マイク・ヘイルウッド

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マイク・ヘイルウッド
グランプリでの経歴けいれき
国籍こくせき イギリスの旗 イギリス
(イングランドの旗 イングランド)
活動かつどう期間きかん 1958-1967
チーム ホンダMVアグスタ
レースすう 178
125cc - 22
250cc - 52
350cc - 39
500cc - 65
チャンピオン 9
250cc 1961,1966,1967
350cc 1966,1967
500cc 1962,1963,1964,1965
優勝ゆうしょう回数かいすう 76
125cc - 2
250cc - 21
350cc - 16
500cc - 37
表彰台ひょうしょうだい回数かいすう 112
(順位じゅんいべつ)
1st - 76
2nd - 25
3rd - 11
(クラスべつ)
125cc - 6
250cc - 32
350cc - 26
500cc - 48
通算つうさん獲得かくとくポイント 858
ポールポジション回数かいすう N/A
ファステストラップ回数かいすう 79
125cc - 2
250cc - 22
350cc - 18
500cc - 37
はつグランプリ 1958ねん 250cc マンとうTT
はつ勝利しょうり 1959ねん 125cc アルスターGP
最終さいしゅう勝利しょうり 1967ねん 350cc 日本にっぽんGP
最終さいしゅうグランプリ 1967ねん 350cc 日本にっぽんGP
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マイク・ヘイルウッド
基本きほん情報じょうほう
フルネーム スタンリー・マイケル・ベイリー・ヘイルウッド
国籍こくせき イギリスの旗 イギリス
(イングランドの旗 イングランド)
出身しゅっしん どうオックスフォード
生年月日せいねんがっぴ (1940-04-02) 1940ねん4がつ2にち
ぼつ年月日ねんがっぴ (1981-03-23) 1981ねん3月23にち(40さいぼつ
F1での経歴けいれき
活動かつどう時期じき 1963-1965,1971-1974
所属しょぞくチーム '63,'64,'65 ロータス
'63 ローラ
'71,'72-'73 サーティース
'74 マクラーレン
出走しゅっそう回数かいすう 50
タイトル 0
優勝ゆうしょう回数かいすう 0
表彰台ひょうしょうだい(3以内いない)回数かいすう 2
通算つうさん獲得かくとくポイント 29
ポールポジション 0
ファステストラップ 1
最終さいしゅうせん 1964ねんドイツGP
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マイク・ヘイルウッドMike Hailwood, MBE 1940ねん4がつ2にち - 1981ねん3月23にち)は、イギリスイングランド出身しゅっしんのレーサー。フルネームはスタンレー・マイケル・ベイリー・ヘイルウッドStanley Michael Bailey Hailwood )。2りんレースで天才てんさいライダーと賞賛しょうさんされマイク・ザ・バイクというニックネームでばれたほか、4りんレースでも活躍かつやくした。

経歴けいれき[編集へんしゅう]

1950年代ねんだいから1960年代ねんだいモーターサイクルロードレースロードレース世界せかい選手権せんしゅけん世界せかいGP)で活躍かつやくし9かいのタイトルを獲得かくとく。1962ねんに22さいという最年少さいねんしょう記録きろくで500ccクラスのタイトルを獲得かくとく。これは1983ねんフレディ・スペンサーが21さいという記録きろく達成たっせいするまでやぶられなかった[1]世界せかいGPで3クラス(250/350/500cc)にわたりタイトルを獲得かくとくしたはつのライダーで、以後いご3クラス以上いじょうのタイトルを獲得かくとくしているのは現在げんざいのところフィル・リードバレンティーノ・ロッシマルク・マルケスくわえたけい4にんだけ。2000ねんMotoGP殿堂でんどうはいり。

20だいなかばの時期じきにはイタリアのMVアグスタのエースとして500ccクラス4連覇れんぱなどの圧倒的あっとうてき成績せいせきげているが、からMVアグスタに加入かにゅうしたイタリアじんジャコモ・アゴスチーニがチームから後押あとおしをはじめたこともあり、1966ねんから日本にっぽんホンダ移籍いせき。アゴスチーニとはげしいたたかいをひろげたものの、500ccクラスでのホンダのマシンの性能せいのうとく操縦そうじゅうせい)がMVアグスタにおよばなかったこともあり、500ccクラスの個人こじんタイトルはアゴスチーニにうばわれる結果けっかとなっている。ホンダは1967ねんかぎりで世界せかいGPを撤退てったいし、ヘイルウッドも主戦しゅせんじょうを4りんレースにうつしたため、以後いごアゴスチーニはかい進撃しんげきつづけ、のべ15もの世界せかいタイトルを獲得かくとくすることになった。ただし実力じつりょくはヘイルウッドのほういちまい上手じょうずきもおおく、ヘイルウッドが一線いっせんきゅうのマシンで2りん世界せかいGPに出場しゅつじょうつづけていたらアゴスチーニのだい記録きろく影響えいきょうしたかもしれない。

公道こうどう使用しようなんレースとしてられるマンとうTTレースでも1979ねんまでに14しょう当時とうじ最多さいたしょう記録きろく保持ほじしゃだった(2011ねん現在げんざい歴代れきだい3タイ)。のちにジョイ・ダンロップが26しょうげてヘイルウッドの記録きろく更新こうしんしたが、ダンロップはマンとうTTが世界せかいGPのかんむりはずされて以降いこう勝利しょうりかさねたのにたいし、ヘイルウッドはマンとうTTが世界せかいGPのいちせん世界せかい精鋭せいえいあつまっているなかで12しょうげている。ヘイルウッドの10〜12しょうは1967ねんにホンダRC(ワークスマシン)で達成たっせいしており(250/350/500cc)、それまで最多さいたしょうライダーだったスタンレー・ウッズしゅとして戦前せんぜん活躍かつやく)の10しょう一気いっき更新こうしんした。

1965ねん日本にっぽんGPでは、MVアグスタ350ccマシンでジャコモ・アゴスチーニのサポートを担当たんとう[2]。トップをはしっていたアゴスチーニがマシントラブルで後退こうたいしたのち決勝けっしょうレースちゅうにもかかわらず予選よせんタイムをおおきくうえまわるラップタイムで走行そうこう独走どくそう優勝ゆうしょう。このさい記録きろくされた2ふん28びょう9は鈴鹿すずかサーキットの絶対ぜったいコースレコード(2りんと4りんわせた最速さいそく記録きろく)になった。このコースレコードはそのりんにはやぶられたが、2りんでは1972ねんまでやく年間ねんかんやぶられなかった[3]。ヘイルウッドは1967ねん日本にっぽんGPの350ccクラスにも出場しゅつじょうし、ホンダのマシンで独走どくそう優勝ゆうしょうしている。

1960年代ねんだいの2りんレースかい実力じつりょくナンバーワンの天才てんさいライダーとひょうされていたものの1970年代ねんだいには4りん転向てんこうする[4]。1972ねんフォーミュラ2欧州おうしゅうチャンピオンフォーミュラ1にも参戦さんせん最高さいこう2ジョン・サーティースのチームやマクラーレン所属しょぞくしていたが、最高さいこうのライダーとわれた2りんGP時代じだいとはちがい、F1では中堅ちゅうけんクラスのドライバーという評価ひょうかおおかった。1973ねんクレイ・レガッツォーニ予選よせんちゅうにクラッシュしたさい危険きけんかえりみずほのおなかんで救出きゅうしゅつ関係かんけいしゃから賞賛しょうさんされた。

1974ねん事故じこ負傷ふしょうしF1を引退いんたいしたのち、1978ねんに2りんマンとうTTレース復帰ふっき。30だいまつという年齢ねんれいだったが若手わかて現役げんえきライダーにじってレースし、ドゥカティでコースレコードを樹立じゅりつして優勝ゆうしょうたんなるエキジビションてき出場しゅつじょうだとかんがえていた関係かんけいしゃおどろかせ、世界中せかいじゅうおおきな話題わだいとなった。1979ねんスズキRG500にってマンとうTTで優勝ゆうしょうしたが、マイナーレースで転倒てんとう骨折こっせつしたのをにレースを完全かんぜん引退いんたいした。1978ねんのマンとうTTでの勝利しょうり記念きねんして、ドゥカティマイク・ヘイルウッド・レプリカというモデルを発売はつばい人気にんきはくした。

1981ねん公道こうどうローバー・SD1運転うんてんちゅう交通こうつう事故じこにより8さい愛娘まなむすめとも死去しきょ前方ぜんぽうのトラックがきゅうにUターンしけきれず衝突しょうとつ[5]。40さいぼつ。ライバルだったジャコモ・アゴスチーニフィル・リードなどをはじめ、ぜん世界せかいのレースファンがいたんだ。

1966 Honda RC181 500ccGPマシーン
1966-1967シーズンにヘイルウッドがったマシーン

戦績せんせき[編集へんしゅう]

2りんロードレース世界せかいグランプリ[編集へんしゅう]

[6][7][8][9]

順位じゅんい 1 2 3 4 5 6
得点とくてん 8 6 4 3 2 1

イタリックたいはFL

Year Class Team 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 Points Rank Wins
1958 125 cc パトン IOM
7
NED
10
BEL
-
GER
-
SWE
-
ULS
-
NAT
-
0 - 0
250 cc NSU IOM
3
NED
4
GER
NC
SWE
2
ULS
NC
NAT
-
13 4th 0
350 cc ノートン IOM
12
NED
5
BEL
-
GER
4
SWE
3
ULS
8
NAT
-
9 6th 0
500 cc ノートン IOM
13
NED
-
BEL
-
GER
-
SWE
-
ULS
-
NAT
-
0 - 0
1959 125 cc ドゥカティ IOM
3
GER
3
NED
3
BEL
-
SWE
4
ULS
1
NAT
-
20 (23) 3rd 1
250 cc FBモンディアル IOM
NC
GER
5
NED
4
SWE
5
ULS
2
NAT
-
13 5th 0
350 cc ノートン FRA
-
IOM
NC
GER
-
SWE
5
ULS
-
NAT
-
2 13th 0
500 cc ノートン FRA
-
IOM
NC
GER
-
NED
-
BEL
13
ULS
-
NAT
NC
0 - 0
1960 125 cc ドゥカティ IOM
NC
NED
-
BEL
6
ULS
-
NAT
-
1 10th 0
250 cc FBモンディアル IOM
NC
NED
5
BEL
4
GER
-
ULS
4
NAT
-
8 5th 0
350 cc AJS FRA
-
IOM
NC
NED
-
ULS
-
NAT
-
0 - 0
500 cc ノートン FRA
-
IOM
3
NED
5
BEL
4
GER
-
ULS
NC
NAT
3
13 6th 0
1961 125 cc ホンダ ESP
4
GER
-
FRA
4
IOM
1
NED
NC
BEL
NC
DDR
NC
ULS
5
NAT
-
SWE
-
ARG
-
16 6th 1
250 cc ホンダ ESP
-
GER
8
FRA
2
IOM
1
NED
1
BEL
3
DDR
1
ULS
2
NAT
2
SWE
1
ARG
-
44 (54) 1st 4
350 cc AJS
MVアグスタ
GER
-
IOM
NC
NED
-
DDR
-
ULS
-
NAT
2
SWE
-
6 8th 0
500 cc ノートン
MVアグスタ
GER
4
FRA
2
IOM
1
NED
2
BEL
2
DDR
2
ULS
2
NAT
1
SWE
2
ARG
-
40 (55) 2nd 2
1962 125 cc EMC ESP
4
FRA
-
IOM
NC
NED
5
BEL
4
GER
3
ULS
-
DDR
-
NAT
-
FIN
-
ARG
-
12 5th 0
250 cc ベネリ ESP
-
FRA
-
IOM
NC
NED
-
BEL
-
GER
-
ULS
-
DDR
2
NAT
-
ARG
-
6 11th 0
350 cc MVアグスタ IOM
1
NED
2
ULS
NC
DDR
2
NAT
-
FIN
-
20 3rd 1
500 cc MVアグスタ IOM
12
NED
1
BEL
1
ULS
1
DDR
1
NAT
1
FIN
-
ARG
-
40 1st 5
1963 250 cc MZ ESP
-
GER
-
IOM
-
NED
-
BEL
-
ULS
-
DDR
1
NAT
-
ARG
-
JPN
-
8 8th 1
350 cc MVアグスタ GER
-
IOM
NC
NED
2
ULS
2
DDR
1
FIN
1
NAT
-
28 2nd 2
500 cc MVアグスタ IOM
1
NED
NC
BEL
1
ULS
1
DDR
1
FIN
1
NAT
1
ARG
1
56 1st 7
1964 250cc MZ DDR
NC
JPN
5
2 20th 0
350 cc MVアグスタ IOM
-
NED
2
GER
-
DDR
-
ULS
-
FIN
-
NAT
-
JPN
2
12 4th 0
500 cc MVアグスタ USA
1
IOM
1
NED
1
BEL
1
GER
1
DDR
1
ULS
-
FIN
-
NAT
1
40 (56) 1st 7
1965 250 cc ホンダ USA
-
GER
-
ESP
-
FRA
-
IOM
-
NED
-
DDR
-
CZE
-
ULS
-
FIN
-
NAT
-
JPN
1
8 10th 1
350 cc MVアグスタ GER
2
IOM
NC
NED
2
DDR
-
CZE
-
ULS
-
FIN
-
NAT
NC
JPN
1
20 3rd 1
500 cc MVアグスタ USA
1
GER
1
IOM
1
NED
1
BEL
1
DDR
1
CZE
1
ULS
-
FIN
-
NAT
1
48 (64) 1st 8
1966 125 cc ホンダ ESP
-
GER
-
NED
-
DDR
-
CZE
-
FIN
-
ULS
-
IOM
6
NAT
-
JPN
-
1 15th 0
250 cc ホンダ ESP
1
GER
1
FRA
1
NED
1
BEL
1
DDR
1
CZE
1
FIN
1
ULS
-
IOM
1
NAT
1
JPN
-
56 (80) 1st 10
350 cc ホンダ GER
1
FRA
1
NED
1
BEL
-
CZE
1
FIN
1
ULS
1
IOM
NC
NAT
-
JPN
-
48 1st 6
500 cc ホンダ GER
-
NED
NC
BEL
NC
DDR
NC
CZE
1
FIN
2
ULS
1
IOM
1
NAT
NC
30 2nd 3
1967 250 cc ホンダ ESP
NC
GER
NC
FRA
3
IOM
1
NED
1
BEL
2
DDR
NC
CZE
3
FIN
1
ULS
1
NAT
NC
CAN
1
JPN
NC
50 (54) 1st 5
350 cc ホンダ GER
1
IOM
1
NED
1
DDR
1
CZE
1
ULS
-
NAT
-
JPN
1
40 (48) 1st 6
500 cc ホンダ GER
NC
IOM
1
NED
1
BEL
2
DDR
NC
CZE
1
FIN
NC
ULS
1
NAT
2
CAN
1
46 (52) 2nd 5

F1[編集へんしゅう]

[10]

とし 所属しょぞくチーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 WDC ポイント
1963ねん ロータスレグ・パーネル 24 MON BEL NED FRA GBR
8
GER NC
(22)
0
ローラレグ・パーネル Mk4 ITA
10
USA MEX RSA
1964ねん ロータスレグ・パーネル 25 MON
6
NED
12
BEL FRA
8
GBR
Ret
GER
Ret
AUT
8
ITA
Ret
USA
8
MEX
16
21 1
1965ねん RSA MON
Ret
BEL FRA GBR NED GER ITA USA MEX NC
(34)
0
1971ねん サーティース TS9 RSA ESP MON NED FRA GBR GER AUT ITA
4
CAN USA
15
18 3
1972ねん TS9B ARG RSA
Ret
ESP
Ret
MON
Ret
BEL
4
FRA
6
GBR
Ret
GER
Ret
AUT
4
ITA
2
CAN USA
17
8 13
1973ねん TS14A ARG
Ret
BRA
Ret
RSA
Ret
ESP
Ret
BEL
Ret
MON
8
SWE
Ret
FRA
Ret
GBR
Ret
NED
Ret
GER
14
AUT
10
ITA
7
CAN
9
USA
Ret
NC
(22)
0
1974ねん マクラーレン M23 ARG
4
BRA
5
RSA
3
ESP
9
BEL
7
MON
Ret
SWE
Ret
NED
4
FRA
7
GBR
Ret
GER
15
AUT ITA CAN USA 11 12

ヨーロピアン・フォーミュラ2選手権せんしゅけん[編集へんしゅう]

とし エントラント シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 順位じゅんい ポイント
1972ねん サーティス サーティス・TS10 フォード MAL
5
THR
DNS
HOC
Ret
PAU
5
PAL
2
HOC
Ret
ROU
2
ÖST
2
IMO
Ret
MAN
1
PER
Ret
SAL
1
ALB
14
HOC
2
1 55
1973ねん サーティス・TS15 MAL
2
HOC THR
DNQ
NÜR PAU KIN NIV HOC ROU MNZ MAN KAR
Ret
PER
Ret
SAL NOR ALB VAL NC 0

ル・マン24あいだレース[編集へんしゅう]

とし チーム コ・ドライバー 使用しよう車両しゃりょう クラス 周回しゅうかい 総合そうごう順位じゅんい クラス順位じゅんい
1969ねん イギリスの旗 JWオートモーティヴ・エンジニアリング イギリスの旗 デヴィッド・ホブス フォード・GT40 Mk.I S
5.0
368 3 2
1970ねん イギリスの旗 デヴィッド・ホブス ポルシェ・917K S
5.0
49 DNF DNF
1973ねん イギリスの旗 ガルフ・リサーチ・レーシング イギリスの旗 ジョン・ワトソン
オーストラリアの旗 ヴァーン・シュパン
ミラージュ・M6-コスワース S
3.0
112 DNF DNF
1974ねん イギリスの旗 デレック・ベル ガルフ・GR7-コスワース S
3.0
317 4 4
Source:[11]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ スペンサーは12月まれで、シーズン終了しゅうりょうに22さい誕生たんじょうむかえている。
  2. ^ 同年どうねん世界せかいGPの350ccクラスはチャンピオンあらそいが最終さいしゅうせん日本にっぽんGPまでもつれんだ。ランキングトップだったホンダのジム・レッドマン日本にっぽんグランプリで3以下いかさえみ、MVアグスタの新人しんじんだったアゴスチーニが優勝ゆうしょうすれば、アゴスチーニが逆転ぎゃくてんでチャンピオンになる可能かのうせいがあった。そのためMVアグスタは、500ccクラスチャンピオンのヘイルウッドにレッドマンのさえみを依頼いらいし、ヘイルウッドもその作戦さくせん受諾じゅだくした。
  3. ^ やぶったのはホンダCB500あらため隅谷すみや守男もりお
  4. ^ 2りん時代じだいからなんかスポット参戦さんせんれきがあり、'70年代ねんだい初頭しょとうは2りんレースにもなんかスポット参戦さんせんしている
  5. ^ Motorsport Memorial - Mike Hailwood
  6. ^ Mike Hailwood career statistics at MotoGP.com
  7. ^ Mike Hailwood Isle of Man TT results at iomtt.com
  8. ^ RACING MEMORY II-LES GRANDS PRIX DES CHAMPIONNATS DU MONDE
  9. ^ Senior Grand Prix 年鑑ねんかん
  10. ^ Mike Hailwood Formula 1 results at www.4mula1.ro
  11. ^ Mike Hailwood, United Kingdom”. racingsportscars.com. 2017ねん9がつ20日はつか閲覧えつらん
タイトル
先代せんだい
ロニー・ピーターソン
ヨーロッパF2選手権せんしゅけん チャンピオン
1972ねん
次代じだい
ジャン=ピエール・ジャリエ