ヒロシマ・ノート

ヒロシマ・ノートは、大江おおえ健三郎けんざぶろうが1965年ねんに著しるし岩波いわなみ新書しんしょより刊行かんこうされたノンフィクションである。

概要がいよう

1945年ねん8月がつ6日にちに世界せかい初はつの原子げんし爆ばく弾だんが投下とうかされた広島ひろしま市しを、大江おおえは1963年ねんに訪おとずれ、原水爆げんすいばく禁止きんし世界せかい大会たいかい、原爆げんばくの被爆ひばく者しゃ、そして被爆ひばく者しゃの治療ちりょうに当あたる医師いしたちを取材しゅざいして本ほん作さくを著あらわした。表題ひょうだいの「ヒロシマ」は単たんに原爆げんばく被災ひさい地ち「広島ひろしま」を示しめすだけでなく広島ひろしま・長崎ながさきをおそった今世紀こんせいき最悪さいあくの「人間にんげん的てき悲惨ひさん」を象徴しょうちょうし、反核はんかくへの意志いし「ノーモア・ヒロシマ」を含意がんいする。

挿絵さしえはピカドン（原作げんさく・丸木まるき位い里さと・丸木まるき俊しゅん夫妻ふさい）の一部いちぶを採用さいようしている。

内容ないよう

取材しゅざいは、1963年ねんに、米べい英えいソによる部分ぶぶん的てき核かく実験じっけん停止ていし条約じょうやくの評価ひょうかをめぐる対立たいりつに終始しゅうしし、分裂ぶんれつした第だい9回かい原水爆げんすいばく禁止きんし世界せかい大会たいかいの状況じょうきょうからスタートするが、直すぐに政党せいとうが主導しゅどうする議論ぎろんの対立たいりつと停滞ていたいから距離きょりを置おき、大会たいかいには反映はんえいされないだろう個人こじん（被爆ひばく者しゃや原爆げんばく病院びょういんの医師いし）の声こえを聞ききとる取材しゅざい方針ほうしんに切きり替かえられる。

作品さくひんのキーワードは「威厳いげん」である。「真しんに広島ひろしま的てきな」「威厳いげん」のある「屈服くっぷく」しない人々ひとびと、「広島ひろしまの現実げんじつを正面しょうめんからうけとめ、絶望ぜつぼうしすぎず、希望きぼうをもちすぎることもない」「正統せいとう的てきな人間にんげん」たちの群像ぐんぞうが描えがかれていく。

この取材しゅざいは作家さっか大江おおえの自己じこ救済きゅうさいの記録きろくともなっており、「広島ひろしまの、まさに広島ひろしまの人間にんげんらしい人々ひとびとの生いき方かたに深ふかい印象いんしょうをうけ」、自己じこの「感覚かんかくとモラルと思想しそう」の検証けんしょうを願ねがうことになったゆえんが語かたられる。

冷戦れいせんの最中さいちゅうであり、各国かっこくのナショナリズムと核かく開発かいはつは結むすびついていた。そしてそれを正当せいとうであると擁護ようごする議論ぎろんも存在そんざいした。取材しゅざいの最中さいちゅうに中国ちゅうごくの核かく実験じっけんがおこなわれているが、大江おおえは次つぎのようにしるし、

「中国ちゅうごくの核かく実験じっけんにあたって、それを、革命かくめい後ご、自力じりき更生こうせいの歩あゆみをつづけてきた中国ちゅうごくの発展はってんの頂点ちょうてんとみなし、核かく爆ばく弾だんを、新あたらしい誇ほこりにみちた中国人ちゅうごくじんのナショナリズムのシムボルとみなす考かんがえ方かたがおこなわれている。僕ぼくもまたその観察かんさつと理論りろんづけに組くみする。しかし、同時どうじに、それはヒロシマを生いき延のびつづけているわれわれ日本人にっぽんじんの名なにおいて、中国ちゅうごくをふくむ、現在げんざいと将来しょうらいの核兵器かくへいき保有ほゆう国こくすべてに、否定ひてい的てきシムボルとしての、広島ひろしまの原爆げんばくを提示ていじする態度たいど、すなわち原爆げんばく後ご二に十じゅう年ねんの新あたらしい日本人にっぽんじんのナショナリズムの態度たいどの確立かくりつを、緊急きんきゅうに必要ひつようとさせるものであろう。したがって広島ひろしまの正統せいとう的てきな人間にんげんは、そのまま僕ぼくにとって、日本にっぽんの新あたらしいナショナリズムの積極せっきょく的てきシムボルのイメージをあらわすものなのである。」

日本人にっぽんじんは、中国ちゅうごくを含ふくむ各国かっこくの「核かく開発かいはつのナショナリズム」に対抗たいこうして、「被曝ひばくナショナリズム」を打うち立たてていくべきであるとした。

沖縄おきなわノート

この作品さくひんの5年ねん後ご、1970年ねんに姉妹しまい作品さくひんの「沖縄おきなわノート」が著あらわされた。沖縄おきなわは過去かこに沖縄おきなわ戦せんで激戦げきせんを繰くり広ひろげ、戦後せんごのこの当時とうじアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくの占領せんりょう下かにあり、アメリカ軍ぐんの基地きちも数多かずおおくある。朝鮮ちょうせん戦争せんそうやベトナム戦争せんそうの前線ぜんせん基地きちとして使つかわれている基地きちの公害こうがいに悩なやみ、また戦争せんそうへの脅威きょういが進すすむ沖縄おきなわを通とおして、大江おおえが本土ほんどとは、日本人にっぽんじんとはなにかを見みつめなおし、民主みんしゅ主義しゅぎの在あり方かたについて問とうたノンフィクションである。

この作品さくひんを巡めぐり、大江おおえ健三郎けんざぶろう・岩波書店いわなみしょてん沖縄おきなわ戦せん裁判さいばんが起おきた（2005年ねんに提訴ていそ、2011年ねん最高裁さいこうさいで原告げんこく側がわの敗訴はいそが確定かくてい）