イスカリオテのユダ

イスカリオテのユダ（ジェームズ・ティソ画が）

ユダの最期さいごを描えがいた絵画かいが

イスカリオテのユダ（古代こだいギリシア語ご: Ἰούδας ὁ Ἰσκαριώτης または Ἰούδας Ἰσκαριώθ, ヘブライ語ご: יהודה איש-קריות‎ Yehûdâh ʾΚ-Qǝriyyôt 英語えいご: Judas Iscariot）は、新約しんやく聖書せいしょの4つの福音ふくいん書しょ、使徒しと言行げんこう録ろくに登場とうじょうするイエスの弟子でしのうち特とくに選えらばれた十じゅう二に人にん、いわゆる使徒しとの一人ひとりである。

概要がいよう

「イスカリオテ」はヘブライ語ご: איש קריות‎ イシュ・ケリヨト「ケリヨトの人ひと」に由来ゆらいすると考かんがえられ（ケリヨトはユダヤ地方ちほうの村むらの名な）、ユダ（יהודה Yehûdâh, イェフーダー）とは「ヤハウェに感謝かんしゃする」という意味いみ。

ほかの弟子でしはガリラヤ出身しゅっしんであったのに対たいし、ユダの出身しゅっしんはガリラヤではないとされている。イエスを裏切うらぎったことから、裏切うらぎり者ものの代名詞だいめいしとして扱あつかわれることが多おおい。なお、ユダは12番目ばんめの使徒しとであり、彼かれが裏切うらぎりの末すえ死しんだためにマティアが新あたらしい12番目ばんめの使徒しととなったのであって、イスカリオテのユダを第だい13使徒しととするのは誤あやまりである。

使徒しとユダ（タダイ）とは別人べつじんである。また、新約しんやく聖書せいしょの『ユダの手紙てがみ』の著者ちょしゃも別人べつじんである。

『ユダの福音ふくいん書しょ』などの外典げてんにも現あらわれる。

イエス一いち行ぎょうの会計かいけい係かかりを任まかされており、不正ふせいを行おこなう事ことが可能かのうな立場たちばにいた。

イエスへの裏切うらぎりから「裏切うらぎり者もの」代名詞だいめいしとなっている。また、ユダの着きていた黄色おうしょくの服ふくから欧米おうべいでは「黄色おうしょく」が「腰抜こしぬけ」や「卑劣ひれつ」などのマイナスイメージを持もつようになった。

新約しんやく聖書せいしょの記述きじゅつ

ユダがいつ弟子でしになったかという記述きじゅつは福音ふくいん書しょにはみられない。『ヨハネによる福音ふくいん書しょ』は「イスカリオテのシモンの子こユダ」と紹介しょうかいしている。

『マタイによる福音ふくいん書しょ』ではユダは金きむ目当めあてで祭司さいし長ちょうたちにイエスの引ひき渡わたしを持もちかけ、報酬ほうしゅうとして30シェケルを貰もらう約束やくそくをとりつけている。『ヨハネによる福音ふくいん書しょ』では高価こうかな香油こうゆをイエスの足あしにぬったマリアを非難ひなんする。そこに続つづけて彼かれが使徒しとたちの会計かいけいを任まかされながら、不正ふせいを行おこなっていたと記しるされている。

複数ふくすうの福音ふくいん書しょの最後さいごの晩餐ばんさんの場面ばめんではイエスに裏切うらぎりを予告よこくされ、『マルコによる福音ふくいん書しょ』では「生うまれなかった方ほうが、その者もののためによかった。」とまでイエスに言いわれている。

ユダは祭司さいし長ちょうたちと群衆ぐんしゅうをイエスのもとに案内あんないし、接吻せっぷんすることでイエスを示しめして引ひき渡わたした。

その後ご、『マタイ福音ふくいん書しょ』では、ユダは自みずからの行おこないを悔くいて、祭司さいし長ちょうたちから受うけ取とった銀貨ぎんかを神殿しんでんに投なげ込こみ、首くびを吊つって自殺じさつしたことになっている 。

『使徒しと言行げんこう録ろく』では、ユダは裏切うらぎりで得えた金かねで買かった土地とちに真まっ逆様さかさまに落おちて、内臓ないぞうがすべて飛とび出だして死しんだことになっている。

解釈かいしゃく

福音ふくいん書中しょちゅうでイエスの側近そっきんの不信心ふしんじんの逸話いつわは、弟子でしたちの離反りはん、ペトロの否認ひにん、疑うたがい深ぶかいトマス、逃にげ去さった女おんなたちなど事欠ことかかず、中なかでもユダの裏切うらぎりは衝撃しょうげき的てきだが、これには不可解ふかかいな点てんがある。

1. イエスは裏切うらぎりを予知よちしていた。ならばなぜ回避かいひできなかったのか?
2. ユダはいつから背信はいしんの心しんを持もったのか?
3. 裏切うらぎりの動機どうきは何なにか? そもそも彼かれの自由じゆう意志いしによるものか?

多おおくの神学しんがく者しゃ、哲学てつがく家かがこの問題もんだいに取とり組くんで来きた。

一いち例れいを挙あげれば、スイスの神学しんがく者しゃのカール・バルトは、ユダはイエスを十字架じゅうじかに架かけキリストにする重要じゅうような役割やくわりを果はたした人物じんぶつであり、「神かみの使つかわした者もの」と考かんがえた。この考かんがえは突飛とっぴなものではない。たとえば『ヨハネによる福音ふくいん書しょ』のイエスは最初さいしょから裏切者うらぎりものが誰だれであるかを知しっていた。しかし最終さいしゅう的てきには最後さいごの晩餐ばんさんの折おりに裏切うらぎりを予告よこくしたのち、

イエスは「わたしがパン切きれを浸ひたして与あたえるのがその人ひとだ」と答こたえられた。それから、パン切きれを浸ひたして取どり、イスカリオテのシモンの子こユダにお与あたえになった。ユダがパン切きれを受うけ取とると、サタンが彼かれの中なかに入はいった。そこでイエスは、「しようとしていることを、今いますぐ、しなさい」と彼かれに言いわれた。 — 13:26-27、新しん共同きょうどう訳やく

イエスは起おこるべきことをすべて知しっており、むしろ進すすんでユダに指図さしずしているようにすら見みえる。共とも観かん福音ふくいん書しょが伝つたえる「ユダの接吻せっぷん」も、『ヨハネによる福音ふくいん書しょ』のイエスはそれを受うけず、自みずから進すすみ出でて名乗なのった。

すでに2世紀せいき後半こうはんのキリスト教父きょうふ文書ぶんしょには、異端いたんの説せつとして「イエスを裏切うらぎったユダが実じつはイエス・キリストの弟子でしの中なかの他ほかの誰だれよりも真理しんりを授さずかっており、裏切うらぎりの神秘しんぴを達成たっせいした」との考かんがえがあったことを告つげている。

ユダに貼はられた「裏切うらぎり者もの」のレッテルと剥はがして復権ふっけんさせようという試こころみは大おおきく2種類しゅるいに分類ぶんるいできる。

• 「裏切うらぎり」は人間にんげん性せいとセットになっているものであり、ユダのみの特性とくせいではないとする見方みかた
• 「裏切うらぎり」という行為こういそのものの評価ひょうかに両義りょうぎ的てきな視点してん（「ユダの裏切うらぎりは必要ひつよう悪あくであった」というような）を加くわえるという見方みかた

「ユダの福音ふくいん書しょ」も参照さんしょう

また、東ひがしヨーロッパにはオイディプス伝説でんせつをモチーフとした、ユダの裏切うらぎりとその末路まつろを出生しゅっしょうから定さだめられた運命うんめいとする民話みんわがいくつも見みられる。その類るい話ばなしがヤコブス・デ・ウォラギネによる聖者せいじゃ伝でん集しゅう『レゲンダ・アウレア』「使徒しと聖せいマッテヤ」の項こうに収録しゅうろくされ、聖ひじり伝つたえ解釈かいしゃくのひとつとして中世ちゅうせいのカトリック文化ぶんか圏けん全域ぜんいきに広ひろまった。

芸術げいじゅつ作品さくひんの中なかに見みられるユダ

最後さいごの晩餐ばんさん（ピエール＝ジュール・ジョリヴェ画が、パリ　サン・ヴァンサン・ド・ポール教会きょうかい）

• 多おおくの「最後さいごの晩餐ばんさん」を描えがいた絵えで、ユダは次つぎのように表現ひょうげんされている。
  • 一人ひとりだけ、頭あたまに光ひかり冠かんむり（後光ごこう）が描えがかれない。
  • 一人ひとりだけ、机つくえの反対はんたい側がわに座すわっている。
  • 衣ころもは黄色おうしょくの場合ばあいが多おおい。
    • レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後さいごの晩餐ばんさん』では、伝統でんとう的てきな表現ひょうげん法ほうを廃はいし、みなと同おなじ側がわに座すわらせ、金かねの入はいった袋ふくろと思おぼしきものを握にぎらせている。
• イエスを逮捕たいほする時ときに行おこなった接吻せっぷん・「ユダの接吻せっぷん」は非常ひじょうに有名ゆうめいで、後世こうせいにも『ゴッドファーザー PART II』でも描写びょうしゃされているようにイタリアのマフィアが裏切うらぎり者ものを処刑しょけいする際さい、この行動こうどうを真似まねるという風習ふうしゅうが存在そんざいした（死しの口くちづけ）。
• ダンテの叙事詩じょじし『神かみ曲きょく』地獄じごく篇へんにおいては、地獄じごくの最さい下層かそう、裏切者うらぎりものが葬ほうむられる地獄じごく第だい九きゅう圏けんの氷こおり地獄じごくコキュートスの中央ちゅうおうで、魔王まおうに噛かみ締しめられるというもっとも残酷ざんこくな罰ばっを受うける最さい重罪じゅうざい人じんとして描えがかれている。コキュートスは四よん円えんに区切くぎられているが、このうち中央ちゅうおうの円えんはユダに因ちなむ「ジュデッカ」と命名めいめいされている。
• 邦題ほうだい『最後さいごの誘惑ゆうわく』として映画えいが化かされたニコス・カザンザキスの小説しょうせつ『キリスト最後さいごのこころみ』は、イエスに信頼しんらいされ、裏切うらぎりの役やくを引ひき受うけるというユダ解釈かいしゃくを示しめしている。
• 太宰だざい治おさむの短編たんぺん『駈か込こみ訴うったえ』は、イエスを裏切うらぎる愛憎あいぞう入いり混まじった複雑ふくざつな感情かんじょうを、ユダの一人称いちにんしょう独白どくはく体たいで描えがいている。
• ロックオペラ『ジーザス・クライスト＝スーパースター』では、ジーザスを愛あいするがゆえに、その暴走ぼうそうを止とめるために裏切うらぎる。そしてその役目やくめを負おわせた神かみに呪のろいの言葉ことばを吐はき、自殺じさつする。
• 武田たけだ泰淳たいじゅんの小説しょうせつ『わが子こキリスト』に登場とうじょうするユダは沈着ちんちゃく冷静れいせいな現実げんじつ主義しゅぎ者しゃであるが、同時どうじに虐しいたげられたユダヤの民衆みんしゅうに対たいして強つよい同胞どうほう愛あいを抱いだく人物じんぶつでもある。新興しんこうの大だい商人しょうにんであるユダは貿易ぼうえきを軸じくとした経済けいざい成長せいちょうによってユダヤの民衆みんしゅうを貧困ひんこんから解放かいほうしようと考かんがえているが、その一方いっぽう、宗教しゅうきょうという自分じぶんとは異ことなる立場たちばから人々ひとびとを救すくおうするイエスをユダヤの民みんに必要ひつような救世主きゅうせいしゅと認みとめており、やがてイエスの処刑しょけいが避さけられなくなると自みずからを犠牲ぎせいにしてその「復活ふっかつ」を画策かくさくする。
• ヘンリック・パナスによって書かかれた『ユダによれば 外典げてん』では、ユダは現実げんじつ主義しゅぎ者しゃとして描えがかれ、ユダを通とおして語かたられるイエスも神かみの子こではなく天賦てんぷの才ざいを持もった人間にんげんとして描えがかれる。ユダはイエスのことは裏切うらぎっておらず、教おしえを引ひき継つぐように言いわれる。しかし、誰だれひとりとしてユダを信しんじようとはぜず異い端はし者しゃ扱あつかいされた、としている。
• さいとう・たかをの劇画げきが『ゴルゴ13』の主人公しゅじんこう・ゴルゴ13のコードネームは、ゴルゴダの13番目ばんめの男おとこ=ユダを示しめしているとされている。エピソードのひとつ「15-34」では、自身じしんをキリストと認識にんしきしたコンピュータプログラム「ジーザス」が、2000年ねん前まえの復讐ふくしゅうとしてゴルゴを抹殺まっさつしようとする。
• 安彦やすひこ良和よしかずの漫画まんが『イエス』では、ユダはイエス一いち行ぎょうの会計かいけい係がかりとして登場とうじょうし、イエスの正体しょうたいを見極みきわめようとして行動こうどうを共ともにする現実げんじつ主義しゅぎ者しゃとして描えがかれている。またイエスに敵対てきたいする大だい祭司さいしカヤパのスパイとしても暗躍あんやくし、イエスを利用りようしようとする熱心ねっしん党とうのバラバの行動こうどうにも注視ちゅうししている。作品さくひんに登場とうじょうする架空かくうの弟子でしヨシュアに裏切うらぎりを非難ひなんされると、イエスについて「ただ並なみよりも物事ものごとのよく見みえる人間にんげん」であって、彼かれを救世主きゅうせいしゅに祭まつり上あげたのは弟子でしたちの愚おろかさによるものだと語かたった。
• 中村なかむら光ひかりの漫画まんが『聖きよし☆おにいさん』では、ダンテの『神かみ曲きょく』をほぼなぞっているが、（ギャグ漫画まんがという性質せいしつはあるものの）地獄じごくから解放かいほうされ、イエスや他たの使徒しととも和解わかいしていることが描写びょうしゃされている。本ほん作さくは大だい英えい博物館はくぶつかんでも展示てんじされた。
• 赤松あかまつ健けんの漫画まんが『UQ HOLDER!』では、「結城ゆうき夏なつ凜」という名前なまえで登場とうじょう。「神かみの呪のろい」により体からだを世界せかいから断絶だんぜつされたことで体からだに起おきた事象じしょうはすべて書かき換かえられるため、不死身ふじみとなっている。
• 水無月みなづきすうの漫画まんが『JUDAS』では主人公しゅじんこうとして登場とうじょう（JUDAS/ジューダスはJUDA/ユダの英語えいご読よみ）。筋骨きんこつたくましい青年せいねんとして描えがかれ、死神しにがみとして依より代だいを使役しえきし狩かる。ヨハネの黙示録もくしろくを引ひき起おこすペテロ筆頭ひっとうの他ほかの十じゅう二に使徒しとと戦たたかう設定せっていになっている。

関連かんれん項目こうもく

• ユダの福音ふくいん書しょ
• キリストの捕縛ほばく