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Fate/dragon’s dream

Fate/dragon’s dream

レヴァンテイン(かり)

――ありがとう――
 意識いしきだけが、どこかふかうみちてゆく。
――ほろびのほのおももはやえました。本当ほんとうに、貴方あなたには迷惑めいわくばかりかけてしまった――
 そのさなか――だれかの、こえこえたようながした。

――祝福しゅくふくしよう――貴方あなたを。たとえ――
 金色きんいろこえ
――世界せかい貴方あなたゆるさずとも――
 へんだな――あのこえあるじを……おれはよくっている――そんな、がする――のに――

(――あ)
 なんだろう――不思議ふしぎゆめを、ていたような――
 らす。眼前がんぜんちふさがるものは――ごつごつしたみきだった。しかし、最初さいしょはとてもそうとえなかった。なぜなら――

(――なんて、おおきさ)
 みき沿ってじょう見上みあげる。それはまさに、てん巨木きょぼくという言葉ことばがぴったりだった。
 樹高きだか目算もくさんでもひゃくすうじゅうメートル以上いじょうみきふとさなどいったいどれくらいあるか見当けんとうがつかない。おそらくはなれてれば、その一本いっぽんでちょっとしたもりのようにえるだろう。

……不意ふいに、視界しかいがぐるりとあたりを見渡みわたすように回転かいてんした。
(――え――?)
 そこは、小高こだかおかのような場所ばしょだった。はそのおかうえっているようだ。そして、かえった背後はいごひろがるのは、

(――これ、は――この風景ふうけいは――以前いぜんに、たことが)
 ――彼方かなたえるほのお。そして――ときこえ
 戦場せんじょうが、える。きっと、あそこでは――われらをがすためおとりとなった勇士ゆうしたちが、その最期さいごいのちやしていまてきめている。

――ありがとう。みなのおかげだ――
 つたえるじゅつはない。もはやてき味方みかたともにたたか理由りゆうくなった。だが、一時いちじ虜囚りょしゅうとなり、きて故郷こきょうむことをすすめることさえ――もうわない。
 そのさきには滅亡めつぼうしかないとっても。たったひとつのねがいを自分じぶんたくして、かれらはのこった。

――そして、いまってゆく。
 おもわずしそうになるあしめる。かっているのだ。もはやどう足掻あがいても、わないことは。

そして、自分じぶんにはまだやらなければならないことがある。いまもどることは、かれらの覚悟かくご冒涜ぼうとくするだけ。かれらには、地獄じごくびることとしよう。なに、それほどたせはせんよ――

「ハーゲン」
 横合よこあいから、ともこえひびいた。
「これで――よかったのだな――」
「ああ――」

万感ばんかんおもいをめて、かえる。ニーベルンゲンの秘法ひほう、『ビフレスト(かみへのみち)』のメインシステム(しゅ起動きどう魔法まほうじん)――ユグドラジル(世界せかいじゅ)とづけられた巨木きょぼくを。
 まれた魔術まじゅつ回路かいろはその基点きてんともすでり、巨木きょぼく通常つうじょう生命せいめい活動かつどうもどしている。
 そのみきを――つめた。もうることのない、あのほう姿すがたうように。

「……フォルカー」
 びかける。このおかうえにはいま自分じぶんかれにんしかいない。フォルカーは楽器がっき背負せおなおし、こちらに不安ふあん宿やどしたけた。
「ユグドラシルは沈黙ちんもくした。はフレスヴェルグとニーズヘッグを破壊はかいするだけ……たのむぞ」

フォルカーは見開みひらく。なに抗議こうぎ言葉ことばるそのまえに、おれった。
「あれらを破壊はかいしなければ、おうおとうと殿下でんかやリューディガー殿どの、そして陛下へいかたましいやすらえぬ。……おとうともな。それができるのは――フォルカー、おまえだけだ」
「バカな!! ハーゲン、おまえ――まさか!?」

「……おれにはまだやらなければならないことがある。無事ぶじむかどうかからないことが。――陛下へいか遺言ゆいごんだ。なんとしてもたさなければ、ヴァルハラで陛下へいか顔向かおむけできぬさ」
「ならば!! わたしもおまえみちおなじくするまで!!」
「だめだ、フォルカー。このおれまかせ、おまえいまとらわれているたましいたちを解放かいほうせよ。――これはしょうとしての命令めいれいだ」

「――く――!! やはりおまえは――最初さいしょからそのつもりでいたのだな!?
 なぜだ!? なぜ、一人ひとりかかもうとする――!? わたしには――重荷おもにかつことさえさせてもらえないのか!? おまえはこのほろびを、すべ自分じぶんいちにん責任せきにんになるように仕向しむけた!! 悪役あくやく真似まねはもう十分じゅうぶんだ!! それに――もうかっていることじゃないか!! この惨劇さんげきうらに――!」

「フォルカー!!」
「――ッ!!」

ってはならん、そのさきは。……そうだな。おまえいたいことはかる。
 ――だが、事実じじつではないか? おれは、おれ判断はんだんによってくにほろぼした。それはくつがえらぬ――たとえ、おさまいちにんすくえたとしても、もはやあそこでんで同胞どうほうたちをすくうことも出来できはしない。
 ――不甲斐ふがいないしょうだとののしってくれてかまわぬ。だが――それはおれ陛下へいか遺言ゆいごんまもれなかったときのためにっておいてほしい」

何故なぜだ――何故なぜまえすべてをかぶらなければならないのだ!! だれがおまえ名誉めいよそそぐ!? このわざわいのなか一番いちばんくるしんだのはおまえだろう!!
 それに……いまのクリームヒルトさまは――グラムをっているのだぞ!!
 このままのこれば、親衛しんえいぐんとクリームヒルトさまをたった一人ひとり相手あいてにすることになる!! いくらおまえでも自殺じさつ行為こういだ! 解放かいほうはおまえともてき退しりぞけてからでもおそくはないはず!!
 わたしのこる!! 前衛ぜんえいにおまえ後衛こうえいわたしがあれば親衛しんえいぐん包囲ほういもうとてれるはずだ!!

無理むりだ。ここはてきだぞ、わすれたかフォルカー? たとえ首尾しゅびまえてきたせたとしても、すぐに新手あらてる――消耗しょうもうせんなど出来できようはずもない。そんなことになれば、われにんとも共倒ともだおれになるしかなかろう。
 おまえはおまえにできることをしろ。おれにはあれらを破壊はかいすることはできぬ。このわざわいの犠牲ぎせいとなったすべてのものたちをすくってやってくれ。
 ――それに、ふ、どうやら……おれ一人ひとりではないようだぞ」

「――!」
 れば、平原へいげんをこちらにかって疾走しっそうしてくるじゅうすう騎士きしたちがいた。そのよろいについた紋章もんしょうは、間違まちがいなく――

「ハーゲンさま! フォルカー殿どの!」
無事ぶじでしたか、将軍しょうぐん!」

「おまえたち――よく、きていてくれた!
 じゅうすう騎士きしたちはおかうえまでるや、一斉いっせい下馬げば眼前がんぜんつどう。

将軍しょうぐん――もうわけもございませぬ……! 最後さいご近衛このえへいも――われらをのこし、全滅ぜんめついたしました!
「クリームヒルト親衛しんえいぐんすうひゃく、すぐにでもここへ到達とうたつしましょう――」

「なれど、われ一同いちどう彼方かなたよりこの大木たいぼくひかりつつまれたのを見届みとどけました――将軍しょうぐん……おさまは――」
「……」
「おまえたちのおかげだ。――おさまは、見事みごと入滅にゅうめつなされたよ」

「……お」
「――おお――そ、それで、は――」
「おさまは――すくわれた――あの、宿業しゅくごうほうが――! そうなのですね、ハーゲンさま
「ああ――そうだ」

「……ああ! われらのねがいは――ききとどけられたのだ!」
われらのたたかいは無駄むだではなかった――!
 おお、陛下へいかたちもきっとヴァルハラで祝杯しゅくはいをあげておられるだろう――」

「ハーゲンさま!」
「フォルカー殿どの!」

 口々くちぐち歓声かんせいげる騎士きしたち。だが、その背後はいご平原へいげん彼方かなためる砂塵さじん――そしてちかづいてくるひづめの足音あしおとを、おれもフォルカーも――そして、とう騎士きしたちたしかにづいていた。

まったく――剛胆ごうたんなことだ。
 おのれ部下ぶかたちの様子ようすほこりをおぼえる。死神しにがみ足音あしおとに、みな勝利しょうりたたう。――一人ひとり、フォルカーをのこして。

「――だがみな、まだわりではない」
 ザッ、と、騎士きしたち瞬時しゅんじはしる緊のいち。その視線しせんけ、おれはゆっくりと言葉ことばをつむぎす。
陛下へいかからのたのまれことがまだのこっている」
将軍しょうぐん――それは――」

「――ここでクリームヒルトぐんむかつ。決着けっちゃくを、つけねばならぬ」
 おおくはかたらない。そして――おとともに、けんむねかかげた騎士きしたちまえに――しんさだまった。

「……フォルカー。てのとおりだ。おれにはこれほどに心強こころづよ味方みかたがついていてくれる。
 なに、おれはそう簡単かんたんにはくたばらん。それほど心配しんぱいならば、早々そうそう解放かいほうませてもどってくればよいだけのこと。
 ――ここはおれまかせてしい。それが――あのほう信頼しんらい裏切うらぎり、すべてのわざわいのたねをまいた、このおれたくされたねがいなのだから」

「――ひとつだけ……ひとつだけ約束やくそくしろ、ハーゲン。……わたしもどってくるまで、絶対ぜったいぬな!! かならず、こたえろ!!

当然とうぜんだ。おれ雑兵ぞうひょうどもにおくれをるとおもうか? おれたすけてくれるとうのであれば、はやってもどってくるがいい。さもなくば、もはやたたかいなどわって酒宴しゅえんひとつにでもきょうじているかもしれんのでな」

「――フォルカー殿どの将軍しょうぐんとおりです。ここはわれらにおまかせあれ。……陛下へいかたちのたましい、おたのいたします――!
 もはや言葉ことばらぬとばかりに、フォルカーはさっとおのれうまり――そして、最後さいごに、いのるような、ねがうようなけた。

ってくる――! かならず、かならってみせるぞハーゲン!! ――おまえにだけ、すべてを背負しょわせたりはしない!! セイッ!!」

ゆるせ、フォルカー。――まったく、苦労くろうばかりかけてしまったな。……だが、おまえにはびてもらわねばならんのだ。
 おまえもどってくるまでには、すべてをわらせておく。ここでクリームヒルトさまたおしたとしても、まだてきぐん無数むすうにいる。そんななかびられるとしたら、それは――)

胸中きょうちゅうにていつわりへの謝罪しゃざいを。それが、いまおれがあやつにたいしてできる、ただひとつのことなのだから。

「――れいう」
「――たいしたことではございません。……フォルカー殿どの魔術まじゅつわれらというあしかせがなければ、いかようにもげおおせられるでしょうから」
「だが、かならやつもどってくるだろうな。――それまでに、なんとしても――このわらせねば」

砂塵さじんはもうすでに、丘上おかうえから俯瞰ふかんする平原へいげん中央ちゅうおう付近ふきんまでせまってきていた。そのすうさんひゃく前後ぜんこうといったところか。たったすうじゅう相手あいて大仰おおぎょうなことだ。
 そのぐん中心ちゅうしんやや前線ぜんせんより、うまとうかせた天蓋てんがいつきの戦車せんしゃえる。屈強くっきょう戦士せんし護衛ごえいけん御者ぎょしゃとしてつそれは、ここからでもかる、禍々まがまがしいオーラをはなっていた。

「――ふ。戦場せんじょうなどじょ子供こどもではないと、いいきかせていたはずなのだが」
「……ですなあ。たしかにむかしから苛烈かれつなところはあったわけですが――
 おんなわるものともうしますが、ひめさまの場合ばあい――わったようにえて、そのなにわっておられなかったのでしょうなあ」

「シグルドのせいだな。――ク、やつめ、まっこと厄介やっかいなモノをのこしおって。ヴァルハラでったらあらためてはたきのめしてやる。酒盛さかもりでもしながらな」

「はっはっは――そうですなあ。また、みなさけなどわしたいものですなあ――」
 ははは――と、みなわらう。そして、わらごええたのち。そこにひろがるは不気味ぶきみ静寂しじまさきほどまでらし、みみ奥底おくそこひびいていたひづめのおとはすでになく。
 眼下がんか集結しゅうけつした騎馬きばたちは、距離きょりるがごとくおか遠巻とおまきにしていた。

「ハーゲンさま。――フォルカーさまには、なんと?」
「なにも。――それは、やつがもどってきてからのちのことよ。……それをつたえないかぎり、おれねん。そのおもいが、きっとおれかしてくれよう――!
 かえり、さけぶ。

みなのもの、よくけ! これをおれの、しょうとしての最後さいごいのちとする! ――びよ!! いちでもおおびよ!! おれおとりとなり血路けつろひらく!! 一塊ひとかたまりになり、戦場せんじょう離脱りだつせよ!!」

――その言葉ことば、は。一人ひとりでもおおくのてきへい道連みちづれにしようと決意けついしていた騎士きしたちのあいだに、強烈きょうれつ動揺どうようみちびいた。
 だが――いまはもう、なりふりかまっていられる状況じょうきょうではないのだ。

将軍しょうぐん!!?」
「ハーゲンさま!! 承服しょうふくできかねますぞ!!」
「おのれらはしょういのちそむくかッ!! わぬぞ!! ――そして!」

手綱たづなき、おか見下みおろした。さやおさめられた、そのけんらし、
戦闘せんとうはじまりしよりけっして――おれちかづいてはならぬ!! あやまってせてしまうかもしれぬのでな」

「――まさか、ハーゲンさま!?」
くぞ!! ハイッ!!」

 うなり――抗議こうぎ言葉ことばるように、うまはらおかりる!
 かうは眼前がんぜん――そこには、すう騎馬きばまもられ、さき戦車せんしゃよりりた人物じんぶつっていた。

片手かたて見覚みおぼえのあるだいけん軽々かるがるたずさえ、戦場せんじょうまったつかわしからぬ純白じゅんぱくのドレスをまとい、
(――あ――)
 彼女かのじょ――クリームヒルトは、りんとした眼差まなざしで、こちらを射抜いぬく。その視線しせんめ――距離きょりって下馬げばし、ゆっくりとあゆっていく。

(このひと(おんな)は――)
 いつかゆめなかで、ほのお背負せおい、両手りょうて必死ひっしおもだいけんち、憎悪ぞうおいがんだかおおれていた、あの。

(ああ――)
 ――おなじだ。このひとは――いてる。こんなにも凛々りりしくっているのに。
 ああ――なんて、こと、だ。

――こんながおで、いたみをんでしまうひとのことを、おれはよくっている。つよがってつよがって、どんな窮状きゅうじょうおちいっても『おのれ』でありつづけたひとを。いかなるときでも気丈きじょうであろうとし――だからまわりのだれもが、彼女かのじょつよ人間にんげんだとおもってしまう。

――つよさは、よわさの裏返うらがえしだったのに。づいてやれなかったのか、と。あなたなら、そんなことを見抜みぬけないはずなかったじゃないか、と。
 彼女かのじょたずさえるけんつめ、おれはじめて――彼女かのじょ裏切うらぎったハーゲンにつよいきどおりをおぼえた。
 なにがあったのかなんてらない。それしかみちがなかったなんてかんがえていられない。

そう。あのとき、『彼女かのじょ』を裏切うらぎった――未来みらい自分じぶんたいするのとおなじように。
 ―――なんだ、あのけんは。
 それは、グラム彼女かのじょがその生涯しょうがいでただ一人ひとりあいしたおとこからがれた、けん
 だけど――ちがう。あんなものは、グラムじゃない。――グラムであってたまるものか。

ける印象いんしょうちがぎる。おれるグラムは、あんな金属きんぞくてき殺気さっきあたえるものじゃなかったはずだ。

機械きかい――そう、まえにあるけん機械きかいだ。相手あいてころすことだけを追求ついきゅうした兵器へいき切断せつだん原理げんりであるグラムの機能きのうと、その特質とくしつだけをグロテスクなまでに誇張こちょうしたモノ。れるだけでられるような恐怖きょうふ体現たいげんしゃ

るうたびに、おのれ自身じしんをもきずつける栄光えいこう破滅はめつぬしあたえるといういいつたえが真実しんじつならば、あのけんいままさ破滅はめつをもたらさんとするけんの貌をせている。

――そんなけんを、こんなになるまで、るいつづけて。相手あいて自分じぶんきたなし。だけど、もうまらなくて。まれなくて。
 ――彼女かのじょが、彼女かのじょけんが、こんなになってしまったのを。一体いったいだれめられるというのだろう――

(だから――おれめるのだ)
 こたえのようなそのおもい。それはずっと、しん奥底おくそこにあったおもい。おさなしろ草原そうげんけてまわってあそんだときの、あの笑顔えがお

それは宮廷きゅうていながじるにつれかげひそめ、いし仮面かめんかくされていき、そして――あいしたひととのしあわせな日々ひびなかで、やっとよみがえっていったその笑顔えがおを。
 もっと大切たいせつなものをまもるため――犠牲ぎせいとし、みにじったあのときから……ずっと。

「――ハーゲン」
「……姫君ひめぎみにおきましては、ご機嫌きげんうるわしゅう」
見事みごと、とめてつかわしましょうか。よくぞここまで――わたし(わらわ)のねがいを阻止そししてくれた。おまえはきっと、地獄じごくからつかわされた悪魔あくま化身けしんちがいない」

あまるお言葉ことば恐悦きょうえつ至極しごく――なれどひめ、たかだかにぞこないのわれじゅうすうめいるに、この人数にんずうはちと大仰おおぎょうかとぞんじますれば」

「――茶番ちゃばんはなしにしましょうハーゲン。もはや――わたし(わらわ)にはおまえたいする憎悪ぞうおしかない。そのけんでわたし(わらわ)をるならば、くちからは怨念おんねんし、のろいがそのけがすでしょう。
 ――すべてはわった。さぞいい気味ぎみでしょうね。わたし(わらわ)のおもいは――やぶられた。でもね」

「……」
「――もとよりわたし(わらわ)は、あいつをよみがえらせることができるとはおもってなかった。……ことここにいたっては、しみにこえるかもしれないけれど」
「――」

「――ただひとつ。あなたに――復讐ふくしゅうしたかった
「……」

「ハーゲン。わたし(わらわ)は――どうすればかったのでしょう? なにがおかしくなってしまったのでしょう?
 あなたはすべてをあたえ、すべてをうばった。わたし(わらわ)は――ただ、人並ひとなみのしあわせというものがしかっただけだったのにね。王族おうぞくとして、それはのぞんではいけなかったものだったのかもしれない。でもね――わたし(わらわ)は――」

あいつをあいするようになってはじめてったの。わたし(わらわ)は――おんなだったのだから。
 グラム(けん)からくろ瘴気しょうきし、クリームヒルトの身体しんたいつつんでいく。すうびょうもしないうち、けんからでたやみ彼女かのじょ全身ぜんしんおおい――輪郭りんかくさだかではない、だいけんたずさえた女性じょせいのシルエットとした。

そのかおから。うでから。かかげたけんから。――全身ぜんしんから。つめたいやみしたたちる。つめたい、あぶらのようなやみが。
おれは、貴女きじょいにこたえることができぬ。そも、もとよりそんな資格しかくはない」
 ――けんを、く。

「だが……だからこそ――シグルドと、陛下へいかと、約束やくそくした――!! かならず、貴女きじょめてみせると! 貴女きじょへの裏切うらぎりのつみ背負せおい、けがれとえに貴女きじょたましいすくうと!
 その妖剣を。生涯しょうがい使つかうまいとおもっていた禁忌きんきちから解放かいほうする。それを使つかえば――なりふりかまわぬ虐殺ぎゃくさつ汚名おめいともに、戦士せんしとしての名誉めいようしなわれよう。

――だが、それがなんだというのだ。彼女かのじょめるそのために、今更いまさら悪鬼あっきけがひとつ、えたところでどうということもない……!!
「まずはそのやみはらわせていただく!! ダインスレフ(復讐ふくしゅうしゃ)、そのちから、ただいちだけけるぞ!!」

そして。背後はいご騎士きしたちのうごきと。眼前がんぜんせてくるてきぐん兵士へいしげるときこえみみのこしつつ――
 ふたたび、おれ意識いしきやみしずんでいった。


――ああ。あしが、もつれる。熱気ねっき肺腑はいふき、はだがす。
 けていた。ただひたすらに。虹色にじいろ侵食しんしょくされた世界せかいすでえ、周囲しゅうい紅蓮ぐれんまっていた。ときこえすでになく、ぱちぱちと煉獄れんごくしたくさおとのみがひびく。

――きていてくれと。ただ、それだけをねがった。
 約束やくそく――そう、約束やくそくだ。かならもどると。だからはしった。

あの――くろいエインフェリアルにけられたふうじのじゅつは、いまおのれ身体しんたいむしばんでいる。じゅつ使つかえず、いま自分じぶんはそこいらの歩兵ほへいとなんらわりがない。
 だが、それがなんだというのだ。ちからなど、おぎなえばいいだけのこと。じゅつがなければけんで。けんがなければ楽器がっきで。些細ささいなことだ。

うしなってはならないものを、うしなわせないというねがいのまえには。
 ――だけど。かっていたのだ。
 ――それが、さだめ(運命うんめい)。かっていたのだ。わたしたちは、かみ々のてのひらうえから、のがることはできないのだと。



「――あ」
 世界せかいじゅあおおかした。そこにつ、かれむねには――
「ハーゲン!!」
 くずちるその身体しんたい必死ひっしささえ、そのぶ。

「ハーゲン!!」
 すでにそのなにうつさず。そのみみなにもききとることなく。げたものみを以って、かれこたえた。
「フォル、カー……物語ものがたりを、つたえてくれ――おれたち辿たどった――永遠えいえん流転るてん狭間はざまを――」

「ハーゲン!! しゃべるな!!」
「そして――せめて、おまえ、は――き、ろ――もう、わざわいなどない――世界せかいで――」
「ちくしょう――! が、傷口きずぐちが――! あ、ああ――!」
「ああ――すべての、永遠えいえんなる、ものに――」

「どう――して――」
祝福しゅくふく、を――」
「どうして――おまえが――まえが!!
「フォルカー!」
「……」

こたえなさい!! いまなに!? あれって――!」
 くまでもない――いまのは、ニーベルンゲンのわざわいの、記憶きおく
「あ、あ、あんた――こ、この、こぉの……ああもう!!

あまりのいかりにのう沸騰ふっとうして、罵倒ばとう言葉ことばがうまくてこない。わざわいのなかまれたすべてのゆがみをおのれ一人ひとりすべけ、しかもそれをはらくし、『悪役あくやく』のままほろぶことをのぞんだはん英雄えいゆう
 それが――ハーゲンという英雄えいゆうだったのだ。

もうその時点じてん到底とうていゆるせるようなバカさ加減かげんじゃない。自分じぶんいちにん犠牲ぎせいにして周囲しゅういすべてを絶望ぜつぼうからすくげるなんて、それは『悪役あくやく』であると同時どうじに、
 ――『正義せいぎ味方みかた』、そのものの姿すがた――

――でも。それ以上いじょうに、折角せっかくハーゲンが悪役あくやくとして一人ひとり全部ぜんぶっていこうとしたよどみを、自分じぶんから背負しょもうとしたバカにはもっとはらつ……!!

バカじゃないの!? ハーゲンがいったいどんなおもいで、あんたを一人ひとりかせたかからないの!?
 いいえちがう! そんなことがからないあんたじゃない! あんたはハーゲンの最期さいご言葉ことばをわざと曲解きょっかいしたのよ!! ハーゲンが全部ぜんぶっていってしまったものを、すこしでもひろげて肩代かたがわりするために! そんなことのために、かれきろなんてわなかったでしょう――!?」

「……」
なにが『わざわい』よ!! そんなものハーゲンがとっくのむかしはらってた!! なのにあんたは――そのけがれを自分じぶんから背負せおって――そして――!!」

物語ものがたりとしてふうめた。後世こうせいに――その浄化じょうか責務せきむわせるために。おおくの人々ひとびとあいだとうもとめたものの真意しんいつたわっていけば――いつかハーゲンははん英雄えいゆうなどというのろいから解放かいほうされるかもしれない。『悪役あくやく』という責務せきむから――
 わたしがそうしなければ――わざわいのけがれは、英雄えいゆうへのだまちは、宝石ほうせきへの裏切うらぎりは、かみごろしのつみは――すべてハーゲンいちにん背負しょまされてしまう。
 ……だからたくした、未来みらいへと!!
  われらとおなほろびの因子いんしゆうするものは、いつの時代じだい、どこの場所ばしょにも存在そんざいしうる。かれらのあいだ物語ものがたりとして存在そんざいつづけることで、過去かこ未来みらいう――そしてかれらはるだろう、わたしたちがどのような悲劇ひげきもと運命うんめいゆだねたのかを――自分じぶんたち未来みらいおな災禍さいかかえすだろうということを!
 それでもなお、ハーゲンをあくののしることができるか!?
 ――何故なぜ!? どうしてかれすべてを背負しょわなければならない!? 何故なぜ、あいつはななければならなかったのだ!? おしえてくれ宝石ほうせきよ、なにただしかった!? なにくるったのだ!? 貴女きじょはそのいにこたえられるか!?

 いいや、こたえさせない。いま貴女きじょにはまだその資格しかくはない!!
 みとめてたまるものか!! ハーゲンは――なずともよかった……! 最後さいごのこり、最後さいご幸福こうふくつかむべきはかれだったのだ!!
 わたしにはもう、いのるべきかみもその言葉ことばもない! だから――せめてそののろいをすこしでもひろげようとした。そうすることでしかおのれゆるすことができなかった!
 あのとき――」

「フォルカー……!」 
わなかった、自分じぶんを――!!」

 くようなすさまじい思念しねんほんから断続だんぞくてきながんでくる。まるで――なみだのように。

るがいい!! 眼下がんかひろがるこの光景こうけいを!! これこそがわたし用意よういした物語ものがたり終焉しゅうえん舞台ぶたい! このたたかいはわたしたちの最後さいご決着けっちゃくにして、貴女きじょたちのわざわいのはじまり!
 すべての人間にんげん内包ないほうするほろびの因子いんし具現ぐげん――其は過去かこわざわいを継承けいしょうし、未来みらいしめ黙示録もくしろく!! 
 つめよおのれ未来みらいを! そしてかえりみよ、過去かこいくとなくかえされてきた流転るてん永遠えいえん物語ものがたりを!!
 そのなかっていった英雄えいゆうを、悪役あくやくを、宝石ほうせきを、けんを、りゅうを、そしてdragon's dream(りゅうゆめ)を!!
 世界せかい肯定こうていされた悪役あくやくもとめるならば、それをわたしつたえてみせよう!!

 それが、このわたしの、かみ々への復習ふくしゅうかたち――
 それこそが――ちから、ニーベルンゲンのわざわいだ!!

「……あ――」
 それで――すべてを、理解りかいしてしまった。いかりなんか跡形あとかたもなくふっとんだ。かみなりたれたかのように、わがらず、わたしひざをつく。
 そう、か。役者やくしゃは――わたしだけじゃなかったんだ――

このには――『わざわい』の下地したじった。わたしたちもまた、『わざわい』のいんしゃだったんだ――
 わたしたちはずっと……物語ものがたりえんじていた。じゅうかさなった、物語ものがたりを。一人ひとり英雄えいゆうによってわったかつてのわざわいと、これからわたしたちが辿たどってくことになる未来みらいわざわいを。わたしたちは、まだ、はじまってさえもいなかった――

いま眼下がんかでは過去かこ未来みらい混在こんざいし、相対あいたいしている。それはわりにしてはじまりの光景こうけい
 ――でも。過去かこって現在げんざいく――未来みらいにおいてただひとつだけ、わたしたちがいま見出みいだしていないモノがある。

それは、うしなわれたパズルの最後さいごの1ピース。ニーベルンゲンのわざわいにおいて、すべての中心ちゅうしんであった『それ』。
 『彼女かのじょ』は――りゅうではなく、それ以上いじょう存在そんざいだった。わたしたちがもとめるべき、りゅうゆめ(dragon's dream)。

士郎しろうとハーゲンは、ジークフリートとファフニールは、そして――セイバーとわたしは、いま、このときにおいて――
 なにもとめて、たたかっているんだろう――?

士郎しろう殿どの! 士郎しろう殿どの!!)
(――う、あ? あ、あれ? おれ――?)
(グラムをたせいで記憶きおく励起れいきし、錯綜さくそうしたか――! 大丈夫だいじょうぶ士郎しろうどの!? おのれだれか、ここがどこだかかるか!?)

(……あ、え、えー、と、おれまもるみや――士郎しろうで、ここは……)
 ……――やなぎほらてら地下ちか――大聖たいせいはい
 その認識にんしきともに、一瞬いっしゅん世界せかいいろもどす――!

「――フ。どうしたハーゲン。そのツラは」
「……フム。少々しょうしょうむかしおもしていてな」
 まえには、わらずたたずりゅう英雄えいゆう。よかった――戦闘せんとうはまだはじまっていない。

「……シロウ……?」
 流石さすがにセイバーはざとい。なにおれにあったことを見抜みぬいたようだ。ちらりと目配めくばせして、大丈夫だいじょうぶだとつたえる。

「――そうか。おまえこんそいつのなかにいるんだったか。この状況じょうきょうでも実体じったいしないってこたぁ……そいつにまれてやがんな」
「……さっしがいいな。だが、このマナのうみなかならば、人間にんげん身体しんたいえども多少たしょう無理むりく」

「まぁ、おれとしちゃどーでもいいんだがな、おまえらの状況じょうきょうなんぞ。ただ――おまえとこうしてはなし出来できさえすれば」
「……!」
 ジークフリートがグラムを眼前がんぜんかまえた。セイバーがかまえ、いちまえる。――が、

もどれ、つめたきほのおよ(******)」
 刀身とうしんからした青白あおじろほのおが、一瞬いっしゅんにしてグラムをおおいつくした。
 ――あれは……

ろよ、これを。こいつはグラムのさやだ。もとからあったもんじゃなくてな、もらいもんを加工かこうして使つかってる。
 いたことくらいはあるか? ブリュンヒルドのやつ封印ふういんされていたやまは、このつめたいほのおによっておおくされていた。
 ――ねむりにいたあいつの、固有こゆう結界けっかいによってな」

「……な」

「このほのお――ヒンダルフィヨルのほのおじゅつはブリュンヒルドの心象しんしょう風景ふうけいれっはしおれがあいつからいだもんだ。それを……ちっとばかしちが魔術まじゅつ体系たいけい加工かこうしてな、こうして使つかわせてもらってる。
 なにせグラムは、おさめたさやかたぱしからぷたつにしちまうんでな。『世界せかい』そのものをぶっつけて相殺そうさいしてるのさ。
 かみであり、かみでなくなったブリュンヒルド。永遠えいえんわかさなどという異端いたんならない特性とくせいあたえられ、人間にんげんほうされたせん乙女おとめ。その胸中きょうちゅう巣食すくっていたつめたくさかほのおは――そのままはなっておけば世界せかいがしつくしたかもしれん。いずれレヴァンテイン(世界せかいめっする紅蓮ぐれん業火ごうか)となって、な」

「――だから、あなたはそのけんを『レヴァンテイン(世界せかいめっする紅蓮ぐれん業火ごうか)』としょうしているのか」

「……――そうなのかもしれねぇ。おれがあいつから指輪ゆびわをとりかえさなければならないとおもったのが、じつはこのほのおのせいなのさ。
 あいつは――いつもむねおくばくだんかかえてた。もし、なにかの拍子ひょうし引火いんかしてしまえば、本当ほんとう世界せかい粉砕ふんさいしかねない巨大きょだいばくだんをな。あいつには――それを実現じつげんするちからがあった」

かる――がする。つめたくさかほのお――相反あいはんする概念がいねんふうめた心象しんしょう風景ふうけい理性りせいつくられた、昏くつめたい情念じょうねんほのお彼女かのじょはきっと、そんな世界せかいっていた……んだとおもう。

「んで……まぁ、そのことなんだが、な。――ハーゲン、ファフ(おれ)から伝言でんごんいたはずだな?」
「ああ」
「おまえくちからきたいことは――みっつだ」
「ほう、奇遇きぐうだな。おれがおまえいたいこともみっつある」

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