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氷雪藻 - Wikipedia

氷雪ひょうせつ(ひょうせつそう)もしくは雪上せつじょう(せつじょうそう、snow algae)とは、高山たかやまたいきょくけん夏季かきにおいてゆきこおりうえ生育せいいくする低温ていおんたいせい藻類そうるいのことである。可視かしてきなまでにひろがった氷雪ひょうせつコロニーは、藻類そうるい色素しきそ種類しゅるいによりゆきあかみどり黄色おうしょくなど様々さまざまいろいろどり、あやゆき現象げんしょう)やゆきはななどとばれる現象げんしょうこす。とくあかいろづくものをあかゆきべにゆき英語えいごではかすかなスイカかおりがするとして "watermelon snow" と[1]。このような低温ていおん環境かんきょう極限きょくげん環境かんきょう微生物びせいぶつは、氷河ひょうが生態せいたいけい理解りかい関連かんれんして研究けんきゅう対象たいしょうとなっている。

氷雪ひょうせつによってあかみをびたゆきあやゆき

あかゆきかんする最古さいこ言及げんきゅうは、古代こだいギリシアアリストテレス動物どうぶつ』にある。腐敗ふはいから下等かとう生物せいぶつ自然しぜん発生はっせいするとかんがえたアリストテレスは、ふるくなったゆきあかくなり、そのようなゆきからうじ発生はっせいするとべた[2]

ヨーロッパでは中世ちゅうせいからアルプス山脈あるぷすさんみゃくあかゆき記録きろくされてきた。くつそこめるあやゆき現象げんしょう登山とざんしゃ探検たんけん博物はくぶつ学者がくしゃらにとって不可思議ふかしぎなものであり、ミネラルぶんなにかの酸化さんかぶつ岩石がんせきから浸出しんしゅつしてきたものであろうと憶測おくそくするものもあった。1818ねんジョン・ロス探検たんけんたいは、グリーンランドしま北西ほくせいがんヨークみさきからあかゆきを、イギリスかえってて分析ぶんせきした[3]あやゆき成因せいいん隕鉄によるものであったというあやまった結論けつろんわった[4]

日本にっぽんでは、天平てんぺい14ねん742ねん)に 陸奥みちのくこく部内ぶない黒川くろかわぐん以北いほく11ぐん現在げんざい宮城みやぎけん中部ちゅうぶ)で平地ひらちあかゆきが2すんったことをほうじたことが、『ぞく日本にっぽん』にしるされた[5]江戸えど時代じだい歴史れきししょときあかゆき記録きろくにとどめたが、当時とうじ人々ひとびとあかゆきそらからってくるのだとかんがえていた。

あやゆき現象げんしょう藻類そうるいだい発生はっせいによるものであると判明はんめいしたのは、光学こうがく顕微鏡けんびきょう発達はったつした19世紀せいきすえになってからであった。

構成こうせい生物せいぶつ

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Chlamydomonas nivalis
 
Chlamydomonas nivalisTEMぞう
分類ぶんるい
ドメイン : かく生物せいぶつ Eukaryota
さかい : 植物しょくぶつかい Plantae もしくは

アーケプラスチダ Archaeplastida

かい : 緑色みどりいろ植物しょくぶつかい Viridiplantae
もん : 緑色みどりいろ植物しょくぶつもん Chlorophyta
つな : 緑藻りょくそうつな Chlorophyceae
: ボルボックス Volvocales
: クラミドモナス Chlamydomonadaceae
ぞく : クラミドモナスぞく Chlamydomonas
たね : クラミドモナス・ニヴァリス C. nivalis
(Bauer) Wille
学名がくめい
Chlamydomonas nivalis

氷雪ひょうせつばれる藻類そうるいいくつかの分類ぶんるいぐん存在そんざいする。一般いっぱんてきなものは緑色みどりいろ植物しょくぶつもんボルボックスクラミドモナスChlamydomonas)やクロロモナス(Chloromonas)といった緑藻りょくそうるいとくにクラミドモナス・ニヴァリス(Chlamydomonas nivalis)が代表だいひょうてきである。また車軸しゃじく藻類そうるい接合せつごう仲間なかま繁茂はんもする場合ばあいもある。これらの緑色みどりいろ植物しょくぶつ通常つうじょう光合成こうごうせい色素しきそとしてクロロフィルa、bをつが、環境かんきょう条件じょうけんによっては特定とくていカロテノイドとくアスタキサンチン)を細胞さいぼううち蓄積ちくせきする。そのため緑藻りょくそうではあるもののあざやかな赤色あかいろていしたコロニーがしょうじる。黄金おうごんしょくのオクロモナス(Ochromonas)も黄色おうしょくいろどりゆきをもたらす。反面はんめんアイスアルジー英語えいごばんとして流氷りゅうひょうなどにゆううらないするあい珪藻けいそうるいは、氷雪ひょうせつとして報告ほうこくされることまれである。

緑色みどりいろ植物しょくぶつもん
緑藻りょくそうつなボルボックス
  • クラミドモナスぞく Chlamydomonas
  • クロロモナスぞく Chloromonas
クラミドモナスぞくるがピレノイドたない。氷雪ひょうせつとして以下いかのものがられている。
  • Chloromonas brevispina
  • Chloromonas chenangoensis
  • Chloromonas nivalis
  • Chloromonas pichinchae
  • Chloromonas rubroleosa
  • Chloromonas tughillensis
  • クライノモナスぞく Chlainomonas
クラミドモナスぞくるが4むちせい以下いかの2しゅられ、いずれも氷雪ひょうせつ
  • Chlainomonas kollii
  • Chlainomonas rubra
  • クロロサルシナぞく Chlorosarcina
車軸しゃじくつな
  • メソテニウムぞく Mesotaenium
  • アンキロネマぞく Ancylonema
  • Ancylonema nordenskioeldii
不等ふとう植物しょくぶつもん
黄金おうごんしょくつな
  • オクロモナスぞく Ochromonas

氷雪ひょうせつとして代表だいひょうてきChlamydomonas nivalis細胞さいぼう直径ちょっけいが 20-30μみゅーm、たね小名しょうみょうの "nivalis"(ニウァーリス)はラテン語らてんごで「ゆきの」を意味いみする。おおくの淡水たんすいとはことなり、こう冷性ひえしょう低温ていおんみずこの[6]C. nivalis冬季とうきゆきるとゆううらないしゅとなり、不動ふどう細胞さいぼうとしてゆきちゅう間隙かんげきすい存在そんざいする。はる栄養えいようしお日射にっしゃりょう気温きおん上昇じょうしょうすると、不動ふどう細胞さいぼうからむち緑色みどりいろ遊泳ゆうえい細胞さいぼう変化へんかし、適切てきせつひかり環境かんきょうもとめて移動いどうする。遊泳ゆうえい細胞さいぼう良好りょうこう環境かんきょう着生ちゃくせいするとむちうしない、aplanospore とばれる特殊とくしゅシスト形成けいせいする。aplanospore はかた細胞さいぼうかべち、アスタキサンチン大量たいりょうふくむ。この aplanospore が大量たいりょう形成けいせいされるとあかいろどりゆき原因げんいんとなる。

ただし Chlamydomonas nivalis として報告ほうこくされた氷雪ひょうせつには、様々さまざまぞくたね藻類そうるいふくまれている可能かのうせい報告ほうこくされている[7]C. nivalisゆうはし細胞さいぼう典型てんけいてきなクラミドモナスぞくのものでたねとの形態けいたいてき区別くべつ困難こんなんであるが、不動ふどう細胞さいぼう形態けいたい特徴とくちょうかべ表面ひょうめん隆起りゅうきあばら様子ようすなど)の判別はんべつ可能かのうである。走査そうさがた電子でんし顕微鏡けんびきょうによる観察かんさつ結果けっかC. nivalis のコロニーちゅうにはことなる形状けいじょう不動ふどう細胞さいぼう混在こんざいしているとされている。また分子ぶんし系統けいとう解析かいせきによる検討けんとうにおいても、C. nivalis とされた集団しゅうだんなかChloromonasきんえんなグループがふくまれていることが指摘してきされている。

アスタキサンチンは、雪氷せっぴょうじょうつよひかりによるDNA損傷そんしょうふせはたらきをする。日本にっぽん複数ふくすう研究けんきゅう機関きかん大学だいがくによる研究けんきゅうチームが両極りょうきょくなどで採取さいしゅした氷雪ひょうせつ遺伝子いでんし解析かいせきしたところ、おおくのたね北極ほっきょく南極なんきょくのどちらかだけに分布ぶんぷし、北極圏ほっきょくけんでは氷河ひょうがなど特定とくてい地域ちいきのみでつかる藻類そうるい目立めだった。一方いっぽう、ごく一部いちぶ系統けいとう南北なんぼく両極りょうきょく検出けんしゅつされ、現在げんざい分散ぶんさん交流こうりゅうしている可能かのうせいがあることが判明はんめいした[8]

藻類そうるい以外いがい生物せいぶつ

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いわゆるいろどりゆき構成こうせい要素ようそだい部分ぶぶん上記じょうきのような藻類そうるいであるが、微生物びせいぶつもそれにじってつかることがふるくよりよくられている[9]とく菌類きんるい重要じゅうようユキボシ Chionaster nivalis はよくられている。また環境かんきょうDNA調査ちょうさでは担子菌類きんるいとツボカビるい豊富ほうふであることがられ、後者こうしゃ藻類そうるい寄生きせいしゃであるとおもわれる。

生態せいたい

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スポットじょうあやゆき("sun cups")
 
雪解ゆきどけのりゅう沿ったしまじょうあやゆき

氷雪ひょうせつといえども完全かんぜん凍結とうけつしたゆきこおりのみでは増殖ぞうしょくできない。氷雪ひょうせつ増殖ぞうしょくしてあやゆき現象げんしょうしょうじるためには、降雪こうせつとともにある程度ていど雪解ゆきど期間きかん降雨こうう必要ひつようである。氷雪ひょうせつがカロテノイドを蓄積ちくせきする環境かんきょう要因よういんとしては窒素ちっそ不足ふそくつよしこうなどがられており、したがってカロテノイドは紫外線しがいせんひとしから細胞さいぼうまもはたらきをしているとかんがえられている[10]が、その副次的ふくじてき効果こうかとして太陽光たいようこうせん吸収きゅうしゅうして細胞さいぼうねつび、周囲しゅういこおりかす作用さようがあるともわれている。これによって液体えきたいみず増加ぞうかし、氷雪ひょうせつ増殖ぞうしょくうながされる。しばしば氷雪ひょうせつは "sun cups" とばれるいろどりゆきあなみぎ写真しゃしん)を形成けいせいするが、これは前述ぜんじゅつのようなねつ吸収きゅうしゅう細胞さいぼう増殖ぞうしょくのプロセスによるものである。

こうして増殖ぞうしょくした氷雪ひょうせつ様々さまざま生物せいぶつ捕食ほしょくされる。代表だいひょうてき捕食ほしょくしゃ繊毛せんもうちゅうワムシせんちゅうコオリミミズトビムシ仲間なかまなどである。

出現しゅつげん地域ちいき

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氷雪ひょうせつグリーンランド南極なんきょくアラスカシエラネバダ山脈さんみゃくなどきたアメリカ西岸せいがんおよび東岸とうがんヒマラヤ山脈ひまらやさんみゃく日本にっぽんニューギニアヨーロッパアルプス山脈あるぷすさんみゃくスカンディナヴィアカルパティア山脈さんみゃく)、中国ちゅうごくチリパタゴニアサウス・オークニー諸島しょとうなど様々さまざま地域ちいき報告ほうこくされている。ほとんどの氷雪ひょうせつは10℃をえる環境かんきょうでは生育せいいくできないため、年間ねんかんとおしてひく気温きおん維持いじされ、標高ひょうこうがある程度ていどたか積雪せきせつのこ場所ばしょこのむ。北極ほっきょく北極ほっきょくかいうみごおりからも報告ほうこくがある。日本にっぽんでは中部ちゅうぶ地方ちほう以北いほく山岳さんがく地帯ちたいとく山形やまがたけんでの調査ちょうさ報告ほうこくおおい。一部いちぶ四国しこく石鎚山いしづちさん)や中国ちゅうごく地方ちほう大山おおやま)での発生はっせいられる[11]

フィクションちゅう氷雪ひょうせつ

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著名ちょめいなものでは北極ほっきょく探検たんけん題材だいざいとしたジュール・ヴェルヌの1866ねん作品さくひん "The Desert of Ice"[12]氷雪ひょうせつ登場とうじょうする。ただしこの作品さくひんは、実際じっさい北極ほっきょく踏破とうは可能かのうになるなんじゅうねんまえつづられたものである。当時とうじゆき着色ちゃくしょくする現象げんしょうスイス前述ぜんじゅつバフィンわんられており、ヴェルヌはこれを菌類きんるいによるものであるといている。

注釈ちゅうしゃく参考さんこう

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  1. ^ Red snow 千葉大学ちばだいがく理学部りがくぶ竹内たけうち研究けんきゅうしつによる雪上せつじょう生物せいぶつ解説かいせつ
  2. ^ アリストテレース『動物どうぶつ』5かん19しょう岩波いわなみ文庫ぶんこはん上巻じょうかん244ぺーじ)。
  3. ^ “Red snow from the Arctic regions”. The Times: pp. 2. (December 4, 1818) .
  4. ^ “The King's health”. The Times: pp. 2. (December 7, 1818) 
  5. ^ ぞく日本にっぽん天平てんぴょう14ねん1がつ23にちじょう
  6. ^ Williams WE, Gorton HL, Vogelmann TC (January 21, 2003). “Surface gas-exchange processes of snow algae”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 100 (2): 562-6. doi:10.1073/pnas.0235560100. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?artid=141035. 
  7. ^ Muramoto K, Kato S, Shitara T, Hara Y, Nozaki H (2008). “Morphological and genetic variation in the cosmopolitan snow alga Chloromonas nivalis (Volvocales, Chlorophyta) from Japanese mountainous area.”. Cytologia 73: 91-6. 
  8. ^ 北極ほっきょく南極なんきょくゆきあかめる藻類そうるい地理ちりてき分布ぶんぷ解明かいめい国立こくりつ遺伝いでんがく研究所けんきゅうじょプレスリリース(2019ねん1がつ22にち閲覧えつらん)。研究けんきゅう主体しゅたい山梨大学やまなしだいがく総合そうごう分析ぶんせき実験じっけんセンター、国立こくりつ環境かんきょう研究所けんきゅうじょ千葉大学ちばだいがく理学部りがくぶなどの研究けんきゅうグループで、国立こくりつ極地きょくち研究所けんきゅうじょ北海道大学ほっかいどうだいがく低温ていおん科学かがく研究所けんきゅうじょ東京農業大学とうきょうのうぎょうだいがく国立こくりつ遺伝いでんがく研究所けんきゅうじょ協力きょうりょくした。
  9. ^ 以下いか、Irwin et al.(2021)
  10. ^ Round FE (1981). The ecology of algae. Cambridge: Cambridge University Press. pp. 653 
  11. ^ Fukushima H (1963). “Studies on cryophytes in Japan”. J. Yokohama Munic. Univ. Ser. C. 43: 1-146. 
  12. ^ ハテラス船長せんちょう冒険ぼうけん後半こうはんがこの作品さくひん相当そうとうする。
  • Nicholas A. T. Irwin et al. 2021. The Molecular phylogeny of Chionaster nivalis reveals a novel order of psychrophilic and globaly distributed Tremellomycetes (Fungi, Basidiomycota). PLOS ONE, March 24, 2021

その参考さんこう文献ぶんけん

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  • アリストテレースしる島崎しまざき三郎さぶろうやく動物どうぶつ』(うえ)、岩波書店いわなみしょてん岩波いわなみ文庫ぶんこ)、1998ねんISBN 4-00-386011-X
  • 青木あおき和夫かずお稲岡いなおかこう笹山ささやま晴生はるお白藤しらふじあやこうこうちゅうぞく日本にっぽん』2(しん日本にっぽん古典こてん文学ぶんがく大系たいけい13)、岩波書店いわなみしょてん、1990ねんISBN 4-00-240013-1
  • ゆきはな氷雪ひょうせつ - 大谷おおや修司しゅうじ日本にっぽん藻類そうるい学会がっかい創立そうりつ50 周年しゅうねん記念きねん出版しゅっぱん(PDF)
  • Armstrong WP 1999 "Watermelon Snow: A Strange Phenomenon Caused by Algal Cells of The Chlorophyta" Wayne's Word Noteworthy Plants: Aug 1998. (24 April 2006).
  • Hoham RW, Berman JD, Rogers HS, Felio JH, Ryba JB, Miller PR (2006). “Two new species of green snow algae from Upsatate New York, Chloromonas chenangoensis sp. nov. and Chloromonas tughillensis sp. nov. (Volvocales, Chlorophyceae) and the effects of light on their life cycle development”. Phycologia 45: 319-30. 
  • Hoham RW, Bonome TA, Martin CW, Leebens-Mack JH (2002). “A combined 18S rDNA and rbcL phylogenetic analysis of Chloromonas and Chlamydomonas (Chlorophyceae, Volvocales) emphasizing snow and other cold-temperature habitats”. J. Phycol. 38: 1051-64. 
  • Remias D, Lütz-Meindl U, Lütz C (2005). “Photosynthesis, pigments and ultrastructure of the alpine snow alga Chlamydomonas nivalis”. Eur. J. Phycol. 40: 259-68. 
  • Novis PM, Hoham RW, Beer T, Dawson M (2008). “Two snow species of the quadriflagellate green alga Chlainomonas (Chlorophyta, Volvocales): Ultrastructure and phylogenetic position within the Chloromonas clade”. J. Phycol. 44: 1001-12. 

関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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