基もと

化学かがくにおいて基もと（き、英えい: group、radical）は、その指さし示しめすものは原子げんしの集合しゅうごう体たいであるが、具体ぐたい的てきには複数ふくすうの異ことなる概念がいねんに対応付たいおうづけられているため、どの概念がいねんを指さすものかは文脈ぶんみゃくに依存いぞんして判断はんだんされる。

分子ぶんし中なかに任意にんいの境界きょうかいを設定せっていすると、原子げんしが相互そうごに共有きょうゆう結合けつごうで連結れんけつされた部分ぶぶん構造こうぞうを定義ていぎすることができる。これは、基もと（または原子げんし団だん）と呼よばれ、個々ここの原子げんし団だんは「～基もと」（「メチル基もと」など）と命名めいめいされる。

用語ようご	指さし示しめす概念がいねん
radical	原子げんし団だん	→	原子げんし団だん／ラジカル	→	ラジカル
- radical（名称めいしょう）	原子げんし団だん	→	原子げんし団だん／ラジカル	→	ラジカル
group					原子げんし団だん
- group（名称めいしょう）					原子げんし団だん
「基もと」			原子げんし団だん／ラジカル	→	原子げんし団だん
「～基もと」（名称めいしょう）			原子げんし団だん／ラジカル	→	原子げんし団だん
「ラジカル」					ラジカル
「～ラジカル」（名称めいしょう）					ラジカル

「基もと」という語かたりは、上うえに述のべた原子げんし団だんを指さす場合ばあいと、遊離ゆうり基もと（またはラジカル）を意味いみする場合ばあいがある。後者こうしゃの用語ようご法ほうについては後述こうじゅつの項こうで軽かるくまとめるにとどめておく(→参照さんしょう)^{[注ちゅう 1]}。現在げんざいではほとんどの場合ばあい「ラジカル」、「遊離ゆうり基もと」と呼よぶ。以上いじょう、語義ごぎの変遷へんせんは、おおかた右みぎ図ずのようにまとめられる。

以下いかこの記事きじでは、原子げんし団だんたる基もと（group）について述のべる。

概要がいよう

原子げんし団だんに言及げんきゅうするときは、観点かんてんによって、ただの分子ぶんしの部分ぶぶん構造こうぞうの表象ひょうしょう以上いじょうの文脈ぶんみゃく的てき意味いみを持もつ（役割やくわりを含意がんいする）複数ふくすうの下位かい概念がいねんを使つかい分わける。

置換ちかん基もと
特性とくせい基もと
官能かんのう基もと

このうち2つ以上いじょうで指さされ得える原子げんし団だんもあり、いずれかにしか該当がいとうしない原子げんし団だんもある。

「置換ちかん基もと」は化合かごう物ぶつの系統けいとうあるいは命名めいめいを考かんがえる際さいの部分ぶぶん構造こうぞうであり、母体ぼたい化合かごう物ぶつ（あるいは母はは核かく、親おや化合かごう物ぶつ）と対たいになって使用しようされる概念がいねんである。化合かごう物ぶつの系統けいとうを単純たんじゅんな構造こうぞうの化合かごう物ぶつから複雑ふくざつな構造こうぞうの化合かごう物ぶつへと系統けいとうづけるため、共通きょうつうする構造こうぞうを母体ぼたいと呼よび、相そう異ことなる部分ぶぶんを置換ちかん基もとと呼よぶ。母体ぼたい化合かごう物ぶつが単独たんどくで存在そんざいするときにはひとつの原子げんし（実際じっさいには水素すいそ）で占しめられている箇所かしょを、置換ちかん基もとが置おき換かえたと考かんがえるのである。特定とくていの種類しゅるいの母体ぼたい化合かごう物ぶつを各種かくしゅの置換ちかん基もとで置換ちかんしてできる一連いちれんの化合かごう物ぶつ群ぐんを、その母体ぼたい化合かごう物ぶつの誘導体ゆうどうたいという。

「特性とくせい基もと」は、化合かごう物ぶつを形式けいしき的てきに特徴とくちょうづけるものとしての原子げんし団だんを意味いみする単純たんじゅんな概念がいねんである。単一たんいつの特性とくせい基もとまたは複数ふくすうの特性とくせい基もとの組くみ合あわせで官能かんのう基もとが構成こうせいされる^{[要よう検証けんしょう – ノート]}。特性とくせい基もとの概念がいねんは、IUPAC命名めいめい法ほうや化学かがく反応はんのう機構きこうを説明せつめいする場面ばめんで使用しようされる例れいが多おおい。IUPAC命名めいめい法ほうでは、化合かごう物ぶつの“端はし”に位置いちする、つまり1価かの原子げんし団だんの形かたちで定義ていぎされ、また炭化たんか水素すいそ基もとは含ふくまない^{[要よう出典しゅってん]}。

「官能かんのう基もと」は物質ぶっしつの化学かがく的てき属性ぞくせいや化学かがく反応はんのう性せいに着目ちゃくもくした概念がいねんで、官能かんのう基もとというときにはそれぞれに固有こゆうの物性ぶっせいや化学かがく反応はんのう性せいが想定そうていされている^[1]。い換いかえれば、官能かんのう基もとは化合かごう物ぶつに特定とくていの化学かがく的てきな性質せいしつを与あたえる役割やくわりを果はたす。よって置換ちかん基もとと違ちがい、副ふく鎖くさりとして炭素たんそ骨格こっかくと一体化いったいかしてしまう炭化たんか水素すいそ基もとは含ふくまないことがあるが、定義ていぎには揺ゆれがあり、実際じっさいには置換ちかん基もととほとんど同義どうぎ的てきに用もちいられることも多おおい。また、2価か以上いじょうの原子げんし団だんで化合かごう物ぶつの「中なか」に位置いちする「結合けつごう」類るいも含ふくむ。なお、官能かんのう基もとの「官能かんのう」とは、もともと生物せいぶつの諸しょ器官きかんの機能きのうを意味いみする。

ただし、これらの用語ようごの定義ていぎは各かく方面ほうめんでまちまちであり、上うえに示しめしたものと異ことなる定義ていぎを採用さいようしている（と思おもわれる）文書ぶんしょも散見さんけんされる。

シンボルの解説かいせつ

R：一般いっぱん的てきにR-(置換ちかん基もと)と使用しようされるプレースホルダー記号きごうで、実際じっさいには水素すいそや炭化たんか水素すいそなどである。Rという字じは、「radical」、あるいは「residue」とそれに対応たいおうするドイツ語ご「Rest」(残のこり)を由来ゆらいとし、1844年ねんにシャルル・ジェラールが使用しようしたのが始はじまりである^[2]。
X：多おおくの場合ばあい、ハロゲン化物ばけもののような負まけの電荷でんかを持もった置換ちかん基もとを表あらわすために使用しようされる^[3]^[4]。

ラジカルという呼称こしょう

置換ちかん基もとＲが「ラジカル(radical)」として呼よばれていた^{[注ちゅう 2]}名残なごりは「フリーラジカル(free radical)」という語かたりに見みられる。このような意味いみでのラジカル^{[注ちゅう 3]}と、不ふ対たい電子でんしを持もち、置換ちかん基もとに結合けつごうしていない化学かがく種しゅ^{[注ちゅう 4]}を区別くべつするため、「置換ちかん基もとが何なにもついていない(free)」という意味いみで「フリーラジカル」と呼よばれていた。

しかし、現在げんざいはＲのことをラジカルとは呼よばず、代かわりに置換ちかん基もとや基もとと呼称こしょうするため、不ふ対たい電子でんしを持もつ化合かごう物ぶつのことをもはや"フリー"ラジカルと呼よぶ必要ひつようがない。したがって、「ラジカル」は今いまや一義的いちぎてきな語かたりである^[5]。ただし、一義いちぎ性せいの獲得かくとく後ごも、その歴史れきし的てき経緯けいいから敢あえて強調きょうちょうするために、未いまだ「フリーラジカル」という言葉ことばを使用しようする者ものが存在そんざいする。一方いっぽうで、厳密げんみつな化学かがく的てき見識けんしきを必かならずしも要ようしない分野ぶんやや、製品せいひんの謳うたい文句もんくの中なかには誤用ごようも見みられる。実際じっさい、活性かっせい酸素さんそと混同こんどうされがちであるが別べつの概念がいねんである^[6]。

特性とくせい基もとの一覧いちらん

主おもな特性とくせい基もとを次つぎに示しめす。

アルキル - 脂肪しぼう族ぞく化合かごう物ぶつ(C_nH_2n+1)
ハロゲン - ハロゲン化合かごう物ぶつ (-Cl, -Br, -I, -F)
ヒドロキシ - ヒドロキシ化合かごう物ぶつ (-OH)
アミノ - アミノ化合かごう物ぶつ (-NH₂)
イミノ - イミノ化合かごう物ぶつ (=NH)
N-オキシド - N-オキシド化合かごう物ぶつ (N→O)
N-ヒドロキシ - ヒドロキシアミン化合かごう物ぶつ (-NH-OH)
ニトロ - ニトロ化合かごう物ぶつ (-NO₂)
ニトロソ - ニトロソ化合かごう物ぶつ (-NO)
アゾ - アゾ化合かごう物ぶつ (-N=N-)
ジアゾ - ジアゾ化合かごう物ぶつ (-N⁺≡N)
アジド - アジ化物ばけもの (-N₃)
オキシ,エポキシ - オキソ化合かごう物ぶつ、エーテル化合かごう物ぶつ (-O-)
オキソ - オキソ化合かごう物ぶつ (=O)
カルボニル - エステル化合かごう物ぶつ、カルボン酸さん化合かごう物ぶつ (-CO-)
フェニル - 芳香ほうこう族ぞく化合かごう物ぶつ
ホスフィノ - リン化合かごう物ぶつ
チオ - スルフィド化合かごう物ぶつ (-S-)
S-オキシド (S→O)
チオキシ (=S)

官能かんのう基もとの一覧いちらん

特性とくせい基もと一覧いちらんで述のべた物ものを除のぞき、主おもな官能かんのう基もとを次つぎに示しめす。

ヒドロキシ基もと - アルコール - ヒドロキシ化合かごう物ぶつ
- ポリオール
ヒドロキシ基もと - フェノール - ヒドロキシ化合かごう物ぶつ
- ポリフェノール
ペルオキシ - ペルオキシ化合かごう物ぶつ
ケトン- カルボニル化合かごう物ぶつ
- アシル基もと - カルボニル化合かごう物ぶつ
  - アセチル基もと - カルボニル化合かごう物ぶつ
- エノール
- エナミン
ホルミル基もと - アルデヒド - カルボニル化合かごう物ぶつ
ベンゾイル基もと - 芳香ほうこう族ぞく化合かごう物ぶつ
アセタール
ヘミアセタール
カルボキシ基もと - カルボン酸さん
- 酸さん無む水物みずもの - （カルボン）酸さん誘導体ゆうどうたい
- 酸さんハロゲン化物ばけもの - （カルボン）酸さん誘導体ゆうどうたい
- 酸さんヒドラゾン - （カルボン）酸さん誘導体ゆうどうたい
- 酸さんアジド - （カルボン）酸さん誘導体ゆうどうたい
- 過か酸さん
- エステル - （カルボン）酸さん誘導体ゆうどうたい
- アミド - （カルボン）酸さん誘導体ゆうどうたい
  - チオアミド
- イミド - （カルボン）酸さん誘導体ゆうどうたい
  - アミジン
- シアノ - カルボン酸さん誘導体ゆうどうたい
オキシム
チオール
- スルフィド
- ジスルフィド
スルホン酸さん
- スルフェン酸さん
ウレア - 尿素にょうそ
- ウレタン - 尿素にょうそ誘導体ゆうどうたい
- グアニジン
- チオ尿素にょうそ
イソニトリル (-NC)
アレン (>C=C=C<)
- ケテン (-C=C=O)
- ジイミド (-N=C=N-)
- イソシアネート (-N=C=O)
- イソチオシアネート (-N=C=S)
カルボニル基もと
アミノ基もと
イミノ基もと
シアノ基もと
アゾ基もと
アジ基もと
チオール基もと
スルホ基もと
ニトロ基もと
エーテル結合けつごう
エステル結合けつごう
アミド結合けつごう
ウレタン結合けつごう

置換ちかん基もとの一覧いちらん

特性とくせい基もと・官能かんのう基もとで述のべたものを除のぞき、主おもな置換ちかん基もとを次つぎに示しめす。

母体ぼたい化合かごう物ぶつ

アルカン - （脂あぶら式しき）飽和ほうわ直ちょく鎖くさり化合かごう物ぶつ
- アルケン - 不ふ飽和ほうわ直ちょく鎖くさり化合かごう物ぶつ
- アルキン - 不ふ飽和ほうわ直ちょく鎖くさり化合かごう物ぶつ
シクロアルカン - （脂あぶら式しき）飽和ほうわ環状かんじょう化合かごう物ぶつ
アリール - 芳香ほうこう族ぞく化合かごう物ぶつ
ヘテロアリール（ドイツ語ご版ばん） - 複素ふくそ芳香ほうこう族ぞく化合かごう物ぶつ
架橋かきょう化合かごう物ぶつ
縮ちぢみ(合ごう)環かん化合かごう物ぶつ

脚注きゃくちゅう

[脚注きゃくちゅうの使つかい方かた]

注釈ちゅうしゃく

^ もっと知しりたい場合ばあい、原語げんごにおける経緯けいいについてはラジカルの項こうに詳くわしいのでそちらを参照さんしょうせよ。
^ 以前いぜんは、例たとえば「CH₃CH₂OH 中ちゅうのOH置換ちかん基もとは、エチルラジカルに結合けつごうしている」というようない方いかたをしていた。
^ 置換ちかん基もとという意味いみのラジカル
^ 現在げんざいにおける意味いみでのラジカル

出典しゅってん

^ McMurry, John『マクマリー有機ゆうき化学かがく概説がいせつ』伊東いとう椒はじかみ・児玉こだま三明さんめい訳やく（第だい5版はん）、東京とうきょう化学かがく同人どうじん、2004年ねん、33頁ぺーじ。ISBN 4-8079-0588-0。
^
See:
- Charles Gerhardt, Précis de chimie organique (Summary of organic chemistry), vol. 1 (Paris, France: Fortin et Masson, 1844), page 29. From page 29: "En désignant, par conséquent, les éléments combustibles par R, sans tenir comptes des proportions atomiques de carbone et d'hydrogène, on peut exprimer d'une manière générale: Par R. — Les hydrogènes carbonés." (Consequently, by designating combustible components by R, without considering the atomic proportions of carbon and hydrogen, one can express in a general way: By R — hydrocarbons.)
- William B. Jensen (2010) "Ask the Historian: Why is R Used for Hydrocarbon Substituents?," Journal of Chemical Education, 87: 360-361. Available at: University of Cincinnati.
^ Jensen, W. B. (2010). “Why Is "R" Used To Symbolize Hydrocarbon Substituents?”. Journal of Chemical Education 87 (4): 360–361. doi:10.1021/ed800139p.
^
The first use of the letter X to denote univalent electronegative groups appeared in:
- Stanislao Cannizzaro (1858) "Sunto di un corso di filosofia chimica, fatto nella R. Universita di Genova" (Sketch of a course of chemical philosophy, offered at the Royal University of Genoa), Il Nouvo Cimento (The New Experiment), 7 : 321-366. From page 355: " … X indica tutto ciò che vi è nella molecola, oltre l'idrogeno metallico … " ( … X stands for all that is in the molecule, as well as metallic hydrogen … ).
^ Paula Y. Bruice『ブルース有機ゆうき化学かがく』大橋おおはし泰史やすし・香月かつき昴すばる・西郷さいごう和彦かずひこ・富岡とみおか清きよし監訳かんやく（第だい７版はん[上うえ]）、化学かがく同人どうじん、2014年ねん、636頁ぺーじ。ISBN 978-4-7598-1584-9。
^ e-ヘルスネット　厚生こうせい労働省ろうどうしょう　フリーラジカル