モロわん

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

座標ざひょう: 北緯ほくい70ふん0びょう 東経とうけい1230ふん0びょう / 北緯ほくい7.00000 東経とうけい123.00000 / 7.00000; 123.00000 モロわんMoro Gulf)は、フィリピン南部なんぶミンダナオ島みんだなおとう西部せいぶセレベスかい一部いちぶであるわんで、サンボアンガ半島はんとう西にしきたひがしかこまれたかたちわんである。おきくにつれ水深すいしんふかく、5,000mをえる。わんなかにはイラナわんIllana Bay)、ドゥマンキラスわんDumanquilas Bay)、シブゲイわんSibuguey Bay)など、いくつものわんがある。西側にしがわスールーうみとは、サンボアンガ半島はんとう西端せいたんバシランとうとのあいだにあるバシラン海峡かいきょうつながっている。

治安ちあん[編集へんしゅう]

このミンダナオ島みんだなおとう西部せいぶ地域ちいきイスラム教徒きょうとおおい。一方いっぽうでフィリピンはん政府せいふゲリラモロ・イスラム解放かいほう戦線せんせんMoro Islamic Liberation Front)やしん人民じんみんぐんNew People's Army)が支配しはいしているため、うつくしいうみとは対照たいしょうてきまずしく危険きけん地域ちいきである。

災害さいがい[編集へんしゅう]

1976ねんにはおおきな津波つなみがモロわんおそっている。8がつ16にち午前ごぜん1211ふん、マグニチュード7.9の地震じしんミンダナオ島みんだなおとうちかくでこり、セレベスかい沿岸えんがん全体ぜんたいとく北岸ほくがんのモロわん沿岸えんがん津波つなみ破壊はかいした。犠牲ぎせいしゃは5,000にん、2,200にん行方ゆくえ不明ふめい、9,500にん負傷ふしょううしなったものは9まん3,500にんにのぼった。コタバトパガディアンサンボアンガなどの都市としをはじめ、スールー諸島しょとうからミンダナオ島みんだなおとう南部なんぶにかけての湾岸わんがん各地かくち集落しゅうらくおおきな被害ひがいけた[1]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ たに純一じゅんいち竹本たけもとのりどう (6 2007). “フィリピンにおけるみず災害さいがいかんする要因よういん分析ぶんせき” (PDF). JREA (独立どくりつ行政ぎょうせい法人ほうじん土木どぼく研究所けんきゅうじょ) だい4070ごう: pp.58-61. ISSN 0386-5878.