スワンプマン

スワンプマン（Swampman）とは、1987年ねんにアメリカの哲学てつがく者しゃドナルド・デイヴィッドソンが考案こうあんした思考しこう実験じっけん。思考しこうなどの心しんの状態じょうたいや発話はつわの内容ないようを主体しゅたいがその時ときとっている内的ないてきな状態じょうたいだけでなく、来歴らいれきにも依存いぞんするものとして捉とらえる彼かれの理論りろんへの可能かのうな反論はんろんとして提唱ていしょうされた。ルース・ミリカンの目的もくてき論ろん的てき意味いみ論ろんなどの同おなじく歴史れきし主義しゅぎ的てき・外在がいざい主義しゅぎ的てきな志向しこう性せいや内容ないようの理論りろんへの反例はんれいとしても論ろんじられる。スワンプマンとは「沼ぬま (Swamp) 」の「男おとこ (man) 」という意味いみの英語えいご。

思考しこう実験じっけんの詳細しょうさい

ある男おとこがハイキングに出でかける。道中どうちゅう、この男おとこは不運ふうんにも沼ぬまのそばで、突然とつぜん雷かみなりに打うたれて死しんでしまう。その時とき、もうひとつ別べつの雷かみなりが、すぐそばの沼ぬまへと落おちた。なんという偶然ぐうぜんか、この落雷らくらいは沼ぬまの汚泥おでいと化学かがく反応はんのうを引ひき起おこし、死しんだ男おとこと全まったく同一どういつ、同質どうしつ形状けいじょうの生成せいせい物ぶつを生うみ出だしてしまう。

この落雷らくらいによって生うまれた新あたらしい存在そんざいのことを、スワンプマン（沼ぬま男だん）と言いう。スワンプマンは原子げんしレベルで、死しぬ直前ちょくぜんの男おとこと全まったく同一どういつの構造こうぞうを呈ていしており、見みかけも全まったく同一どういつである。もちろん脳のうの状態じょうたい（落雷らくらいによって死しんだ男おとこの生前せいぜんの脳のうの状態じょうたい）も完全かんぜんなるコピーであることから、記憶きおくも知識ちしきも全まったく同一どういつであるように見みえる。沼ぬまを後のちにしたスワンプマンは、死しぬ直前ちょくぜんの男おとこの姿すがたでスタスタと街まちに帰かえっていく。そして死しんだ男おとこがかつて住すんでいた部屋へやのドアを開あけ、死しんだ男おとこの家族かぞくに電話でんわをし、死しんだ男おとこが読よんでいた本ほんの続つづきを読よみふけりながら、眠ねむりにつく。そして翌朝よくあさ、死しんだ男おとこが通かよっていた職場しょくばへと出勤しゅっきんしていく。

関連かんれん文献ぶんけん

• 水本みずもと正晴まさはる 「スワンプマン論法ろんぽうと物理ぶつり主義しゅぎ」 科学かがく哲学てつがく 2004年ねん 37巻かん 1号ごう p.43-59, doi:10.4216/jpssj.37.43
• 前田まえだ高弘たかひろ 「スワンプマンにさよならする」 科学かがく哲学てつがく 1999年ねん 32巻かん 1号ごう p.67-81, doi:10.4216/jpssj.32.67
• 前田まえだ高弘たかひろ 「スワンプマンを抱だきしめて」 第だい36回かい科学かがく哲学てつがく大会たいかいワークショップ発表はっぴょう「心しんの哲学てつがくとスワンプマン論争ろんそう」 2001年ねん

関連かんれん項目こうもく

• なぜ私わたしは私わたしなのか - なぜ私わたしは他たの誰だれかではなく、この人物じんぶつなのかという問題もんだい。
• 他た我が問題もんだい - 他た我がをいかに認識にんしきないし経験けいけんできるのかという問題もんだい。
• 意識いしきの境界きょうかい問題もんだい - 意識いしき体験たいけんの境界きょうかいはどのようにして決きまっているのかという問題もんだい。
• 哲学てつがく的てきゾンビ - 物理ぶつり的てき、化学かがく的てき、電気でんき的てきな反応はんのうは普通ふつうの人間にんげんと全まったく同おなじであるが、意識いしき（クオリア）を全まったく持もっていない人間にんげんのこと。
• コウモリであるとはどのようなことか - コウモリにとって、コウモリであるとはどのようなことかという問とい。
• 逆転ぎゃくてんクオリア - 同おなじ物理ぶつり的てき刺激しげきに対たいし、異ことなる質的しつてき経験けいけん（クオリア）が体験たいけんされている可能かのう性せいを考かんがえる思考しこう実験じっけん。
• チューリング・テスト - アラン・チューリングが提案ていあんした、ある機械きかいが「人間にんげん的てき」かどうかを判定はんていするためのテスト。
• 中国ちゅうごく語ごの部屋へや - 中国ちゅうごく語ごを理解りかいできない人ひとを部屋へやに閉とじ込こめて、マニュアルに従したがった作業さぎょうをさせるという思考しこう実験じっけん。
• 水槽すいそうの中なかの脳のう - 「この世界せかいは、実じつは水槽すいそうに浮うかんだ脳のうが見みている夢ゆめなのではないか」という仮説かせつ
• テセウスの船ふね - 船ふねの壊こわれた部品ぶひんを新あらたな部品ぶひんにつけかえる。この行為こういを繰くり返かえすうちに最初さいしょに使つかっていた部品ぶひんは全すべて無なくなった。今いまの船ふねは最初さいしょの船ふねと同一どういつだとみなしてよいか？
• SF作家さっかジョン・ヴァーリィの『へびつかい座ざホットライン』などの未来みらい史しシリーズ。
  • すべての人類じんるいが自身じしんの予備よびクローンを持もち、また定期ていき的てきに記憶きおくのバックアップを取とっている。当人とうにんが死亡しぼうすると、そのクローンには保存ほぞんしておいた記憶きおくが与あたえられ、「従来じゅうらいの本人ほんにんのまま」社会しゃかい行動こうどうをする未来みらい社会しゃかいが描えがかれている。
• キャプテン・スカーレット - SF特撮とくさつ人形にんぎょう劇げき。
  • 第だい1話わ冒頭ぼうとうで主人公しゅじんこうのキャプテン・スカーレットは敵てき宇宙うちゅう人じんミステロンの手てによって自動車じどうしゃ事故じこで殺害さつがいされ、以後いごはスカーレットの外見がいけん・記憶きおく・人格じんかくを完全かんぜんに写うつしたコピーがキャプテン・スカーレットとして活躍かつやくする（コピー本人ほんにんも周囲しゅういの人物じんぶつもコピーのスカーレットをスカーレット本人ほんにんと認識にんしきしている）というストーリー。
• 精神せいしん転送てんそう
• スワンプシング - DCコミックが刊行かんこうするアメリカンコミック。1983年ねん、アラン・ムーアがライターとして再さい構築こうちくする際さいにこのスワンプマンのような設定せっていに改あらためられ、アイデンティティーの問題もんだいを抱かかえさせる事ことで大人おとな向むけコミックへの改革かいかくを果はたした。
• 粗忽そこつ長屋ながや - 自身じしんに似にてはいるが、まったくの赤あかの他人たにんの死体したいを自分じぶんの死体したいだと思おもい込こんでしまう落語らくごの演目えんもく。

参考さんこう文献ぶんけん

• Davidson, Donald (2001 (1987)). Knowing One's Own Mind. Reprinted in Subjective, Intersubjective, Objective (pp. 15-38). New York Clarendon Press. Originally published in Proceeding and Addresses of the American Philosophical Association, 60 (1987), 441-58. - 邦訳ほうやくは、ドナルド・デイヴィドソン「自分じぶん自身じしんの心しんを知しること」清塚きよつか邦彦くにひこ（翻訳ほんやく）、柏かしわ端はし達也たつや（翻訳ほんやく）、篠原しのはら成彦なるひこ（翻訳ほんやく）『主観しゅかん的てき、間あいだ主観しゅかん的てき、客観きゃっかん的てき』（春秋しゅんじゅう社しゃ、2007年ねん4月がつ、ISBN 978-4393323076)35-71頁ぺーじ