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マルク・マルケス

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
マルク・マルケス
Marc Márquez
2023ねん
国籍こくせき スペインの旗 スペイン
生年月日せいねんがっぴ (1993-02-17) 1993ねん2がつ17にち(31さい
カタルーニャ州の旗 カタルーニャしゅうリェイダけんサルベーラ
現在げんざいのチーム グレシーニ・レーシング
ゼッケン 93
ウェブサイト www.marcmarquez93.com
レースでの経歴けいれき
ロードレース世界せかい選手権せんしゅけん MotoGPクラス
活動かつどう期間きかん2013ねん
マニファクチャラーホンダドゥカティ
チャンピオン6 (2013ねん, 2014ねん, 2016ねん,2017ねん,2018ねん,2019ねん)
2023ねん 順位じゅんい14 (96 pts)
出走しゅっそう回数かいすう 勝利しょうりすう 表彰台ひょうしょうだい PP FL そうポイント
175 59 104 65 59 2740
ロードレース世界せかい選手権せんしゅけん Moto2クラス
活動かつどう期間きかん2011ねん2012ねん
マニファクチャラースッター-ホンダ
チャンピオン1 (2012ねん)
2012ねん 順位じゅんい1 (328 pts)
出走しゅっそう回数かいすう 勝利しょうりすう 表彰台ひょうしょうだい PP FL そうポイント
32 16 25 14 7 579
ロードレース世界せかい選手権せんしゅけん 125ccクラス
活動かつどう期間きかん2008ねん2010ねん
マニファクチャラー
チャンピオン1 (2010ねん)
2010ねん 順位じゅんい1 (310 pts)
出走しゅっそう回数かいすう 勝利しょうりすう 表彰台ひょうしょうだい PP FL そうポイント
46 10 14 14 9 467

マルク・マルケス・アレンタ(Marc Márquez Alentà、1993ねん2がつ17にち - )は、スペインサルベーラ出身しゅっしんオートバイレーサー。2013ねんシーズンよりロードレース世界せかい選手権せんしゅけんMotoGPクラスに参戦さんせん。ロードレース世界せかい選手権せんしゅけん125ccクラス(2010ねん)・Moto2クラス(2012ねん)・MotoGPクラス(2013ねん2014ねん2016ねん2017ねん2018ねん2019ねん)チャンピオン。身長しんちょう168cm、体重たいじゅう59kg[1][2]おとうとおなじオートバイレーサーのアレックス・マルケス

経歴けいれき

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キャリア初期しょき

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マルケスは5さいのときからオートバイにはじめ、エンデューロレースで活躍かつやく2001ねんにはカタルーニャしゅう地方ちほう選手権せんしゅけんでジュニアクラスのチャンピオンになった。よく2002ねんからロードレース転向てんこう2004ねん以降いこうエミリオ・アルサモラ(1999ねんロードレース世界せかい選手権せんしゅけん125ccクラスチャンピオン)の指導しどうけるようになった[3]2006ねんにはスペイン国内こくない選手権せんしゅけん(CEV)125ccクラスでシリーズ82007ねんにはシリーズ9記録きろくした[4]

ロードレース世界せかい選手権せんしゅけん

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125ccクラス

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2008ねん
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2008ねんシーズン、マルケスはロードレース世界せかい選手権せんしゅけんレプソル・KTMチームからデビューをたした。開幕かいまくまえのテストで右腕うわん骨折こっせつしたため、だい3せんポルトガルGPからの参戦さんせん開始かいしとなったが、だい4せん中国ちゅうごくGPで12はいはつポイント獲得かくとくだい8せんイギリスGPでは史上しじょう2番目ばんめわかさとなる、15さいと126にちでの表彰台ひょうしょうだい獲得かくとく(3)をたした[5]。そのルーキー・オブ・ザ・イヤースコット・レディングあらそったが、序盤じょばん欠場けつじょうくわえ、だい17せんマレーシアGPのフリー走行そうこう右足みぎあし骨折こっせつ重傷じゅうしょう[6]終盤しゅうばん2せん欠場けつじょうしたことがひびいてシリーズランキングは13、KTMぜいさい上位じょういつことはできたものの、シリーズ11のレディングにはやぶれた。なおこのとし開幕かいまく時点じてんでマルケスの身長しんちょうは148cmとグランプリライダーのなかもっとひくく、体重たいじゅうも40kgしかなかったため、125ccクラスの最低さいてい制限せいげん重量じゅうりょうである136kgをたすために21kgのバラストをマシンやツナギのなか仕込しこんでたたかった[7]

2009ねん
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前年ぜんねん活躍かつやくがKTMにみとめられ、2009ねんシーズンはファクトリーチームレッドブル・KTM移籍いせきすることになった。身体しんたいめんでは1ねんおおきく成長せいちょうし、このシーズン開幕かいまく時点じてんでは身長しんちょう160cm、体重たいじゅう51kgとなった[5]だい3せんスペインGPで3表彰台ひょうしょうだい獲得かくとくだい4せんフランスGPでスペインじんライダーとして史上しじょう最年少さいねんしょう(16さいと89にち)となるポールポジション獲得かくとくたすなどの活躍かつやくせ、シリーズランキング8成績せいせきばした。

2010ねん
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2010ねん カタルーニャGP

2009ねんをもってKTMがグランプリから撤退てったいしたため、スポンサーのレッドブルともアジョ・モータースポーツチーム移籍いせきサンドロ・コルテセをチームメイトに、あらたにデルビのマシンをって2010ねんシーズンをたたかうこととなった[8]。マルケスは合同ごうどうテストでトップタイムをすなど開幕かいまくまえから好調こうちょうさを[9]だい4せんイタリアGPでグランプリはつ優勝ゆうしょうげた。そのだい8せんドイツGPまで、1997ねんバレンティーノ・ロッシ以来いらいとなる5連勝れんしょうたすかい進撃しんげきせてチャンピオンあらそいをリード。だい13せんアラゴンGPではランディ・クルメナッハ転倒てんとうまれてリタイヤをきっし、ニコラス・テロルポル・エスパルガロ逆転ぎゃくてんされて一時いちじランキング3ちるが、だい14せん日本にっぽんGPから4連勝れんしょうげてポイントリーダーにかえき、最終さいしゅうせんバレンシアGPでチャンピオンにかがやいた。この時点じてんでのマルケスの年齢ねんれいは17さいと263にち。これはロリス・カピロッシ(1990ねん)に史上しじょう2番目ばんめわかさでのタイトル獲得かくとくとなった[10]

Moto2クラス

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2011ねん
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2011ねん アラゴンGP

2011ねんシーズン、マルケスはアルサモラひきいるチーム「モンラウ・コンペティチオン」から、Moto2クラスにステップアップ[11]スッターせい最新さいしんマシンをり、カレックスステファン・ブラドルとのタイトルあらそいをえんじた。だしは順調じゅんちょうとはえず、開幕かいまくせんから3せん連続れんぞく転倒てんとうきっしノーポイントにしずむ。だい4せんフランスGPはつ優勝ゆうしょうげると、ちゅうりょうきゅうのマシンライディングのコツをつかはじめたマルケスは、ここから一気いっき成績せいせきばしていくようになる。タイトルあらそいでは序盤じょばん連続れんぞくリタイアがひびいており、積極せっきょくてきにシーズンをリードするブラドルをいかけていく展開てんかいとなった。マルケスはの3連勝れんしょうふくむシーズン最多さいたの7しょう記録きろく中盤ちゅうばんから終盤しゅうばんにかけて9せん連続れんぞく表彰台ひょうしょうだい怒濤どとうげをせ、一時いちじは80ポイントちかくあったブラドルとのだい16せんオーストラリアGP終了しゅうりょう時点じてんわずか3ポイントまでめていた。しかし、つづだい17せんマレーシアGPのフリー走行そうこうちゅう、マレーシア特有とくゆう突然とつぜん降雨こううによりクラッシュ、そのさい左目ひだりめ視力しりょくにダメージをってしまう。この症状しょうじょうはシーズンちゅう回復かいふくせず、のこり2せん欠場けつじょう。これでブラドルのタイトル、マルケスのランク2確定かくていすることとなり、逆転ぎゃくてんチャンピオンとはならなかった。

2012ねん
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2012ねん オーストラリアGP

2012ねんシーズンはケガから回復かいふくし、好調こうちょう維持いじしシーズンをたたかっていた。5月にMotoGPクラスのホンダワークス(レプソル・ホンダ)に所属しょぞくするケーシー・ストーナー引退いんたい発表はっぴょうしたことからつぎシーズンの候補こうほとしてマルケスが浮上ふじょう。シーズン初年しょねん参戦さんせんしゃのワークスチーム所属しょぞくみとめない「アンチ・ルーキー・ルール」が障壁しょうへきとなったが、7がつにこのルールの撤廃てっぱい発表はっぴょうされたため問題もんだいはなくなり、マルケスはMoto2クラスチャンピオンを獲得かくとくしてストーナーにわり、2013ねんシーズンからMotoGPクラスに参戦さんせんすることになる。

2013ねん
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2013ねん イギリスGP


2013ねんシーズンは、レプソル・ホンダ所属しょぞくし、ワークス仕様しようRC213Vっての参戦さんせん話題わだいになり、ウインターテストちゅうから大型おおがたルーキーとしておおきな注目ちゅうもくあつめ、MotoGPクラスデビューとなった開幕かいまくせんカタールGPで3表彰台ひょうしょうだいった。

だい2せんアメリカズGPは、はつ開催かいさいとなるサーキット・オブ・ジ・アメリカでおこなわれ、予選よせんポールポジション(PP)獲得かくとくし、決勝けっしょうでは最高峰さいこうほうクラスデビューから2せんはつ勝利しょうりげる。最高峰さいこうほうクラスにおいて20さい62にちでのPPと20さい63にちでの優勝ゆうしょうは、ともフレディ・スペンサー1983ねん記録きろくしたものを上回うわまわ最年少さいねんしょう記録きろくで、30ねんぶりに更新こうしんした。この優勝ゆうしょうでポイントリーダーにち、だい3せんも2はいりポイントリーダーのまもる。

だい4せんフランスGPは3はいるものの、ランキング2ダニ・ペドロサ優勝ゆうしょうしポイントリーダーのわたす。だい5せんイタリアGPは、のこり3しゅうとなった21しゅうに2走行そうこうしながらも転倒てんとうしリタイアする。だい6せんカタルーニャGPは3だい7せんオランダGPは2はいりポイントをかさねていく。

だい8せんドイツGP、だい9せんU.S.GP、だい10せんインディアナポリスGP、だい11せんチェコGPと4せん連続れんぞく優勝ゆうしょうする。マイク・ヘイルウッド1962ねん記録きろくした最高峰さいこうほうクラスでの最年少さいねんしょう連勝れんしょう記録きろくを51ねんぶりに更新こうしんする。また、だい8せんドイツGPの優勝ゆうしょうふたたびポイントリーダーにち、チャンピオン候補こうほ1人ひとりとなる。だい12せんイギリスGP、だい13せんサンマリノGPは連続れんぞくで2はいる。

だい14せんアラゴンGPで6しょうげる。だい15せんマレーシアGPは2はいり、ランキング2ホルヘ・ロレンソと43ポイントまでひろげる。

しかしだい16せんオーストラリアGPでは、ブリヂストンんだタイヤの耐久たいきゅうせい問題もんだいがあり、レース全体ぜんたいおなじタイヤで走破そうは不可能ふかのうこと判明はんめいする。主催しゅさいしゃ安全あんぜんめん特別とくべつ処置しょちとしてどういちタイヤで10しゅう以上いじょうはしこと禁止きんしし、レース9しゅうか10しゅうにピットインしてニュータイヤ装備そうびしたマシンとの乗換のりかえ必要ひつようとなった。だが、ピットインのタイミングをチームが誤認ごにんし11しゅうにピットにはいったため失格しっかくとなり、ランキング2のロレンソと18ポイントまでせまられる。だい17せん日本にっぽんGPで1ロレンソ、2マルケスとなり13ポイントとさらにちぢまる。

最終さいしゅうせんバレンシアGPでロレンソが優勝ゆうしょうしても、マルケスは3以内いないはいれば年間ねんかんチャンピオンが決定けっていする。そのため無理むりはしりはせずに3でゴールし、4ポイント年間ねんかんチャンピオンを獲得かくとくする。

マルケスは、最高峰さいこうほうクラスのデビューイヤーにチャンピオンを獲得かくとくした2人ふたりのライダーとなる[12]。20さい266にちでの最高峰さいこうほうクラスのタイトル獲得かくとく史上しじょう最年少さいねんしょう記録きろく[13]。ロードレース世界せかい選手権せんしゅけんの3クラス(125ccクラス/Moto2クラス/MotoGPクラス)のタイトルを獲得かくとくした史上しじょう4にんライダーとなる[14]。また、最高峰さいこうほうクラスにおけるデビューイヤー6しょう世界せかい選手権せんしゅけん発足ほっそくはつ快挙かいきょとなった。

2014ねん
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2014ねんシーズンは、開幕かいまくせんのカタールGPをポールトゥーウィンでかざると、そこから破竹はちくの10連勝れんしょう(うち開幕かいまくせんから6せん連続れんぞくPPをふくむ9のPP)をかざ一気いっき選手権せんしゅけんをリードする展開てんかいとなった。

開幕かいまくからの連勝れんしょうだい11せんチェコGPでダニ・ペドロサによってストップされ、だい12せんイギリスGPで優勝ゆうしょうするものの、つづだい13せんサンマリノGP、だい14せんアラゴンGPとトップあらそいをえんじているなか自身じしんのミスによる転倒てんとう優勝ゆうしょうのが展開てんかいせる(りょうせんともさいスタートしてポイントは獲得かくとくしている)。

あまりいいとはいえない展開てんかいなかでのだい15せん日本にっぽんGPではペドロサとバレンティーノ・ロッシまえでゴールすればチャンピオンが決定けっていする状況じょうきょうで、あえてトップをねらわず2をキープするというクレバーなレースをせ、2ねん連続れんぞくでのチャンピオンをホンダの本拠地ほんきょちともいえるもてぎで決定けっていした(ホンダのライダーがもてぎで最高峰さいこうほうクラスのチャンピオンを決定けっていさせたのははつとなる)。

チャンピオン決定けっていだい16せんオーストラリアGPではこのとし唯一ゆいいつのリタイアをきっしたものの、つづだい17せんマレーシアGPと最終さいしゅうせんバレンシアGPで連勝れんしょうげたことでシーズン13しょうげ、マイケル・ドゥーハンが1997ねん記録きろくしたシーズン12しょうという世界せかい選手権せんしゅけんのシーズン最多さいたしょう記録きろくを17ねんぶりに更新こうしんした。

また、おとうとアレックスがこのとしのmoto3クラスのチャンピオンを獲得かくとくしており、世界せかい選手権せんしゅけん史上しじょうはつとなる兄弟きょうだいおなねんにチャンピオンを獲得かくとくすることとなった。

2015ねん
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前年ぜんねんつづきレプソル・ホンダより参戦さんせん[15]。シリーズランキング3わる。

2016ねん-2019ねん
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2019ねん フランスGP

つづきレプソル・ホンダより参戦さんせん。4ねん連続れんぞくシリーズチャンピオンを獲得かくとく

2018ねんシーズン終了しゅうりょう左肩ひだりかた脱臼だっきゅうなお手術しゅじゅつけた。

2019ねんシーズン終了しゅうりょうには右肩みぎかた脱臼だっきゅうなお手術しゅじゅつけた[16]

2020ねん
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つづきレプソル・ホンダ・チームより参戦さんせんするが、だい2せんのスペインGPでの決勝けっしょうレースでクラッシュをきっみぎ上腕じょうわんこつ骨折こっせつ[17]手術しゅじゅつのちだい3せん強行きょうこう復帰ふっき目指めざしフリー走行そうこう出走しゅっそうするものの、予選よせん以降いこう欠場けつじょうとなったうえに、その無理むりたた骨折こっせつ箇所かしょんだチタンせいプレートが破損はそんさい手術しゅじゅつ余儀よぎなくされた[18]。その復帰ふっきすることなくのちのレースをステファン・ブラドルたくすというかたちで、シーズンをえる。さらに骨折こっせつ箇所かしょにせ関節かんせつしょうこしてしまったため、12月には3度目どめ手術しゅじゅつけた[18]

2021ねん
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2021ねんだい3せんポルトガルGPで9かげつぶりにレプソル・ホンダ・チームから復帰ふっきし7はいった[19]だい8せんドイツGPで1ねんはんぶりの優勝ゆうしょうかざった[20]だい17せんアルガルヴェGPまえにオフロードトレーニングちゅう転倒てんとうきっして頭部とうぶ強打きょうだし、2011ねんわずらったのとおなふく(ものじゅうえる)の症状しょうじょうたためこのグランプリをふくめた2せん欠場けつじょう[21]

2022ねん
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前年ぜんねんつづきレプソル・ホンダ・チームより参戦さんせん。2ねんぶりに開幕かいまくせん出場しゅつじょうした。だい2せんインドネシアGPには予選よせん出場しゅつじょうしたものの、決勝けっしょうあさのウォームアップセッション終盤しゅうばんにターン7ではげしいハイサイドをきっした。マシンからたかほうされたマルケスは地面じめん衝突しょうとつし、脳震盪のうしんとうわせてふく再発さいはつしたため欠場けつじょうとなった[22]だい8せんイタリアGP、2020ねん骨折こっせつった右腕うわんの4度目どめ手術しゅじゅつけることになり、当初とうしょ復帰ふっきまでに5ヵ月かげつほどの時間じかんようする見方みかたていた。[23]しかし、マルケスによる来季らいきマシンの開発かいはつ重要じゅうようせいと、4度目どめ手術しゅじゅつからの回復かいふくじょうきょうさから、だい14せんサンマリノGP終了しゅうりょうのテストに参加さんか。5月のイタリアGP以来いらいのMotoGPマシンのライディングとなる。

2023ねん
[編集へんしゅう]

前年ぜんねんつづきレプソル・ホンダ・チームより参戦さんせん

なおこのとしの10がつ4にちにHRC(ホンダ・レーシング)よりマルケスの2023ねんかぎりでの早期そうき離脱りだつ発表はっぴょうした。また、10月12にちにはドゥカティのマシンを使用しよう実弟じっていアレックス・マルケスがライダーとして所属しょぞくしているグレシーニ・レーシングMotoGPから2024ねんにマルケスを起用きようすることが発表はっぴょうされた。

2024ねん
[編集へんしゅう]

予定よていどおりグレシーニ・レーシングより参戦さんせんだい4せんスペインGPの決勝けっしょうでは、さくシーズンの日本にっぽんGP以来いらい表彰台ひょうしょうだいつ。

また、ドゥカティでのデビューいちねんにして、来季らいきからファクトリーチームであるドゥカティ・コルセから参戦さんせんすることが発表はっぴょうされた[24]

ロードレース世界せかい選手権せんしゅけん 戦績せんせき

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  • 凡例はんれい
  • ボールドたいのレースはポールポジション、イタリックたいのレースはファステストラップを記録きろく
とし クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 順位じゅんい ポイント
2008ねん 125cc KTM QAT
SPA
DNS
POR
18
CHN
12
FRA
Ret
ITA
19
CAT
10
GBR
3
NED
Ret
GER
10
--- CZE
Ret
RSM
4
IND
6
JPN
Ret
AUS
9
MAL
VAL
13 63
2009ねん 125cc KTM QAT
Ret
JPN
5
SPA
3
FRA
Ret
ITA
5
CAT
5
NED
10
--- GER
16
GBR
15
CZE
8
IND
6
RSM
4
POR
Ret
AUS
9
MAL
Ret
VAL
17
8 94
2010ねん 125cc デルビ QAT
3
SPA
Ret
FRA
3
ITA
1
GBR
1
NED
1
CAT
1
GER
1
USA CZE
7
IND
10
RSM
1
ARA
Ret
JPN
1
MAL
1
AUS
1
POR
1
VAL
4
1 310
2011ねん Moto2 スッター QAT
Ret
SPA
Ret
POR
21
FRA
1
CAT
2
GBR
Ret
NED
1
ITA
1
GER
1
--- CZE
2
IND
1
RSM
1
ARA
1
JPN
2
AUS
3
MAL
DNS
VAL
INJ
2 251
2012ねん Moto2 スッター QAT
1
SPA
2
POR
1
FRA
Ret
CAT
3
GBR
3
NED
1
GER
1
ITA
5
--- IND
1
CZE
1
RSM
1
ARA
2
JPN
1
MAL
Ret
AUS
3
VAL
1
1 324
2013ねん MotoGP ホンダ QAT
3
AME
1
SPA
2
FRA
3
ITA
Ret
CAT
3
NED
2
GER
1
USA
1
IND
1
CZE
1
GBR
2
RSM
2
ARA
1
MAL
2
AUS
DSQ
JPN
2
VAL
3
1 334
2014ねん QAT
1
AME
1
ARG
1
SPA
1
FRA
1
ITA
1
CAT
1
NED
1
GER
1
IND
1
CZE
4
GBR
1
RSM
15
ARA
13
JPN
2
AUS
Ret
MAL
1
VAL
1
1 362
2015ねん QAT
5
AME
1
ARG
Ret
SPA
2
FRA
4
ITA
Ret
CAT
Ret
NED
2
GER
1
IND
1
CZE
2
GBR
Ret
RSM
1
ARA
Ret
JPN
4
AUS
1
MAL
Ret
VAL
2
3 242
2016ねん QAT
3
ARG
1
AME
1
SPA
3
FRA
13
ITA
2
CAT
2
NED
2
GER
1
AUT
4
CZE
3
GBR
4
RSM
4
ARA
1
JPN
1
AUS
Ret
MAL
2
VAL
2
1 298
2017ねん QAT
4
ARG
Ret
AME
1
SPA
2
FRA
Ret
ITA
6
CAT
2
NED
3
GER
1
CZE
1
AUT
2
GBR
Ret
RSM
1
ARA
1
JPN
2
AUS
1
MAL
4
VAL
3
1 298
2018ねん QAT
2
ARG
18
AME
1
SPA
1
FRA
1
ITA
16
CAT
2
NED
1
GER
1
CZE
3
AUT
2
GBR
C
RSM
2
ARA
1
THA
1
JPN
1
AUS
Ret
MAL
1
VAL
Ret
1 321
2019ねん QAT
2
ARG
1
AME
Ret
SPA
1
FRA
1
ITA
2
CAT
1
NED
2
GER
1
CZE
1
AUT
2
GBR
2
RSM
1
ARA
1
THA
1
JPN
1
AUS
1
MAL
2
VAL
1
1 420
2020ねん SPA
Ret
ANC
DNS
CZE
AUT
STY
RSM
EMI
CAT
FRA
ARA
TER
EUR
VAL
POR
NC 0
2021ねん QAT
DOH
POR
7
SPA
9
FRA
Ret
ITA
Ret
CAT
Ret
GER
1
NED
7
STY
8
AUT
15
GBR
Ret
ARA
2
RSM
4
AME
1
EMI
1
ALG
VAL
7 142
2022ねん QAT
5
INA
DNS
ARG
AME
6
POR
6
SPA
4
FRA
6
ITA
10
CAT
GER
NED
GBR
AUT
RSM
ARA
Ret
JPN
4
THA
5
AUS
2
MAL
7
VAL
Ret
13 113
2023ねん POR
Ret
ARG AME SPA FRA
Ret
ITA
Ret
GER
DNS
NED
DNS
GBR
Ret
AUT
12
CAT
13
RSM
7
IND
9
JPN
3
INA
Ret
AUS
15
THA
6
MAL
13
QAT
11
VAL
Ret
14 96
2024ねん ドゥカティ QAT
4
POR
16
AME
Ret
SPA
2
FRA
2
CAT
3
ITA
4
NED
10
GER
2
GBR
4
AUT
4
ARA
1
RSM EMI INA JPN AUS THA MAL VAL 3* 229*

脚注きゃくちゅう

[編集へんしゅう]
  1. ^ motogp.com・Marc Marquez”. Dorna Sports S.L.. 2012ねん4がつ12にち閲覧えつらん
  2. ^ マルク・マルケスのプロフィール”. Repsol Honda Team 公式こうしきサイト. 2013ねん3がつ2にち閲覧えつらん
  3. ^ http://www.monlau-competicion.com/_devfinal/proy_motos/motociclismo.asp?ualocation=461&uaSection=marc%20Marquez/marc%20Marquez_esp.asp
  4. ^ アーカイブされたコピー”. 2011ねん8がつ9にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2011ねん5がつ10日とおか閲覧えつらん
  5. ^ a b https://web.archive.org/web/20081010210515/http://www.motogp.com/ja/riders/profiles/Marc+Marquez
  6. ^ http://www.motogp.com/ja/node/494560
  7. ^ http://www.motogp.com/ja/node/348810
  8. ^ http://www.motogp.com/ja/news/2009/Marquez+AJO+Motorsport+Jerez
  9. ^ http://www.motogp.com/ja/news/2010/125+valencia+smith+on+top+on+the+day+2
  10. ^ http://news.smh.com.au/breaking-news-sport/marquez-clinches-125cc-world-championship-20101107-17j3r.html
  11. ^ http://www.motorcyclenews.com/MCN/sport/sportresults/MotoGP/2010/November/nov2310-marquez-makes-move-to-moto2/
  12. ^ 最高峰さいこうほうクラスのデビューイヤーにチャンピオンを獲得かくとくしたはつのライダーは、1978ねん500ccクラスチャンピオンのケニー・ロバーツ
  13. ^ それまでの最高峰さいこうほうクラス最年少さいねんしょうチャンピオンは、1983ねん500ccクラスチャンピオンのフレディ・スペンサーで21さい258にち
  14. ^ 3クラス制覇せいは達成たっせいしたライダーは、マイク・ヘイルウッド(250ccクラス〈1961ねん・1966ねん・1967ねん〉/350ccクラス〈1966ねん・1967ねん〉/500ccクラス〈1962ねん・1963ねん・1964ねん・1965ねん〉)、フィル・リード(125ccクラス〈1968ねん〉/250ccクラス〈1964ねん・1965ねん・1968ねん・1971ねん〉/500ccクラス〈1973ねん・1974ねん〉)、バレンティーノ・ロッシ(125ccクラス〈1997ねん〉/250ccクラス〈1999ねん〉/500ccクラス〈2001ねん〉&MotoGPクラス〈2002ねん・2003ねん・2004ねん・2005・2008ねん・2009ねん〉)。
  15. ^ http://www.honda.co.jp/Racing/news2015/02/
  16. ^ 「コップもげられない状態じょうたいだった」マルケス、開幕かいまくせんで“全快ぜんかい”を目指めざ”. motorsport.com. 2020ねん1がつ23にち閲覧えつらん
  17. ^ “マルケスけい転倒てんとう右腕うわん上腕じょうわんこつ骨折こっせつ. MotoGP.com. https://www.motogp.com/ja/news/2020/07/19/マルケスけい転倒てんとう右腕うわん上腕じょうわんこつ骨折こっせつ/334185 19 July 2020閲覧えつらん 
  18. ^ a b 1のムリがおおきなツケに。マルケスけい骨折こっせつ強行きょうこう出場しゅつじょう後悔こうかい「あれは間違まちがいだった」 - motorsport.com 2020ねん12月8にち
  19. ^ “ついに復帰ふっき! マルク・マルケス、MotoGPだい3せんポルトガルGPの出場しゅつじょう許可きょかりる”. as-web.jp. https://www.as-web.jp/bike/687440 15 April 2021閲覧えつらん 
  20. ^ Eri Ito (2021ねん6がつ20日はつか). “MotoGPだい8せんドイツGP:M.マルケス、復活ふっかつ優勝ゆうしょう。オリベイラの猛追もうついり、1ねんはんぶりに表彰台ひょうしょうだい頂点ちょうてん”. auto sport. 三栄さんえい. 2021ねん6がつ25にち閲覧えつらん
  21. ^ “マルク・マルケス、最終さいしゅうせん欠場けつじょう. MotoGP.com. https://www.motogp.com/ja/news/2021/11/09/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF-%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%82%B9-%E6%9C%80%E7%B5%82%E6%88%A6%E6%AC%A0%E5%A0%B4/400455  2021ねん11月9にち閲覧えつらん 
  22. ^ “マルク・マルケス、転倒てんとう脳震盪のうしんとう……大事だいじとりインドネシアGPを欠場けつじょう昨年さくねん10がつには”引退いんたい”よぎる怪我けがも (motorsport.com)”. motorsport.com. https://jp.motorsport.com/motogp/news/marquez-ruled-out-of-indonesia-motogp-race-after-massive-crash/9156760/ 19 July 2020閲覧えつらん 
  23. ^ “ホンダ、手術しゅじゅつ欠場けつじょうのマルク・マルケス代役だいやくはステファン・ブラドル起用きようへ”. motorsport.com. https://jp.motorsport.com/motogp/news/repsol-honda-confirms-bradl-in-marquezs-position/10314642/ 2022ねん6がつ1にち閲覧えつらん 
  24. ^ “マルク・マルケス、ドゥカティのファクトリーチームに正式せいしき加入かにゅう。バニャイヤと”タイトル合計ごうけい11かい”のちょう強力きょうりょくコンビ結成けっせいあかいユニフォームをれるのがたのしみ」”. motorsport.com. (2024ねん6がつ5にち). https://jp.motorsport.com/motogp/news/ducati-officially-announces-marc-marquez-for-its-2025-factory-motogp-team/10619682/ 2024ねん6がつ8にち閲覧えつらん 

外部がいぶリンク

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