Fate/dragon’s dream
叙事詩
ニーベルンゲンの歌において、ジークフリートはニーデルラントという国の王子として生まれている。父はジークムント、母はジークリンデ。
彼は、若いころに竜を退治してその血を全身に浴び、不死となった。そして竜の守っていたニーベルンゲンの宝を手にし、莫大な財をも持っていた。武勇に優れたこの美しい勇者は、ブルグントという国の王女、クリームヒルトに恋をする。
彼はブルグントへ出向き、客人として迎えられる。ブルグントの王グンテル、王弟ゲールノート、妹のクリームヒルト、末の弟ギーゼルヘルら王族と、重臣ハーゲン、その弟ダンクワルトらは、ジークフリートを丁重にもてなした。
「設定からしてずいぶん違うんだな」
「竜殺しについてもほとんど触れられていないみたいですね」
「ええ、この話は一応ジークフリートが出てるけど、主役はブルグントの面々よ。分かってると思うけど、ブルグントっていうのはサガでいうギューキ一族のことね」
「そっか、魔術がないから、忘れ薬っていうのもないんだ」
「それどころか、ジークフリートは最初からクリームヒルト狙いなの。一応昔にブリュンヒルドとは会ってるんだけど、婚約なんかしてない。まあ、ジークフリートはブリュンヒルドにニーベルンゲンの指輪を渡してるし、ブリュンヒルドもジークフリートのことを憎からず想ってるんだけどね」
「なるほど。キリスト教の倫理観にしたがって直接対決を避けたわけですか」
「もう、つんけんしないの」
「そういえば、ハーゲンってサガでは王の弟だよな」
「そうよ。歌ではブルグントの重臣にして、この国最強の猛将。クールなダークヒーローってとこかしら」
ジークフリートはブルグントの国のために援軍として戦争に参加したり、さまざまな武芸の試合に出たりして、その存在をアピールしていった。
そして、ついにジークフリートはクリームヒルトとのお目通りが叶う。一方、ブルグント王グンテルは、イースランド(アイスランド)の女王ブリュンヒルドに恋をした。
そこでジークフリートは、グンテルの求婚の旅についていき、王と女王とを結婚させることに手を貸す代わり、クリームヒルトをもらいうけたいと持ちかける。王は快く承諾し、ジークフリートとハーゲンをつれて、航海に乗り出した。
ブリュンヒルドは非常に勇壮な女性で、国を訪れた客人に槍投げ、投石、幅跳びなどの競技を持ちかけ、これに客人が負けると命を取っていた。
ジークフリートはニーベルンゲンの宝の一つ「隠れ蓑」を使い、姿を隠してグンテルを助け、ブリュンヒルドを負かす。これによって、ブリュンヒルドはしぶしぶ、グンテルと結婚することになってしまった。
「――まったく。グンテルはもちろんのこと、分不相応な女性を得ることに協力するジークフリートも情けない」
「どうどう、落ち付きなさいってセイバー」
「これではブリュンヒルドがあんまりではありませんか」
「そういえば、キリスト教世界ってことはブリュンヒルドも戦乙女じゃないんだよな」
「そう。でも、その性格だけは残っているのよね。やったら強いんだけど、処女を奪われると途端に普通の女性になっちゃうの」
「しょ、しょしょ……」
「……」
「あら? どしたのかしら~二人とも。顔真っ赤よ」
一行は、ブリュンヒルドを連れ、ラインのほとりのブルグントに帰ってきた。二人を結婚させることに成功したわけなので、ジークフリートもその功によりクリームヒルトを娶ることになる。
二組の結婚式の後、またしても事件が起こった。ブリュンヒルドがグンテルに抱かれることに激しく抵抗し、グンテルはほとほと手を焼いてしまう。
そこで、ジークフリートはグンテルを装ってブリュンヒルドの寝室に入り、彼女を取り押さえる。おとなしくなったところで、彼はグンテルと交代し、それによってグンテルはブリュンヒルドと床を共にすることができた。
それ以来、ブリュンヒルドの武勇は消えたという。この時ジークフリートは、昔ブリュンヒルドを訪れたときに彼女に与えていた指輪と、彼女の帯とを盗み出していた。
「……」
「……なんという」
「……ま、同感ね」
そしてクリームヒルトとブリュンヒルドの間で口論が起こる。クリームヒルトは自分の夫の方が優れていると言って、グンテルとジークフリートの秘密を暴露する。まず彼女は指輪を見せたが、ブリュンヒルドは機転を利かせ、それは昔盗まれたものだと言う。しかし続いてクリームヒルトは帯を見せた。これによってジークフリートの容疑は決定的になった。
誇り高いブリュンヒルドは嘆くが、ハーゲンが王にジークフリートを殺すことを進言する。王は大恩あるジークフリートを殺害することは名誉に関わると反対するが、結局ハーゲンに押し切られる形になった。
ハーゲンはクリームヒルトにジークフリートの弱点を聞く。クリームヒルトはハーゲンを信頼していたため、背中の急所のことを喋ってしまった。そこでハーゲンはジークフリートを狩りのために森に誘い出し、彼が泉の水を飲んでいる背中に槍を投げ付けた。槍は狙い違わずジークフリートの急所を貫き、命を奪う。
「…………」
「背中からの不意打ちか……」
「この物語はここから、ハーゲンとクリームヒルトの確執が中心になっていくのね」
ハーゲンは悪びれることなく、悲しみに嘆くクリームヒルトの前に立った。彼女は復讐の念に駆られるも、ハーゲンの権勢が強くどうすることもできない。
そのうえハーゲンは、ジークフリートの遺産であり、クリームヒルトが相続するはずのニーベルンゲンの財宝を全て取り上げ、災いのもとになるからと、ライン河に沈めてしまった。クリームヒルトのハーゲンに対する憎しみは募る一方だった。
そんなとき、寡婦となったクリームヒルトに、フン族の王エッツェルが求婚してきた。クリームヒルトはジークフリートの敵討ちのためだけにエッツェルと結婚し、その権勢を手に入れようと企む。
自らの権勢を手に入れたクリームヒルトは復讐心を隠して王をだまし、ブルグントの一族をフン族の国へと招いた。
クリームヒルトの陰謀に気付いていたハーゲンは、行けばかならずクリームヒルトは復讐しようとするだろうと言って諌めるが、王たちは招待に応じることに決めてしまう。
ハーゲンは親友の宮廷楽人フォルカーと、弟のダンクワルトらと共に、数千の手勢をまとめ、フン族の国での戦闘に備えて王に付き従った。
「宮廷楽人? また妙な人物を連れて行くのですね」
「ところがどっこい、このフォルカーっていうのがとんでもない強さなのよね。ニーベルンゲンの歌には、ハーゲンの親友で彼より強く、荒々しい戦士って書かれてるわ」
「宮廷楽人っていうと、音楽をやる人なんじゃないのか?」
「そう、ヴァイオリンの祖先にあたるフィーデルって楽器の名手なの。そのくせ戦闘にも秀でている戦士だっていうのよ。普通そんなことあり得る?」
「……それ以前に、楽人や詩人など、芸人のような身分のものが近衛に近い役職に付けるはずはないのですが」
「でしょ? それにフォルカーは他の人たちと違って、それまでのニーベルンゲン関係の物語に前身がないのよ。ヴォルスンガ・サガで該当するような人物は見当たらないでしょう?
一言で言ってしまえば、謎な人なのよね。一説には、このニーベルンゲンの歌を編纂した詩人が、自分の分身として創作したとも言われてるわ」
「なるほど」
一行はこうしてエッツェルの国へ向かう。旅の途中、ハーゲンは氾濫していたドナウ河を渡るため、河の精たちと話をした。その時、彼は『ブルグントの一族は司祭を除き誰一人として国へ帰り着くことができないだろう』と予言される。
その言葉に腹を立てたハーゲンは、船で河を渡る途中、同行していた司祭を突き落とす。司祭はほうほうの体で岸に這い上がり、ブルグントへと帰っていった。それを見たハーゲンは、あの予言は成就されるであろうと嘆く。
紆余曲折の末、エッツェルの国へ辿り着いたブルグント一族をエッツェルは快く迎えた。彼をはじめとするフン族は、クリームヒルトの復讐に巻き込まれ、多くの命を散らすことになった。クリームヒルトはハーゲンに、自分とエッツェルとの間に生まれた子供を殺させる。
そしてこれを発端に、ブルグント勢は敵国の真っ只中に包囲されたかたちで絶望的な戦争をはじめることになる。
「――ハーゲンは、もう生きて帰ることはないと知っていたんだよな」
「そうね。けど、彼は一度も諦めたりするそぶりは見せなかった」
ハーゲンとフォルカーは背中合わせで戦い、獅子奮迅の働きをする。彼ら猛将に率いられたブルグント勢は、たったの数百人でフン族勢をほとんど壊滅に近いところまで追い込んだという。
しかし、ブルグント一族は、旅の途中に世話になったフン族のリュエデゲール辺境伯と戦わなければならなくなってしまった。
彼はブルグントに親睦の意を示し、ブルグント王弟ギーゼルヘルに娘を嫁がせ、最後の戦いに際してまで相手へ心からの贈り物をするという、大変高潔な人物であった。
そのリュエデゲール辺境伯を殺したことが、趨勢を決定する。
リュエデゲール辺境伯に同じく世話になっていた東ゴート族はそれまで中立を保っていたが、恩人の殺害を以って反ブルグントとして参戦した。
混戦のさなか、フォルカーは東ゴート族の老将ヒルデブラントに討たれる。死を共にせんとした親友の討ち死にに嘆くハーゲンもとうとう捕らえられ、クリームヒルトの面前に引き出された。
クリームヒルトはニーベルンゲンの宝のありかを尋ねた。しかし、頑として口を割らないハーゲンは、クリームヒルトが振り下ろしたバルムンク(グラム)によって、首をはねられるのである。 それを見ていたヒルデブラントは言った。
「あの勇士たちとわしらは戦ったが、彼らは天晴れな戦士であった。その戦士を女の手でかくも無残に殺してのけるとは! ハーゲンよ、わしがそなたの仇を取ってやる!」
ヒルデブラントは怒りに燃えてクリームヒルトを断罪し、そのまま彼女を切り伏せる。
こうして、ニーベルンゲンの呪いの財宝は、関わった多くの者たちに血と破滅をもたらし、ラインの河底で誰にも知られることなく眠りについたのである――。
「これぞニーベルンゲンの災いである――ってね」
「……恐ろしい結末ですね。結局、物語の主要な人物がほぼ全員死に絶えるのですか」
「なんか、おっそろしいなクリームヒルトって」
率直な感想を漏らす。愛する人の復讐のためとはいえ、血を分けた兄弟をはじめ自分の一族全員を殺すなんて……。
「結局ニーベルンゲンの歌では、ジークフリートは脇役にすぎないのよね。この物語の中心は、ハーゲンとクリームヒルトの確執よ。ハーゲンはなぜ国が恩を感じているジークフリートを殺したと思う?
ハーゲン自身彼を高く買っていた。最初にジークフリートを歓迎するように言ったのもハーゲンだし、グンテル王が求婚の旅に出るときにジークフリートを連れて行くよう助言したのも彼よ。
でも、ジークフリートはブリュンヒルドの指輪どころか帯まで持ち出してクリームヒルトに渡した。言ってはいけない秘密を漏らしてしまった。このままでは誇り高いブリュンヒルドは自殺するかもしれない。実際、サガの方では自殺してるしね。
だからハーゲンは、王夫婦のためにジークフリートを殺すと宣言した。だって、自分が仕える相手はグンテル王とブリュンヒルドであって、クリームヒルトでもなければジークフリートでもないもの。王妃の名誉のため、彼は騎士の忠義を取ったのよ」
「確かに。彼は国の重臣として、しなければならないことをしただけです。しかし……」
「そう。ハーゲンの罪はジークフリートを殺したことじゃない。彼は殺されても仕方ないことをしでかしたんだから。
――ハーゲンは、ジークフリートを殺すために、自分に厚い信頼を寄せていたクリームヒルトを騙し、夫の弱点を話させた。目的のために、手段を選ばなかったのよ。クリームヒルトは信頼を裏切られた。それが彼女の復讐戦争のきっかけ。でも、国王始めブルグントの騎士たちはみな、ハーゲンの真意を知っていた。
だから、ハーゲン一人を差し出すことはしなかったの。もし、クリームヒルトの要求通りハーゲン一人を差し出せば、一族の滅亡を止められたかもしれないのにね」
「……」
騎士の論理、男の論理……ハーゲンを突き動かしたものは、どこまでも国と主に尽くす、騎士の忠節の魂だ。そのためには、一人の女性の想いなど、踏みにじっても構わない――。
そして、愛する人を奪い、自分の信頼を裏切った人間に復讐せんとするクリームヒルトは、妻の倫理、女性の論理に従って動いたのだ。そのためならば、自分の一族もろとも、国を滅ぼすことさえ厭わない――。
だが、その行為がキリストの教えに許されることはなかった。だからクリームヒルトは、最後にはヒルデブラントの手で誅殺されたのだ。
遠坂は、ふっとどこか寂しげに微笑む。
「クリームヒルトってすっごい自分勝手だけど、女らしいじゃない。……私ね、ああいう生き方に、どこか憧れるのかもしれないな」
……なに言ってんだ。お前だって十分自分勝手じゃないか。
それに――
そう、それに――
聖杯戦争でアーチャーに裏切られたとき、墓地で見せたあの涙は――
「……私は」
セイバーが続けた。
「私は、やり方こそ最善とは言えないかもしれませんが、ハーゲンの気持ちはよく分かります。ここで彼が――ジークフリートを殺そうと決意したのは当然だ。ジークフリートはグンテル王のブリュンヒルドへの求婚旅行の真相も知っている。既に絶対にもらしてはいけないはずの秘密の一端は暴かれ、未だ爆弾を抱えた状態――ヘタをすれば」
――セイバーは、まるでかつて自らの身に降りかかった悪夢でも思い出しているかのように、ギリ、と奥歯を噛んだ。
「――宮廷の崩壊にまで発展しないとも限りません。ハーゲンは、騎士として為すべきことをした。むしろその英断を誉め、感謝するべきです。その結末が一族の滅亡だったとしても、彼はきっと――」
そこで口を止める。
「……私だってもちろん分からなくはないわよ。ま、セイバーほどじゃないけどね。なんとなくよなんとなく。――クリームヒルトってもしかしたら、ハーゲンに、なにかしら思慕の念があったのかもしれないわね」
そうかもしれない。彼女の復讐心は、ひょっとしたら彼女が、ハーゲンに小さな想いを抱いていたから、なお強く燃えあがったのではないだろうか――。
「……なあ、話を戻していいかな」
ちょっと沈んできてしまった空気を振り払うように、俺は言った。
「あ、ごめんなさい。そうよね、今は感想会なんてやってる場合じゃないわね。で、ジークフリートをハーゲンが殺した状況なんだけど」
「無理ですね」
あっさりきっぱりセイバーが言う。
「やっぱり?」
「はい。いくら不意打ちとは言ってもその状況ではまず気付くでしょう。第一相手は竜でさえ出し抜くほど奇襲が上手い。自分がむざむざ引っかかるとは思えません」
「ハーゲンが魔術を使ったって可能性は……あ、キリスト社会だからないのか」
「一概にそうとも言いきれないわ。単にそういう世界観で書かれてるってだけだし。それにそもそもジークフリートには魔術による防御があるし、ハーゲンも河の精霊と交信したりしてるもの。ハーゲンは別の伝承では小人だか妖精だかの血を引いてるって言われてるから、その影響でしょうけど」
「しかし、あれほどの英雄が水を飲んでいて油断しきっていたとは考えにくいのですが」
「そうなのよね……。じゃあ、結局ハーゲンはどうやってジークフリートを殺したの?
伝承はともかく、私達の前に現れたジークフリートは不死だった。とすれば、知恵遅れの狂戦士が勢いにまかせて倒せるような相手じゃない。ハーゲンは策士としても有能だったから、きっとなにか奇策を弄したんだと思うけど」
「うーん……つまり、竜の呪いよりも、ニーベルンゲンの呪いのほうが強かったわけだよな」
竜殺しの英雄が竜によって護られ、しかも短命でありかつ不死である。考えてみれば矛盾もいいところだ。竜の呪いがかかってるうちは戦闘で死ぬことはまずないんだから、ニーベルンゲンの呪いが彼を殺すには、どうにかしてまず竜の呪いを取っ払うしかない。ということは、
「なにか竜の魔力を解呪する方法でもあるのか、それともゴリ押しで竜の魔力を上回るか、よね」
「それしか考えられないな。それってつまり、セイバーの対魔力防壁を、魔術で打ち破れるかどうかってことと似てるんじゃないか? ジークフリートの場合、魔力だけじゃなくて物理攻撃にも効果があるみたいだけど」
「ちなみに、セイバーの対魔力は私がメチャクチャ高価な宝石にどれだけ魔力を溜め込んでも頑張っても、突破不可能なレベルよ。……あのペンダントの魔力だったら分からないけど」
「でも、ジークフリートがグラムでエクスカリバーの斬撃を切ったのだって、直撃すればただでは済まないからだろ?」
「――いえ、おそらくそれは、私の魔力が竜種のものだからでしょう。幻想を糧とする竜種の魔力は、同じ竜種の法鎧で防ぎづらいのではないでしょうか。そうでも考えなければ、弱体化しきった聖剣の攻撃をグラムまで持ち出して防いだ理由が分かりません」
「え、ってことは」
「――あの男は竜殺しであるため、そもそも法鎧に頼らず竜の魔力を殺します。エクスカリバーはそれだけでは防ぎ切れないというなら、今言ったようにグラムを使えばいい。……グラムを封じない限り、状況は変わりません」
「そうか……」
「セイバー、『ほうがい』って?」
セイバーが口を開くより早く、師匠が代わりに答えた。
「魔力によるバリアーのことよ。セイバーのは対魔力だからレジスト魔術と言ったほうがいいけど、ジークフリートのは物理・魔力両方に効果がある上、本人の意志や魔力に無関係に存在するみたいだから、法鎧って言った方がたしかにいいかもしれないわね」
遠坂はそう言うと、うーんと伸びをしながら続ける。
「……けっこういろいろ分かったけど、結局振り出しか……」
「……いや、手はある。可能性はすごく低いけど」
俺は言った。
「え?」
「士郎、ほんと?」
あることはある。それも二つ。ただしどちらも可能性はとても低い。
「まず一つ。法鎧がもしもあくまで『呪い』だとするなら、それは一種の契約だろ。覚えてないかセイバー。聖杯戦争のときにお前もやられた強力な解呪の魔具――」
「……!! ルールブレイカー!!」
「そう、キャスターが使ってた、あらゆる魔力を解呪する契約破りの短剣。あれを投影して使えば竜の呪いを解けるかもしれないし、ダメだとしてもマスターとの繋がりを断てる」
「なるほど……しかし」
そう。どうやってヤツに近づくか、それが問題だ。それに、もし俺が使う宝具の能力より竜の呪いが上回っていたら意味がない。加えて、成功しても失敗してもそこはヤツの攻撃範囲内。その上チャンスは一度きり。
「厳しいわね……もう一つは?」
「ニーベルンゲンの呪いは所持者の運勢を極端に引き下げる。つまり、
い運命を呼び寄せる。ということは、ジークフリートは呪詛を含んだ攻撃を避けられない。ほら、あっただろ。因果を逆転させて必ず心臓に命中するって槍が」
「――ゲイボルクですね――。そうか、確かにあれを避けるには、槍の呪いが発動する前に運命を変える強い幸運が必要です。ニーベルンゲンの呪いは、槍の呪詛をむしろ自分から呼び寄せるでしょう。――ですが」
「ああ、こっちは竜の法鎧と真っ向から力比べだ。真っ当な担い手じゃない俺の力で、しかも投影した宝具で突破できるかどうかは怪しい」
「あまり確実性はありませんね……」
「まあ、でも昨夜の時点よりか千倍はマシって感じじゃない? 上出来上出来」
なにが嬉しいのか、にっこり指を立てて笑う遠坂。
「なんか楽観的だな。結局次に会ったときどうするんだよ。まだ具体的に打開策ができたわけじゃないじゃないか」
「まあ、そうなんだけどね。机上の論だけじゃどうしようもないこともあるし、こっちはできるだけ方針を煮詰めておくぐらいしかできないわ。それとも衛宮くん、ほかにまだ何か手はあるの?」
「……いや、特には」
「でしょ? 可能性は低くても、二つもあるなら上出来よ。聖杯戦争のときなんて、もっとどうしようもない状況だらけだったじゃない」
「それもそうですね。確かに、あのころと比べればまだやりようはあるように思えます。私の攻撃では決定打になりませんが、グラムを封じられればエクスカリバーで勝負は決するでしょうし」
「でも、士郎のいうとおり絶対勝てる!っていう保証はないから、次は行動に移しましょう。丁度もうお昼で区切りもいいし、ご飯食べたらそのままアインツベルン城の調査。いい?」
頷く俺とセイバー。
「多分、城で一泊することになると思うから。一応その準備だけしておいて」
「はい、了解です凛」
「あ、セイバー」
俺は立ち上がりながら言う。
「なんでしょう、シロウ?」
「もし、時間があったら花屋で花束を買ってきておいてくれないか? 準備は俺がしておくからさ」
「――分かりました。早速行ってきます」
セイバーはそう言って微笑むと、居間を出ていった。
NEXT