イヌの起源きげん

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イヌの起源きげん（イヌのきげん）では、イヌ科かの家畜かちく種たねであるイエイヌ（学名がくめい Canis familiaris または Canis lupus familiaris 、以下いかイヌ）の起源きげんについて解説かいせつする。

イヌは、リンネ（1758年ねん）以来いらい、伝統でんとう的てきに独立どくりつ種しゅ Canis familiaris とされてきたが、D. E. Wilson と D. A. M. Reeder は「Mammal Species of the World: A Taxonomic and Geographic Reference （1993年版ねんばん）」において、その分類ぶんるい上うえの位置いちづけをタイリクオオカミ（Canis lupus、以下いかオオカミ）の亜種あしゅとし、学名がくめいを C. lupus familiaris とした。この分類ぶんるいは現在げんざい広ひろく受うけ入いれられているが、動物どうぶつ命名めいめい法ほう国際こくさい審議しんぎ会かい（ICZN）は一般いっぱん使用しように対たいして C. lupus familiaris を推奨すいしょうした上うえで、「Official Lists and Indexes of Names in Zoology（2012年版ねんばん）」において C. familiaris の学名がくめいとしての有効ゆうこう性せいも認みとめている[1]。また近年きんねんでは、家畜かちく化かされた動物どうぶつを亜種あしゅとすることはできないという立場たちばから、C. familiaris を学名がくめいとして使用しようする生物せいぶつ学者がくしゃもいる[2][3]。

遺伝いでん的てきに見みたイヌの起源きげん[編集へんしゅう]

タイリクオオカミ
ジャッカル
コヨーテ

分子ぶんし系統けいとう学がくの知見ちけんに基もとづき、2022年ねんの時点じてんでは、イヌは絶滅ぜつめつした東ひがしアジアのハイイロオオカミの集団しゅうだんから家畜かちく化か（馴化じゅんか）されたと考かんがえられている。なお知しられている中なかでこれに最もっとも近ちかいオオカミの亜種あしゅはニホンオオカミ（こちらも既すでに絶滅ぜつめつした）である[4][5][6][7]。イヌの系統けいとうがハイイロオオカミから分岐ぶんきしたのは2万まん年ねんから4万まん年ねん前まえと推定すいていされているが[4]、ヒトによるイヌの家畜かちく化かの起源きげん、つまりいつヒトがイヌを飼かい始はじめたかについては遺伝いでん学がくからは分わからない[4][8]。

イヌ属ぞくにはイヌ・オオカミ (C. lupus) の他ほかに、野生やせい化かしたイヌであるディンゴ (C. lupus dingo)、独立どくりつ種しゅとして複数ふくすうのジャッカル (C. aureus, C. mesomelas, C. simensis) とコヨーテ (C. latrans)、交雑こうざつ種しゅアメリカアカオオカミ (C. lupus × latrans)が含ふくまれる。これらの間あいだには地理ちり的てきあるいは生態せいたい的てきな要因よういんによって生殖せいしょく的てき隔離かくりが見みられるが、人為じんい的てきには相互そうごに交雑こうざつが可能かのうであり、子孫しそんも繁殖はんしょく力りょくを持もつ[9]。

このことから、かつてはオオカミ起源きげん説せつのほかに、オオカミとジャッカル（あるいはコヨーテ）が混まじっているとする説せつや、イヌの祖先そせんとして（すでに絶滅ぜつめつしたパリア犬けんや、オーストラリアに現生げんなまするディンゴのような）「野生やせい犬けん」の存在そんざいを仮定かていする説せつなどがあった[5]。チャールズ・ダーウィンも、これら複数ふくすうのイヌ属ぞく動物どうぶつにイヌの祖先そせんを求もとめたが、確定かくていすることはできなかった[10]。しかしながら、2000年代ねんだいまでの分子ぶんし系統けいとう学がく・動物どうぶつ行動こうどう学がくなど生物せいぶつ学がく緒いとぐち分野ぶんやの発展はってんは、オオカミ以外いがいのイヌ属ぞく動物どうぶつの遺伝子いでんしの関与かんよは小ちいさく、イヌの祖先そせんはオオカミである、より正確せいかくに言いえばイヌはハイイロオオカミから2万まん年ねん～4万まん年ねん前まえに分岐ぶんきした亜種あしゅであるという説せつを支持しじする結果けっかをもたらしている[10]。

イヌ属ぞくの分化ぶんか[編集へんしゅう]

イヌなどの食肉しょくにく目め（ネコ目め）の祖先そせんとして、現生げんなまのイタチやテンのような形態けいたいのミアキスが出現しゅつげんしたのは、6000万まん年ねん前まえごろとされる[11]。3800万まん年ねん前まえのヘスペロキオン(en:Hesperocyon)を経へて、約やく1500万まん年ねん前まえには北米ほくべいにトマークタス（en:Tomarctus）が出現しゅつげんし、これがイヌ科かの直接ちょくせつの祖先そせんであると考かんがえられている[11]。他たのイヌ科か動物どうぶつとイヌ属ぞくが分岐ぶんきしたのは、約やく700万まん年ねん前まえであると見積みつもられている[11]。

オオカミとの関係かんけい[編集へんしゅう]

Wayne ら（1993年ねん）は、イヌ科か動物どうぶつを、ミトコンドリアDNA（mtDNA：ミトコンドリアタンパク質たんぱくしつをコードするDNA）の2,001bp塩基えんき対たいの配列はいれつによって比較ひかくした[12][13]。その結果けっか、イヌはオオカミと最もっとも近きん縁えんであり、コヨーテやジャッカルとは少すこし離はなれていた[14]。

Vilà ら（1997年ねん）は、世界せかいの27か所しょから集あつめたオオカミ162頭とうと、67品種ひんしゅ（犬いぬ種しゅ）140頭とうのイヌを用もちいて、同おなじくミトコンドリアDNAのうち、region 1 と呼よばれる、変異へんいの大おおきな領域りょういきの塩基えんき配列はいれつを比較ひかくした[15]。その結果けっか、イヌとオオカミの配列はいれつに大おおきな違ちがいはなかった。Vilà らや Tsuda ら（1997年ねん）による、ミトコンドリアDNAの塩基えんき配列はいれつの分析ぶんせきからは、イヌとオオカミははっきり分わけられるものではなく、系統けいとう樹じゅを描えがくと、さまざまなオオカミの亜種あしゅやイヌの犬いぬ種しゅが入いり交まじって出現しゅつげんする[16]。

Vilà らや Tsuda らの分子ぶんし系統けいとう学がく的てき研究けんきゅうと、イヌとオオカミがお互たがいの子こを作つくることが可能かのうであり、両者りょうしゃの間あいだにできた子供こどもも生殖せいしょく可能かのうである事実じじつを考かんがえ併あわせると、イヌとオオカミは近きん縁えん種しゅであると考かんがえられる。

祖先そせんとなったオオカミの亜種あしゅ[編集へんしゅう]

オオカミには生息せいそくする地域ちいきによっていくつかの亜種あしゅがあるが、イヌが具体ぐたい的てきにどの地域ちいきで、どの亜種あしゅから分岐ぶんきしたものであるかについては定説ていせつはない。かつては、他たの多おおくの家畜かちく動物どうぶつと同様どうよう、西にしアジアで家畜かちく化かされたのではないかとも考かんがえられていた。また、前述ぜんじゅつのVilà ら（1997年ねん）の研究けんきゅう[15]は、イヌの祖先そせんが特定とくていのオオカミの亜種あしゅに由来ゆらいせず、さまざまな場所ばしょで家畜かちく化かが行おこなわれたか、あるいはイヌの系統けいとうがさまざまな種類しゅるいのオオカミから遺伝いでん的てきな影響えいきょうを受うけたことを示唆しさしていた。

これに対たいして、Savolainen ら（2002年ねん）はイヌの起源きげんを新あらたに東ひがしアジアに求もとめ[17]、今日きょうではこの説せつが有力ゆうりょくとなりつつある[7]。Savolainen らは、ユーラシアの38匹ひきのオオカミと、アジア、ヨーロッパ、アフリカおよび北極ほっきょくアメリカ（＝アラスカ）から集あつめられた654匹ひきのイヌから採取さいしゅしたミトコンドリアDNAを調査ちょうさした。その結果けっか、南西なんせいアジアやヨーロッパのイヌに比くらべて、東ひがしアジアのイヌには、より大おおきな遺伝いでん的てき多様たよう性せいが見みられ、それらがより古ふるい起源きげんをもつこと、すなわち、イヌは東ひがしアジアに起源きげんを持もつことが示唆しさされた[17]。このことから、すべてのイヌは、約やく1万まん5千せん年ねん前まえあるいはそれ以前いぜんに、東ひがしアジアに生息せいそくするオオカミから家畜かちく化かされたものを祖先そせんとし、これが人ひとの移動いどうに伴ともなって世界せかい各地かくちに広ひろがったものと考かんがえられる[7]。ただし、その過程かていで、ユーラシア大陸たいりくに分布ぶんぷする複数ふくすうのオオカミ亜種あしゅ（ヨーロッパオオカミ、インドオオカミ、アラビアオオカミなど）との混血こんけつが（さらに、限かぎられた地域ちいきでは、コヨーテやジャッカルとの多少たしょうの混血こんけつも）あったと推測すいそくされる[7][17]。

なお、Savolainen らに先行せんこうする日本にっぽんの Tsuda ら（1997年ねん）の研究けんきゅう[16]でも、イヌの原種げんしゅはチュウゴクオオカミと考かんがえられるという結論けつろんが導みちびかれている（チュウゴクオオカミ Canis lupus chanco は一般いっぱんにチベットオオカミ Canis lupus laniger のシノニムとされることが多おおく、ヨーロッパオオカミ Canis lupus lupus に含ふくめる研究けんきゅう者しゃもある）。

一方いっぽう、2010年ねんにUCLAの研究けんきゅうチームはネイチャー誌しにおいて、遺伝子いでんしの研究けんきゅうから犬いぬは中東ちゅうとうが起源きげんである可能かのう性せいが高たかく、考古学こうこがく的てき記録きろくもそれを裏付うらづけているとする論文ろんぶんを発表はっぴょうしている[18]。

オオカミとの分岐ぶんき時期じき[編集へんしゅう]

イヌがオオカミから分岐ぶんきした（イヌが人間にんげんによって最初さいしょに家畜かちく化かされた）時期じきについては、異ことなった見解けんかいが並立へいりつしている。

Vilà ら[15]は、イヌの塩基えんき配列はいれつに見みられる変異へんいが生しょうじるために必要ひつような時間じかんとして、13万まん5千せん年ねんという数字すうじを算出さんしゅつしている。この「遺伝子いでんし時計とけい」が示しめす数字すうじが正ただしいとすれば、考古学こうこがく的てきな証拠しょうこから確認かくにんされるよりもはるかに長ながい時間じかんである。この時期じきの違ちがい[19]については、初期しょきのイヌの形態けいたいがオオカミとほとんど変かわらず、化石かせきからは識別しきべつできなかったのだと考かんがえることもできる[20]。

なお、現生げんなま人類じんるい（ホモ・サピエンス）がアフリカ大陸たいりくからユーラシアに進出しんしゅつしたのは7～5万まん年ねん前まえのことであり、一方いっぽう、約やく20万まん年ねん前まえに出現しゅつげんし、現生げんなま人類じんるいと共存きょうぞんしていたネアンデルタール人じんの分布ぶんぷ域いきは、ヨーロッパから中央ちゅうおうアジアまでである。このことからも、オオカミの家畜かちく化かが東ひがしアジアで起おこったものだとすれば、ホモ・サピエンス出現しゅつげんより前まえの10万まん年ねん以上いじょう前まえに、ネアンデルタール人じんが存在そんざいしなかった東ひがしアジアでオオカミを馴化じゅんかすることは不可能ふかのうである[19]。

しかし、Wayne and Ostrander[21] や Savolainen ら[17]による報告ほうこくでは、「イヌのDNAの塩基えんき配列はいれつに見みられる変異へんいが1匹ひきのオオカミのみに由来ゆらいする場合ばあいはイヌの家畜かちく化かは約やく4万まん年ねん前まえ」「複数ふくすうのオオカミがイヌの系統けいとうに関かかわっている場合ばあいは約やく1万まん5千せん年ねん前まえ」という見解けんかいが提示ていじされている。田名部たなべ（2007年ねん）は、アフォンドバ遺跡いせき（約やく2万まん年ねん前まえ、ムスティエ文化ぶんか）で発見はっけんされた犬いぬの骨ほね[22]に基もとづいて、この時期じきにオオカミとイヌが分化ぶんかしたことを支持しじしている[7]。

犬いぬ種しゅの分化ぶんかとオオカミとの関かかわり[編集へんしゅう]

Tanabe ら（1999年ねん）の研究けんきゅう[23]では、とりわけ東ひがしアジアのイヌの血統けっとうにチュウゴクオオカミとの関かかわりが強つよいことが示唆しさされている。

更さらに（2021年ねん）総合そうごう研究けんきゅう大学院だいがくいん大だいの寺井てらい洋平ようへい助じょ教きょう（分子ぶんし進化しんか学がく）らのチームが保存ほぞんされていたニホンオオカミの標本ひょうほんから取とり出だしたDNAとの比較ひかくによって犬いぬに最もっとも近きん縁えんのオオカミはニホンオオカミであることを確認かくにんした。

Parkerら（2004年ねん）は、細胞さいぼう核かくのマイクロサテライトDNA（付属ふぞくDNA）の96座ざ位いについて、オオカミと85品種ひんしゅ（414頭とう）の犬いぬを比較ひかくした[24]。その結果けっか、古代こだいに起源きげんをもつ数すう種しゅ、すなわち、日本犬にほんいぬ（柴犬しばけんがもっともオオカミに近ちかく、秋田あきた犬いぬは3番目ばんめ）と中国ちゅうごく犬けん(チャウチャウは2番目ばんめ、チャイニーズ・シャー・ペイ6番目ばんめ)、アラスカのアラスカン・マラミュート4番目ばんめとシベリアン・ハスキー7番目ばんめ、コンゴ共和きょうわ国こくのバセンジー5番目ばんめの3グループが比較的ひかくてきオオカミに近ちかかったのに対たいして、ヨーロッパに起源きげんをもつその他たの多おおくの品種ひんしゅは相互そうごに近ちかく、比較的ひかくてき新あたらしく分岐ぶんきしたものであることがわかった。この研究けんきゅうは、イヌの家畜かちく化かは東ひがしアジアのオオカミからなされたとした Savolainen ら（2002年ねん）の結論けつろんを支持しじする結果けっかとなった。

なお、現在げんざいのイヌの品種ひんしゅの大だい部分ぶぶんを占しめるヨーロッパ系けいのイヌの品種ひんしゅが人為じんい的てきに作つくられ始はじめたのは8世紀せいきごろとされるが、品種ひんしゅとして増加ぞうかしたのは、18世紀せいき以降いこうのことと考かんがえられる[25]。

考古学こうこがく的てき研究けんきゅう[編集へんしゅう]

イヌが最初さいしょの馴化じゅんか（家畜かちく化か）動物どうぶつであることは、考古学こうこがく的てき遺物いぶつからも間違まちがいない。最古さいこのイエイヌの骨ほねであるかもしれないものとして、以下いかのものが挙あげられる。

  • シリア・ドゥアラ洞窟どうくつにあるネアンデルタール人じんの住居じゅうきょ遺跡いせき（約やく3万まん5千せん年ねん前まえ?、ムスティエ文化ぶんか（ムスティリアン文化ぶんか））から発掘はっくつされたイヌ科か動物どうぶつの下しも顎骨がっこつ[26]：　埴はに原はら和郎かずおらが発掘はっくつ。オオカミの下しも顎骨がっこつに比くらべて小ちいさく、これを世界せかい最古さいこのイエイヌとする説せつがある[27][28][29]。
  • ウクライナ・マルタ遺跡いせきなどで出土しゅつどした、イヌ科か動物どうぶつの骨ほね[30]：　オオカミにしては小型こがた。同おなじくウクライナのメジン遺跡いせき（約やく3万まん年ねん前まえ）でもイヌの骨ほねが出土しゅつどしている[7]。
  • ロシア・ウラル山脈さんみゃくの東ひがしに位置いちするアフォンドバ遺跡いせき（約やく2万まん年ねん前まえ、ムスティエ文化ぶんか）で発見はっけんされた犬いぬの骨ほね[22]
  • アラスカ・ユーコン地方ちほうで発掘はっくつされたイヌの骨ほね[31]：　少すくなくとも2万まん年ねん以上いじょう前まえのものと見みられる。また、同おなじアラスカのオールドクロウ川かわ沿岸えんがんで、1万まん8千せん～2千せん年ねん前まえのものと推測すいそくされるイヌの骨ほね[7]が発見はっけんされている。ただし、（これと同おなじものについてのものかどうかは不明ふめいだが、）ポーキュパイン川がわ沿岸えんがんの洞窟どうくつで発見はっけんされた「イヌ科か動物どうぶつの折おられた歯は」は、実じつはクマの歯はであった、とする論文ろんぶんもある[32]。
  • ドイツ・オーバーカッセル遺跡いせき（Oberkassel, 約やく1万まん4千せん年ねん前まえ）から発見はっけんされた、イヌまたは馴化じゅんかされたオオカミの骨ほね[33]
  • イスラエルのアイン・マラッハ遺跡いせき（Ein Mallaha/Ain Mallaha/Eynan, 約やく1万まん2千せん年ねん前まえ）で発見はっけんされたイヌ科かの若わか獣しし（子犬こいぬ？）の骨ほね[34][35]：　同おなじ場所ばしょで発見はっけんされた高齢こうれいの女性じょせいの遺体いたいは、左手ひだりてをこの4～5月齢げつれいの子犬こいぬの体からだにかけた形かたちで埋葬まいそうされていた。同おなじイスラエルのハヨニム洞窟どうくつ遺跡いせき（Hayonim Cave, 約やく1万まん2千せん年ねん前まえ）[36]からも、イヌまたは馴化じゅんかされたオオカミの骨ほねが発見はっけんされている。
  • イラク・パレガウラ洞窟どうくつ遺跡いせき（Palegawra Cave, 約やく1万まん2千せん年ねん前まえ）から出土しゅつどしたイヌの骨ほね[37]：　歯はが詰つまった小ちいさな下したあごや、小ちいさな鼓こ室しつ胞えなど、イヌの明瞭めいりょうな特徴とくちょうが認みとめられる。

一般いっぱん的てきには、アイン・マラッハ遺跡いせきなど、前ぜん1万まん2千せん年ねんごろの西にしアジアのもの、あるいは前ぜん1万まん4千せん年ねんごろのオーバーカッセル遺跡いせきのものを「最古さいこのイヌ」として挙あげる資料しりょうが多おおい。前ぜん1万まん2千せん年ねんごろは、中ちゅう石器せっき時代じだいのナトゥーフ文化ぶんか初期しょきに当あたり、主要しゅような狩猟しゅりょう具ぐが石斧せきふから細ほそ石器せっき（小ちいさな石いしのやじり）へと移行いこうした時期じきである。狩猟しゅりょうの形態けいたいの変化へんかが、イヌの利用りようと何なんらかの関かかわりをもつ可能かのう性せいもある。

家畜かちく化かの経緯けいい[編集へんしゅう]

イヌがなぜ、どのようにして家畜かちく化かされたのかについては、明確めいかくには分わかっていない。従来じゅうらいはイヌの家畜かちく化かは東ひがしアジアまたは中東ちゅうとうで農業のうぎょうの勃興ぼっこうと関係かんけいして行おこなわれたと考かんがえられていたが、イヌの家畜かちく化かはヨーロッパで狩猟しゅりょう採集さいしゅう民みんによって行おこなわれたとする論文ろんぶんが2013年ねんにサイエンス誌しで発表はっぴょうされた[38]。この論文ろんぶんによれば、イヌの直接ちょくせつの先祖せんぞはヨーロッパの古代こだいオオカミであることがDNA分析ぶんせきの結果けっか明あきらかだという。

しかし2021年ねんにはオオカミの中なかでも犬いぬに近ちかい遺伝いでん情報じょうほうを持もつのはニホンオオカミとする研究けんきゅう結果けっかを、総合そうごう研究けんきゅう大学院だいがくいん大だいの寺井てらい洋平ようへい助じょ教きょう（分子ぶんし進化しんか学がく）らのチームがまとめた。共通きょうつうの祖先そせんを持もつ犬いぬとオオカミは東ひがしアジアで分岐ぶんきした可能かのう性せいが高たかいという。[39][40]

オオカミとヒト属ぞく動物どうぶつ（人類じんるい）とは数すう十じゅう万まん年ねんにわたり、共通きょうつうの地理ちり的てき分布ぶんぷ域いきおよび生活せいかつ環境かんきょうで生活せいかつしており、互たがいに頻繁ひんぱんに遭遇そうぐうしていたと考かんがえられる[11]。オオカミの骨ほねは更新こうしん世よの中期ちゅうき以降いこうの人類じんるいの遺跡いせき、たとえばイギリスのボックスグローブ遺跡いせき（約やく40万まん年ねん前まえ、旧石器時代きゅうせっきじだい前期ぜんき）、中国ちゅうごくの周しゅう口こう店てん遺跡いせき（約やく30万まん年ねん前まえ、旧石器時代きゅうせっきじだい前期ぜんき）、フランスのラザレ洞窟どうくつ（約やく15万まん年ねん前まえ、旧石器時代きゅうせっきじだい中期ちゅうき）などから発掘はっくつされている。この「ゆるやかな接触せっしょくの時期じき」に、オオカミのうちのあるものが人間にんげんの宿営しゅくえい地ち近ちかくに出没しゅつぼつし、人ひとに近ちかづくようになり、やがてその中なかからイヌの祖先そせんとなるものが現あらわれた可能かのう性せいが考かんがえられている[41]。

オオカミの成獣せいじゅうを人ひとに馴なれさせるのはほとんど不可能ふかのうに近ちかいが[9]、子供こどものうちに群むれから離はなされ、人間にんげんの中なかで育そだてられたオオカミは、かなり人ひとに馴なれることが知しられている。それでも時ときに突然とつぜん危険きけんな行動こうどうをとるようなことがあるため、馴化じゅんかして家畜かちくとして利用りようすることは難むずかしいと言いわれる[42]。

「ゆるやかな接触せっしょくの時期じき」には、オオカミが人ひとの捨すてた食たべ残のこしをあさるため人ひとの宿営しゅくえい地ちに近ちかづくようになり、何なんらかの淘汰とうた圧あつが働はたらいて次第しだいにイヌ化かしたのではないかとの意見いけんがある[43]。現在げんざいのイヌ・オオカミの遺伝子いでんし分析ぶんせきの結果けっかから、オオカミとイヌの攻撃こうげき性せいの違ちがいが、遺伝いでん的てき背景はいけいと関連かんれんを持もつ可能かのう性せいが報告ほうこくされている[8]。

脚註きゃくちゅう・出典しゅってん[編集へんしゅう]

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    Tsuda らは、ミトコンドリアDNAの上流じょうりゅう側がわ674対ついの塩基えんき配列はいれつの分析ぶんせきから、イヌ・オオカミ・キツネ・タヌキの系統けいとう樹じゅを作成さくせいした。その結果けっか、イヌのさまざまな品種ひんしゅと混まざって、オオカミ、とりわけチュウゴクオオカミ Canis lupus chanco が出現しゅつげんした。
  17. ^ a b c d Savolainen, P., Y. Zhang, J. Luo, J. Lundeberg, and T. Leitner, 2002. Genetic Evidence for an East Asian Origin of Domestic Dogs. Science 298 (Nov, 2002.): 1610-1613.
    解説かいせつとして、かつての獰猛どうもうなオオカミが今いまやヒトの最良さいりょうの友ともに、誰だれがいつ、犬いぬを手てなづけたのか？（ワシントン・ポスト）、International Wolf 2003 夏なつ　Vol.13 No.2、ご先祖せんぞさま---イヌ (Domestic Dog) の起源きげんについて、附属ふぞくデータを参照さんしょう。
  18. ^ イヌの祖先そせんは「中東ちゅうとうのオオカミ」、研究けんきゅう結果けっか AFP BBNews 2010年ねん3月がつ18日にち
  19. ^ a b ブディアンスキー『犬いぬの科学かがく　ほんとうの性格せいかく・行動こうどう・歴史れきしを知しる』(pp.26-28)では、考古学こうこがく的てき物証ぶっしょう（イヌの骨ほね化石かせき）が1万まん4千せん年ねん前まえのものであることを認みとめた上うえで、オオカミとイヌの分岐ぶんきが13万まん5千せん年ねん前まえである説せつを支持しじしている。この場合ばあい、オオカミからイヌの分岐ぶんきはホモ・サピエンスによる馴化じゅんかではなく、広義こうぎの人類じんるい（ヒト属ぞく動物どうぶつ）の生活せいかつ環境かんきょう周囲しゅういで起おきたことになる。
  20. ^ Vilà, C., J. E. Maldonado and R. K. Wayne. 1999. Phylogenetic relationships, evolution, and genetic diversity of the domestic dog. Journal of Heredity 90: 71-77.
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  23. ^ Tanabe, Y., O. Taniwaki, H. Hayashi, K. Nishizono, H. Tanabe, S. Ito, K. Nozawa, K. Tumennasan, B. Dashnyam, and T. Zhanchiv, 1999. Gene constitution of the Mongolian dogs with emphasis on their phylogeny. Rep. Soc. Res. Native Livestock 17: 109-132.
    Tanabe らは、赤血球せっけっきゅう蛋白質たんぱくしつを支配しはいするDNAの多た型かた座ざ位いについて、オオカミとさまざまな品種ひんしゅ（＝犬いぬ種しゅ）のイヌを比較ひかくした。その結果けっか、オオカミでは唯一ゆいいつ、チュウゴクオオカミにしか見出みだせなかった赤血球せっけっきゅうガングリオシドモノオキシゲナーゼg遺伝子いでんしなどは、ヨーロッパの品種ひんしゅではほとんど見出みだせず、アジアの品種ひんしゅでは高たかい頻度ひんどで見みられた。このことから、東ひがしアジアのイヌでは、チュウゴクオオカミが品種ひんしゅの形成けいせいに特とくに重要じゅうような役割やくわりを果はたしていることがわかった。
  24. ^ Parker, H. G., L. V. Kim , N. B. Sutter, S. Carlson, T. D. Lorentzen, T. B. Malek, G. S. Johnson, H. B. De France, E. A. Ostrander and L. Kruglyak, 2004. Genetic structure of the purebred domestic dog. Science, 2004 May 21; 304(5674): 1160-1164.
    解説かいせつとして、東京大学とうきょうだいがく 海洋かいよう研究所けんきゅうじょ 資料しりょうを参照さんしょう。
  25. ^ Sundqvist A-K., S. Björnerfeldt, J. Leonard, F. Hailer, Å. Hedhammar, H. Ellegren and C. Vilà. 2006. Unequal contribution of sexes in the origin of dog breeds. Genetics 172: 1121-1128.
  26. ^ この下した顎骨がっこつについては、「精神せいしんのエクスペディシオン」内ない、「東京大学とうきょうだいがく展てん」や「ネアンデルタールとの出会であい　洪積世こうせきせい人類じんるい遺跡いせき調査ちょうさ」（赤澤あかざわ威たけし）で画像がぞうと解説かいせつを見みることができる。
  27. ^ Nishiaki, Y. 1989. Early blade industries in the Levant: the placement of the Douara IV industry in the context of the early Middle Palaeolithic. Paléorient 15（1）: 215-229.
  28. ^ Payne, S. 1983 The Animal bones from the 1974 excavations at Douara Cave. In: Paleolithic Site of Douara Cave and Paleogeography of Palmyra Basin in Syria, Part III, edited by K. Hanihara and T. Akazawa, pp. 1- 108. Bulletin of the University Museum, the University of Tokyo 21.
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  35. ^ この写真しゃしんは「ナショナルジオグラフィック 日本にっぽん版ばん」（日経にっけいナショナルジオグラフィック社しゃ）2002年ねん1月がつ号ごうの p.46（小しょう特集とくしゅう「オオカミからイヌへ」）、あるいはこちらのウェブページで見みることができる。
  36. ^ Valla, F. R. 1990. Le Natoufien: Une autre façon de comprendre le Monde? Journal of the Israel Prehistoric Society 23: 171-75.
  37. ^ Turnbull, P.F. and C. A. Reed. 1974. The fauna from the terminal pleistocene of Palegawra Cave, a Zarzian occupation site in north-eastern Iraq. Fieldiana Anthropology 63(3): 81-146.
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  39. ^ ニホンオオカミ、犬いぬに最もっとも近ちかく…共通きょうつうの祖先そせんから東ひがしアジアで枝分えだわかれか
  40. ^ [1]
  41. ^ ブディアンスキー 2004. p.26.
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  43. ^ ブディアンスキー 2004. pp.30-31. 野犬やけんとオオカミの棲すみ分わけの観察かんさつ結果けっかから、この推論すいろんを行おこなっている。

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

日本語にほんごでは、早川書房はやかわしょぼうの2009年版ねんばん（ISBN 4150503559）や、至誠しせい堂どうの1968年版ねんばん（全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:68006201）の書籍しょせきがある。

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]

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