冒険ぼうけん

冒険ぼうけん（ぼうけん）とは、日常にちじょうとかけ離はなれた状況じょうきょうの中なかで、なんらかの目的もくてきのために危険きけんに満みちた体験たいけんの中なかに身みを置おくことである。あるいはその体験たいけんの中なかで、稀有けうな出来事できごとに遭遇そうぐうすることもいう。こうした冒険ぼうけんの体験たいけん者しゃは多おおくの場合ばあいその体験たいけん報告ほうこくを書かいたりするが、荒唐無稽こうとうむけいと一笑いっしょうに付ふされることもあれば、またその内容ないように驚嘆きょうたんされることもある。

こうした冒険ぼうけんに敢あえて挑戦ちょうせんする人ひとのことを冒険ぼうけん者しゃ（ぼうけんしゃ）と呼よぶ。冒険ぼうけんには危険きけんや、成果せいかを上あげられる確かく率りつの低ひくさがつきもので、この意味いみでいつの時代じだいにも未知みちなものへの挑戦ちょうせん、探検たんけんもすべて冒険ぼうけんと呼よばれてきた。新あたらしい海路かいろの開拓かいたく、山岳さんがく、アフリカの奥地おくち、知しられざる文明ぶんめいや文化ぶんかの探索たんさく、自動車じどうしゃや航空機こうくうきの速はやさへの挑戦ちょうせんなど、すべて広ひろい意味いみでの冒険ぼうけんである。

語義ごぎは「険けん(けわし）きを冒おかせ（おか）す」。あぶないところにあえて（勝手かってに、ひそかに）入はいっていく意い。英語えいごのadventureは投機とうき、山師やましの意いを含ふくむ。語源ごげんはラテン語らてんごのad+venio（あることに向むかって行いく、あることに挑いどむ）。

神話しんわ・創世そうせい記きのなかの冒険ぼうけん

詳細しょうさいは「貴種きしゅ流離譚りゅうりたん」を参照さんしょう

神話しんわ学がくの一ひとつの視点してんとしてモノミスMonomyth(en)の理論りろんがある。これは、すべての文明ぶんめいに見みられる神話しんわにはある種しゅの基底きてい構造こうぞうがあるとする仮説かせつであり、ジョーゼフ・キャンベル (en)は『千せんの顔かおを持もつ英雄えいゆう』(en)モデルを提示ていじしている。この中なかでジョーゼフは、全すべての神話しんわ上じょうの英雄えいゆうには基本きほん的てきに同おなじパターン（ヒーローズ・ジャーニー）が見みられるとする^[1]。日本にっぽんではスサノオ神話しんわやヤマトタケルの物語ものがたり、マヤ神話しんわではフンアフプーとイシュバランケーの冒険ぼうけん譚たん、ギリシャ神話しんわではオイディプースやヘーラクレースの神話しんわなどが有名ゆうめいである。

古代こだいの冒険ぼうけん

文書ぶんしょで残のこされた最初さいしょの冒険ぼうけんといわれるのは、ギルガメシュ叙事詩じょじしだろう。古代こだいにはその他たにも報告ほうこくとして残のこされている冒険ぼうけんがいくつかある。例れいを挙あげれば、古代こだい地中海ちちゅうかい世界せかいでの屈指くっしの冒険ぼうけん的てきな事件じけん、トロイア戦争せんそうの経緯けいいとその後ご日にち談だんを描えがいた「イリアス」、オデュッセイアがまず挙あげられるだろう。後者こうしゃは、トロイア戦役せんえきからのギリシア軍ぐんの参謀さんぼう役やくであったオデュッセウスの帰国きこくの旅たびを描えがいたもので、当時とうじの海洋かいよう航海こうかいの危険きけんを虚実きょじつ取とり混まぜて描えがいている。同おなじくギリシア神話しんわの中なかの冒険ぼうけんとしては、アルゴー遠征えんせい隊たいの冒険ぼうけんが、物語ものがたりや映画えいがにもなって広ひろく年齢ねんれいを超こえて、古代こだいの冒険ぼうけんとしては親したしみのあるものになっている。アジアでも、秦はたの時代じだい、徐じょ福ぶくが不老不死ふろうふしの薬くすりを求もとめて、日本にっぽんなどに遠征えんせいの旅たびに出だされている。また、戦争せんそうや戦役せんえきを重かさねての個人こじん史しの記録きろくもまた、冒険ぼうけん的てきな日々ひびを物語ものがたるものと考かんがえられるなら、カエサルの『ガリア戦記せんき』もこの方面ほうめんの最もっとも古ふるい記録きろくとして留意りゅういされるべきだろう。

中世ちゅうせいの冒険ぼうけん

中世ちゅうせいの初期しょきには、ゲルマン民族みんぞくの大だい移動いどうなどに関連かんれんして、騎士きしや英雄えいゆうたちの物語ものがたりの幾いくつかが例れいとして挙あげられる。例たとえばアーサー王おう伝説でんせつ、「ローランの歌うた」、ニーベルンゲンの歌うたなど、枚挙まいきょに暇ひまがない。ヨーロッパの中世ちゅうせいで、最大さいだいの冒険ぼうけんといえば十字軍じゅうじぐんの遠征えんせいが挙あげられるだろう。度重たびかさなる遠征えんせいには、宗教しゅうきょう上じょうの動機どうきの他ほか、さまざまな利害りがい、名誉めいよ、権勢けんせいへの欲望よくぼうも混入こんにゅうしていたが、少年しょうねん十字軍じゅうじぐんのような純粋じゅんすいな動機どうきが、逆ぎゃくに悲劇ひげきを生うみ出だしたといったものもある。

ゲオルギウス伝説でんせつのような竜りゅう退治たいじの冒険ぼうけん譚たんは、他たの中世ちゅうせい的てきモチーフと共ともに、後世こうせいのファンタジー・ロールプレイングゲームのストーリー原型げんけいとなった。

近世きんせい・現代げんだいの冒険ぼうけん

ルネサンスから今日きょうに至いたる発見はっけんの数々かずかずは、その時代じだいにあっては確たしかに冒険ぼうけんであった。例れいを挙あげるなら、アメリカ大陸あめりかたいりくを発見はっけんしたり、フィリピンまで到達とうたつしたスペイン人じんやポルトガル人じん航海こうかい者しゃが挙あげられる。とりわけ、アレクサンダー・フォン・フンボルトやデイヴィッド・リヴィングストンのような人ひとたちの研究けんきゅう探索たんさく旅行りょこう、極地きょくち探検たんけん家かとしてのジョン・フランクリンなど、彼かれらもまた冒険ぼうけん者しゃの名なに値あたいするだろう。今日きょうの宇宙うちゅう空間くうかんへの飛行ひこうもまた「人類じんるいの最大さいだいの冒険ぼうけん」という呼よび方かたをされるのは周知しゅうちのことである。

ただ議論ぎろんの余地よちがあるのは、戦争せんそうへの従軍じゅうぐんを冒険ぼうけんと呼よぶか否ひかというケースである。フランス革命かくめい以降いこう、軍隊ぐんたいの主力しゅりょくが傭兵ようへいから市民しみん兵へいに移行いこうし始はじめ、また王立おうりつ軍ぐんの中核ちゅうかくに志願しがん兵へいが参加さんかし始はじめたことなど、とりわけクリミア戦争せんそうにおけるトルストイやスペイン内戦ないせんにおけるヘミングウェイなど、後ごの偉大いだいな文学ぶんがく者しゃが兵士へいしとして参戦さんせんしたことなども、従軍じゅうぐんを冒険ぼうけんと捉とらえる傾向けいこうに大おおきく影響えいきょうしている。第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせんあたりまでは、戦争せんそうをそのように美化びかする傾向けいこうもなかったわけではない。戦記せんき物ぶつや従軍じゅうぐん記きは書かき手ての筆致ひっちにより冒険ぼうけん小説しょうせつのような痛快つうかいさを演出えんしゅつすることがあるものの、戦場せんじょうの現実げんじつが明あきらかにされるようになるにつれ、その本来ほんらいの危険きけん性せい（危険きけんを冒おかす）もまた明あきらかになった。

「強制きょうせいされ集団しゅうだん的てきに戦地せんちに送おくられたものであって、自発じはつ的てきな冒険ぼうけんの名なには値あたいしない」として否定ひていする向むきが多おおい。さらに戦争せんそうという行為こういを遂行すいこうすること自体じたい、個人こじんを人ひとに対たいする戦たたかいという集団しゅうだん的てきな狂気きょうきに飲のみ込こんでいくようなもので、冒険ぼうけんの名なはふさわしくないとされることも多おおい。T・E・ロレンスの『知恵ちえの七なな柱はしら』などのように従軍じゅうぐん記録きろくを元もとにしたすぐれた文芸ぶんげい作品さくひんも多おおく存在そんざいするが、実際じっさいの行為こういの正当せいとう性せいについては多おおく議論ぎろんが分わかれる。

現在げんざいは未開みかいの地ちはほとんどないが、エベレストや南極大陸なんきょくたいりくなど人類じんるいの多おおくが足あしを踏ふみ入いれる事ことが困難こんなんな場所ばしょに行いくことも冒険ぼうけんといえるだろう。しかし、この場合ばあい探検たんけんと区別くべつがつきにくいので、冒険ぼうけんの定義ていぎはやや曖昧あいまいとなってしまう。

学術がくじゅつ調査ちょうさとしての冒険ぼうけん

自然しぜん科学かがくの発展はってんと冒険ぼうけんの歴史れきしは密接みっせつ不可分ふかぶんであり、多おおくの冒険ぼうけんは現地げんち踏査とうさを目的もくてきとして行おこなわれてきた。常人じょうじんの立たち入いれない領域りょういきに分わけ入いり測量そくりょうし、動植物どうしょくぶつや鉱物こうぶつ等とうの蒐集しゅうしゅうや観察かんさつを行おこなうことは博物学はくぶつがくの主要しゅような研究けんきゅう手法しゅほうである。近世きんせいでは地図ちず作成さくせいを目的もくてきとした航海こうかいや登山とざん、秘境ひきょう・極地きょくち踏査とうさなど、またダム建設けんせつや鉄道てつどう敷設ふせつのための実じつ査がさかんに行おこなわれた。博物はくぶつ学者がくしゃダーウィンが乗船じょうせんしたのは英国えいこく海軍かいぐんの測量そくりょう船せんであった。現代げんだいでも宇宙うちゅう探査たんさや深海しんかい探査たんさ、ケーブダイビングなど人間にんげんを現地げんちに送おくり込こむ手法しゅほうでの調査ちょうさが行おこなわれる。実じつ査や実証じっしょうにおいて、生身なまみの人間にんげんが現実げんじつに踏査とうさするという行為こういは、論理ろんり的てきな妥当だとう性せい以上いじょうに価値かちがあると見みなされる。火星かせいや金星きんぼしに無人むじん観測かんそく機きは到達とうたつしているが、多おおくの人ひとにとって人類じんるいはまたそれらの惑星わくせいに到達とうたつしたとは考かんがえられていない。地理ちり的てきな冒険ぼうけんだけではなく、不測ふそくの事態じたいを前提ぜんていとしたある種しゅの実験じっけんには冒険ぼうけん的てき要素ようそが多分たぶんに含ふくまれる。その結果けっかとして爆発ばくはつ事故じこや環境かんきょう汚染おせんなど、医薬品いやくひんや医療いりょう器具きぐの生体せいたい実験じっけんの場合ばあいでは深刻しんこくな後遺症こういしょうや生命せいめいの危険きけんをもたらすことがある。（参照さんしょう:探検たんけん）

挑戦ちょうせんと冒険ぼうけん

現代げんだい的てきな冒険ぼうけんの多おおくは、新あらたな記録きろくに挑いどんだり、より困難こんなんな手法しゅほうで目標もくひょうを達成たっせいするといった挑戦ちょうせん（challenge）の傾向けいこうが強つよい。単独たんどく無む寄港きこう世界せかい一周いっしゅうや無む着陸ちゃくりく世界せかい一周いっしゅうなどといった挑戦ちょうせん、世界せかい最高峰さいこうほうへの無む酸素さんそ単独たんどく登頂とうちょうなどの冒険ぼうけんは人間にんげんや技術ぎじゅつの可能かのう性せいに挑戦ちょうせんする目的もくてきでの冒険ぼうけんである。また個人こじんが特別とくべつな覚悟かくごをもって挑戦ちょうせんするものもあり、ドーバー海峡かいきょう遠泳えんえいやアメリカ大陸あめりかたいりく横断おうだんレースなどがこの種たねの冒険ぼうけんに挙あげられる。