たちぎれ

たちぎれ もしくは たちきれ は、古典こてん落語らくごの演目えんもくの一ひとつ。立たち切きれと漢字かんじで表記ひょうきされることもあるほか、たちきり、たちぎれ線香せんこう（たちぎれせんこう）とも。

もとは上方かみがた落語らくごであるが、現在げんざいは東京とうきょうでも広ひろく演えんじられる。元々もともと人情噺にんじょうばなしの少すくない上方かみがた落語らくご発祥はっしょうの噺はなしとしては、東京とうきょうに定着ていちゃくした数少かずすくない噺はなしの一ひとつである。

概要がいよう

原はら話ばなしは江戸えど時代じだいの笑話しょうわ集しゅう『江戸えど嬉うれし笑わらい』の一いち編へん「反魂香はんごんこう」。初代しょだい松富まつとみ久ひさ亭てい松竹しょうちくの作さくといわれる。東京とうきょうへは六ろく代目だいめ桂かつら文治ぶんじあるいは三さん代目だいめ柳家やなぎや小こさんが移うつしたといわれる。

一般いっぱん的てきな滑稽こっけい噺ばなしのような抜ぬけた人物じんぶつが登場とうじょうせず、クスグリが非常ひじょうに少すくない。なおかつ悲劇ひげき的てきになりすぎないように演えんじる必要ひつようがあり、演者えんじゃには高たかい技量ぎりょうが要求ようきゅうされる。三さん代目だいめ桂米朝かつらべいちょうは「数すう百ひゃくを越こえる上方かみがた落語らくごの中なかで、最もっとも神聖しんせい化かされている噺はなし」と評ひょうしている。また、若旦那わかだんなが「跡取あととり息子むすこが丁稚でっちの果はての番頭ばんがしらに乞食こじきにされたら本望ほんもうじゃ! 見事みごと、甲斐性かいしょうあったら乞食こじきにせえ!」と一気いっきにまくしたてるさまを番頭ばんがしらが悠然ゆうぜんと聞きき、煙草たばこを一服いっぷく吸すってからいさめるシーンについて、「いきり立たつ若旦那わかだんなを前まえに対たいして悠々ゆうゆうと煙草たばこを吸すう、あの演出えんしゅつは誰だれがかんがえたのでしょうか」と絶賛ぜっさんしている。

主おもな演者えんじゃ

物故ぶっこ者しゃ

• 三さん代目だいめ桂米朝かつらべいちょう(米べい朝ちょう一門いちもん)
• 五ご代目だいめ桂かつら文枝ふみえ
• 三さん代目だいめ春風しゅんぷう亭てい柳やなぎ好よしみ
• 八はち代目だいめ三さん笑わらい亭てい可か楽らく

現役げんえき

• 笑福亭鶴瓶しょうふくていつるべ
• 三さん代目だいめ桂かつら文ぶん之の助すけ
• 三さん代目だいめ古今ここん亭てい圓えん菊きく
• 古今ここん亭てい菊之丞きくのじょう
• 柳家やなぎやさん喬たかし
• 5代目だいめ桂かつら米べい團だん治ち

あらすじ

まず演者えんじゃは、かつて芸者げいしゃへの花代はなだい（支払しはらい）を時間じかんで換算かんさんするために、線香せんこうが燃もえた長ながさを測はかっていたことを説明せつめいする。

とある商家しょうか（上方かみがたでは船場ふなば、東京とうきょうでは本所ほんじょか日本橋にほんばし）の若旦那わかだんなは、それまで遊あそびを知しらず誠実せいじつに働はたらいていたが、友達ともだちに誘さそわれて花街はなまち（上方かみがたではミナミ、東京とうきょうでは深川ふかがわか築地つきじ）へ行いき、置屋おきやの娘むすめで芸者げいしゃの小しょう糸いと（東京とうきょうでは美代吉みよきちとも）に出会であい、一目惚ひとめぼれをした。

若旦那わかだんなはたちまち小しょう糸いとに入いれあげ、店みせの金かねにまで手てをつけるにいたる。親族しんぞくや店員てんいんによる会議かいぎが開ひらかれ、番頭ばんがしらは「乞食こじきの格好かっこうをさせて追おい出だし、町まちを歩あるかせればお金かねのありがたみがわかるのではないか」とい放いはなつ。それを聞きいた若旦那わかだんなは逆上ぎゃくじょうし、「乞食こじきにできるものならやってみろ」と言いうが、服ふくを脱ぬがされるとたちまち「ほかのことなら何なんでもするから許ゆるしてくれ」とトーンダウンする。番頭ばんがしらは、ふたりを逢あわせないようにするために、若旦那わかだんなに対たいし店みせの蔵ぞうの中なかに押おし込こめ、100日間にちかんそこで暮くらすようい渡いわたす。

小しょう糸いとの店みせからは、毎日まいにちのように手紙てがみが来くるが、番頭ばんがしらは若旦那わかだんなに見みせない。若旦那わかだんなが蔵ぞう住ずまいになって80日にち目め、ついに手紙てがみが来こなくなる。

100日にちが経過けいかし、若旦那わかだんなは蔵くらから出でることを許ゆるされる。若旦那わかだんなは「おかげで改心かいしんした」と語かたり、番頭ばんがしらに感謝かんしゃの言葉ことばをかける。番頭ばんがしらは、最後さいごに届とどいた手紙てがみを若旦那わかだんなに見みせる。

「この文ぶんをご覧らんに相あいなりそうろう上うえには 即刻そっこくのお越こしこれ無なき節ふしには 今生こんじょうにてお目めにかかれまじくそろ かしく 小糸こいと」

番頭ばんがしらは「色街いろまちの恋こいは80日にちというが、こんなことを書かいて気きを引ひいて、薄情はくじょうなものですなあ」と言いう。若旦那わかだんなは「蔵くらの中なかで願ねがいをかけていた神社じんじゃ（上方かみがたでは「天満てんまの天神てんじんさん」東京とうきょうでは「浅草あさくさの観音かんのん様さま」）へお参まいりをしたい」と言いって外出がいしゅつし、花街はなまちへ向むかう。

置屋おきやへ着つくと、若旦那わかだんなは女将おかみに位牌いはいを見みせられ、小しょう糸いとが本当ほんとうに死しんだことを知しる。「若旦那わかだんなが来こなくなった最初さいしょの日ひ、芝居しばいを見みる約束やくそくをしていて楽たのしみにしていたが、若旦那わかだんなは来こない。文ぶん（ふみ＝手紙てがみ）を出だしても店みせに来こない。その繰くり返かえしで、芸者げいしゃや店みせの者もの総出そうでで文ぶんを出だしたが、それでも来こない。そのうちに小しょう糸いとは恋こいわずらいをこじらせ、食たべ物ものを何なにも受うけつけなくなり、あの最後さいごの文ぶんを出だした次つぎの日ひ、若旦那わかだんながあつらえてくれた三味線しゃみせんを弾ひいて、死しんでしまった」と女将おかみは語かたり、若旦那わかだんなの不義理ふぎりをなじる。若旦那わかだんなは号泣ごうきゅうし、「蔵くらの戸とを蹴破けやぶってでも来くるべきだった」と絶叫ぜっきょうして、女将おかみに事情じじょうを説明せつめいする。女将おかみは若旦那わかだんなを許ゆるし、「たまたま今日きょうは小糸こいとの三さん七なな日にち（みなぬか）。これも何なにかの縁えん」と、若旦那わかだんなを仏壇ぶつだんに招まねく。

若旦那わかだんなが仏前ぶつぜんに位牌いはいと三味線しゃみせんを供そなえ、手てを合あわせた時とき、どこからともなく若旦那わかだんなの好すきな地唄じうたの「雪ゆき」が流ながれてくる。芸者げいしゃが「お仏壇ぶつだんの三味線しゃみせんが鳴なってる!」と叫さけぶ。ひとりでに鳴なる三味線しゃみせんを見みた若旦那わかだんなは、「小糸こいと、許ゆるしてくれ。わたしは生涯しょうがい妻つまを持もたないことに決きめた」と呼よびかける。その時とき急きゅうに三味線しゃみせんの音おとが止とまる。女将おかみは「若旦那わかだんな、あの子こはもう、三味線しゃみせんを弾ひけません」と言いう。若旦那わかだんなが「なぜ?」と聞きくと、

「仏壇ぶつだんの線香せんこうが、たちぎれでございます」

バリエーション

• ヒロインの芸者げいしゃが病死びょうしするのではなく、手紙てがみの誤あやま送おくをきっかけに、同おなじくなじみだった別べつの商家しょうかの番頭ばんがしらに殺ころされる、というストーリーがある。この場合ばあい、芸者げいしゃは清純せいじゅんでない女性じょせいに描えがかれ、仏壇ぶつだんのシーンでは若旦那わかだんならの前まえに幽霊ゆうれいの姿すがたになって現あらわれて「地獄じごくでも売うれっ子この芸者げいしゃだ」と説明せつめいするといったシーンが追加ついかされ、滑稽こっけい噺ばなしの要素ようそが強つよくなる。

• 桂かつら小しょう文治ぶんじ（落語らくご睦むつみ会かいの）や、5代目だいめ文枝ふみえは、三味線しゃみせんの音おとを中途ちゅうとで切きり、線香せんこうが消きえたことを強調きょうちょうする演出えんしゅつであるが、3代目だいめ米まい朝あさは音おとをフェイドアウトさせる演出えんしゅつを取とることで、小糸こいとの霊れいが消きえていく様さまを表現ひょうげんしている。

• 3代目だいめ桂かつらあやめの新作しんさく落語らくごに、「立たち切きれ線香せんこう外伝がいでん・小糸こいと編へん」がある。亡なき小しょう糸いとが唄うたった「雪ゆき」が昔むかしの恋こいを回想かいそうしたものであることに着目ちゃくもくし、小しょう糸いとがあの世よで先さきに亡なくなっていた地唄じうたの師匠ししょうと再会さいかいし、幼少ようしょうの頃ころ恋仲こいなかだったことを思おもい出だすストーリーを同どう演目えんもくに付加ふかしたもの。置屋おきやにおける小糸こいとの人間にんげん関係かんけいについて、「お茶屋ちゃや出身しゅっしんゆえに舞妓まいこの修行しゅぎょうを飛とばしていきなり芸妓げいぎとなったため、他たの芸妓げいぎたちから疎うとまれている」という解釈かいしゃくを加くわえている。
• 三さん遊ゆう亭てい白鳥はくちょうは、物語ものがたりの舞台ぶたいを自みずからの故郷こきょうである新潟にいがた県けん上越じょうえつ市し高田たかだに移うつし、「雪国ゆきぐにたちきり」として演えんじている。新作しんさく派はの白鳥はくちょうではあるが、内容ないよう的てきにはほぼ原作げんさくに沿そって語かたられる。ただし白鳥はくちょう自身じしんは「古典こてん落語らくごのアプローチとは違ちがう」と語かたっている（三さん遊ゆう亭てい白鳥はくちょう公式こうしきホームページ）。なお、芸者げいしゃの小しょう糸いとは津軽つがる出身しゅっしんで、母親ははおやから津軽つがる三味線しゃみせんを習ならい、北前きたまえ船せんに乗のって直江津なおえつ経由けいゆで高田たかだに来きて芸者げいしゃになったという設定せっていになっている。令れい和わ４年ねん６月がつ１５日にちに中野なかのＺＥＲＯホールで行おこなわれた白鳥はくちょうの独演どくえん会かい（白鳥しらとりジャパンVol.11）では、津軽つがる三味線しゃみせんの山口やまぐちひろしが伴奏ばんそうを担当たんとうした。

エピソード

• 3代目だいめ桂米朝かつらべいちょうによれば、現在げんざいでは中堅ちゅうけんの落語らくご家かがこの噺はなしに挑戦ちょうせんすることも多おおくなっているが、以前いぜんは「大だい師匠ししょう」の格かくでないと高座こうざにかけることを許ゆるされず、お囃子方はやしかたも協力きょうりょくしてくれなかったという。

米べい朝ちょうにとっては、学生がくせい時代じだいの1944年ねん、東京とうきょうで上記じょうきの小しょう文治ぶんじが演えんじたものを聴きいたのがこの噺はなしとの出会であいであった。そののち3代目だいめ立花りっか家か千せん橘たちばな、師匠ししょうの4代目だいめ桂かつら米べい團だん治ちのを聴ききおぼえ、1948年ねんに演えんじようとしたが、師匠ししょうの反対はんたいでいったん断念だんねんした。その後ご、後援こうえん者しゃの後押あとおしがあって戎橋えびすばし松竹しょうちくの「戎えびす松まつ日曜にちよう会かい・落語らくご新人しんじん会かい」で高座こうざにかけた。客席きゃくせきには師匠ししょうの姿すがたがあり、終演しゅうえん後ごに小言こごとを食くらうと覚悟かくごした米べい朝ちょうだったが、師匠ししょうは叱しかりもせず「『たちぎれ』とはこんな噺ばなしなんや」と、米べい朝ちょうに懇こん々と教おしえた。

神聖しんせい視しされている大だいネタを新人しんじんの米べい朝ちょうが口演こうえんしたことは当時とうじの師匠ししょう連れんに衝撃しょうげきを与あたえ、「あいつ、えらいことやりよったで。わしらがおって若わかいもんにやられたままでは恥はじや。誰だれかやらなあかん」「しかし、わいあれだけはでけへん」と皆みな頭あたまを抱かかえていたら、橘たちばなノ圓えん都とが「そら残念ざんねんやなあ」とつぶやいた。「あんたできんのか」と問とわれて「稽古けいこはしたけど、名人めいじん上手じょうず聞きいてるさかい……」といったん断ことわったが、「ええがな、やんなはれ」と皆みなから勧すすめられ、圓えん都とが高座こうざできちんと一席いっせき口演こうえんした。後年こうねん、圓えん都とは以下いかのように書かき残のこしている。

これが機縁きえんとなって"たちぎれ"は今いまも残のこったのです。もし米べい朝ちょうが、あの時とき"たちぎれ"をやっていなかったら、私わたしが意地いじになってやらなかったら、この噺はなしは姿すがたを消けしていたことでしょう。

4代目だいめ米べい團だん治ちは若わかいころ、師匠ししょうの3代目だいめ桂かつら米べい團だん治ちの不在ふざいを狙ねらって『たちぎれ』を演えんじたが、3代目だいめ米べい團だん治ちが現あらわれると慌あわてて切きり上あげてしまった。高座こうざに上あがった3代目だいめ米べい團だん治ちは、「今いまのはほんの立たち切きれでございました。それではその続つづきを」とその後ごを引ひき継ついで演えんじた。

• 5代目だいめ桂かつら文枝ふみえは、唄うたと三味線しゃみせんを普段ふだんの下座げざの代かわりに、桃山ももやま晴はれ衣ころもに依頼いらいし演えんじたことがある。

• 5代目だいめ桂かつら米べい團だん治ちは、小米こごめ朝あさの頃ころ、サゲのセリフが飛とんでしまい、「仏壇ぶつだんの三味線しゃみせんが燃もえ尽つきました」と言いってサゲてしまったという。

• NHK朝あさの連続れんぞくテレビ小説しょうせつ「ちりとてちん」の第だい17週しゅうはたちぎれ線香せんこうがストーリーのモチーフとなっており、青木あおき崇たかし高だか演えんじる徒然つれづれ亭てい草々そうそうが、この噺はなしを高座こうざにかけている。また、主人公しゅじんこうの母はは・和田わだ糸子いとこの名前なまえは小しょう糸いとが元もとネタであり、旧姓きゅうせいの「木野きの」は上方かみがたにおける置屋おきやの屋号やごう「紀きの庄しょう」から採とられたものである。