(Translated by https://www.hiragana.jp/)
イスパノ・スイザ HS.404 - Wikipedia コンテンツにスキップ

イスパノ・スイザ HS.404

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
イスパノ・スイザ 20mm航空こうくう機関きかんほう
イギリスによって独自どくじ改良かいりょうされたモデルである、イスパノ Mk.V(Hispano Mark V)

イスパノ・スイザ HS.404(Hispano-Suiza HS.404)[ちゅう 1]は、イスパノ・スイザしゃ開発かいはつした20mm口径こうけい機関きかんほうだい世界せかい大戦たいせんにおいて航空こうくう機関きかんほうとしてひろもちいられたほか、対空たいくうほうとしてももちいられた。

イギリスライセンス生産せいさん/独自どくじ改良かいりょうされたものは“Hispano Mark *”、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくでライセンス生産せいさん/独自どくじ改良かいりょうされたものには“20mm M1/AN-M2/AN-M3”および“M24”の制式せいしき名称めいしょうがつけられている。

概要がいよう

[編集へんしゅう]

20世紀せいき幅広はばひろ使用しようされた航空こうくう兵器へいきの1つで、イギリスアメリカフランスなどをはじめとするおおくの軍隊ぐんたい採用さいようされた。

開発かいはつこくのフランスのほか、イギリスとアメリカ、そのスウェーデンスイスアルゼンチンそしてユーゴスラビア開発かいはつされた航空機こうくうき搭載とうさいされてひろもちいられたが、だい大戦たいせんDEFAなどのリヴォルヴァーカノンM61筆頭ひっとうとしたモーターガトリングほう搭載とうさい増加ぞうかしていき、旧式きゅうしき引退いんたいとも航空機こうくうき搭載とうさいようとしてはその姿すがたしていった。

なお、HS.404は原型げんけい開発かいはつしたのはスペイン創業そうぎょうされスペインとフランスに拠点きょてんった国籍こくせき軍需ぐんじゅ企業きぎょうであるイスパノ・スイザしゃであるが、ひろもちいられたかたは、いずれもイギリスとアメリカでライセンス所得しょとくしたのち両国りょうこくにおいて独自どくじ改良かいりょうされたもので、それらの改良かいりょうにはイスパノ・スイザしゃ間接かんせつてきにのみかかわっている。このため、原型げんけいのイスパノ・スイザ HS.404とイギリスで改良かいりょうされた"Hispano Mark II"以降いこうのイギリスせいモデル、およびアメリカで改良かいりょうされた"AN-M2/3"および"M24"は、設計せっけい同一どういつとする独自どくじ発展はってんがたとらえたほうが適切てきせつである。

開発かいはついた経緯けいい

[編集へんしゅう]

イスパノ・スイザしゃフランス支社ししゃ(HSF)は、スイスエリコンしゃ開発かいはつしたエリコン FFSライセンス生産せいさんけん取得しゅとくし、HS.7およびHS.9として生産せいさんおこなった[1]。これは、イスパノ・スイザ 12Y えきひやVがたエンジンうえほう搭載とうさいし、ギアボックスをかいしてじく上方かみがたへんうつさせたプロペラ駆動くどうじく中空ちゅうくうにしてそのじくない砲身ほうしんとおす、という“モーターカノン(Moteur-canon)”方式ほうしきもちいるものとして、だい口径こうけいかつコンパクトな機関きかんほうもとめていたためであった[ちゅう 2]。しかし、HS.7/9の生産せいさん開始かいし直後ちょくご、エリコンしゃとのあいだ特許とっきょめぐ係争けいそう発生はっせいし、両社りょうしゃ取引とりひき関係かんけい解消かいしょうされた[2]

1933ねん、イスパノしゃ技術ぎじゅつしゃマルク・ビルキヒト(Mark Birkigt)は、アメリカの機関きかんじゅう設計せっけいしゃ、カール・スウェビリウス(Carl Swebilius)が1919ねん特許とっきょ取得しゅとくした機構きこう、およびイタリア銃器じゅうき設計せっけいしゃであるアルフレド・スコッティ(Alfredo Scotti)が70口径こうけい20mm機関きかんほうんだ機構きこうもとづいて、HS.7/9の作動さどう方式ほうしき変更へんこう[1][2]連射れんしゃ能力のうりょくほうこう初速しょそく向上こうじょうといった改良かいりょうほどこし、弾薬だんやくもほぼどう規格きかくながら仕様しようことなる20×110mmだん使用しようするものとして、タイプ 400(HS.400)を完成かんせいさせた。さらに、タイプ402(HS.402)、さらじつじゅう製作せいさくおこなわれず図面ずめんじょうのみのものであったがタイプ 403(HS.403)をて、1936ねんにはタイプ 404(HS.404)を完成かんせいさせた。エリコンFFSではAPI ブローバックだった作動さどう方式ほうしきは、ブローバックの基本きほん動作どうさくわえて、ボルト開放かいほうガスあつもちいたピストン使用しようする併用へいよう方式ほうしきあらためられている。

HS.404シリーズは1938ねんにアメリカで特許とっきょ所得しょとくしたのち、まずフランス空軍くうぐんけに製造せいぞう開始かいしされた。モーターカノンようの20mm HS.404のほか銃身じゅうしんちょうを1,000mmに短縮たんしゅくしてばくげきじゅうとう/防御ぼうぎょ機銃きじゅうようとしたHS.405、23mm口径こうけいとしたじゅうとう/防御ぼうぎょ機銃きじゅうよう銃身じゅうしんちょう 1,150mm)のHS.406、23mm口径こうけいでモーターカノンようちょう銃身じゅうしん銃身じゅうしんちょう 1,600mm)がたHS.407開発かいはつされた。ただし、HS.404以外いがいだい世界せかい大戦たいせん開戦かいせん試作しさくひんが1ちょうずつ完成かんせいしていたのみである [2]

元来がんらい装弾そうだんすうおおくても60はつ装弾そうだんドラムがた弾倉だんそうのみであったため、飛行ひこうちゅう弾倉だんそう交換こうかんすることができない航空機こうくうきでは装弾そうだんすう不足ふそく問題もんだいになり、160はつ装弾そうだんのドラムがた弾倉だんそう開発かいはつされたが、このだい容量ようりょう弾倉だんそうは150はつ以上いじょう装填そうてんすると途端とたん信頼しんらいせい低下ていかこした[3]1940ねんにはベルトきゅうだんシステムの開発かいはつ解決かいけつこころみられたが、フランスの降伏ごうぶく計画けいかく頓挫とんざし、最終さいしゅうてきにはベルトきゅうだんがた試作しさくひん設計せっけいひそかにイギリスにされて、イギリスによる改良かいりょうがたとして実現じつげんした。

設計せっけい

[編集へんしゅう]
アメリカでの特許とっきょ申請しんせいしょ記載きさいされているHS.404の機関きかん

HS.404のおおきな特徴とくちょうとして、2種類しゅるい(ブローバックおよびガスあつ作動さどう方式ほうしき)の作動さどう方式ほうしき併用へいようしていることと、発砲はっぽう前後ぜんご作動さどうする部分ぶぶん非常ひじょうおおきいことがげられる。

通常つうじょうのブローバック方式ほうしき場合ばあいげきはっするとゆうそこ銃身じゅうしんったまま反動はんどうにより後退こうたいし、所定しょてい距離きょり後退こうたいしたところでカムもしくはラッチのはたらきでゆうそこ銃身じゅうしん結合けつごう開放かいほうされ、以後いごゆうそこのみが後退こうたいしてはいさいかちするが、HS.404では銃身じゅうしんゆうそこ結合けつごう開放かいほう銃身じゅうしんけられたガス導入どうにゅうあなからみちびかれた発射はっしゃガスがピストンをうごかし、ピストンに連動れんどうするロッドがゆうそこ銃身じゅうしん結合けつごう解除かいじょすることによっておこなわれる。この併用へいよう方式ほうしきはAPI方式ほうしきくらべて発射はっしゃ速度そくどたかいものとしつつ銃身じゅうしんながくすることが可能かのうであったため、航空こうくう機銃きじゅうでは重要じゅうよう要素ようそとなるほうこう初速しょそく発射はっしゃ速度そくど向上こうじょうさせることができた[3]

なお、ブローバック方式ほうしき銃器じゅうきゆうそこ(ボルト)のみ、もしくはボルトと銃身じゅうしん(※ショート/ロングリコイル方式ほうしき)がげきはつともな前後ぜんこううごくことで動作どうさし、げきはつともなって後退こうたいした機関きかん銃身じゅうしんふくさせるばね(リコイルスプリング)はゆうそこ後方こうほう、もしくは銃身じゅうしん並行へいこうあるいは銃身じゅうしんくように配置はいちされているが、HS.404ではリコイルスプリングがほうくちのすぐ後方こうほうにある設計せっけいになっている。これはモーターカノン方式ほうしきもちいることを前提ぜんていとして設計せっけいされているためで、こう初速しょそくもとめてちょう砲身ほうしんとしたため、長大ちょうだいになった砲身ほうしんのぶれをほうくち保持ほじすることで極力きょくりょくしょうなくするためと、通常つうじょう自動じどう火器かきでは前後ぜんご駆動くどうする作動さどう保持ほじする部分ぶぶんレシーバー)を、エンジンおよびそれにほうをマウントする部分ぶぶん兼用けんようさせることでエンジンとほう一体化いったいかさせ、機関きかんほうとしては軽量けいりょう小型こがた設計せっけいとしていたためである[3]

この構造こうぞうのため、HS.404には「ほうくち固定こていしなければ安定あんていして動作どうさしない」「ほう単体たんたい発砲はっぽうすると作動さどう部分ぶぶん慣性かんせい重量じゅうりょうおおきいために射撃しゃげき動揺どうようおおきい」という欠点けってんがあった。

これらの問題もんだい本来ほんらい開発かいはつ目的もくてきである“モーターカノンの搭載とうさいじゅう”としてもちいるかぎりさして問題もんだいとならないはずであったが、エンジンの振動しんどうほう作動さどう干渉かんしょうして作動さどう不良ふりょう原因げんいんになることや、モーターカノンではなくつばさ単独たんどくじゅう装備そうびするさい特別とくべつじゅう必要ひつようになる、といった問題もんだいしょうじた[3]

運用うんよう

[編集へんしゅう]

イギリス

[編集へんしゅう]
ブリストル ボーファイター Mk.VI Fに搭載とうさいされたイスパノ Mk.II

イギリス航空機こうくうき搭載とうさい武装ぶそうとしてはしょう口径こうけい機銃きじゅう多数たすう装備そうびする方針ほうしんっていたが、弾頭だんとう威力いりょく重視じゅうしするめんからだい口径こうけい火器かき必要ひつようせい認識にんしきされており、1935ねんより20mm口径こうけい航空機こうくうき搭載とうさい機銃きじゅう検討けんとうはいった。これにより選定せんていされたのがHS.404で、1939ねんにはイスパノ・スイザ タイプ404(Hispano Suiza Type 404)の名称めいしょうイギリス空軍くうぐんイギリス海軍かいぐん艦隊かんたい航空こうくうたい(Fleet Air Arm)に制式せいしき採用さいようされた。

1940ねんにはイスパノ・スイザしゃおよびフランス政府せいふから製造せいぞう許可きょかりつけてイスパノ Mk.I(Hispano Mark I)として自国じこく生産せいさんひん完成かんせいさせ、“モーターカノン”方式ほうしきでなくとも搭載とうさいできるよう、"SAMM cradle"との名称めいしょうけられたマウントをもちい、ウェストランド ホワールウィンド搭載とうさいしている。バトル・オブ・ブリテンなかにはスピットファイアMk.IbおよびMk.IIにも搭載とうさいされたが、作動さどう不良ふりょうおおく、旋回せんかい装弾そうだん不良ふりょうなどから部隊ぶたいでの評判ひょうばんかならずしもくはなかった[3]

イスパノシリーズはのイギリス空軍くうぐん戦闘せんとう搭載とうさいされる標準ひょうじゅん武装ぶそうになるが、当初とうしょ作動さどう不良ふりょう頻発ひんぱつしたため、スピットファイアでは暫定ざんていてきに20mm機関きかんほう2もんと7.7mm機銃きじゅう4ていのBつばさ装備そうび配備はいびされ、改善かいぜんに4もん装備そうび可能かのうな“ユニバーサルウィング(Universal Wing)”ことCつばさ標準ひょうじゅんとなり、タイフーン Mk.IB以降いこうテンペスト Mk.Vでも4もん装備そうびであった。

上述じょうじゅつ作動さどう不良ふりょう問題もんだいは、げきはつ膨張ぼうちょうした薬莢やっきょうくすりしつ内壁ないへきいてしまうことと、薬莢やっきょうくすりしつ装弾そうだんされるさいに、作動さどう慣性かんせい重量じゅうりょうおおきいために閉鎖へいさによって閉鎖へいさわずかに圧縮あっしゅくされてしまい、結果けっかてきげきはり作動さどう距離きょり不足ふそくすることが原因げんいんであることが判明はんめいし、1941ねんには「くすりしつ内壁ないへきこまかなみぞもうけ、みぞ発射はっしゃガスのかえしがながれることで薬莢やっきょうきを防止ぼうしする[ちゅう 3]」「くすりしつ全長ぜんちょうを0.08インチ(やく2mm)みじかくする」という改良かいりょうくわ[3]装弾そうだん方式ほうしきをドラムがた弾倉だんそう方式ほうしきから分離ぶんりしき金属きんぞくせいたまたいによるベルトきゅうだんしき変更へんこうしたイスパノ Mk.II(Hispano Mark II)が開発かいはつ採用さいようされ、ブローニング機関きかんじゅう8てい装備そうびしていたホーカー ハリケーン Mk.Iと熱帯ねったいようのスピットファイアへ搭載とうさいされた。また、使用しようする20mm弾薬だんやく雷管らいかん改良かいりょうしたものに変更へんこうされている。

イギリスは自国じこく生産せいさんりょく負担ふたん軽減けいげんするために、おなじくHS.404を自国じこく生産せいさんしたアメリカのM1(後述こうじゅつ)の輸入ゆにゅう興味きょうみしめしたが、試験しけんのためにM1をると、その出来できわるさに失望しつぼうしたという。これはM1がオリジナルのHS.404とおなくすりしつ設計せっけいつことが問題もんだい原因げんいんであるとかんがえ、1942ねん4がつにはイスパノ Mk.IIとその図面ずめん比較ひかくのためアメリカにおくられた。しかし、この技術ぎじゅつ提供ていきょうによる品質ひんしつ向上こうじょうのぞめなかったため、アメリカせいHS.404の導入どうにゅう中止ちゅうしされた[3]

だい世界せかい大戦たいせん中盤ちゅうばんかると、イギリスの兵器へいき製造せいぞうりょく問題もんだいではないレベルまで向上こうじょうしていたため、イギリスではイスパノ Mk.IIの改良かいりょう着手ちゃくしゅし、ほうこう初速しょそく低下ていか受忍じゅにんして銃身じゅうしん短縮たんしゅくして重量じゅうりょう軽減けいげん速射そくしゃせいたかめ、、リコイルスプリングをほうくち直後ちょくごから銃身じゅうしん移動いどうさせてじゅう汎用はんようせい向上こうじょうさせたイスパノ Mk.V(Hispano Mark V)を開発かいはつし、テンペスト Mk.Vなどに搭載とうさいした[3]

イスパノシリーズはだい世界せかい大戦たいせんちゅうだけでもかくかたわせるとやく42,500がBirmingham Small Arms(BSA)によって製造せいぞうされ、大戦たいせんもイギリスの開発かいはつした初期しょきのジェット戦闘せんとう搭載とうさいされたが、航空機こうくうき搭載とうさい機銃きじゅうとしてはADEN 30mmリヴォルヴァーカノン開発かいはつされ、これにってわられている。

アメリカ

[編集へんしゅう]
ダグラス A-1 スカイレイダー搭載とうさいされた、アメリカ生産せいさんがたHS.404の改良かいりょうがたであるAN-M3

1936ねんアメリカ陸軍りくぐん航空こうくうたいアメリカ海軍かいぐんは、それまでの航空機こうくうき搭載とうさい火器かき標準ひょうじゅんであったAN-M2 7.62mm機関きかんじゅうAN-M2 12.7mm機関きかんじゅう混載こんさいわる武装ぶそう強化きょうかさくとして、口径こうけい15~20mmへの統一とういつ、もしくは20mmと12.7mmの混載こんさい変更へんこうする計画けいかく共同きょうどう立案りつあんした。しかし、自国じこく開発かいはつによる新型しんがた機関きかんほう開発かいはつ難航なんこうしており、早期そうき口径こうけい20mmクラスの機関きかんほう国産こくさん開発かいはつ困難こんなんとされたことから、欧州おうしゅう諸国しょこくからの導入どうにゅう計画けいかくされ、ドイツスイス、およびデンマークせい各種かくしゅ製品せいひん検討けんとうされたが、ドイツとスイス からの導入どうにゅう政治せいじてき事情じじょう予算よさん都合つごうにより見送みおくられ、デンマークのマドセン(Madsen)しゃ[ちゅう 4]23mm機関きかんほう少数しょうすうのみ試験しけんてき購入こうにゅうされた[2]。1936ねん11月におこなわれたテストではアメリカぐんがわ満足まんぞくさせる結果けっかたものの、そののライセンス契約けいやくかんする交渉こうしょう遅々ちちとしてすすまず[4]海軍かいぐん1938ねんF2A戦闘せんとう搭載とうさいして試験しけんおこなうための追加ついか購入こうにゅう決定けっていしたが、弾薬だんやくきょくが「国産こくさん機体きたい海外かいがいせい装備そうび搭載とうさいすることはのぞましくない」と強硬きょうこう反対はんたい[2]、マドセンせい機関きかんほう導入どうにゅう見送みおくられることになった。

これらに並行へいこうしてアメリカぐん関係かんけいしゃ注目ちゅうもくしていたものに、どう時期じき完成かんせいして各国かっこく航空こうくう軍事ぐんじ関係かんけいしゃ披露ひろうされていたHS.404があり、1937ねんの2がつにアメリカ海軍かいぐん担当たんとうしゃをフランスのイスパノ・スイザしゃ派遣はけん同年どうねん3がつには陸軍りくぐん担当たんとうしゃ同社どうしゃより入手にゅうしゅした資料しりょう本国ほんごくおくっている[2]一連いちれん予備よび調査ちょうさ結果けっか、HS.404にたいしてアメリカ陸海りくかいぐんおおいなる期待きたいせ、イギリスがHS.404の導入どうにゅうとライセンス生産せいさん計画けいかくしていることもこれを後押あとおしした。おなじくフランスせい航空こうくう機関きかんほうであるホチキスしゃせいの25mm機関きかんほうにもアメリカぐん注目ちゅうもくけられていたが、こちらの試験しけん購入こうにゅうはフランスがわより「機密きみつ兵器へいきである」として拒否きょひされたため[2]、HS.404が選定せんていされ、同年どうねん7がつには弾薬だんやくふくめた試験しけん購入こうにゅう契約けいやく締結ていけつされた。1936ねんにイスパノ・スイザしゃがフランス政府せいふなか強制きょうせいてき国有こくゆうされたことの影響えいきょうや、フランス国内こくないでの事前じぜん検査けんさ遅延ちえんによってわたしがおくれたものの、1938ねん2がつには試験しけん購入こうにゅうしたものがアメリカに到着とうちゃくして採用さいよう審査しんさおこなわれた。

審査しんさ結果けっか採用さいよう導入どうにゅうはほぼ決定けっていしたものの、製造せいぞうけんりょうその問題もんだいでイスパノ・スイザしゃとアメリカ陸海りくかいぐんあいだでなかなかいがつかず[2]交渉こうしょう1939ねんとおしておこなわれ、同年どうねん12がつにようやく最終さいしゅうてき契約けいやく締結ていけつされ、1940ねん1がつ現時点げんじてんでの製造元せいぞうもとであり、イスパノ・スイザしゃ国有こくゆうしたフランスの企業きぎょうである「LaSociétéd'exploitation desmatériels」との契約けいやく成立せいりつ同年どうねん2がつおよび4がつには最初さいしょ国外こくがい生産せいさんぶん弾薬だんやくがアメリカに到着とうちゃく実用じつよう試験しけん開始かいしされた。4月にはアメリカ海軍かいぐんからライセンス契約けいやく費用ひよう半額はんがく負担ふたんすることがもうされ、海軍かいぐんでの採用さいよう決定けっていした。1940ねん4がつ29にちには陸軍りくぐんへの採用さいよう発表はっぴょうされ、アメリカ国内こくないでのライセンス生産せいさん実際じっさい担当たんとうする企業きぎょう選定せんていはじまり、競争きょうそう入札にゅうさつ結果けっか同年どうねん9がつにはベンディックスしゃ(Bendix Aviation Corporation)に決定けっていした。同社どうしゃではただちに製造せいぞうラインを構築こうちくして生産せいさんはいり、同年どうねんまつには製造せいぞう開始かいしされた。なお、このさい時間じかん短縮たんしゅくのためにフランスせい図面ずめんがそのまま導入どうにゅうされ[2]、これがのち重大じゅうだい問題もんだいこすこととなる。

アメリカせいHS.404はまずは1941ねん5月には陸軍りくぐん航空こうくうたいに“Gun,Automatic,20 mm,M1”の制式せいしき名称めいしょう採用さいようされた[ちゅう 5]。なお、この時点じてんでは海軍かいぐんはM1を14もんわたされだけにまり[2]、F2A戦闘せんとう搭載とうさいして試験しけんおこなったのみで、M1の海軍かいぐんでのうん用例ようれいはこれのみである。

M1は1941ねんないには「要求ようきゅうされている生産せいさんすうは1しゃのみでは達成たっせいできない」としてベンディックスしゃ以外いがいにも生産せいさん委託いたくされることになり、複数ふくすう軍需ぐんじゅ企業きぎょうにより、弾薬だんやく製造せいぞうふくだい規模きぼ製造せいぞう体制たいせい構築こうちくされた。同時どうじに、イギリスにおいて装弾そうだん方式ほうしきをドラムがた弾倉だんそうのみからベルトきゅうだんしき変更へんこうし、“モーターカノン”方式ほうしき前提ぜんていとしていた機体きたいへの装備そうび方法ほうほう主翼しゅよく胴体どうたい直接ちょくせつマウントできるように変更へんこうした設計せっけいとした改良かいりょうがたであるイスパノ Mk.IIが開発かいはつされたことから、アメリカにおいてもこの改良かいりょうがた製造せいぞうえることが決定けっていされ、"T9"の名称めいしょうでアメリカで独自どくじ開発かいはつされたベルトきゅうだん機構きこう使用しよう可能かのうとした改修かいしゅうがた開発かいはつすすめられ、M1の生産せいさん終了しゅうりょうしていないにもかかわらず生産せいさんラインのえが準備じゅんびされている[2]

諸処しょしょ問題もんだいはあったにせよ、M1は1942ねんには大量たいりょう生産せいさん軌道きどうっており、製造せいぞうされたものが順次じゅんじ納入のうにゅうされて配備はいびされていたが、アメリカではイギリスにおいて問題もんだいとなった薬莢やっきょうきと圧縮あっしゅく問題もんだい認識にんしきしていなかったこと、アメリカぐんにおいては“大砲たいほう”に分類ぶんるいして製造せいぞう公差こうさ決定けっていした[3][ちゅう 6]こと、さらにはトル法とるほう作図さくずされていたフランスせい図面ずめん数値すうちをアメリカにおいてヤード・ポンドほう変換へんかんしたもの、それも生産せいさん開始かいしいそぐために急遽きゅうきょ作図さくずしたものが配布はいふされたことから[2]構造こうぞうてき欠陥けっかん是正ぜせいされていないうえ部品ぶひん精度せいど問題もんだいしょう[ちゅう 7]製造せいぞうされたM1は信頼しんらいせいとぼしく、げきはり打撃だげきりょく不足ふそくによって不発ふはつ多発たはつし、運用うんよう部隊ぶたいからは「弾倉だんそうへの装填そうてん弾薬だんやくにグリスを多量たりょう塗布とふしなければ満足まんぞく作動さどうのぞめない」と評価ひょうかされる有様ありさまだった[2]さらに、重量じゅうりょう軽減けいげんのために空気圧くうきあつしきさい装填そうてん装置そうちはずしたため、飛行ひこうちゅう装弾そうだん不良ふりょうはいさいかち不良ふりょう発生はっせいすると回復かいふくできない、という深刻しんこく問題もんだいしょうじた[2]。また、20mm機関きかんほうは12.7mm機銃きじゅうたいしておもいため、つばさない武装ぶそうを12.7mmから20mmに変更へんこうした機種きしゅでは発砲はっぽうこう機動きどうつばさのねじれがおおきくなり、命中めいちゅう精度せいど低下ていかするという問題もんだい発生はっせいした。

M1はイギリスへの供給きょうきゅう計画けいかくされていたため、この不良ふりょう問題もんだい懸念けねんしたイギリスからは1942ねん4がつにイスパノ Mk.IIとその図面ずめんこう精度せいどのヤード・ポンドほうばん)が提供ていきょうされた。これをけて、前述ぜんじゅつ改良かいりょうがたであるT9のくすり室長しつちょうやく1mm短縮たんしゅくするなどした修正しゅうせいおこなうことですこしでも信頼しんらいせいたかめる努力どりょくがなされ、T9に改修かいしゅうくわえたものは陸海りくかいぐん航空機こうくうき武装ぶそう統一とういつ計画けいかくともな海軍かいぐんにも導入どうにゅうされ、AN-M2統一とういつ制式せいしき番号ばんごうあたえられた[ちゅう 8]

M1で発生はっせいした諸々もろもろ問題もんだい製造せいぞうをAN-M2にえたうえでM1を回収かいしゅうすることで対処たいしょされたが、M1はすでに1942ねんまつ時点じてん機関きかんほう本体ほんたいを56,400あまり、弾薬だんやくだけでもすでに4,000まんはつ製造せいぞうしており、これがすべ使用しよう不適ふてきなされることになったのである。AN-M2の設計せっけい成功せいこうとはがたく、不良ふりょう発生はっせいりつ平均へいきんして1,500はつに1かいというたかいもので、さらにこの数値すうち砂塵さじんおお環境かんきょうでは倍増ばいぞうした[3](ただし、これについては「整備せいびマニュアルの不備ふび、および実際じっさい整備せいび体制たいせいおおきな問題もんだいがあった」との考察こうさつもある[2])。結局けっきょく、AN-M2も1944ねん2がつには生産せいさん中止ちゅうしされ、アメリカせいHS.404における不発ふはつ装弾そうだん不良ふりょう多発たはつ問題もんだいだい2世界せかい大戦たいせんちゅうには最後さいごまで解消かいしょうされることはなく、イギリスへの供給きょうきゅう断念だんねんされた。

B-29銃座じゅうざ搭載とうさいされているAN-M2(3つある銃身じゅうしんのうちじょうのものがAN-M2)

M1およびAN-M2はだい世界せかい大戦たいせんちゅうわせて134,663製造せいぞうされているが、従来じゅうらいの.50口径こうけい航空こうくう機銃きじゅうから全面ぜんめんてきえられることはなく、だい2世界せかい大戦たいせんちゅう実戦じっせん投入とうにゅうされた機体きたい搭載とうさい機銃きじゅうとしては、陸軍りくぐん航空こうくうたいではP-38 ライトニング[ちゅう 9]P-39 エアラコブラ外国がいこく供与きょうよがたおよびP-61夜間やかん戦闘せんとうほかにはP-51試作しさくがた(NA-91)などすうしゅ試作しさく搭載とうさいされたのみで、海軍かいぐん/海兵かいへいたい航空こうくうたいでもF6FF4U一部いちぶたい爆撃ばくげきよう対地たいち攻撃こうげき任務にんむよう武装ぶそう変更へんこうがたとして搭載とうさいされたにすぎなかった。B-29ばくげき防御ぼうぎょ武装ぶそうとしても搭載とうさいされたが、不具合ふぐあいおおうえ有用ゆうようせいひくいとされ、おおくの機体きたい運用うんよう開始かいし順次じゅんじ撤去てっきょされている。

アメリカ海軍かいぐんでは1943ねんにはイギリスのイスパノ Mk.VにならってAN-M2の銃身じゅうしん短縮たんしゅくし、リコイルスプリングの位置いち変更へんこうして改良かいりょうしたものを開発かいはつし、これは最終さいしゅうてきにはT31として完成かんせいした[2]。T31は1945ねん5月までにやく32,346がM1およびAN-M2より改修かいしゅうされたが[3]、やはり信頼しんらいせい問題もんだいつづいた。T31のうち新造しんぞうされたものにはAN-M3制式せいしき名称めいしょうあたえられ、この名称めいしょう既存きそんのT31にも適用てきようされた[3]

戦争せんそう終結しゅうけつしたのちの1945ねん12月段階だんかいでもAN 20mm機関きかんほう改良かいりょう計画けいかく陸軍りくぐん長官ちょうかん承認しょうにんのもとにつづけられており、最終さいしゅうてきにアメリカせいHS.404であるGun,Automatic,20 mmシリーズの信頼しんらいせい問題もんだいは、アメリカ陸軍りくぐん航空こうくうたいけでは電動でんどうしきさい装填そうてん装置そうち追加ついかくすりしつ設計せっけい変更へんこうしたM241947ねんアメリカ空軍くうぐん発足ほっそくともなって制式せいしき番号ばんごう変更へんこうされている)が、アメリカ海軍かいぐんけではAM-N3の改良かいりょうがたであるMk-12開発かいはつされるまで解決かいけつしなかった[ちゅう 10]。なお、Mk-12では発射はっしゃ速度そくどまいぶん1,000はつ向上こうじょうしており、弾薬だんやく独自どくじ20×110mm USNだん英語えいごばん(20×110mm MK-100 series)を使用しようしている[ちゅう 11]

AN-M2/3およびM24、そしてMk-12はだい世界せかい大戦たいせんジェット機じぇっとき主流しゅりゅうになったのちもアメリカうみ空軍くうぐん航空機こうくうき搭載とうさい機銃きじゅうとして使つかわれつづけたが、やはりリヴォルヴァーカノンポンティアック M39)、そしてモーターガトリングほうM61 バルカン)の開発かいはつとそれらを搭載とうさいした航空機こうくうき導入どうにゅうにより、航空機こうくうき搭載とうさい機銃きじゅうとしては主流しゅりゅう退しりぞいた。

航空こうくう機関きかんほうとしての運用うんようえたのち、アメリカ海軍かいぐんではほんほうエリコン 20 mm 機関きかんほう後継こうけいとして艦載かんさいし、AN-M3はMk 16 mod 4、M24はmod 5と改称かいしょうされた[5]海軍かいぐんでの運用うんようは1980年代ねんだいまでにおおむね終了しゅうりょうしたが、アメリカ沿岸えんがん警備けいびたいでは2022ねん現在げんざいでも一部いちぶもちいられている[5]

イスラエル

[編集へんしゅう]
イスパノ・スイザ HS.404をM45機関きかんじゅう搭載とうさいしたTCM-20対空たいくう機関きかんほう

だい世界せかい大戦たいせんアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくで、4ていM2じゅう機関きかんじゅう装備そうびしたM45機関きかんじゅう開発かいはつされ、車載しゃさい用途ようとなどで運用うんようされた。だい世界せかい大戦たいせん、イスラエル国防こくぼうぐんはM45機関きかんじゅうのM2じゅう機関きかんじゅうを、2ていのイスパノ・スイザHS.404にかわそうした2連装れんそう対空たいくう機関きかんほうとしてTCM-20対空たいくう機関きかんほう開発かいはつした[6]。TCM-20はM3ハーフトラックやBTR-152装甲車そうこうしゃ搭載とうさいされて使用しようされた。またはしがた以外いがいにもみぎ写真しゃしんのように地上ちじょう据置すえおき使用しようされたり、1じく2りんトレーラー積載せきさいして小型こがたトラックで牽引けんいん可能かのうとしたものもられた。1973ねん発生はっせいしただいよん中東ちゅうとう戦争せんそうでも、旧式きゅうしき兵器へいきでありながら26撃墜げきついする活躍かつやくせた。

TCM-20はイスラエル国防こくぼうぐん余剰よじょうしたのち一部いちぶみなみレバノンぐん供与きょうよされたほか、中南米ちゅうなんべいやアフリカ諸国しょこく輸出ゆしゅつされた[6]チリ陸軍りくぐんでは6x6のピラーニャそう装甲車そうこうしゃにTCM-20を搭載とうさいしたはし対空たいくう車両しゃりょう保有ほゆうしている[7]

しょもと (M1/M2/M3/T-31)

[編集へんしゅう]
M1/M2[8] AN-M3[9] AN-M3 (T31)[10]
口径こうけい 20mm
全長ぜんちょう 93.7in (238cm) 77.7in (197.36cm) 77.75in (197.49cm)
砲身ほうしんちょう 67.5in (171.45cm) 52.5in (133.35cm)
そう重量じゅうりょう 102lbs (46.27kg) 99.5lbs (45.13kg)
砲身ほうしん重量じゅうりょう 47.5lbs (21.55kg) 26.2lbs (11.88kg)[ちゅう 12]
ほうこう初速しょそく 2,850fps (869m/s) ※HE-I
2,950fps (899m/s) ※AP-T
2,730fps (832m/s) ※HE-I 2,840fps (866m/s) ※HE-I
2,800fps (853m/s) ※AP-T
発射はっしゃ速度そくど 600-700rpm 650-800rpm 750-850rpm
弾頭だんとう重量じゅうりょう HE-I M97:0.29lbs (131.54g)、AP-T M95:0.29lbs (131.54g)、AP-T M75:0.37lbs (167.83g)
弾薬だんやくそう重量じゅうりょう HE-I M97:0.57lbs (258.55g)、AP-T M95:0.57lbs (258.55g)、AP-T M75:0.64lbs (290.30g)
搭載とうさい A-1A-3A2DB-29B-36B-47B-66SB2C
F3DF6FF8FF9FF4UF2HF6UF7UF-89P-38P-39P-61

脚注きゃくちゅう

[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく

[編集へんしゅう]
  1. ^ 原語げんごスペインおよびフランス語ふらんすごでは語頭ごとうの「H」を発音はつおんしないため、"Hispano"の日本語にほんご表記ひょうきは“イスパノ”とするのが原音げんおん忠実ちゅうじつであるが、イギリスやアメリカなど英語えいごけんでは英語えいごみで語頭ごとうのHが発音はつおんされ、日本にっぽんでも“ヒスパノ”と表記ひょうきされているれい多々たたある。とくにイギリスがライセンス生産せいさんしたモデルは“ヒスパノ”とされることがおおい。
  2. ^ この方式ほうしき機首きしゅ武装ぶそう搭載とうさいするにもかかわらず同調どうちょう装置そうち必要ひつようとせず、発砲はっぽう反動はんどうをエンジンブロック全体ぜんたいめることができるため、だい口径こうけい機銃きじゅう比較的ひかくてき小型こがた単発たんぱつ安定あんていして搭載とうさいすることが可能かのうとなった。“モーターカノン”方式ほうしき武装ぶそう戦闘せんとうだい世界せかい大戦たいせん勃発ぼっぱつまえからフランスで採用さいようされ、フランス以外いがいでも注目ちゅうもくあつめた。日本にっぽんでも1935ねん昭和しょうわ10ねん)に研究けんきゅうようとしてドボワチン D.510とともにモーターカノンをフランスから輸入ゆにゅうしている。
  3. ^ この「薬莢やっきょうきを防止ぼうしするためにくすりしつ内壁ないへきみぞもうける」構造こうぞうは“フルーテッドチャンバー(Fluted Chamber)”とばれる。
  4. ^ 当時とうじ正式せいしき社名しゃめいは「Dansk Industri Syndikat A/S」で、“マドセン(社)しゃだんほうじん”はこの時代じだいにはブランドめいもしくは通称つうしょうである。
  5. ^ なお、M1は書籍しょせきとうによっては“AN-M1”の名称めいしょう記載きさいされていることがあるが、M1開発かいはつ段階だんかいでは陸軍りくぐん航空こうくうたいにのみ採用さいようされているため、「陸海りくかいぐん統一とういつ)」を意味いみする"AN"の接頭せっとう記号きごう後述こうじゅつ)はつけられていない。このアメリカせいHS.404、"Gun,Automatic,20 mm"シリーズにおいて、"AN-M1"の統一とういつ形式けいしき番号ばんごうは、装弾そうだんシステム(Mechanism, Feed, 20-mm, AN-M1)や電磁でんじしきげきはつ機構きこう(Electric Trigger, AN-M1)といった付随ふずい装備そうびにのみもちいられている。
  6. ^ これはアメリカぐんにおいては口径こうけい0.60インチ(15.24mm)より口径こうけいおおきなものは「ほう」として分類ぶんるいされるためである。ほう製造せいぞう公差こうさは「じゅう」よりはゆる規定きていされていた。
  7. ^ アメリカにおいて製造せいぞうされたHS.404シリーズには、MG42機関きかんじゅうのアメリカせいコピーであるT24MG 151 機関きかんほうのコピーであるT17ならんで「トル法とるほう作図さくずされていた設計せっけいヤード・ポンドほう修正しゅうせいして設計せっけいえがなおしたために部品ぶひん精度せいど問題もんだいしょうじ、コピーに失敗しっぱいした」と解説かいせつされていることがある。しかし、ほんほうふくめ、それらのせつはいずれもべつ複数ふくすう要因よういんでアメリカにおける製造せいぞう失敗しっぱいしたことの誤認ごにんもしくは誤解ごかい由来ゆらいするもので、ほんほうにおいても“作図さくずさい単位たんい換算かんさんあやまった”ことのみが失敗しっぱい原因げんいんではない。
  8. ^ AN-M*の“AN”とは"Army & Navy"のりゃくで、「陸海りくかいぐん統一とういつ)」を意味いみする。
  9. ^ なお、P-38ではさい装填そうてん装置そうち機体きたいがわ装備そうびとしてそなえられていたため、機種きしゅ搭載とうさいされたものにくらべて飛行ひこうちゅう不具合ふぐあい対処たいしょ可能かのうで、信頼しんらいせいたかかった。
  10. ^ ただし、MK-12もF-8 クルセイダー艦上かんじょう戦闘せんとう搭載とうさいされてベトナム戦争せんそうもちいられたさいには「信頼しんらいせいなんがある」との評価ひょうかされている。
  11. ^ HS.404系列けいれつとは弾薬だんやく互換ごかんせいはない。
  12. ^ AN-M3 (T-31):26.1875lbs (11.8785kg)

出典しゅってん

[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん

[編集へんしゅう]
  • Chinn, George M. (1951), The Machine Gun: History Evolution and Development of Manual, Automatic, and Airborne Repeating Weapons, I, Bureau of Ordnance, http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/ref/MG/I/index.html 
  • Williams, Anthony G. (2022), Autocannon : A History of Automatic Cannon and Ammunition, Crowood Press, ISBN 978-1785009204 
  • War Department (November 19, 1942), Technical Manual TM 9-227 20mm M1 Automatic Gun & 20mm AN-M2 Automatic Gun, https://archive.org/details/20mmautomaticgun00unit  - アメリカぐん作成さくせいしたM1およびAN-M2のマニュアル

関連かんれん項目こうもく

[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク

[編集へんしゅう]