新あたらしい人ひとよ眼めざめよ

『新あたらしい人ひとよ眼めざめよ』（あたらしいひとよめざめよ）は、大江おおえ健三郎けんざぶろうの短編たんぺん連作れんさく集しゅう。文芸ぶんげい誌し『群像ぐんぞう』『新潮しんちょう』『文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう』『文學ぶんがく界かい』に掲載けいさいされた7つの短編たんぺんを収録しゅうろくしている。1983年ねん6月がつに講談社こうだんしゃより単行本たんこうぼんが発行はっこうされ、その年としの大佛だいぶつ次郎じろう賞しょうを受賞じゅしょうした。 1986年ねんに講談社こうだんしゃ文庫ぶんこ、2007年ねんに講談社こうだんしゃ文芸ぶんげい文庫ぶんこにて文庫ぶんこ化かされた。

表題ひょうだいの『新あたらしい人ひとよ眼めざめよ』は、ブレイクの後期こうき預言よげん詩しのひとつ『ミルトン』の序じょの一節いっせつ「Rouse up, O, Young men of the New Age !」からインスピレーションを得えている。また各かく短編たんぺんのタイトルもブレイクの詩し行ぎょうや絵画かいがのタイトルに由来ゆらいする。

収録しゅうろく作品さくひんについて

以下いかの7編へんを収録しゅうろくする。丸まる括弧かっこ内ないは初出しょしゅつ誌し。

• 無垢むくの歌うた、経験けいけんの歌うた（『群像ぐんぞう』1982年ねん7月がつ号ごう）
• 怒いかりの大気たいきに冷つめたい嬰児えいじが立たちあがって（『新潮しんちょう』1982年ねん9月がつ号ごう）
• 落おちる、落おちる、叫さけびながら…（『文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう』1983年ねん1月がつ号ごう）
• 蚤のみの幽霊ゆうれい（『新潮しんちょう』1983年ねん1月がつ号ごう）
• 魂たましいが星ほしのように降ふって、跗骨のところへ（『群像ぐんぞう』1983年ねん3月がつ号ごう）
• 鎖くさりにつながれたる魂たましいをして（『文學ぶんがく界かい』1983年ねん4月がつ号ごう）
• 新あたらしい人ひとよ眼めざめよ（『新潮しんちょう』1983年ねん6月がつ号ごう）

あらすじ

この短編たんぺん連作れんさく集しゅうは「僕ぼく」を語かたり手てとしている。「僕ぼく」は著名ちょめいな作家さっかであり、中年ちゅうねんに至いたっている。「僕ぼく」の家いえは、妻つま、長男ちょうなんで知的ちてき障害しょうがいをもった息子むすこ「イーヨー」、その妹いもうと、その弟おとうとの3人にんの子供こども、の5人にん家族かぞくである。本ほん作さくを通とおして「イーヨー」を中心ちゅうしんとした「僕ぼく」の家族かぞくの日常にちじょうが描えがかれていく。連作れんさくが書かき進すすめられるにつれ「イーヨー」は成長せいちょうしていく。精神せいしん的てきに不安定ふあんていな時期じきを通過つうかし、音楽おんがくの才能さいのうが徐々じょじょに芽生めばえ、養護ようご学校がっこうの寄宿舎きしゅくしゃ生活せいかつを体験たいけんして大人おとなになっていく。

「僕ぼく」は研究けんきゅう書しょなども参照さんしょうしながら18〜19世紀せいきのイギリスの神秘しんぴ主義しゅぎ詩人しじんウィリアム・ブレイクを綿密めんみつに読解どっかいしていく。平行へいこうして、家族かぞくのあり方かた、社会しゃかいのあり方かた、世界せかいの成なり立たちなどについて思索しさくする。時ときには「僕ぼく」の過去かこの回想かいそうもなされる。作品さくひんの中なかで引用いんようされて読解どっかいの対象たいしょうとされる詩しの文句もんくは、作中さくちゅうで描えがかれる「イーヨー」の行動こうどうと呼応こおうする。「僕ぼく」は「イーヨー」の振ふる舞まいを導みちびきにして、ブレイクの預言よげん詩しが「僕ぼく」に対たいしてあかす意味いみを啓示けいじ的てきに理解りかいする。

無垢むくの歌うた、経験けいけんの歌うた

「僕ぼく」はヨーロッパにおける反核はんかく運動うんどうを題材だいざいにしたTVの特集とくしゅう番組ばんぐみの取材しゅざい、撮影さつえいの旅たびにでていた。旅先たびさきでブレイクの詩集ししゅうを手てにとって読よんでいるうちに久方ひさかたぶりにブレイクに強つよく惹ひかれる。旅たびから帰宅きたくすると思春期ししゅんきの難むずかしい時期じきにある「イーヨー」は家族かぞくが持もて余あますほどに荒あれており「僕ぼく」は困惑こんわくする。しかし帰宅きたくの翌朝よくあさには「イーヨー」は落おち着つく。「僕ぼく」は荒あれていた「イーヨー」の目めに悲嘆ひたんの感情かんじょうが表あらわれていたのを理解りかいする。作中さくちゅう、1970年ねんのアジア・アフリカ作家さっか会議かいぎに出席しゅっせきした際さいの堀ほり田善でんぜん衛まもるとのインド旅行りょこうでの出来事できごとの回想かいそうが挿入そうにゅうされる。

怒いかりの大気たいきに冷つめたい嬰児えいじが立たちあがって

学生がくせい時代じだいに大学だいがく図書館としょかんで「僕ぼく」が偶然ぐうぜんにブレイクと出会であい、強力きょうりょくに惹ひき付づけられた経験けいけんが回想かいそうされる。＜人間にんげんは労役ろうえきしなければならず、悲かなしまねばならず、そして習ならわねばならず、忘わすれねばならず、そして帰かえってゆかなければならぬ ／そこからやって来きた暗くらい谷たにへと 、労役ろうえきをまた新あたらしく始はじめるために＞。この詩句しくは「僕ぼく」の人生じんせいの先行さきゆきを示しめしているように感かんじられた。また、少年しょうねん時代じだいに故郷こきょうの“谷間たにま”の村むらの川かわで泳およいでいて、岩いわに挟はさまれ溺おぼれかて死しにかけた際さいの神秘しんぴ的てきな経験けいけんも回想かいそうされる。現在げんざい時じにおいては「イーヨー」に癲癇てんかんが発症はっしょうする。このエピソードで「イーヨー」は死しの観念かんねんを持もっていることがわかる。

落おちる、落おちる、叫さけびながら…

「僕ぼく」は自分じぶんが通かよう会員かいいん制せいプールに「イーヨー」を連つれて行いき水泳すいえいを教おしえている。そこでは元もと右翼うよく、元もと左翼さよくの過激かげき派はを集あつめて組織そしきされた集団しゅうだんの訓練くんれんが行おこなわれている。その中なかには三島みしま由紀夫ゆきおの私兵しへい組織そしきに在籍ざいせきしていたものもいるという。「僕ぼく」は集団しゅうだんの指導しどう者しゃと言葉ことばを交かわし、この集団しゅうだんに剣呑けんのんなものを感かんじる。あるとき「僕ぼく」が目めを離はなした隙すきに、「イーヨー」は潜水せんすい用ようプールで溺おぼれかけるが、その指導しどう者しゃによって救助きゅうじょされる。

蚤のみの幽霊ゆうれい

ブレイクのテンペラ画が「蚤のみの幽霊ゆうれい」からの連想れんそうで「僕ぼく」は「イーヨー」が性的せいてきに暴発ぼうはつしてレイプを犯おかしてしまう夢ゆめをみる。それは「僕ぼく」が現実げんじつに持もっている懸念けねんからくるものだった。それと絡からんで「イーヨー」は果はたして夢ゆめをみるのだろうか？という疑問ぎもんが語かたられる。家族かぞく総出そうででの伊豆いずの別荘べっそうへの旅行りょこうの計画けいかくがあったが、台風たいふうが襲来しゅうらいしたことから計画けいかくは中止ちゅうしになる。しかし「イーヨー」が頑に別荘べっそうに行いくことを主張しゅちょうしたため、「僕ぼく」はヤケクソで「イーヨー」と二人ふたりだけで台風たいふうの中なかを別荘べっそうへ出向でむく。別荘べっそうで酒さけを飲のんで眠ねむった僕ぼくがうなされているところ「イーヨー」から「ぜんぜん恐こわくありません！夢ゆめですから！」と声こえをかけられる。

魂たましいが星ほしのように降ふって、跗骨のところへ

「イーヨー」が幼児ようじだった頃ころ、彼かれが多数たすうの鳥とりの声こえを聴きき分わけられることが判明はんめいした。それが「イーヨー」が音おとに対たいして特別とくべつな能力のうりょくを発揮はっきする始はじまりであった。その後ご、小学生しょうがくせいになった「イーヨー」はピアノの先生せんせいについて音楽おんがくを学まなび、作曲さっきょくの能力のうりょくを身みにつけていく。18歳さいの誕生たんじょう日びに「僕ぼく」は「イーヨー」の作曲さっきょくしたパルティータの楽譜がくふを製本せいほんした。それを友人ゆうじんに配くばったところ、障害しょうがい者しゃの共同きょうどう生活せいかつ施設しせつから劇げき音楽おんがくの作曲さっきょくの依頼いらいを受うける。「イーヨー」はその仕事しごとを立派りっぱにこなす。

鎖くさりにつながれたる魂たましいをして

知的ちてき障害しょうがいを持もつ父親ちちおやとして「僕ぼく」が見聞けんぶんする、障害しょうがい者しゃ施設しせつの建設けんせつ反対はんたいなどの、知的ちてき障害しょうがい者しゃの生なまと世間せけんとの軋轢あつれきが語かたられる。そして過去かこのある事件じけんが想起そうきされる。渡辺わたなべ一夫かずおの紹介しょうかいだと自己じこ紹介しょうかいする左派さはの過激かげき派はの政治せいじ活動かつどうをする二人ふたりの学生がくせいが「僕ぼく」の自宅じたくにやってくる。彼かれらは「僕ぼく」を、紙かみの上うえの言論げんろんで政治せいじに中途半端ちゅうとはんぱにコミットしながらも、結局けっきょくは現実げんじつ的てきな政治せいじ闘争とうそうに乗のり出ださず、特権とっけん的てきな地位ちいで安穏あんのんとしている、と批判ひはんする。彼かれらが「イーヨー」を誘拐ゆうかいしかけて東京とうきょう駅えきに放棄ほうきするという事件じけんが起おきる。

新あたらしい人ひとよ眼めざめよ

中村なかむら雄二郎ゆうじろう、山口やまぐち昌男まさおらとのバリ島ばりとうの習俗しゅうぞくの取材しゅざい旅行りょこうの回想かいそう、亡なくなった学生がくせい時代じだいからの友人ゆうじん、文芸ぶんげい誌し「海うみ」の編集へんしゅう者しゃ、塙はなわ嘉彦よしひこの病床びょうしょうを見舞みまった際さいの印象いんしょう的てきな会話かいわの回想かいそうを枕まくらにして『「雨あめの木き」を聴きく女おんなたち』『同どう時代じだいゲーム』についての作者さくしゃ自身じしんによる自己じこ批評ひひょうが語かたられる。続つづけて、連作れんさく第だい一いち作さくで語かたられたヨーロッパの反核はんかく運動うんどうの取材しゅざいのエピソード、そこでの『個人こじん的てきな体験たいけん』の火ひ見み子このモデルとなった女性じょせい「キーコ」との再会さいかいのエピソードが語かたられる。現在げんざい時じでは「イーヨー」は養護ようご学校がっこうの寄宿舎きしゅくしゃ生活せいかつで家いえを離はなれることになった。久ひさしぶりに帰宅きたくした彼かれは精神せいしん的てきに大人おとなになっていた。彼かれは「イーヨー」という子供こどもっぽい渾名あだなで呼よばれることを拒否きょひする。「僕ぼく」は一抹いちまつの寂さびしさを感かんじはするが、肯定こうてい的てきな感慨かんがいを持もつ。胸中きょうちゅうでプレイクの詩句しくが沸わき起おこる。<眼めざめよ、おお 、新しん時代じだい（ニュー・エイジ）の若者わかものらよ ！……>

時評じひょう

作品さくひん発表はっぴょう時じの時評じひょうとしては主おもに以下いかのものがある。

• 竹田たけだ青あお嗣「世界せかいという欲望よくぼう 大江おおえ健三郎けんざぶろう『新あたらしい人ひとよ眼めざめよ』」『文藝ぶんげい』1983年ねん9月がつ
• 青木あおき保たもつ「『他者たしゃ』の音楽おんがく―大江おおえ健三郎けんざぶろう『新あたらしい人ひとよ眼めざめよ』を読よむ」『海うみ』1983年ねん10月がつ
• 安岡やすおか章太郎しょうたろう「哀切あいせつな声こえ『新あたらしい人ひとよ眼めざめよ』大江おおえ健三郎けんざぶろう」『新潮しんちょう』1983年ねん10月がつ号ごう
• 吉本よしもと隆明たかあき「インタビュー・再生さいせいもしくは救済きゅうさい物語ものがたりについて―大江おおえ健三郎けんざぶろう『新あたらしい人ひとよ眼めざめよ』」『潮しお』1984年ねん5月がつ号ごう

タイトルの由来ゆらい

タイトルの由来ゆらいするブレイクの作品さくひん（引用いんよう文ぶんの日本語にほんご訳やくはすべて大江おおえ健三郎けんざぶろうによる）

1. 「無垢むくの歌うた、経験けいけんの歌うた」-------詩集ししゅう『無垢むくと経験けいけんのうた (The Songs of Innocence and of Experience)』
2. 「怒いかりの大気たいきに冷つめたい嬰児えいじが立たちあがって」-------「怒いかりの大気たいきに冷つめたい嬰児えいじが立たちあがって (The Cold Babe stands in the furious Air)」（『四よん人にんのゾアたち (The Four Zoas)』）
3. 「落おちる、落おちる、叫さけびながら……」-------「落おちる、落おちる、無限むげん空間くうかんを、叫さけび声ごえをあげ、怒いかり、絶望ぜつぼうしながら (Down Down thro the immense with outcry fury & despair)」（『四よん人にんのゾアたち (The Four Zoas)』）
4. 「蚤のみの幽霊ゆうれい」-------テンペラ画が『蚤のみの幽霊ゆうれい (The Ghost of a Flea)』
5. 「魂たましいが星ほしのように降ふって、跗（あし）骨ほねのところへ.」-------「それからはじめに私わたしは見みた、天頂てんちょうから落おちる星ほしのように垂直すいちょくにくだってくる、つばめのように、あるいはあまつばめのように素早すばやく/そして私わたしの足あしの〔アシ〕骨ほねのところに降ふり、そこから入はいり込こんだ/しかし私わたしの左足ひだりあしからは黒雲くろくもがはねかえってヨーロッパを覆おおったのだ (Then first I saw him in the Zenith as a falling star, / Descending perpendicular, swift as the swallow or swift;/ And on my left foot falling on the tarsus, enterd there; / But from my left foot a black cloud redounding spread over Europe.)」(『ミルトン(Milton)』）
6. 「鎖くさりにつながれたる魂たましいをして」-------「粉こ碾ひき臼うすを廻まわしている奴隷どれいをして、野原のはらに走はしりいでしめよ。/空そらを見上みあげしめ、輝かがやかしい大気たいきのなか笑わらい声ごえをあげしめよ。/暗闇くらやみと嘆なげきのうちに閉とじこめられ、三さん十じゅう年ねんの疲つかれにみちた日々ひび、/その顔かおには一瞬いっしゅんの微笑びしょうをも見みることのなかった、鎖くさりにつながれたる魂たましいをして、立たちあがらしめよ、まなざしをあげしめよ。(Let the slave grinding at the mill, run out into the field;/ Let him look up into the heavens & laugh in the bright air; / Let the inchained soul shut up in darkness and in sighing, / Whose face has never seen a smile in thirty weary years; Rise and look out,)『アメリカ ひとつの預言よげん (America a Prophecy)』）
7. 「新あたらしい人ひとよ眼めざめよ」-------「眼めざめよ、おお、新しん時代じだいの若者わかものらよ! (Rouse up, O, Young men of thーーe New Age !)」(『ミルトン(Milton)』 )

ラジオドラマ

NHK-FMで1985年ねん1月がつ15日にちに放送ほうそうされた。

キャスト

• 父ちち(話はなし手て) - 鈴木すずき瑞穂みずほ
• 母はは - 日にち色しょくともゑ
• イーヨー(光ひかり) - 山本やまもと基之もとゆき
• 妹いもうと - 三田みた寛子ひろこ
• 弟おとうと - 木村きむら陽司ようじ
• 教師きょうし - 冨田とみた浩太郎こうたろう
• 音楽おんがく劇げきの先生せんせい - 宮城みやぎまり子こ
• 朗読ろうどく(英えい詞し) - ジョン・ベスター

関連かんれん文献ぶんけん

• 日本にっぽん放送ほうそう作家さっか組合くみあい（編へん）、1986年ねん5月がつ26日にち『テレビドラマ代表だいひょう作さく選集せんしゅう 1986年版ねんばん』日本にっぽん放送ほうそう作家さっか組合くみあい、243–265頁ぺーじ。