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アームストロングほう

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
110ポンド(7インチ)アームストロングほう

アームストロングほう(アームストロングほう、英語えいご: Armstrong gun)は、イギリスウィリアム・アームストロング1854ねん発明はつめいした大砲たいほうはじめてだい規模きぼ実用じつようされたこうそうしきライフルほうである。

沿革えんかく

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開発かいはついた経緯けいい

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アームストロングは水力すいりょく関連かんれん機器きき製造せいぞう業者ぎょうしゃとして成功せいこうしていたが、クリミア戦争せんそうなかインカーマンのたたか英語えいごばんにおいてイギリスぐん重砲じゅうほう射撃しゃげき位置いち進入しんにゅうさせるのに難渋なんじゅうしていたという報道ほうどうんで、軽量けいりょうかつ高性能こうせいのう火砲かほう開発かいはつ決意けついした[1]。この時期じきヨーロッパではぜんそうしきからこうそうしきへ、またすべり腔砲からライフルほうへの移行いこうこころみられており、アームストロングの設計せっけいはその最初さいしょこころみのひとつであった[2]

従来じゅうらい砲身ほうしん鋳造ちゅうぞうせいであったのにたいし(鋳造ちゅうぞうほう)、アームストロングはほう腔にあたる中子なかごのまわりに砲身ほうしんすこしずつてていくという製造せいぞうほう採用さいようした[1]。これは、鋼鉄こうてつつくった中子なかご砲身ほうしん内側うちがわ表面ひょうめんとして、その外側そとがわから鍛鉄たんてつおびきけたり、みじか円筒えんとう前後ぜんごならべたりするというものであった[1][ちゅう 1]。この工法こうほうによる砲身ほうしんでは、外側そとがわおび内側うちがわそうをきつくけることになり、均質きんしつ鋳造ちゅうぞう砲身ほうしんよりも軽量けいりょうでありながら強靭きょうじんとなったほか、注文ちゅうもんおうじてほうおおきさを比較的ひかくてき自由じゆう変更へんこうできるというメリットもあった[1]一方いっぽう閉鎖へいさとしてはくさりせんしきにしせんしき混合こんごうがたにあたるあずかあつしきもちいられた[2]。これはくさりせんしき閉鎖へいさ後方こうほうにネジしきにしせんしき閉鎖へいさ併設へいせつしたものだが、にしせんしき閉鎖へいさ内径ないけいくすりしつとほぼおなふとさのパイプじょうのネジになっている。このネジをゆるめてくさりせんきとり、ネジのパイプないとおして砲弾ほうだんそうやく装填そうてんくさりせん装着そうちゃく、ネジをめてくさりせん密着みっちゃくさせて射撃しゃげき準備じゅんび完了かんりょうする構造こうぞうになっていた。

くすり嚢の前部ぜんぶには、ブリキのプレートで獣脂じゅうし亜麻仁あまにはさんだ潤滑じゅんかつ装着そうちゃくされていた。プレートのうしろには蜜蝋みつろうでコーティングしたフェルトたば厚紙あつがみがあった。砲弾ほうだん発射はっしゃされると潤滑じゅんかつもそのうが、このさいにプレートの隙間すきまから潤滑油じゅんかつゆしぼされ、フェルトたば砲弾ほうだんからがれてうち腔にこびりついたなまりきとり、つぎだん発射はっしゃまえうち腔が掃除そうじされることになる[4]

アームストロングほう1855ねんイギリス海軍かいぐん部分ぶぶんてき導入どうにゅうされたのち、1857ねん勃発ぼっぱつしたインドだい反乱はんらん影響えいきょうもあってイギリスぐんへの採用さいよう決定けっていされ、1859ねんにはアームストロングは「ライフルほう専任せんにん技師ぎし」という官職かんしょく任命にんめいされるとともに爵位しゃくいけた[1]。この公務員こうむいんとしての立場たちばで、アームストロングはエルスウィックしゃElswick Ordnance Company)という会社かいしゃ新設しんせつし、イギリス政府せいふとの専属せんぞく契約けいやくのもとでアームストロングほう納入のうにゅうした[1]

初期しょき実戦じっせん投入とうにゅう

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かんほうモデルは、1863ねん薩英戦争せんそうにおいて実戦じっせん投入とうにゅうされた[2]。このさい、アームストロングほう発射はっしゃ速度そくどはやさとともに、着発ちゃくはつ信管しんかん装着そうちゃくした榴弾りゅうだん破壊はかいりょくたか評価ひょうかされたが、この砲弾ほうだんこうそうしきライフルほうという方式ほうしき採用さいようしたことで使用しようできるようになったものであった[2][ちゅう 2]一方いっぽうあずかあつしき閉鎖へいさには強度きょうどめん問題もんだいがあり[2]、しばしばもんてつ破損はそんしたほか、とく旋回せんかいほうとしてもちいられていた110ポンドほうではほう強度きょうど不足ふそく露呈ろていした[6]

このような構造こうぞうじょう問題もんだいのほか、とくだい口径こうけいほうではみさおほう困難こんなんとなる問題もんだいがあり、この時点じてんでは装甲そうこう貫徹かんてつりょく照準しょうじゅん精度せいどぜんそうしきよりおとっていた[1]当時とうじ装甲そうこうかん登場とうじょうともなってたいかん兵器へいき貫徹かんてつりょく重視じゅうしされるようになり、ほうだい口径こうけいだい重量じゅうりょうすすんでいたことから、これは重大じゅうだい問題もんだいであった[1]。このためイギリス海軍かいぐんでは一時いちじてきにアームストロングほうかんからろされることになり[2]ぜんそうほうとの折衷せっちゅうあんにあたるぜんそうしきライフルほう開発かいはつされて、1864ねんにはこれがかんほうとして採用さいようされることになった[7][1]。薩英戦争せんそう直前ちょくぜんにあたる1863ねん2がつ、アームストロングは官職かんしょくし、それとともにエルスウィックしゃ専属せんぞく契約けいやく解除かいじょされたため、イギリス国外こくがいへの輸出ゆしゅつみちひらかれた[1]。この時期じき、アームストロングのライバルでもあったジョセフ・ホイットワースこうそうほう設計せっけいおこなっており[1]両者りょうしゃほう南北戦争なんぼくせんそうにおいてひろもちいられた[8]

改良かいりょうがた開発かいはつ

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くだったアームストロングは閉鎖へいさ改良かいりょうすすめ、にしせんしきをもとにしたへだたにししき採用さいよう着想ちゃくそうした[2]ほん方式ほうしきそのものの発明はつめいフランスのボーリューによるといわれるが、アームストロングが実用じつようすすめたことで洗練せんれんされていった[2]

1879ねんには、イギリス海軍かいぐんふたたそうほう装備そうびへと転換てんかんした[9]。これは上記じょうきのような閉鎖へいさ設計せっけい改良かいりょうによってのちそうほう実用じつようせい向上こうじょうしたことにくわえて、貫徹かんてつりょく向上こうじょう要求ようきゅうおよびそうやく発射はっしゃやく)の進歩しんぽによってちょう砲身ほうしんすすみ、ぜんそうほうへの装填そうてん作業さぎょうなどが実用じつようてきになったことによる決定けっていであった[9]以後いご、アームストロングしゃプロイセンクルップしゃとともに、世界中せかいじゅうこうそうしきライフルほう輸出ゆしゅつしていくことになった[10]

種類しゅるい

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種類しゅるい 口径こうけい
6ポンド軽野かるのほう 2.5 インチ (64 mm)
9ポンド騎兵きへいほう 3 インチ (76 mm)  
12ポンド野砲やほう 3 インチ (76 mm)
20ポンド野砲やほう 3.75 インチ (95 mm)
40ポンドおさむしろほう 3.75 インチ (95 mm)
110ポンド海軍かいぐんほう 7 インチ (180 mm)
100トンほう 17.76インチ (450mm)

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ Holleyは、鋼鉄こうてつせい中央ちゅうおうチューブを錬鉄れんてつせいのコイルで圧縮あっしゅくする方法ほうほうは、ダニエル・トレッドウェル (Daniel Treadwel最初さいしょにパテントをったとしている。アームストロングはチューブを錬鉄れんてつせいとしてこの特許とっきょ回避かいひしたが、この特許とっきょ本質ほんしつ素材そざいではなく外部がいぶコイルによるけにあるため、実際じっさいにはアームストロングの方法ほうほうはこれと同一どういつである[3]
  2. ^ ぜんそうしきすべり腔砲では、装填そうてん必要ひつようから球形きゅうけい砲弾ほうだん使つかわざるをず、この場合ばあい砲弾ほうだん着弾ちゃくだんするときにどの方向ほうこう先端せんたんとしているかが確定かくていできないため、着発ちゃくはつ信管しんかんもちいることが困難こんなんであった[5]

出典しゅってん

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  1. ^ a b c d e f g h i j k McNeill 2014, pp. 41–49.
  2. ^ a b c d e f g h いわどう 1995, pp. 547–554.
  3. ^ Holley 1865, pp. 863–870.
  4. ^ War Office 1877, pp. 166–167.
  5. ^ いわどう 1995, pp. 539–547.
  6. ^ いわどう 1995, pp. 711–714.
  7. ^ 青木あおき 1983, pp. 69–73.
  8. ^ いわどう 1995, pp. 524–527.
  9. ^ a b McNeill 2014, pp. 97–104.
  10. ^ McNeill 2014, pp. 104–114.

参考さんこう文献ぶんけん

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  • Holley, Alexander Lyman (1865), A Treatise on Ordnance and Armor, New York: D Van Nostrand, https://archive.org/details/treatiseonordnan00hollrich 
  • McNeill, William H.戦争せんそう世界せかい下巻げかん高橋たかはしひとし (翻訳ほんやく)、中央公論ちゅうおうこうろんしんしゃ中公ちゅうこう文庫ぶんこ〉、2014ねん原著げんちょ1982ねん)。ISBN 978-4122058989 
  • War Office, ed. (1877), Treatise on Ammunition 
  • 青木あおき栄一えいいち『シーパワーの世界せかい〈2〉蒸気じょうきりょく海軍かいぐん発達はったつ出版しゅっぱん協同きょうどうしゃ、1983ねんNCID BN06117039 
  • いわどうけんじん世界せかい銃砲じゅうほう下巻げかん国書刊行会こくしょかんこうかい、1995ねんISBN 978-4336037657 

関連かんれん書籍しょせき

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  • 司馬しばりょう太郎たろう『アームストロングほう講談社こうだんしゃ文庫ぶんこ、1988ねん ISBN 978-4061843295
  • 幕末ばくまつ軍事ぐんじ研究けんきゅうかい武器ぶき防具ぼうぐ 幕末ばくまつへんしん紀元きげんしゃ、2008ねん
  • 横井よこい勝彦かつひこだいえい帝国ていこくの「商人しょうにん」』講談社こうだんしゃ講談社こうだんしゃ選書せんしょメチエ〉、1997ねん

外部がいぶリンク

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