(Translated by https://www.hiragana.jp/)
Fate/dragon’s dream

Fate/dragon’s dream

英雄えいゆうたちのよるりん

りんさーん」
 ちょこんと、わたしとなりにファフニールがこしろす。
「んしょっと。どう? 美味おいしかった?」
「ん? ……ええ、ご馳走様ちそうさま。とっても美味おいしかったわ」

二人ふたり芝生しばふうえから夜空よぞら見上みあげる。
 ――それは、とても幻想げんそうてきで。
 結界けっかい区切くぎられているため、教会きょうかい敷地しきちからそと文字通もじどおり「なにもない」空間くうかん――そら延長えんちょう。まるで空中くうちゅうかんだ庭園ていえん

この夜空よぞらした士郎しろうたちはどうしているだろうか――
 セイバーは、……怪我けがは、なおっただろうか……。

元気げんき、ないね」
 びくっとする。何気なにげない一言ひとことだったが、その言葉ことばにはあきらかに気遣きづかいのいろがあった。
「シグのったこと、にしてる?」
「……ま、ね。……おもってもみなかったもの。自分じぶんが――」
 結構けっこうヤキモチきだったなんて、とは流石さすがえなかった――。

「あんまりにしないほうがいいよー? シグはね、ひとかんが誘導ゆうどうするの得意とくいなんだから。オレはかってるぞーってワケがおはなされると、ホントにそうなのかもーってなっちゃうんだから! ダメだよあんなのにだまされちゃ!
 ぷーっとふくれるファフニールに、おもわずふきだしてしまう。

大丈夫だいじょうぶよ、べつにそこまでさるようなことじゃなかったから。ま、でも……たしかに、セイバーと士郎しろうあいだつながりに嫉妬しっとしてたかもしれない……。そこを指摘してきされたみたいで、どきっとしたけどね」

そう。セイバーは、いま士郎しろうのではなく、わたしのサーヴァントなわけで。
 それでも、セイバーと士郎しろうとのきずなれていない。セイバーは、マスターとしてのわたしまもるのとはまたべつ理由りゆうによって、士郎しろうたすけるだろう。
 その『きずな』がなんなのか。ジークフリートの一言ひとことで、その秘密ひみつ一端いったん垣間見かいまみえたようながした。

アーサーおうとしてのアルトリア。
 みんおもい、くにおもい、すべての人々ひとびとわらえるようにと、そんな理想りそうかかげたおう。ほんのすこしの犠牲ぎせい用意よういし、よりおおくの人々ひとびとしあわせをあたえたおう
 理想りそうまもるために理想りそうはんつづけたそのおうは、最後さいごには裏切うらぎりと内乱ないらんによってその生涯しょうがいじた。

そして――うつすべてのひとすくおうと、正義せいぎ味方みかた夢見ゆめみ一人ひとり魔術まじゅつ使づかいが、死後しご英霊えいれいとなってそのおうとまったくおなどう辿たどることになる。

ただひとつだけちがったのは、その魔術まじゅつ使づかいは、おうよりも純粋じゅんすいで――最大さいだい幸福こうふくのための最小さいしょう犠牲ぎせいとすることに、最後さいご最後さいごまで納得なっとくできなかったこと。ゆえに――かれ後悔こうかいくされ、過去かこ自分じぶん抹殺まっさつするなどというねがいをつようになってしまった――

あのにんは、ている。かかげた理想りそうが、永遠えいえんが、とてもている。そしてその挫折ざせつ仕方しかたも。あかえるけんおかという世界せかいが、かれらの共通きょうつう風景ふうけいなのだ。

だけど、セイバーはおうとして現実げんじつすくえるモノとすくえないモノをわきまえていた。いま士郎しろうにはそれがない。あたまではかっていても、実際じっさい状況じょうきょうまえにするとおのれおさえることができない。

イリヤのときも、セイバーのときも。みずからのいのちかえりみず、まえくモノをたすけずにはいられない。
 それは、二人ふたり決定的けっていてき差異さい

セイバーが士郎しろうより無情むじょうだというわけではない。むしろ、きっとセイバーのほうが、士郎しろうのやりかたより、現実げんじつすくえなかったものたいするすくえたもの割合わりあいたかいだろう。
 士郎しろうのやりかたには無駄むだおおい。一人ひとりすくうごとにどうしてもてくる犠牲ぎせいすべ自分じぶん背負せおうなんてことは、結局けっきょくすく主体しゅたいつねきずついて、しかも補給ほきゅうもなしに消耗しょうもうしていくということ。

すくぬしがそんな状態じょうたいなら、すくえるものかずはどんどんどんどんっていく。
 ――だけど。それはいいかえるなら、セイバーがうしなったものを、士郎しろうつづけているということでもある。

理想りそうまもるために理想りそうにそむきつづける矛盾むじゅん。その矛盾むじゅん超越ちょうえつした、かつてアーサーおうっていた『なにか』を、きっと士郎しろうっている。
 きっとそれが、士郎しろうがセイバーを召喚しょうかんできた理由りゆう。そして、二人ふたりきずな理由りゆう――

貌の乙女おとめ――」

 その、ファフニールがぽつりとこぼした不思議ふしぎ単語たんごなにか、とても――そう、うなればそれは、うしなわれたパズルのピースのような――
「――ブリュンヒルドって、りゅう、だったの?」

「……ちがうわ。ブリュンヒルドさまは――もっとずっと高位こうい存在そんざいわたしたちが『直系ちょっけい』とぶ――りゅうゆめ具現ぐげん
 すべてのりゅうは、彼女かのじょ目指めざす。ヒトよりまれ、ヒトの影響えいきょうからけられないわたしたちが、いつかることを夢見ゆめみ、そしてちてゆくなかねがもとつづける存在そんざい
 ブリュンヒルドさまはね、りんさん、人間にんげんがわじゃないの。あのほうは、かみがわ存在そんざい。……いえ、かつてそうだった存在そんざいてんからちてきた、超越ちょうえつしゃなの。りゅうとは決定的けっていてきことなるわ」

「だけど、彼女かのじょもまた、ヨドミってのに汚染おせんされてしまったんでしょ?」

「……そう。受肉をしてしまえば、理屈りくつおなじ。たと存在そんざい定義ていぎそのものがちがっても、おな舞台ぶたいたされた以上いじょう、そのしたがわなければならないわ。
 ブリュンヒルドさまよどんだ原因げんいんはね、シグなの。シグは、ブリュンヒルドさまあいしてしまい、ブリュンヒルドさまもシグをあいした。それがすべてのはじまり。もし、シグがブリュンヒルドさまってからだったら、もしかしたらわたし親父おやじさまてなかったかもしれない。――らなかったからこそ、シグは――いいえ、そんなはなしはどうでもいいね。
 ブリュンヒルドさまはシグにとって特別とくべつ存在そんざいだった。そしてシグもまた、ブリュンヒルドさまにとって必要ひつよう存在そんざいだった。
 だからシグはブリュンヒルドさま指輪ゆびわわたした。ブリュンヒルドさまはずっとそれを守護しゅごしていたの」

 ――指輪ゆびわ。そう、ジークフリートはっていた。あの指輪ゆびわは、ブリュンヒルドにだけはたせてはいけないものだったって。
「ニーベルンゲンの指輪ゆびわ……いったい、それはなになの? ブリュンヒルドはそれをってちゃいけなかったって、どうして――」

「ああ、そのこと? それはとっても簡単かんたんはなしよ。
 ――ニーベルンゲンの指輪ゆびわは、ヒトのたましい魔力まりょく変換へんかんして蓄電器ちくでんきにして増幅器ぞうふくき。もともとたましいあつかいにけていたブリュンヒルドさまなら、あの指輪ゆびわ使つかって無尽蔵むじんぞう魔力まりょくることができたんだからね」

――な――

「でもね、ブリュンヒルドさま指輪ゆびわっててはいけなかったのだって、そんなの表層ひょうそう危険きけんよ。指輪ゆびわしんちからはそんなものじゃない。
 ……あの指輪ゆびわはもともとは、ニーベルンゲンの秘法ひほうかぎ外界がいかい旅立たびだたましいめ、一気いっきながすことによって世界せかいの『かべ』をやぶるためのダムなの。みずむことを強要きょうようされたあわれな小人こどもが、何時いつかみ々にってわろうというおそれをらぬ野望やぼういた、そのちかいのあかし
 指輪ゆびわまれたすうおおくの戦士せんしたちのたましいを『はい』にそそぎ、アースガルド(かみかい)へのはしけるぎょう――『ビフレスト(かみへのみち)』とよばれる、dragon's dream(りゅうゆめ)をこのろす秘術ひじゅつよ」

――あたまが、ついていかない。
 わたしはぱくぱくと金魚きんぎょのようにくちめする。
 そんな。そんなのって。

『アインツベルンには黄金おうごんもちいたごう数多かずおおつたわっている。かれらのひじりはい創造そうぞうごうも、その黄金おうごん細工ざいく伝承でんしょう由来ゆらいするらしい』
 おもしたくもないおとここえ。いつかいた、その事実じじつ

ようするに錬金術れんきんじゅつというやつだ。ゆえにそのせいか、あの連中れんちゅうはホムンクルスにもめている。そして、そのきむ技術ぎじゅつ出所しゅっしょが、ラインの黄金おうごん――ぞくう、ニーベルンゲンの財宝ざいほうだな』
きよしはい戦争せんそう――この……冬木ふゆきひじりはいって――」

「そのとおりよ、りんさん。あたしたち確証かくしょうたのはほんのちょっとまえ。このかれたじゅつしきは、間違まちがいなく『ビフレスト(かみへのみち)』を忠実ちゅうじつ模倣もほうしたもの。かんがえたくないけど、理由りゆうひとつ。ラインの黄金おうごん継承けいしょうしゃがいたということ
「そん、な」

最初さいしょからおかしいとおもってたのよ。マスターは訳知わけしがおひじりはい本質ほんしつしゃべるわ、その内容ないようはどこかでいたようなことだわ。結局けっきょくマスターにはい解析かいせきまかせ、てきた結果けっか大当おおあたりだったってわけ。
 あたしたちがここにいるのは、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスなの。これは、あたしたちにとって、どうしてもやらなければならないこと。ニーベルンゲンのわざわいは、いまこの時代じだいにも脈々みゃくみゃくがれつづけていた。あたしたちは、責任せきにんってそのわざわいをたないといけない。かつての財宝ざいほう所有しょゆうしゃとしてね」

「だ……だけど、それおかしいわ。わたしたちってる『かぎ』……指輪ゆびわ相当そうとうするモノは、ホムンクルスにえつけられた魔術まじゅつ回路かいろとその炉心ろしんとなる心臓しんぞうだった。サーヴァントのたましい回収かいしゅうしてはいたようだったけど、そんな――」

「――へ? え、ちょっとって。はいじゃなくて、指輪ゆびわそのものがホムンクルスだったの?」
「……え? いや、あなたたちの指輪ゆびわ相当そうとうする『かぎ』――わたしたちはしょうひじりはいんだけど――が、おんなのホムンクルスだったのよ。バーサーカーのサーヴァントのマスターでもあったわ」

「……なんか、やっぱりあたしたちのってるじゅつしきとは大分だいぶちがってるみたいね。うーん、あとでシグにはなしておこうっと。
 でも、そのアインツベルンだったっけ? 黄金おうごん継承けいしょうしゃたちがそんな代用だいようひん使つかったということは、オリジナルの指輪ゆびわ多分たぶんうしなわれたのよ。ハーゲンおじさまのことだから、きっとなにとかしてくれたのね」

「そ、そんな……!」
「……『はい』だったらからなくもいんだけれど、そうするとそもそも『指輪ゆびわ』がないし――そのホムンクルスはどうなったの?」
「――んだわ。マスターとして」
「そう。それならやっぱりあくまでも『指輪ゆびわ』だったのね。んー、よくからないけど、まあいいか」

そうか――
 錬金術れんきんじゅつとしての、ラインの黄金おうごん。その技術ぎじゅつひとつである人造じんぞう生命せいめい……ホムンクルス。――辻褄つじつまう。
 ビフレスト――それはかくか、北欧ほくおう神話しんわにおける、ミッドガルド(人界じんかい)とアースガルド(かみかい)とをむすにじはし外界がいかいかみかい見立みたてるならば、きよしはい役割やくわりたしかに――

「――ブリュンヒルドさまは、わたした当時とうじにはシグがらなかった指輪ゆびわ本当ほんとうちからすでっていた。いち間違まちがえて誘惑ゆうわくくっすれば、あのほう無尽蔵むじんぞう魔力まりょくかみかいかえくことさえ容易たやすかったはず。それだけじゃなく、永劫えいごうくるしみをつづける自分じぶん創造そうぞうしたかみ々への復讐ふくしゅうさえも、げたかもしれない。
 そんな指輪ゆびわ守護しゅごを、すべてを了解りょうかいしたうえでかってたのよ。でも、シグはのち指輪ゆびわしんちからることになって……その破壊はかい方法ほうほうることとなった。だからしかるべき処置しょちをほどこすため、ブリュンヒルドさまから指輪ゆびわかえ機会きかいうかがっていたの。――裏切うらぎられた、とおもったでしょうね。シグが自分じぶん信頼しんらいしてくれていなかったとって。ましてや、その指輪ゆびわが――」

そう、昨日きのうのジークフリートの弁明べんめいでは、その指輪ゆびわはいつのまにかクリームヒルトのわたっていたという。その状況じょうきょうったブリュンヒルドが、おもじんであるジークフリートはかみぞくである自分じぶんよりも王族おうぞくとはいえ人間にんげん女性じょせいほう信頼しんらいしたとかんがえてしまっても不思議ふしぎはない。
 永遠えいえんうつくしさを気高けだかきブリュンヒルドには、えがたい屈辱くつじょく――

「でもね、ブリュンヒルドさまとクリームヒルトさまなかかったのよ?」
「え……え? そ、そうなの?」
「うん、とってもなかかった。ま、どこまで本気ほんきだったのかはからないけどね。クリームヒルトさま王族おうぞくなのにお料理りょうり上手じょうずでねー。ブリュンヒルドさまはよくめてたわね」

「な、なんか……いきなりぞくっぽくなったわね……。それで、肝心かんじん指輪ゆびわはどうしてクリームヒルトのところに?」

「――もうかるでしょ? あたしたちがそのことを話題わだいにしたことはいちいけど、多分たぶんシグもハーゲンおじさまも、あたしとおなじことをかんがえてるとおもう。
 ……さて、ここで問題もんだいです。指輪ゆびわがクリームヒルトさまわたったのはなぜでしょう?」

うと、もうこたえはかっている。
 多分たぶんこれが、二人ふたり高貴こうき女性じょせいいさかいの真相しんそう
 指輪ゆびわしんおそろしさをるものはジークフリートとブリュンヒルドだけで、ジークフリートはブリュンヒルドから指輪ゆびわぬすしてはいたが、クリームヒルトにわたしていない。

ジークフリートがうそっていないなら、かれぬすした指輪ゆびわさらぬすしたひとは、そのちからをなにもらなかった。タダの指輪ゆびわだったのにぬす理由りゆうがあり、しかもりゅうごろしの英雄えいゆうづかれずそんな大切たいせつものぬすせるような位置いちにいられた人間にんげんは――一人ひとりしかいない

「クリームヒルト自身じしんが、ジークフリートから指輪ゆびわぬすしたのね。ブリュンヒルドにたいする勝利しょうり決定的けっていてきなものにするために」

「――あんまりかんがえたくないけどね。それしかないわよ多分たぶん。だってだれにも指輪ゆびわをクリームヒルトさまのもとにとどける理由りゆうがないもの。指輪ゆびわちからっている人間にんげんだったなら、それを手放てばなすわけないし、らない人間にんげんにはそんなのただの黄金おうごん指輪ゆびわ危険きけんおかしてシグからぬすすなんてことをするはずがないし、そもそもできないわよ」

「あなたも、づかなかったの?」
「……うー……」
「あ、ごめん。めてるわけじゃないの。……でも、そっか。そんなうら舞台ぶたいがあったのね」

クリームヒルト―――一人ひとり英雄えいゆうあいし、そのために自分じぶんふくめたすべての人間にんげんわざわいをはこび、それでも最期さいごまでそのあいつらぬとおしたおんな。お姫様ひめさまそだちのりに気性きしょうはげしいひとだとは伝承でんしょうからでもれたけど、それが事実じじつなら相当そうとう行動こうどうりょくっていたのだろう。
 それにしても――

気性きしょうはげしいお姫様ひめさまにプライドたかもとせん乙女おとめかあ……なんというか、壮絶そうぜつなモテかたしてるわねあのおとこ。ちょっと同情どうじょうするわ」
 ちらりと、芝生しばふうえだいになって豪快ごうかいにいびきをかきながらているドラグーン(りゅうごろし)をやった。

「おかしいとおもうでしょ? なんでこんなのがモテるかなぁ……リカイフノウよ」
 ふん、とこしてて、ふんぞりかえりながらジークフリートを見下みおろすファフニールだった。
 おもわず苦笑くしょうする。

なにつよがってるんだか。そういうあなたこそどうなの?」
 からかいじりにそうってやった。
 するとファフは、きょとんとしたかおで、
「え? あたしは関係かんけいないよ。だってシグはあたしであたしはシグなんだから」
 ……そう、った。

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