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数理すうり経済けいざいがく

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数理すうり経済けいざいがく(すうりけいざいがく、えい: mathematical economics)は、数学すうがくてき手法しゅほうもちいた分析ぶんせきがなされる経済けいざいがくいち分野ぶんやである[1]。ただし、現代げんだい経済けいざいがくでは程度ていどちがいはあるもののおおくの分野ぶんやトポロジーなど数学すうがくてき概念がいねんもちいられており、経済けいざいがくなかに「数理すうり経済けいざいがく」という明確めいかく分野ぶんや存在そんざいするわけではない[1]

概要がいよう

19世紀せいきにおいて、オーギュスタン・クールノーレオン・ワルラスフランシス・エッジワースらにより数学すうがく経済けいざいがくへの応用おうようこころみられた。1930年代ねんだいから1940年代ねんだいにおいて、ジョン・ヒックスポール・サミュエルソンらにより、数理すうりモデル経済けいざいがくのあらゆる分野ぶんやもちいられることとなった。1950年代ねんだいにおいて、ケネス・アロージェラール・ドブリューらにより、数学すうがく経済けいざいがくへのより厳密げんみつ応用おうようすすめられた。さらにジョン・フォン・ノイマンジョン・ナッシュといった数学すうがくしゃ参入さんにゅうにより、20世紀せいき中葉ちゅうようには飛躍ひやくてき発展はってんげた。[独自どくじ研究けんきゅう?]

なお、経済けいざい数学すうがく初級しょきゅうから中級ちゅうきゅうにかけての経済けいざいがく必要ひつよう数学すうがく用語ようごで、数理すうり経済けいざいがくとは意味いみことなる。また応用おうよう数学すうがくなかでは経済けいざい関連かんれんするしょ問題もんだい研究けんきゅうおこなわれているが、その内容ないよう数理すうり経済けいざいがく重複じゅうふくしているといえる。[よう出典しゅってん]

経済けいざいどうがく

一方いっぽうしん古典こてんマクロ経済けいざいがくは、ケインジアン対抗たいこうしつつあたらしい古典こてん研究けんきゅうとして結実けつじつした。その過程かていにおいて、経済けいざいどうがくあつかうモデリングを必要ひつようとすることがあきらかになり、どうがくてき最適さいてき手法しゅほうがマクロ経済けいざいがくにとって必要ひつよう不可欠ふかけつとなった[2]現在げんざい経済けいざいどうがくにおける数理すうり経済けいざいがくは、差分さぶん方程式ほうていしきもちいつつ離散りさんがた力学りきがくけいのモデルを援用えんようしたどうがくてき計画けいかくほうにおける期間きかん最適さいてき議論ぎろんすることになる。[3]れいとしては最適さいてき成長せいちょうモデル世代せだい重複じゅうふくモデルなどの議論ぎろんがあるが、世代せだいあいだ個人こじん消費しょうひ時点じてんあいだでどのように資源しげん配分はいぶんして個人こじん消費しょうひ決定けっていするかなどを想起そうきするとかりやすい。有名ゆうめいリカード等価とうか定理ていり等価とうか定理ていり拡張かくちょうしたロバート・バロー中立ちゅうりつ命題めいだいは、どうがくてきなモデリングがもたらすインプリケーションの好例こうれいとなる。また、かくりつ過程かてい導入どうにゅうした合理ごうりてき期待きたい条件じょうけんづけ行動こうどうなどの応用おうようは、ランダムウォーク解釈かいしゃくマンデルフレミングモデルにおける財政ざいせい政策せいさくおよび金融きんゆう政策せいさく有効ゆうこうせい無効むこうせいなど、その応用おうよう拡張かくちょう現実げんじつ経済けいざいにも影響えいきょうおよぼしている。[4]また、従来じゅうらいけられる傾向けいこうにあった計量けいりょう経済けいざいがくといった分野ぶんやとの並立へいりつも、その可能かのうせいひろげている。とくに、あたらしい古典こてんモデルにおけるかくりつ過程かてい援用えんようや、カリブレーションとばれるモデルから予想よそうされる予測よそく実際じっさいのデータとの比較ひかくによって、議論ぎろん陶冶とうやされている。

ゲーム理論りろん

現代げんだい数理すうり経済けいざいがくにおいて、ゲーム理論りろんめる位置いち非常ひじょうおおきい。その影響えいきょうおおきさにより、ゲーム理論りろん経済けいざいがく方法ほうほうろん革新かくしんしたと評価ひょうかされることもある[5]。ゲーム理論りろんはフォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンによる大著たいちょ『ゲームの理論りろん経済けいざい行動こうどう』(Theory of Game and Economic Behavior)の出版しゅっぱんによって、1944ねん誕生たんじょうした[6]成立せいりつ当初とうしょのゲーム理論りろん経済けいざいがく主流しゅりゅうではなかったが、1950年代ねんだいから1960年代ねんだいにかけてコアにかんする極限きょくげん定理ていりさかんに研究けんきゅうされた結果けっか一般いっぱん均衡きんこう理論りろんがゲーム理論りろん特殊とくしゅケースであることがあきらかとなり、それ以来いらいゲーム理論りろん一般いっぱん経済けいざい学者がくしゃからも本格ほんかくてき研究けんきゅうされるようになった[7]

脚注きゃくちゅう

  1. ^ a b 武隈たけくま 2001, p. i.
  2. ^ 西村にしむら清彦きよひこ経済けいざいがくのための最適さいてき理論りろん入門にゅうもん東京大学とうきょうだいがく出版しゅっぱんかい、1990ねん、1ぺーじ 
  3. ^ 現代げんだいマクロ経済けいざいどうがく有斐閣ゆうひかく、1997ねん4がつISBN 9784130401531 
  4. ^ 【ランダムウォークとは?🌈】定常ていじょう過程かていにおける単位たんい検定けんてい基礎きそ概念がいねん計量けいりょう経済けいざいがく✨ No.7”. 2024ねん4がつ4にち閲覧えつらん
  5. ^ たとえば神取かんどり 1994参照さんしょう
  6. ^ 岡田おかだ 1996, p. 2。ただし、フォン・ノイマンは1928ねん発表はっぴょうした論文ろんぶん"Zur Theorie der Gesellschaftsspiele"においてゼロ2にんゲームのミニマックス定理ていりはじめて証明しょうめいしており、この画期的かっきてき論文ろんぶんによって現代げんだいのゲーム理論りろん誕生たんじょうしたという見方みかたもある(前掲ぜんけいしょ9ぺーじ)。また、古典こてんてき内容ないようとしては、フランスの経済けいざい学者がくしゃクールノー1838ねんあらわした『とみ理論りろん数学すうがくてき原理げんりかんする研究けんきゅう』(Recherches sur les principes mathématiques de la théorie des richesses)にまでその歴史れきしさかのぼることも可能かのうである。
  7. ^ 鈴木すずき 2014, p. 142.

引用いんよう文献ぶんけん

関連かんれん項目こうもく