宇宙 うちゅう 旅行 りょこう (うちゅうりょこう、英語 えいご : space tourism )は、国家 こっか の政策 せいさく や、国際 こくさい 機関 きかん を含 ふく めた公的 こうてき 組織 そしき による科学 かがく 的 てき 研究 けんきゅう を目的 もくてき とした宇宙 うちゅう 開発 かいはつ と対比 たいひ して、観光 かんこう や非 ひ 日常 にちじょう 的 てき な体験 たいけん といった専 もっぱ ら個人 こじん 的 てき な興味 きょうみ 関心 かんしん のために宇宙 うちゅう 空間 くうかん へ赴 おもむ く行為 こうい で[1] 、「宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し の気分 きぶん を味 あじ わえる旅行 りょこう 」[2] である。
2021年 ねん 時点 じてん で数 すう 十 じゅう 億 おく 円 えん という高額 こうがく な費用 ひよう の負担 ふたん を求 もと められるが、公的 こうてき な宇宙 うちゅう 開発 かいはつ 機関 きかん に選抜 せんばつ されていない個人 こじん でも、短期間 たんきかん であれば宇宙 うちゅう やそれに近 ちか い成層圏 せいそうけん 上部 じょうぶ に到達 とうたつ することが可能 かのう となっている[1] 。
SF 小説 しょうせつ では、1865年 ねん にジュール・ヴェルヌ によってDe la Terre a la Lune (「地球 ちきゅう から月 つき へ」という意味 いみ の題名 だいめい 。日本語 にほんご 訳 やく 『月世界 げっせかい 旅行 りょこう 』)が書 か かれ多 おお くの読者 どくしゃ を得 え た。現在 げんざい に至 いた るまで、宇宙 うちゅう 旅行 りょこう はSF映画 えいが や漫画 まんが を含 ふく めて、様々 さまざま なフィクション 作品 さくひん のテーマになっている。
現実 げんじつ の行動 こうどう として、出資 しゅっし 者 しゃ や目的 もくてき に関 かか わらず“人類 じんるい が宇宙 うちゅう を旅 たび する” という広義 こうぎ の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう まで含 ふく めるならば、1961年 ねん 4月 がつ 12日 にち にソビエト連邦 れんぽう のユーリイ・ガガーリン 少佐 しょうさ がボストーク1号 ごう に乗 の り地球 ちきゅう を1周 しゅう する108分 ぶん の旅 たび が、初 はつ の有人 ゆうじん 宇宙 うちゅう 飛行 ひこう である。彼 かれ は「地球 ちきゅう は青 あお かった 」という言葉 ことば を残 のこ した。これはあくまで国家 こっか 政策 せいさく によって行 おこな われた宇宙 うちゅう 開発 かいはつ の一環 いっかん である。その後 ご にソ連 それん およびアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく の宇宙 うちゅう 開発 かいはつ によって行 おこな われた一連 いちれん の有人 ゆうじん 宇宙 うちゅう 飛行 ひこう も同様 どうよう であり、本 ほん 記事 きじ が指 さ す「宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 」とはいささか意味 いみ が異 こと なっている。
個人 こじん 的 てき な関心 かんしん によって行 おこな われた初 はつ の費用 ひよう 自己 じこ 負担 ふたん の宇宙 うちゅう 旅行 りょこう は後述 こうじゅつ するように、2001年 ねん にアメリカの大 だい 富豪 ふごう がロシア連邦 れんぽう の宇宙船 うちゅうせん 「ソユーズ」 の定期 ていき 便 びん に乗 の せてもらう形 かたち で実現 じつげん した。
2010年代 ねんだい になると、アメリカを中心 ちゅうしん とする多 おお くの民間 みんかん 企業 きぎょう が、宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し に必要 ひつよう な長期 ちょうき 訓練 くんれん を不要 ふよう ・短縮 たんしゅく し[注 ちゅう 1] [1] 、海外 かいがい 旅行 りょこう に近 ちか い感覚 かんかく で宇宙 うちゅう 空間 くうかん に滞在 たいざい し帰還 きかん できることを目指 めざ し、技術 ぎじゅつ 開発 かいはつ が活発 かっぱつ 化 か している[1] 。また民間 みんかん 企業 きぎょう の新規 しんき 参入 さんにゅう により技術 ぎじゅつ 革新 かくしん が促進 そくしん され、NASAなどの公的 こうてき 機関 きかん も新型 しんがた 宇宙船 うちゅうせん の早期 そうき 実現 じつげん など恩恵 おんけい を受 う けることとなった[3] 。
民間 みんかん 初 はつ の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 者 しゃ [ 編集 へんしゅう ]
1990年 ねん 12月2日 にち にソビエト連邦 れんぽう のソユーズ TM-11に搭乗 とうじょう 、宇宙 うちゅう ステーションミール に9日間 にちかん 滞在 たいざい したTBS の秋山 あきやま 豊 ゆたか 寛 ひろし は、長期間 ちょうきかん にわたる訓練 くんれん の後 のち 、世界 せかい で初 はじ めて宇宙 うちゅう 空間 くうかん に到達 とうたつ したジャーナリスト であり、日本人 にっぽんじん 初 はつ の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう を体験 たいけん した人物 じんぶつ であるが、費用 ひよう はTBSが出 だ し、「報道 ほうどう 」というミッションを課 か せられた「宇宙 うちゅう 特派 とくは 員 いん 」として派遣 はけん された。また研究 けんきゅう 機関 きかん などから依頼 いらい された科学 かがく 実験 じっけん も行 おこな ったことから単 たん なる旅行 りょこう 者 しゃ とは異 こと なる。
予定 よてい では、日本人 にっぽんじん 初 はつ の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう として宇宙開発事業団 うちゅうかいはつじぎょうだん に所属 しょぞく する毛利 もうり 衛 まもる が秋山 あきやま より先 さき に宇宙 うちゅう へと旅立 たびだ つ事 こと となっていた。しかし、1986年 ねん 1月 がつ 28日 にち のチャレンジャー号 ごう 爆発 ばくはつ 事故 じこ の影響 えいきょう で毛利 もうり のフライトが延期 えんき され、結果 けっか として日本人 にっぽんじん 初 はつ の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう は民間 みんかん 人 じん である秋山 あきやま となった。秋山 あきやま は報道 ほうどう 以外 いがい にも睡眠 すいみん 実験 じっけん などの科学 かがく 実験 じっけん に参加 さんか し、1990年 ねん 12月1日 にち に国家 こっか 審査 しんさ 委員 いいん 会 かい から宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し の承認 しょうにん を受 う けている。一方 いっぽう で彼 かれ は民間 みんかん 企業 きぎょう のスポンサーによって宇宙 うちゅう 飛行 ひこう を果 は たした人間 にんげん の1人 ひとり であることは間違 まちが いなく、その意味 いみ で彼 かれ は日本人 にっぽんじん 初 はつ の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し にして民間 みんかん 初 はつ の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 者 しゃ である[1] 。なお旧 きゅう ソ連 それん の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し の資格 しかく は、ロシア連邦 れんぽう となった現在 げんざい でも有効 ゆうこう である。イベントではあるが、2021年 ねん にISS を訪 おとず れた前澤 まえさわ 友作 ともさく はUber Eats と共同 きょうどう で宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し 用 よう の食料 しょくりょう を配達 はいたつ するという「ミッション」やオールナイトニッポン への出演 しゅつえん を行 おこな っている[4] [5] 。また同行 どうこう した平野 ひらの 陽三 ようぞう も撮影 さつえい 係 がかり を担当 たんとう している。
宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 用 よう の宇宙船 うちゅうせん を操縦 そうじゅう するために民間 みんかん 企業 きぎょう に雇用 こよう された宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し の扱 あつか いについては不明 ふめい である。2021年 ねん 現在 げんざい はロシアの正式 せいしき な宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し が操縦 そうじゅう を担当 たんとう している[1] 。
「宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 」第 だい 1号 ごう [ 編集 へんしゅう ]
ISSに搭乗 とうじょう する宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 者 しゃ マーク・シャトルワース
「民間 みんかん 人 じん が必要 ひつよう 経費 けいひ の全額 ぜんがく を自己 じこ 負担 ふたん する」という条件 じょうけん で宇宙 うちゅう 旅行 りょこう に旅立 たびだ った世界 せかい 初 はつ の例 れい は、スペースアドベンチャーズ 社 しゃ がロシア 宇宙 うちゅう 局 きょく と契約 けいやく を仲介 ちゅうかい することで実現 じつげん した、アメリカの大 だい 富豪 ふごう デニス・チトー によるものである。彼 かれ は国際 こくさい 宇宙 うちゅう ステーション (ISS) に人員 じんいん と物資 ぶっし を補給 ほきゅう するソユーズの定期 ていき 便 びん でバイコヌール宇宙 うちゅう 基地 きち から旅立 たびだ ち、2001年 ねん 4月 がつ 28日 にち から5月 がつ 6日 にち までISSに滞在 たいざい した。それに続 つづ き、2002年 ねん には南 みなみ アフリカ共和 きょうわ 国 こく の実業 じつぎょう 家 か マーク・シャトルワース が宇宙 うちゅう 旅行 りょこう を実現 じつげん している。
コロンビア号 ごう の事故 じこ からも分 わ かるように、2000年代 ねんだい においても宇宙 うちゅう 開発 かいはつ には危険 きけん が伴 ともな ううえ、最低 さいてい 数 すう 十 じゅう 億 おく 円 えん (宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し の訓練 くんれん 費 ひ 、ロケットの打 う ち上 あ げ費用 ひよう など)の負担 ふたん を要 よう するため、民間 みんかん 人 じん も気軽 きがる に宇宙 うちゅう 旅行 りょこう ができるとは言 い い難 がた く、2度 ど の宇宙 うちゅう 旅行 りょこう を経験 けいけん したチャールズ・シモニー を例 れい とすれば、「1度目 どめ (2007年 ねん )は2,500万 まん ドル(約 やく 25億 おく 円 えん )、2度目 どめ (2009年 ねん )は3,500万 まん ドル(約 やく 35億 おく 円 えん )かかった」旨 むね を語 かた っている[6] 。
当時 とうじ ロシアは国家 こっか 経済 けいざい の事情 じじょう で民間 みんかん 企業 きぎょう にソユーズの座席 ざせき を売 う ることで打 う ち上 あ げ資金 しきん を確保 かくほ していた状況 じょうきょう にあった[3] 。宇宙 うちゅう 旅行 りょこう に消極 しょうきょく 的 てき なアメリカ航空 こうくう 宇宙 うちゅう 局 きょく (NASA)も、宇宙 うちゅう 開発 かいはつ への資金 しきん が制限 せいげん されていた中 なか でコロンビア号 ごう の事故 じこ 以来 いらい 、ISSの維持 いじ に必要 ひつよう な物資 ぶっし の輸送 ゆそう をソユーズに頼 たよ っていたことから、間接 かんせつ 的 てき に宇宙 うちゅう 旅行 りょこう ビジネスの恩恵 おんけい を受 う けていた。またNASAは以降 いこう も座席 ざせき の販売 はんばい には消極 しょうきょく 的 てき であったことから、アメリカでは純粋 じゅんすい なビジネス目的 もくてき の宇宙 うちゅう ベンチャー企業 きぎょう が主導 しゅどう したことで宇宙 うちゅう 旅行 りょこう ビジネスが活発 かっぱつ 化 か した[1] 。
宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 者 しゃ 一覧 いちらん [ 編集 へんしゅう ]
※ 周回 しゅうかい 軌道 きどう に到達 とうたつ した者 もの のみ。その他 た 、2022年 ねん よりヴァージン・ギャラクティック のリチャード・ブランソン やブルーオリジン のジェフ・ベゾス など二 に 桁 けた 以上 いじょう の人々 ひとびと が弾道 だんどう 飛行 ひこう (サブオービタル飛行 ひこう )で数 すう 十 じゅう 分 ぶん の宇宙 うちゅう 旅行 りょこう を行 おこな っている。
民間 みんかん 宇宙船 うちゅうせん の開発 かいはつ 状 じょう 況 きょう [ 編集 へんしゅう ]
ヴァージン・ギャラクティック が計画 けいかく している宇宙 うちゅう 旅行 りょこう プラン。弾道 だんどう 飛行 ひこう による数 すう 分間 ふんかん の「宇宙 うちゅう 」を提供 ていきょう する
1990年代 ねんだい 、米国 べいこく の旅行 りょこう 会社 かいしゃ 「ゼグラム社 しゃ (ZEGRAHM)」は、ジェット機 じぇっとき の背 せ に搭載 とうさい されたロケットプレーンを高度 こうど 16kmで切 き り離 はな し、そこからはロケットエンジンで高度 こうど 100kmまで上昇 じょうしょう し、地球 ちきゅう を見 み ながら弾道 だんどう 飛行 ひこう による2分 ふん 半 はん の無 む 重力 じゅうりょく 状態 じょうたい を体験 たいけん できるという宇宙 うちゅう 旅行 りょこう を企画 きかく した。1998年 ねん 、ペプシコーラ を日本 にっぽん で販売 はんばい するサントリー は、「2001 SPACE TOURS PEPSI」と銘打 めいう ち、懸賞 けんしょう でこのゼグラム社 しゃ のロケットプレーンの搭乗 とうじょう 券 けん をプレゼントするという世界 せかい 初 はつ のキャンペーンを行 おこな った[7] [8] 。当初 とうしょ は2001年 ねん に実現 じつげん 予定 よてい であったが、ロケットプレーンの開発 かいはつ 及 およ び認可 にんか 取得 しゅとく が遅 おく れ、2003年 ねん にはゼグラム社 しゃ が資金繰 しきんぐ りの悪化 あっか から宇宙船 うちゅうせん の開発 かいはつ に着手 ちゃくしゅ できない状態 じょうたい に陥 おちい った。キャンペーンは無 む 期限 きげん 延期 えんき とされ、懸賞 けんしょう 当選 とうせん 者 しゃ の権利 けんり はスペース・アドベンチャーズ 社 しゃ に引 ひ き継 つ がれた[9] [10] 。
1996年 ねん に、民間 みんかん による宇宙船 うちゅうせん 開発 かいはつ に対 たい する賞金 しょうきん 制度 せいど であるX-prizeが発足 ほっそく した(2004年 ねん 、Ansari X Prize に名称 めいしょう 変更 へんこう )。 3人 にん 以上 いじょう の乗員 じょういん (乗員 じょういん 1名 めい と、2名 めい の乗員 じょういん に相当 そうとう する重量 じゅうりょう のバラスト でも可 か )を高度 こうど 100km以上 いじょう の弾道 だんどう 軌道 きどう に打 う ち上 あ げ、さらに、2週間 しゅうかん 以内 いない に所定 しょてい の再 さい 使用 しよう 率 りつ を達成 たっせい し、同 おな じ機体 きたい で再度 さいど 打 う ち上 あ げを達成 たっせい した非 ひ 政府 せいふ 団体 だんたい に賞金 しょうきん 1000万 まん ドルが送 おく られるというものである。地球 ちきゅう 一周 いっしゅう 旅行 りょこう をはじめ、多 おお くの長距離 ちょうきょり 旅行 りょこう の壁 かべ は資本 しほん 家 か による賞金 しょうきん 制度 せいど をきっかけに実現 じつげん されてきたが、X-prizeは資金 しきん 面 めん のみならず、法律 ほうりつ 面 めん でも発射 はっしゃ 試験 しけん までには煩雑 はんざつ な点 てん が多 おお く、脱落 だつらく 者 しゃ が続出 ぞくしゅつ した。その中 なか でスケールド・コンポジッツ社 しゃ の有人 ゆうじん 宇宙船 うちゅうせん 「スペースシップワン 」は2004年 ねん 6月 がつ に高度 こうど 100キロの試験 しけん 飛行 ひこう 、続 つづ けて2004年 ねん 9月 がつ ~10月に2度 ど の本 ほん 飛行 ひこう を実施 じっし 。賞金 しょうきん を獲得 かくとく した。
ヴァージングループ に設立 せつりつ された宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 会社 かいしゃ 「ヴァージン・ギャラクティック 」はスペースシップワンからの技術 ぎじゅつ 供与 きょうよ を受 う け、宇宙 うちゅう 旅行 りょこう ビジネスを開始 かいし することを発表 はっぴょう 。当初 とうしょ は2012年 ねん からのサービス開始 かいし を目指 めざ し、2005年 ねん にはクラブツーリズム が日本 にっぽん 代理 だいり 店 てん となり販売 はんばい も開始 かいし 。最初 さいしょ の宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 者 しゃ として100人 にん が世界中 せかいじゅう から選 えら ばれるなどした。しかし、その後 ご 計画 けいかく は大幅 おおはば に遅延 ちえん し、乗客 じょうきゃく を乗 の せての初 はつ 飛行 ひこう は実 じつ に2021年 ねん のこととなった[注 ちゅう 2] [11] 。またこの間 あいだ にブルーオリジン 社 しゃ もサブオービタル飛行 ひこう による宇宙 うちゅう 旅行 りょこう に参入 さんにゅう 、同 おな じく2021年 ねん に乗客 じょうきゃく を乗 の せて飛行 ひこう している。
2010年 ねん 、NASA の商業 しょうぎょう 軌道 きどう 輸送 ゆそう サービス の元 もと ドラゴン宇宙船 うちゅうせん を開発 かいはつ していたスペースX 社 しゃ は、次 つ いでISS への有人 ゆうじん 飛行 ひこう を担 にな う商業 しょうぎょう 乗員 じょういん 輸送 ゆそう 開発 かいはつ にも選定 せんてい された。計画 けいかく はたびたび遅延 ちえん しながらも、2020年 ねん 5月ついにクルードラゴン宇宙船 うちゅうせん による民間 みんかん 初 はつ となるISSへの有人 ゆうじん 宇宙 うちゅう 飛行 ひこう が実現 じつげん した。2021年 ねん には、世界 せかい 初 はつ の民間 みんかん 人 じん だけの低 てい 軌道 きどう 有人 ゆうじん 宇宙 うちゅう 飛行 ひこう ミッションとなるインスピレーション4 も実施 じっし されている。
宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 関連 かんれん 企業 きぎょう として、ISS滞在 たいざい の仲介 ちゅうかい を計画 けいかく するアクシオム・スペース 社 しゃ などがある。
高 こう 高度 こうど 気球 ききゅう により低 てい コストで成層圏 せいそうけん から地球 ちきゅう を見下 みお ろす「宇宙 うちゅう 遊覧 ゆうらん 」にも多 おお くの民間 みんかん 企業 きぎょう が参入 さんにゅう している[2] 。
2021年 ねん 、宇宙 うちゅう へ行 い った国 くに の宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し は18人 にん に対 たい し、民間 みんかん の宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 者 しゃ は22人 にん となり、旅行 りょこう 者 しゃ が上回 うわまわ った[1] 。
公共 こうきょう の利益 りえき となる科学 かがく 実験 じっけん を伴 ともな わず、観光 かんこう 目的 もくてき でロケットを打 う ち上 あ げることには環境 かんきょう 負荷 ふか の観点 かんてん から批判 ひはん があり[12] 、環境 かんきょう 保護 ほご 活動 かつどう に熱心 ねっしん なイギリスのウィリアム王子 おうじ は、大 だい 富豪 ふごう が宇宙 うちゅう 旅行 りょこう のために資金 しきん をつぎ込 こ んでいることを批判 ひはん し、その資金 しきん を地球 ちきゅう 環境 かんきょう のために使 つか うべきだと主張 しゅちょう している[13] 。
2023年 ねん 現在 げんざい では、宇宙 うちゅう 旅行 りょこう へ行 い けるのは世界長 せかいちょう 者 しゃ 番付 ばんづけ 上位 じょうい の大 だい 富豪 ふごう のみという現状 げんじょう や、ジェフ・ベゾスなど税 ぜい 逃 のが れが指摘 してき されている資産 しさん 家 か が宇宙 うちゅう へ行 い っていることもあり、経済 けいざい 格差 かくさ の観点 かんてん からも批判 ひはん がある[14] [15] 。秋山 あきやま 豊 ゆたか 寛 ひろし は多額 たがく の費用 ひよう が必要 ひつよう な現状 げんじょう を踏 ふ まえ、単 たん なる旅行 りょこう であれば格差 かくさ 社会 しゃかい の象徴 しょうちょう として見 み られると指摘 してき している[1] 。
「宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 」ではあるが現状 げんじょう では無重力 むじゅうりょく 状態 じょうたい 、地球 ちきゅう 周回 しゅうかい 、宇宙 うちゅう ステーションへの訪問 ほうもん を短期間 たんきかん 体験 たいけん するだけであり、機動 きどう 戦士 せんし ガンダム の監督 かんとく である富野 とみの 由 ゆかり 悠 ゆう 季 き は「地球 ちきゅう を2周 しゅう したら飽 あ きるだろう」という考 かんが えに基 もと づき宇宙 うちゅう 開発 かいはつ を否定 ひてい する趣旨 しゅし の作品 さくひん を作 つく っている[16] 。
宇宙 うちゅう 旅行 りょこう 会社 かいしゃ では宇宙船 うちゅうせん のペイロードの余裕 よゆう を使 つか い研究 けんきゅう 機関 きかん の科学 かがく 機材 きざい や[14] 、ISSに滞在 たいざい する宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し の食料 しょくりょう を搭載 とうさい するなどしている[4] 。
SFに描 えが かれた宇宙 うちゅう 旅行 りょこう [ 編集 へんしゅう ]
初 はじ めて宇宙 うちゅう 旅行 りょこう を描 えが いたSF 小説 しょうせつ は1865年 ねん のジュール・ヴェルヌ による『月世界 げっせかい 旅行 りょこう 』である。この作品 さくひん とハーバート・ジョージ・ウェルズ の『月世界 げっせかい 最初 さいしょ の人間 にんげん 』(1901年 ねん )から着想 ちゃくそう され、1902年 ねん に発表 はっぴょう されたジョルジュ・メリエス による映画 えいが も有名 ゆうめい である。ヴェルヌの小説 しょうせつ の原題 げんだい は『地球 ちきゅう から月 つき へ(De la Terre a la Lune)』、メリエスの映画 えいが の原題 げんだい は『月世界 げっせかい 旅行 りょこう (Le Voyage dans la Lune)』だが、日本 にっぽん では双方 そうほう とも『月世界 げっせかい 旅行 りょこう 』となっている。また、ヴェルヌの小説 しょうせつ には、後編 こうへん にあたる『月世界 げっせかい 探検 たんけん 』(原題 げんだい 『月 つき めぐり(Autour de la Lune)』(1869年 ねん )がある。ヴェルヌは270mの巨大 きょだい な大砲 たいほう を用 もち いて宇宙 うちゅう 空間 くうかん に到達 とうたつ する方法 ほうほう を比較 ひかく 的 てき に科学 かがく 的 てき 説得 せっとく 力 りょく のある内容 ないよう で描 えが いており、赤道 あかみち 付近 ふきん に発射 はっしゃ 場 じょう を設置 せっち することなど、一 いち 世紀 せいき 以上 いじょう 先 さき に実現 じつげん されることになる宇宙 うちゅう 開発 かいはつ の基礎 きそ をいくつかの点 てん でい当 いあ てている。
アーサー・C・クラーク 原作 げんさく の映画 えいが 『2001年 ねん 宇宙 うちゅう の旅 たび 』でも、地球 ちきゅう から月 つき に向 む かう宇宙 うちゅう 旅行 りょこう が描 えが かれている。ロケットプレーン(パン・アメリカン航空 こうくう のオリオン号 ごう )で地球 ちきゅう 軌道 きどう 上 じょう の宇宙 うちゅう ステーション にランデブーした後 のち 、月 つき 着陸 ちゃくりく 船 せん に乗換 のりか え、月 つき に向 む かうというものだが、宇宙 うちゅう での機内 きない 食 しょく 、客室 きゃくしつ 添乗 てんじょう 員 いん の履 は くグリップシューズ、宇宙 うちゅう トイレなど、綿密 めんみつ な科学 かがく 考証 こうしょう のもと、宇宙 うちゅう 旅行 りょこう の様子 ようす が詳細 しょうさい に描 えが かれている。
一方 いっぽう 、宇宙 うちゅう 旅行 りょこう をより簡便 かんべん な物 もの にする手段 しゅだん として、静止 せいし 衛星 えいせい と地上 ちじょう とをケーブルで結 むす ぶ軌道 きどう エレベータ が考案 こうあん され、クラークの『楽園 らくえん の泉 いずみ 』はじめ多 おお くのSF作品 さくひん で採 と り上 あ げられた。現在 げんざい は実現 じつげん に向 む けた動 うご きも見 み られる様 よう になっている。
脚注 きゃくちゅう 、出典 しゅってん [ 編集 へんしゅう ]
^ 宇宙 うちゅう 飛行 ひこう 士 し はフライト中 ちゅう に個人 こじん の専門 せんもん 分野 ぶんや の科学 かがく 実験 じっけん を行 おこな う他 ほか 、宇宙船 うちゅうせん のオペレーションなども分担 ぶんたん するため様々 さまざま な訓練 くんれん が必要 ひつよう である。
^ ヴァージン・ギャラクティックは「米 べい 空軍 くうぐん の規程 きてい による宇宙 うちゅう 空間 くうかん 」(高度 こうど 80km以上 いじょう )を採用 さいよう していることから一部 いちぶ には「宇宙 うちゅう 旅行 りょこう ではない」という声 こえ もある(一般 いっぱん に高度 こうど 100km以上 いじょう をもって「宇宙 うちゅう 空間 くうかん 」と呼 よ ぶことが多 おお い)