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チオールの一般 いっぱん 構造 こうぞう 式 しき
チオール (thiol) は水素 すいそ 化 か された硫黄 いおう を末端 まったん に持 も つ有機 ゆうき 化合 かごう 物 ぶつ で、メルカプタン類 るい (mercaptans) とも呼 よ ばれる[1] 。チオールは R-SH(R は有機 ゆうき 基 もと )で表 あらわ される構造 こうぞう を持 も ち、アルコール の酸素 さんそ が硫黄 いおう で置換 ちかん されたものと等 ひと しいことから、チオアルコール とも呼 よ ばれる。また置換 ちかん 基 もと として呼称 こしょう される場合 ばあい は、そのままチオール基 もと と呼 よ ばれたり、スルファニル基 もと 、水 みず 硫基 、スルフヒドリル基 もと と呼称 こしょう されることもある。また、昔 むかし ながらのメルカプト基 はじめ と呼 よ ばれることもある。
チオールの命名 めいめい は SH が結合 けつごう している炭素 たんそ を位置 いち 番号 ばんごう で示 しめ し、骨格 こっかく の炭化 たんか 水素 すいそ の名前 なまえ を続 つづ け、語尾 ごび e に接尾 せつび 語 ご -thiol を続 つづ ける(IUPAC命名 めいめい 法 ほう )。
(例 れい )CH3 −SH : メタンチオール (methanethiol)
SH 基 もと を表 あらわ す接頭 せっとう 語 ご は、sulfanyl- である[2] 。かつては mercapto- が使 つか われていたが、現在 げんざい は推奨 すいしょう されない。
(例 れい )HO−CH2 CH2 −SH : 2-スルファニルエタノール (2-sulfanylethanol)
多 おお くのチオールは特異 とくい 的 てき な悪臭 あくしゅう をもつ[3] 。システイン などの含硫黄 いおう アミノ酸 あみのさん は分解 ぶんかい されてチオールを生 しょう じる。生物 せいぶつ の進化 しんか の過程 かてい において、このチオールを嗅覚 きゅうかく で検知 けんち する遺伝 いでん 形質 けいしつ が選択 せんたく されたことで、生物 せいぶつ (蛋白質 たんぱくしつ )の腐敗 ふはい を感知 かんち する能力 のうりょく が獲得 かくとく された、という説 せつ がある。この悪臭 あくしゅう は低 てい 濃度 のうど でもヒト をはじめとする生物 せいぶつ が感知 かんち するため、ガス施設 しせつ などのガス漏 も れ検知 けんち 剤 ざい や、都市 とし ガス の付 づけ 臭 しゅう 剤 ざい (ガス漏 も れにすぐ気 き づくように微量 びりょう のチオールが添加 てんか されている)として使 つか われる。しかしながら、このにおいは細胞 さいぼう に吸着 きゅうちゃく しやすいのが難点 なんてん である。1978年 ねん エール大学 だいがく のRobert H. Crabtree は銅 どう (I)イオンがチオールに対 たい して高 たか い親和 しんわ 性 せい を示 しめ し、これが嗅覚 きゅうかく の金属 きんぞく 受容 じゅよう 体 たい の候補 こうほ ではないかと論文 ろんぶん を発表 はっぴょう した[4] [5] [6] 。2016年 ねん に米国 べいこく と中国 ちゅうごく の化学 かがく 者 しゃ チームによって、不快 ふかい なにおい分子 ぶんし を検知 けんち する受容 じゅよう 体 たい が鼻 はな の粘液 ねんえき 中 ちゅう に存在 そんざい する銅 どう 粒子 りゅうし とも結合 けつごう することで、チオールの感知 かんち 強度 きょうど をおよそ1000倍 ばい にも増幅 ぞうふく することが判明 はんめい した[7] [8] 。
エタンチオール はギネスブック において世界一 せかいいち 臭 くさ い化合 かごう 物 ぶつ とされている。ドリアン の臭 にお いの主要 しゅよう 成分 せいぶん は1-プロパンチオール (C3 H7 SH)である。
酸性 さんせい 度 ど
チオールの水素 すいそ は相当 そうとう するアルコールの水素 すいそ に比 くら べて高 たか い酸性 さんせい 度 ど (小 ちい さい pK a 値 ね )を示 しめ す[3] 。水素 すいそ が解離 かいり した後 のち にできるアニオン は、チオラートアニオンの場合 ばあい はSの3p軌道 きどう に最 さい 外 そと 殻 から 電子 でんし があるのに対 たい して、アルコキシドアニオンの場合 ばあい はOの2p軌道 きどう である。より外側 そとがわ である3p軌道 きどう のほうが軌道 きどう が大 おお きく電子 でんし 密度 みつど が低 ひく いために、アニオンの安定 あんてい 性 せい の違 ちが いが生 しょう じる。
沸点 ふってん
S-H 間 あいだ の分極 ぶんきょく が弱 よわ く、アルコールよりも分子 ぶんし 間 あいだ の水素 すいそ 結合 けつごう が弱 よわ いため、アルコールと相当 そうとう するチオールの沸点 ふってん を比 くら べたときにアルコールの方 ほう が沸点 ふってん が高 たか い傾向 けいこう を示 しめ す[3] 。
水溶 すいよう 性 せい
同 おな じく水素 すいそ 結合 けつごう が弱 よわ いため、アルコールより水溶 すいよう 性 せい が低 ひく い傾向 けいこう にある[9] 。
塩基 えんき
その共有 きょうゆう 結合 けつごう 性 せい の高 たか さからソフトな塩基 えんき として作用 さよう し、特 とく に水銀 すいぎん など後 こう 周期 しゅうき 金属 きんぞく 化合 かごう 物 ぶつ と強 つよ い結合 けつごう を作 つく りやすい。
酸化 さんか
酸素 さんそ 、過酸化水素 かさんかすいそ などの酸化 さんか 剤 ざい によって容易 ようい に酸化 さんか され、アルキル鎖 くさり が対称 たいしょう なジスルフィド を形成 けいせい する。
生化学 せいかがく で最 もっと も重要 じゅうよう なチオールの一 ひと つは、補 ほ 酵素 こうそ A (CoA) である。これは補 ほ 酵素 こうそ Aのチオール基 もと (SH) とアシル基 もと が結合 けつごう したチオエステル から容易 ようい にアシル基 もと が転移 てんい する性質 せいしつ に由来 ゆらい する。アミノ酸 あみのさん の一種 いっしゅ であるシステイン も、チオールの一種 いっしゅ である。
チオール基 もと とジスルフィド基 もと は金 きむ 、銀 ぎん 、銅 どう 、白金 はっきん 、パラジウム 、水銀 すいぎん など様々 さまざま な金属 きんぞく 表面 ひょうめん で自己 じこ 組織 そしき 化 か 単 たん 分子 ぶんし 膜 まく (SAM) を形成 けいせい する。特 とく に金 きむ 基板 きばん は幅広 はばひろ く使用 しよう される[10] 。
ハロゲン化 か アルキル をアルカリの存在 そんざい 下 か に硫化 りゅうか 水素 すいそ と反応 はんのう させると生成 せいせい する。この反応 はんのう では系 けい 中 ちゅう で水 みず 硫化 りゅうか ナトリウム NaSH が発生 はっせい し、これがハロゲン 原子 げんし と求 もとめ 核 かく 置換 ちかん することによって、アルキル基 もと 上 じょう に硫黄 いおう 原子 げんし が導入 どうにゅう される。あらかじめ単 たん 離 はな した水 みず 硫化 りゅうか ナトリウムを用 もち いてもよい。
H
2
S
+
NaOH
⟶
NaSH
+
H
2
O
{\displaystyle {\ce {{H2S}+ NaOH -> {NaSH}+ H2O}}}
R
−
Br
+
NaSH
⟶
R
−
SH
+
NaBr
{\displaystyle {\ce {{R-Br}+ NaSH -> {R-SH}+ NaBr}}}
上記 じょうき の反応 はんのう では、条件 じょうけん によっては生成 せいせい したチオールがさらにハロゲン化 か アルキルと反応 はんのう し、スルフィド RSR が副 ふく 生 せい する場合 ばあい がある。ハロゲン化 か アルキルとチオ尿素 にょうそ を反応 はんのう させ、得 え られたイソチオ尿素 にょうそ 塩 しお をアルカリ加水 かすい 分解 ぶんかい すると、選択 せんたく 的 てき にチオールのみを得 え ることができる[11] 。
R
−
Br
+
S
=
C
(
NH
2
)
2
⟶
R
−
S
−
C
(
=
NH
)
NH
2
⋅
HBr
{\displaystyle {\ce {{R-Br}+S=C(NH2)2->R-S-C(=NH)NH2\cdot HBr}}}
R
−
S
−
C
(
=
NH
)
NH
2
⋅
HBr
+
NaOH
+
H
2
O
⟶
R
−
SH
+
1
2
NCNHC
(
=
NH
)
NH
2
+
NaBr
+
H
2
O
{\displaystyle {\ce {{R-S-C(=NH)NH2}\cdot {HBr}+{NaOH}+{H2O}->{R-SH}+{\frac {1}{2}}NCNHC(=NH)NH2+{NaBr}+H2O}}}
ハロゲン化 か アルキルとチオ酢酸 さくさん カリウムの反応 はんのう により得 え られるチオエステルを加水 かすい 分解 ぶんかい する方法 ほうほう も良 よ く用 もち いられる。この加水 かすい 分解 ぶんかい 反応 はんのう は酸 さん ・塩基 えんき 両方 りょうほう の条件下 じょうけんか で進行 しんこう する。
R
−
Br
+
KSC
(
=
O
)
CH
3
⟶
R
−
S
−
C
(
=
O
)
CH
3
{\displaystyle {\ce {{R-Br}+ KSC(=O)CH3 -> R-S-C(=O)CH3}}}
R
−
S
−
C
(
=
O
)
CH
3
+
H
2
O
⟶
R
−
SH
+
HO
−
C
(
=
O
)
CH
3
{\displaystyle {\ce {{R-S-C(=O)CH3}+ H2O -> {R-SH}+ HO-C(=O)CH3}}}
ほかに、ジスルフィド を水素 すいそ 化 か ホウ素 ほうそ ナトリウム やホスフィン 類 るい を用 もち いて還元 かんげん させたり、グリニャール試薬 しやく を硫黄 いおう 分子 ぶんし で処理 しょり する方法 ほうほう も用 もち いられる。
2013年 ねん 1月 がつ 21日 にち 、フランス 、ルーアン の工場 こうじょう からチオールが漏出 ろうしゅつ 。臭気 しゅうき がパリ を含 ふく むフランス 北部 ほくぶ 一帯 いったい のほか、イングランド まで到達 とうたつ し、身体 しんたい の不調 ふちょう を訴 うった える住民 じゅうみん が続出 ぞくしゅつ する騒 さわ ぎとなった[12] 。
^ IUPAC Gold Book - thiols
^ IUPAC recommendations and preferred names 2013.
^ a b c 大饗 おわい 茂 しげる 「メルカプタン類 るい の反応 はんのう 」『有機 ゆうき 合成 ごうせい 化学 かがく 協会 きょうかい 誌 し 』第 だい 26巻 かん 第 だい 4号 ごう 、有機 ゆうき 合成 ごうせい 化学 かがく 協会 きょうかい 、1968年 ねん 、327-341頁 ぺーじ 、doi :10.5059/yukigoseikyokaishi.26.327 。
^ Crabtree, Robert H. "Copper (I): a possible olfactory binding site." Journal of Inorganic and Nuclear Chemistry 40.7 (1978): 1453.
^ Metals’ Role In Odor Sensing Chemicals & Engineering News, 2012 February 13, p. 9.
^ Duan, Xufang, et al. "Crucial role of copper in detection of metal-coordinating odorants. " Proceedings of the National Academy of Sciences 109.9 (2012): 3492-3497.
^ “銅 どう が悪臭 あくしゅう の感度 かんど を増幅 ぞうふく ” . Nature ダイジェスト 14 (1). (2017). doi :10.1038/ndigest.2017.170109b . http://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v14/n1/銅 どう が悪臭 あくしゅう の感度 かんど を増幅 ぞうふく /81726 .
^ Kundu, Subrata, et al. "Copper (II) Activation of Nitrite: Nitrosation of Nucleophiles and Generation of NO by Thiols." Journal of the American Chemical Society (2016).
^ 基礎 きそ 有機 ゆうき 化学 かがく . 化学 かがく 同人 どうじん . (1993). p. 238. ISBN 4759802541
^ チオールQ&A
^ Speziale, A. J. "Ethanedithiol." Org. Synth. , Coll. Vol. 4, p. 401 (1963); Vol. 30, p. 35 (1950). オンライン版 ばん
^ “フランス北部 ほくぶ の工場 こうじょう で悪臭 あくしゅう ガス漏 も れ出 だ す、英国 えいこく まで到達 とうたつ ” . AFPBB News (フランス通信 つうしん 社 しゃ ). (2013年 ねん 1月 がつ 23日 にち ). https://www.afpbb.com/articles/-/2922759?pid=10151547 2013年 ねん 1月 がつ 26日 にち 閲覧 えつらん 。
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