神隠かみがくし

神隠かみがくし（かみかくし・かみがくし）とは

喪中もちゅうに神棚かみだなを、白しろい紙かみや布ぬので覆おおう慣ならわし。
人間にんげんがある日ひ忽然こつぜんと消きえ失うせる現象げんしょう。神域しんいきである山やまや森もりで、人ひとが行方ゆくえ不明ふめいになったり、街まちや里さとからなんの前触まえぶれも無なく失踪しっそうすることを、神かみの仕業しわざとしてとらえた概念がいねん。古来こらい用もちいられていたが、現代げんだいでも唐突とうとつな失踪しっそうのことをこの名称めいしょうで呼よぶことがある。天狗てんぐ隠かくしとも言いう。本ほん項こうで記述きじゅつ。

概要がいよう[編集へんしゅう]

神隠かみがくしの伝承でんしょうが残のこる「八幡やはたの藪やぶ知しらず」の森もり（千葉ちば県けん市川いちかわ市し）

多おおくの場合ばあいは行方ゆくえ不明ふめい者しゃは神域しんいきに消きえたと考かんがえられた。

縄文じょうもん時代じだい以前いぜんから、日本にっぽんの神かみや霊魂れいこんの存在そんざいが信しんじられており、神かみ奈備（かむなび）や神かみ籬ませ（ひもろぎ）や磐いわ座ざ（いわくら）・磐いわ境さかい（いわさか）は、神域しんいき（常世とこよ・幽かそけ世よ）と現世げんせい（人ひとの生いきる現実げんじつ世界せかい）の端はし境さかいと考かんがえられており、禍福かふくをもたらす神霊しんれいが、簡単かんたんに行いき来きできないように、結界けっかいとしての注連縄しめなわが張はられたり禁足きんそく地ちになっていた。これは人ひとも同様どうようであり、間違まちがって死後しごの世界せかいでもある神域しんいきに入はいらないようにと考かんがえられていたからである。

「古こ神道しんとう」および「民間みんかん信仰しんこう」も参照さんしょう

不明ふめい者しゃを人々ひとびとが総出そうでで捜索そうさくする際さい、定さだまった道筋みちすじを通とおり、鉦かねや太鼓たいこを叩たたいて不明ふめい者しゃの名なを呼よぶなど、ある種しゅの呪術じゅじゅつ的てき儀式ぎしきを伴ともなっていたと窺うかがわせる伝承でんしょうも少すくなくない^[1]。

神隠かみがくしの「神かみ」とは、神かみ奈備、神かみ籬ませ、磐いわ座ざなどに鎮座ちんざする抽象ちゅうしょう的てきないわゆる古こ神道しんとうの神かみだけでなく、天狗てんぐに代表だいひょうされる民間みんかん信仰しんこう（古こ神道しんとう）としての山やまの神かみや山姥やまうば・鬼おに・狐きつねなどの山さんや原野げんやに係かかわる妖怪ようかいの類るいなどもある。子供こどもが遭あってしまう伝承でんしょうも多おおいことから、子供こどもを亡なくした雨あめ女おんなという妖怪ようかいの仕業しわざであるとも伝つたえられる（各地かくちに神隠かみがくしを行おこなう妖怪ようかいの存在そんざいが伝つたえられている）。

「隠かくし神しん」も参照さんしょう

柳田やなぎだ國男くにおが採録さいろくした『遠野とおの物語ものがたり』、『山やまの人生じんせい』にも神隠かみがくしの話はなし・事例じれいが収録しゅうろくされている。

『吾妻あづま鏡きょう』の記述きじゅつとして、平安へいあん時代じだいの武将ぶしょう平維茂たいらのこれもちの子こである平繁ひらしげ成しげるは、誕生たんじょう間あいだもなく行方ゆくえ不明ふめいとなり、4年ねん後ご、夢ゆめの中なかのお告つげで狐塚きつねづか^[2]の中なかから発見はっけんされたという伝承でんしょうがある。この時とき、狐きつねが翁おきなの姿すがたに変へんじて現あらわれ、刀かたなと櫛くしを与あたえていった（この刀かたなと櫛くしは家宝かほうとなった）。権威けんい付づけのための伝承でんしょうではあるが、神隠かみがくしの記述きじゅつとしては古ふるい部類ぶるいに入はいり、後述こうじゅつの沖縄おきなわの伝承でんしょうと含ふくめて、東北とうほくから沖縄おきなわにかけて、神隠かみがくしにあった者ものと櫛くしが関連かんれんして語かたられていることが分わかる。

沖縄おきなわ県けんでは、神隠かみがくしを物もの隠かくしとも呼よび、いったん物もの隠かくしに逢あった者ものは自分じぶんの櫛くしを持もって帰かえろうと戻もどって来くる。そして再ふたたび出でて行いってしまうとされる。そのため、物もの隠かくしに逢あった家族かぞくは早速さっそく当人とうにんの櫛くしを隠かくして取とられないようにする。それでも、締しめ切きっている部屋へやの中なかから知しらないうちに取とられてしまうこともあるとされる。研究けんきゅう者しゃによると、櫛くしと神かみの関係かんけいをよく示しめしている伝承でんしょうとしている。神かみを祀まつる者ものは櫛くしを必要ひつようとしたため、物もの隠かくしに逢あった者ものは櫛くしを取とりに戻もどるとされる。近世きんせいになり、天狗てんぐの仕業しわざと捉とらえるようになった本州ほんしゅうより、古ふるい型かたの伝承でんしょうと見みられる。

かつて、東京とうきょう都と八王子はちおうじ地方ちほうでは、子供こどもが神隠かみがくしに会あった場合ばあい、両親りょうしんが近ちかくの呼よばわり山さんに行いき、そこで子この名前なまえを呼よぶと、大抵たいてい、どこからか出でて来きたとされる^[3]。また、部落ぶらく総出そうでで行列ぎょうれつを作つくり、太鼓たいこを叩はたきながら、「かやせ、もどせ」と呼よびながら捜さがし回まわる風習ふうしゅうも広ひろく見みられたとされる。この他ほか、太鼓たいこと鐘かねを叩たたいて、消きえた子この名なを呼よぶ風習ふうしゅうは、常陸ひたち国こく（現げん茨城いばらき県けん）那珂なか郡ぐんにもあったとされ、伝説でんせつによれば、風かぜの音おとと共ともに杉すぎの木きの上うえに子供こどもがひっかかっていて、山やまに向むかって黒くろい物体ぶったいが飛とび去さったとされる（大だい録ろく義行よしゆき編へん『那珂なかの伝説でんせつ下か』筑波つくば書林しょりん 1984年ねん p.176）。『耳みみ嚢』にも太鼓たいこと鐘かねを叩たたいて子この名なを呼よぶ行為こういの記述きじゅつは見みられる（「神隠かみがくしというたぐいある事こと」に、寛政かんせい8年ねん＝1796年ねん盆ぼん14日にちのこととする）。

神隠かみがくしの伝承でんしょうのある場所ばしょとしては、青森あおもり県けんの天狗岳てんぐだけや岐阜ぎふ県けんの天狗山てんぐやまなどがあり、日本にっぽん各地かくちの「天狗てんぐ」と名なづけられた山やまに伝承でんしょうされることも多おおい。また千葉ちば県けん市川いちかわ市し八幡やはたの「八幡やはたの藪やぶ知しらず」（やわたのやぶしらず）は、神隠かみがくしの伝承でんしょうが強つよく残のこり、現在げんざいも禁足きんそく地ちとなっている。

結界けっかいと道標どうひょう[編集へんしゅう]

神域しんいきは上記じょうきのような自然しぜんの環境かんきょうが移うつり変かわる場所ばしょだけでなく、逢魔時おうまがときや丑三うしみつ時じのように、一いち日にちの時刻じこくにもその神域しんいきへ誘さそう、端はし境さかいであると考かんがえられた。そしてこれらが時代じだいを経へるにしたがい、神かみ籬ませや磐いわ境さかいだけでなく、道みちの形状けいじょうの特徴とくちょう的てきな峰みねや峠とうげや坂さかや、時ときには人ひとの作つくった橋はしや村むら境さかいや町まち境さかいなどの門もんや集落しゅうらくの境界きょうかいや、道みちの交差こうさする辻つじなどにまでおよび、さらに社会しゃかい基盤きばんが充実じゅうじつすると、伝統でんとう的てきな日本にっぽん家屋かおくの道みちと敷地しきちの間あいだの垣根かきねや、屋外おくがいにあった便所べんじょや納戸なんどや蔵ぞう、住居じゅうきょと外部がいぶを仕切しきる雨戸あまどや障子しょうじなども、常世とこよと現世げんせいの端はし境さかいと考かんがえられ、神域しんいきへ誘さそう場所ばしょとされた。

結界けっかい[編集へんしゅう]

このため現世げんせいと常世とこよを簡単かんたんに往来おうらいできぬように、注連縄しめなわだけでなく御幣ごへいや節分せつぶんでの「鰯いわしの魔除まよけけ」などが結界けっかいとして設もうけられた。お盆ぼんにホオズキを飾かざるのも常世とこよへ旅立たびだった祖そ霊れい（祖先そせんの霊れい）や精霊せいれいが、現世げんせいに迷まよわず辿たどり着つけるようにと、気遣きづかって設もうけられた「道みちを照てらす鬼火おにびの灯ひ」に例たとえたものである。

道標どうひょう[編集へんしゅう]

もともとは、「道みちに迷まよわないよう」にと作つくられた道標どうひょう（みちしるべ）でもあるが、「集落しゅうらくに禍わざわいが及およばないよう」や「まちがって神域しんいきに入はいらないよう」にとの思おもいからの結界けっかいでもある。同時どうじに、旅たびや道みちすがらの安全あんぜんを願ねがって建立こんりゅうされた塚づかや、それに類るいする石造いしづくりの像ぞうが、今日きょうでも信仰しんこうされ路傍ろぼうにひっそりと佇たたずんでいる。下記かきのような類例るいれいがある。

道祖神どうそじん - 道祖神どうそじんを参照さんしょう。
- 地蔵じぞう - 地蔵じぞうを参照さんしょう。
- 庚申塚こうしんづか - 庚申塚こうしんづかを参照さんしょう。
祠ほこら - 祠ほこらを参照さんしょう。
一里塚いちりづか - 一里塚いちりづかを参照さんしょう。