交鈔

交鈔（こうしょう）とは中国ちゅうごくの金きむ王朝おうちょうと元もと王朝おうちょうの時代じだいに発行はっこうされた紙幣しへいを指さす。元もとのもとでは1260年ねんから1356年ねんにかけて中国ちゅうごくで流通りゅうつうした。世界せかい初はつの紙幣しへいとしては宋そう王朝おうちょうの交子ともこがあり、交鈔はさらに広範こうはんな領域りょういきで通貨つうかとして流通りゅうつうした。宋そうの交子ともこが当初とうしょは鉄てつ貨の引換ひきかえ券けんだったのに対たいして、交鈔は当初とうしょから通貨つうかとして発行はっこうされたという特徴とくちょうをもつ^[1]。

概要がいよう[編集へんしゅう]

金きむ王朝おうちょう[編集へんしゅう]

交鈔という名称めいしょうの紙幣しへいは、女おんな真しん族ぞくの王朝おうちょうである金かねの時代じだいから存在そんざいしていた。華北かほくでは銅どうが不足ふそくしており銅貨どうかの発行はっこうに支障ししょうがあったため、金きむは北きた宋そうを滅ほろぼしたのちに、宋そうの交子ともこにならって紙幣しへいと銀ぎんを導入どうにゅうした。こうして海うみ陵りょう王おうの時代じだいに交鈔が発行はっこうされ、のちに銀ぎんの貨幣かへいとして承うけたまわ安やす宝たから貨や、馬蹄ばてい銀ぎんである秤量ひょうりょう貨幣かへいの元もと宝たから銀ぎんも発行はっこうされた。しかし交鈔は増発ぞうはつがされてインフレーションを起おこし、金かねの滅亡めつぼうの一因いちいんにもなった^[1]。

モンゴル帝国ていこく[編集へんしゅう]

モンゴル帝国ていこくは金かねを滅ほろぼしたのちに、金かねの貨幣かへい制度せいどを引ひき継ついで、第だい2代だい皇帝こうていのオゴデイは1236年ねんに交鈔を発行はっこうした^[2]。江南こうなんの征服せいふく前まえには銅どうが不足ふそくしていた点てんも理由りゆうとなった。モンゴル帝国ていこくに仕つかえた耶律楚すわえ材ざいは、金かねの先例せんれいをふまえて交鈔の発行はっこう量りょうを調整ちょうせいするよう提言ていげんして、当初とうしょは1万まん錠じょう（50万まん貫かん）が上限じょうげんと定さだめられた。オゴデイの時代じだいには、他たのモンゴル族ぞくや漢人かんどの諸侯しょこうも紙幣しへいを発行はっこうしており、統一とういつされていなかった。

第だい5代だい皇帝こうていクビライによって元もとが成立せいりつすると、1260年ねん（中なか統みつる元年がんねん）に諸しょ路みち通行つうこう中ちゅう統すべ元もと宝たから交鈔（中なか統みつる鈔）が7万まん3千せん錠じょう（365万まん貫かん）発行はっこうされて通貨つうかが統一とういつされた。紙幣しへいは銅貨どうかの代かわりとされたために銅貨どうかと同おなじ単位たんいが用もちいられて、10文ぶんから2貫かん文ぶんまでがあり、2貫かん文ぶんの交鈔は銀ぎん1両りょうの比率ひりつとされた。交鈔と銀ぎんの交換こうかんを可能かのうとするための兌換だかん準備じゅんび金きんにあたる鈔本しょうほんは、銀ぎん1万まん2千せん錠じょうが用意よういされた^[3]。交鈔の流通りゅうつうを安定あんていさせるために、受うけ取とりを拒否きょひする者ものや偽造ぎぞうした者ものは死罪しざいとされた^[4]。

中なか統みつる鈔は、1260年ねんから1273年ねん（至いたり元もと10年ねん）にかけては数すう万まん錠じょうの増加ぞうかであったが、元もとが南みなみ宋そうから領土りょうどを獲得かくとくするにつれて急増きゅうぞうして、1274年ねん（至いたり元もと11年ねん）から1286年ねん（至いたり元もと23年ねん）にかけては1350万まん錠じょうが発行はっこうされて価値かちの下落げらくが生しょうじる。元もとは対策たいさくとして1287年ねん（至いたり元もと24年ねん）に至いたり元もと通行つうこう宝たから鈔を発行はっこうして、至いたり元もと鈔と中なか統みつる鈔の比率ひりつを1対たい5として回収かいしゅうにあたって通貨つうか安定あんていをはかる。あわせて交鈔を塩しおと交換こうかんできるようにして、政府せいふは塩しおの専売せんばいで利益りえきを得える一方いっぽうで、紙幣しへいの価値かちを塩しおによって保証ほしょうして信用しんようを保たもった。また、塩しおとの引換ひきかえ券けんである塩引しおびきを販売はんばいして、通貨つうかとしても流通りゅうつうさせた。

安定あんてい策さくがとられたものの、交鈔のインフレーションは進行しんこうする。第だい7代だい皇帝こうていカイシャンは、さらなる対策たいさくとして1309年ねん（至大しだい2年ねん）に至大しだい銀ぎん鈔を発行はっこうして、今度こんどは至いたり元もと鈔と1対たい5で交換こうかんされた。しかし第だい8代だい皇帝こうていアユルバルワダは至大しだい銀ぎん鈔を廃止はいししてクビライ時代じだいの至いたり元もと鈔へと戻もどす。第だい15代だい皇帝こうていトゴン・テムルは1350年ねん（至いたり正ただし10年ねん）に至いたり正せい交鈔を発行はっこうして至いたり元もと鈔と1対たい5の比率ひりつを定さだめたが、紙幣しへいにかわって銅銭どうせんの流通りゅうつうが増ふえるようになる。やがて1356年ねん（至いたり正せい16年ねん）に交鈔は廃止はいしされて、トゴン・テムルは1368年ねんにモンゴリアへと逃走とうそうした^[5]。

製法せいほう、形状けいじょう[編集へんしゅう]

中なか統みつる鈔の材料ざいりょうは桑くわの樹皮じゅひであり、繊維状せんいじょうにした内皮ないひにニカワを混まぜて薄うすくのばして縦長たてながに裁断さいだんし、銅どう版画はんがで印刷いんさつして皇帝こうていの御璽ぎょじを押印おういんした。中なか統みつる鈔には皇帝こうていの権威けんいを表あらわす龍りゅうや銅貨どうかの図柄ずがら、額面がくめん金額きんがく、発行はっこう所しょ、発行はっこう所しょの役人やくにんの名前なまえ、製造せいぞう所しょ、そして偽造ぎぞう者しゃを惨殺ざんさつ刑けいとする文言もんごんが印刷いんさつされた。この形式けいしきは、後世こうせいの中国ちゅうごくの紙幣しへいにも影響えいきょうを与あたえた^[4]。中なか統みつる鈔のサイズは272×188ミリ、至いたり元もと鈔のサイズは300×222ミリが定さだめられていた^[6]。

影響えいきょう[編集へんしゅう]

紙幣しへいの存在そんざいは、中世ちゅうせいヨーロッパやイスラーム世界せかいの外来がいらい者しゃを驚おどろかせた。13世紀せいき末まつのヴェネツィア出身しゅっしんの旅行りょこう者しゃマルコ・ポーロの『東方とうほう見聞けんぶん録ろく』や、フィレンツェ商人しょうにんのペゴロッティ（英語えいご版ばん）^[7]が1330年代ねんだい頃ごろに編纂へんさんしたとされる『商業しょうぎょう指南しなん（英語えいご版ばん）』、マグリブ出身しゅっしんのイブン・バットゥータの『大だい旅行りょこう記き』などで交鈔について語かたられている^[8]^[9]^[10]。

彼かれらが物ものを売うったり買かったりするのに使つかう紙かみのディルハム貨（紙幣しへい）の説明せつめいシナ人じんは、ディーナール［金貨きんか］やディルハム［銀貨ぎんか］を商売しょうばいに使つかわない。上述じょうじゅつしたように、［外国がいこくとの取引とりひききで］彼かれらの国くにに利益りえきとして得えられたそうしたもの（金貨きんかや銀貨ぎんか）のすべてについて、彼かれらは鋳い塊かたまりに溶とかしてしまうためであり、［それに代かわって国内こくないにおける］彼かれらの売うり買かいは、紙片しへんによってのみ行おこなわれる。その一ひとつひとつの紙片しへんは手てのひらほど［の大おおきさ］で、皇帝こうてい（スルタン）の印璽いんじが推おされ、その紙片しへん二に十じゅう五ご枚まいが〈バーリシュト〉と呼よばれ、われわれの［国くににある］一いちディナール［の価値かち］に相当そうとうする。その紙かみ［幣ぬさ］が人ひとの手てで［誤あやまって］破やぶかれた場合ばあい、その者ものはわれわれのところにある造幣局ぞうへいきょくのような役所やくしょ（ダール）に持もっていき、それと交換こうかんで、新あたらしいもの（新しん札さつ）を受うけ取とり、それ（破やぶれた古こ札さつ）を提出ていしゅつする。なお、それには［手数てかず］料金りょうきんといったものは一切いっさい徴収ちょうしゅうされない。なぜならば、その業務ぎょうむを管理かんりしている人ひとたちは、皇帝こうていから支払しはらわれる給与きゅうよを得えて行いっているからであり、大だい司令しれい官かんの一人ひとりがその役所やくしょ［の業務ぎょうむ］を委託いたくされている。もし、［一般いっぱんの］人にんたちが一いち枚まいの銀ぎんのディルハム、あるいはディナール［金貨きんか］を持もって市場いちばに行いき、何なにかを買かおうとしても、受うけ取とってもらえず、全まったく相手あいてにされないので、結局けっきょく、その金かねを［一いちディナールにつき］一いちパーリシェントと両替りょうがえして、望のぞむものを購入こうにゅうすることになるのである。

現在げんざいのイランを中心ちゅうしんとするモンゴル政権せいけんのイルハン朝あさは、交鈔にならって1294年ねんにチャーヴ（鈔）を発行はっこうして、これが西にしアジア初はつの紙幣しへいとなった。交鈔を参考さんこうにしたため漢字かんじも印刷いんさつされており、当時とうじのイルハン朝あさの君主くんしゅゲイハトゥは金属きんぞく貨幣かへいの代かわりにチャーヴを流通りゅうつうさせようとした。しかしチャーヴは定着ていちゃくせず2ヶ月かげつで回収かいしゅうとなり、ゲイハトゥの権威けんい失墜しっついにもつながった。

元もとを滅ほろぼして建国けんこくされた明あきらでも銅どう不足ふそくが問題もんだいとなり、1368年ねんに紙幣しへいの大だい明宝あけたから鈔を発行はっこうした。明あかりは宝たから鈔を国内こくない用よう通貨つうかに定さだめ、銅貨どうかを貿易ぼうえき用ようの通貨つうかとした。しかし宝たから鈔は増発ぞうはつによって価値かちが下さがって鈔1貫かんが銅貨どうか1、2文ぶんにまで落おちたため、英えい宗むね時代じだいには銅貨どうかや秤量ひょうりょう銀貨ぎんかの国内こくない使用しようも解禁かいきんされた^[11]。

出典しゅってん[編集へんしゅう]

^ ^a ^b 湯浅ゆあさ (1998) p.170
^ 湯浅ゆあさ (1998) p.173
^ 湯浅ゆあさ (1998) p.174
^ ^a ^b 植村うえむら (1994) p.10-11
^ 湯浅ゆあさ (1998) p.176-177
^ 植村うえむら (1994) p.14
^ 亀かめ長ちょう洋子ようこ『イタリアの中世ちゅうせい都市とし』山川やまかわ出版しゅっぱん社しゃ、2011年ねん、79頁ぺーじ。ISBN 978-4-634-34944-5。
^ ポーロ (1300) 第だい3章しょう107節せつ
^ 齋藤さいとう (2011)
^ イブン・バットゥータ (1355) 第だい7巻かん
^ 湯浅ゆあさ (1998) p.340-342

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

ジャック・ウェザーフォード（英語えいご版ばん）『パックス・モンゴリカ - チンギス・ハンがつくった新しん世界せかい』星川ほしかわ淳あつし監訳かんやく、横堀よこぼり冨佐子ふさこ訳やく、NHK出版しゅっぱん、2006年ねん。
植村うえむら峻たかし『お札さつの文化ぶんか史し』 NTT出版しゅっぱん、1994年ねん。
齊藤さいとう寛ひろし海うみ　「ペゴロッティの商業しょうぎょう実務じつむとバドエルの元帳もとちょう」　日本にっぽんパチョーリ協会きょうかい第だい23回かいフォーラム、2011年ねん。
イブン・バットゥータ『大だい旅行りょこう記き（全ぜん8巻かん）』イブン・ジュザイイ編へん、家島いえじま彦一ひこいち訳やく、平凡社へいぼんしゃ〈平凡社へいぼんしゃ東洋文庫とうようぶんこ〉、1996-2002年ねん。
マルコ・ポーロ『東方とうほう見聞けんぶん録ろく』平凡社へいぼんしゃ〈平凡社へいぼんしゃライブラリー〉、2000年ねん。
湯浅ゆあさ赳たけし男おとこ『文明ぶんめいの「血液けつえき」 - 貨幣かへいから見みた世界せかい史し（増補ぞうほ新版しんぱん）』新しん評論ひょうろん、1998年ねん。
四日市よっかいち康博やすひろ「銀ぎんと銅銭どうせんのアジア海道かいどう」（四日市よっかいち康博やすひろ編著へんちょ『モノから見みた海域かいいきアジア史し - モンゴル〜宋そう元もと時代じだいのアジアと日本にっぽんの交流こうりゅう』九州大学きゅうしゅうだいがく出版しゅっぱん会かい、2008年ねん。）

交鈔