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有機ゆうきリン化合かごうぶつ

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
リン酸類さんるいおよびホスフィンの命名めいめいほう互変異性いせいたい関係かんけいにあるものは矢印やじるししめした。しめした構造こうぞうしきちゅう水素すいそ原子げんし有機ゆうき置換ちかんもとえたものが有機ゆうきリン化合かごうぶつばれる

有機ゆうきリン化合かごうぶつ(ゆうきリンかごうぶつ、 organophosphorus compound)は炭素たんそリン結合けつごうふく有機ゆうき化合かごうぶつ総称そうしょうである。リンは窒素ちっそおなじくだい15ぞく元素げんそであり、それらをふく化合かごうぶつ共通きょうつう性質せいしつつことがおお[1][2]

リンは−3、−1、+1、+3、+5原子げんしをとりうる。一般いっぱん符号ふごうにかかわらず+3と−3酸化さんか状態じょうたいを (III) とあらわすことがおおい。IUPAC命名めいめいほうにははいすう δでるた結合けつごうすう λらむだもちいたものがある。この命名めいめいほうしたがえば、ホスフィンは δでるた3λらむだ3化合かごうぶつとなる。

神経しんけいけい呼吸こきゅうけいたいする毒性どくせいがある化合かごうぶつおおいことからだい世界せかい大戦たいせんごろから殺虫さっちゅうざいとして農薬のうやく使つかわれている。「ホス(phos)」が農薬のうやくはたいてい有機ゆうきリンざいである(ただしホスゲン無関係むかんけい)。またひとへの神経しんけい毒性どくせいたか化合かごうぶつおおいため、神経しんけいガスとしてサリンなどが開発かいはつされた。ひと中毒ちゅうどく症状しょうじょうとしてはちぢみひとみ特徴とくちょうてきである。公衆こうしゅう衛生えいせいがく労働ろうどう安全あんぜん衛生えいせい労働ろうどう災害さいがいでは、毒性どくせいのある化合かごうぶつについてとく疾病しっぺい原因げんいん汚染おせん物質ぶっしつとしてあつかう。

また、化学かがく兵器へいき原料げんりょうとなるものもおおく、これらの製造せいぞう使用しよう取引とりひきにあたり各種かくしゅほう規制きせいける。

ホスフィン [編集へんしゅう]

ホスフィンるい PR3おや化合かごうぶつホスフィン PH3 である。ホスフィンるい原子げんしは−3であり(δでるた3λらむだ3)、単純たんじゅんアミンのリン類縁るいえんたいである。トリフェニルホスフィン有機ゆうき化学かがくでよくもちいられる。


アミンと同様どうよう、ホスフィンはさん角錐かくすいかた構造こうぞうをとるが、結合けつごうかくはアミンよりちいさい。トリメチルホスフィンの C−P−C 結合けつごうかくは 98.6° であるが、メチルもとtert-ブチルもとえると 109.7° まで増加ぞうかする。

反転はんてん障壁しょうへきはアミンよりもずっとおおきい。そのためことなる3つの置換ちかんもとつホスフィンは光学こうがく活性かっせいつ。一方いっぽうアミンは容易ようい立体りったい反転はんてんこすためラセミたいしか存在そんざいしない。

塩基えんきせいはアミンよりひくく、たとえばホスホニウムイオン PH4+pKa は −14 であるのにたいしてアンモニウムイオン NH4+ では 9.21、トリメチルホスホニウムの pKa 8.65 にたいトリメチルアンモニウムは 9.76 であり、トリフェニルホスホニウムの pKa 11.2 にたいしトリフェニルアンモニウムは pKa 19 である。

アミンとおなじく孤立こりつ電子でんしたいつが性質せいしつことなる。たとえばピロール孤立こりつ電子でんしたい局在きょくざいによって C=C 結合けつごうふく共役きょうやくけい形成けいせいするため芳香ほうこうぞくせいつが、同様どうよう構造こうぞうつリン類縁るいえんたいであるホスホールは、リンじょう孤立こりつ電子でんしたい局在きょくざいしにくく、芳香ほうこうぞくせいよわい。

反応はんのうせいもとめかくせいがあるというてんでアミンに類似るいじし、一般いっぱんしき R4P+ Xあらわされるホスホニウムしおをつくる。この性質せいしつアルコールハロゲンアルキル変換へんかんするアッペル反応はんのうなどで利用りようされる。

アミンとことなり、ホスフィンは容易ようい酸化さんかされてホスフィンオキシドになる。

以下いかにホスフィンの合成ごうせいほうしめす。

  • 有機ゆうき金属きんぞく試薬しやくグリニャール試薬しやくなど)によるハロゲンリンのもとめかく置換ちかん反応はんのう
  • 金属きんぞくカリウムなどとホスフィンから合成ごうせいした金属きんぞくホスフィドによるもとめかく置換ちかん反応はんのう。ハロゲンアルキルとナトリウムアミド反応はんのう対応たいおうする。
  • つよ塩基えんき存在そんざいジメチルスルホキシドなか水酸化すいさんかカリウムなど)でのホスフィンのアルケンアルキンへのもとめかく付加ふか反応はんのう反応はんのうマルコフニコフそくしたが[3]反応はんのうもちいるホスフィンはあかリンと水酸化すいさんかカリウムからけいちゅう発生はっせいさせることもできる。一級いっきゅうホスフィン (RPH2) およびきゅうホスフィン (R2PH) をアクリロニトリルなど電子でんし不足ふそくのアルケンと反応はんのうさせる場合ばあいには、塩基えんき必要ひつようとしない。
  • アゾビスイソブチロニトリル有機ゆうき酸化さんかぶつもちいた、ホスフィンのアルキンへのラジカル付加ふか反応はんのう。この反応はんのうではアンチマルコフニコフがた生成せいせいぶつられる。
  • クロロシランもちいたホスフィンオキシドの還元かんげん

ホスフィンをもちいた反応はんのうには以下いかのようなものがある。

  • ハロゲンアルキルとの反応はんのうによるホスホニウムしお生成せいせい
  • 還元かんげんざいとしての利用りよう
    • シュタウディンガー反応はんのうにおいてアジドをアミンに、光延みつのぶ反応はんのうにおいてアルコールをエステル変換へんかんするのに使つかわれる。これらの反応はんのう過程かていで、ホスフィンは酸化さんかされてホスフィンオキシドになる。
    • 活性かっせいされたカルボニルもと還元かんげんするのにももちいられ、たとえば αあるふぁ-ケトエステルの αあるふぁ-ヒドロキシエステルへの還元かんげんられる[4]。トリメチルホスフィンじょう水素すいそ原子げんし移動いどうふく反応はんのう機構きこう提唱ていしょうされている(トリフェニルホスフィンは反応はんのうしない)。
      アルキルホスフィンによる活性化カルボニル基の還元
    • ジアザホスホレンのように、適切てきせつ置換ちかんもと修飾しゅうしょくすると P−H 結合けつごう極性きょくせい反転はんてんし(極性きょくせい変換へんかん)、このようなホスフィンヒドリドはカルボニルもと還元かんげんする。ベンゾフェノンれい以下いかしめ[5]
      ジアザホスホレンヒドリドによるベンゾフェノンの還元

はいとしてのホスフィン [編集へんしゅう]

  • ホスフィンるいはソフトな共有きょうゆう電子でんしたいつため、ロジウムパラジウムなどの遷移せんい金属きんぞくへのよいはいとなる。これらの錯体さくたい溶液ようえきちゅうでも安定あんていなものがおおく、有機ゆうき金属きんぞく化学かがく発展はってん寄与きよした。たとえばウィルキンソン錯体さくたい均一きんいつけいでの水素すいそ触媒しょくばいとして名高なだかい。
  • 近年きんねん、ホスフィンはいもちいて金属きんぞく触媒しょくばい機能きのうげるこころみがおおきな成果せいかげている。たとえばじくひとし要素ようそんだ BINAP各種かくしゅひとし反応はんのう優秀ゆうしゅう結果けっかあたえ、開発かいはつしゃ野依のより良治よしはるはこれらの成果せいかによってノーベル化学かがくしょう受賞じゅしょうしている。また最近さいきんではホスフィンはいをかさたかく、電子でんし豊富ほうふにすることでクロスカップリング反応はんのうなどにおける反応はんのうせい格段かくだんたかまることがわかり、有機ゆうき化学かがく分野ぶんやもっと進展しんてんいちじるしい領域りょういきひとつとなっている。

ホスフィンオキシド [編集へんしゅう]

ホスフィンオキシド (δでるた3λらむだ3) は R3P=O であらわされ、酸化さんかすうは −1 である。水素すいそ結合けつごうによりおおくは親水しんすいせいである。P=O 結合けつごうはかなり分極ぶんきょくしており、たとえばトリフェニルホスフィンオキシドの双極そうきょくモーメントは 4.51 D である。

リンと酸素さんそ結合けつごうふるくから議論ぎろんてきだった。5のリンはオクテットそくはんしており、むかしアミンオキシドおなじく R3P→O のようにはい結合けつごうとして記述きじゅつされた。酸素さんそ電子でんしたいからリンの(窒素ちっそにはい)そらのd軌道きどうへのぎゃく供与きょうよによる完全かんぜんじゅう結合けつごうというせつもあったが、P=O 結合けつごうは C=C 結合けつごうちがって付加ふか反応はんのうをしないことを説明せつめいできなかった。いまでは計算けいさん化学かがく発達はったつによりイオンせいたん結合けつごう P+−O にかなりちかいことがわかっている[6]結合けつごう距離きょりがふつうのたん結合けつごうよりみじかつよいのはイオンあいだのクーロンりょくによる。硫酸りゅうさんリンさんおよび塩素えんそさん結合けつごうつよ分極ぶんきょくしたたん結合けつごうである。

ホスホンさんエステル [編集へんしゅう]

ホスホンさんエステル(ホスホナート)は一般いっぱんしき RP(=O)(OR)2あらわされる。ホーナー・ワズワース・エモンズ反応はんのうセイファース・ギルバート増炭ぞうたん反応はんのうにおいて、カルボニル化合かごうぶつ反応はんのうさせる安定あんていカルボアニオンとしてもちいられる。おおくの工業こうぎょう用途ようとがあり、ビスホスホナート医薬品いやくひんとしてもちいられる。

リンさんエステルとリンさんエステル [編集へんしゅう]

リンさんエステル(ホスファイト)は一般いっぱんしき P(OR)3しめされ、リンの酸化さんかすうは +3 である。パーコー反応はんのう (Perkow reaction) やアルブーゾフ反応はんのう利用りようされる。リンさんエステル(ホスフェート)は一般いっぱんしき P(=O)(OR)3しめされ、リンの酸化さんかすうは +5 である。なんもえざい可塑かそざいとして工業こうぎょうてき重要じゅうようである。P−C 結合けつごうたないので、これらは厳密げんみつには有機ゆうきリン化合かごうぶつにはふくまれない。

ホスホラン [編集へんしゅう]

ホスホランは −5 の酸化さんかすうち (δでるた5λらむだ5)、おや化合かごうぶつ PH5 はホスホランまたは λらむだ5-ホスファンとばれる。リンイリド飽和ほうわ結合けつごうつホスホランであり、ウィッティヒ反応はんのうなどで使つかわれる。

リンをふく多重たじゅう結合けつごう [編集へんしゅう]

リン−炭素たんそじゅう結合けつごう化合かごうぶつ (R2C=PR) はホスファアルケン (phosphaalekene)、三重みえ結合けつごうつもの (RC≡P) はホスファアルキン (phosphaalkyne) とばれる。ホスホリン(ホスファベンゼン)はベンゼンなか炭素たんそ1個いっこがリンでえられた構造こうぞう化合かごうぶつである。ホスファアルケンの反応はんのうせいおおくの場合ばあいイミンとはことなり、アルケンと類似るいじする。これはホスファアルケンの最高さいこううらない軌道きどう (HOMO) がリンじょう孤立こりつ電子でんしたいではなくじゅう結合けつごうにあるためである(イミンでは窒素ちっそ原子げんし孤立こりつ電子でんしたいが HOMO である)。ゆえに、ホスファアルケンはアルケンと同様どうよう、ウィッティヒ反応はんのうコープ転位てんいディールス・アルダー反応はんのうなどをこす。

ベッカー (Becker) らはブルック転位てんい類似るいじしたケト-エノール互変異性いせい利用りようし、1974ねん最初さいしょにホスファアルケンを合成ごうせいした。

ベッカー反応によるホスファアルケンの合成

同年どうねんハロルド・クロトーは (CH3)2PH のねつ分解ぶんかいにより CH2=PCH3生成せいせいすることを分光ぶんこうがくてきしめした。

ホスファアルケンの一般いっぱんてき合成ごうせいほう適切てきせつ前駆ぜんくたいの 1,2-だつ離反りはんおうもちいるものであり、反応はんのうねつまたはジアザビシクロウンデセン (DBU)、DABCOトリエチルアミンなどの塩基えんき補助ほじょされる。

塩化水素の脱離を利用したホスファアルケンの一般的合成法

ベッカーがもちいた方法ほうほうは、リン原子げんし含有がんゆうするポリフェニレンビニレン合成ごうせいにももちいられている[1]

ベッカー反応を用いたポリフェニレンビニレンの合成

有機ゆうきリン中毒ちゅうどく解毒げどくざい [編集へんしゅう]

プラリドキシムヨウメチル(pralidoxime iodide)は、有機ゆうきリンざい中毒ちゅうどく特異とくいてき解毒げどくざいである。商品しょうひんめいはパム(PAM)、またオキシムざいばれることもある。化学かがくてきにはピリジニウムたまきにオキシム部位ぶい置換ちかんした構造こうぞうつ。

サリンVXガス解毒げどくざいとしてられているが、本来ほんらい想定そうていしていた用途ようとは、有機ゆうきリンけい農薬のうやく中毒ちゅうどくたいしてであった。しかし、サリンなどの神経しんけいガス有機ゆうきリンざい一種いっしゅであるため、効果こうか発揮はっきする。1995ねん地下鉄ちかてつサリン事件じけんでは、日本にっぽん各地かくちのPAMを新幹線しんかんせんあつめ、600にん以上いじょう被害ひがいしゃいのちすくったことで、一躍いちやく有名ゆうめいとなった。

また、アトロピン有機ゆうきリンざい中毒ちゅうどくとう治療ちりょうにももちいられ、地下鉄ちかてつサリン事件じけんでの治療ちりょうにももちいられた。 アメリカぐんでは神経しんけいガスに暴露ばくろしてしまったときにアトロピンをこと規定きていされており、「かくBC兵器へいきのタイプべつ症状しょうじょうをイラストした」簡易かんいマニュアルが配布はいふされている。

関連かんれん項目こうもく [編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b Dillon, K. B.; Mathey, F.; Nixon, J. F. Phosphorus. The Carbon Copy; John Wiley & Sons, 1997. ISBN 0-471-97360-2
  2. ^ Quin, L. D. A Guide to Organophosphorus Chemistry; John Wiley & Sons, 2000. ISBN 0-471-31824-8
  3. ^ Arbuzova, S. N.; Gusarova, N. K.; Trofimov, B. A. "Nucleophilic and free-radical additions of phosphines and phosphine chalcogenides to alkenes and alkynes". Arkivoc 2006, part v, 12–36 (EL-1761AR). リンク(英語えいご
  4. ^ Zhang, W.; Shi, M. "Reduction of activated carbonyl groups by alkyl phosphines: formation of αあるふぁ-hydroxy esters and ketones". Chem. Commun. 2006 1218–1220. doi:10.1039/b516467b
  5. ^ Burck, S.; Gudat, D.; Nieger, M.; Du Mont, W.-W. "P-Hydrogen-Substituted 1,3,2-Diazaphospholenes: Molecular Hydrides" J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 3946–3955. doi:10.1021/ja057827j
  6. ^ Dobado, J. A.; Martinez-Garcia, H; Molina, J. M.; Sundberg, M. R.; J. Am. Chem. Soc, 120, 8461-8471 (1998)