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{{出典 しゅってん の明記 めいき | date = 2020-03-30}}
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{{導入 どうにゅう 部 ぶ がおかしい|date=2020年 ねん 3月 がつ }}{{Portal クラシック音楽 おんがく }}
[[ファイル:RR5115-0025R.gif|thumb|250px|バレエ『ロメオとジュリエット』の一 いち 場面 ばめん が描 かれた記念 きねん 貨幣 かへい ]] {{Portal クラシック音楽 おんがく }}
『'''ロメオとジュリエット'''』({{Lang-ru|Ромео и Джульетта}}、英語 えいご :''Romeo and Juliet'')は、[[ソビエト連邦 れんぽう |ソ連 それん ]]の[[作曲 さっきょく 家 か ]]、[[セルゲイ・プロコフィエフ]]が作曲 さっきょく した[[バレエ音楽 おんがく ]]である。[[イギリス]]の劇 げき 作家 さっか [[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]による悲劇 ひげき 『[[ロミオとジュリエット]]』に基 もと づく。バレエ音楽 おんがく からプロコフィエフ自身 じしん によって管弦楽 かんげんがく 組曲 くみきょく 3つとピアノ独奏 どくそう 用 よう 組曲 くみきょく 1つが作 つく られている。
『'''ロメオとジュリエット'''』({{Lang-ru|Ромео и Джульетта}}、英語 えいご :''Romeo and Juliet'')は、[[ソビエト連邦 れんぽう |ソ連 それん ]]の[[作曲 さっきょく 家 か ]]、[[セルゲイ・プロコフィエフ]]が作曲 さっきょく した[[バレエ音楽 おんがく ]]である。[[イギリス]]の劇 げき 作家 さっか [[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]による悲劇 ひげき 『[[ロミオとジュリエット]]』に基 もと づく。バレエ音楽 おんがく からプロコフィエフ自身 じしん によって管弦楽 かんげんがく 組曲 くみきょく 3つとピアノ独奏 どくそう 用 よう 組曲 くみきょく 1つが作 つく られている。
==作曲 さっきょく の経緯 けいい と初演 しょえん ==
演出 えんしゅつ 家 か でありシェイクスピア学者 がくしゃ でもあるラドロフ、ギリシャ劇 げき の権威 けんい である劇 げき 作家 さっか の[[アドリアン・ピオトロフスキー|A・ピオトロフスキー]]、振付 ふりつけ 師 し ラブロフスキーらの協力 きょうりょく を得 え て台本 だいほん を作成 さくせい し、1935年 ねん に52曲 きょく からなる全曲 ぜんきょく を完成 かんせい させたが、そのときの筋立 すじだ ては、終幕 しゅうまく でロメオが1分 ふん 早 はや く駆 か けつけジュリエットが生 い きていることに気付 きづ きハッピーエンド、という内容 ないよう になっていた。ハッピーエンドにした理由 りゆう は、バレエの振付 ふりつけ のため、生 い きている人 ひと は踊 おど ることができるが死者 ししゃ は踊 おど れないという理由 りゆう であったことを、プロコフィエフは自伝 じでん の中 なか で述 の べている。その後 ご 、振付 ふりつけ 家 か たちと相談 そうだん し、悲劇 ひげき 的 てき な結末 けつまつ を踊 おど りで表現 ひょうげん できることがわかり、原作 げんさく どおりの結末 けつまつ にして終曲 しゅうきょく を書 か き改 あらた めた。
演出 えんしゅつ 家 か でありシェイクスピア学者 がくしゃ でもあるラドロフ、ギリシャ劇 げき の権威 けんい である劇 げき 作家 さっか の[[アドリアン・ピオトロフスキー|A・ピオトロフスキー]]、振付 ふりつけ 家 いえ ラヴ ロフスキーらの協力 きょうりょく を得 え て台本 だいほん を作成 さくせい し、1935年 ねん に52曲 きょく からなる全曲 ぜんきょく を完成 かんせい させたが、そのときの筋立 すじだ ては、終幕 しゅうまく でロメオが1分 ふん 早 はや く駆 か けつけジュリエットが生 い きていることに気付 きづ きハッピーエンド、という内容 ないよう になっていた。ハッピーエンドにした理由 りゆう は、バレエの振付 ふりつけ のため、生 い きている人 ひと は踊 おど ることができるが死者 ししゃ は踊 おど れないという理由 りゆう であったことを、プロコフィエフは自伝 じでん の中 なか で述 の べている。その後 ご 、振付 ふりつけ 家 か たちと相談 そうだん し、悲劇 ひげき 的 てき な結末 けつまつ を踊 おど りで表現 ひょうげん できることがわかり、原作 げんさく どおりの結末 けつまつ にして終曲 しゅうきょく を書 か き改 あらた めた。
バレエは当初 とうしょ 、レニングラード・バレエ学校 がっこう 創立 そうりつ 200年 ねん 祭 さい で上演 じょうえん される予定 よてい だったが、酷評 こくひょう されて契約 けいやく を撤回 てっかい された。そこでプロコフィエフは組曲 くみきょく を2つ作 つく り、バレエの初演 しょえん に先行 せんこう して第 だい 1組 くみ 曲 きょく を1936年 ねん に[[モスクワ]]で、第 だい 2組 くみ 曲 きょく を1937年 ねん に[[サンクトペテルブルク|レニングラード]]で発表 はっぴょう した。バレエはその後 ご 、[[1938年 ねん ]][[12月30日 にち ]]に[[チェコスロバキア|チェコスロヴァキア]]の国立 こくりつ [[ブルノ]]劇場 げきじょう で、セムベロヴァ主演 しゅえん 、プソタ振付 ふりつけ により初演 しょえん された。ブルノでの初演 しょえん が成功 せいこう を収 おさ めたことで、レニングラードの[[マリインスキー劇場 げきじょう |キーロフ劇場 げきじょう ]]は態度 たいど を改 あらた め、[[1940年 ねん ]][[1月 がつ 11日 にち ]]にラブロフスキーの演出 えんしゅつ ・振付 ふりつけ 、ウィリアムスの美術 びじゅつ 、[[ユーリー・ファイエル|ファイエル]]の指揮 しき 、[[ガリーナ・ウラノワ]]のジュリエット、セルゲーエフのロメオでソヴィエト初演 しょえん が行 おこな われた。
バレエは当初 とうしょ 、レニングラード・バレエ学校 がっこう 創立 そうりつ 200年 ねん 祭 さい で上演 じょうえん される予定 よてい だったが、酷評 こくひょう されて契約 けいやく を撤回 てっかい された。そこでプロコフィエフは組曲 くみきょく を2つ作 つく り、バレエの初演 しょえん に先行 せんこう して第 だい 1組 くみ 曲 きょく を1936年 ねん に[[モスクワ]]で、第 だい 2組 くみ 曲 きょく を1937年 ねん に[[サンクトペテルブルク|レニングラード]]で発表 はっぴょう した。バレエはその後 ご 、[[1938年 ねん ]][[12月30日 にち ]]に[[チェコスロバキア|チェコスロヴァキア]]の国立 こくりつ [[ブルノ]]劇場 げきじょう で、セムベロヴァ主演 しゅえん 、プソタ振付 ふりつけ により初演 しょえん された。
==バレエ==
==上演 じょうえん 史 し ( バレエ) ==
初演 しょえん 以降 いこう 、数 すう 多 おお くの振付 ふりつけ 家 か が本 ほん 楽曲 がっきょく を用 もち いたバレエを創作 そうさく している。代表 だいひょう 的 てき な演出 えんしゅつ は以下 いか の通 とお りである。
[[ファイル:RIAN archive 11591 Galina Ulanova and Yury Zhdanov in the ballet "Romeo And Juliet".jpg|thumb|210px|ラヴロフスキー版 ばん (ウラノワとジダーノフ、1954年 ねん )]]
*'''[[レオニード・ラヴロフスキー]]振付 ふりつけ ''' - 1940年 ねん 、[[マリインスキー・バレエ|キーロフ・バレエ]]初演 しょえん 。ブルノでの上演 じょうえん が成功 せいこう を収 おさ め、キーロフ劇場 げきじょう が態度 たいど を改 あらた めたことにより、大幅 おおはば な変更 へんこう を加 くわ えたラヴロフスキー版 ばん がソヴィエトで初演 しょえん されることになった。ラヴロフスキーはプロコフィエフの反対 はんたい にもかかわらず、楽曲 がっきょく を改変 かいへん した。主演 しゅえん は[[ガリーナ・ウラノワ]]と{{仮 かり リンク|コンスタンチン・セルゲエフ|en|Konstantin Sergeyev}}が務 つと めた。本 ほん 作 さく は国際 こくさい 的 てき に高 たか い評価 ひょうか を受 う け、[[ソビエト連邦 れんぽう 国家 こっか 賞 しょう |スターリン賞 しょう ]]を受賞 じゅしょう している。1955年 ねん 、本 ほん 作 さく を映画 えいが 化 か した『[[ロミオとジュリエット#映画 えいが |ロメオとジュリエット物語 ものがたり ]]』が[[モスフィルム]]により製作 せいさく され、ウラノワとユーリ・ジダーノフが主演 しゅえん した。この映画 えいが は[[第 だい 8回 かい カンヌ国際映画祭 かんぬこくさいえいがさい ]]で叙情 じょじょう 的 てき 映画 えいが 賞 しょう を受賞 じゅしょう したほか、[[パルム・ドール]]にノミネートされた。
*'''[[フレデリック・アシュトン]]振付 ふりつけ ''' - 1955年 ねん 、{{仮 かり リンク|デンマーク王立 おうりつ バレエ団 だん |en|Royal Danish Ballet}} 初演 しょえん 。
*'''[[ジョン・クランコ]]振付 ふりつけ ''' - 1958年 ねん 、{{仮 かり リンク|ミラノ・スカラ座 すからざ バレエ|en|La Scala Theatre Ballet}}初演 しょえん <ref>{{Cite book|和書 わしょ |author=デブラ・クレイン、ジュディス・マックレル(鈴木 すずき 晶 あきら 監訳 かんやく 、赤尾 あかお 雄 つよし 人 じん ・海野 うみの 敏 さとし ・長野 ながの 由紀 ゆき 訳 やく ) |title=オックスフォード バレエダンス事典 じてん |publisher=平凡社 へいぼんしゃ |date=2010 |page=612 |isbn=978-4-582-12522-1}}</ref>。1962年 ねん にはクランコが芸術 げいじゅつ 監督 かんとく を務 つと めた{{仮 かり リンク|シュトゥットガルト・バレエ団 だん |en|Stuttgart Ballet}}で改訂 かいてい 版 ばん が上演 じょうえん され、同 どう バレエ団 だん が国際 こくさい 的 てき な評価 ひょうか を高 たか める契機 けいき となった。
*'''[[ケネス・マクミラン]]振付 ふりつけ ''' - 1965年 ねん 、[[ロイヤル・バレエ団 だん ]]初演 しょえん 。[[マーゴ・フォンテイン]]と[[ルドルフ・ヌレエフ]]が主演 しゅえん した。詳細 しょうさい は[[ロメオとジュリエット (マクミラン)]]参照 さんしょう 。
[[ファイル:Jurgita Dronina and Olaf Kollmannsperger in Romeo and Juliet 2007 facing.jpg|thumb|250px|マクミラン版 ばん ({{仮 かり リンク|スウェーデン王立 おうりつ バレエ団 だん |en|Royal Swedish Ballet}}、2007年 ねん )]]
*'''[[ジョン・ノイマイヤー]]振付 ふりつけ ''' - 1971年 ねん 、[[フランクフルト・バレエ団 だん ]]初演 しょえん 。部分 ぶぶん 的 てき にクランコ版 ばん の影響 えいきょう を受 う けている。1974年 ねん にはノイマイヤーが芸術 げいじゅつ 監督 かんとく を務 つと める{{仮 かり リンク|ハンブルク・バレエ団 だん |en|Hamburg Ballet}}で上演 じょうえん された。
*'''[[ルドルフ・ヌレエフ]]振付 ふりつけ ''' - 1977年 ねん 、ロンドン・フェスティバル・バレエ(現 げん {{仮 かり リンク|イングリッシュ・ナショナル・バレエ|en|English National Ballet}})初演 しょえん 。ヌレエフ自身 じしん がロメオ役 やく として主演 しゅえん し、世界中 せかいじゅう でツアーを行 おこな った。1980年 ねん にミラノ・スカラ座 すからざ バレエで上演 じょうえん されたほか、1984年 ねん 以降 いこう は[[パリ・オペラ座 ざ バレエ]]がレパートリーとしている。
*'''[[ユーリー・グリゴローヴィチ]]振付 ふりつけ ''' - 1979年 ねん 、[[ボリショイ劇場 げきじょう #ボリショイ・バレエ|ボリショイ・バレエ]]初演 しょえん 。現在 げんざい もボリショイ・バレエがレパートリーとしている。
*'''{{仮 かり リンク|ラースロー・シェレギ|en|László Seregi}}振付 ふりつけ ''' - 1985年 ねん 、[[ハンガリー国立 こくりつ バレエ団 だん ]]初演 しょえん 。
*'''[[ジャン=クリストフ・マイヨー]]振付 ふりつけ ''' - 1996年 ねん 、{{仮 かり リンク|モナコ公国 こうこく モンテカルロ・バレエ団 だん |en|Les Ballets de Monte-Carlo}}初演 しょえん 。
*'''{{仮 かり リンク|ピーター・マーティンス|en|Peter Martins}}振付 ふりつけ ''' - 2007年 ねん 、[[ニューヨーク・シティ・バレエ団 だん ]]初演 しょえん 。
*'''[[アレクセイ・ラトマンスキー]]振付 ふりつけ ''' - 2011年 ねん 、{{仮 かり リンク|カナダ国立 こくりつ バレエ団 だん |en|National Ballet of Canada}}初演 しょえん 。
==作品 さくひん 構成 こうせい (バレエ音楽 おんがく )==
===『ロメオとジュリエット』 作品 さくひん 64===
===『ロメオとジュリエット』 作品 さくひん 64===
;第 だい 1幕 まく :
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====演奏 えんそう 時間 じかん ====
====演奏 えんそう 時間 じかん ====
約 やく 2時 じ 間 あいだ 半 はん (全曲 ぜんきょく 版 ばん )
約 やく 2時 じ 間 あいだ 半 はん (全曲 ぜんきょく 版 ばん )
=== 振付 ふりつけ ===
{{節 ふし スタブ|date=2020年 ねん 3月 がつ 30日 にち (月) げつ 13:51 (UTC)}}
=== 上演 じょうえん 史 し ===
{{節 ふし スタブ|date=2020年 ねん 3月 がつ 30日 にち (月) げつ 13:51 (UTC)}}
==演奏 えんそう 会 かい 用 よう 組曲 くみきょく (管弦楽 かんげんがく )==
==演奏 えんそう 会 かい 用 よう 組曲 くみきょく (管弦楽 かんげんがく )==
[[File:RR5115-0025R.gif|right|228px|]]
プロコフィエフが編 あ んだ組曲 くみきょく がそのまま演奏 えんそう されることは少 すく なく、主 おも に第 だい 1組 くみ 曲 きょく 、第 だい 2組 くみ 曲 きょく から数 すう 曲 きょく を抜粋 ばっすい して演奏 えんそう することが多 おお い。
プロコフィエフが編 あ んだ組曲 くみきょく がそのまま演奏 えんそう されることは少 すく なく、主 おも に第 だい 1組 くみ 曲 きょく 、第 だい 2組 くみ 曲 きょく から数 すう 曲 きょく を抜粋 ばっすい して演奏 えんそう することが多 おお い。
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バレエ『ロメオとジュリエット』の一 いち 場面 ばめん が描 えが かれた記念 きねん 貨幣 かへい
『ロメオとジュリエット 』(ロシア語 ご : Ромео и Джульетта 、英語 えいご :Romeo and Juliet )は、ソ連 それん の作曲 さっきょく 家 か 、セルゲイ・プロコフィエフ が作曲 さっきょく したバレエ音楽 おんがく である。イギリス の劇 げき 作家 さっか シェイクスピア による悲劇 ひげき 『ロミオとジュリエット 』に基 もと づく。バレエ音楽 おんがく からプロコフィエフ自身 じしん によって管弦楽 かんげんがく 組曲 くみきょく 3つとピアノ独奏 どくそう 用 よう 組曲 くみきょく 1つが作 つく られている。
作曲 さっきょく の経緯 けいい と初演 しょえん
演出 えんしゅつ 家 か でありシェイクスピア学者 がくしゃ でもあるラドロフ、ギリシャ劇 げき の権威 けんい である劇 げき 作家 さっか のA・ピオトロフスキー 、振付 ふりつけ 家 か ラヴロフスキーらの協力 きょうりょく を得 え て台本 だいほん を作成 さくせい し、1935年 ねん に52曲 きょく からなる全曲 ぜんきょく を完成 かんせい させたが、そのときの筋立 すじだ ては、終幕 しゅうまく でロメオが1分 ふん 早 はや く駆 か けつけジュリエットが生 い きていることに気付 きづ きハッピーエンド、という内容 ないよう になっていた。ハッピーエンドにした理由 りゆう は、バレエの振付 ふりつけ のため、生 い きている人 ひと は踊 おど ることができるが死者 ししゃ は踊 おど れないという理由 りゆう であったことを、プロコフィエフは自伝 じでん の中 なか で述 の べている。その後 ご 、振付 ふりつけ 家 か たちと相談 そうだん し、悲劇 ひげき 的 てき な結末 けつまつ を踊 おど りで表現 ひょうげん できることがわかり、原作 げんさく どおりの結末 けつまつ にして終曲 しゅうきょく を書 か き改 あらた めた。
バレエは当初 とうしょ 、レニングラード・バレエ学校 がっこう 創立 そうりつ 200年 ねん 祭 さい で上演 じょうえん される予定 よてい だったが、酷評 こくひょう されて契約 けいやく を撤回 てっかい された。そこでプロコフィエフは組曲 くみきょく を2つ作 つく り、バレエの初演 しょえん に先行 せんこう して第 だい 1組 くみ 曲 きょく を1936年 ねん にモスクワ で、第 だい 2組 くみ 曲 きょく を1937年 ねん にレニングラード で発表 はっぴょう した。バレエはその後 ご 、1938年 ねん 12月30日 にち にチェコスロヴァキア の国立 こくりつ ブルノ 劇場 げきじょう で、セムベロヴァ主演 しゅえん 、プソタ振付 ふりつけ により初演 しょえん された。
上演 じょうえん 史 し (バレエ)
初演 しょえん 以降 いこう 、数 すう 多 おお くの振付 ふりつけ 家 か が本 ほん 楽曲 がっきょく を用 もち いたバレエを創作 そうさく している。代表 だいひょう 的 てき な演出 えんしゅつ は以下 いか の通 とお りである。
ラヴロフスキー版 ばん (ウラノワとジダーノフ、1954年 ねん )
マクミラン版 ばん (スウェーデン王立 おうりつ バレエ団 だん 、2007年 ねん )
作品 さくひん 構成 こうせい (バレエ音楽 おんがく )
『ロメオとジュリエット』 作品 さくひん 64
第 だい 1幕 まく
第 だい 1曲 きょく 前奏 ぜんそう 曲 きょく
第 だい 1場 じょう
第 だい 2曲 きょく ロメオ
第 だい 3曲 きょく 街 まち の目覚 めざ め
第 だい 4曲 きょく 朝 あさ の踊 おど り
第 だい 5曲 きょく 喧嘩 けんか
第 だい 6曲 きょく 決闘 けっとう
第 だい 7曲 きょく 大公 たいこう の宣言 せんげん
第 だい 8曲 きょく 間奏 かんそう 曲 きょく
第 だい 2場 じょう
第 だい 9曲 きょく 舞踏 ぶとう 会 かい の準備 じゅんび
第 だい 10曲 きょく 少女 しょうじょ ジュリエット
第 だい 11曲 きょく 客人 きゃくじん たちの登場 とうじょう (メヌエット)
第 だい 12曲 きょく 仮面 かめん
第 だい 13曲 きょく 騎士 きし たちの踊 おど り
第 だい 14曲 きょく ジュリエットのヴァリアシオン
第 だい 15曲 きょく マーキュシオ
第 だい 16曲 きょく マドリガル
第 だい 17曲 きょく ティボルトはロメオを見 み つける
第 だい 18曲 きょく ガヴォット(客人 きゃくじん たちの退場 たいじょう ) ※古典 こてん 交響曲 こうきょうきょく の第 だい 3楽章 がくしょう を改作 かいさく して転用 てんよう
第 だい 19曲 きょく バルコニーの情景 じょうけい
第 だい 20曲 きょく ロメオのヴァリアシオン
第 だい 21曲 きょく 愛 あい の踊 おど り
第 だい 2幕 まく
第 だい 3場 じょう
第 だい 22曲 きょく フォーク・ダンス
第 だい 23曲 きょく ロメオとマーキュシオ
第 だい 24曲 きょく 五 ご 組 くみ の踊 おど り
第 だい 25曲 きょく マンドリンを手 て にした踊 おど り
第 だい 26曲 きょく 乳母 うば
第 だい 27曲 きょく 乳母 うば はロメオにジュリエットの手紙 てがみ を渡 わた す
第 だい 4場 じょう
第 だい 28曲 きょく ローレンス僧庵 そうあん でのロメオ
第 だい 29曲 きょく ローレンス僧庵 そうあん でのジュリエット
第 だい 5場 じょう
第 だい 30曲 きょく 民衆 みんしゅう のお祭 まつ り騒 さわ ぎ
第 だい 31曲 きょく 一段 いちだん と民衆 みんしゅう の気分 きぶん は盛 も り上 あ がる
第 だい 32曲 きょく ティボルトとマーキュシオの出会 であ い
第 だい 33曲 きょく ティボルトとマーキュシオの決闘 けっとう
第 だい 34曲 きょく マーキュシオの死 し
第 だい 35曲 きょく ロメオはマーキュシオの死 し の報復 ほうふく を誓 ちか う
第 だい 36曲 きょく 第 だい 2幕 まく の終曲 しゅうきょく
第 だい 3幕 まく
第 だい 37曲 きょく 前奏 ぜんそう 曲 きょく
第 だい 6場 じょう
第 だい 38曲 きょく ロメオとジュリエット
第 だい 39曲 きょく ロメオとジュリエットの別 わか れ
第 だい 40曲 きょく 乳母 うば
第 だい 41曲 きょく ジュリエットはパリスとの結婚 けっこん を拒絶 きょぜつ する
第 だい 42曲 きょく ジュリエットひとり
第 だい 43曲 きょく 間奏 かんそう 曲 きょく
第 だい 7場 じょう
第 だい 44曲 きょく ローレンス僧庵 そうあん
第 だい 45曲 きょく 間奏 かんそう 曲 きょく
第 だい 8場 じょう
第 だい 46曲 きょく ジュリエットの寝室 しんしつ
第 だい 47曲 きょく ジュリエットひとり
第 だい 48曲 きょく 朝 あさ の歌 うた
第 だい 49曲 きょく 百 ひゃく 合 ごう の花 はな を手 て にした娘 むすめ たちの踊 おど り
第 だい 50曲 きょく ジュリエットのベッドのそば
第 だい 4幕 まく
第 だい 9場 じょう
第 だい 51曲 きょく ジュリエットの葬式 そうしき
第 だい 52曲 きょく ジュリエットの死 し
編成 へんせい
拡張 かくちょう された3管 かん 編成 へんせい 。
木管 もっかん 楽器 がっき :ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2(第 だい 2奏者 そうしゃ は小 しょう クラリネットを兼 か ねる)、バス・クラリネット、テナー・サクソフォーン、ファゴット2、コントラファゴット
金管楽器 きんかんがっき :コルネット、トランペット3、ホルン6、トロンボーン3、チューバ
打楽器 だがっき :ティンパニ、トライアングル、ウッド・ブロック、マラカス、タンブリン、小太鼓 こだいこ 、シンバル、大 だい 太鼓 たいこ 、鐘 かね 、シロフォン、グロッケンシュピール
1名 めい のティンパニ奏者 そうしゃ と5名 めい の打楽器 だがっき 奏者 そうしゃ を要 よう する。
鍵盤 けんばん 楽器 がっき :オルガン、ピアノ、チェレスタ
撥 ばち 弦楽器 げんがっき :ハープ2、マンドリン2
擦 こす 弦楽器 げんがっき :独奏 どくそう ヴィオラ・ダモーレ(もしくはヴィオラ)、弦 つる 5部 ぶ
弦楽器 げんがっき の人数 にんずう は特 とく に指定 してい されていないが、コントラバスが5声 こえ に分割 ぶんかつ される部分 ぶぶん がある。
以上 いじょう のオーケストラのほか、舞台 ぶたい 上 じょう のバンダとして、ホルン4、トランペット6、テナー・ホルン、バリトン・ホルン、バス(チューバ)2、トライアングル、小太鼓 こだいこ 、シンバル、大 だい 太鼓 たいこ 。
演奏 えんそう 時間 じかん
約 やく 2時 じ 間 あいだ 半 はん (全曲 ぜんきょく 版 ばん )
演奏 えんそう 会 かい 用 よう 組曲 くみきょく (管弦楽 かんげんがく )
プロコフィエフが編 あ んだ組曲 くみきょく がそのまま演奏 えんそう されることは少 すく なく、主 おも に第 だい 1組 くみ 曲 きょく 、第 だい 2組 くみ 曲 きょく から数 すう 曲 きょく を抜粋 ばっすい して演奏 えんそう することが多 おお い。
『ロメオとジュリエット』第 だい 1組 くみ 曲 きょく 作品 さくひん 64bis
1936年 ねん 11月24日 にち 、モスクワのボリショイ劇場 げきじょう でセバスチャンの指揮 しき により初演 しょえん 。
フォーク・ダンス
情景 じょうけい
マドリガル
メヌエット
仮面 かめん
ロメオとジュリエット
ティボルトの死 し
編成 へんせい
フルート 2、ピッコロ 、オーボエ 2、コーラングレ 、クラリネット 2、バス・クラリネット 、ファゴット 2、コントラファゴット 、テナー・サクソフォーン 、トランペット 2、コルネット 、ホルン 4、トロンボーン 3、チューバ 、ティンパニ 、打楽器 だがっき (奏者 そうしゃ 5:グロッケン 、シロフォン 、タンブリン 、フィールド・ドラム 、トライアングル 、シンバル 、大 だい 太鼓 たいこ 、小太鼓 こだいこ )、ハープ 、ピアノ 、弦 つる 5部 ぶ
『ロメオとジュリエット』第 だい 2組 くみ 曲 きょく 作品 さくひん 64ter
1937年 ねん 4月 がつ 15日 にち 、レニングラードで作曲 さっきょく 者 しゃ の指揮 しき により初演 しょえん され、現在 げんざい でもこの第 だい 2組 くみ 曲 きょく が一番 いちばん 多 おお くコンサートで演奏 えんそう される。
モンターギュー家 か とキャピュレット家 か
少女 しょうじょ ジュリエット
僧 そう ローレンス
踊 おど り
別 わか れの前 まえ のロメオとジュリエット
アンティル諸島 しょとう から来 き た娘 むすめ たちの踊 おど り
ジュリエットの墓 はか の前 まえ のロメオ
演奏 えんそう 時間 じかん
約 やく 30分 ふん
楽器 がっき 編成 へんせい
フルート 2、ピッコロ 、オーボエ 2、コーラングレ 、クラリネット 2、バス・クラリネット 、ファゴット 2、コントラファゴット 、テナー・サクソフォーン 、トランペット 2、コルネット 、ホルン 4、トロンボーン 3、チューバ 、ティンパニ 、打楽器 だがっき (奏者 そうしゃ 2:グロッケン 、タンブリン 、トライアングル 、シンバル 、大 だい 太鼓 たいこ 、小太鼓 こだいこ 、マラカス )、ハープ 、ピアノ /チェレスタ 、弦 つる 5部 ぶ 、ヴィオラ・ダモーレ (任意 にんい )
『ロメオとジュリエット』第 だい 3組 くみ 曲 きょく 作品 さくひん 101
1946年 ねん 3月 がつ 8日 にち 、モスクワでデクチャレンコの指揮 しき により初演 しょえん 。
噴水 ふんすい の前 まえ のロメオ
朝 あさ の踊 おど り
ジュリエット
乳母 うば
朝 あさ の歌 うた
ジュリエットの死 し
編成 へんせい
フルート 2、ピッコロ 、オーボエ 2、コーラングレ 、クラリネット 2、バス・クラリネット 、ファゴット 2、コントラファゴット 、トランペット 3、ホルン 4、トロンボーン 3、チューバ 、ティンパニ 、打楽器 だがっき (奏者 そうしゃ 2:グロッケン 、タンブリン 、トライアングル 、ウッドブロック 、シンバル 、大 だい 太鼓 たいこ 、小太鼓 こだいこ 、)、ハープ 、ピアノ /チェレスタ 、弦 つる 5部 ぶ
ピアノ組曲 くみきょく
バレエ『ロメオとジュリエット』からの10の小品 しょうひん 作品 さくひん 75
1937年 ねん にモスクワで作曲 さっきょく 者 しゃ 自身 じしん により初演 しょえん 。
フォーク・ダンス
情景 じょうけい
メヌエット
少女 しょうじょ ジュリエット
仮面 かめん
モンターギュー家 か とキャピュレット家 か
僧 そう ローレンス
マーキュシオ
百 ひゃく 合 ごう の花 はな を手 て にした娘 むすめ たちの踊 おど り
ロメオとジュリエットの別 わか れ
その他 た
第 だい 1幕 まく 第 だい 2場 じょう 第 だい 13曲 きょく 「騎士 きし たちの踊 おど り(モンタギュー家 か とキャピュレット家 か )」は、日本 にっぽん では上野 うえの 樹里 いつき 主演 しゅえん のテレビドラマ 『のだめカンタービレ 』の挿入 そうにゅう 曲 きょく や、1990年 ねん にシャネル から発売 はつばい された香水 こうすい 、エゴイストのテレビCMや、2006年 ねん にはソフトバンクモバイル のCM「予想 よそう GUY」などのBGMとして使用 しよう された。また、オランダ のバンド・Epica によるヘヴィメタル バージョンも存在 そんざい する。
イギリスのロックバンド、エマーソン・レイク・アンド・パーマー のアルバム「ブラック・ムーン 」(1992年 ねん )にロックにアレンジされたものが収録 しゅうろく されている。
イギリスのロックバンド、ザ・スミス (The Smiths)のライヴの前 まえ に流 なが されていた。
イギリスのロックバンド、MUSE が2007年 ねん 6月 がつ 16、17日 にち のウェンブリー・スタジアム公演 こうえん で登場 とうじょう 時 じ に使用 しよう した。
日本 にっぽん の音楽 おんがく ユニット、ALI PROJECT の楽曲 がっきょく 「KING KNIGHT 」の冒頭 ぼうとう 部分 ぶぶん で「騎士 きし たちの踊 おど り(モンタギュー家 か とキャピュレット家 か )」が引用 いんよう されている。
2001年 ねん 4月 がつ 、ロストロポーヴィチ 指揮 しき 、リトアニア国立 こくりつ バレエ団 だん 、新 しん 日本 にっぽん フィルハーモニー交響 こうきょう 楽団 がくだん による公演 こうえん では、息 いき 絶 た えたロメオとジュリエットが舞台 ぶたい 上 じょう に横 よこ たわるシーンで、ロストロポーヴィチが指揮 しき 台 だい を離 はな れて舞台 ぶたい へ歩 あゆ み寄 よ り、ロメオとジュリエットの手 て を取 と って重 かさ ね合 あ わせる、という演出 えんしゅつ があった。これはかつてロシアの名 めい ダンサーであり、ロシア国立 こくりつ ボリショイ劇場 げきじょう バレエの元 もと 芸術 げいじゅつ 監督 かんとく でもあったウラジーミル・ワシーリエフ による振付 ふりつけ である。
^ デブラ・クレイン、ジュディス・マックレル(鈴木 すずき 晶 あきら 監訳 かんやく 、赤尾 あかお 雄 つよし 人 じん ・海野 うみの 敏 さとし ・長野 ながの 由紀 ゆき 訳 やく )『オックスフォード バレエダンス事典 じてん 』平凡社 へいぼんしゃ 、2010年 ねん 、612頁 ぺーじ 。ISBN 978-4-582-12522-1 。