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水死すいし (大江おおえ健三郎けんざぶろう小説しょうせつ)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

水死すいし』(すいし)は、2009ねん講談社こうだんしゃから出版しゅっぱんされた大江おおえ健三郎けんざぶろう長編ちょうへん小説しょうせつ講談社こうだんしゃ100周年しゅうねんの「ろし100さつ」のいちさつとして出版しゅっぱんされた。その2012ねん講談社こうだんしゃ文庫ぶんこから文庫ぶんこばん出版しゅっぱんされている。

概要がいよう

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大江おおえ父親ちちおやは、1944ねん大江おおえが9さいころくなっており[1]父親ちちおや肖像しょうぞう納得なっとくのいくかたち小説しょうせつなか復元ふくげんすることは大江おおえ生涯しょうがいのテーマのひとつであり、それはかつて「ちちよ、あなたはどこへくのか?」「みずからなみだをぬぐいたまう」においてまれている。そのテーマに再度さいどいどんだのがほんさくである[2]

実際じっさい大江おおえ父親ちちおや好太郎こうたろう農家のうかからかみ原料げんりょう三椏みつまたいとり、加工かこうして、内閣ないかく印刷いんさつきょく紙幣しへいようおさめるという仕事しごとをしていた[3]のだが、大江おおえがかつてある座談ざだんにおいて「(自分じぶんにとって)父親ちちおやてきなものというのは、ぼくには神秘しんぴ主義しゅぎてきにいえば天皇てんのうせいそのものにつながっています。政治せいじ体制たいせいてきにいえば中央ちゅうおうにある国家こっかむすびついている」[4]かたったように、想像そうぞうをまじえてちょう国家こっか主義しゅぎしゃとして父親ちちおや肖像しょうぞう復元ふくげんしている[2]

作品さくひん完成かんせい直後ちょくごのインタビューでは、「こういう父親ちちおや最後さいご小説しょうせつなかでめぐりうために、ぼくじゅうねん以上いじょう小説しょうせついてきた。どうもそうじゃないかとおもうんです。きゅうさい突然とつぜんちちくしたときはは一言ひとこと理由りゆうかしませんでしたから。ちち見捨みすてられたという気持きもちがずっとありました」「ぼくは、いつかちちについて〝本当ほんとうのこと〟をこうとねがつづけた。小説しょうせつ技術ぎじゅつくし、義人ぎじんというかた活躍かつやくしてくれて、ようやくねがいはかないました」とべている[5]

2016ねんに“Death by Water”として英訳えいやく出版しゅっぱんされ(翻訳ほんやく Deborah Boehm)、ブッカー国際こくさいしょうにノミネートされた[6]

あらすじ

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70だい小説しょうせつ長江ながえ義人ぎじんは、んだははのこしたあかかわのトランクにはいっているはずのちち日誌にっし書簡しょかんをもとに、終戦しゅうせんなつに、増水ぞうすいしたかわ短艇たんていしてなぞげたちょう国家こっか主義しゅぎしゃちちについての「水死すいし小説しょうせつ」をくことを目論もくろみ、故郷こきょうの「もり谷間たにまむら」に帰郷ききょうする。義人ぎじん演劇えんげき集団しゅうだん穴居けっきょじん (ザ・ケイヴ・マン)」の代表だいひょう穴井あないマサオと所属しょぞく女優じょゆうのウナイコが接触せっしょくしてくる。かれらは義人ぎじんぜん作品さくひん総合そうごうした演劇えんげきをつくる構想こうそうをたてており、その取材しゅざいのためである。

義人ぎじんがトランクをけてみると、思惑おもわくはんしてめぼしい資料しりょうはなかった。早々そうそうに「水死すいし小説しょうせつ」の構想こうそう頓挫とんざしてしまった。「水死すいし小説しょうせつ」の頓挫とんざ落胆らくたんした義人ぎじんは「だい眩暈げんうん」と作中さくちゅうしょうされる病気びょうきおそわれる。病身びょうしん義人ぎじん知的ちてき障害しょうがい息子むすこアカリにたいして、あることからおもわず「きみはバカだ」とってしまい親子おやこはかつてない断絶だんぜつ状態じょうたいになる。

水死すいし小説しょうせつ」の頓挫とんざでマサオの構想こうそう暗礁あんしょうげる。ウナイコは独自どくじ企画きかくてて「「んだいぬげる」芝居しばい」と作中さくちゅうしょうされる特殊とくしゅ形式けいしき芝居しばいはじめて、夏目なつめ漱石そうせきの『こころ』を題材だいざいにする。そして『こころ』で作中さくちゅうの「先生せんせい」の自殺じさつてつをひいた「明治めいじ精神せいしん」とはなにかをう。義人ぎじんは、あかかわのトランクにおさめられていたフレイザーの『金枝きんしへん』をがかりにして、ちょう国家こっか主義しゅぎしゃちち一番いちばん弟子でしであった中国ちゅうごく引揚しゃ大黄だいおう(ギシギシ)からはなしきながら、ちち真相しんそう意味いみげていく。

ウナイコは、義人ぎじん故郷こきょうつたわる一揆いっき伝承でんしょう素材そざい一揆いっき指導しどうしゃ性的せいてき陵辱りょうじょくされた「メイスケはは」の芝居しばいつくろうと奔走ほんそうするようになる。ウナイコはこの芝居しばいとおして、高校生こうこうせい時代じだい文部もんぶ科学かがくしょう高級こうきゅう官僚かんりょう伯父おじ小河おがわからけたレイプを告発こくはつしようとしていた。小河おがわはそれをめようとして、上演じょうえん前日ぜんじつにウナイコを、大黄だいおう地元じもと右翼うよく活動かつどう拠点きょてんとしていた「錬成れんせい道場どうじょう」の跡地あとち施設しせつ軟禁なんきんする。ウナイコは小河おがわから暴行ぼうこうける。大黄だいおう秘蔵ひぞうしていたピストルで小河おがわち、義人ぎじんに「長江ちょうこう先生せんせい一番いちばん弟子でしは、やっぱりギシギシですが!」と言葉ことばのこしてもりおくる。森々しんしんてんがり、淼々とふか谷間たにまもりなかくさむらかおんで、ったまま水死すいしげる大黄だいおう義人ぎじん想像そうぞうおもえがく。

批評ひひょう

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鴻巣こうのす友季子ゆきこによる批評ひひょう

翻訳ほんやく、エッセイスト鴻巣こうのす友季子ゆきころう作家さっか長江ながえ義人ぎじんが、登場とうじょう人物じんぶつウナイコのボーイフレンドとのやりとりにおいて、自分じぶん英語えいごさいには、訳詩やくし原詩げんしひびきあい、訳詩やくし原詩げんしのズレの奇妙きみょうあじのおかしみがまれることで、はじめてがしっかりと理解りかいすることができる、とべるのにたいして、相手あいてが「(あなたの)小説しょうせつもそこでまれるんじゃないですか?」とおうずる場面ばめんをまずげたうえで、ほんさくが「みたがえる」ことをめぐる作品さくひんであると指摘してきする。そして様々さまざまな「みたがえ」を作品さくひんからひろげている。(義人ぎじん過去かこさくで、バッハのカンタータのすくぬしのドイツが「天皇陛下てんのうへいか」と意訳いやくされたこと、義人ぎじんちち心酔しんすいしていた将校しょうこうらの冗談じょうだんちがえてかわしていったこと、強姦ごうかん体験たいけんもとにしたウナイコの一揆いっき芝居しばい原作げんさく個人こじんてきみずらしをふくむこと、などなど)。そのうえで、なかでも重要じゅうようなのは「森々しんしん(しんしん)」と「淼々(びょうびょう)」のちがいであるとする。折口おりぐち信夫しのぶ書物しょもつに、篤信とくしんしゃたましいが「淼々たるうみぎゝつて」浄土じょうどいたしるくとあるのをんで、「んだたましいそらのぼってもりもどる」というもり谷間たにまむら信仰しんこう連想れんそうした義人ぎじんちちが「森々しんしんたるうみ」と誤読ごどくすると、そこでみず境界きょうかいはぼやけて融和ゆうわし、ほんさくかくとなるイメージがかびあがる、とろんじた。[7]

町田まちだやすしによる批評ひひょう

小説しょうせつ町田まちだやすし自身じしんじつ作者さくしゃとしての立場たちばから、小説しょうせつは、登場とうじょう人物じんぶつこまっていることによってはなしすすんでいくのだとする。だが「こまり」をただけばよいのではなく、「こまり」のなかをすすむことによって、「えなかったものがえたり、わからなかったことがわかったり、わかっているとおもっていたことがじつ全然ぜんぜん、わかっていなかったことがわかる」などの曲折きょくせつて、その時点じてんでの「本当ほんとうのこと」にたどりけるということが大事だいじであるとする。この持論じろんをもとに、ほんさく主人公しゅじんこう長江ながえ義人ぎじんのわかった前半ぜんはんが、いまの後半こうはん接続せつぞくされて、じゅうになってさらにその後半こうはんひびいていく、「ふたつのものがひびくというイメージが反復はんぷくされながら意味いみがうねっておおきな次元じげん意味いみようかえしの技法ぎほうもちいた呪術じゅじゅつてき音楽おんがくくようでもある」とひょうし、そのかえしで「はじめ、ちがうものとしてとらえられていたみず印象いんしょう印象いんしょううみ印象いんしょうもり印象いんしょうがひとつのものとなり、そのひとつのものとなった印象いんしょう登場とうじょう人物じんぶつ人生じんせいかさなり、本当ほんとうのことにちかづく」とひょうする。そして、劇的げきてきすすんでしまった事態じたい決着けっちゃくをつけるラストシーンのったままの水死すいしをやりげる、最後さいごうつくしい文章ぶんしょうを「やられた。やられた。やられた。」と賞賛しょうさんしている。[8]

ほんさく歴史れきしてき政治せいじてき主題しゅだい分析ぶんせきした以下いか論考ろんこうがある。

  • 加藤かとうのりよう「『水死すいし』のほうへ―大江おおえ健三郎けんざぶろう沖縄おきなわ 」(『敗者はいしゃ想像そうぞうりょく集英社しゅうえいしゃ新書しんしょ
  • 秀実ひでみ小説しょうせつ大江おおえ健三郎けんざぶろう――その天皇てんのうせい戦後せんご民主みんしゅ主義しゅぎ」(『群像ぐんぞう』2020ねん3がつごう
  • ぼくひろしかわ「『水死すいし』─あたらしい共同きょうどうたいのために」(『大江おおえ健三郎けんざぶろうぜん小説しょうせつ4』収録しゅうろく
  • もと金龍きんりゅう「「おうころし」:絶対ぜったい天皇てんのうせい社会しゃかい倫理りんりとの対決たいけつ──大江おおえ健三郎けんざぶろうが『水死すいし』において追求ついきゅうした時代じだい精神せいしん分析ぶんせき」(『大江おおえ健三郎けんざぶろうぜん小説しょうせつ4』収録しゅうろく

出版しゅっぱん

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  • 水死すいし講談社こうだんしゃ、2009ねん
  • 水死すいし講談社こうだんしゃ文庫ぶんこ、2012ねん

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ 大江おおえ健三郎けんざぶろうぜん小説しょうせつ15』年譜ねんぷ
  2. ^ a b 大江おおえ健三郎けんざぶろうぜん小説しょうせつ4』解題かいだい
  3. ^ いぬなぐちち」『新年しんねん挨拶あいさつ
  4. ^ 座談ざだんかい昭和しょうわ文学ぶんがくだいろくかん集英社しゅうえいしゃ 2004
  5. ^ インタビュアー尾崎おざき真理子まりこ大江おおえ健三郎けんざぶろうぜん小説しょうせつ4』kindle14407/15172
  6. ^ 大江おおえ健三郎けんざぶろう水死すいし』がブッカー国際こくさいしょうにノミネート 新刊しんかんJPニュース [1]
  7. ^ あさ新聞しんぶん2010ねん01がつ10日とおか
  8. ^ こまりのなかをすすむ」ウェブサイトALLREVIEWS [2]