たずね人 (1977年 のテレビドラマ)
たずね | |
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ジャンル | テレビドラマ |
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NHK | |
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1977 | |
20:00 - 21:15 | |
75 | |
『たずね
あらすじ[編集 ]
フリーのカメラマンの
ルキアの
キャスト[編集 ]
綾 村 省三 -林 隆三 立花 京子 -小山 明子 及川 律子 -島村 佳江 立花 英一郎 -水島 弘 及川 達男 -三上 真一郎 斉藤 悟 -田 武 謙三 斉藤 松代 -宮内 順子 国崎 (プロデューサー) -穂積 隆信 大園 (財界 の大物 ) -神田 隆 久子 (女将 ) -三條 美紀 - ワイドショー
司会 者 -安田 伸 編集 長 -加藤 和夫 安井 部長 -奥野 匡 住吉 (印刷 屋 ) -五 藤 雅博 本木 刑事 -市村 昌治 支配人 - 粱正明 笹井 -小山 武宏 テレビ局 員 -鈴木 陽 テレビ局 員 -飛騨 昇 テレビ局 員 -山岡 甲 - アナウンサー -
喜多 道枝 - アナウンサー -
清川 元夢 - アナウンサー -
桑原 たけし 患者 -大月 優子 掃除 婦 -筧 豊子 - ピアニスト -
松浦 安希子 巡査 -富永 高 敬 - フロント -
高橋 亨 及川 拓也 -中沢 勇志 解説 者 -宮田 光 泰子 -五十嵐 五十鈴 人材 銀行 員 -秋 間 登 選挙 運動 員 -宮寺 康夫 選挙 運動 員 -愛川 弥寿子 渡部 猛 、松尾 文人 、上野 清子 原 (秘書 ) -戸 浦 六 宏 倉田 -河津 清三郎 - ルキア -
鰐淵 晴子 大物 政治 家 -松本 清張 (クレジット表示 なし)
スタッフ[編集 ]
原作 [編集 ]
三 年 ぐらい前 に、私 は或 る週刊 誌 に尋 ね人 の広告 を出 したことがある。要領 は、戦争 中 東南 アジア方面 に兵隊 として出征 したことのある人 の所在 を求 めたのだった。音読 みの姓名 は分 っているが、ここに書 くわけにはいかない。これは
或 る娘 から父親 さがしを頼 まれたのである。1964年 の春 、私 はオランダのハーグに近 いスヘフェニンゲンという海岸 の町 にいた。ここは海水浴 場 地 で、また夏 の歓楽 地 でもある。そこに中華 料理 屋 があって、その二 階 で日本 料理 をやっていた。主人 はオランダ人 で、マダムは中国人 である。私 が行 ったときは日本 料理 部 が店開 きして間 もなくで、そこには振袖 姿 の日本 娘 が四 人 いた。彼女 らのうち三 人 は東京 から来 たのだが、もう一人 はジャワ生 れであった。十 八 か九 ぐらいのきれいな娘 だったが、日本語 が少 しも話 せず、みんなに分 る言葉 といえば英語 だけだった。その娘 から日本人 の父親 さがしを頼 まれたのだが、父親 の職業 の見当 は大体 ついた。
週刊 誌 の広告 にすぐには反響 がなかった。しかし、一 年 くらいして初 めて或 る人 から手紙 をもらった。なんでも、大 掃除 をするとき、その週刊 誌 を畳 の下 に敷 いたところ、偶然 、私 の広告 の欄 が眼 についたというのである。その人 は、私 が捜 している相手 に心当 りがあると云 って住所 まで教 えてくれたが、私 は先方 に手紙 を出 す気 になれなかった。もちろん、その人 は終戦 後 故郷 で奥 さんをもらい、現在 は地方 公務員 をしていて子供 もあるということである。私 の問合 せの手紙 がその人 の家庭 を不幸 にするかも分 らないからだ。オランダの日本 娘 のほうにはすまないと思 いながら、そのままにしておいた。
去年 の春 、その料理 店 のオランダ人 亭主 が日本 に遊 びにきた。そのとき彼 に会 って訊 くと、ほかの日本 娘 三 人 は辛抱 しているが、ジャワ生 れの娘 だけは間 もなく店 をやめましたと云 った。大体 、ああした職業 には適 さなかったと云 った。母親 のほうは別 な男 と結婚 しているということだった。その
娘 は、父親 が判 れば日本 に行 きたいと云 っていた。店 を辞 めた彼女 はジャワに帰 ったともいうし、また別 な土地 に行 ったともいうが、店主 のオランダ人 は、そのへんの事情 を詳 しくは私 に云 わなかった。すると、
一 週間 くらい前 、遠 い地方 都市 から私 に電話 がかかり、三 年 前 の週刊 誌 の告知 板 をはじめて見 たが、あなたがさがしている相手 はつい近 くにいる人 だと知 らせてくれた。電話 の人 は、どうして私 がその人物 を捜 しているのかと訊 いたが、それは当人 でなければ話 せないと断 り、直接 本人 から手紙 をもらいたいと頼 んだ。その手紙 はまだもらっていない。だが、
相手 の人 がたとえオランダにいたジャワ生 れの日本 娘 の父親 であっても、私 はもうその人 には手紙 で何 も書 かないつもりだ。その
広告 を出 すときは、父 娘 対面 の場面 を考 えないでもなかったが、今 はそれを知 らせても双方 が不幸 になるような気 がする。それに、父親 捜 しを熱心 に頼 んだあの娘 も、ヨーロッパのどこかで夫 と幸福 に暮 していれば、その熱情 も冷 めているかも分 らないのである。 — 「私 のくずかご」1節 (抜粋 )
脚注 [編集 ]
外部 リンク[編集 ]
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(1977.10.29) |
たずね (1977.11.5) |
( (1977.11.12-12.3) |