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じょう繚子

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じょう繚子』(うつりょうし、Yùliáozǐ[1])は、中国ちゅうごく戦国せんごく時代じだいじょうによってかれたとされる兵法ひょうほうしょである。たけけいななしょのひとつ。

概要がいよう

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孫子まごこ』・『』とならんでふるくから、その評価ひょうかたか兵法ひょうほうしょであったが、一方いっぽうで「厳酷げんこく苛暴」という評価ひょうかほうたかしによる)があった。また著者ちょしゃであるじょう繚の経歴けいれき全体ぜんたい構成こうせいについて諸説しょせつがあって[2]つてほん経緯けいい判明はんめいしないことから、明代あきよ以後いごには偽書ぎしょせつとなえられ、きよし姚際つねによって偽書ぎしょ断定だんていされてからはそれが有力ゆうりょくとなっていた。

1972ねんになって山東さんとうしょう臨沂けんぎんすずめやま前漢ぜんかん時代じだいはかから出土しゅつどした兵法ひょうほうしょぐんたけ孫子まごこ参照さんしょう)のなかに『じょう繚子』の写本しゃほん発見はっけんされ内容ないようつてするじょう繚子と一致いっちしていたため、戦国せんごく時代じだいからおそくともはただいにかけての著作ちょさくである可能かのうせい濃厚のうこうとなった。同時どうじに、これまで発見はっけん兵法ひょうほうしょ[3]なかに『じょう繚子』と同一どういつ内容ないよう文章ぶんしょうつかったことから、後世こうせいにおいて編纂へんさんくわえられた部分ぶぶん存在そんざいすること判明はんめいした。

じょう繚」とはだれか?

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じょう繚子』の書名しょめいからして、「じょう」という人物じんぶつ(あるいはその門人もんじんら)が執筆しっぴつしたということ推測すいそくがつくところであるが、ではじょう繚がどんな人物じんぶつかという具体ぐたいてきてんとなると諸説しょせつがあって判別はんべつしがたいのが現状げんじょうである。

一般いっぱんてきにはつぎせつげられている。

  1. ひとしひとおに谷子たにこ門人もんじんであったというせつ
  2. たかしひとめぐみおうつかえていたというせつ(『じょう繚子』本文ほんぶんめぐみおうじょう繚子との会話かいわ登場とうじょうする)
  3. ひとしょう学問がくもんまなんだのちはた王政おうせいつかえてたいしん包囲ほういもうやぶさく上申じょうしんするも、おう残忍ざんにんさを危惧きぐしてることを決意けついする。だが、おう懇願こんがんによってそのままはた将軍しょうぐんとなった(『史記しき』のせつ)。

このなかでは、内容ないよう具体ぐたいてきしょう鞅の影響えいきょうけているというてん一致いっちしているのは3.であるが、これをった場合ばあいにはじょう繚はめぐみおうよりも100ねんひととなり、文章ぶんしょうとの矛盾むじゅんしょうじる。この矛盾むじゅんについては、めぐみおうとの会話かいわからはじまる『孟子もうし』のスタイルを模倣もほうしたのではないかと推測すいそくするせつがある。また、文中ぶんちゅう戦闘せんとう形態けいたい戦国せんごく時代じだい中期ちゅうき様相ようそうているために、2.を支持しじするせつもある。また、2.と3.をどう一人物いちじんぶつとすることは無理むりでもなんらかの血縁けつえん関係かんけいなどを想定そうていする見方みかたもされるなど、じょう繚の実像じつぞうについてはいまだに具体ぐたいてき姿すがたがつかめていない。

内容ないよう思想しそう

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じょう繚子』には先行せんこうする兵法ひょうほうしょである『孫子まごこ』・『』のほかに『孟子もうし』・『韓非子かんぴし』・『しょうくんしょ』などの影響えいきょうけた部分ぶぶんふくまれており、後世こうせい偽書ぎしょせつわれた理由りゆうひとつにもなったのであるが、ぎゃくに『じょう繚子』がこれら先人せんじん学説がくせつ統合とうごうしてより高度こうど軍事ぐんじ政治せいじ理論りろん構築こうちくしようとしたのではないかとする積極せっきょくてき評価ひょうかや、じょう繚のながれをんだ後人こうじんによる加筆かひつ想定そうていする見方みかたもある。

自国じこく利益りえきるためにおこな軍事ぐんじ行動こうどうきびしく非難ひなんする一方いっぽうで、大義名分たいぎめいぶんがあるたたかいならば先制せんせい攻撃こうげきもやむをないととらえている。

また、政治せいじがきちんとおこなわれて民生みんせい安定あんていしていなければ、民衆みんしゅう軍事ぐんじ動員どういんすること出来できないとく。また、商業しょうぎょう役割やくわり比較ひかくてきたか評価ひょうかしており、農業のうぎょうおもとしつつも商業しょうぎょうとのバランスのある発展はってん人的じんてき交流こうりゅうつうじた情報じょうほう収集しゅうしゅうにつながるとひょうしている。その一方いっぽうで、軍人ぐんじんたいしてはへいしつたかめて効率こうりつてき戦闘せんとうおこなうために徹底的てっていてき規律きりつ軍政ぐんせい)の必要ひつようせいとなえている。

現行げんこうほん構成こうせい

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ぜん24かん

  1. てんかん
  2. へいだんたけ簡本にあり)
  3. せいだん
  4. せん
  5. おさむけんたけ簡本にあり)
  6. もりけんたけ簡本にあり)
  7. じゅうりょう
  8. たけ
  9. はたたけ簡本にあり)
  10. はらかんたけ簡本にあり)
  11. ほん
  12. せんけん
  13. 重刑じゅうけいれい
  14. 制令せいれい
  15. ぶんふさがれい
  16. たばれい
  17. けいそつれい
  18. 勒卒れい
  19. しょうれい
  20. かかと軍令ぐんれい
  21. へいきょうじょう
  22. へいきょう
  23. へいれいじょう(「もりほうとう12へん」にあり)
  24. へいれい(「もりほうとう12へん」にあり)

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ りゅう殿どのへん兵書へいしょよんしゅ(孫子まごこじょう繚子、司馬しばほう)逐字ちくじ索引さくいん商務しょうむしるししょかん
  2. ^ 歴史れきししょによって29かんせつと31かんせつかれるうえ現存げんそんは24かん構成こうせいである
  3. ^ かりに「もりほうとう12へん」あるいは「もりほうもりれいとう13へん」とばれている

刊行かんこうしょ

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プレジデントしゃ、1999ねん新版しんぱん2014ねんISBN 483342097X