ。そいつが最期さいごつづ物語ものがたりを、いやおうでもけられつづけた。それこそ永遠えいえんにな。
 せん乙女おとめっても、実際じっさいだれをヴァルハラにおくるかなんて決定けっていけんはない。あいつのあらわれるところ、かならずだれぬ。それは決定けっていけられた運命うんめいで、たすかる余地よちのない寿命じゅみょうだ。さだめられたむかえた英雄えいゆうたましいを、まよわずヴァルハラにおくるという、ただそれだけのための存在そんざいなんだな」

「『死神しにがみ』ってやつね……」
 一般いっぱんてき死神しにがみというと、髑髏しゃれこうべかお全身ぜんしんつつくろいローブをまとい、巨大きょだいかま絶対ぜったいてきをもたらす悪魔あくま想像そうぞうする。しかし、死神しにがみとは実際じっさいには『てん使つかい』であり、れっきとした『天使てんし』なのだ。寿命じゅみょうむかえたたましい収穫しゅうかくし、まよわないようかみもとおくる、かみつかえる農夫のうふかれらがかまっているのは、たましい作物さくもつ見立みたててのことなのだから。

地獄じごくだったってよ。親友しんゆう裏切うらぎられてんだおとこ策謀さくぼうにはめられてころされた年端としはかないひめ栄誉えいよ夢見ゆめみ戦争せんそうき、そのまま恋人こいびともともどらなかった少年しょうねん。そういう人間にんげん悲劇ひげきを、あいつは延々えんえん、それこそ際限さいげんなくてきた。ヒトが最期さいごやすしんみ、そこへかったときはすべてが手遅ておくれ。慟哭どうこく怨嗟えんさ絶望ぜつぼう。そういうものを、あいつはみずからのわたつづけてきた。
 ――せん乙女おとめなんてものはな、ヒトのしん理解りかいはしても同調どうちょうなんざしちゃいけなかったんだ。だが、あいつはいつしか人間にんげんあいするようになってしまった。ヒトのつづ物語ものがたりなかで、そいつらをあいしてしまったんだ。……そのすえに、あいつはみずからの自分じぶん守護しゅごするべき運命うんめいげてしまったんだな」

ブリュンヒルドはオーディンのいのちそむき、たせるべき相手あいてたせず、運命うんめいえてしまったために封印ふういんされたのだとわれている。もし、せん乙女おとめばれる存在そんざい役目やくめが、いまいたとおりならば、それはたしかに自己じこそのものを否定ひていする行為こういのはず。

「つまり、ブリュンヒルドは自分じぶん自身じしん存在そんざいれず、しんざしたのね――?」
 あいしたものにのがをもたらす仕事しごと。ただそれだけの存在そんざい――。ヒトのしんってしまい、そんなことを延々えんえんかえしていれば、当然とうぜん磨耗まもう――
「……え……?」

「そうだ。それをオレがこしちまった。――ふん、あのころはな、いろいろあったんだよオレもな」
ものはいいようよねー。られざるシグの青春せいしゅん日々ひびってねー」
うっせぇぞこの爬虫類はちゅうるい それ以上いじょうちっとでもしゃべってみろ、ションベンちびらす程度ていどじゃまねぇほどころげまわらせてやんぞ!」
「ヘンタイヘンタイヘンターイ!!」

「……英雄えいゆうたましいを、ヴァルハラに、おくる――?」
 て。そのはなし、どこかで――
契約けいやくしよう。死後しごあづける。その報酬ほうしゅうを、ここにもらけたい』

世界せかいなどという、得体えたいれないモノと契約けいやくしたおとこがいた。かれたすかるはずのない人々ひとびとすくい、英雄えいゆうとなった。英霊えいれいとなったおとこは、輪廻りんね時間じかんじくからはずれた「英霊えいれい」にうつり、そして――
 ――そして、まもったはずの理想りそう裏切うらぎられつづけることとなった――

 のどがカラカラにかわいている。もし。もし、せん乙女おとめという存在そんざいが、伝説でんせつどおりの役目やくめつのならば。それは、わたしが、いやわたしたちがよくる、ある事柄ことがらにぴったり一致いっちする。
 ――英霊えいれい外界がいかいにある輪廻りんねはずれた世界せかい。その「」とは、もしや――
「ヴァルハラ――『の』……!」

「そういうことだ。せん乙女おとめってのは、英霊えいれい選抜せんばつする『世界せかい意思いし』の具現ぐげんだ。それは本来ほんらいかたちなきしゃ姿すがたなきしゃ――完全かんぜん無色むしょく透明とうめい存在そんざいであり、んだ存在そんざいでなければならないものだ。
 べつ英霊えいれいになった人間にんげん全部ぜんぶ全部ぜんぶあいつらの世話せわになるわけじゃねぇらしいがな。守護しゅごしゃばれ、抑止よくしりょくとして世界せかい使役しえきされる連中れんちゅう大抵たいていせん乙女おとめ死後しご契約けいやくりつけるらしいが、くわしくはらん」

そうだ。どうしてがつかなかったんだろう。
 エインフェリアル――それは、ヴァルハラにまうとされるオーディンの戦士せんしたち。戦場せんじょうんだ英雄えいゆうたたかえ乙女おとめによってみちびかれ、の戦力せんりょくとして、ヴァルハラにおいて日々ひびたたかいをひろげるという。そこでんだものたちは、朝日あさひとともにあたらしくまれわり、永遠えいえんたたかいをつづけると伝説でんせつかたっている。

――きよしはいによってばれる英霊えいれいとは、すなわち、北欧ほくおう神話しんわにおけるエインフェリアルと同義どうぎ――
 そして、その英霊えいれいみちび役目やくめったものが、せん乙女おとめなのだという。ということは、アーチャーもたたかえ乙女おとめによって英霊えいれいになったのだろうか――

守護しゅごしゃ――アーチャーはたしかに、自分じぶんのことをそうっていた。守護しゅごしゃとはただの掃除屋そうじやなのだと。ヒトでありながら、ヒトでなく、ただ世界せかいとやらの意思いし使役しえきされるだけの存在そんざい
 ――みずからの存在そんざいそのものをにくみ、あいするものたちに絶望ぜつぼう終焉しゅうえんをもたらしつづけたせん乙女おとめ彼女かのじょは、過去かこ自分じぶんころしてまでもおのれ消滅しょうめつのぞんだ騎士きしおなじように、磨耗まもうした。

だけど、とはなんだろう。と――アーチャーたち守護しゅごしゃおなじように、かつて人間にんげんだったものがなるのだろうか?
「……せん乙女おとめっていうのも、英霊えいれい一種いっしゅなわけ? たとえば、世界せかい契約けいやくした人間にんげんが――」
ちがう」
「……え……」

「あいつらはちがうな。最初さいしょからそういうモノとしてせいけている。――なま、とえるのかどうかはからねぇがな。
 あれらは本来ほんらいかたちのないものだ。人間にんげんしんることはできるが人間にんげんではなく、れっきとした神霊しんれいだ。指向しこうせいったちからうずみたいなものらしい」

「……じゃあ、なんでたたかえ乙女おとめってばれてるわけ? 乙女おとめって、人間にんげん女性じょせいのことでしょ。そんな無色むしょく透明とうめい世界せかいの『ちから』をたたかえ乙女おとめなんてぶのはおかしいんじゃない?」
「そのとおり。それでもなお、あいつらは乙女おとめだ。かるか、この意味いみが」
「――」

「……おまえかる必要ひつようはねぇよ。だが、そんなやつに人間にんげんの『いろ』がついちまったんだ、もう使つかものにならないってのはなんとなく理解りかいできるだろう?  そいうわけで、ブリュンヒルドはヴァルハラを追放ついほうされた。かみでもなく人間にんげんにもりきれねぇ中途半端ちゅうとはんぱいのちかかえこまされてな」
「ブリュンヒルドさまはね、としらなかったの。永遠えいえんわかいままってってた。でも――」

自分じぶん以外いがい意志いしでならば、ころされる。――なんてバカバカしい不死ふしだ。だが、その永遠えいえんわかさとうつくしさは、うつろうとききるおおくのおんなどもかられば、それこそたましいわたしてでもしかったものなのかもしれんがな」
「――」

バカバカしい――とはれない。それは、たしかに、わたしもそうおもうところがまったくないわけじゃない。だけど、

くだらないわね。それは人間にんげんとして『不自然ふしぜん』よ。うつろうなかつね変化へんかともにあるものが人間にんげんだもの。――そりゃあ、わたしだってしくないとったらうそになるでしょうね。でも、きっとれてしまえば後悔こうかいするとおもう」

ジークフリートはおおきくうなずいた。
「そうだな。おまえうことはただしい。だがな」
 ひといきととのえ、かれった。
「もし、おまえあいしたおとこに、永遠えいえんうつくしさをおんなあいかたったとき、おまえ平静へいせいでいられるか?」

「――な」
 その言葉ことばは、
「――そんなこと、あるわけ」
 なぜか、とげのように、
「――ッ」

「――結局けっきょくのところ」
 わたし動揺どうよう見透みすかすようにほそめ、ジークフリートはつづける。

「そうやって、現実げんじつきるなか人間にんげんどもとの本質ほんしつてきちがいをせつけられるにつれて、ブリュンヒルドはヨドミをまとうようになっていったわけだ。せん乙女おとめのプライドからか、あいつは最初さいしょったよ。もしわたし完全かんぜん人間にんげんし、あいくるおろかな存在そんざいがるまえに、おまえでこの地獄じごくめてしい、とな」

「……」
「しかしな、グンテルとむすばれたのち、あいつはしあわせをつかめたんじゃないかとおもった。永遠えいえんわかさこそ人間にんげんかられば『異常いじょう』だが、それでもひとしあわせにやっていけるんじゃないかとおもっちまった――」

「あなたはそれで……どうしたの?」
「――きろとった。それがどれほどおろかなことだったか――オレがもっとも後悔こうかいしたことだ」
「――シグ……」
次第しだいに、ブリュンヒルドはヨドミにまっていった。――オレがるべきみちは、最初さいしょからひとつしかなかったんだよ」

「――ヨドミって、なに……?」
りゅうはな毒気どくけのこと。または、それをらすようになったあくりゅうそのものをすこともあるわね。めなくなったユメ、流転るてんじった永遠えいえん停滞ていたい――。が、るべき存在そんざい
 ファフニールが、わたしをまっすぐにつめながらった。

りゅうとは永遠えいえん夢見ゆめみるモノ。だけど、それはとどかないかぎりにおいてのみゆるされる。ねむりをかかみ、めないゆめるようになったりゅうはヨドミとなり、人間にんげんにとってもっとも危険きけん存在そんざいに『反転はんてん』するの。
 あたしたちはそういうふうにヨドミに汚染おせんされ、どくらすようになったりゅうあくりゅうぶわ。世界せかい各地かくち伝承でんしょうあらわれる誘惑ゆうわくしゃ――魔王まおうばれる存在そんざいかならあくりゅうそうつ。いいえ、それは永遠えいえん夢見ゆめみ、それにまれてしまったりゅう末期まっき姿すがたなのよ。
 ……わたし親父おやじさまも、もうほとんどヨドミにおおくされかけていた。シグによるほろびは、」

「ファフ、くだらねぇことってんじゃねぇ」
「んーん、くだらなくないよ。――だからあたしは」
「――ファフ」
「――ごめんなさい……」

「……オレは、のなかでも特殊とくしゅ位置いちにいてな。りゅうることをせんもんにしている。ヨドミはもちろんのこと、そうなるまえりゅう例外れいがいなくころす。なぜなら、そいつらもゆくゆくはヨドミにりこまれることがかっているからだ。
 もっとも、そこまでちからあるりゅうはあまり出現しゅつげんしないんだがな。たまーにバカでっかいりゅうされることもある。……おまえのサーヴァントであるアルトリアはその典型てんけいだ。人間にんげんいちにんりゅうにしちまったほどの想念そうねんかかんだ存在そんざいなんだからな」

「それが、あなたがセイバーをねら理由りゆうなの?」
「そうだ」
「だったら! なんでわざわざサーヴァントになったセイバーをねらうのよ! セイバーがまだきている時代じだいでやればいいじゃない!」

「――いま、この時代じだいにいること。それが、ヤツをあくりゅうにするから、だろうな」
「……え……?」
っただろ、めないゆめりゅうこそがヨドミをすと。……おまえ、あいつがとうなサーヴァントじゃないことってるだろう

「――」
 ギクリとする。なにか、むねふかいところにガラスの破片はへんまれたような、ちいさいけれど危険きけんいたみをこすような言葉ことば

「――りゅうはなっておけばヨドミにおかされ、あくりゅうとなる。これは絶対ぜったいけられない運命うんめいだ。オレがここにいるのは、もしかしたらあいつにばれたからなのかもしれんな」

――そうか――
 ――かってきた。どうしてであるジークフリートと、りゅうであるファフニールが一緒いっしょにいられるのか。

「――わたしにはりゅうのことはあなたたちほどかりはしないけど、でも」
 人々ひとびとねがいからまれ、かれらにわってゆめるその存在そんざいが、いずれむかえる運命うんめい。もし、永遠えいえんつづくその運命うんめいからはな存在そんざいがいるとしたら、かれらはきっと――

「――ね、ファフニール。ジークフリートのこと、き?」
「うんっ!」
 満面まんめんみでおうじるファフニールには、戸惑とまどいもまよいもなかった。

「バ、バカかてめぇ! ニンジンうぞコラァ!」
「キャーッ、やだやだいやぁぁあぁぁぁ~……」
 かれは、りゅうあいしているから。
 ――くるおしいまでに。

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