百ひゃく越えつ

百ひゃく越えつ（ひゃくえつ）または越えつ族ぞく（えつぞく）は、古代こだい中国ちゅうごくの南方なんぽう、主おもに江南こうなんと呼よばれる長江ながえ以南いなんから現在げんざいのベトナム北部ほくぶにいたる華南かなん地域ちいきという広大こうだいな地域ちいきに住すんでいた、越こし諸しょ族ぞくの総称そうしょう。越こし、越人えつじん、粤（えつ）とも呼よぶ。日本にっぽんの明治めいじから昭和しょうわ期きには、かつて中国ちゅうごく南部なんぶからベトナムにかけて存在そんざいした南越なんごし国こくから南越なんごし族ぞくとも表記ひょうきされた。

非ひ漢かん民族みんぞく。日本にっぽんの現代げんだいの書物しょもつにおいて（中国ちゅうごく史しにまつわる）「越人えつじん」「越えつの人ひと」と表あらわされる場合ばあい、現在げんざいのベトナムの主要しゅよう民族みんぞくであるベト人じん（越人えつじん）、キン族ぞく（京きょう人じん）の直系ちょっけい先祖せんぞである。

概要がいよう

現在げんざいの浙江せっこう省しょうの東海岸ひがしかいがんが起源きげんと見みられる。言語げんごは古こ越えつ語ごを使用しようし、華はな夏なつ民族みんぞくとは言語げんごが異ことなって、言葉ことばは通つうじなかったとされる。しかし、古代こだいからシナチベット語ごである上古じょうこ漢語かんごに莫大ばくだいな影響えいきょうを与あたえた^[1]。贛語、呉ご語ご、閩語、粤語は、百ひゃく越えつの百ひゃく越えつ語ごと関連かんれんが深ふかいといわれている^[1]。

周しゅう代だいの春秋しゅんじゅう時代じだいには、楚すわえ、呉ごや越こしの国くにを建国けんこくする。秦はたも中原なかはらではなく非ひ漢かん族ぞくとされる異い民族みんぞくと呼よばれ、楚すわえも昔むかしから南みなみに存在そんざいする越えつの異い民族みんぞくと呼よばれたが楚すわえは漢かんを構成こうせいする。漢かんが存在そんざいした時ときは、越こしは楚すわえ、呉ごや越こしを呼よぶ呼称こしょうではなく、2つの越えつの国くにが確認かくにんできる。1つは長江ちょうこう以南いなんである中国ちゅうごく南部なんぶと現在げんざいの広東かんとん省しょう、広西ひろせ、ベトナムにかけて存在そんざいした南越なんごし、もう1つは、中国ちゅうごくの閩江（福建ふっけん省しょうの川かわ）周辺しゅうへんの閩越（びんえつ）である。漢人かんどは北方ほっぽう異い民族みんぞくの力ちからの支配しはいに対たいしてしばしば反乱はんらんを起おこしながら、華南かなん地域ちいきに移動いどうし華南かなんの王朝おうちょうを建国けんこくした。この時代じだい、華南かなん地域ちいきからさらに南みなみに移動いどうした越人えつじんは、頻発ひんぱつに反乱はんらんを起おこしていた。徴しるし姉妹しまいの乱らんは、現代げんだいに伝つたわる当時とうじの反乱はんらんの1つである。

その後ごは、北方ほっぽう異い民族みんぞくの征服せいふく王朝おうちょうにより徐々じょじょに漢人かんどが華南かなん地域ちいきに移動いどうし、越えつ人じんはベトナムに定着ていちゃくした。北部ほくぶベトナムは968年ねんに最初さいしょの越人えつじん民族みんぞく王朝おうちょうである丁ひのと朝あさが丁ひのと部ぶ領りょうにより成立せいりつしている。

中国ちゅうごくに残のこった越人えつじんは「越こし」の国くにを失うしない、次第しだいに「越人えつじん」としてのアイデンティティーを失うしなっていったものの、現在げんざいでも広東かんとん省しょう一帯いったいの方言ほうげんである広東かんとん語ごを「粤語」と呼よび、広東かんとん省しょうの車くるまのナンバープレートには「粤」と記載きさいされている。また、百ひゃく越えつの後のち孫まごであるベトナムは漢字かんじで「越こし南みなみ」と書かき表あらわす。

越えつ人じんに関連かんれんする名称めいしょう

中国ちゅうごくの歴史れきし書しょや文献ぶんけんにおいては、越えつ人じんに関かんする記述きじゅつは、「越こし」「戉」「粤」「百ひゃく粤」として現あらわれる。「越こし」「粤」「戉」とも、現代げんだいのピンインではyuèと同おなじ音おんで表あらわされる。

越えつの人々ひとびとの国々くにぐには、下記かきの名称めいしょうが見受みうけられる。

※下記かきには、中国ちゅうごくの漢字かんじが含ふくまれます。

漢字かんじ	ピンイン	広東かんとん語ごイェール式しき	ベトナム語ご	閩南語ご潮うしお州しゅう語ご	呉ご語ご
句く呉くれ	Gōuwú	Geui'ngh	Câu Ngô	Kau Gou	Keu ng
于越	Yūyuè	Yūyuht	Ư Việt	U Wat	U yoeh
揚あげ越こし	Yángyuè	Yèungyuht	Dương Việt	Yang Wat	Yang yoeh
贛越	Gànyuè	Gonyuht	Cán Việt	Kan Wat	Koe yoeh
閩越	Mǐnyuè	Mànyuht	Mân Việt	Ban Wat	Ming yoeh
夜よる郎ろう	Yèláng	Yehlòng	Dạ Lang	Me Nng	Ya long
南越なんごし	Nányuè	Naàhmyuht	Nam Việt	Nam Wat	Noe yoeh
東ひがし越こし	Dōngyuè	Dōngyuht	Đông Việt	Dang Wat	Tung yoeh
山越やまこし	Shānyuè	Saānyuht	Sơn Việt	Soa~ Wat	Sae yoeh
雒越	Luòyuè	Lokyuht	Lạc Việt	Roc Wat	Lok yoeh
甌越	Ōuyuè	Āuyuht	Âu Việt	Au Wat	Eu yoeh
西にし甌	Xī'ōu	Sāi'āu	Tây Âu	Sai Au	Si eu
滇越,夔越	Diānyuè, Kuíyuè	Dīnyuht, Kwaīyuht	Điền Việt, Khôi Việt	Tian Wat, Koe Wat	Tien yoeh,Khuei yoeh

言語げんご・遺伝子いでんし

百ひゃく越えつの言語げんごについては研究けんきゅう段階だんかいだが、ジェリー・ノーマンと梅うめ祖そ麟は、少すくなくとも百ひゃく越えつのいくらかはオーストロアジア語族ごぞくの言語げんごを話はなしていたという証拠しょうこを出だしている^[2]^[3]^[4]。

中国ちゅうごく復ふく旦だん大学だいがく・黄き穎、李り輝あきら、高こう蒙こうむ河かわらは、百ひゃく越えつはY染色せんしょく体たいハプログループO1aであるとしている^[5]。これは台湾たいわん先住民せんじゅうみんに多おおいタイプである。

崎谷さきや満みつるは、百ひゃく越えつがY染色せんしょく体たいハプログループ旧きゅうO2（旧きゅうO3が現げんO2となり、旧きゅうO2は現げんO1のサブに置おかれ現げんO1b。これにより旧きゅうO2aは現げんO1b1、旧きゅうO2bは現げんO1b2）系統けいとうに属ぞくしていたとしていると主張しゅちょうしているが反論はんろんもある^[6]^[7]。現げんO1b1/現げんO1b2は長江ながえ文明ふみあきの担にない手てであると推測すいそくされているが、長江ながえ文明ふみあきの衰退すいたいに伴ともない、現げんO1b1および一部いちぶの現げんO1b2は南下なんかし百ひゃく越えつと呼よばれ、残のこりの現げんO1b2は西方せいほう及および北方ほっぽうへと渡わたり、日本にっぽん列島れっとう、沖縄おきなわ、朝鮮半島ちょうせんはんとうへ渡わたったと推測すいそくされる^[8]、現げんO1b1系統けいとうはオーストロアジア語族ごぞくと関連かんれんしていることから、この説せつに則のっとれば、百ひゃく越えつはオーストロアジア語ごに近ちかい言語げんご（群ぐん）を話はなしていたと考かんがえられる^[9]^[10]。^{[要よう検証けんしょう – ノート]}

詳細しょうさいは「百ひゃく越えつ語ご」を参照さんしょう

文化ぶんか

倭人わじんとの文化ぶんか共通きょうつう性せい

推測すいそくであるが文化ぶんか面めんでは、稲作いなさく、断髪だんぱつ、黥面（入墨いれずみ）、龍りゅう蛇へび信仰しんこう、太陽たいよう神しん崇拝すうはい、鳥とり崇拜すうはい(河姆渡かぼと文化ぶんか、良りょう渚なぎさ文化ぶんか)裸はだか潜水せんすい漁撈ぎょろう方法ほうほうなど、百ひゃく越えつと倭人わじん（特とくに海神わたつみ族ぞく）の類似るいじ点てんが中国ちゅうごくの歴史れきし書しょに見受みうけられるという主張しゅちょうがある^[11]^[12]。現代げんだいの中国ちゅうごくでは廃すたれたなれずし（熟じゅく鮓すし）は、百ひゃく越えつの間あいだにも存在そんざいしており、古ふるい時代じだいに長江ちょうこう下か流域りゅういきから日本にっぽんに伝播でんぱしたと考かんがえられている^[13]^[12]^[14]。

刃物はものの産地さんち

荘そう子こ外篇がいへん刻こく意い第だい十じゅう五ごには「干ひ越こし(于越)の剣けんを持もつものは、箱はこに入いれて使つかうこともなく至宝しほうとする^[15]。」とあり、剣けんが有名ゆうめいであったことが示しめされている。越えつ人じんの剣けん匠たくみには、伝説でんせつ的てきな欧おう冶子や干ひ将すすむ・莫耶、徐じょ夫人ふじんがいる。また、越えつ人じんが鍛きたえた剣けんで現存げんそんするものとして、越えつ王おう勾践剣けん、呉ご王おう夫おっと差さ矛ほこなどがある。

その冶金やきん技術ぎじゅつは、刃物はものの名産めいさん地ち竜泉りゅうせん市しとして脈々みゃくみゃくと継承けいしょうされている^[16]。

言語げんご学者がくしゃの羅ら香林こうばやし（中国語ちゅうごくご版ばん）や考古こうこ学者がくしゃ衛まもる聚賢（中国語ちゅうごくご版ばん）は、越えつの字じが古代こだい中国ちゅうごくで占うらないや権力けんりょく移譲いじょうに使用しようされた钺（中国語ちゅうごくご版ばん）（巨大きょだいな斧おの）と関連かんれんがあり、越えつや戉は刀かたなや斧おのなどの刃物はものの意いであるとしている。

人面じんめんが象かたどられた青銅せいどう剣けん
紀元前きげんぜん5世紀せいき頃ごろに作つくられた越えつ王おう句く践剣
紀元前きげんぜん5世紀せいき頃ごろに作つくられた呉ご王おう夫おっと差さ矛ほこ

参考さんこう資料しりょう・脚注きゃくちゅう

^ ^a ^b 蘇州そしゅう有情うじょう流浪るろうの民みん、百ひゃく越えつ族ぞくロマン（個人こじんサイト） - ウェイバックマシン
^ Norman, Jerry; Mei, Tsu-lin (1976). "The Austroasiatics in Ancient South China: Some Lexical Evidence" (PDF). Monumenta Serica 32: 274–301. JSTOR 40726203.
^ Norman, Jerry (1988). Chinese. Cambridge University Press. pp. 17–19. ISBN 978-0-521-29653-3.
^ Boltz, William G. (1999). "Language and Writing". In Loewe, Michael; Shaughnessy, Edward L. The Cambridge history of ancient China: from the origins of civilization to 221 B.C. Cambridge University Press. pp. 74–123. ISBN 978-0-521-47030-8.
^ 『古代こだい基もと因いん：百ひゃく越えつ族ぞく群ぐん研究けんきゅう新しん證あかし』復ふく旦だん大學だいがく(2003)
^ 崎谷さきや満みつる（2009）『DNA・考古こうこ・言語げんごの学際がくさい研究けんきゅうが示しめす　新しん・日本にっぽん列島れっとう史し』勉つとむ誠まこと出版しゅっぱん
^ 崎谷さきや満みつる（2009）『新しん日本人にっぽんじんの起源きげん』勉つとむ誠まこと出版しゅっぱん
^ 崎谷さきや満みつる『DNA・考古こうこ・言語げんごの学際がくさい研究けんきゅうが示しめす新しん・日本にっぽん列島れっとう史し』（勉つとむ誠まこと出版しゅっぱん　2009年ねん）　
^ 安本やすもと美よし典てん (1991)『日本人にっぽんじんと日本語にほんごの起源きげん』，東京とうきょう：毎日新聞社まいにちしんぶんしゃ
^ 安本やすもと美よし典てん (1978)『日本語にほんごの成立せいりつ』，東京とうきょう：講談社こうだんしゃ
^ 西川にしかわ, 吉よし光ひかり (2016年ねん3月がつ). “海うみ民みんの日本にっぽん史し(1)”. 国際こくさい地域ちいき学がく研究けんきゅう. pp. 157–176. 2022年ねん4月がつ17日にち閲覧えつらん。
^ ^a ^b 鰹節かつおぶし著者ちょしゃ: 宮下みやした章あきら p129-130
^ 「熟じゅく鮓すし（なれずし）の起源きげん」^{[リンク切きれ]} 近江おうみの熟じゅく鮓すし（なれずし）・徳山とくやま鮓すし
^ “日本人にっぽんじんの起源きげん：“倭人わじん”のルーツは中国ちゅうごく大陸たいりくの呉ご・越えつ - 縄文じょうもんと古代こだい文明ぶんめいを探求たんきゅうしよう！”. 縄文じょうもんと古代こだい文明ぶんめいを探求たんきゅうしよう！ - いったい、人類じんるいはどこで道みちを誤あやまったのか？人類じんるいは今いま、自みずからが築きずいてきた全ぜん文明ぶんめいの見直みなおしを迫せまられている。 (2008年ねん9月がつ15日にち). 2022年ねん4月がつ17日にち閲覧えつらん。
^ (中国ちゅうごく語ご) 莊そう子こ/刻こく意い, ウィキソースより閲覧えつらん。
^ “２千せん年ねんの伝統でんとう受うけ継つぐ「竜泉りゅうせん剣けん」浙江せっこう省しょう竜泉りゅうせん市し”. www.afpbb.com. フランス通信つうしん社しゃ. 2022年ねん4月がつ16日にち閲覧えつらん。