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オゼッラ・FA1F

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
オゼッラ・FA1F
カテゴリー F1
コンストラクター オゼッラ
デザイナー ジェラール・ドゥカルージュ
ジュゼッペ・ペトロッタ
先代せんだい オゼッラ・FA1E
後継こうけい オゼッラ・FA1G
主要しゅようしょもと
シャシー アルミニウムせいモノコック
サスペンション(まえ プッシュロッド
サスペンション( プルロッド
トレッド まえ:1,680 mm (66 in)
:1,820 mm (72 in)
ホイールベース 2,720 mm (107 in)
エンジン アルファ・ロメオ 890T 1,497 cc (91.4 cu in),
700ps 11800rpm V8, t/c,
トランスミッション ヒューランド / オゼッラ 5そく
重量じゅうりょう 557 kg (1,228 lb)
燃料ねんりょう アジップ
タイヤ ピレリ
主要しゅよう成績せいせき
チーム イタリアの旗オゼッラ・スクアドラ・コルセ
ドライバー 24.イタリアの旗ピエルカルロ・ギンザーニ
30.オーストリアの旗ヨー・ガルトナー
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オゼッラ・FA1F (Osella FA1F) はオゼッラ・スクアドラ・コルセ1984ねん1985ねん1986ねんF1世界せかい選手権せんしゅけん投入とうにゅうしたフォーミュラ1カー。デザイナーはジェラール・ドゥカルージュジュゼッペ・ペトロッタ。5めいのドライバーにより31せん出走しゅっそうした。FA1Fはオゼッラにとってはつのターボしゃであった。また、それまでのオゼッラのマシンとは類似るいじてんたなかった。事実じじつじょうアルファロメオ・183T改修かいしゅうしたものであり、以降いこうのオゼッラのターボしゃ基礎きそとなった。FA1Fは5に2かい入賞にゅうしょうし、ポイントを獲得かくとくした最後さいごのオゼッラのマシンとなった。

背景はいけい

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1977ねんはじめて登場とうじょうしたターボエンジンは、根本こんぽんてき信頼しんらいせい問題もんだい徐々じょじょ克服こくふくし、1983ねんにはグランプリを支配しはいするにいたった。このとしは15せんうち12しょうがターボしゃによるものであった。ルノー(1977ねん)、フェラーリ(1981ねん)、ブラバム(1982ねん)、アルファロメオマクラーレンウィリアムズ(1983ねん)と、主要しゅようチームのほとんどがターボエンジンを採用さいようしていた。1984ねんにはシーズンがはじまるとしょうチームの大半たいはんがターボエンジンにチェンジした。かれらのおおくはカスタマーエンジンを使用しようした[1]

オゼッラもまた1983ねん、カスタマーエンジンを獲得かくとくする。かれらはアルファロメオを選択せんたくした。1983ねんなつ、12気筒きとう自然しぜん吸気きゅうきエンジンの供給きょうきゅうけたが、これはアルファロメオが独自どくじのターボエンジンを採用さいようしたのち開発かいはつ停止ていしした時代遅じだいおくれのものであった。1984ねんにオゼッラはアルファロメオのターボエンジンを獲得かくとく、1988ねんまで使用しようすることとなる。くわえてアルファロメオはシャシーと車体しゃたい分野ぶんやでも技術ぎじゅつ支援しえん提供ていきょうした。

開発かいはつ

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オゼッラ・FA1Fは、ジェラール・ドゥカルージュ開発かいはつしたアルファのファクトリーチームはつのターボしゃであるアルファロメオ・183Tもとにして製作せいさくされた。オゼッラの前年ぜんねんまでの車両しゃりょうはアルミニウムせいであり、FA1Fはオゼッラにとってはつとなるカーボンふくごうざいせい車両しゃりょうである。

カーボンふくごうざい車両しゃりょう開発かいはつ経験けいけんかったオゼッラは、アルファロメオから前年ぜんねんモデルのアルファロメオ・183Tを、カーボンファイバーせい車両しゃりょう開発かいはつするための参考さんこうとして譲渡じょうとされた[2]

オゼッラはこの183Tのモノコックそのものを流用りゅうようした車両しゃりょう[3]作成さくせいし、FA1Fの名称めいしょうで1984ねんシーズンにエントリーした。この車両しゃりょうは183Tとはことなりプッシュロッドしきのフロントサスペンションがけられるなど、オゼッラが独自どくじ開発かいはつした内容ないよう反映はんえいされていた[4]

FA1Fのエンジンは前年ぜんねんつづアルファロメオせいだったが、NAエンジンのアルファロメオ1260(Vがた12気筒きとう)からターボ搭載とうさいの890T(Vがた8気筒きとう)に変更へんこうされた。また、タイヤはミシュランからピレリ変更へんこうされた。

FA1Fは、アルファロメオ・183Tのモノコックを流用りゅうようしたもの(シャシー番号ばんごう01)をふくめ、シャシー番号ばんごう04までの4だい製造せいぞうされた[3]

レース戦績せんせき

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オゼッラ・FA1Fは、3年間ねんかんで5めいのドライバーがドライブした。1984ねん最新さいしんがたであったが、1985ねんと1986ねん経験けいけんあさいドライバーのバックアップようとして使用しようされた。1987ねんシーズンはスペアカーとしていくつかのグランプリに準備じゅんびされたが、決勝けっしょう使用しようされることはかった。

1984ねん

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1984ねんピエルカルロ・ギンザーニの1だい体制たいせいでエントリーし、シーズン後半こうはんから体制たいせい拡大かくだいヨー・ガルトナーに2だいあたえられた。ギンザーニはアルファロメオせいシャシーを改造かいぞうしたFA1Fを開幕かいまくせんでドライブした。この車両しゃりょうだい2せんみなみアフリカGP決勝けっしょうぜんウォームアップちゅうにクラッシュし、ぜんそんした[3]

みなみアフリカGPの段階だんかいでオゼッラにはスペアカーもかったが、3週間しゅうかんベルギーGPにはあらたに製造せいぞうされたモノコックを使つかった車両しゃりょう作成さくせい[3]し、欠場けつじょうすることなく参戦さんせんした。オゼッラ自身じしんによるこの車両しゃりょう本来ほんらいガルトナーのために製作せいさくされた車両しゃりょうであったが、ガルトナーはスポット参戦さんせんしたサンマリノではFA1Eを使用しようした。

もう1だい車両しゃりょうは7がつ完成かんせい、イギリスからは2だい体制たいせいたたかっていく。

ギンザーニは16戦中せんちゅう15せん予選よせん通過つうかたしたが、完走かんそうしたのは7かいであった。最高さいこうだい9せんアメリカグランプリでの5で、これは1982ねん以来いらいのポイント獲得かくとくであった。ギンザーニはまた、モナコモンツァで7はいっている。

ガルトナーはFA1Fで参戦さんせんした7せんすべてで予選よせん通過つうかした。完走かんそうは3かいだい14せんモンツァでは5でゴールしたが、チームはギンザーニ1だいのみでシーズンにエントリーしていたため、ガルトナーの結果けっかにはポイントがあたえられなかった。

1985ねん

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1985ねんシーズンはふたたび1だい体制たいせい縮小しゅくしょうする。だい3せんまでFA1Fをギンザーニがドライブ、ブラジルポルトガル完走かんそうたしている。だい4せんからは新型しんがたFA1Gをドライブしたが、ギンザーニはだい9せんドイツトールマン移籍いせきかれわってヒューブ・ロテンガッター起用きようされた。

1986ねん

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1986ねんふたたび2だい体制たいせいとなり、ギンザーニが復帰ふっき。ギンザーニはシーズン途中とちゅう新型しんがたFA1GとFA1Hもドライブしている。セカンドドライバーには3めい起用きようされた。前半ぜんはん6せんではクリスチャン・ダナーがFA1Fをドライブ、6戦中せんちゅう5せん予選よせん通過つうかしたが、いずれもリタイアしている。だい7せんからアレン・バーグ起用きようされる。バーグはだい7せんでFA1Fをドライブしたのちだい8せんだい9せんではFA1GとFA1Hをドライブ、そのふたたびFA1Fをドライブした。完走かんそうしたのは3せんのみで、いずれもポイント圏外けんがいであった。イタリアグランプリではバーグにわってアレックス・カフィがポイント参戦さんせん、FA1Gをドライブしたが、リタイアにわっている。

F1におけるぜん成績せいせき

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(key) (太字ふとじポールポジション

とし チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 ポイント 順位じゅんい
1984ねん オゼッラ・スクアドラ・コルセ アルファロメオ V8 (t/c) P BRA
ブラジルの旗
RSA
南アフリカの旗
BEL
ベルギーの旗
SMR
サンマリノの旗
FRA
フランスの旗
MON
モナコの旗
CAN
カナダの旗
DET
アメリカ合衆国の旗
USA
アメリカ合衆国の旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
AUT
オーストリアの旗
NED
オランダの旗
ITA
イタリアの旗
EUR
ドイツの旗
POR
ポルトガルの旗
2 12
イタリアの旗 ピエルカルロ・ギンザーニ Ret DNS Ret DNQ 12 7 Ret Ret 5 9 Ret Ret Ret 7 Ret Ret
オーストリアの旗 ヨー・ガルトナー Ret Ret Ret 12 5* Ret 16
1985ねん オゼッラ・スクアドラ・コルセ アルファロメオ V8 (t/c) P BRA
ブラジルの旗
POR
ポルトガルの旗
SMR
サンマリノの旗
MON
モナコの旗
CAN
カナダの旗
DET
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
AUT
オーストリアの旗
NED
オランダの旗
ITA
イタリアの旗
BEL
ベルギーの旗
EUR
イギリスの旗
RSA
南アフリカの旗
AUS
オーストラリアの旗
0 NC
イタリアの旗 ピエルカルロ・ギンザーニ 12 9 NC
オランダの旗 ヒューブ・ロテンガッター
1986ねん オゼッラ・スクアドラ・コルセ アルファロメオ V8 (t/c) P BRA
ブラジルの旗
ESP
スペインの旗
SMR
サンマリノの旗
MON
モナコの旗
BEL
ベルギーの旗
CAN
カナダの旗
DET
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
AUT
オーストリアの旗
ITA
イタリアの旗
POR
ポルトガルの旗
MEX
メキシコの旗
AUS
オーストラリアの旗
0 NC
イタリアの旗 ピエルカルロ・ギンザーニ Ret Ret Ret DNQ Ret Ret Ret Ret Ret Ret Ret Ret Ret
ドイツの旗 クリスチャン・ダナー Ret Ret Ret DNQ Ret Ret
カナダの旗 アレン・バーグ Ret 12 Ret Ret 13 16 NC
イタリアの旗 アレックス・カフィ
  • コンストラクターズランキング12
  • ドライバーズランキング19:ピエルカルロ・ギンザーニ(予選よせん最高さいこう181かい 決勝けっしょう最高さいこう51かい
  • ドライバーズランキング-くらい:ヨー・ガルトナー(予選よせん最高さいこう222かい 決勝けっしょう最高さいこう51かい

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ アロウズBMWエンジンを使用しようリジェルノーエンジンを使用しようした。
  2. ^ CONSTRUCTORS: OSELLA SQUADRA CORSE” (英語えいご). 2010ねん4がつ20日はつか閲覧えつらん
  3. ^ a b c d Hamilton, Maurice (ed.) (1984). AUTOCOURSE 1984-85. Hazleton Publishing. pp. p.60. ISBN 0-905138-47-3 
  4. ^ Bamsey, Ian (1988). The 1000 BHP Grand Prix Cars. Hayns Publishing Group. pp. p.47. ISBN 0-85429-617-4 

外部がいぶリンク

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