山陰さんいん方言ほうげん

山陰さんいん方言ほうげん（さんいんほうげん）では、山陰さんいん地方ちほうで話はなされる日本語にほんごの方言ほうげん、東山ひがしやま陰かげ方言ほうげんと雲くも伯はく方言ほうげんを取とり扱あつかう。

概要がいよう

方言ほうげん区画くかくでは、東山ひがしやま陰かげ方言ほうげんは中国ちゅうごく方言ほうげんに属ぞくし、雲くも伯はく方言ほうげんは西日本にしにほん方言ほうげんの独立どくりつ区画くかくとされることが多おおい。しかし東山ひがしやま陰かげと雲くも伯はくが共通きょうつうして持もち他ほかの西日本にしにほんと対立たいりつする要素ようそもあり、山陰さんいん方言ほうげんはしばしば東日本ひがしにっぽん方言ほうげんとの類似るいじが指摘してきされる。

下位かい区分くぶん

発音はつおん

山陰やまかげ全体ぜんたいの特徴とくちょう: 山陰さんいん独自どくじの特徴とくちょうとして、中古ちゅうこの「アウ」の発音はつおんが変化へんかして「アー」という発音はつおんになっている。日本にっぽんの他ほかの方言ほうげんでは「アウ」は「オー」に変化へんかしたため、山陰さんいん一帯いったいには共通きょうつう語ごと同おなじ意味いみでも違ちがう発音はつおんの語かたり・語法ごほうが多おおく存在そんざいする。

東山ひがしやま陰かげ方言ほうげん: 全域ぜんいきが東京とうきょう式しきアクセントである。雲くも伯はく方言ほうげんのようなズーズー弁べん要素ようそはない。

雲くも伯はく方言ほうげん: 音韻おんいん体系たいけいが東北とうほく方言ほうげん（北きた奥羽おうう方言ほうげん）に似にており、「ズーズー弁べん」といわれる。

以下いか、北きた奥羽おうう方言ほうげんと出雲いずも方言ほうげんの音韻おんいん比較ひかく。

両方りょうほうに共通きょうつうする要素ようそ
- イ段だん、ウ段だんの母音ぼいんが中ちゅう舌した的てきである。
- エ段だんの母音ぼいんが狭せまい。
- 母音ぼいん単独たんどく拍はくのイとエが混同こんどうしてエになる。
- シとス、チとツ、ジとズが/si/、/ci/、/zi/に統合とうごうしている（ズーズー弁べん、ジージー弁べん）
- 母音ぼいん融合ゆうごうが比較的ひかくてき多おおい。
- 合ごう拗音ようおんが残存ざんそんする。
- セ、ゼをシェ、ジェと発音はつおんすることがある。
- 狭せま母音ぼいんの無声むせい化かがある。
- ヒ、ヘなどにフィ、フェが残存ざんそんし、かつてはファ、フォなども聞きかれた。
- アクセントが北きた奥羽おうう式しきアクセントである。（母音ぼいんの広狭こうきょうによる型かたの分裂ぶんれつがある。）

北きた奥羽おうう方言ほうげんだけの特徴とくちょう
- 語かたり中ちゅうのカ行ぎょう、タ行ぎょうが有ゆう声こえ化か（濁音だくおん化か）する。
- ガ行ぎょう鼻濁音びだくおんがある。
- 語かたり中ちゅうのザ行ぎょう、ダ行ぎょう、バ行ぎょうの前まえに入はいり渡わたり鼻音びおんが入はいる。
- セがヒェ、ヘになることがある。
- アイが融合ゆうごうしてできたエァという母音ぼいん音素おんそがある。
- 平板へいばん型がたが全すべて低ひくい低てい平たいら型がたになる傾向けいこうがある。

雲くも伯はく方言ほうげんだけの特徴とくちょう
- ガ行ぎょう鼻濁音びだくおんがなく語かたり中ちゅうでも破裂はれつ音おんである。
- 語末ごまつ拍はくのラ行ぎょう子音しいんが脱落だつらくして長音ちょうおん化かする。
- 語末ごまつ拍はくのミ、ム、ニ、ヌやビ、ブが撥音はつおん化かすることがある。
- イとエが混同こんどうする。例れい）命いのち→えのち、枝えだ→いだ[ïda]
- ウとオが混同こんどうしてオになる。例れい）歌うた→おた、麦むぎ→もぎ[mogï]
- 「く」「ぐ」「ふ」を除のぞくほとんどのウ段だん音おんがイ段だん音おんとの区別くべつを失うしなって[ï]と発音はつおんされる。例れい）[jabï]（やぶ）、[kaːrasïdzïme]（河原かわはら雀すずめ）
- ウ段だん拗音ようおんはイ段だん長音ちょうおんになる。例れい）牛乳ぎゅうにゅう→ぎーにー
- 開ひらき音おんがアー、合ごう音おんがオーで開ひらけ合あいの区別くべつがある。
- 無声むせい子音しいん+狭せま母音ぼいん+無声むせい子音しいん+狭せま母音ぼいんや、無声むせい子音しいん+狭せま母音ぼいん+鼻音びおん・流りゅう音おんなどの環境かんきょうでも無声むせい化かが起おこる。
- 有ゆう声ごえ子音しいん+狭せま母音ぼいんの拍はくが高たかくなることを嫌きらう傾向けいこうがあり、遅おそ上あがりや助詞じょしが付ついた際さいの下さげ核かくの後退こうたいが起おこることがある。

文法ぶんぽう

山陰さんいん固有こゆうの要素ようそ: 「アウ→アー」の変化へんかにより、山陰さんいん方言ほうげんでは特殊とくしゅな活用かつよう形がたがみられる。推量すいりょう・勧誘かんゆう・意志いしを表あらわす形かたちに、「行いこう」「だろう」ではなく「行くだりか（あ）」「だら（あ）」が用もちいられる（「いかむ→いかう→いかあ」という変化へんかと思おもわれる）。そのため未然みぜん形がたにオ段だんの活用かつよう語尾ごびはなく、四よん段だん活用かつようとなる。また、「-アイ」型がたの形容詞けいようしの連用形れんようけいは、「たか（あ）て」「あか（あ）なる」のようにア段だんの活用かつようをする（「高たかくて→たかうて→たかあて」）。また、語尾ごびが「アウ」となる動詞どうし（「買かう・会あう」など）が「-て・た」の形かたちになるときは、「かあて」（買かって）「かあた」（買かった）となるが、「かって」「かった」のような促音便そくおんびんもよく使つかわれ、隠岐おきでは促音便そくおんびんしかない。

西日本にしにほん方言ほうげん（山陽さんよう）と共通きょうつうする要素ようそ

否定ひてい助動詞じょどうしは「ん」である。
居いるは「おる」である。
完了かんりょうと進行しんこうのアスペクトを区別くべつする。ただし出雲いずもや隠岐おきでは現在げんざい形がたでは区別くべつがない。
理由りゆうは「故ゆえに（けに）」に由来ゆらいする「けえ、けん等とう」を用もちいる。（丹後たんご、但馬たじまでは「で」や「さかいに」などを用もちいる）
形容詞けいようし連用形れんようけいがウ音便うおんびんまたは語幹ごかんになる。ただし「たこー」ではなく「たか(あ)」となる。
語彙ごいは中国ちゅうごく地方ちほう全体ぜんたいで共通きょうつうなものが比較的ひかくてき多おおい。

他たの西日本にしにほん方言ほうげんと対立たいりつする要素ようそ（東日本ひがしにっぽん方言ほうげんと共通きょうつうする要素ようそ）

断定だんていの助動詞じょどうしは「だ」である。（西日本にしにほんの多おおくは「じゃ、や」）
ワ行ぎょう五ご段だん動詞どうしの連用形れんようけいは、「思おもった」「洗あらった」のように促音便そくおんびんを用もちいる。（「買かう」「会あう」など数すう語ごはウ音便うおんびんも使つかうが、アウ→アーの変化へんかのある地域ちいきでは「買かいあた」「会かいあた」のような形かたちを用もちいる。）
- 同様どうようの特徴とくちょうとして「～てしまった」は「～てしまった、～ちまった、～ちゃった」を用もちいる（「～てしもーた」とは言いわない）。
標準ひょうじゅん語ごにおける意志いし・勧誘かんゆうの助動詞じょどうし「う」は「あ」となる。（例れい）「行くだりかあと思おもう」三河みかわ弁べんにもこの形かたちがある。また推量すいりょうは「～だら(あ)」で、これも三河そうご弁べんと共通きょうつうする。例れい）「明日あしたは雨あめだらあ」。出雲いずもに推量すいりょうの「～だら(あ)じ」がわずかに見みられ、東海とうかい東山ひがしやま方言ほうげんの一部いちぶでも同類どうるいの表現ひょうげん「～だらず、～じゃらず、～であらず」などがある。

これは推量すいりょう、意思いしの古語こご「～むず」に由来ゆらいし「～にてあらむず」→「～であらんず、～であらうず」→「～だら(あ)ず」と変化へんかしたようである。出雲いずもではズとジの区別くべつがない（どちらもジに近ちかい発音はつおん）ため、「～だら(あ)じ」となる。
また推量すいりょうの「～だらあ」は「～だらあず」（「むず」起源きげん）がさらに変化へんかしたという説せつと、「～であらむ（～だらう）」（「む」起源きげん）から変化へんかしたという説せつがあり、同様どうように「行いかあ」も「いかむず→いかんず→いかあず→いかあ」と「いかむ（いかう）→いかあ」という二ふたつの説せつがある。山陰やまかげについては後者こうしゃ（「む」起源きげん、「アウ→アー」の変化へんか）で説明せつめい可能かのうだが、出雲いずもに「～だら(あ)じ」がわずかに見みられる^[1]^[2]ことから、かつては山陰さんいん全域ぜんいきにわたって「むず」が分布ぶんぷしていた可能かのう性せいがある。また東海とうかい地方ちほうにかつて「アウ→アー」の変化へんかがあった可能かのう性せいもある。

「借かりる」は東ひがし山陰さんいん方言ほうげんでは「かれる」、雲くも伯はく方言ほうげんでは「かりる」という。（他たの西日本にしにほんは「かる」）
準じゅん体からだ助詞じょしを用もちいず直接ちょくせつ「だ」が着つくことがある。例れい）言いっとるだ（言いっているんだ）、どこ行いくだあ？（どこへ行いくのか？）。これはナヤシ方言ほうげんや三河みかわ弁べんと共通きょうつうする。（他たの西日本にしにほん方言ほうげんでは準じゅん体からだ動詞どうし「ん」を伴ともなうことが多おおい。例れい）どこ行いくん？（どこへ行いくのか？））

断定だんていの助動詞じょどうしが「である」から「だ」になったり、ワ行ぎょう五ご段だん動詞どうし連用形れんようけいに促音便そくおんびんを用もちいたりすることは、東日本ひがしにっぽん方言ほうげんと共通きょうつうする子音しいん優勢ゆうせいの傾向けいこうが反映はんえいしているという^[3]。

歴史れきし的てきな問題もんだい

山陰さんいんの方言ほうげんが東日本ひがしにっぽん方言ほうげんと類似るいじする特徴とくちょうがみられる理由りゆうについては、１）西日本にしにほん方言ほうげんから分岐ぶんきし独自どくじに発展はってんしたとする説せつと、２）東日本ひがしにっぽんと同おなじように子音しいんを強つよく発音はつおんする性質せいしつがあり、母音ぼいん優勢ゆうせいの西日本にしにほん（近畿きんき・四国しこく・山陽さんよう）とは異ことなる基層きそう方言ほうげんがあったとする説せつがある。

比較ひかく表ひょう

区画くかく	山陽さんよう方言ほうげん		山陰さんいん方言ほうげん		東日本ひがしにっぽん方言ほうげん
	中国ちゅうごく方言ほうげん			雲くも伯はく方言ほうげん	奥羽おうう方言ほうげん	中部ちゅうぶ方言ほうげん
	東山ひがしやま陽よう方言ほうげん	西にし中国ちゅうごく方言ほうげん	東山ひがしやま陰かげ方言ほうげん	雲くも伯はく方言ほうげん	奥羽おうう方言ほうげん	中部ちゅうぶ方言ほうげん
音韻おんいん体系たいけい	表おもて日本にっぽん式しき			裏うら日本にっぽん式しき		表おもて日本にっぽん式しき
アウ→アー変化へんか	×		○		×
断定だんてい助動詞じょどうし	じゃ		だ
ワ行ぎょう五ご段だん動詞どうし連用形れんようけい	ウ音便うおんびん		促音便そくおんびん、ア音便おんびん		促音便そくおんびん
借かりる	カル		カレル	カリル

脚注きゃくちゅう

^ [1]
^ [2]
^ 佐藤さとう武義たけよし『概説がいせつ日本語にほんごの歴史れきし』朝倉書店あさくらしょてん、1995年ねん、249頁ぺーじ。

参考さんこう文献ぶんけん

飯豊いいとよ毅一きいち・日野ひの資し純じゅん・佐藤さとう亮一りょういち編へん『講座こうざ方言ほうげん学がく 8 中国ちゅうごく・四国しこく地方ちほうの方言ほうげん』国書刊行会こくしょかんこうかい、1982年ねん
『日本にっぽん大だい文典ぶんてん　近世きんせい期き方言ほうげんの研究けんきゅう』