(Translated by https://www.hiragana.jp/)
取り替え子 (小説) - Wikipedia コンテンツにスキップ

(小説しょうせつ)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

(チェンジリング)』(チェンジリング)は2000ねん講談社こうだんしゃから出版しゅっぱんされた大江おおえ健三郎けんざぶろう長編ちょうへん小説しょうせつである。

  • ほんさくは、1997ねんきた義兄ぎけい伊丹いたみ十三じゅうざ投身とうしん自殺じさつ衝撃しょうげきけてかれた。ほんさく執筆しっぴつ動機どうき主題しゅだいについて、大江おおえはこうべている。
「『』をくことになったのは、家内かないにとって一番いちばん大切たいせつ人間にんげん自殺じさつした、それは自分じぶんにもこれ以上いじょうないひどい出来事できごとだ、というおもいにってでした。『えあがるみどり』から『宙返ちゅうがえ』といて、それまでの(ちゅう:宗教しゅうきょうてきたましい問題もんだいをめぐる)主題しゅだいわり、なにかふっきれていた。自分じぶんなんでもなくおもえるほど、徹底てっていして身軽みがる気持きもちだった。そこへ、ただ自分じぶん家族かぞく死者ししゃって赤裸あかはだかくるしんでいるだけ、ということがこった。そしてそれをこうとかんがえた。」[1]
「(ちゅう:ほん作品さくひん前作ぜんさくにあたる)『宙返ちゅうがえり』までは、なおきてひとたちの死生しせいかんいていたとおもう。きてひとたちのたましいのことをくために、んでひとたちのこともいた。客観きゃっかん小説しょうせつ三人称さんにんしょう小説しょうせつとしてね。ところが身近みぢか人間にんげんによって、わたし自身じしん死生しせいかん問題もんだいとして、まったく個人こじんてき小説しょうせつくことになった。そこではじめて、んでひとたちのたましいのために、んでひとたちの死生しせいかんくことをした。『』は、もう一度いちど個人こじんてき体験たいけん』をいたことになります。」[1]
  • 大江おおえほんさく自分じぶん作品さくひんのなかで大切たいせつさんさくのうちのいちさつであるとべている[2]
  • ほんさく絵本えほん作家さっかモーリス・センダック作品さくひんからおおきなインスピレーションをけている[2]
  • ”The Changeling” のタイトルで英訳えいやく出版しゅっぱんされている(翻訳ほんやく Deborah Boehm)。

あらすじ

[編集へんしゅう]

主人公しゅじんこう小説しょうせつ義人ぎじんには愛媛えひめ松山まつやまでの少年しょうねん時代じだいからの友人ゆうじんわれりょうがいた。かれ著名ちょめい映画えいが監督かんとくであり、また義人ぎじんつませんかしあにでもある。義人ぎじんわれからヘッドフォーンきのカセットレコーダーをおくられており、二人ふたりはそれを「かめのシステム」(原文げんぶんではかめには傍点ぼうてんがふられている)とんでいた。「かめ」で再生さいせいするためにわれりょうにん過去かこ物語ものがたりんだカセットをおくってよこしていた。あるよる義人ぎじんおくられてきたカセットを再生さいせいしていると、われりょうは「…そういうことだ、おれはこうがわ移行いこうする 」とい、それにつづき「ドシン!」という効果こうかおんがはいっていた。実際じっさいにもわれりょう投身とうしん自殺じさつをしたのだった。千樫ちかし義人ぎじん部屋へやにそれをらせにた。

われりょう著名ちょめいじんであったため、自殺じさつけてマスメディアは大騒おおさわぎになった。さわぎには自殺じさつしゃたいする侮蔑ぶべつ多分たぶんふくまれていた。ある週刊しゅうかんにはわれりょう自殺じさつ原因げんいんとして女性じょせい関係かんけいのスキャンダルがあばかれていた。報道ほうどう辟易へきえきしてそれにせっすることやめた義人ぎじんは、書庫しょこのベッドでおくられてきていた大量たいりょうのカセットテープに録音ろくおんされたわれりょうはなし毎夜まいよかめのシステム」できながら、それに応答おうとうするかたちで、あたかも死後しご世界せかい通信つうしんしているかのようにわれりょう架空かくう会話かいわはじめる。

会話かいわかさねながら義人ぎじんわれりょうとのなつかしい過去かこおも回想かいそうしていく。毎夜まいよそれがかさねられ、それが惑溺わくできともいえる状態じょうたいになったころ、千樫ちかしから毎夜まいよおこなわれる会話かいわこえれるのをいているのはいたたまれないと抗議こうぎける。千樫ちかしなみだながしていた。義人ぎじんはこの状況じょうきょうえるために、丁度ちょうどオファーのあったベルリン自由じゆう大学だいがくでの講座こうざけることにした。ベルリンで義人ぎじんは、われりょう晩年ばんねん出向でむいたベルリン映画えいがさい開催かいさい期間きかん性的せいてき関係かんけいにあったむすめ面識めんしきのあったひがしベーム夫人ふじん出会であう。夫人ふじんむすめを Mädchen für alles(なんでもしてくれるひと)とび、感情かんじょうっていないようであった。

ベルリンで義人ぎじんわれりょう自殺じさつおもいをはせ、われりょう遺書いしょにあった「すべてのめんでガタガタになっている」という文言もんごんについてかんがえる。われりょうのような毅然きぜんとした剛直ごうちょく美丈夫びじょうふが「ガタガタ」になったりすることがありえるのだろうか?われりょうがヤクザ映画えいが公開こうかいしたさい報復ほうふくでヤクザに刃物はもの襲撃しゅうげきされた事件じけんのときもだい怪我けがをしながらも余裕よゆう表情ひょうじょうだったではないか。

おもかえすと、われりょう遺書いしょんでしばらく義人ぎじんせんかしに、われりょうが「ガタガタ」になるということが本当ほんとうにありたのか、とたずねたことがあった。千樫ちかしは、むかし松山まつやまでのあるよるのち義人ぎじんわれりょうも「ガタガタ」だったではないか、あのよるから吾郎ごろうわってしまった、と返答へんとうした。そのよる出来事できごとは「アレ」としょうされ義人ぎじんにとっていつか創作そうさくつなげたい生涯しょうがいのテーマであった。

義人ぎじんがベルリンから帰国きこくすると、千樫ちかしから遺品いひん飴色あめいろかばんわたされる。それにはわれりょう準備じゅんびしていた「アレ」についての映画えいが完成かんせいコンテと脚本きゃくほんはいっていた。われりょうにとっても「アレ」は重要じゅうようなテーマであったのだった。脚本きゃくほんみながら義人ぎじん松山まつやま時代じだいの「アレ」に関係かんけいする過去かこ回想かいそうしていく。

松山まつやま出来事できごとは、戦後せんごまだ占領せんりょうにあった時代じだいに、敗戦はいせんなつ蹶起けっきをおこし鎮圧ちんあつされてんだ右翼うよく思想家しそうかであった義人ぎじん父親ちちおや弟子でし大黄だいおう高校生こうこうせい義人ぎじん接触せっしょくしてきたことにはじまる。大黄だいおう講和こうわ条約じょうやく発行はっこうされる1952ねん4がつ28にちべいぐんキャンプを襲撃しゅうげきしようと計画けいかくしていた。占領せんりょう期間きかん武装ぶそう抵抗ていこうおこなうことで、敗戦はいせんこく日本にっぽん基調きちょうであった敗北はいぼく主義しゅぎえるというかんがえであった。大黄だいおう武器ぶき調達ちょうたつするためにべいぐんキャンプの通訳つうやくピーターを利用りようしようとかんがえた。ピーターはホモセクシュアルであり、CIE(民間みんかん情報じょうほう教育きょういくきょく)の文化ぶんか施設しせつ出入でいりする美少年びしょうねんわれりょう恋情れんじょういていた。大黄だいおうはピーターを籠絡ろうらくするためにわれりょうとその友人ゆうじん義人ぎじん使つかおうとかんがえた。大黄だいおう活動かつどう拠点きょてんねり成道じょうどうじょう宴会えんかい義人ぎじんわれりょう、ピーターを接待せったいした。そこで性的せいてき役割やくわりになわされた義人ぎじんわれりょう侮蔑ぶべつしたねり成道じょうどうじょう若者わかものが、宴会えんかい食用しょくよう自分じぶんたちが解体かいたいしたうし生皮なまかわにんおおかぶせる、というような不気味ぶきみなことがおこなわれた。ねり成道じょうどうじょうからわれりょう居住きょじゅうしていたおてらかえった義人ぎじんわれりょうがおどううらうしよごれたからだあらっているところをおさなせんかし目撃もくげきしていた。その、4がつ28にち当日とうじつ義人ぎじんわれりょうそろって襲撃しゅうげき事件じけんきるかどうかNHKラジオをいたが事件じけんらせる臨時りんじニュースはかった。(「アレ」とは具体ぐたいてきになんであるのかは作中さくちゅう明示めいじされない)

(「最終さいしゅうあきら モーリス・センダックの絵本えほん」でそれまで義人ぎじん一元いちげん焦点しょうてんされていた視点してんせんかしわる)

千樫ちかしがベルリンから帰国きこくした義人ぎじん荷物にもつ整理せいりしているとモーリス・センダックのOutside Over ThereとChangelingsのさつ絵本えほんがあった、千樫ちかしはすぐにそれに強力きょうりょくきつけられた。うつくしいいもうとゴブリンにさらわれてにされてしまい、勇気ゆうきふるっていもうとかえしにいく絵本えほん主人公しゅじんこう少女しょうじょアイダは自分じぶんだとかんじた。松山まつやま過去かこ一夜いちやのち吾郎ごろうは、なおもほこらしいあにではあったが、どこか得体えたいれないところをふくむそれまでとちが人間にんげんになってしまった。自分じぶん義人ぎじん結婚けっこんしてはじめての出産しゅっさんをするときにかんがえていたのは勇敢ゆうかんって、えられていなくなるまえ本来ほんらいわれりょうかえそうということだった。まれてきた息子むすこアカリは知的ちてき障害しょうがいはあったものの音楽おんがくつくるようになり完全かんぜんうつくしさの自分じぶんもどした。

千樫ちかしは、義人ぎじんがあるきっかけからつけた、晩年ばんねんわれりょうわかむすめとの性的せいてき関係かんけい陽気ようきつたえる「かめ」のテープをかされた。それはわれりょうまえ最後さいご期間きかんにこういう関係かんけいてたのならよかったと自分じぶんたちもはげまされるようなあかるいものであった。

さんヶ月かげつ、そのとうむすめせんかしおとずれた。われりょう晩年ばんねんえがいた水彩すいさいのカラーコピイがしいという要件ようけん来訪らいほうしたむすめシマ・うらせんかし印象いんしょうあたえた。うらわれりょう死後しご逃避とうひてき性交せいこうをした相手あいてとの妊娠にんしんしていた。その中絶ちゅうぜつ目的もくてきにしてうらはドイツから訪日ほうにちしていたのだが、その機上きじょう義人ぎじんのある文章ぶんしょうみ、われりょうわりの子供こどももうと翻意ほんいしていた。両親りょうしんはそれには強硬きょうこう反対はんたいしておりなに援助えんじょもできないと通告つうこくしてきていた。千樫ちかし自分じぶん義人ぎじんほん挿絵さしえいて印税いんぜいうら援助えんじょする費用ひようにあて、さらに出産しゅっさん世話せわもするためにベルリンに旅立たびだとうと決心けっしんする。

ウォーレ・ショインカ戯曲ぎきょくおう先導せんどうしゃ』から台詞せりふ引用いんようして小説しょうせつわる。
  ーもうんでしまったものらのことはわすれよう 、きているものらのことすらも 。あなたかたしんを 、まだまれてないものたちにだけけておくれ。

主要しゅよう登場とうじょう人物じんぶつ

[編集へんしゅう]
長江ながえ義人ぎじん(ちょうこうこぎと)
国際こくさいてき作家さっか
はなわわれりょう(はなわごろう)
自殺じさつした義人ぎじん義理ぎりあに映画えいが監督かんとくをしていた。
長江ながえアカリ
義人ぎじん息子むすこで、作曲さっきょくである。知的ちてき障害しょうがいがある。
長江ながえ千樫ちかし(ちかし)
義人ぎじんつま
シマ・うら(しま・うら)
われりょうさい晩年ばんねん恋人こいびと

評価ひょうか

[編集へんしゅう]
浅田あさだあきら評価ひょうか

批評ひひょう浅田あさだあきらは、ほんさくを「このひとはやはり作家さっかという宿命しゅくめいきているのだ」とものにあらためてかんじさせる異様いよう迫力はくりょくをもった作品さくひんである、と称賛しょうさんしている。そしてほんさくについておどろくべきことは、被害ひがい妄想もうそうかたむ場合ばあいおおい、個人こじんてき生々なまなましいいかりやかなしみから出発しゅっぱつしながら、それが普遍ふへんせいをもった作品さくひんとしてがってくることにあるとべる。また、主人公しゅじんこう義人ぎじん自殺じさつした義兄ぎけいはなわわれりょう架空かくう対話たいわつづけながら、ホモファシズムてきせい政治せいじ刻印こくいんびた四国しこく松山まつやま少年しょうねん時代じだいのある出来事できごと作中さくちゅうのアレ)へと記憶きおく遡行そこうしていく過程かていは、それ自体じたいスリリングであると同時どうじに、過去かこさくあたらしい視点してんからとらえなおす文学ぶんがくてき総合そうごうとしてもとらえることができると指摘してきする。そして「そう、大江おおえ健三郎けんざぶろうはいまなおわれらの作家さっかなのだ。」とめくくる。[3]

蓮實はすみ重彦しげひこ評価ひょうか

かつて『大江おおえ健三郎けんざぶろうろん』(青土おうづちしゃ)において、テクストの表層ひょうそうにあらわれる理不尽りふじん刺激しげきとして存在そんざいする数詞すうし奔流ほんりゅうにのみ着目ちゃくもくしてテマティック批評ひひょうおこない、大江おおえ文学ぶんがく称揚しょうようしたことのある批評ひひょう蓮實はすみ重彦しげひこは『』について、物語ものがたり本筋ほんすじからみればかならずしも必要ひつようでない出刃包丁でばぼうちょう中華ちゅうか包丁ぼうちょうにぎっての真夜中まよなかのスッポンとの格闘かくとうシーンが5、6ページのながさにわたってつづくその文脈ぶんみゃくいた描写びょうしゃ言葉ことば乱闘らんとうぶり、荒唐無稽こうとうむけいさからあきらかにフィクションである内容ないようを「そんなことが、本当ほんとうにあったのか?」と勘違かんちがいしかねない私小説ししょうせつてきトーンでえがくフィクションとしての散文さんぶんちから素晴すばらしさ、などをげて絶賛ぜっさんしている。[4]

関連かんれん項目こうもく

[編集へんしゅう]

出版しゅっぱん

[編集へんしゅう]
  • (チェンジリング)』講談社こうだんしゃ、2000ねん
  • (チェンジリング)』講談社こうだんしゃ文庫ぶんこ、2004ねん ISBN 4-06-273990-9
  • 『おかしな人組にんぐみ さんさく講談社こうだんしゃ、2006ねん
』・『かお童子どうじ』・『さようなら、わたしほんよ!』のセットとくそうばん

脚注きゃくちゅう

[編集へんしゅう]
  1. ^ a b 大江おおえ健三郎けんざぶろう (ききて構成こうせい 尾崎おざき真理子まりこ)『大江おおえ健三郎けんざぶろう作家さっか自身じしんかたる』新潮しんちょう文庫ぶんこ
  2. ^ a b 大江おおえ健三郎けんざぶろう「センダックのおくもの」『がたなげきもて』講談社こうだんしゃ
  3. ^ 大江おおえ健三郎けんざぶろうの「」i-critique 批評ひひょう空間くうかんアーカイヴ[1]
  4. ^ どう時代じだい大江おおえ健三郎けんざぶろう筒井つつい康隆やすたか×蓮實はすみ重彦しげひこ 群像ぐんぞう2018ねん8がつごう