西 にし 夏 なつ 語 ご (せいかご、英語 えいご : Tangut )は、西 にし 夏 なつ 王朝 おうちょう においてかつて話 はな されていたシナ・チベット語族 ごぞく の言語 げんご である。チベット語 ご やビルマ語 ご とは遠 とお い親 おや 縁 えん 関係 かんけい にあり、中国 ちゅうごく 語 ご とはさらに遠 とお い親 おや 縁 えん 関係 かんけい にある。
西 にし 夏 なつ 語 ご は11世紀 せいき はじめにタングート 人 ひと によって建 た てられた西 にし 夏 なつ 王朝 おうちょう (チベット語 ご でミニャクと呼 よ ばれ、漢字 かんじ で「弥 わたる 薬 やく 」と音訳 おんやく される)の公用 こうよう 語 ご であった。西 にし 夏 なつ は1226年 ねん にチンギス・ハーン の侵略 しんりゃく によって滅亡 めつぼう した[ 2] 。
西 にし 夏 なつ 語 ご は専用 せんよう の書記 しょき 体系 たいけい である西 にし 夏 なつ 文字 もじ を持 も っていた。
西 にし 夏 なつ 語 ご で書 か かれた現存 げんそん するもっとも年代 ねんだい の新 あたら しい文献 ぶんけん は1502年 ねん の紀年 きねん のある石 いし 幢であり、このことは西 にし 夏 なつ 滅亡 めつぼう 後 ご 300年 ねん 近 ちか くたってもまだ西 にし 夏 なつ 語 ご が使 つか われていたことを示唆 しさ する。
西 にし 夏 なつ 語 ご がシナ・チベット語族 ごぞく に属 ぞく することは解読 かいどく の初期 しょき から認識 にんしき されており、特 とく にロロ・ビルマ語 ご 群 ぐん やチアン語 ご 群 ぐん と近 ちか い関係 かんけい にあることも早 はや くから指摘 してき されていた。より深 ふか い詳細 しょうさい な関係 かんけい については、その後 ご のチアン語 ご 群 ぐん やギャロン語 ご 群 ぐん (英語 えいご 版 ばん ) そのものに対 たい する研究 けんきゅう の発展 はってん と並行 へいこう している。
Laufer (1916) は、西 にし 夏 なつ 語 ご と他 た 言語 げんご の本格 ほんかく 的 てき な比較 ひかく 研究 けんきゅう を初 はじ めて行 おこな い、ロロ語 ご ・ナシ語 ご (英語 えいご 版 ばん ) を西 にし 夏 なつ 語 ご と合 あ わせて一 ひと つのグループとすることを提案 ていあん した。この頃 ころ はまだ資料 しりょう も歴史 れきし 言語 げんご 学 がく 自体 じたい の知見 ちけん も乏 とぼ しかったため、この論文 ろんぶん で示 しめ されたデータは今 いま となってはあまり有用 ゆうよう ではないが、シナ・チベット語族 ごぞく においてロロ・ビルマ諸語 しょご と西 にし 夏 なつ 語 ご が(中国 ちゅうごく 語 ご やチベット語 ご などとの関係 かんけい に比 くら べれば)近 ちか い関係 かんけい にあるという考 かんが え自体 じたい は今日 きょう ではより強固 きょうこ になっている(ビルマ・チアン語 ご 群 ぐん (英語 えいご 版 ばん ) )。その後 ご 、例 たと えば王 おう 静 しず 如 (1933) は西 にし 夏 なつ 語 ご とムニャ語 ご (英語 えいご 版 ばん ) やチアン語 ご との関係 かんけい を指摘 してき し、Nishida (1976) は西 にし 夏 なつ 語 ご とトス語 ご (英語 えいご 版 ばん ) (アルス語 ご 群 ぐん (英語 えいご 版 ばん ) )の関連 かんれん を指摘 してき した。
孫 まご 宏 ひろし 開 ひらく がチアン語 ご 群 ぐん に対 たい して継続 けいぞく 的 てき に研究 けんきゅう を行 おこな い、その過程 かてい で西 にし 夏 なつ 語 ご がチアン語 ご 群 ぐん に含 ふく まれることを提案 ていあん して以降 いこう 、そのことはおおむねコンセンサスとなっている。孫 まご 宏 ひろし 開 ひらけ (2001) とJacques & Michaud (2011) とで見解 けんかい がおおよそ一致 いっち している部分 ぶぶん の系図 けいず を以下 いか に示 しめ す(どちらも西 にし 夏 なつ 語 ご をチアン語 ご 群 ぐん 内 ない のやや曖昧 あいまい な箇所 かしょ に配置 はいち しているが、後者 こうしゃ はプリンミ語 ご (英語 えいご 版 ばん ) が西 にし 夏 なつ 語 ご に最 もっと も似 に ているとも述 の べている)。
ビルマ・チアン語 ご 群 ぐん
ロロ・ビルマ語 ご 群 ぐん
チアン語 ご 群 ぐん
南 みなみ チアン語 ご 群 ぐん
北 きた チアン語 ご 群 ぐん
ギャロン諸語 しょご
チアン諸語 しょご (チアン語 ご 、プリンミ語 ご 、ムニャ語 ご など)
西 にし 夏 なつ 語 ご
ギャロン語 ご 群 ぐん は、中国 ちゅうごく 四川 しせん 省 しょう 西部 せいぶ の山岳 さんがく 地帯 ちたい に分布 ぶんぷ する諸 しょ 言語 げんご からなるグループである。
西 にし 夏 なつ 語 ご とギャロン語 ご の近 きん 縁 えん 性 せい を初 はじ めて提案 ていあん したのはWolfenden (1931) である。彼 かれ は、西 にし 夏 なつ 語 ご のチベット文字 もじ による転写 てんしゃ とギャロン語 ご (より具体 ぐたい 的 てき にはスートゥ語 ご (英語 えいご 版 ばん ) に属 ぞく するであろう方言 ほうげん )およびチベット文語 ぶんご の語彙 ごい を比較 ひかく し、チベット文字 もじ が示 しめ す頭 あたま 子音 しいん クラスター がギャロン語 ご の形 かたち とよく似 に ていることを指摘 してき し、西 にし 夏 なつ 語 ご 話者 わしゃ が南方 なんぽう に逃 のが れた末裔 まつえい がギャロン語 ご 話者 わしゃ である可能 かのう 性 せい を提示 ていじ した。しかし、この論文 ろんぶん で示 しめ された類似 るいじ のほとんどは実際 じっさい には偶然 ぐうぜん の産物 さんぶつ であり、現在 げんざい では西 にし 夏 なつ 語 ご の系統 けいとう の証拠 しょうこ とは見 み なされていない(具体 ぐたい 的 てき に言 い えば、引用 いんよう されているチベット語 ご 文字 もじ 転写 てんしゃ の例 れい のほとんどはg/dで始 はじ まるものだが、今日 きょう ではこのg/dは西 にし 夏 なつ 語 ご に存在 そんざい する頭 あたま 子音 しいん クラスターを表現 ひょうげん したものではない考 かんが えられている)。
21世紀 せいき に入 はい ってからギャロン諸語 しょご に対 たい する多数 たすう のフィールドワーク が行 おこな われたことで、より多 おお くの証拠 しょうこ に基 もと づいて西 にし 夏 なつ 語 ご とギャロン語 ご との関係 かんけい を研究 けんきゅう することが可能 かのう となった。Jacques (2014) は、Jacques & Michaud (2011) による西 にし 夏 なつ 語 ご はプリンミ語 ご に近 ちか いという考 かんが えを保持 ほじ しつつも、西 にし 夏 なつ 語 ご とジャプク語 ご との大 だい 規模 きぼ な語彙 ごい 比較 ひかく を行 おこな い、特 とく に西 にし 夏 なつ 語 ご の通 つう 時 じ 的 てき 音韻 おんいん 論 ろん を考察 こうさつ している。
Jacques et al. (2017 , pp. 609–611)、Lai (2017 , p. 10)、Gong (2018 , p. 21)などは、トスキャプ語 ご (英語 えいご 版 ばん ) とホルパ語 ご (英語 えいご 版 ばん ) を他 た のギャロン諸語 しょご とは異 こと なるグループとして分離 ぶんり しており、そのうちJacques et al. (2017 , p. 611)は西 にし 夏 なつ 語 ご がホルパ語 ご と共通 きょうつう の特徴 とくちょう を持 も つことにも触 ふ れている。その後 ご Lai et al. (2020) は、このグループを西 にし ギャロン語 ご 群 ぐん (英語 えいご 版 ばん ) (対照 たいしょう 的 てき にジャプク語 ご やスートゥ語 ご などが属 ぞく するグループは東 ひがし ギャロン語 ご 群 ぐん )と呼 よ び、共通 きょうつう する音 おと 変化 へんか ・語彙 ごい ・形態 けいたい 論 ろん ・統語 とうご 論 ろん を複数 ふくすう 提示 ていじ することで、西 にし 夏 なつ 語 ご が西 にし ギャロン語 ご 群 ぐん に属 ぞく することを強 つよ く主張 しゅちょう した。さらにBeaudouin (2023a) 、Beaudouin (2023b) は、最新 さいしん のホルパ語 ご のフィールドワークのデータ(Honkasalo (2019) 、Sun (2019) 、Gates (2021) 等 ひとし )を利用 りよう し、語彙 ごい 以外 いがい にも動詞 どうし の複雑 ふくざつ な接辞 せつじ パターンや名詞 めいし 化 か 辞 じ ・処 しょ 格 かく 形態素 けいたいそ に関 かん する借用 しゃくよう では説明 せつめい が困難 こんなん な特徴 とくちょう が一致 いっち していることから、西 にし 夏 なつ 語 ご は西 にし ギャロン語 ご の中 なか でもホルパ語 ご 群 ぐん に属 ぞく するとしている。
西 にし 夏 なつ 語 ご と西 にし ギャロン語 ご およびホルパ語 ご の共有 きょうゆう 語彙 ごい の例 れい [ 注釈 ちゅうしゃく 1]
西 にし 夏 なつ 語 ご
西 にし ギャロン語 ご 群 ぐん
東 ひがし ギャロン語 ご 群 ぐん
備考 びこう
ホルパ語 ご 群 ぐん
トスキャプ語 ご
ジャプク語 ご
スタウ語 ご
ゲシツァ語 ご
煙 けむり
𗜐𗿉 mə̱¹ɣju¹
mkʰə
mkʰə
mkʰə́
tɤ-kʰɯ
西 にし ギャロン語 ご のみ m- を持 も つ
犬 いぬ
𗃞𗗿 kə¹ta¹
kʰətæ
kəta
kətɑ́
kʰɯna
西 にし ギャロン語 ご のみ -ta を持 も つ
友人 ゆうじん
𗑟𘎆 .wjɨ̣¹dźjwɨ¹
vdʑə
vdʑæ
vdʑə́
(tɤ-rɣa)
西 にし ギャロン語 ご 特有 とくゆう の語彙 ごい
引 ひ く
𗺍𗩳 dźiwə¹dźiwe¹
ndʑədʑə
ɳʂʈʰæʈʂʰæ
dʑə̂dʑə
(nɤkʰɯkʰrɯt)
西 にし ギャロン語 ご 特有 とくゆう の畳語 じょうご
1
𘈩 lew¹
ro
rəu
rɑ̂ɣ
tɤɣ
ホルパ語 ご のみ末尾 まつび が -w に弱化 じゃっか
会 あ う
𘄏 dźju²
dʑə
dʑə
(rdû)
(atɯɣ)
ホルパ語 ご 特有 とくゆう の語彙 ごい
馬 うま
𘆝 rjijr¹
rji
rji
(bró)
(mbro)
〃
こうした研究 けんきゅう に基 もと づけば、西 にし 夏 なつ 語 ご は次 つぎ のように位置 いち づけられる。
ギャロン語 ご 群 ぐん
東 ひがし ギャロン語 ご 群 ぐん (ジャプク語 ご 、スートゥ語 ご など)
西 にし ギャロン語 ご 群 ぐん
現代 げんだい において西 にし 夏 なつ 語 ご の研究 けんきゅう がはじまったのは20世紀 せいき のはじめにジョルジュ・モリスが西 にし 夏 なつ 文 ぶん 法華経 ほけきょう を入手 にゅうしゅ したときにはじまる。そのテクストには誰 だれ によるものかは不明 ふめい だが漢文 かんぶん で注釈 ちゅうしゃく がつけられていた。現存 げんそん する西 にし 夏 なつ 語 ご テクストの大 だい 部分 ぶぶん はカラ・ホト において1909年 ねん にピョートル・コズロフ が発掘 はっくつ したもので、その文書 ぶんしょ は西 にし 夏 なつ 王国 おうこく のものと判断 はんだん された。アレクセイ・イワノヴィチ・イワノフ (英語 えいご 版 ばん ) 、石濱 いしはま 純 じゅん 太郎 たろう 、ベルトルト・ラウファー 、羅 ら 福 ぶく 萇(中国語 ちゅうごくご 版 ばん ) 、羅 ら 福成 ふくなり (中国語 ちゅうごくご 版 ばん ) 、王 おう 静 しず 如(中国語 ちゅうごくご 版 ばん ) らが西 にし 夏 なつ 語 ご の研究 けんきゅう に貢献 こうけん したが、もっとも大 おお きな貢献 こうけん をしたのはロシア人 じん の学者 がくしゃ ニコライ・ネフスキー (1892-1937) であった。ネフスキーは最初 さいしょ の西 にし 夏 なつ 語 ご 辞典 じてん を編纂 へんさん し、数 すう 多 おお くの西 にし 夏 なつ 語 ご の助辞 じょじ の意味 いみ を再 さい 構し、西 にし 夏 なつ 語 ご 文書 ぶんしょ を読 よ んで理解 りかい することを可能 かのう にした。ネフスキーの学術 がくじゅつ 的 てき 功績 こうせき は没後 ぼつご の1960年 ねん になって「タングーツカヤ・フィロローギヤ」(西 にし 夏 なつ 語 ご 文献 ぶんけん 学 がく )の題 だい で出版 しゅっぱん された。この著作 ちょさく にはソ連 それん のレーニン賞 しょう が与 あた えられ、没後 ぼつご にようやく評価 ひょうか された。西 にし 夏 なつ 語 ご の理解 りかい は今 いま も完全 かんぜん というには程遠 ほどとお い。クセニヤ・ケピング (英語 えいご 版 ばん ) による『西 にし 夏 なつ 語 ご :形態 けいたい 論 ろん 』( Тангутский язык: Морфология , モスクワ, ナウカ 1985)や、西田 にしだ 龍雄 たつお による『西 にし 夏 なつ 語 ご の研究 けんきゅう 』他 た によって文法 ぶんぽう が判明 はんめい しているものの、西 にし 夏 なつ 語 ご の統辞 とうじ 構造 こうぞう は今 いま もほとんど研究 けんきゅう されていない。
カラ・ホト文書 ぶんしょ は現在 げんざい サンクト・ペテルブルク のロシア科学 かがく アカデミー 東洋 とうよう 文献 ぶんけん 研究所 けんきゅうじょ に保存 ほぞん されている。幸 さいわ いにもレニングラード包囲 ほうい 戦 せん でも失 うしな われなかった。ネフスキーが1937年 ねん に内務 ないむ 人民 じんみん 委員 いいん 部 ぶ に逮捕 たいほ されたときに持 も っていた多 おお くの西 にし 夏 なつ 語 ご 文書 ぶんしょ はいったん失 うしな われたが、よくわからない経緯 けいい によって、1991年 ねん に戻 もど ってきた[ 15] 。東洋 とうよう 文献 ぶんけん 研究所 けんきゅうじょ は約 やく 1万 まん 巻 かん の文書 ぶんしょ を所有 しょゆう し、大 だい 部分 ぶぶん は11世紀 せいき 中頃 なかごろ から13世紀 せいき はじめまでの仏典 ぶってん ・法律 ほうりつ ・法的 ほうてき 文書 ぶんしょ である。仏典 ぶってん のなかには漢 かん 訳 やく やチベット語 ご 訳 やく の存在 そんざい しないものが最近 さいきん になって多数 たすう 発見 はっけん された。ほかに儒教 じゅきょう の古典 こてん や多 おお くの西 にし 夏 なつ 独自 どくじ のテクストが保存 ほぞん されている。
数 かず は少 すく ないものの、大 だい 英 えい 図書館 としょかん や北京 ぺきん の中国 ちゅうごく 国家 こっか 図書館 としょかん 、北京 ぺきん 大学 だいがく 図書館 としょかん にも西 にし 夏 なつ 語 ご 文書 ぶんしょ のコレクションがある。
西 にし 夏 なつ 文字 もじ と西 にし 夏 なつ 語 ご の発音 はつおん の関係 かんけい は、漢字 かんじ と現代 げんだい 中国語 ちゅうごくご よりもさらに乏 とぼ しい。漢字 かんじ の9割 わり は声 こえ 符 ふ を持 も っているが、ソフロノフによると西 にし 夏 なつ 文字 もじ の場合 ばあい は全体 ぜんたい の1割 わり しか声 こえ 符 ふ をもっていない。西 にし 夏 なつ 語 ご の発音 はつおん を再 さい 構するためには文字 もじ 以外 いがい の助 たす けが必要 ひつよう になる。
『番 ばん 漢 かん 合 あい 時 じ 掌中 しょうちゅう 珠 たま 』より
西 にし 夏 なつ 語 ご と中国 ちゅうごく 語 ご の二 に 言語 げんご 語彙 ごい 集 しゅう である『番 ばん 漢 かん 合 あい 時 じ 掌中 しょうちゅう 珠 たま (英語 えいご 版 ばん ) 』の発見 はっけん により、イワノフ(1909)とラウファー(1916)は西 にし 夏 なつ 語 ご の音節 おんせつ 頭 あたま 子音 しいん を再 さい 構し、比較 ひかく 研究 けんきゅう を行 おこな った。『番 ばん 漢 かん 合 あい 時 じ 掌中 しょうちゅう 珠 たま 』は西 にし 夏 なつ 文字 もじ それぞれに漢字 かんじ 1字 じ または複数 ふくすう の字 じ で発音 はつおん を示 しめ し、逆 ぎゃく に漢字 かんじ の発音 はつおん を1字 じ または複数 ふくすう の西 にし 夏 なつ 文字 もじ で示 しめ している。もうひとつの資料 しりょう は西 にし 夏 なつ 語 ご をチベット文字 もじ で転写 てんしゃ したもので、ネフスキー(1925)によってはじめて研究 けんきゅう された。
しかしながら、この2種類 しゅるい の資料 しりょう では西 にし 夏 なつ 語 ご の体系 たいけい 的 てき 再 さい 構には不足 ふそく である。これらの転写 てんしゃ は西 にし 夏 なつ 語 ご の発音 はつおん を正確 せいかく に表現 ひょうげん する目的 もくてき で行 おこな われたわけではなく、母語 ぼご でない言語 げんご の単語 たんご を、理解 りかい できる別 べつ の言語 げんご を利用 りよう して発音 はつおん し記憶 きおく するのを助 たす けるために書 か かれたものであった。
現代 げんだい の再 さい 構の基本 きほん をなしている3番目 ばんめ の資料 しりょう は、西 にし 夏 なつ 語 ご だけで書 か かれた辞典 じてん である。これには『文海 ぶんかい 』、2種類 しゅるい の『同音 どうおん 』、『文海 ぶんかい 雑 ざつ 編 へん 』および題 だい のついていない辞書 じしょ がある。これらの辞書 じしょ で発音 はつおん は中国 ちゅうごく の辞典 じてん の伝統 でんとう から借 か りた反切 はんせつ を使 つか って記録 きろく されている。これらの辞典 じてん は細部 さいぶ では違 ちが いを見 み せるものの(例 たと えば『同音 どうおん 』は文字 もじ を音節 おんせつ 頭 あたま 子音 しいん と韻 いん 母 はは で分類 ぶんるい し、声調 せいちょう を無視 むし する)、どれも105韻 いん の体系 たいけい を使用 しよう している。これらの韻 いん のいくつかは音節 おんせつ 頭 あたま 子音 しいん の調音 ちょうおん 位置 いち によって相補 そうほ 分布 ぶんぷ をなしており(例 れい :第 だい 10韻 いん と第 だい 11韻 いん 、第 だい 36韻 いん と第 だい 37韻 いん )、これらの辞書 じしょ を作成 さくせい した学者 がくしゃ が自分 じぶん の言語 げんご を非常 ひじょう に正確 せいかく に音韻 おんいん 分析 ぶんせき していることを示 しめ す。
他 た の言語 げんご の転写 てんしゃ において、西 にし 夏 なつ 語 ご の反切 はんせつ は韻 いん に関 かん して体系 たいけい 的 てき で非常 ひじょう に正確 せいかく な区別 くべつ をおこなっている。反切 はんせつ を使 つか えば西 にし 夏 なつ 語 ご の音韻 おんいん 範疇 はんちゅう をよく理解 りかい することができる。しかし、それぞれの範疇 はんちゅう の音 おと 価 か を定 さだ めるためには、辞書 じしょ から得 え られる音韻 おんいん 的 てき 体系 たいけい を他 た の資料 しりょう と比較 ひかく しなければならない。
ニコライ・ネフスキーは西 にし 夏 なつ 語 ご の文法 ぶんぽう を再 さい 構し、最初 さいしょ の西 にし 夏 なつ 語 ご ・英語 えいご ・ロシア語 ご 辞典 じてん を編纂 へんさん した。この辞典 じてん はネフスキーの論文 ろんぶん とともに没後 ぼつご の1960年 ねん に『西 にし 夏 なつ 語 ご 文献 ぶんけん 学 がく 』の題 だい で出版 しゅっぱん された。ネフスキー以後 いご 、主 おも に西田 にしだ 龍雄 たつお 、クセニヤ・ケピング、龔煌城 じょう 、М・ソフロノフ、李 り 範 はん 文 ぶん (英語 えいご 版 ばん ) らによって再 さい 構が行 おこな われた。マーク・ミヤケ は西 にし 夏 なつ 語 ご の音韻 おんいん 論 ろん と通 つう 時論 じろん に関 かん する書物 しょもつ を出版 しゅっぱん した[ 16] 。西 にし 夏 なつ 語 ご 辞典 じてん は4種類 しゅるい が利用 りよう 可能 かのう である(ネフスキーのもの、西田 にしだ 龍雄 たつお のもの(1966)、李 り 範 はん 文 ぶん のもの(1997、2008改訂 かいてい )、エヴゲーニイ・クィチャノフ (英語 えいご 版 ばん ) のもの(2006))。
中国 ちゅうごく では西 にし 夏 なつ 学 がく が発展 はってん しつつある。主 おも な学者 がくしゃ には大陸 たいりく では史 ふみ 金波 きんぱ (英語 えいご 版 ばん ) 、李 り 範 はん 文 ぶん 、聶鴻音 おん 、白浜 しらはま らがあり、台湾 たいわん では龔煌城 じょう 、林 はやし 英 えい 津 つ がある。中国 ちゅうごく 以外 いがい ではロシアではクィチャノフとその教 おし え子 ご であるキリル・ソローニン、日本 にっぽん では西田 にしだ 龍雄 たつお や荒川 あらかわ 慎太郎 しんたろう 、米国 べいこく ではルース・W・ダンネルがある。
西 にし 夏 なつ 語 ご の音節 おんせつ は CV 構造 こうぞう をもっており、2種類 しゅるい の声調 せいちょう (平声 ひょうしょう ・上声 じょうせい )のいずれかに属 ぞく する。中国 ちゅうごく の音韻 おんいん 学 がく に従 したが って、音節 おんせつ を声 こえ 母 はは (音節 おんせつ 頭 あたま 子音 しいん )と韻 いん 母 はは (それ以外 いがい )に分 わ ける。
子音 しいん は以下 いか の範疇 はんちゅう に分 わ けられる。
中国語 ちゅうごくご 名 めい
現代 げんだい 語 ご
荒川 あらかわ
龔
ミヤケ
重 じゅう 唇音 しんおん 類 るい
両 りょう 唇音 しんおん
p, ph, b, m
p, ph, b, m
p, ph, b, m
軽 けい 唇音 しんおん 類 るい
唇 くちびる 歯音 しおん
f, v, w
v
舌頭 ぜっとう 音 おん 類 るい
歯音 しおん
t, th, d, n
t, th, d, n
t, th, d, n
舌 した 上 じょう 音 おと 類 るい
歯茎 はぐき 音 おん
ty', thy', dy', ny'
tʂ tʂh dʐ ʂ
牙 きば 音 おん 類 るい
軟口蓋 なんこうがい 音 おん
k, kh, g, ng
k, kh, g, ŋ
k, kh, g, ŋ
歯 は 頭 あたま 音 おん 類 るい
歯音 しおん 破 やぶ 擦 ず 音 おと ・摩擦音 まさつおん
ts, tsh, dz, s
ts, tsh, dz, s
ts, tsh, dz, s
正 せい 歯音 しおん 類 るい
硬 かた 口蓋 こうがい 破 やぶ 擦 ず 音 おと ・摩擦音 まさつおん
c, ch, j, sh
tɕ, tɕh, dʑ, ɕ
喉 のど 音 おん 類 るい
喉頭 こうとう 音 おん
', h
., x, ɣ
ʔ, x, ɣ
流風 るか 音 おと 類 るい
共鳴 きょうめい 音 おん
l, lh, ld, z, r, zz
l, lh, z, r, ʑ
ɫ, ɬ, z, ʐ, r
韻書 いんしょ では105の韻 いん 類 るい を区別 くべつ し、各 かく 韻 いん が等 ひとし ・環 たまき ・摂 と によって分類 ぶんるい される。
西 にし 夏 なつ 語 ご の韻 いん は三 さん 種類 しゅるい の環 たまき をもち、それぞれは西田 にしだ によって(荒川 あらかわ ・龔も同 おな じ)「普通 ふつう 母音 ぼいん ・緊喉母音 ぼいん ・捲 めく 舌 した 母音 ぼいん 」と呼 よ ばれている。龔の表記 ひょうき では普通 ふつう 母音 ぼいん を無 む 表記 ひょうき 、緊喉母音 ぼいん は下 した に点 てん を置 お き、捲 めく 舌 した 母音 ぼいん は後 うし ろに -r を附加 ふか する。荒川 あらかわ も龔とほぼ同 おな じだが、緊喉母音 ぼいん は -q を附加 ふか するところのみ異 こと なる。
韻書 いんしょ では4つの等 とう を区別 くべつ する。初期 しょき の再 さい 構ではこれらが異 こと なる音 おと を表 あら わすと考 かんが えていたが、三 さん 等 とう と四 よん 等 とう の区別 くべつ が声 こえ 母 はは による相補 そうほ 分布 ぶんぷ をなすことが見出 みいだ され、荒川 あらかわ や龔の再 さい 構では両者 りょうしゃ を区別 くべつ しない。龔の再 さい 構では3つの等 とう を V、iV、jV としている。荒川 あらかわ は V、iV、V: としている。
摂 と は同 おな じ主 ぬし 母音 ぼいん をもつすべての韻 いん の集合 しゅうごう に相当 そうとう する。
龔はさらに母音 ぼいん の長 なが さに音韻 おんいん 論 ろん 的 てき 意味 いみ があったとする。龔の示 しめ した証拠 しょうこ は西 にし 夏 なつ 語 ご に中国語 ちゅうごくご にはない区別 くべつ があったことを示 しめ すが、それが母音 ぼいん の長 なが さの違 ちが いであることを示 しめ す積極 せっきょく 的 てき な証拠 しょうこ は存在 そんざい しない。このため他 た の学者 がくしゃ は龔の説 せつ を疑問 ぎもん としている。
普通 ふつう 母音 ぼいん
緊喉母音 ぼいん
捲 めく 舌 した 母音 ぼいん
狭 せま 母音 ぼいん
i I u
iq eq uq
ir Ir ur
中央 ちゅうおう 母音 ぼいん
e o
eq2 oq
er or
広 こう 母音 ぼいん
a
aq
ar
ミヤケは異 こと なる再 さい 構を行 おこな っている。ミヤケによると、西 にし 夏 なつ 語 ご の95韻 いん 母 はは は先 さき 西 にし 夏 なつ 語 ご の6母音 ぼいん 体系 たいけい から子音 しいん 連結 れんけつ の最初 さいしょ の子音 しいん が脱落 だつらく することによって発生 はっせい したものである(かっこで示 しめ した2つの韻 いん 母 はは は中国語 ちゅうごくご からの借用 しゃくよう 語 ご にのみ現 あらわ れる。三 さん 等 とう と四 よん 等 とう は多 おお くが相補 そうほ 分布 ぶんぷ を示 しめ す)
先 さき 西 にし 夏 なつ 語 ご
一等 いっとう
二 に 等 とう
三 さん 等 とう
四 よん 等 とう
*u
əu
o
ɨu
iu
əəu
oo
ɨuu
iuu
(əũ)
əụ
ɨụ
iụ
əuʳ
iuʳ
*i
əi
ɪ
ɨi
i
əəi
ɪɪ
ɨii
ii
əĩ
ɨĩ
ĩ
əị
ɨị
ị
əiʳ
ɪʳ
ɨiʳ
iʳ
əəiʳ
ɪɪʳ
ɨiiʳ
iiʳ
*a
a
æ
ɨa
ia
aa
ææ
ɨaa
iaa
ã
æ̃
ɨã
iã
ạ
ɨạ
iạ
aʳ
æʳ
ɨaʳ
iaʳ
aaʳ
ɨaaʳ
iaaʳ
(ya)
*ə
ə
ʌ
ɨə
iə
əə
ɨəə
iəə
ə̣
ɨə̣
iə̣
əʳ
ʌʳ
ɨəʳ
iəʳ
ɨəəʳ
iəəʳ
*e
e
ɛ
ɨe
ie
ee
ɛ
ɨee
iee
ẽ
ɛ̃
ɨẽ
iẽ
ɛ̣̃
ɨẹ̃
iẹ̃
ɛ̣
ɨẹ
iẹ
eʳ
ɛʳ
ɨeʳ
ieʳ
*ik *ek *uk
ew
ɛw
ɨew
iew
ɨiw
iw
eʳw
i(e)ʳw
*o
o
ɔ
ɨo
io
wɨo
oo
ɔɔ
ɨoo
ioo
õ
ɔ̃
ɨõ
iõ
ɔ̃ɔ̃
ɨõõ
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