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ガレット・デ・ロワ
ガレット・デ・ロワの会食 かいしょく 風景 ふうけい 。『ガトー・デ・ロワ』、ジャン=バティスト・グルーズ 画 が
フェーヴの例 れい
ガレット・デ・ロワ (仏 ふつ : galette des rois )は、「王様 おうさま の菓子 かし 」という意味 いみ で[1] 、公 おおやけ 現 げん 祭 さい の日 ひ に食 た べるフランス の菓子 かし である。ここでは公 おおやけ 現 げん 祭 さい に食 た べる各地 かくち の類似 るいじ した菓子 かし についても述 の べる。
フランスの地方 ちほう ごとに少 すこ しずつ異 こと なるが、最 もっと も一般 いっぱん 的 てき なものは紙 かみ の王冠 おうかん がのった折 お りパイ にフランジパーヌ (アーモンド クリーム)が入 はい ったパイ菓子 かし で、中 なか にフェーヴ (fève、ソラマメ の意 い )と呼 よ ばれる陶製 とうせい の小 ちい さな人形 にんぎょう が一 ひと つ入 はい っている。この人形 にんぎょう を集 あつ める収集 しゅうしゅう 家 か は、Fabophilie (フランス語 ふらんすご 版 ばん ) と呼 よ ばれる[2] 。
公 おおやけ 現 げん 節 ふし (1月 がつ 6日 にち )に家族 かぞく で切 き り分 わ けて食 た べ、フェーヴが当 あ たった人 ひと は王冠 おうかん を被 こうむ り、祝福 しゅくふく を受 う け、幸運 こううん が1年間 ねんかん 継続 けいぞく するといわれる。名称 めいしょう の「ロワ」(王 おう たち)とはフランス語 ふらんすご で「ロワ・マージュ」(rois mages)と呼 よ ばれる東方 とうほう の三 さん 博士 はかせ のことである。
ロワール川 がわ 以南 いなん ではブリオッシュ 生地 きじ で作 つく るガトー・デ・ロワ(gâteau des rois)またはブリオッシュ・デ・ロワが好 この まれる。プロヴァンス やラングドック のガトー・デ・ロワはロワイヨームと呼 よ ばれ、レモンピールで香 かお りをつけた王冠 おうかん の形 かたち をしている。ボルドー では形 かたち は同 おな じだがコニャック で香 かお りをつけ、トルティヨンと呼 よ ばれている。いずれもフェーヴを入 い れる習慣 しゅうかん は共通 きょうつう である[3] 。
伝統 でんとう 的 てき には、家族 かぞく が集 あつ まった中 なか で一番 いちばん 小 ちい さい子供 こども をテーブルの近 ちか くに呼 よ び、目隠 めかく しをさせて大人 おとな の誰 だれ かが切 き り分 わ け、この子供 こども に誰 だれ に配 くば るかを指名 しめい させる。そして、昔 むかし は毎週 まいしゅう 末 まつ 家族 かぞく が集 あつ まって食事 しょくじ をするのが常 つね であったので、フェーヴが当 あ たった者 もの は次 つぎ の週末 しゅうまつ の会食 かいしょく の際 さい にガレット・デ・ロワを自作 じさく するか購入 こうにゅう して皆 みな に供 きょう した。この際 さい 、前回 ぜんかい 王冠 おうかん を手 て にした者 もの は、この者 もの が男性 だんせい であった場合 ばあい は女王 じょおう を、女性 じょせい であった場合 ばあい は男 おとこ 王 おう を家族 かぞく の中 なか から選 えら ぶ。子供 こども を喜 よろこ ばせるため、しばしばこの女王 じょおう か男 おとこ 王 おう は子供 こども が選 えら ばれる。この行事 ぎょうじ は1月 がつ 6日 にち あるいは1月 がつ 中 ちゅう のある日 ひ に行 おこな われる[1] 。元々 もともと フェーヴは本物 ほんもの のソラマメだったが、1870年 ねん に陶製 とうせい の人形 にんぎょう が使 つか われるようになった。現在 げんざい ではプラスチック 製 せい のフェーヴもある。
日本 にっぽん でも、ガレット・デ・ロワを置 お く店 みせ が増 ふ えており、フェーヴだけを単独 たんどく で販売 はんばい する店 みせ もある。代表 だいひょう 的 てき なところでは渋谷 しぶや 区 く 広尾 ひろお にあったRUE DE SEINEというフランス雑貨 ざっか 店 てん が、日本 にっぽん で最初 さいしょ にフェーヴを大々的 だいだいてき に販売 はんばい したショップである(閉店 へいてん 済 ずみ )。
ガレット・デ・ロワの起源 きげん は、古代 こだい ローマ のサートゥルヌス の祭典 さいてん サートゥルナーリア にさかのぼる。サートゥルナーリアの饗宴 きょうえん では豆 まめ を一 ひと つ入 い れたケーキ が供 きょう され、豆 まめ が当 あ たった出席 しゅっせき 者 しゃ を宴 うたげ の王 おう とする習慣 しゅうかん があった。この風習 ふうしゅう はブルボン朝 あさ の初期 しょき にも見 み られ、ルイ14世 せい の宮廷 きゅうてい においても行 おこな われた記録 きろく がある。宮廷 きゅうてい に出入 でい りした淑女 しゅくじょ たちはこれに参加 さんか し、見事 みごと にフェーヴを当 あ てた者 もの は王 おう に対 たい して願 ねが いをき入 きい れてもらう権利 けんり を得 え たという。しかし、ルイ14世 せい はのちにこの風習 ふうしゅう を廃止 はいし した。
公 おおやけ 現 げん 節 ふし を祝 いわ う習慣 しゅうかん のある地域 ちいき ではフランス同様 どうよう 、その日 ひ 、豆 まめ やコインを隠 かく したケーキを食 た べる習慣 しゅうかん があり、カタルーニャ州 しゅう にはトルテリュ(tortell)、ギリシア やキプロス にはヴァシロピタ(Vasilopita)がある。
アカディア の伝統 でんとう 的 てき なガレット・デ・ロワはケーキ生地 きじ で作 つく られ、王 おう と女王 じょおう を象徴 しょうちょう するエンドウマメ とインゲンマメ または黒 くろ と白 しろ のボタン が一 ひと つずつ入 はい っていた。地域 ちいき によっては指輪 ゆびわ 、1セント硬貨 こうか 、ぼろきれを一 ひと つずつ入 い れて焼 や いたガレット・デ・ロワを切 き り分 わ け、公 おおやけ 現 げん 節 ふし の会食 かいしょく の出席 しゅっせき 者 しゃ に配 くば り、指輪 ゆびわ が当 あ たった人 ひと は年内 ねんない に結婚 けっこん し、硬貨 こうか が当 あ たった人 ひと は金持 かねも ちになり、ぼろきれが当 あ たった人 ひと は貧乏 びんぼう が続 つづ くというように、一 いち 年間 ねんかん の運勢 うんせい を占 うらな う習慣 しゅうかん もあった。
今 いま でも、フランス大統領 だいとうりょう 府 ふ (エリゼ宮 えりぜきゅう )で行 おこな われる新年 しんねん 会 かい においては、数 すう 百 ひゃく 人 にん に及 およ ぶ列席 れっせき 者 しゃ のための巨大 きょだい なパイが焼 や かれる。しかしこの中 なか にはフェーヴがひとつも入 はい っていない。その理由 りゆう として、ルイ14世 せい 当時 とうじ 、フェーヴを引 ひ き当 あ てた者 もの は一 いち 日 にち 限 かぎ りのフランス国王 こくおう や王妃 おうひ になることができたが、共和 きょうわ 制 せい をとっている現 げん 政権 せいけん は、国民 こくみん から選 えら ばれた大統領 だいとうりょう を元首 げんしゅ としているため、大統領 だいとうりょう が「国王 こくおう 」や「王妃 おうひ 」を任命 にんめい することができないからとされている。
ルイジアナ風 ふう キングケーキ。中央 ちゅうおう にプラスチックの赤 あか ちゃんの人形 にんぎょう が置 お いてある。
ニューオーリンズのキングケーキの中 なか に入 はい っていたおもちゃ、2008年 ねん
キングケーキ (King Cake)は、カーニバル の伝統 でんとう に関連 かんれん づけられたケーキの一種 いっしゅ である。この伝統 でんとう はフランスとスペイン から来 き た入植 にゅうしょく 者 しゃ によって、アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく 南部 なんぶ の旧 きゅう フランス領 りょう にもたらされた。
マルディグラ のシーズンになると、カーニバルを祝 いわ う習慣 しゅうかん のあるフロリダ州 しゅう ペンサコーラ からテキサス州 しゅう の南東 なんとう 部 ぶ まで、ニューオーリンズ を中心 ちゅうしん にした地域 ちいき でキングケーキが食 た べられる。ケーキには、小 ちい さな安物 やすもの のおもちゃ(trinket)が中 なか に入 はい っており、これが当 あ たると、さまざまな特典 とくてん がもらえたり、義務 ぎむ が課 か せられたりする。中 なか に入 い れるおもちゃは赤子 あかご のイエス・キリスト を象徴 しょうちょう する赤 あか ちゃん の形 かたち をしていることが多 おお い。
ニューオーリンズ・マルディグラ の伝統 でんとう であるキングケーキには多 おお くの種類 しゅるい があるが、最 もっと も単純 たんじゅん で伝統 でんとう 的 てき なものは、輪状 りんじょう にしたブリオッシュに似 に た生地 きじ のパンで、通常 つうじょう 、伝統 でんとう 的 てき なカーニバルの3色 しょく 、紫 むらさき と緑 みどり と金色 きんいろ で色 いろ 付 つ けられた糖衣 とうい やグラニュー糖 とう でトッピングされている。クリームチーズ やプラリネ のフィリング が入 はい ったものもある。フランス式 しき のガレット・デ・ロワは、フレンチ・キングケーキと呼 よ ばれる。
キングケーキのシーズンは公 おおやけ 現 げん 節 ふし からマルディグラ(ファット・チューズデー、肥沃 ひよく な火曜日 かようび )までで、この期間 きかん 中 ちゅう 多 おお くの団体 だんたい やグループが毎週 まいしゅう 「キングケーキ・パーティ」を開 ひら く。ケーキの中 なか のおもちゃが当 あ たった者 もの はパーティの王 おう (女性 じょせい の場合 ばあい はもしくは女王 じょおう )に選 えら ばれ、紙 かみ やプラスチック製 せい の王冠 おうかん やティアラ をつける。キングケーキ・パーティは、カーニバルのパレードの通 とお り道 みち の近 ちか くに住 す む人 ひと の家 いえ で開催 かいさい される。ニューオーリンズでのキングケーキ・パーティは18世紀 せいき から行 おこな われており、南北戦争 なんぼくせんそう 以前 いぜん の上流 じょうりゅう 階級 かいきゅう のパーティでは、ケーキの中 なか に貴金属 ききんぞく 製 せい のフェーヴを入 い れることもあった。
オーストリア で公 おおやけ 現 げん 節 ふし (Dreikönigsfest) に食 た べられるお菓子 かし はケーニヒスクーヘン (独 どく : Königskuchen )と呼 よ ばれる。
「王様 おうさま の焼 や き菓子 かし (ケーキ)」という意味 いみ で、パイ 生地 きじ の中 なか にレーズン やオレンジピール とレモン 風味 ふうみ のスポンジ生地 きじ を入 い れて焼 や き上 あ げた焼 や き菓子 かし である。
ポルトガル ではボーロ・レイ (ポルトガル語 ご : Bolo-rei )と呼 よ ぶ。意味 いみ は同 おな じく「王様 おうさま の菓子 かし 」であり、中 なか に入 い れた乾燥 かんそう ソラ豆 まめ や金属 きんぞく 製 せい の小 ちい さな人形 にんぎょう が当 あ たった人 ひと は、もう1つボーロ・レイを買 か う習慣 しゅうかん があった[4] 。または、人形 にんぎょう が当 あ たった人 ひと は「宴 うたげ の王 おう 」となり、ソラ豆 まめ が当 あ たった人 ひと は翌年 よくねん のボーロ・レイを購入 こうにゅう するとも[5] 。
種類 しゅるい シュー皮 かわ パート・ フィユテ ポピーシード(英語 えいご 版 ばん ) その他 た 地域 ちいき 別 べつ
イタリア イラン インドネシア ギリシャ スイス 北欧 ほくおう 台湾 たいわん 中国 ちゅうごく トルコ フィリピン フランス ルーマニア
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