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ATP合成酵素 - Wikipedia

ATP合成ごうせい酵素こうそ(ATPごうせいこうそ)とは、呼吸こきゅうくさりふく合体がったいによって形成けいせいされたプロトン濃度のうど勾配こうばいまく電位でんいからなるプロトン駆動くどうりょくもちいて、ADPリンさんからアデノシンさんリンさん (ATP) の合成ごうせいおこな酵素こうそである。別名べつめいATPシンターゼ呼吸こきゅうくさりふく合体がったいVふく合体がったいVなど。 なお、シンテターゼはATPなどのこうエネルギー化合かごうぶつ分解ぶんかい共役きょうやくする反応はんのう触媒しょくばいする酵素こうそすが、ATP合成ごうせいのエネルギー化合かごうぶつもちいることはないので、「ATPシンテターゼ」という呼称こしょうただしくない。

ATPアーゼにおける位置いちづけ 編集へんしゅう

一部いちぶ酵素こうそせい反応はんのうぎゃく反応はんのう両方りょうほう触媒しょくばいできるように、ATP合成ごうせい酵素こうそ普通ふつうATPアーゼ活性かっせいわせている[1]

ATPアーゼのうちイオン輸送ゆそうせいATPアーゼの一群いちぐんがATP合成ごうせい酵素こうそふくんでいる。イオン輸送ゆそうせいATPアーゼは以下いかのように分類ぶんるいされる。

  • FがたATPアーゼ – ほとんどの生物せいぶつがATP合成ごうせいもちいている
  • PがたATPアーゼ – イオン能動のうどう輸送ゆそうもちいられる、ATP消費しょうひがた
  • VがたATPアーゼ – えき (vacuole) に存在そんざいする、能動のうどう輸送ゆそうもちいられる
  • AがたATPアーゼ – 細菌さいきんもちいるATP合成ごうせい酵素こうそ

すべてのイオン輸送ゆそうせいATPアーゼは電気でんき化学かがくてきポテンシャルをもちいてATPを合成ごうせいできる。ただし、以上いじょうのイオン輸送ゆそうせいATPアーゼのなかで、生物せいぶつがATPの合成ごうせい普段ふだんもちいているのはFがたおよびAがたである。

FがたATPアーゼはほぼぜん生物せいぶつ所持しょじするATP合成ごうせい酵素こうそ代表だいひょうてきなものであり、αあるふぁプロテオバクテリアのATPアーゼがその起源きげんといわれている。AがたATPアーゼは細菌さいきん特有とくゆうなATP合成ごうせい酵素こうそであり、そのかく細胞さいぼうなかでVがたATPアーゼに変化へんかしたとわれている。AがたATPアーゼはそのためVがたATPアーゼに分類ぶんるいされることもおおい。

ATP合成ごうせい酵素こうそ所在しょざい 編集へんしゅう

ATP合成ごうせい酵素こうそかく生物せいぶつミトコンドリアうちまく原核げんかく生物せいぶつ細胞さいぼうまくにそれぞれ位置いちしている。呼吸こきゅうくさりふく合体がったい近傍きんぼう位置いちしているとかんがえられている。電子でんし顕微鏡けんびきょうもちいると生体せいたいまく内側うちがわ細胞さいぼう内側うちがわ)にキノコじょう構造こうぞうたい確認かくにんできるが、この構造こうぞうたいがATP合成ごうせい酵素こうそである。

ATP合成ごうせい酵素こうそ構造こうぞう 編集へんしゅう

 
PDB ID: 1c17,1e79 PDBのデータをもとにし、Molecule of the Monthモードで描写びょうしゃ。F0モーターおよびF1モーターを表示ひょうじ

現在げんざい、その構造こうぞうくわかっているのはFがたATPアーゼのみである。FがたATPアーゼは Fo (エフオー)と F1 (エフワン)の2つの部位ぶいからなる。それぞれの部位ぶいのサブユニットめいおよびそのかず以下いかとおりである(原核げんかく生物せいぶつがた)。

  • F1部位ぶいαあるふぁ(3)、βべーた(3)、γがんま1個いっこ)、δでるた1個いっこ)、εいぷしろん1個いっこ
  • Fo部位ぶい – a(1個いっこ)、b(2)、c(9–12、cサブユニットのかず不定ふてい

かく生物せいぶつのFがたATPアーゼはF1部位ぶいのサブユニット種類しゅるいすうおなじだが、Fo 部位ぶい最大さいだいで8種類しゅるい存在そんざいするといわれている。

F1 部位ぶいεいぷしろんサブユニットを基部きぶとしてγがんまサブユニットがみきじょう結合けつごうし、その周囲しゅういαあるふぁおよびβべーたサブユニットがかこうように交互こうご配置はいちされている(γがんまサブユニットをみきとすればαあるふぁβべーた部分ぶぶん)。δでるたサブユニットはαあるふぁβべーたサブユニットの頂点ちょうてん位置いちしており、F1部位ぶい安定あんてい寄与きよしているとおもわれる。F1部位ぶい活性かっせいたもったまま界面かいめん活性かっせいざい溶化することが可能かのうであり、実験じっけんおこないやすい。F1部位ぶい立体りったい構造こうぞう1994ねんにWalkerらによって決定けっていされており、その反応はんのう機構きこうあきらかになっている。

Fo 部位ぶいまく貫通かんつうがたであり、cサブユニットがリングじょう配置はいちされ、aサブユニットがそのよこ結合けつごうして、bサブユニットの基部きぶとなっている。bサブユニットは F1 部位ぶいδでるたサブユニットと結合けつごうし F1 部位ぶい安定あんてい寄与きよしているとかんがえられている。Fo 部位ぶいまく貫通かんつうがたであるために活性かっせいがたられにくく、してももと正常せいじょうたもてないことがおおい。いまだ立体りったい構造こうぞうおよびサブユニット構成こうせい不定ふていである。

ATP合成ごうせい酵素こうそ反応はんのう 編集へんしゅう

F1 部位ぶいはATPの反応はんのう寄与きよしており、それは以下いかしきあらわされる。

ATP   ADP+Pi(リンさん

F1 部位ぶいではATPの合成ごうせいおよび消費しょうひ両方向りょうほうこう触媒しょくばいすることが可能かのうである。

一方いっぽう、Fo部位ぶいプロトン透過とうかさせる機能きのうがあり、以下いかしきあらわされる。

 

プロトン電気でんき化学かがくてきポテンシャルをもちいたATP合成ごうせい反応はんのう以下いか収支しゅうししきあらわされる。

 

プロトンが3分子ぶんし通過つうかするごとに、1分子ぶんしのATPの合成ごうせいおこなわれる。この反応はんのうぎゃく反応はんのう可能かのうであり、ATPの分解ぶんかいエネルギー(アデノシンさんリンさんこう参照さんしょう)をもちいて、H+まくがい能動のうどう輸送ゆそうすることも可能かのうである。

回転かいてん触媒しょくばいせつ 編集へんしゅう

ATP合成ごうせい酵素こうそがATPの合成ごうせい生物せいぶつ体内たいないおこなっていることはふるくからられていたが、その反応はんのうもと過程かてい分子生物学ぶんしせいぶつがくなど生物せいぶつがくてき発展はってん目覚めざましいごく最近さいきんあきらかになりつつある。ATP合成ごうせい酵素こうそ反応はんのうもと過程かてい革新かくしんてきせつとして、ポール・ボイヤー吉田よしだけんみぎによる「回転かいてん触媒しょくばい仮説かせつ」があげられる。

これはATP合成ごうせい酵素こうそ位相いそうをずらしながらATPの合成ごうせいおこなっているのではないかとするせつであり、当初とうしょボイヤーの提案ていあんしたせつは「運動うんどう」であった。しかしながら吉田よしだによってβべーたサブユニットがATP合成ごうせい酵素こうそに3ふくまれることが証明しょうめいされると、運動うんどうではなく「回転かいてんしている」とうイメージがつよまった。

1994ねんジョン・ウォーカーらによってウシATP合成ごうせい酵素こうそ F1 部位ぶい立体りったい構造こうぞう決定けっていされると回転かいてん触媒しょくばい仮説かせつ支持しじする結果けっかられた。F1部位ぶいの3つのβべーたサブユニットにそれぞれATP、ADP、カラの状態じょうたい、が交互こうごになっていることが判明はんめいした。これは回転かいてん触媒しょくばいせつ十分じゅうぶん支持しじする結果けっかではあったが、現実げんじつ回転かいてん直視ちょくしする結果けっかとはいえなかった。

1997ねんネイチャー (vol. 386, pp. 299–302) に野地のち吉田よしだらの研究けんきゅうによる "Direct observation of the rotation of F1-ATPase" というだい論文ろんぶん掲載けいさいされた。これはATP合成ごうせい酵素こうその F1 部位ぶい回転かいてん実際じっさい観察かんさつしたという画期的かっきてき実験じっけんほうべた論文ろんぶんであり、この論文ろんぶんつうじて「ATP合成ごうせい酵素こうそ回転かいてんしている」というボイヤーのせつ現実げんじつのものとなった。この観察かんさついち分子ぶんし細胞さいぼう生物せいぶつがく基礎きそとなりうる歴史れきしてきなものであった。同年どうねん、ボイヤー、ウォーカー、スコウ(イオン輸送ゆそうATPアーゼの発見はっけん)が、ATP合成ごうせい酵素こうそ研究けんきゅう寄与きよしたとしてノーベル化学かがくしょう受賞じゅしょうした。

ATP合成ごうせい酵素こうそいち分子ぶんし観測かんそく[2] 編集へんしゅう

回転かいてん触媒しょくばいせつ実証じっしょうしたこの実験じっけんは、アイディアにんだ面白おもしろ実験じっけんである。以下いかにプロセスをしめす。

  1. ヒスチジンタグをけた F1 部位ぶい作成さくせいする。
  2. ヒスチジンタグを特異とくいてき吸着きゅうちゃくするガラス表面ひょうめんに タグきのF1 部位ぶい固定こていする。
  3. F1 部位ぶいγがんまサブユニットに蛍光けいこう標識ひょうしきしたアクチンフィラメントをストレプトアビジンをもちいて接着せっちゃくする。
  4. 溶媒ようばいちゅうにATPを添加てんかする。
  5. 蛍光けいこう顕微鏡けんびきょうでガラスの表面ひょうめん観察かんさつする。
  6. アクチンフィラメントの回転かいてんがATPの加水かすい分解ぶんかいによってこされる現象げんしょう観察かんさつできる。

少々しょうしょう乱暴らんぼうながらも比喩ひゆてき説明せつめいすると、回転かいてんしているとおもわれる部分ぶぶんに、回転かいてん方向ほうこう水平すいへい方向ほうこう顕微鏡けんびきょう動画どうが観測かんそくできるおおきさの細長ほそなが付箋ふせんけて、その付箋ふせん回転かいてんしているかどうかを観測かんそくしたのである。この方法ほうほうもちいると回転かいてんのみならず、アクチンのながさを変化へんかさせることによって発生はっせいトルクも測定そくていすることができる。この方法ほうほう測定そくていしたATP合成ごうせい酵素こうそは、生体せいたいない毎秒まいびょう100かいころがしていることがわかった。またエネルギー変換へんかん効率こうりつは 100% ちかく、これほど効率こうりつたかいATP利用りようけい生物せいぶつ体内たいないですらこのほかつかっていない(たとえばミオシンは 20%、ダイニンは 50% 程度ていど)。

ATP合成ごうせいステップのモデル 編集へんしゅう

ATP合成ごうせい過程かていは、以下いかのようなモデルが提唱ていしょうされている。

  1. カラがたβべーたサブユニットは「ひらいた」構造こうぞうをとっている。
  2. 1個いっこのプロトンが Fo 部位ぶい通過つうかする (out→in)。
  3. Fo 部位ぶい細胞さいぼう内側うちがわからて 120° ひだり回転かいてんおこなう。
  4. それにともない、Fo 部位ぶい結合けつごうした F1 部位ぶいも 120° のひだり回転かいてんおこなう。
  5. そのときADPがβべーたサブユニットにはいることにより「じた」構造こうぞう変化へんかする。
  6. 2のプロトンが Fo 部位ぶい通過つうかし、さらにひだり120° 回転かいてんする。
  7. 回転かいてんした F1 部位ぶいにてβべーたサブユニットにはいったADPにリン酸化さんか反応はんのうきる。
  8. 3のプロトンが Fo 部位ぶい通過つうかし、さらにひだり120° 回転かいてんする。
  9. βべーたサブユニットは「ひらいた」構造こうぞうをとり、ATPを放出ほうしゅつしてカラがたもどる。1. にもどる。

このように、3のプロトンが Fo 部位ぶいを out→in 通過つうかするごとに、F1 部位ぶいがADPのリン酸化さんかおこなう。現時点げんじてんでは F1 部位ぶい回転かいてん直視ちょくしされており確実かくじつせいはあるが、Fo 部位ぶい回転かいてんはいまだ確認かくにんされていない。しかしながらcサブユニットの立体りったい構造こうぞうから回転子かいてんしであることが提案ていあんされており、おそらく回転かいてんしているとかんがえられている。また、ぎゃく反応はんのうについては、F1 部位ぶいみぎ回転かいてん細胞さいぼう内側うちがわからて)が Fo 部位ぶいつたわり、ATP合成ごうせい酵素こうそ全体ぜんたいみぎ回転かいてんする仕組しくみとなっているとかんがえられている。

120° の回転かいてんおこなうことはいち分子ぶんし観測かんそく実験じっけんでも確認かくにんされており、てい濃度のうど (20 nmol/L) のATP存在そんざいではアクチンフィラメントが 120° ごとに回転かいてんしている様子ようす観察かんさつされている。また、ADPがつっかえてATP合成ごうせい酵素こうそうごかなくなったり、ATP合成ごうせい酵素こうそが「間違まちがえてぎゃく回転かいてんする」現象げんしょう観察かんさつされている。

今後こんご課題かだい 編集へんしゅう

ATP合成ごうせい酵素こうそへの理解りかいきわめてすすんだとされているが、いくつかのてんあきらかになっていない。Fo 部位ぶい構造こうぞう解析かいせき反応はんのうもと過程かてい現時点げんじてんでの課題かだいともいえる。

また、こうした構造こうぞう生物せいぶつがくてき疑問ぎもんとはことなり、「なぜATP合成ごうせい使用しようされるATPアーゼのみが回転かいてんをしているのか」と疑問ぎもんのこっている。上記じょうき生体せいたいないでATP合成ごうせいもちいられるのはFがたおよびAがたであるが、Fがたについては回転かいてんしていることがほぼ確実かくじつとなり、Aがたについてもおそらく回転かいてんしているだろう、との予測よそくがなされている。

また、AがたATPアーゼを起源きげんとするVがたATPアーゼもサブユニット構成こうせいから回転かいてんしているだろうと予測よそくされている。PがたATPアーゼは構造こうぞう単純たんじゅんで(分子ぶんしりょう10まん前後ぜんこう)エネルギー効率こうりつけっしてわるくはいが生体せいたいないでATPの合成ごうせいもちいられているれい存在そんざいしない。複雑ふくざつきわまりないFがたATPアーゼ(分子ぶんしりょう50まん以上いじょう)はほぼぜん生物せいぶつ共通きょうつうしてATP合成ごうせいもちいられる普遍ふへんてき酵素こうそであり、進化しんか痕跡こんせき垣間見かいまみられない。こうしたことも、現時点げんじてん課題かだいえる。

また、メタンきんはFがたおよびAがたふたつのATP合成ごうせい酵素こうそ所持しょじしているが、Fがたナトリウムイオン駆動くどうがたのATPアーゼであることが判明はんめいしている。プロトン濃度のうど勾配こうばいらない、新規しんきなイオン輸送ゆそうがたのATP合成ごうせい酵素こうそ存在そんざい示唆しさされている。

歴史れきし 編集へんしゅう

ATP合成ごうせい研究けんきゅう歴史れきしはATP合成ごうせい酵素こうそ研究けんきゅう歴史れきしにほぼかさなるとっても過言かごんではない。

脚注きゃくちゅう 編集へんしゅう

  1. ^ 野地のち博行ひろゆき; 吉田よしだけんみぎ (2000ねん11月). “「ATP合成ごうせい回転かいてんモーター:ATP合成ごうせい酵素こうそ」『シリーズ・バイオサイエンスのしん世紀せいき7』” (PDF). 共立きょうりつ出版しゅっぱん. p. 76. 2017ねん2がつ2にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2017ねん1がつ21にち閲覧えつらん
  2. ^ Noji, Hiroyuki; Yasuda, Ryohei; Yoshida, Masasuke; Kinosita JR, Kazuhiro (1997). “Direct observation of the rotation of F1-ATPase”. Nature 386: 299–302. doi:10.1038/386299a0. PMID 9069291. 

関連かんれん項目こうもく 編集へんしゅう