1947年 ねん 7月 がつ に発表 はっぴょう されたこの車 くるま は、それ以前 いぜん のモデルとの類似 るいじ 点 てん は何 なに もない全 まった く新規 しんき のモデルであり、スタンダードにとって第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 後 こう 初 はつ の新型 しんがた 車 しゃ であった。また、グリフィン の翼 つばさ を図案 ずあん 化 か した新 あたら しいスタンダードのバッジ を初 はじ めて着 つ けた車 くるま でもあった[1] 。
第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん が始 はじ まると、英国 えいこく と英語 えいご 圏 けん の輸出 ゆしゅつ 市場 いちば にいた潜在 せんざい 顧客 こきゃく となる人々 ひとびと の多 おお くは、数 すう 年間 ねんかん の軍務 ぐんむ や戦時 せんじ 海事 かいじ の役務 えきむ に従事 じゅうじ した。従 したが って英 えい 海軍 かいぐん に関係 かんけい した車 くるま の名称 めいしょう は、ことに第 だい 二 に 次 じ 大戦 たいせん 経験 けいけん 者 しゃ たちにとっては大 おお きな意味合 いみあ いをもっていた。
大戦 たいせん 終了 しゅうりょう 後 ご ほどない時期 じき のスタンダードによる「ヴァンガード」の車 くるま 名 めい 採用 さいよう は、1944年 ねん に数 すう 多 おお くのメディア が注目 ちゅうもく する中 なか で就役 しゅうえき した英 えい 海軍 かいぐん 最後 さいご の戦艦 せんかん であるHMS ヴァンガード を容易 ようい に思 おも い起 お こさせるものであった。この名称 めいしょう の使用 しよう 許可 きょか を取 と り付 つ けるため、スタンダードは英 えい 海軍 かいぐん の上級 じょうきゅう 幹部 かんぶ に対 たい し広範囲 こうはんい な交渉 こうしょう を行 おこ なった。
この車 くるま のスタイリングは、傾斜 けいしゃ した「ビートル・バック」(beetle-back )を持 も つ1940年 ねん 前後 ぜんこう のアメリカ車 しゃ ・プリムス を思 おも い起 お こさせるものであった。
ソビエト連邦 れんぽう のメディアは最初 さいしょ の「ヴァンガード」のスタイリングが部分 ぶぶん 的 てき に1943年 ねん から開発 かいはつ され1946年 ねん に生産 せいさん に入 はい ったソ連 それん のGAZ-M20 ポピェーダ (GAZ-M20 Pobeda )の影響 えいきょう を受 う けていると主張 しゅちょう した。1952年 ねん に『ザ・モーター』誌 し (The Motor magazine )は、実際 じっさい はポベーダがヴァンガードの前年 ぜんねん に発表 はっぴょう されていたことを無視 むし してソ連 それん のポベーダが「外観 がいかん のある部分 ぶぶん はスタンダード・ヴァンガードを思 おも い起 お こさせる特徴 とくちょう を示 しめ している。」と記 しる した[2] 。ポベーダとヴァンガード1はクラスやスタイリングでは相似 そうじ 性 せい が強 つよ いが、セミ・モノコック構造 こうぞう 採用 さいよう にまで踏 ふ み込 こ んでいた点 てん ではポベーダの方 ほう が一 いち 歩 ほ 先 さき んじていた。
同型 どうけい のウェットライナー 型 かた 直列 ちょくれつ 4気筒 きとう エンジン(wet liner engine )は、1基 き のソレックス 製 せい キャブレター を備 そな えるボアφ ふぁい 85 mm×ストローク92 mmを持 も つOHV エンジンで、1960年 ねん に直列 ちょくれつ 6気筒 きとう エンジンが登場 とうじょう するまで全 ぜん モデルに渡 わた り使用 しよう された。初期 しょき エンジンの6.7:1の圧縮 あっしゅく 比 ひ は、フェーズ3では7.0:1、スポーツマンでは8.0:1に上 あ げられた。ウェット型 がた シリンダーライナーを使用 しよう したこのエンジンは、スタンダードが傍系 ぼうけい のファーガソン・トラクター(Ferguson )向 む けに大量 たいりょう に生産 せいさん したエンジンとよく似 に ていた。
トランスミッション は当初 とうしょ 前進 ぜんしん ギアには全 すべ てシンクロメッシュ機構 きこう が付 つ いた3速 そく であった。
スカンジナビア ではスタンダードはスタンダード・テン(Standard Ten ) サルーン をヴァンガード ジュニアとして販売 はんばい した。
この車 くるま は従来 じゅうらい 型 がた のシャーシにプリムス 等 ひとし を思 おも い起 お こさせる米国 べいこく 車 しゃ に影響 えいきょう を受 う けた半 はん 流線型 りゅうせんけい (厳密 げんみつ にはファストバック 型 かた )の4ドア・ボディを載 の せていた。サスペンション は前輪 ぜんりん がコイルバネを使用 しよう した独立 どくりつ 懸架 けんか 、後 こう 輪 わ がリーフスプリング で吊 つ ったリジッドアクスル で、前後 ぜんご 輪 わ 共 ども にスタビライザー を備 そな えていた。ブレーキは全 ぜん 輪 わ 油圧 ゆあつ 式 しき の9 in (228 mm) ドラムブレーキ であった。車内 しゃない 空間 くうかん を稼 かせ ぎ出 だ すためにコラムシフト を採用 さいよう したが、これも先行 せんこう したアメリカ車 しゃ に倣 なら った流儀 りゅうぎ である。
戦後 せんご の英国 えいこく における外貨 がいか 獲得 かくとく のための「輸出 ゆしゅつ か死 し か」とまで言 い われた輸出 ゆしゅつ 優先 ゆうせん 政策 せいさく に則 のっと り、実質 じっしつ 最初 さいしょ の2年間 ねんかん の全 ぜん 生産 せいさん が輸出 ゆしゅつ に回 まわ された。イギリス本国 ほんごく 市場 いちば での販売 はんばい 開始 かいし はようやく1950年 ねん になってから始 はじ まった。ヴァンガードは意図 いと して輸出 ゆしゅつ を重視 じゅうし しており、特 とく にオーストラリア 市場 いちば に焦点 しょうてん を当 あ てていた。戦後 せんご すぐの頃 ころ は車 くるま の供給 きょうきゅう が不足 ふそく しており、「売 う り手 て 市場 いちば 」の状況 じょうきょう を生 う み出 だ していたため、ヴァンガードの入手 にゅうしゅ 難 なん は消費 しょうひ 者 しゃ の購入 こうにゅう 意欲 いよく を助長 じょちょう した。
1950年 ねん にエステート が追加 ついか され、ベルギー 向 む けのみであったがコーチビルダー のインペリア(Impéria )でコンバーチブル も造 つく られた。既存 きそん トランスミッションに追加 ついか するレイコック・ド・ノーマンビル製 せい オーバードライブ(Laycock-de-Normanville overdrive )は1951年 ねん から選 えら べるようになった。
ヴァンガードを輸入 ゆにゅう していたスイス の代理 だいり 店 てん はAMAGという精力 せいりょく 的 てき な会社 かいしゃ で、スイス市場 いちば 向 む けにヴァンガード フェーズ1の現地 げんち 組 く み立 た てを行 おこ なった。同社 どうしゃ は後 のち にスイスでのフォルクスワーゲン の独占 どくせん 販売 はんばい 権 けん を獲得 かくとく している[4] 。
1952年 ねん には部分 ぶぶん 的 てき マイナーチェンジを受 う けた。ボンネットが低 ひく められ、後部 こうぶ 窓 まど が拡大 かくだい され、オリジナルよりも細 こま かな縦桟 たてざん に幅広 はばひろ のクローム製 せい バーを配 はい した新 あたら しいグリル を備 そな えた[4] 。
1949年 ねん に英国 えいこく の『ザ・モーター』誌 し がヴァンガードをテストし、最高 さいこう 速度 そくど 78.7 mph(126.7 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に21.5秒 びょう 、22.9 ml /英 えい ガロン (12.3 L/100 km;19.1 mpg-US)の燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した。テスト車 しゃ は、税込 ぜいこ みで£ 671であった[3] 。
1953年 ねん 3月のジュネーヴ・モーターショー [5] ではスリーボックス型 がた ノッチバック のデザインを取 と り入 い れた広範囲 こうはんい なスタイリングの変更 へんこう が行 おこな われたヴァンガード フェーズ2が披露 ひろう された。内容 ないよう 的 てき にはビッグマイナーチェンジと言 い うべきもので、ノッチバックが乗用車 じょうようしゃ スタイルの主 しゅ たる趨勢 すうせい となった時流 じりゅう を反映 はんえい していた。
トランク の容量 ようりょう はフェーズ1と比 くら べ50 %拡大 かくだい され、更 さら に大 おお きくされた後部 こうぶ 窓 まど により視認 しにん 性 せい も改善 かいぜん されていた[4] 。機械 きかい 機構 きこう の変更 へんこう はほとんどなかったがクラッチ 操作 そうさ がケーブル式 しき から油圧 ゆあつ 式 しき になり、エンジン圧縮 あっしゅく 比 ひ が7.2:1へと高 たか められていた。前 ぜん モデルで装着 そうちゃく されていたスタビライザーは既 すで に使用 しよう されておらず、接地 せっち 性能 せいのう の向上 こうじょう のため6.00x16の幅広 はばひろ タイヤが装着 そうちゃく されていた。
オプションのオーバードライブ無 な しのこの車 くるま を『ザ・モーター』誌 し がテストし、最高 さいこう 速度 そくど 80 mph(130 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に19.9秒 びょう 、23.5 ml/英 えい ガロンの燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した[5] 。
1954年 ねん 2月 がつ にスタンダードはメーカーオプションとしてディーゼルエンジン を提供 ていきょう した英国 えいこく で最初 さいしょ の自動車 じどうしゃ 製造 せいぞう 会社 かいしゃ となった[6] 。シャーシは重 おも くなったエンジンに対処 たいしょ して強化 きょうか されており、最高 さいこう 速度 そくど は65 mph(105 km/h) に低下 ていか していた。ガソリンエンジンと同様 どうよう にこのディーゼルエンジンはファーガソン(Ferguson )のトラクター 向 む けに開発 かいはつ されたスタンダード自製 じせい の「20C」エンジンであった。トラクターに搭載 とうさい されたエンジンはその用途 ようと 上 じょう 、回転 かいてん 数 すう 2,200 rpm、出力 しゅつりょく 25 hp(19 kW)にガバナーで低速 ていそく 制限 せいげん されていたが、ヴァンガードに搭載 とうさい された自動車 じどうしゃ 用 よう は制限 せいげん が解除 かいじょ され、60 hp(45 kW)/3,800 rpmの出力 しゅつりょく を発生 はっせい して、ガソリンエンジンモデルには及 およ ばないが一応 いちおう の動力 どうりょく 性能 せいのう を確保 かくほ していた。しかしながら、このエンジンは冷 ひや 間 あいだ 始動 しどう 時 とき に手動 しゅどう で操作 そうさ しなければならないトラクターの「Ki-ガス」(Ki-Gass )、デコンプ やオーバー・フュエリング方式 ほうしき といったものを引 ひ き継 つ いでおり、経済 けいざい 性 せい はともかく、実用 じつよう 上 じょう の取 と り扱 あつか いは面倒 めんどう なものであった。1,973台 だい のディーゼル版 ばん のヴァンガードが生産 せいさん された。
1954年 ねん に『ザ・モーター』誌 し はディーゼルエンジン版 ばん をテストし、最高 さいこう 速度 そくど 66.2 mph(106.5 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に31.6秒 びょう 、37.5 ml/英 えい ガロン(7.35 L/100 km;31.2 mpg-US)の燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した。テスト車 しゃ は、税込 ぜいこ みで£1,099であった[7] 。
スタンダード・ヴァンガード
1958年 ねん ヴァンガード
概要 がいよう 製造 せいぞう 国 こく
イギリス 販売 はんばい 期間 きかん
1955年 ねん - 1958年 ねん 生産 せいさん 台数 だいすう :37,194台 だい (フェーズ3)、901台 だい (スポーツマン)、18,852台 だい (エンサイン)、2,318台 だい (エンサイン・デラックス)[6] ボディ ボディタイプ
4ドア・サルーン 、4ドア・エステート 、2ドア・ユーティリティ (オーストラリア) 駆動 くどう 方式 ほうしき
FR パワートレイン エンジン
2,088 cc 直列 ちょくれつ 4気筒 きとう (フェーズ3) 1,670ccと2,138cc(エンサイン) 変速 へんそく 機 き
4速 そく MT (オーバードライブがオプション)オートマチックトランスミッション (1957年 ねん から) 車両 しゃりょう 寸法 すんぽう ホイールベース
102.5 in(2,604 mm)[8] 全長 ぜんちょう
172 in(4,369 mm)[8] 全幅 ぜんぷく
67.5 in(1,715 mm)[8] 全 ぜん 高 こう
61.5 in(1,562 mm)[8] テンプレートを表示 ひょうじ
フェーズ3は、ヴァンガード・シリーズの後期 こうき 形 がた にあたり、独立 どくりつ 式 しき シャーシの廃止 はいし といった大 だい 規模 きぼ な変更 へんこう を施 ほどこ されて、フル・モデルチェンジを達成 たっせい している。なお1956年 ねん までは旧 きゅう モデルのフェーズ2のエステート版 ばん が並行 へいこう して販売 はんばい されていた。
エンジンは旧型 きゅうがた の強化 きょうか 版 ばん で、1基 き のソレックス 製 せい ダウンドラフト式 しき キャブレター を備 そな えた2,088 cc、68 hp(51 kW;69 PS) を発揮 はっき した。コイルバネを使用 しよう した独立 どくりつ 懸架 けんか の前輪 ぜんりん のサスペンションは丈夫 じょうぶ なサブフレームにボルトで締結 ていけつ され、サブフレームはボール循環 じゅんかん 式 しき (recirculating ball )のステアリング機構 きこう も抱 かか えていた。後 こう 輪 わ のアクスルは引 ひ き続 つづ き半 はん 楕円 だえん の板 いた バネで吊 つ った固定 こてい 軸 じく である。
前後 ぜんご 輪 わ にはロッキード 製 せい 9 in(229 mm)ドラムブレーキを備 そな えていた。4速 そく マニュアルトランスミッション (MT)はコラムチェンジ式 しき で、ダッシュボード上 じょう のスイッチで作動 さどう するオーバードライブがオプションで選択 せんたく できた。
低 ひく くなったボディはガラス面積 めんせき が拡大 かくだい されかなり現代 げんだい 的 てき な姿 すがた となり、古 ふる い平面 へいめん ガラス2枚 まい 仕立 した ての前面 ぜんめん ガラスは1枚 まい の曲面 きょくめん ガラスに変更 へんこう された。ホイールベース は8 in(203 mm)延長 えんちょう され室内 しつない の居住 きょじゅう 性 せい が向上 こうじょう しており、ヒーター が標準 ひょうじゅん 装備 そうび となった。前後 ぜんご 席 せき ともにベンチシート を備 そな え、後 こう 席 せき には中央 ちゅうおう に折 お り畳 たた み式 しき の肘掛 ひじかけ が付 つ き、表皮 ひょうひ はビニール製 せい でオプションで革 かわ 張 は りも選択 せんたく できた。
この車 くるま は以前 いぜん のモデルよりも軽量 けいりょう であり、実質 じっしつ 的 てき に性能 せいのう を落 お とすことなくより良 よ い経済 けいざい 性 せい を発揮 はっき できるように変速 へんそく ギア比 ひ が変更 へんこう されていた。
1956年 ねん に『ザ・モーター』誌 し がオーバードライブ付 づけ モデルをテストし、最高 さいこう 速度 そくど 83.7 mph(134.7 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に 21.7秒 びょう 、25.9 ml/英 えい ガロン(10.9 L/100 km;21.6 mpg-US)の燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した。テスト車 しゃ は、税込 ぜいこ みで£998であった[8]
トライアンフ・レナウン(Triumph Renown )というバッジを付 つ ける予定 よてい の車 くるま が発表 はっぴょう されるまでの短 みじか い間 あいだ にトライアンフ・TR3 に搭載 とうさい された90 hp(67 kW;91 PS)にチューンされたエンジンを積 つ んだ高性能 こうせいのう モデルの「ヴァンガード スポーツマン」が1956年 ねん 8月 がつ に発表 はっぴょう された。このエンジンは圧縮 あっしゅく 比 ひ が8.0:1に高 たか められ、連装 れんそう SU 製 せい キャブレターと改良 かいりょう 型 がた ピストンを備 そな えていた。加速 かそく 性能 せいのう を向上 こうじょう させるために最終 さいしゅう 減速 げんそく 比 ひ が4.55:1に低 ひく められ、大 だい 径 みち の10 in(254 mm)ドラムブレーキを装備 そうび していた。標準 ひょうじゅん 仕様 しよう ではベンチシートであったが、オプションで分割 ぶんかつ 型 がた シートも選択 せんたく できた。
1958年 ねん までに僅 わず か901台 だい のスポーツマンしか生産 せいさん されなかった[6] 。
『ザ・モーター』誌 し が1956年 ねん にオーバードライブ付 づけ のスポーツマンをテストしたところ、最高 さいこう 速度 そくど 90.7 mph(146.0 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に19.2秒 びょう 、25.6 ml/英 えい ガロン(11.0 L/100 km;21.3 mpg-US)の燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した。テスト車 しゃ は税込 ぜいこ みで£1,231であった[9] 。
ヴァンガード フェーズ3とボディを共有 きょうゆう するが様々 さまざま な面 めん でコスト削減 さくげん が図 はか られていた1956年 ねん 導入 どうにゅう のスタンダード・エンサイン。この車 くるま は英 えい 空軍 くうぐん のスタッフカーとして当時 とうじ 一般 いっぱん 的 てき な車種 しゃしゅ であった。
ヴァンガードの派生 はせい 型 がた として1,670 ccエンジンを搭載 とうさい したベースモデルの「エンサイン」は、1957年 ねん に発表 はっぴょう された。ヴァンガードがジョヴァンニ・ミケロッティ の手 て によるスタイルチェンジを受 う けて以降 いこう も、エンサインは基本 きほん 的 てき にはヴァンガードのボディシェルを使用 しよう し続 つづ けた。多 おお くが英 えい 空軍 くうぐん により購入 こうにゅう され、合計 ごうけい 18,852台 だい が生産 せいさん された。1962年 ねん にはデラックス・モデルが導入 どうにゅう され、1963年 ねん には排気 はいき 量 りょう の大 おお きい2,138 ccエンジンが搭載 とうさい された。
1,670 ccエンジンを搭載 とうさい したモデルを1956年 ねん に『ザ・モーター』誌 し がテストし、最高 さいこう 速度 そくど 77.6 mph(124.9 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に24.4秒 びょう 、28.5 ml/英 えい ガロン(9.91 L/100 km;23.7 mpg-US)の燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した。テスト車 しゃ は、£300の税込 ぜいこ みで£899であった[10] 。
1960年 ねん 1月 がつ にピーターバラ(Peterborough )にあるエンジン専業 せんぎょう メーカーのパーキンス(Perkins )が製造 せいぞう するコンパクトな1,400 cc直列 ちょくれつ 4気筒 きとう ディーゼルエンジンの「P4C」を搭載 とうさい したスタンダード・エンサインが発表 はっぴょう された[11] 。出力 しゅつりょく 43hpのこのエンジンは「約 やく 50mpg」という燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を誇 ほこ り[11] 、この大 おお きさの車 くるま としては比較的 ひかくてき 控 ひか えめな最高 さいこう 速度 そくど と加速 かそく 性能 せいのう を有 ゆう していた。
1958年 ねん にフェーズ3はミケロッティとコーチビルダー のヴィニャーレ により、当時 とうじ トレンドであったイタリアン・スタイルへのフェイスリフト ・部分 ぶぶん 的 てき リデザインが施 ほどこ された。全面 ぜんめん と後 こう 面 めん の窓 まど は深 ふか くされ、側面 そくめん の窓 まど にはステンレス 鋼 はがね 製 せい の枠 わく が取 と り付 つ けられ、前部 ぜんぶ のグリルとテールライト も新 あたら しくされた。
標準 ひょうじゅん の3速 そく コラムシフトに対 たい しコラムシフトの4速 そく MTとそのフロアシフトはオプションとなり、どちらのオプションでもオーバードライブが追加 ついか できた。
前後 ぜんご 席 せき のベンチシートは標準 ひょうじゅん でビニール張 は り、オプションでは本国 ほんごく 市場 いちば は革 かわ 張 ば りで輸出 ゆしゅつ 市場 いちば で布 ぬの 張 ば りであった。ヒーターと当時 とうじ としては珍 めずら しかった電動 でんどう 式 しき ウィンドウウォッシャーは工場 こうじょう 装着 そうちゃく 品 ひん であったが、ラジオはオプションのままであった。
『ザ・モーター』誌 し が1959年 ねん にオーバードライブ付 づけ のヴィニャーレをテストしたところ、最高 さいこう 速度 そくど 82.8 mph(133.3 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に20.8秒 びょう 、28.0 ml/英 えい ガロン(10.1 L/100 km;23.3 mpg-US)の燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した。テスト車 しゃ は、£383の税込 ぜいこ みで£1,147であった[12] 。
1960年 ねん 末 まつ に1,998 cc OHV 直列 ちょくれつ 6気筒 きとう エンジンを搭載 とうさい した最後 さいご のヴァンガードが導入 どうにゅう された。後 のち にトライアンフ・2000 にも引 ひ き続 つづ き搭載 とうさい されたこのエンジンは、圧縮 あっしゅく 比 ひ 8.0:1で連装 れんそう ソレックス 製 せい キャブレターを備 そな え、80 hp(60 kW)/4,500 rpmの出力 しゅつりょく を発生 はっせい した[13] 。ヴィニャーレとの外観 がいかん 上 じょう の差異 さい はバッジのみであったが、内装 ないそう は改良 かいりょう されていた。
1960年 ねん の『ザ・モーター』誌 し のヴァンガード シックスのテストでは、最高 さいこう 速度 そくど 87.2 mph(140.3 km/h)と0 - 60 mph(0 - 97 km/h)加速 かそく に17.0秒 びょう 、24.9 ml/英 えい ガロン(11.3 L/100 km;20.7 mpg-US)の燃料 ねんりょう 消費 しょうひ 率 りつ を記録 きろく した。テスト車 しゃ は、£301の税込 ぜいこ みで£1,021であった[13] 。
エンサインとヴァンガードの両 りょう モデルは、共 とも に1963年 ねん にトライアンフ・2000により代替 だいたい され、スタンダードの名称 めいしょう は60年間 ねんかん に渡 わた る活動 かつどう の後 のち に英国 えいこく 市場 いちば から消 き えることとなった。
フェーズ1 ヴァンガード ユーティリティ
1950年 ねん にスタンダード・モーター・カンパニーのオーストラリア現地 げんち 法人 ほうじん は、ヴァンガード フェーズ1のクーペ・ユーティリティ(Coupé utility )版 ばん を導入 どうにゅう した。この車 くるま はサルーン版 ばん と同 おな じ2,088ccの4気筒 きとう エンジンを搭載 とうさい していた[14] 。フェーズ2、フェーズ3、ヴァンガード シックスのユーティリティ版 ばん もオーストラリアで生産 せいさん され[15] 、生産 せいさん は1964年 ねん に終了 しゅうりょう した[16] 。
ディンキー(Dinky Toys )がフェーズ1のミニカー を作 つく っていた。
コーギー(Corgi Toys )には、1957年 ねん から1961年 ねん までNo 207としてフェーズ3のサルーンがあり[17] 、1958年 ねん から1962年 ねん までNo 352としてフェーズ3のサルーンの英 えい 空軍 くうぐん スタッフカー版 ばん があった[18] 。
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