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ラファエル・ナダル

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ラファエル・ナダル
Rafael Nadal
2022ねん全米ぜんべいオープンでのラファエル・ナダル
基本きほん情報じょうほう
フルネーム Rafael Nadal Parera
愛称あいしょう ラファ (Rafa)
クレー・キング(King of clay)
国籍こくせき スペインの旗 スペイン
出身しゅっしん どうバレアレス諸島しょとうしゅうマナコル
生年月日せいねんがっぴ (1986-06-03) 1986ねん6月3にち(38さい
身長しんちょう 185cm
体重たいじゅう 85kg
きて ひだり
バックハンド りょう手打てう
ツアー経歴けいれき
デビューねん 2001ねん
ツアー通算つうさん 103しょう
シングルス 92しょう
ダブルス 11しょう
生涯しょうがい獲得かくとく賞金しょうきん 134,946,100 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくドル
4だい大会たいかい最高さいこう成績せいせき・シングルス
ちょんつよし 優勝ゆうしょう(2009・22)
ぜんふつ 優勝ゆうしょう(2005-08・10-14・17-20・22)
ちょんすぐる 優勝ゆうしょう(2008・10)
全米ぜんべい 優勝ゆうしょう(2010・13・17・19)
優勝ゆうしょう回数かいすう 22(ごう2・ふつ14・えい2・まい4)
4だい大会たいかい最高さいこう成績せいせき・ダブルス
ちょんつよし 3回戦かいせん(2004・05)
ちょんすぐる 2回戦かいせん(2005)
全米ぜんべい ベスト4(2004)
くにべつ対抗たいこうせん最高さいこう成績せいせき
デビスはい 優勝ゆうしょう(2004・08・09・11・19)
ATPはい じゅん優勝ゆうしょう(2020)
キャリア自己じこ最高さいこうランキング
シングルス 1(2008ねん8がつ18にち
ダブルス 26(2005ねん8がつ8にち
獲得かくとくメダル
男子だんしテニス
オリンピック
きむ 2008 北京ぺきん シングルス
きむ 2016 リオデジャネイロ ダブルス
2023ねん10がつ16にち現在げんざい

ラファエル・ナダル・パレラRafael Nadal Parera カタルーニャ[rəfəˈɛɫ nəˈðaɫ pəˈɾeɾə] スペイン[rafaˈel naˈðal paˈɾeɾa], 1986ねん6月3にち - )は、スペインバレアレス諸島しょとうしゅうマナコル出身しゅっしん男子だんしプロテニス選手せんしゅ。ATPランキング自己じこ最高さいこうはシングルス1、ダブルス26。これまでにATPツアーでシングルス92しょう、ダブルス11しょうげている。身長しんちょう185cm、体重たいじゅう85kg。左利ひだりきき、バックハンド・ストロークはりょう手打てうち。

グランドスラム優勝ゆうしょう回数かいすう歴代れきだい2(22かい[1] [2]史上しじょう7にんとなるキャリア・グランドスラム達成たっせいしゃであり、史上しじょう4にんのダブルキャリア・グランドスラム達成たっせいしゃぜんふつオープン最多さいた連勝れんしょう記録きろく最多さいた5連覇れんぱふくむ14かい優勝ゆうしょう、オープン以降いこう最多さいたのグランドスラム同一どういつ大会たいかい14かい優勝ゆうしょう史上しじょう2にんとなるキャリア・ゴールデン・スラム史上しじょう最年少さいねんしょうの24さい3かげつ達成たっせい、2010ねんにはオープンでは5にんとなる4だい大会たいかい3かん達成たっせいマスターズ1000では歴代れきだい2となる36かい優勝ゆうしょう記録きろく保持ほじするテニス史上しじょう屈指くっし選手せんしゅBIG41人ひとりである。

また、トップ10連続れんぞく在位ざいい歴代れきだい最長さいちょう記録きろく保持ほじしており(2022ねん5がつ4にち時点じてんで866しゅう)、トップ選手せんしゅとしての活躍かつやく期間きかん史上しじょう屈指くっしである[3]

とくクレーコート非常ひじょうつよいことでられ、「クレー・キング」としょうされる。クレーコート最高さいこう勝率しょうりつ、クレーコート81連勝れんしょう、クレーコート50セット連続れんぞく奪取だっしゅ、クレーコート大会たいかいであるぜんふつオープンモンテカルロ・マスターズマドリード・オープンローマ・マスターズバルセロナ・オープン最多さいた優勝ゆうしょう記録きろく最長さいちょう連覇れんぱ記録きろくなどの数々かずかず記録きろく更新こうしんしている。

北京ぺきんオリンピック男子だんしシングルスリオデジャネイロオリンピック男子だんしダブルスきむメダリストで、デビスカップスペイン代表だいひょう5優勝ゆうしょう貢献こうけんしている。

選手せんしゅ経歴けいれき

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ジュニア時代じだい

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マヨルカとうにあるバレアレス諸島しょとうしゅうマナコルまれた。かれ叔父おじサッカーもとスペイン代表だいひょうディフェンダーのミゲル・アンヘル・ナダルであり、ラファエルも12さいまではサッカーで有望ゆうぼう選手せんしゅだったという。もう一人ひとり叔父おじであるトニー・ナダル英語えいごばん子供こどものころから2017ねんまでコーチをつとめた。8さいときにスペインの12さい以下いか大会たいかい優勝ゆうしょう

2001ねん プロ転向てんこう

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2001ねんに15さいでプロりした。

2003ねん トップ50

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2003ねん4がつ21にち、16さい10かげつ世界せかいランキング100り。2003ねん8がつ4にち、17さい2かげつ世界せかいランキング50り。

2004ねん ツアーはつ優勝ゆうしょう デビスはいはつ優勝ゆうしょう

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2004ねん8がつオレンジ・ワルシャワ・オープンでシングルスはつ優勝ゆうしょうかざり、アテネ五輪ごりんカルロス・モヤとの男子だんしダブルスで出場しゅつじょうしている。全米ぜんべいオープン男子だんしダブルスで、おなじスペインのトミー・ロブレドんで準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつしたことがある。12月のアメリカとのデビスカップ決勝けっしょうにも起用きようされ、アンディ・ロディックを6-7(6), 6-2, 7-6(6), 6-2でやぶスペイン優勝ゆうしょう貢献こうけんした[4]

2005ねん ぜんふつはつ優勝ゆうしょう

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ナダルは2005ねんシーズンにきゅう成長せいちょうはじめた。シーズン序盤じょばん中南米ちゅうなんべいのクレーコートの大会たいかいでいくつかの勝利しょうりおさめ、ぜんふつオープン前哨ぜんしょうせんとなるATPマスターズシリーズモンテカルロ・マスターズで18さい10かげつ優勝ゆうしょう世界せかいランキング10りをたす。つづBNLイタリア国際こくさいでも優勝ゆうしょう年頭ねんとうには50だったATPランキングも、ぜんふつオープン開始かいしまえの5がつ9にちには5まで上昇じょうしょうした。

だい4シードで出場しゅつじょうしたぜんふつオープンでは、ラース・ブルクスミュラーグザビエ・マリスだい30シードリシャール・ガスケだい23シードセバスチャン・グロジャンだい20シードダビド・フェレールやぶ準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつ準決勝じゅんけっしょう世界せかい1ロジャー・フェデラーやぶり、決勝けっしょうではアルゼンチン伏兵ふくへいマリアノ・プエルタって、「19さい2にち」のわかさでグランドスラムはつ優勝ゆうしょう達成たっせいぜんふつオープンでのはつ出場しゅつじょうはつ優勝ゆうしょう1982ねんマッツ・ビランデル以来いらいとなり、大会たいかいでも4番目ばんめ年少ねんしょう記録きろくだった。10代の男子だんしテニス選手せんしゅグランドスラム優勝ゆうしょうしたことも、1990ねん全米ぜんべいオープンに「19さい28にち」で優勝ゆうしょうしたピート・サンプラス以来いらい15ねんぶりの快挙かいきょであった。

そのグランドスラムでは、ウィンブルドンは2回戦かいせんジル・ミュラーに、全米ぜんべいオープンは3回戦かいせんジェームズ・ブレークやぶれるが、7がつ25にちには19さい1かげつロジャー・フェデラー世界せかいランキング2につく。2005年度ねんどATPツアーで年間ねんかん11しょうげ、そのうちATPマスターズシリーズでは、モンテカルロ・マスターズBNLイタリア国際こくさいロジャーズ・カップマドリード・マスターズの4大会たいかい優勝ゆうしょうした。

2006ねん ぜんほとけ2連覇れんぱ ウィンブルドンじゅん優勝ゆうしょう

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2006ねんぜんふつオープン優勝ゆうしょう

2006ねんのシーズンでも、ナダルはATPツアー大会たいかい決勝けっしょうせんフェデラーに4連勝れんしょう記録きろくした。同年どうねん5がつだい7かいローレウス・スポーツしょう」の「最優秀さいゆうしゅう新人しんじんしょう」を受賞じゅしょう。2006ねんにはクレーコートで、ギリェルモ・ビラスっていた「53連勝れんしょう」の記録きろく更新こうしんする。

だい2シードで出場しゅつじょうしたぜんふつオープンではロビン・セーデリングケビン・キムポール=アンリ・マチューレイトン・ヒューイットノバク・ジョコビッチイワン・リュビチッチ勝利しょうり決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうせんではフェデラーに1-6, 6-1, 6-4, 7-6でち、大会たいかい2連覇れんぱ達成たっせい。クレーコートでの連勝れんしょう記録きろくを「60連勝れんしょう」にばし、それまでグランドスラムシングルス決勝けっしょうせんけたことがなかったフェデラーに、はじめての黒星くろぼしをつけた。

同年どうねんウィンブルドンでもはじめて決勝けっしょうがったが、ぜんほとけつづく2大会たいかい連続れんぞく決勝けっしょう対決たいけつとなったフェデラーに0-6, 6-7, 7-6, 3-6でやぶれた(大会たいかい4連覇れんぱ達成たっせいしたフェデラーは、試合しあい終了しゅうりょうしばではけられなかった」とはなした)。全米ぜんべいオープンではるわず、準々じゅんじゅん決勝けっしょうミハイル・ユージニーに3-6, 7-5, 6-7, 1-6でやぶれた。

2007ねん ぜんほとけ3連覇れんぱ ウィンブルドン2ねん連続れんぞくじゅん優勝ゆうしょう

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2007ねんぜんふつオープン決勝けっしょうでフェデラーをやぶり3連覇れんぱ

全豪ぜんごうオープンでは、準々じゅんじゅん決勝けっしょうフェルナンド・ゴンサレス完敗かんぱいした。5月20にちATPマスターズシリーズハンブルク・マスターズ決勝けっしょうフェデラーに6-2, 2-6, 0-6でやぶれ、2005ねん4がつからつづいていたクレーコートの連勝れんしょう記録きろくが「81連勝れんしょう」でストップした(これはフェデラーにとって、たいナダルせんのクレーコートはつ勝利しょうりであった)。この記録きろくは、ジョン・マッケンロー室内しつないカーペットコートでマークした単一たんいつコートでの連勝れんしょう記録きろく「75連勝れんしょう」を更新こうしんするものであった。

直後ちょくごぜんふつオープンではフアン・マルティン・デル・ポトロフラビオ・チポッラアルベルト・モンタニェスレイトン・ヒューイットカルロス・モヤジョコビッチ勝利しょうり決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうフェデラーを6-3, 4-6, 6-3, 6-4でくだし、大会たいかい3連覇れんぱ達成たっせいする。ウィンブルドンでは3回戦かいせん相次あいつ降雨こうう順延じゅんえん中断ちゅうだんなやまされるなど、ハードなスケジュールのなか決勝けっしょうすすむ。フェデラーとの2ねん連続れんぞく決勝けっしょう対決たいけつでは6-7, 6-4, 6-7, 6-2, 2-6でまたもやぶれたが、しばにおいても王者おうじゃ肉薄にくはくしつつあることを十分じゅうぶんしめ激闘げきとうだった。

2008ねん ぜんほとけ4連覇れんぱ ウィンブルドンはつ優勝ゆうしょう 北京ぺきん五輪ごりんきんメダル 世界せかい1

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2008ねんロジャーズ・カップ優勝ゆうしょう

全豪ぜんごうオープンでは、はつ進出しんしゅつ準決勝じゅんけっしょう世界せかいランキング38ジョー=ウィルフリード・ツォンガに2-6, 3-6, 2-6のストレートでやぶれた。ぜんふつオープンでは、決勝けっしょうフェデラーを6-1, 6-3, 6-0のストレートでくだし、ぜんふつではビョルン・ボルグ選手せんしゅ以来いらい2にんの4連覇れんぱ達成たっせいぜんふつはつ出場しゅつじょうから28連勝れんしょうとした。ボルグは1978ねん-1981ねんにかけてぜんほとけ4連覇れんぱ達成たっせいしたため、ナダルは27ねんぶりの偉業いぎょう射止いとめたことになる。

ぜんふつオープン終了しゅうりょう、6月のアルトワ選手権せんしゅけんにおいて芝生しばふコートでのはつ優勝ゆうしょうたす。そのいきおいにり、ウィンブルドンで、5連覇れんぱちゅうフェデラーとの「4あいだ48ふん」におよぶウィンブルドン決勝けっしょう史上しじょう最長さいちょう試合しあいを6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7でせいし、はつ制覇せいはげた。スペインぜいのウィンブルドン制覇せいは1966ねんマニュエル・サンタナ以来いらい2にんで、どういちねんでのぜんふつオープンとウィンブルドン選手権せんしゅけん連続れんぞく制覇せいはは1980ねんビョルン・ボルグ以来いらい28ねんぶりである。優勝ゆうしょうめた自身じしんのサービスゲームでは、フェデラーのバックをねらったサービスや、それまで1使つかわなかったサーブ&ボレーなどの奇襲きしゅう駆使くしし、優勝ゆうしょうにした。

ウィンブルドン優勝ゆうしょうのち北京ぺきん五輪ごりんでは決勝けっしょうフェルナンド・ゴンサレスを6-3, 7-6, 6-3のストレートで圧倒あっとうし、男子だんしシングルスきんメダルを獲得かくとくした。これまでオリンピックのテニス競技きょうぎでスペインじん選手せんしゅきんメダル獲得かくとくはなく、ナダルは最初さいしょのスペインじんきんメダリストとなった。8月18にちにははじめて世界せかいランキング1につき[5]フェデラー保持ほじしてきた世界せかいランキング1連続れんぞく保持ほじ世界せかい最長さいちょう記録きろくを「237しゅう」でめた。左利ひだりききの選手せんしゅとしては、ジミー・コナーズジョン・マッケンロートーマス・ムスターマルセロ・リオスつづ歴代れきだい5にん世界せかいランキング1である。スペイン男子だんし選手せんしゅとしてはカルロス・モヤフアン・カルロス・フェレーロつづいて史上しじょう3にんとなる。全米ぜんべいオープンでははじめてだい1シードにえらばれたが、準決勝じゅんけっしょうアンディ・マリーに2-6, 6-7, 6-4, 4-6でやぶれ、はつ決勝けっしょう進出しんしゅつのがした。

2009ねん ちょんつよしはつ優勝ゆうしょう デビスはいV3

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2009ねん全豪ぜんごうオープンにて

全豪ぜんごうオープンでは、準決勝じゅんけっしょうフェルナンド・ベルダスコ決勝けっしょうフェデラーせんと2試合しあい連続れんぞくながい5セット・マッチをり、ハードコート・グランドスラムではつ優勝ゆうしょうかざった。スペインひと選手せんしゅによる全豪ぜんごうオープン優勝ゆうしょう史上しじょうはつである。ところが、ぜんふつオープンでは4回戦かいせんロビン・セーデリングに2-6, 7-6, 4-6, 6-7でやぶれ、2005ねんはつ出場しゅつじょうしてからの連勝れんしょう記録きろくが31で途切とぎれた。こののちかれりょうひざいためていたことがあきらかになる。6月19にち大会たいかい前年度ぜんねんど優勝ゆうしょうしゃとして出場しゅつじょうする予定よていだったウィンブルドン出場しゅつじょう断念だんねん表明ひょうめいした。このため、7がつ6にちけのランキングではこの大会たいかい優勝ゆうしょうしたフェデラーに1わたすことになった[5]

そのロジャーズ・カップにてだい2シードで復帰ふっきたしたものの、だい6シードのデルポトロにストレートでやぶれた。これにより、2009ねん8がつ17にちけのランキングではマリーが2となり、2005ねん7がつ18にち以来いらい、およそ4ねん1かげつぶりに3後退こうたいすることとなった[5]翌週よくしゅう開催かいさいされたシンシナティ・マスターズでも準決勝じゅんけっしょうジョコビッチ圧倒あっとうされ敗退はいたい全米ぜんべいオープンでは、準決勝じゅんけっしょうふたたデルポトロに2-6, 2-6, 2-6のストレートでやぶれた。

2010ねん キャリアゴールデンスラム達成たっせい

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2010ねんジャパン・オープン優勝ゆうしょう

前年ぜんねん優勝ゆうしょうしゃとしていどんだ全豪ぜんごうオープンでは、準々じゅんじゅん決勝けっしょうマリー相手あいてにサードセット途中とちゅう棄権きけんという結果けっかおわり、その慢性まんせいしているひざ怪我けがげつ休養きゅうよう余儀よぎなくされた。怪我けがけのBNPパリバ・オープンソニー・エリクソン・オープンでは準決勝じゅんけっしょう敗退はいたいしたが、クレーコートシーズンにはいると、ATPワールドツアー・マスターズ1000モンテカルロ・マスターズBNLイタリア国際こくさいマドリード・マスターズとクレーコートマスターズの3大会たいかい連続れんぞく優勝ゆうしょうたし、とくにマドリードの決勝けっしょうせんではフェデラーを6-4, 7-6でくだし、ひざ怪我けがから復活ふっかつしつつあることを印象いんしょうけた。クレーコートマスターズの3大会たいかい同年どうねんすべ制覇せいはしたのはナダルが史上しじょうはつである。

また、ぜんふつオープンにおいて、ぜん試合しあいストレすとれト勝とがちでの優勝ゆうしょう達成たっせいした。これはぜんふつ男子だんしテニス史上しじょう5度目どめ(ボルグ2ナスターゼ1・ナダル2)の快挙かいきょである。この翌日よくじつの6がつ7にちけのランキングにおいて1復帰ふっきした[5]

さらにウィンブルドンでも決勝けっしょう進出しんしゅつし、準々じゅんじゅん決勝けっしょうフェデラー準決勝じゅんけっしょうジョコビッチやぶったトマーシュ・ベルディハを6-3, 7-5, 6-4でやぶって2ねんぶり2度目どめ優勝ゆうしょうたした。またぜんほとけとウィンブルドンのどういちねん制覇せいは自身じしん2度目どめである。

全米ぜんべいオープンでは、決勝けっしょうジョコビッチを6-4, 5-7, 6-4, 6-2でやぶり、悲願ひがん全米ぜんべいはつタイトルをれた。これによりフェデラーつづき、4だい大会たいかい年間ねんかん3かん偉業いぎょうをなしとげている。 くわえて男子だんし7にんのキャリア・グランドスラムおよび男子だんし2にん「キャリア・ゴールデンスラム」達成たっせい。これは、グランドスラムのオープン以降いこう3にんで24さい3かげつでの達成たっせい史上しじょう最年少さいねんしょう記録きろくである。

2010ねん10がつ楽天らくてんジャパン・オープンはつ来日らいにちし、準決勝じゅんけっしょうビクトル・トロイツキにマッチポイントをにぎられながらも、7-6, 4-6, 7-6でせいした。決勝けっしょうではガエル・モンフィスに6-1, 7-5で快勝かいしょうしてはつ来日らいにち優勝ゆうしょうかざった。

最終さいしゅうせんATPワールドツアー・ファイナルズはじめて決勝けっしょう進出しんしゅつしたが、フェデラーに3-6, 6-3, 1-6でやぶれた。

2011ねん ぜんふつV6 デビスはいV4

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2011ねん全豪ぜんごうオープンにて

4だい大会たいかい4連続れんぞく優勝ゆうしょう目指めざした1がつ全豪ぜんごうオープンでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうダビド・フェレールに4-6, 2-6, 3-6でやぶれた。3月のインディアンウェルズ・マスターズマイアミ・マスターズでは決勝けっしょうジョコビッチやぶじゅん優勝ゆうしょうとなった。4月のモンテカルロ・マスターズではフェレールを6–4, 7–5でやぶり、オープン以降いこうでは史上しじょうはつとなるどういち大会たいかい7連覇れんぱ達成たっせいした。5月のマドリード・マスターズローマ・マスターズでも決勝けっしょうすすみ、史上しじょうはじめてATPワールドツアー・マスターズ1000で5大会たいかい連続れんぞく決勝けっしょう進出しんしゅつという記録きろく達成たっせいしたが、またしてもジョコビッチやぶれた。

ぜんふつオープンでは、決勝けっしょうフェデラーを7-5, 7-6(3), 5-7, 6-1でやぶり、ぜんふつではビョルン・ボルグならぶ6かい優勝ゆうしょうかざった。

ウィンブルドンでは、決勝けっしょうジョコビッチに4–6, 1–6, 6–1, 3–6でやぶれ、大会たいかい2連覇れんぱらなかった。全米ぜんべいオープンでも決勝けっしょうジョコビッチに2–6, 4–6, 7–6(3), 1–6でやぶれ、2011ねんジョコビッチせんに6せん全敗ぜんぱいとなってしまった。 楽天らくてんジャパン・オープンで2ねん連続れんぞく来日らいにちしたが、決勝けっしょうマリーに6–3, 2–6, 0–6でやぶ連覇れんぱのがした。

2012ねん ぜんふつV7 怪我けが休養きゅうよう

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全豪ぜんごうオープン決勝けっしょうでは、昨年さくねんのウィンブルドン決勝けっしょうから3大会たいかい連続れんぞくジョコビッチ対戦たいせんとなり、7-5, 4-6, 2-6, 7-6(5), 5-7でやぶれ、3大会たいかい連続れんぞくで4だい大会たいかい優勝ゆうしょうのがした。この試合しあいは、グランドスラムの決勝けっしょう史上しじょう最長さいちょうとなる5あいだ53ふんおよんだ。

4がつモンテカルロ・マスターズでは決勝けっしょうジョコビッチを6-3, 6-1でやぶジョコビッチせん連敗れんぱいを7で大会たいかい8連覇れんぱたした。ぜんふつオープン決勝けっしょうでは、ふたたジョコビッチとの対戦たいせんとなり、6-4, 6–3, 2–6, 7–5でやぶり3ねん連続れんぞく7度目どめ優勝ゆうしょうたし、オープン以降いこうではビョルン・ボルグき、ぜんふつオープン最多さいた優勝ゆうしょう記録きろく更新こうしんした。

しかし、つづウィンブルドンでは当時とうじランク100ルカシュ・ロソルにフルセットのすえやぶれ、2005ねん以来いらい7ねんぶりの2回戦かいせん敗退はいたいとなった。大会たいかいひざ怪我けがによりロンドンオリンピック出場しゅつじょう断念だんねんし、開会かいかいしきのスペイン選手せんしゅだん旗手きしゅ辞退じたいした。その怪我けが回復かいふくせず、全米ぜんべいオープン、上海しゃんはいマスターズ、パリマスターズ、年間ねんかん最終さいしゅうせん欠場けつじょうねん後半こうはんせん主要しゅよう大会たいかいすべてを欠場けつじょうすることとなってしまった。

2013ねん GS2かん世界せかい1復活ふっかつ

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全豪ぜんごうオープン感染かんせんしょう理由りゆう欠場けつじょう。2月、復帰ふっき初戦しょせんVTRオープンでは単複たんぷくともに決勝けっしょうまで進出しんしゅつするも、シングルスでは世界せかいランク73オラシオ・セバジョスに7-6, 6-7, 4-6でやぶれるなど、どちらもじゅん優勝ゆうしょうわった。翌週よくしゅうブラジル・オープン復帰ふっきはつ優勝ゆうしょうかざると、アビエルト・メキシコ・テルセルBNPパリバ・オープン優勝ゆうしょう。ヨーロッパクレーシーズンは、モンテカルロ・マスターズ決勝けっしょうジョコビッチに2-6, 6-7でやぶ大会たいかい9連覇れんぱとはならなかった。しかしそのバルセロナ・オープン・バンコ・サバデルマドリード・マスターズBNLイタリア国際こくさいの3大会たいかい優勝ゆうしょう復帰ふっきしてからぜんふつオープンまでで出場しゅつじょうした8大会たいかいすべてにおいて決勝けっしょう進出しんしゅつし、そのうち6大会たいかい優勝ゆうしょうするなど完全かんぜん復活ふっかつたす。

ぜんふつオープンでは、準決勝じゅんけっしょうだい1シードのジョコビッチに6-4, 3-6, 6-1, 6(3)-7, 9-7、4あいだ37ふんおよぶフルセットで勝利しょうりし、決勝けっしょうではフェレールをストレートでくだして大会たいかい2度目どめの4連覇れんぱと8度目どめ優勝ゆうしょう達成たっせい。グランドスラム1大会たいかいにおける8かい優勝ゆうしょう史上しじょうはつであり、また、ギリェルモ・ビラス保持ほじしていたぜんふつオープンでの最多さいたマッチ勝利しょうりすう更新こうしんする59しょうげた。

ウィンブルドンでは、1回戦かいせん当時とうじ世界せかいランク135スティーブ・ダルシスに6-7, 6-7, 4-6で敗退はいたいしてしまう。ナダルが4だい大会たいかい初戦しょせん敗退はいたいするのはプロ転向てんこうはじめてのことだった。しかし、その北米ほくべいハードコートシーズンでは好調こうちょうさをもどし、ロジャーズ・カップでは決勝けっしょう地元じもとぜいミロシュ・ラオニッチを、翌週よくしゅうシンシナティ・マスターズでも決勝けっしょう地元じもとぜいジョン・イズナーくだし、ハードコートのマスターズ大会たいかいで2しゅう連続れんぞく優勝ゆうしょうたした。

全米ぜんべいオープンでも決勝けっしょう進出しんしゅつジョコビッチに6-2, 3-6, 6-4, 6-1のセットカウント3-1で勝利しょうり優勝ゆうしょう歴代れきだい単独たんどく3となる4だい大会たいかい13しょうげた。そのチャイナ・オープンでは決勝けっしょうジョコビッチ敗退はいたい上海しゃんはいマスターズパリ・マスターズでは、デルポトロフェレールにいずれも準決勝じゅんけっしょうやぶれた。

ATPワールドツアー・ファイナルズではラウンドロビン全勝ぜんしょうで3ねんぶりに決勝けっしょうまですすむも、ジョコビッチやぶじゅん優勝ゆうしょうわった。それでも2013ねんは10大会たいかい優勝ゆうしょうし、3ねんぶりにシーズンランキング1かがや[5]自身じしんはつ年間ねんかん勝率しょうりつ90%えをたした。また1シーズンにおける獲得かくとく賞金しょうきんが1456まん915ドルにのぼり、前年度ぜんねんどジョコビッチ記録きろく上回うわまわ歴代れきだい最多さいた記録きろく更新こうしんした。

2014ねん ぜんほとけ5連覇れんぱV9 怪我けがさい故障こしょう

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年初ねんしょカタール・エクソンモービル・オープン優勝ゆうしょう通算つうさん61しょうげた。つづ全豪ぜんごうオープンでは、しつセットすう1と安定あんていしたプレーで決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうでは4だい大会たいかいはつ決勝けっしょう進出しんしゅつたしただい8シードのスタン・ワウリンカ対戦たいせん過去かこ12せん全勝ぜんしょう相性あいしょう相手あいてではあったが、試合しあいちゅうった怪我けが影響えいきょうや、ワウリンカ攻撃こうげきてきなプレーにくっし3-6, 2–6, 6-3, 3-6で敗退はいたいじゅん優勝ゆうしょうわった。2月開催かいさいリオ・オープンでは、決勝けっしょうアレクサンドル・ドルゴポロフやぶ優勝ゆうしょう。3月、BNPパリバ・オープンでは3回戦かいせんドルゴポロフに、マイアミ・マスターズでは、決勝けっしょうジョコビッチ敗退はいたいした。クレー・シーズンではモンテカルロ・マスターズバルセロナ・オープンの2大会たいかいでは、過去かこ9年間ねんかん決勝けっしょう進出しんしゅつのがしたことはなかったが、りょう大会たいかいとも準々じゅんじゅん決勝けっしょう敗退はいたいした。マドリード・マスターズでは決勝けっしょうまですすみ、錦織にしきおりけい途中とちゅう棄権きけんにより4度目どめ優勝ゆうしょうたした。ローマ・マスターズでは決勝けっしょうジョコビッチ敗退はいたい

ぜんふつオープンでは決勝けっしょうまですすみ、キャリアグランドスラムをねらジョコビッチを3-6, 7-5, 6-2, 6-4でやぶり、ぜんほとけ5連覇れんぱと9度目どめ優勝ゆうしょうおよピート・サンプラスならぶグランドスラム14しょうげた。しばシーズンではるわず、前哨ぜんしょうせんゲリー・ウェバー・オープン初戦しょせん敗退はいたいウィンブルドンでは4回戦かいせんニック・キリオス敗退はいたいした。その北米ほくべいマスターズ2大会たいかい全米ぜんべいオープンは手首てくび怪我けがにより欠場けつじょうすることとなった。10月チャイナ・オープン復帰ふっきたすが、上海しゃんはいマスターズスイス・インドアふくめ3大会たいかい準決勝じゅんけっしょうまでに敗退はいたいした。ATPワールドツアー・ファイナルズ虫垂炎ちゅうすいえん手術しゅじゅつにより欠場けつじょう表明ひょうめいした。

2015ねん 長期ちょうきてき不調ふちょう 世界せかい5

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2015ねん

1がつカタール・エクソンモービル・オープンダブルスで優勝ゆうしょうだい3シードで出場しゅつじょうした全豪ぜんごうオープンでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうでそれまで17連勝れんしょうしていたトマーシュ・ベルディハ敗北はいぼく。2月のリオ・オープンでは準決勝じゅんけっしょうファビオ・フォニーニ逆転ぎゃくてんけをきっした。3月はアルゼンチン・オープン優勝ゆうしょうBNPパリバオープンではミロシュ・ラオニッチやぶれベスト8。マイアミ・マスターズ直前ちょくぜん練習れんしゅう足首あしくび捻挫ねんざするも大会たいかい出場しゅつじょうおなじスペインじん選手せんしゅフェルナンド・ベルダスコやぶれる。だい3シードで出場しゅつじょうしたモンテカルロ・マスターズ準決勝じゅんけっしょうジョコビッチやぶれた。バルセロナ・オープンでは3回戦かいせんでまたもファビオ・フォニーニやぶれた。2連覇れんぱちゅうマドリード・オープンでは決勝けっしょう進出しんしゅつするもマリーやぶれた。5月11にち発表はっぴょうされた世界せかいランキングで7転落てんらくし2005ねん5がつ2にち以来いらい10ねんぶりのトップ5ちとなった[6]。6大会たいかい連続れんぞく決勝けっしょう進出しんしゅつちゅうBNLイタリア国際こくさいでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうワウリンカやぶれた。これによりぜんふつオープン自身じしんはつとなるだい5シード以下いかでの出場しゅつじょう確定かくてい。またモンテカルロマドリードローマのクレーコートマスターズ1000大会たいかいでいずれも優勝ゆうしょうできないままぜんふつオープン出場しゅつじょうするのも自身じしんはつとなる[7]

むかえたぜんふつオープンではだい6シードで出場しゅつじょう準々じゅんじゅん決勝けっしょうだい1シードジョコビッチ対戦たいせん2人ふたりグランドスラムのベスト8以下いか対戦たいせんするのは公式こうしきせんはつ対決たいけつ2006ねんぜんふつ以来いらい9ねんぶり。結果けっかはナダルが5-7, 3-6, 1-6のストレートでやぶれ、ぜんふつでは2009ねんロビン・セーデリングたたかえ以来いらい6ねんぶりの敗北はいぼくぜんふつ通算つうさん2はいとなり、連続れんぞく優勝ゆうしょう記録きろくは5連覇れんぱでストップした。6月8にちのランキングでは10下降かこう世界せかいランク10以下いかになるのは2005ねん4がつ18にち以来いらいやく10ねん2かげつぶり。

6月のメルセデス・カップでは決勝けっしょうビクトル・トロイツキ勝利しょうりし、5ねんぶりにしばでのタイトルを獲得かくとくする。しかし、エイゴン選手権せんしゅけんでは初戦しょせんドルゴポロフやぶれ、むかえたウィンブルドン選手権せんしゅけんでは2回戦かいせんダスティン・ブラウンやぶれ、ウィンブルドン選手権せんしゅけんで4ねん連続れんぞく世界せかいランキング100以下いか選手せんしゅやぶれることとなった。

7がつドイツ国際こくさいオープンでは決勝けっしょうでシーズン2やぶれたフォニーニ勝利しょうりし、シーズンはつのヨーロッパでのクレーコートでのタイトルを獲得かくとくした。10だったランキングも8までもどし、またレースランキングでも6につけるなど、復調ふくちょうきざしもせる。しかし、ロジャーズ・カップでは準々じゅんじゅん決勝けっしょう錦織にしきおりけいに2-6, 4-6で完敗かんぱいシンシナティ・マスターズでは3回戦かいせんフェリシアーノ・ロペスやぶれた。

全米ぜんべいオープンでは3回戦かいせんフォニーニに6-3, 6-4, 4-6, 3-6, 4-6でやぶれた。フォニーニにやぶれたのは今季こんき3度目どめ、ハードコートでははつ敗北はいぼくとなった。チャイナ・オープンでは準決勝じゅんけっしょうふたたフォニーニ対戦たいせんし、7-5, 6-3で勝利しょうり決勝けっしょうジョコビッチに2-6, 2-6でやぶれた。上海しゃんはいマスターズでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうワウリンカに6-2, 6-1で勝利しょうりし、ハードコートのマスターズではやく1ねん7かげつぶりに準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつ準決勝じゅんけっしょうジョー=ウィルフリード・ツォンガに4-6, 6-0, 5-7でやぶれた。

スイス・インドアでは、決勝けっしょうフェデラーに3-6, 7-5, 3-6でやぶれた。フェデラーとの対戦たいせんは2014ねんぜんごう以来いらいやく2ねんぶり、決勝けっしょうでは2013ねん5がつからやく2ねんはんぶり、敗北はいぼくしたのは2012ねんインディアンウェルズ・マスターズ以来いらいのことである。BNPパリバ・マスターズでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうワウリンカに6-7(8), 6-7(6)でやぶれた。ATPワールドツアー・ファイナルズでは初戦しょせんワウリンカを6–3, 6–2でやぶると、だい2せんマリーを6-4, 6-1で圧倒あっとうし、復活ふっかつ印象いんしょうけた。準決勝じゅんけっしょうではジョコビッチに3-6, 3-6でやぶれた。年間ねんかん最終さいしゅうランキングは5

2016ねん リオ五輪ごりんダブルスきんメダル

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リオ五輪ごりんにて

年初ねんしょカタール・エクソンモービル・オープンでは、決勝けっしょうで1-6, 2-6という一方いっぽうてきなスコアでジョコビッチにやぶじゅん優勝ゆうしょう全豪ぜんごうオープンでは初戦しょせんベルダスコに6-7(6), 6-4, 6-3, 6-7(4), 2-6でやぶれた。初戦しょせん敗退はいたいぜんごうでははつ、グランドスラム全体ぜんたいでも2013ねんウィンブルドン以来いらい2かい。2月のアルゼンチン・オープンでは準決勝じゅんけっしょうドミニク・ティームに、リオ・オープンでは準決勝じゅんけっしょうパブロ・クエバスやぶれた。

3月のBNPパリバ・オープンでは準々じゅんじゅん決勝けっしょう錦織にしきおりけいを6-4, 6-3でやぶり、とう大会たいかい3ねんぶりに準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつ準決勝じゅんけっしょうジョコビッチやぶれた。マイアミ・オープンでは初戦しょせんダミル・ジュムールせん途中とちゅう棄権きけんした。4月のモンテカルロ・マスターズではティームワウリンカマリーやぶり、3ねんぶりの決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうガエル・モンフィス対戦たいせんし7-5, 5-7, 6-0で勝利しょうりし、マスターズで2ねんぶり、どう大会たいかい4ねんぶり9かい優勝ゆうしょうたした。翌週よくしゅうバルセロナ・オープンでは3ねんぶりに決勝けっしょう進出しんしゅつたし、決勝けっしょう錦織にしきおりけいに6-4, 7-5で勝利しょうりし、3ねんぶり9度目どめ優勝ゆうしょうたす。5月のマドリード・オープンでは準決勝じゅんけっしょうでマリーにやぶれた。翌週よくしゅうBNLイタリア国際こくさいでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうジョコビッチやぶれた。ぜんふつオープンでは2回戦かいせんファクンド・バグニス勝利しょうりし、グランドスラム200しょうげる[8]。しかし、3回戦かいせんひだり手首てくび怪我けがのため棄権きけんした[9]。ナダルがぜんふつで2ねん連続れんぞく優勝ゆうしょうできなかったのは自身じしんはつであった。ぜんふつ世界せかいランキングで2015ねん5がつ10にち以来いらい1ねん1かげつぶりに4となった。しかし、ひだり手首てくび怪我けがのためにウィンブルドンふくしばシーズンの大会たいかい欠場けつじょうした[10]

リオ五輪ごりん復帰ふっきたす。スペイン選手せんしゅだん旗手きしゅつとめ、ダブルスではマルク・ロペスんで決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうルーマニアメルジャ/テカウくみに6-2, 3-6, 6-4で勝利しょうりし、きんメダルを獲得かくとくした。シングルスでは準決勝じゅんけっしょうデルポトロに7-5, 4-6, 6-7(5)でやぶれた。3決定けっていせんでは錦織にしきおりけい対戦たいせんだい2セットでは2-5の劣勢れっせいから2ブレークしセットをるも、2-6, 7-6(1), 3-6でやぶれた。

五輪ごりん翌週よくしゅうシンシナティ・マスターズでは3回戦かいせんボルナ・チョリッチやぶれた。全米ぜんべいオープンでは4回戦かいせんリュカ・プイユと4あいだえる激戦げきせんすえ、1-6, 6-2, 4-6, 6-3, 6-7(6)でやぶれた。チャイナ・オープンでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうグリゴール・ディミトロフに、上海しゃんはいマスターズでは初戦しょせんビクトル・トロイツキやぶれた。上海しゃんはいマスターズでの初戦しょせん敗退はいたいひだり手首てくび怪我けがのリハビリのため、のこりシーズンの欠場けつじょう表明ひょうめいした[11]

2017ねん ぜんふつV10 全米ぜんべいV3 世界せかい1復活ふっかつ

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2017ねんぜんふつオープンでのラファエル・ナダル

復帰ふっきせんとなる年初ねんしょブリスベン国際こくさいでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうミロシュ・ラオニッチやぶれた。全豪ぜんごうオープンでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうでラオニッチに、準決勝じゅんけっしょうグリゴール・ディミトロフに6-3, 5-7, 7-6(5), 6-7(4), 6-4で勝利しょうりし、グランドスラムでは2014ねんぜんふつオープン以来いらい決勝けっしょう進出しんしゅつたす。決勝けっしょうではロジャー・フェデラーとグランドスラムでは2014ねん全豪ぜんごうオープン以来いらい、グランドスラム決勝けっしょうでは2011ねんぜんふつオープン以来いらいとなる対戦たいせん。4-6, 6-3, 1-6, 6-3, 3-6でやぶれ、じゅん優勝ゆうしょうとなった。

2がつメキシコ・オープンではサム・クエリーくっじゅん優勝ゆうしょう。3月のBNPパリバ・オープンでは4回戦かいせんふたたびフェデラーと対戦たいせんし、2-6, 3-6でやぶれた。つづマイアミ・オープンでも決勝けっしょうでフェデラーと対戦たいせんし、3-6, 4-6でやぶれてじゅん優勝ゆうしょうとなった。

4がつモンテカルロ・マスターズでは決勝けっしょうおなじスペインのアルベルト・ラモス=ビノラスに6-1, 6-3で勝利しょうりし、2017ねんシーズンはつ優勝ゆうしょうとなるモンテカルロ通算つうさん10かい優勝ゆうしょうたし、同時どうじ通算つうさん70しょう、さらにギリェルモ・ビラスいて単独たんどく1となるクレー通算つうさん50しょう達成たっせいした。 そのバルセロナ・オープンマドリード・マスターズでは、ともに決勝けっしょうドミニク・ティームやぶ優勝ゆうしょう。しかしつづBNLイタリア国際こくさいではだい8シードのティームにリベンジをらって準々じゅんじゅん決勝けっしょう敗退はいたいとなった。そしてむかえたぜんふつオープンではティーム、スタン・ワウリンカなどに勝利しょうりし、ぜん試合しあいストレート勝利しょうりしつゲームすう35という脅威きょうい試合しあいはこびでグランドスラム史上しじょうはつどう大会たいかいラ・デシマ(スペインでV10)を達成たっせい[12]

2017ねんウィンブルドン選手権せんしゅけんでのラファエル・ナダル

ウィンブルドンではだい4シードから順当じゅんとうに4回戦かいせんまでがり、だい16シードのジレ・ミュラー対戦たいせん。2セットダウンからいつくねばりをせるも、最終さいしゅうセットで接戦せっせんすえ13-15とやぶれ、じゅん優勝ゆうしょうした2011ねん以来いらいのベスト8進出しんしゅつのがした。

ロジャーズ・カップでは世界せかいランク2ながらアンディ・マリー欠場けつじょうによりだい1シードで参戦さんせん。3回戦かいせん地元じもとカナダの新星しんせいデニス・シャポバロフ相手あいて敗退はいたい。しかしマリーにくわ世界せかいランキング3のフェデラーがつぎウエスタン・アンド・サザン・オープン欠場けつじょう表明ひょうめいしたため、3ねんぶりの世界せかい1復帰ふっき確定かくていした。その大会たいかいでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうニック・キリオスやぶれた。そして全米ぜんべいオープンは、2014ねんぜんふつオープン以来いらいとなるグランドスラムだい1シードとして出場しゅつじょう準々じゅんじゅん決勝けっしょう若手わかてアンドレイ・ルブレフを6-1, 6-2, 6-2で一蹴いっしゅうすると準決勝じゅんけっしょうでは、2009ねんどう大会たいかい覇者はしゃであり準々じゅんじゅん決勝けっしょうでフェデラーをやぶったフアン・マルティン・デル・ポトロ対決たいけつし、これを4-6, 6-0, 6-3, 6-2で撃破げきは決勝けっしょうではケビン・アンダーソンを6-3, 6-3, 6-4のストレートでたおし、こんシーズン2度目どめとなる16度目どめよんだい大会たいかい制覇せいはたした。ハードコート大会たいかいでの優勝ゆうしょうは2014ねん開幕かいまくせんカタール・エクソンモービル・オープン以来いらいやく3ねん8かげつぶりのことであった。

全米ぜんべい優勝ゆうしょうはつ大会たいかいはこの年初ねんしょ開催かいさいとなったエキシビションマッチであるレーバーカップ長年ながねんのライバルのフェデラーとダブルスをんでファンをかせ、またシングルスでも1しょう記録きろくして欧州おうしゅう選抜せんばつチームの優勝ゆうしょう貢献こうけんした。アジアシリーズではまずチャイナ・オープン参戦さんせん準決勝じゅんけっしょうでは昨年さくねんどう大会たいかいやぶれたディミトロフに勝利しょうりすると、決勝けっしょうでキリオスに6-2, 6-1で圧勝あっしょうし12ねんぶりに優勝ゆうしょうした。つづ上海しゃんはいマスターズでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうふたたびディミトロフを、準決勝じゅんけっしょうマリン・チリッチやぶって2しゅう連続れんぞく決勝けっしょう進出しんしゅつ。しかし決勝けっしょうではシーズン4度目どめ対戦たいせんとなったフェデラーにまたしてもやぶれた。

スイス・インドア上海しゃんはいからつづひざ状態じょうたい悪化あっかにより欠場けつじょう。しかしつづBNPパリバ・マスターズ復帰ふっきすると2回戦かいせんていげんくだし、30だい選手せんしゅとしてははつとなる年間ねんかん最終さいしゅうランク1確定かくていさせる。その3回戦かいせんにも勝利しょうりしたものの準々じゅんじゅん決勝けっしょうまえ棄権きけんした。

2ねんぶりの出場しゅつじょうとなったATPファイナルズでは、ティーム、ディミトロフ、ダビド・ゴファンおなじグループにはいった。初戦しょせんでゴファン相手あいてにマッチポイント4ほんしのぐも、6-7(5), 7-6(4), 4-6のフルセットでやぶれ、そのひざ負傷ふしょう理由りゆうどう大会たいかいからの棄権きけん表明ひょうめいした。年間ねんかん最終さいしゅうランキングは1

2018ねん ぜんほとけ2連覇れんぱV11

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2017ねんシーズンに負傷ふしょうしたあし状態じょうたい心配しんぱいされるなか出場しゅつじょうであったが、全豪ぜんごうオープンでは順当じゅんとうがり、4回戦かいせんディエゴ・シュワルツマンやぶ準々じゅんじゅん決勝けっしょう進出しんしゅつ。しかしマリン・チリッチとの試合しあいではセットカウント2-1とリードしただい4セットであし故障こしょうし、必死ひっしのプレーをせるがだい5セットを0-2とリードされた時点じてん棄権きけんしベスト8となった。またその負傷ふしょう長引ながびいたことにより、出場しゅつじょう予定よていしていたメキシコ・オープンBNPパリバ・オープンマイアミ・オープンの3大会たいかい辞退じたいし、はる北米ほくべいハードシーズンはスキップすることとなった。そのあいだロジャー・フェデラー一時いちじてき世界せかいランキング1奪還だっかんされたものの、フェデラーのポイント失効しっこうによりマイアミ終了しゅうりょうに5度目どめのランキング1となる。

デビスカップ準々じゅんじゅん決勝けっしょうのドイツせん復帰ふっきし、フィリップ・コールシュライバーアレクサンダー・ズベレフやぶって順調じゅんちょうすべしをせる。

モンテカルロ・マスターズでは錦織にしきおりけいを6-3, 6-2のストレートでやぶりマスターズ1000シリーズ単独たんどく1となる31しょうかざった。つづバルセロナ・オープンでは決勝けっしょうステファノス・チチパスを6-2, 6-1のスコアであつだおしモンテカルロにつづくウンデシマ(スペインでV11)を達成たっせいマドリード・オープンでは、3回戦かいせんでシュワルツマンに勝利しょうりし、クレーコートでの連続れんぞくセット取得しゅとくを50として、1984ねんジョン・マッケンローがカーペットコートでてたどういちサーフェスの連続れんぞくセット取得しゅとく記録きろくを34ねんりに更新こうしんした。しかしつづ準々じゅんじゅん決勝けっしょうドミニク・ティームせんだい1セットをうばわれ、しくも昨年さくねんローマどう選手せんしゅやぶれて以来いらいつづいていた記録きろくがストップすると、そのままだい2セットもとしてストレートで敗北はいぼくふたたびフェデラーに世界せかいランク1ゆずることとなった。1週間しゅうかんのローマ・マスターズでは、準々じゅんじゅん決勝けっしょう地元じもとイタリアのファビオ・フォニーニ対戦たいせん。2015ねんには1年間ねんかんで3敗戦はいせん(うち2つはクレーコート)をきっしたこともあるフォニーニに苦戦くせんいられたものの、逆転ぎゃくてん撃破げきはしてベスト4進出しんしゅつたす。準決勝じゅんけっしょう長年ながねんのライバルであるノバク・ジョコビッチたいして通算つうさん25かいとなる勝利しょうりおさ決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうでは連覇れんぱねらうA. ズベレフを6-1, 1-6, 6-3のフルセットでくだし5ねんぶり8度目どめ優勝ゆうしょう、ランキングも1しゅうで1かえいた。

そしてむかえたぜんふつオープンでは4回戦かいせんまで順当じゅんとうがり、つづ準々じゅんじゅん決勝けっしょうではシュワルツマンにだい1セットのうばわれこん大会たいかいはじめてセットをうしなうも、雨天うてん翌日よくじつ順延じゅんえんとなってからは3セットを連取れんしゅしベスト4に進出しんしゅつ準決勝じゅんけっしょうではフアン・マルティン・デル・ポトロを6-4, 6-1, 6-2で圧倒あっとうした。決勝けっしょう過去かこ2ねんのクレーで唯一ゆいいつ敗北はいぼくきっしているティームとの対戦たいせんであったが、6-4, 6-3, 6-2のストレートで勝利しょうりおさめ、ぜんほとけ11度目どめ優勝ゆうしょうかざる。

だい2シードでむかえたウィンブルドン選手権せんしゅけんでは4回戦かいせんまでストレートですすみ、準々じゅんじゅん決勝けっしょうだい5シードのデル・ポトロに7-5, 6-7(7), 4-6, 6-4, 6-4のフルセットで勝利しょうりして自身じしん7ねんぶりのベスト4へ進出しんしゅつ。しかし4度目どめ優勝ゆうしょうねらだい12シードのジョコビッチとの2日間にちかんにわたる激闘げきとうすえ4-6, 6-3, 6-7(9), 6-3, 8-10で敗北はいぼく自身じしん6度目どめ決勝けっしょう進出しんしゅつとはならなかった。

北米ほくべいシーズンのロジャーズ・カップでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうでチリッチを2-6, 6-4, 6-4の逆転ぎゃくてん勝利しょうり準決勝じゅんけっしょうこますすめると、ロシア期待きたい若手わかてカレン・ハチャノフくだ決勝けっしょう進出しんしゅつめる。決勝けっしょうではこん大会たいかいTOP10を4にん撃破げきは新星しんせいステファノス・シチパス対戦たいせん、 6-2, 7-6(4)で勝利しょうりし、5ねんぶり4度目どめ優勝ゆうしょうたした。ハードコートでのマスターズ制覇せいはは2013ねんシンシナティ・マスターズ以来いらいのことである。そして、この大会たいかい優勝ゆうしょうのち身体しんたい休養きゅうよう理由りゆうにシンシナティの辞退じたい発表はっぴょうした。

2018ねん全米ぜんべいオープンでのラファエル・ナダル

むかえた全米ぜんべいオープンにはだい1シードで参戦さんせん。3回戦かいせんのハチャノフせんでメディカルタイムアウトをるなどひざ状態じょうたい不安ふあんされたが順当じゅんとうがり、4回戦かいせんニコロズ・バシラシビリせん勝利しょうりしてベスト8に進出しんしゅつする。準々じゅんじゅん決勝けっしょうではクレーコートのライバルであるティームとハードではつ対戦たいせんだい1セットを0-6で一方いっぽうてきとしたもののそこから驚異きょういなおりをせ、0-6, 6-4, 7-5, 6-7(4), 7-6(5)で4あいだ48ふんおよたたかいをせいした。つづ準決勝じゅんけっしょうではデル・ポトロとグランドスラムで3大会たいかい連続れんぞくしょうまみえることとなったが、2セットを先行せんこうされたところでひざ限界げんかいむかえて棄権きけん自身じしんはつ全米ぜんべい連覇れんぱかなわなかった。

そのアジアシーズンは前述ぜんじゅつ負傷ふしょうにより全休ぜんきゅうパリ・マスターズもエントリーこそしたものの大会たいかいまえ棄権きけんATPファイナルズ辞退じたい表明ひょうめいしシーズンを終了しゅうりょうした。このあいだにジョコビッチが世界せかいランキング1かえいたため、年間ねんかん最終さいしゅうランクは2

2019ねん ぜんほとけ3連覇れんぱV12 全米ぜんべいV4 デビスはいV5

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出場しゅつじょう予定よていだったブリスベン国際こくさいをスキップし万全ばんぜんしていどんだ全豪ぜんごうオープンでは、3回戦かいせんアレックス・デミノー準々じゅんじゅん決勝けっしょうフランシス・ティアフォー準決勝じゅんけっしょうステファノス・チチパス期待きたい若手わかて次々つぎつぎたおしてぜん試合しあいストレート勝利しょうり決勝けっしょう進出しんしゅつ。しかし決勝けっしょうではだい1シードのノバク・ジョコビッチに3-6, 2-6, 3-6と完敗かんぱい、2ねんぶり4度目どめじゅん優勝ゆうしょうわった。BNPパリバ・オープン準決勝じゅんけっしょうみぎひざ負傷ふしょう棄権きけんすると、マイアミ・オープン欠場けつじょう

復帰ふっきせんモンテカルロ・マスターズでは準決勝じゅんけっしょうファビオ・フォニーニに4-6, 2-6でやぶれ、大会たいかい4連覇れんぱのがした。試合しあい、「クレーでは過去かこ14ねん最悪さいあく試合しあいひとつだった」とかたった[13]つづバルセロナ・オープンではドミニク・ティームに、マドリード・マスターズでは対戦たいせん成績せいせき無敗むはいステファノス・チチパスやぶれクレーの大会たいかいでまさかの3大会たいかい連続れんぞく準決勝じゅんけっしょう敗退はいたいとなった。ぜんふつオープンの前哨ぜんしょうせんであるローマ・マスターズでは不調ふちょうからだっし、ぜん試合しあいストレすとれト勝とがちで決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうでは世界せかいランキング1ノバク・ジョコビッチを6-0, 4-6, 6-1でくだこんシーズンはつ優勝ゆうしょうたした。むかえたぜんふつオープンでは、準々じゅんじゅん決勝けっしょう錦織にしきおりけいを6-1, 6-1, 6-3のストレートでやぶると、準決勝じゅんけっしょうでは最大さいだいのライバルでもあるロジャー・フェデラーを6-3, 6-4, 6-2でやぶ決勝けっしょう進出しんしゅつ決勝けっしょうでは2ねん連続れんぞくどういちカードとなったドミニク・ティームに6-3, 5-7, 6-1, 6-1で勝利しょうりし、3連覇れんぱ・12かい優勝ゆうしょうたした。

ウィンブルドン選手権せんしゅけんは2がつメキシコ・オープンやぶれたニック・キリオスを2回戦かいせんくだすと、準々じゅんじゅん決勝けっしょうではサム・クエリーやぶり2ねん連続れんぞくでベスト4進出しんしゅつ準決勝じゅんけっしょうでは、ウィンブルドンでは2008ねん以来いらい、11ねんぶりの対戦たいせんとなったフェデラーに6-7(3), 6-1, 3-6, 4-6でやぶれ、ぜんふつのリベンジをたされた。ロジャース・カップでは、決勝けっしょうダニール・メドベージェフを6-3, 6-0と圧倒あっとうし、自身じしんはつとなるハードコート大会たいかいでの連覇れんぱ達成たっせいした。メドベージェフとはつづ全米ぜんべいオープン決勝けっしょうでも対戦たいせんし、7-5,6-3,5-7,4-6,6-4の、全米ぜんべい決勝けっしょう最長さいちょうとなる4あいだ50ふんおよ死闘しとうせいし、4度目どめ優勝ゆうしょうげている。

アジアシーズンを全休ぜんきゅうむかえたBNPパリバ・マスターズでは準決勝じゅんけっしょうまで順当じゅんとうがっものの準決勝じゅんけっしょうデニス・シャポバロフせん直前ちょくぜん腹筋ふっきん炎症えんしょうにより棄権きけん最終さいしゅうせんATPファイナルズ出場しゅつじょう不安ふあんのこかたちとなった。むかえた最終さいしゅうせんは2しょう1はいながらラウンドロビン敗退はいたいわったが、フェデラー、ジョコビッチとなら通算つうさん5度目どめ年間ねんかん1確定かくていした[14]

デビスカップでは8試合しあい出場しゅつじょうして全勝ぜんしょうする大車輪だいしゃりん活躍かつやく優勝ゆうしょうおおきく貢献こうけんした[15]

2020ねん ぜんほとけ4連覇れんぱV13 ぜんふつ通算つうさん100しょう GS20しょう 通算つうさん1000しょう

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ATPカップは8試合しあい出場しゅつじょうする貢献こうけんぶりをせたが、セルビアとの決勝けっしょうではジョコビッチにやぶれ、チームもじゅん優勝ゆうしょうだった。全豪ぜんごうオープンでは4ねん連続れんぞくベスト8りしたが、準々じゅんじゅん決勝けっしょうでティエムにやぶれた。2がつ下旬げじゅんメキシコ・オープン優勝ゆうしょう。その直後ちょくごより新型しんがたコロナウイルス感染かんせんしょう流行りゅうこう影響えいきょうでツアーが中断ちゅうだんに。中断ちゅうだん期間きかんにはフェデラーらとのライブチャットを配信はいしんした[16]再開さいかい感染かんせんへの懸念けねんから全米ぜんべいオープンふくむアメリカでの大会たいかい欠場けつじょう[17]。その異例いれい時期じきおこなわれたクレーシーズンで復帰ふっきしたが、初戦しょせんの9せいしているBNLイタリア国際こくさいでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうディエゴ・シュワルツマン敗北はいぼくした。

このとしぜんふつオープンは普段ふだんぶしことなる9がつ開催かいさいされたため、「さむさ」というあらたなてき出現しゅつげんした。さらには、こん大会たいかいからボールがバボラしゃせいからウィルソンしゃせい変更へんこうされ、ボールがおもくなってスピンがかけにくくなり、スピンボールを多用たようするナダルにとって不利ふり条件下じょうけんかでのたたかいをいられた。それでも、ぜんふつオープンでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうまでぜん試合しあいストレートでがると、準決勝じゅんけっしょうでは前哨ぜんしょうせんやぶれたディエゴ・シュワルツマンに6-3, 6-3, 7-6(7-0)で快勝かいしょう。そののジョコビッチとの決勝けっしょうせんでは、6-0, 6-2, 7-5のスコアでジョコビッチを圧倒あっとうし、前人未到ぜんじんみとうぜんふつオープン13度目どめ優勝ゆうしょう。2017ねんぜんふつオープン以来いらいしつセットすう0での優勝ゆうしょうとなった。この勝利しょうりで、ツアーマッチ通算つうさん999しょう、クレー通算つうさんタイトル60しょうぜんふつオープンマッチ通算つうさん100しょう自身じしん3度目どめぜんほとけ4連覇れんぱ達成たっせいした。また、グランドスラム通算つうさん20しょうとなりロジャー・フェデラーとならんで歴代れきだい1浮上ふじょうした。

パリ・マスターズでは、2回戦かいせんフェリシアーノ・ロペスに4-6, 7-6(7-5), 6-4で逆転ぎゃくてん勝利しょうりし、史上しじょう4にんのシングルス通算つうさん1000しょう達成たっせいした[18]。ATPファイナルズはベスト4。年末ねんまつ順位じゅんいは2

2021ねん ぜんほとけ3度目どめ敗退はいたい

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全豪ぜんごうオープンは8きょうりしたが、準々じゅんじゅん決勝けっしょうステファノス・チチパスに2セットアップからの逆転ぎゃくてんけをきっした。以降いこう背中せなか負傷ふしょう欠場けつじょうし、4がつモンテカルロ・マスターズ復帰ふっきつづバルセロナ・オープン・バンコ・サバデルで、好調こうちょうステファノス・チチパスをマッチポイントをにぎられる接戦せっせんすえくだし12度目どめ優勝ゆうしょう[19]BNLイタリア国際こくさいでも、ズベレフら若手わかてたおして決勝けっしょうすすみ、決勝けっしょうではジョコビッチをせいし、どう大会たいかい10しょうたした[20]ぜんふつオープン順当じゅんとうのぼってベスト4りしたが、準決勝じゅんけっしょうでジョコビッチに6-3, 3-6, 6-7(4), 2-6でやぶれ、5連覇れんぱ・14しょうのがしてしまった[21]ぜんふつやぶれるのは6ねんぶりにして自身じしん3度目どめのことであり、前回ぜんかいたいジョコビッチだった。大会たいかい自身じしんからだのことをかんがえ、ウィンブルドン選手権せんしゅけん東京とうきょうオリンピック欠場けつじょうすることを発表はっぴょうした[22]。8がつ20日はつかあしのケガで今季こんき終了しゅうりょうすることを報告ほうこくした[23]

2022ねん 13ねんぶりぜんごう優勝ゆうしょう ダブルグランドスラム達成たっせい ぜんふつV14・GS22しょう

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1がつメルボルン・サマー・セット英語えいごばん始動しどうし、決勝けっしょうマキシム・クレッシーを7-6(6), 6-3のストレートで優勝ゆうしょう[24]むかえた全豪ぜんごうオープンでは準々じゅんじゅん決勝けっしょうでのだい14シードのデニス・シャポバロフせんで、2セットアップからいつかれたものの、ここを3-6, 4-6, 4-6, 6-3, 6-3のフルセットでると、準決勝じゅんけっしょうだい7シードのマッテオ・ベレッティーニを6-3, 6-2, 3-6, 6-3でくだして、決勝けっしょうだい2シードのダニール・メドベージェフせんでは2-6, 6-7(5), 6-4, 6-4, 7-5と2セットダウンからの逆転ぎゃくてんちをおさめ、どう大会たいかい2度目どめ優勝ゆうしょうたした。また、グランドスラム大会たいかい優勝ゆうしょう回数かいすう単独たんどく最多さいたの21かい更新こうしん、ダブル・グランドスラムも記録きろくした[25]

2がつメキシコ・オープンはすべてストレすとれト勝とがちで制覇せいは[26]

3月、BNPパリバ・オープンでも、準決勝じゅんけっしょうカルロス・アルカラスくだして、開幕かいまく20連勝れんしょうとした[27]。しかし、決勝けっしょうではテイラー・フリッツに3-6, 6-7(5)のストレートでやぶれ、連勝れんしょうまった[28]大会たいかい試合しあいちゅううったえていたむねいたみの原因げんいん胸部きょうぶ疲労ひろう骨折こっせつだったことが判明はんめいし、最大さいだいで6週間しゅうかん離脱りだつすると発表はっぴょうした[29]

5月、ムチュア・マドリード・オープン復帰ふっき準々じゅんじゅん決勝けっしょう同胞どうほうのアルカラスに2-6, 6-1, 3-6でやぶれた[30]つづBNLイタリア国際こくさいでは3回戦かいせんでシャポバロフに6-1, 5-7, 2-6で逆転ぎゃくてんけをし、あし状態じょうたいわるいことが露呈ろていした[31]

ぜんふつオープンでは、4回戦かいせんフェリックス・オジェ=アリアシムを3-6, 6-3, 6-2, 3-6, 6-3のフルセットでくだすと[32]準々じゅんじゅん決勝けっしょうでは前年ぜんねん王者おうじゃノバク・ジョコビッチを6-2, 4-6, 6-2, 7-6(4)でやぶり、準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつ[33]準決勝じゅんけっしょうでは7-6(8), 6-6とリードしたところアレクサンダー・ズベレフみぎ足首あしくび負傷ふしょうによって途中とちゅう棄権きけんもうれ、ナダルの決勝けっしょう進出しんしゅつまった[34]決勝けっしょうでははつのグランドスラム決勝けっしょう進出しんしゅつめ、ナダルのアカデミーで練習れんしゅうしてきたキャスパー・ルードとのはつ対戦たいせん[35]。ルードを6-3, 6-3, 6-0でくだし、大会たいかい最多さいた14度目どめ優勝ゆうしょうおよびグランドスラム大会たいかい男子だんし最多さいた記録きろくとなる22度目どめ優勝ゆうしょうとなった[36]。36さいでの優勝ゆうしょうどう大会たいかい男子だんしシングルスの最年長さいねんちょう記録きろく[36]

年間ねんかんグランドスラムへの資格しかくいどんだウィンブルドン選手権せんしゅけんでもがっていたが[37]準々じゅんじゅん決勝けっしょうテイラー・フリッツせん腹部ふくぶ負傷ふしょう試合しあい続行ぞっこうし、3-6, 7-5, 3-6, 7-5, 7-6(4)と最終さいしゅうセットタイブレークをせいしてベスト4りしたが[38]翌日よくじつニック・キリオスとの準決勝じゅんけっしょう棄権きけん発表はっぴょうした[39]

8がつウエスタン・アンド・サザン・オープン復帰ふっきするも、2回戦かいせんボルナ・コリッチに6-7(9), 6-4, 3-6でやぶれた。全米ぜんべいオープンでは4回戦かいせんフランシス・ティアフォーに4-6, 6-4, 4-6, 3-6で敗退はいたい。ATPファイナルズは1しょう2はいでラウンドロビン敗退はいたい年末ねんまつ順位じゅんいは2だった。

2023ねん 20ねんぶりトップ100圏外けんがい

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1がつ連覇れんぱをかけた全豪ぜんごうオープンでは2回戦かいせんマッケンジー・マクドナルドに4–6, 4–6, 5–7のストレートで敗退はいたいし、自身じしんはじめてどう大会たいかい2回戦かいせん姿すがたした。大会たいかい検査けんさで、股関節こかんせつ負傷ふしょうにより長期ちょうき離脱りだつすることになった[40]

3月、3月20にちけの世界せかいランキングで13となり、やく18ねんぶりにトップ10からはずれた[41]

5月、5月19にち、キャリアはつぜんふつオープン欠場けつじょう発表はっぴょうと、来季らいきかぎりでの引退いんたい示唆しさした[42]

6がつ、6月12にちには世界せかいランク136がり、20ねんぶりのトップ100圏外けんがいとなった[43]以降いこう試合しあい出場しゅつじょうすることなく、年内ねんない全休ぜんきゅうとなる。年間ねんかん最終さいしゅうランキングは670

2024ねん 引退いんたい示唆しさ

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12月31にちからはじまったブリスベン国際こくさい復帰ふっき[44]しベスト8まで進出しんしゅつ。しかし準々じゅんじゅん決勝けっしょうジョーダン・トンプソンたたかえだい3セット途中とちゅう左足ひだりあし負傷ふしょう逆転ぎゃくてんけ。その影響えいきょうけて全豪ぜんごうオープンを欠場けつじょうした。クレーシーズンからツアーに復帰ふっき最後さいご可能かのうせいたかぜんふつオープンの1回戦かいせんではだい4シードのアレクサンダー・ズベレフに3-6, 6-7(5), 3-6のストレートでやぶぜんふつはつ初戦しょせん敗退はいたいぜんふつ通算つうさん4はいきっした。

プレースタイル

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守備しゅび範囲はんいひろさと攻撃こうげき多様たようさでられる史上しじょう屈指くっし選手せんしゅ1人ひとり[45]

強烈きょうれつおもトップスピンのグランドストローク、はや持続じぞくりょくのあるフットワーク、そしてねばづよ守備しゅび武器ぶきにしたアグレッシブ・カウンターパンチャー。たか予測よそく能力のうりょく一見いっけんとどけかないとおもわれたボールもつことができる守備しゅびりょくつ。また、おもいトップスピンで相手あいて後方こうほういやったのちのドロップショットも武器ぶき[46]

非常ひじょうにスイングスピードがはやく、通常つうじょうのラリーのなかから一発いっぱつでウィナーをれるだけのパワーをっている。ひく打点だてんからボールをきつけ完璧かんぺきかまえからつことで全身ぜんしんのパワーをせることができ、効率こうりつ身体しんたい使つかかた天性てんせいのバネにより、抜群ばつぐんのスイング・スピードをしている。[47]

ストロークにおいてとりわけ異彩いさいはなっているのは、スピンとスピードがだれよりもこう次元じげん両立りょうりつしていることである。ナダルは高低こうていはげしいボールをつがそのショットはスピードにあふれ、かつバウンドは極端きょくたんたかはずむ。テイクバックはちいさめでコンパクトなスイングでハードヒットしているため、クレーコートのおそくイレギュラーがおおはずむコートを非常ひじょう得意とくいとしておりリターンにもつよい。[48]

エピソード

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  • ナダルは自伝じでんなか幼少ようしょう時代じだいにフォアもバックも明確めいかくではなく、どちらも両手りょうてっていたが叔父おじのトニー・ナダルに、どちらかは片手かたてつようにと助言じょげんされて自然しぜんひだりちになったとかたっている。
  • 2003ねん5がつ28にちにマヨルカ天文台てんもんだい発見はっけんされた小惑星しょうわくせいが、このしま出身しゅっしんしゃであるナダルにちなんで「ラファエル・ナダル (小惑星しょうわくせい)」(128036 Rafaelnadal)とづけられた。
  • エル・ドリーム・チームサッカースペイン代表だいひょう活躍かつやくしたサッカー選手せんしゅミゲル・アンヘル・ナダル叔父おじにあたる。
  • おさないころサッカーをしていたこともありサッカーのだいファンで、2010ねんワールドカップ決勝けっしょうせんスペインたいオランダ応援おうえんしにみなみアフリカまでかけつけたり、楽天らくてんオープンで来日らいにちさいにはアルゼンチンたい日本にっぽん試合しあい会場かいじょうにも姿すがたあらわしている[49][50]。2011ねんにそれまで度々どどスタジアム応援おうえんけつけていたレアル・マドリード名誉めいよ会員かいいん(ソシオ)となる[51]。また、地元じもとチームのRCDマヨルカ株主かぶぬしでもあったが2011ねん12月に保有ほゆうかぶ一部いちぶ売却ばいきゃくした[52]
  • アニメ『ドラゴンボール』のとくまご悟空ごくうだいファンで筋肉きんにくのつけかたやウェアなどはそれを意識いしきしたともいわれている。本人ほんにん公式こうしきサイトでも"I love dragon ball, I have all the dvd and I travel with most of them"(わたしはドラゴンボールが大好だいすきで、すべてのDVDをっているし、旅行りょこうするときもっていっている)とべている[53]
  • 2011ねん自伝じでん『Rafa: My Story』を発表はっぴょうISBN 978-1847445155)。9月30にち実業之日本社じつぎょうのにほんしゃから日本語にほんごばん発売はつばいされた(ISBN 978-4-408-45357-6)。
  • 2012ねん後半こうはんよりツアーを離脱りだつしたのは、ドーピング検査けんさ陽性ようせい反応はんのうしめしたことをかくすためだったとフランスのロズリーヌ・バシュロ=ナルカンもと保健ほけん青年せいねん・スポーツ大臣だいじん発言はつげんしたことをけ、ナダルはイメージをそこなわれたとして10まんユーロの損害そんがい賠償ばいしょうもと提訴ていそ[54]。2017ねん11月16にちにパリ裁判所さいばんしょはナダル勝訴しょうそ判決はんけつとバシュロに1まん2000ユーロを支払しはら判決はんけつをいいわたし、ナダルは賠償金ばいしょうきん全額ぜんがくをフランスのチャリティーへ寄付きふすると発表はっぴょうした[55]
  • 2016ねん6がつ故郷こきょうであるスペイン・マヨルカとうのマナコルにラファ・ナダルアカデミー開校かいこう。アメリカンインターナショナルスクールも併設へいせつしており卒業そつぎょうはアメリカの大学だいがく視野しやれた教育きょういくおこなっている。プランB日本にっぽん正規せいき代理だいりてんとなっている。
  • そのナダルアカデミーのコートを利用りようして、みずからのかんしたATPチャレンジャーツアー大会たいかいラファ・ナダル・オープン・バンコ・サバテル英語えいごばん開催かいさいされている[56]
  • 2017ねん5がつESPN世界せかいもっと有名ゆうめいなアスリート100にん発表はっぴょうし、ナダルは9選出せんしゅつされた。テニス選手せんしゅではロジャー・フェデラーぐ2[57]
  • 2019ねん6がつ、アメリカの経済けいざいフォーブスは2019年版ねんばん世界せかいのアスリートの年収ねんしゅう公表こうひょうした[58]。ナダルの年収ねんしゅうは3500まんドルであり、世界せかいのスポーツ選手せんしゅで37にランクインした。テニス選手せんしゅではフェデラージョコビッチ錦織にしきおりぐ4
  • ゴルフは、2020ねん現在げんざいハンデキャップインデックス0.3の腕前うでまえつとされている。2020ねん10がつ24にちには、故郷こきょうのマヨルカとう開催かいさいされたプロゴルフ大会たいかいバレアレス選手権せんしゅけん出場しゅつじょうした[59]
  • CBS60 Minutes におけるインタビューで、これまでいち試合しあいちゅうおこってラケットを破壊はかいしたことはない、とかした[60]家族かぞくがそれをゆるさないし、もしラケット破壊はかいをしたらそれは自分じぶん感情かんじょうをコントロールできていないことを意味いみするとべた。
  • おなじインタビューで、試合しあいちゅう不安ふあん重要じゅうようである、というかんがえをしめした[61]不安ふあんかんじないのであればそれは傲慢ごうまん意味いみする、テニスはいつなにこるかからないスポーツであり、不安ふあんかんじることによって、注意ちゅういたもつことができるとべた。

記録きろく

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ぜん期間きかん

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大会たいかい とし 記録きろく 記録きろくしゃ
ぜん大会たいかい
1877 ひとつの大会たいかいで8連覇れんぱ(モンテカルロ・マスターズ)
単独たんどく記録きろく
グランドスラム
1877
ダブルキャリアグランドスラム(2005ほとけ - 2022ごう
男子だんしシングルス優勝ゆうしょう回数かいすう歴代れきだい2 「22かい」(2005ほとけ - 2022ほとけ
ノバク・ジョコビッチ
男子だんしシングルス決勝けっしょう進出しんしゅつ回数かいすう歴代れきだい2 「30かい
-
ひとつの男子だんしグランドスラム大会たいかいで14かい優勝ゆうしょうぜんふつオープン)
単独たんどく記録きろく
10ねん連続れんぞくでグランドスラム大会たいかいのいずれかに優勝ゆうしょう(2005 - 2014)
単独たんどく記録きろく
しつセットすう0で優勝ゆうしょう 「4かい
単独たんどく記録きろく
おなねんに3つのことなるサーフェスのグランドスラムで優勝ゆうしょうした男子だんし選手せんしゅ(2010)
1897 男子だんしシングルス最多さいた優勝ゆうしょう「11かい
単独たんどく記録きろく
1925 男子だんしシングルス最多さいた優勝ゆうしょう「14かい
単独たんどく記録きろく
1930 男子だんしシングルス最多さいた優勝ゆうしょう「10かい
単独たんどく記録きろく
1953 男子だんしシングルス最多さいた優勝ゆうしょう「12かい
単独たんどく記録きろく
1990 男子だんしシングルス最多さいた優勝ゆうしょう「5かい
単独たんどく記録きろく
1970
10ねん連続れんぞくでマスターズのいずれかに優勝ゆうしょう(2005 - 2014)
単独たんどく記録きろく
21大会たいかい連続れんぞく準々じゅんじゅん決勝けっしょう進出しんしゅつ(2008 - 2010)
単独たんどく記録きろく
ローマ・マスターズに17ねんちゅう10かい優勝ゆうしょう(2005 - 2021)
単独たんどく記録きろく

オープン以降いこう

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期間きかん グランドスラム記録きろく 記録きろくしゃ
2005 ぜんふつ — 2010 全米ぜんべい キャリアゴールデンスラム アンドレ・アガシ [62]
2005 ぜんふつ — 2010 全米ぜんべい キャリアグランドスラム ロッド・レーバー
アンドレ・アガシ
ロジャー・フェデラー
ノバク・ジョコビッチ
[63]
2005 ぜんふつ — 2010 全米ぜんべい 最年少さいねんしょうキャリアグランドスラム(24さい 単独たんどく記録きろく [63][64]
2005 ぜんふつ — 2010 全米ぜんべい ハード、クレー、しば大会たいかいそれぞれで2かい以上いじょう優勝ゆうしょう マッツ・ビランデルbrノバク・ジョコビッチ [63]
2005 ぜんふつ — 2022 ぜんふつ 1つの大会たいかいで14かい優勝ゆうしょう 単独たんどく記録きろく
2005–2014 10ねん連続れんぞくでいずれかの大会たいかい優勝ゆうしょう 単独たんどく記録きろく [65]
2010 ぜんふつ — 2010 全米ぜんべい おなねんにハード、クレー、しば大会たいかい優勝ゆうしょう 単独たんどく記録きろく [66]
2007 ぜんふつ — 2020 ぜんふつ 1セットもとさずに決勝けっしょう進出しんしゅつ「7かい[注釈ちゅうしゃく 1] 単独たんどく記録きろく [69][70]
2008 ぜんふつ — 2009 ぜんごう クレー、しば、ハードコートのタイトルを同時どうじ保持ほじ ロジャー・フェデラー [71]
2008 ぜんふつ— 2009 ぜんごう クレー、しば、ハードコート、オリンピックのタイトルを同時どうじ保持ほじ 単独たんどく記録きろく [72]
2008 ぜんえい— 2008 オリンピック オリンピックきんメダルとウィンブルドンタイトル同時どうじ保持ほじ アンディ・マリー
グランドスラム 期間きかん グランドスラム記録きろく 記録きろくしゃ
ぜんふつ 2005–2022 最多さいた優勝ゆうしょう「14かい 単独たんどく記録きろく [73]
ぜんふつ 2010–2014 5連覇れんぱ 単独たんどく記録きろく [73]
ぜんふつ 2005–2022 最多さいた決勝けっしょう進出しんしゅつ「14かい 単独たんどく記録きろく [74]
ぜんふつ 2010–2014 5ねん連続れんぞく決勝けっしょう進出しんしゅつ 単独たんどく記録きろく [75]
ぜんふつ 2005–2022 最多さいた準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつ「15かい 単独たんどく記録きろく [73]
ぜんふつ 2017–2022 6ねん連続れんぞく準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつ ノバク・ジョコビッチ
ぜんふつ 2005–2022 最多さいた勝利しょうり 「112しょう 単独たんどく記録きろく [76]
ぜんふつ 2010–2014 35連勝れんしょう 単独たんどく記録きろく [73]
ぜんふつ 2005–2020 最高さいこう勝率しょうりつ「98.0%」(100–2) 単独たんどく記録きろく [77]
ぜんふつ 2008, 2010, 2017, 2020 1セットもとさずに優勝ゆうしょう「4かい 単独たんどく記録きろく [73]
ぜんふつ 2005 はつ出場しゅつじょう優勝ゆうしょう マッツ・ビランデル [78]
期間きかん 記録きろく 記録きろくしゃ
マスターズ1000記録きろく
2005–2019 マスターズ優勝ゆうしょう 「35かい 単独たんどく記録きろく [79]
2013 マスターズ1000で4大会たいかい連続れんぞく優勝ゆうしょう ノバク・ジョコビッチ
2013 1シーズンで8かい準決勝じゅんけっしょう進出しんしゅつ ノバク・ジョコビッチ
2005–2013 すべてのマスターズ1000の決勝けっしょう進出しんしゅつ経験けいけん ロジャー・フェデラー
ノバク・ジョコビッチ
2010 クレースラム[80] 単独たんどく記録きろく [81]
2005–2018 モンテカルロ・マスターズ優勝ゆうしょう「11かい 単独たんどく記録きろく
2005–2019 ローマ・マスターズ優勝ゆうしょう 「9かい 単独たんどく記録きろく
2005–2017 マドリード・オープン優勝ゆうしょう 「5かい 単独たんどく記録きろく
2005–2019 マスターズことなる3大会たいかい優勝ゆうしょう「5かい以上いじょう」(モンテカルロ、ローマ、カナダ) ノバク・ジョコビッチ
記録きろく
2005–2007 クレーコート 「81連勝れんしょう 単独たんどく記録きろく [82][83]
2004–2013 世界せかいランキング1選手せんしゅに19しょう ボリス・ベッカー
2002–2014 クレーコート勝率しょうりつ 「92.98%」(318–24) 単独たんどく記録きろく [84]
2002–2014 屋外おくがいコート勝率しょうりつ「85.83%」(639–106) 単独たんどく記録きろく [85]
2005–2013 4つのことなる大会たいかいで7かい以上いじょう優勝ゆうしょう 単独たんどく記録きろく [69][86]
2005–2012 1つの大会たいかいで8連覇れんぱ(モンテカルロ) 単独たんどく記録きろく [87]
2004–2006 ティーンエージャーで16かい優勝ゆうしょう ビヨン・ボルグ [88]
2005–2021 バルセロナ・オープン優勝ゆうしょう「12かい 単独たんどく記録きろく

連勝れんしょう記録きろく

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4だい大会たいかい優勝ゆうしょう

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  • オーストラリアの旗 全豪ぜんごうオープン:2しょう(2009・22ねん)〔じゅん優勝ゆうしょう4:2012ねん・14ねん・17ねん・19ねん
  • フランスの旗 ぜんふつオープン:14しょう(2005ねん - 08ねん、10ねん - 14ねん、17ねん - 20ねん、22ねん) ※2010ねん - 14ねん 大会たいかい5連覇れんぱ
  • イギリスの旗 ウィンブルドン:2しょう(2008ねん・10ねん)〔じゅん優勝ゆうしょう3:2006ねん・07ねん・11ねん
  • アメリカ合衆国の旗 全米ぜんべいオープン:4しょう(2010ねん・13ねん・17ねん・19ねん)〔じゅん優勝ゆうしょう1:2011ねん
とし 大会たいかい 対戦たいせん相手あいて 試合しあい結果けっか
2005ねん フランスの旗 ぜんふつオープン アルゼンチンの旗 マリアノ・プエルタ 6-7, 6-3, 6-1, 7-5
2006ねん フランスの旗 ぜんふつオープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 1-6, 6-1, 6-4, 7-6
2007ねん フランスの旗 ぜんふつオープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-3, 4-6, 6-3, 6-4
2008ねん フランスの旗 ぜんふつオープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-1, 6-3, 6-0
2008ねん イギリスの旗 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7
2009ねん オーストラリアの旗 全豪ぜんごうオープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-5, 3-6, 7-6, 3-6, 6-2
2010ねん フランスの旗 ぜんふつオープン スウェーデンの旗 ロビン・セーデリング 6-4, 6-2, 6-4
2010ねん イギリスの旗 ウィンブルドン チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 6-3, 7-5, 6-4
2010ねん アメリカ合衆国の旗 全米ぜんべいオープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-4, 5-7, 6-4, 6-2
2011ねん フランスの旗 ぜんふつオープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-5, 7-6, 5-7, 6-1
2012ねん フランスの旗 ぜんふつオープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-4, 6-3, 2-6, 7-5
2013ねん フランスの旗 ぜんふつオープン スペインの旗 ダビド・フェレール 6-3, 6-2, 6-3
2013ねん アメリカ合衆国の旗 全米ぜんべいオープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-2, 3-6, 6-4, 6-1
2014ねん フランスの旗 ぜんふつオープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3-6, 7-5, 6-2, 6-4
2017ねん フランスの旗 ぜんふつオープン スイスの旗 スタン・ワウリンカ 6-2, 6-3, 6-1
2017ねん アメリカ合衆国の旗 全米ぜんべいオープン 南アフリカ共和国の旗 ケビン・アンダーソン 6-3, 6-3, 6-4
2018ねん フランスの旗 ぜんふつオープン オーストリアの旗 ドミニク・ティーム 6-4, 6-3, 6-2
2019ねん フランスの旗 ぜんふつオープン オーストリアの旗 ドミニク・ティーム 6-3, 5-7, 6-1, 6-1
2019ねん アメリカ合衆国の旗 全米ぜんべいオープン ロシアの旗 ダニール・メドベージェフ 7-5, 6-3, 5-7, 4-6, 6-4
2020ねん フランスの旗 ぜんふつオープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-0, 6-2, 7-5
2022ねん オーストラリアの旗 全豪ぜんごうオープン ロシアの旗 ダニール・メドベージェフ 2-6, 6-7, 6-4, 6-4, 7-5
2022ねん フランスの旗 ぜんふつオープン ノルウェーの旗 キャスパー・ルード 6-3, 6-3, 6-0
テニス4だい大会たいかい男子だんしシングルス優勝ゆうしょう記録きろく
順位じゅんい 回数かいすう 選手せんしゅめい
1 24しょう セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ *
2 22しょう スペインの旗 ラファエル・ナダル *
3 20しょう スイスの旗 ロジャー・フェデラー
4 14しょう アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス
5 12しょう オーストラリアの旗 ロイ・エマーソン
6タイ 11しょう オーストラリアの旗 ロッド・レーバー | スウェーデンの旗 ビョルン・ボルグ
8 10しょう アメリカ合衆国の旗 ビル・チルデン
9タイ 8しょう フランスの旗 マックス・デキュジス | フランスの旗 アンリ・コシェ | イギリスの旗 フレッド・ペリー | オーストラリアの旗 ケン・ローズウォール | アメリカ合衆国の旗 ジミー・コナーズ | チェコスロバキアの旗 イワン・レンドル | アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ
*は現役げんえき選手せんしゅ

成績せいせき

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略語りゃくご説明せつめい
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝ゆうしょう, F=じゅん優勝ゆうしょう, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦かいせん敗退はいたい, RR=ラウンドロビン敗退はいたい, Q#=予選よせん#回戦かいせん敗退はいたい, LQ=予選よせん敗退はいたい, A=大会たいかい不参加ふさんか, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ちいきゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピックきんメダル, S=オリンピックぎんメダル, B=オリンピックどうメダル, NMS=マスターズシリーズから降格こうかく, P=開催かいさい延期えんき, NH=開催かいさいなし.

グランドスラム大会たいかい

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大会たいかい 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 通算つうさん成績せいせき
全豪ぜんごうオープン A 3R 4R A QF SF W QF QF F A F QF 1R F QF F QF QF W 2R A 76–15
ぜんふつオープン A A W W W W 4R W W W W W QF 3R W W W W SF W A 1R 112–4
ウィンブルドン 3R A 2R F F W A W F 2R 1R 4R 2R A 4R SF SF NH A SF A A 58–12
全米ぜんべいオープン 2R 2R 3R QF 4R SF SF W F A W A 3R 4R W SF W A A 4R A A 67–12
合計ごうけい 3-2 3-2 13-3 17-2 20-3 24-2 15-2 25-1 23-3 14-2 14-1 16-2 11-4 5-2 23-2 21-3 24-2 11-1 9-2 22-1 1-1 0-1 314–44

※2016ねんぜんふつオープン3回戦かいせん、2022ねんウィンブルドン準決勝じゅんけっしょう不戦敗ふせんぱい、2019ねん全米ぜんべいオープン2回戦かいせん不戦勝ふせんしょう通算つうさん成績せいせきふくまない。

大会たいかい最高さいこう成績せいせき

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大会たいかい 成績せいせき とし
ATPファイナルズ F 2010, 2013
インディアンウェルズ W 2007, 2009, 2013
マイアミ F 2005, 2008, 2011, 2014, 2017
モンテカルロ W 2005–2012, 2016–2018
マドリード W 2005, 2010, 2013, 2014, 2017
ローマ W 2005–2007, 2009, 2010, 2012, 2013, 2018, 2019, 2021
カナダ W 2005, 2008, 2013, 2018, 2019
シンシナティ W 2013
上海しゃんはい F 2009, 2017
パリ F 2007
ハンブルク W 2008
オリンピック G 2008
デビスカップ W 2004, 2008, 2009, 2011, 2019
ATPカップ F 2020

受賞じゅしょうれき

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  • ITFワールドチャンピオン(2008、2010)
  • ATP最優秀さいゆうしゅう選手せんしゅしょう(2008、2010、2013)
  • ゴールデンベーグルしょう(2005、2008-2009)
  • ローレウス世界せかいスポーツしょう(2011)
  • アストゥリアスこうスポーツしょう(2008)
  • ATPステファン・エドベリ スポーツマンシップしょう(2010、2018-2019)
  • BBC海外かいがいスポーツパーソナリティしょう(2010)
  • スペイン スポーツマンしょう(2006、2008、2013)
  • レキップチャンピオンオブ・チャンピオンしょう(2010、2013)
  • ESPY最優秀さいゆうしゅう選手せんしゅしょう(2011、2014)
  • アーサー・アッシュ ヒューマニタリアンしょう(2011)
  • ATPカムバックしょう(2013)
  • ATP最優秀さいゆうしゅう新人しんじんしょう(2003)
  • ATP Most Improved Player(2005)
  • ローレウスカムバックしょう(2014)

関連かんれん項目こうもく

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脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ The finals Nadal reached without losing a set were the 2007ぜんふつ,[67] 2008, 2010 & 2012 ぜんふつ 、 2010 全米ぜんべい[68]

出典しゅってん

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外部がいぶリンク

[編集へんしゅう]
タイトル
先代せんだい
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
イギリスの旗 アンディ・マリー
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
世界せかいランキング1
2008ねん8がつ18にち – 2009ねん7がつ5にち
2010ねん6がつ7にち – 2011ねん7がつ3にち
2013ねん10がつ7にち – 2014ねん7がつ6にち
2017ねん8がつ21にち – 2018ねん2がつ18にち
2018ねん4がつ2にち – 2018ねん5がつ13にち
2018ねん5がつ21にち – 2018ねん6がつ17にち
2018ねん6がつ25にち – 2018ねん11月4にち
2019ねん11月4にち現在げんざい
次代じだい
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
スイスの旗 ロジャー・フェデラー
セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
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