毒どくの矢や

金田一きんだいち耕こう助すけ > 毒どくの矢や

『毒どくの矢や』（どくのや）は、横溝よこみぞ正史せいしの長編ちょうへん推理すいり小説しょうせつ。「金田一きんだいち耕こう助すけシリーズ」の一ひとつ。『オール讀物よみもの』1956年ねん1月がつ号ごうに掲載けいさいされた短編たんぺん作品さくひんが、1956年ねん3月がつに改稿かいこう長編ちょうへん化かされた（詳細しょうさいは#原型げんけい短編たんぺんの項目こうもくを参照さんしょう）。

あらすじ

緑ガ丘みどりがおか在住ざいじゅうの三芳みよし欣造夫妻ふさいを訪たずねた金田一きんだいちは、同おなじく緑ガ丘みどりがおか在住ざいじゅうの三芳みよし新造しんぞうあての密告みっこく状じょうをうっかり開封かいふうしてしまったことについて相談そうだんを受うける。その内容ないようは新造しんぞうの妻つま・悦子えつこが隣人りんじん・的場まとば奈津子なつことの同性愛どうせいあいにふけっているというものであった。うっかり開封かいふうしてしまったのは欣造の妻つま・恭子きょうこが前夫ぜんふ・佐伯さえき達人たつひとと密会みっかいしているという密告みっこく状じょうを何なん回かいも受うけ取とっていたからである。警察けいさつに相談そうだんしたところ、警察けいさつに届とどけ出でがあっただけでも多数たすうの密告みっこく状じょうが来きており、その中なかには金銭きんせんを要求ようきゅうするものもあったが、要求ようきゅう通どおりに置おいてみた現金げんきんは誰だれも取とりに来こなかったという。密告みっこく状じょうはいずれも「黄金おうごんの矢や」を名乗なのっていた。

1週間しゅうかんほど後ご、ほとんどの密告みっこく状じょうが新聞しんぶんからの切きり抜ぬきなのに、相談そうだんを受うけた三芳みよし新造しんぞうあてのみが雑誌ざっしからの切きり抜ぬきだったこと、そして封筒ふうとうの宛先あてさきが「新造しんぞう」と「欣造」をわざと紛まぎらわしく書かいていることに気付きづいた金田一きんだいちが欣造宅たくを訪問ほうもんする。金田一きんだいちが、その事実じじつからの推論すいろんについて説明せつめいしようとしたところ、奈津子なつこに招待しょうたいされて継つぎ娘むすめ・和子わこと共ともに的場まとば邸ていを訪問ほうもんしていた恭子きょうこから、奈津子なつこが殺害さつがいされたという電話でんわが入はいる。

この日ひ、奈津子なつこは多おおくの人ひとを招待しょうたいしており、緑ガ丘みどりがおか全体ぜんたいを驚おどろかすことができると、ひどくはしゃいでいたという。一旦いったん退出たいしゅつした奈津子なつこの様子ようすを養女ようじょ・星子ほしこと新造しんぞうが見みに行いくと殺害さつがいされており、星子ほしこが皆みなに急きゅうを知しらせた。死体したいは下半身かはんしんが毛布もうふに覆おおわれた全裸ぜんらで、背中せなかのトランプ散ちらしの入いれ墨ずみのハートのクイーンにカラス羽根ばねの矢やが突つき刺ささっていた。直接ちょくせつの死因しいんは扼殺やくさつで、それに先立さきだって麻酔ますいを嗅かがされた形跡けいせきがあった。

島田しまだ警部補けいぶほと金田一きんだいちが関係かんけい者しゃの聴きき取とりを進すすめていると、星子ほしこの家庭かてい教師きょうし・三津木みつぎ節子せつこが脅迫きょうはく状じょうの文字もじを切きり抜ぬいた雑誌ざっしを焼却しょうきゃくしようとしていたところを取とり押おさえたとの報告ほうこくが入はいる。同時どうじに、風邪かぜ気味ぎみだと出席しゅっせきしていなかった悦子えつこが呼よばれてきた。悦子えつこへの聴きき取とりを優先ゆうせんしていたところ、星子ほしこがカーテンの紐ひもで絞殺こうさつされかけたという報しらせが入はいる。ストーブで空気くうきが悪わるくなって気分きぶんが悪わるくなった星子ほしこを節子せつこと和子わこが外そとへ連つれ出だし、節子せつこがレモン水れもんすいを作つくりに行いって一人ひとりになった星子ほしこの頸を、後うしろの窓まどから出でた手てが絞しめていたという。医師いし・沢村さわむらや節子せつこ、佐伯さえきによる処置しょちで星子ほしこは一命いちめいを取とり留とめる。

島田しまだ警部補けいぶほは節子せつこへの訊問じんもんを始はじめるが、まともに答こたえられずに泣なき出だしてしまう。金田一きんだいちは節子せつこが「黄金おうごんの矢や」を真似まねて書かいた密告みっこく状じょうがわざと欣造へ誤あやま配はいされるよう図はかっていたことまでは気付きづいていたが、節子せつこの反応はんのうを見みて、欣造を通とおして金田一きんだいちを事件じけんに巻まき込こむことが目的もくてきだったことに気付きづく。節子せつこは奈津子なつこへの密告みっこく状じょうと思おもわれる手紙てがみが来きた直後ちょくごに預金よきんが引ひき出だされていることから、奈津子なつこが脅迫きょうはくされている可能かのう性せいを考かんがえていた。

そこへ佐々木ささき医師いしが現あらわれ、星子ほしこの容態ようだいを問とわれて「トランプは13枚まいではなく15枚まい、ちゃんと数かぞえた」とうわ言ごとを言いっていたことを伝つたえると、金田一きんだいちは興奮こうふんした仕草しぐさをする。金田一きんだいちはようやく真相しんそうに突つき当あたったのである。

客間きゃくまに缶詰かんづめにされた関係かんけい者しゃの周囲しゅういで警官けいかんたちの動うごきがあわただしくなる。そして島田しまだ警部補けいぶほたちが現あらわれ、金田一きんだいちが真相しんそうを説明せつめいする。奈津子なつこは無邪気むじゃきだが闘争とうそう心しんのある人物じんぶつだった。性せいの悶もだえに苦くるしみ、牧師ぼくし・八木はちぼくにも訴うったえていた奈津子なつこは、耐たえられず同性愛どうせいあいに陥おちいっていたが、その相手あいてが実じつは脅迫きょうはく者しゃ「黄金おうごんの矢や」であることに気付きづいた。そして、皆みなを招待しょうたいして正体しょうたいを暴露ばくろしようとしたが、気付きづかれて先手せんてをとられたのである。

同性愛どうせいあいの相手あいては共犯きょうはんであり、その体からだには主犯しゅはんがテンペラでトランプを描えがいていた。奈津子なつこに呼よび寄よせられて離はなれに来きていたが、麻酔ますい薬やくで眠ねむらせて奥おくの寝室しんしつへ放ほうり込こんだ。そして、上半身じょうはんしん裸はだかになり、赤あかいパテで矢やを立たて、倒たおれて準備じゅんびしていた。一方いっぽうの主犯しゅはんは星子ほしこが離はなれへ行いきたがるように誘導ゆうどうし、「死体したい」を目撃もくげきさせた。そして星子ほしこに事態じたいを皆みなに知しらせに行いかせておいて、改あらためて奈津子なつこを扼殺やくさつし、星子ほしこに目撃もくげきさせたのと同おなじポーズをとらせて矢やを突つき刺さした。

奈津子なつこは入いれ墨ずみを星子ほしこや節子せつこにも隠かくしており、同性愛どうせいあいの相手あいてにもはっきりとは見みせなかったので枚数まいすうが判わからず、犯人はんにんは実際じっさいより多おおく描えがいていた。入いれ墨ずみのことを知しらなかったため死体したいを母親ははおやだと思おもわなかった星子ほしこは、冷静れいせいにトランプの数かずを数かぞえていた。星子ほしこが狙ねらわれたのは、被害ひがい者しゃが母親ははおやだと知しれたときに目撃もくげきした「死体したい」との肉体にくたい的てき相違そういに気付きづかれるのを防ふせぐためである。

金田一きんだいちの説明せつめいでの犯人はんにんの条件じょうけんに唯一ゆいいつ合致がっちする新造しんぞうは、面白おもしろいフィクションだと開ひらき直なおり、種々しゅじゅの状況じょうきょう証拠しょうこを示しめされても動どうじない。金田一きんだいちは部屋へやに入はいるとき首筋くびすじを覗のぞいたと悦子えつこに言いい、婦人ふじん警官けいかんが待まっているから潔白けっぱくならテンペラの洗あらい残のこしが無ないことを証明しょうめいしてはどうかと提案ていあんする。悦子えつこが耐たえられず飛とび上あがったため、新造しんぞうは金田一きんだいちに殴なぐりかかろうとするが、取とり押おさえられる。

1ヶ月かげつほど後ご、星子ほしこの全快ぜんかい祝いわいの場ばで、八木はちぼくが星子ほしこの後見こうけんも財産ざいさん管理かんりも欣造に任まかせたいとい出いだす。佐伯さえきは、節子せつこへの求婚きゅうこんが同居どうきょを条件じょうけんに星子ほしこにも受うけ入いれられたことを打うち明あけ、財産ざいさんのことは自分じぶんの手てには余あまるからと八木はちぼくに賛同さんどうする。そのあと沢村さわむらが星子ほしこの健康けんこうは引ひき受うけたなどと調子ちょうしに乗のっていると、事件じけん直前ちょくぜんに沢村さわむらと和子わこが抱擁ほうようしていたことを星子ほしこが暴露ばくろする。数日すうじつ後ご、八木はちぼくの気持きもちが解わからないという欣造夫妻ふさいに、金田一きんだいちは八木はちぼくと星子ほしこの耳みみの形かたちが似にていることを指摘してきする。

登場とうじょう人物じんぶつ

金田一きんだいち耕こう助すけ（きんだいち こうすけ）

私立しりつ探偵たんてい。

三芳みよし欣造（みよし きんぞう）

ピアニスト。緑ガ丘みどりがおか205番地ばんちに居住きょじゅう。

三芳みよし兼子かねこ

欣造の前妻ぜんさい。ピアニスト。交通こうつう事故じこで死亡しぼう。

三芳みよし恭子きょうこ

欣造の妻つま。兼子かねこの弟子でしで、達人たつじんと別居べっきょ中ちゅうに妻つまを失うしなった欣造の手伝てつだいをしている間あいだに恋愛れんあいが芽生めばえて再婚さいこん。

三芳みよし和子かずこ（みよし かずこ）

欣造と兼子かねこの娘むすめ。緑ガ丘みどりがおか学園がくえんの大学生だいがくせい。

佐伯さえき達人たつひと（さえき たつと）

声楽せいがく家か。恭子きょうこの前夫ぜんふ。節子せつこに惹ひかれている。

三芳みよし新造しんぞう（みよし しんぞう）

画家がか。緑ガ丘みどりがおか307番地ばんちに居住きょじゅう。

三芳みよし悦子えつこ

新造しんぞうの妻つま。

的場まとば奈津子なつこ（まとば なつこ）

新造しんぞうの隣家りんかの主あるじ。子供こどものように無邪気むじゃきな人物じんぶつ。アメリカ帰がえりというだけで何なにをしていたか知しられていなかったが、亡ほろび夫おっとと共ともにサーカスを経営けいえいしていたことを、第だい1の事件じけんの直後ちょくごに八木はちぼくが明あきらかにする。

的場まとば星子せいこ

奈津子なつこの養女ようじょとされているが、実じつは奈津子なつこ自身じしんの私生児しせいじ。16歳さい。小児しょうに麻痺まひで脚あしが不自由ふじゆう。通称つうしょうボンちゃん。

的場まとば譲治じょうじ

奈津子なつこの亡ほろび夫おっと。アメリカでサーカスを経営けいえいして財ざいをなしたが3年ねん前まえに死去しきょ。

三津木みつぎ節子せつこ

星子ほしこの家庭かてい教師きょうし兼けん看護かんご婦ふ。

お種たね

的場まとば家かの女中じょちゅう。

深井ふかい英蔵えいぞう

的場まとば家かのじいや。奈津子なつこが家いえを買かい取とったとき、そのまま引ひき取とってもらって働はたらいている。

お咲さき

英蔵えいぞうの妻つま。

八木やぎ信介しんすけ（やぎ しんすけ）

的場まとば家かとアメリカ時代じだいから親したしくしていた牧師ぼくし。成城せいじょう在住ざいじゅう。

沢村さわむら

緑ガ丘みどりがおか病院びょういんの若わかい医師いし。和子わこと恋仲こいなか。

佐々木ささき

緑ガ丘みどりがおか病院びょういんの医師いし。

橘たちばな貞之助ていのすけ（たちばな ていのすけ）

緑ガ丘みどりがおか署長しょちょう。

島田しまだ

緑ガ丘みどりがおか署しょ警部補けいぶほ。

山口やまぐち

緑ガ丘みどりがおか署しょ刑事けいじ。

緒方おがた

緑ガ丘みどりがおか署しょ刑事けいじ。

北山きたやま

緑ガ丘みどりがおか署しょ刑事けいじ。

原型げんけい短編たんぺん

本ほん作さくの「人々ひとびとを中傷ちゅうしょうする匿名とくめいの手紙てがみ」という要素ようその源流げんりゅうは『黒くろい翼つばさ』や『白しろと黒くろ』と共ともに1948年ねんの捕物とりもの帳ちょう『浄玻璃じょうはりの鏡かがみ』にあるとされているが、本ほん作さくの直接ちょくせつの源流げんりゅうと考かんがえられているのは『ロック』1949年ねん2月がつ号ごう - 5月がつ号ごうに連載れんさいされて中断ちゅうだんした由利ゆり麟太郎りんたろう&三津木みつぎ俊助しゅんすけ登場とうじょう作品さくひん『神かみの矢や』である。一方いっぽう、「背中せなかに入いれ墨ずみを描えがき被害ひがい者しゃに扮ふんして目撃もくげきされることにより主犯しゅはんのアリバイを作つくる」というトリックの源流げんりゅうは『捕物とりもの倶楽部くらぶ』1954年ねん1・2月がつ合併がっぺい号ごうに掲載けいさいされた捕物とりもの帳ちょう『当あたり矢や』と考かんがえられている。双方そうほうの要素ようそを併あわせた金田一きんだいち耕こう助じょ登場とうじょう短編たんぺん『毒どくの矢や』は『オール讀物よみもの』1956年ねん1月がつ号ごうに掲載けいさいされ、これを1956年ねん3月がつに東京とうきょう文芸ぶんげい社しゃの金田一きんだいち耕こう助じょ探偵たんてい小説しょうせつ選せん第だい3期き第だい4『蝋ろう美人びじん』に収録しゅうろくされる際さいに改稿かいこう長編ちょうへん化かしたのが本ほん作さくである。

『毒どくの矢や』の短編たんぺん版ばんと長編ちょうへん版ばんにはストーリー展開てんかいに大おおきな差異さいは無ない。登場とうじょう人物じんぶつについても、三芳みよし新造しんぞうを著述ちょじゅつ業ぎょうから画家がかに変更へんこうし、的場まとば星子せいこを17歳さいから16歳さいに変更へんこうし、緑ガ丘みどりがおか署しょの橘たちばな署長しょちょうが事件じけん現場げんばにも現あらわれるところを部下ぶかの島田しまだ警部補けいぶほに任まかせる形かたちに変更へんこうし、刑事けいじが証言しょうげん内容ないようを報告ほうこくするだけだった的場まとば家かのじいやと妻つまが深井ふかい英蔵えいぞうおよびお咲さきという名なで実際じっさいに登場とうじょうするなどの変更へんこうがあるのみである。推理すいり小説しょうせつとしての要素ようそについては、星子ほしこが狙ねらわれた理由りゆう、死体したいに扼殺やくさつ痕こんを残のこした理由りゆう、死体したいの下半身かはんしんを毛布もうふで覆おおった理由りゆうが明確めいかくに説明せつめいされ、犯行はんこう動機どうきを誤認ごにんさせるための脅迫きょうはく状じょう、その脅迫きょうはく状じょうの作成さくせい日びが合あわないことを新聞しんぶん記事きじの裏面りめんで確認かくにんする設定せってい、八木やぎ牧師ぼくしに財産ざいさん上じょうの動機どうきがある設定せっていが追加ついかされている。また、星子ほしこが入いれ墨ずみのトランプの枚数まいすうを数かぞえていたことなどの事実じじつを提示ていじするタイミングが変更へんこうされている。最後さいごの金田一きんだいちによる謎なぞ解ときの段階だんかいでは、短編たんぺん版ばんでは死体したい入替いれかわトリックのみを説明せつめいして犯人はんにんを拘束こうそくした後のちに背景はいけいを簡略かんりゃくに説明せつめいするところを、金田一きんだいちがまず最後さいごまで詳細しょうさいに説明せつめいし、それに対たいして犯人はんにんが証拠しょうこが無ないと開ひらき直なおる展開てんかいに変更へんこうしている。事件じけん解決かいけつ後ごの後日ごじつ談だんは長編ちょうへん版ばんで全まったく新あらたに追加ついかされたものである。

収録しゅうろく書籍しょせき

• 『毒どくの矢や』（2022年ねん、角川かどかわ文庫ぶんこ、ISBN 978-4-04-112603-5）

  「毒どくの矢や」「黒くろい翼つばさ」を収録しゅうろく。

• 『毒どくの矢や（新装しんそう版ばん）』（1997年ねん、春陽しゅんよう文庫ぶんこ、ISBN 978-4-394-39519-5）

  「毒どくの矢や」「蝙蝠かわほりと蛞蝓なめくじ」「黒くろい翼つばさ」を収録しゅうろく。

外部がいぶリンク

• 金田一きんだいちの愛あいすべき人柄ひとがらは捜査そうさ側がわにも、犯人はんにんの側がわにもしこりを残のこさない――『毒どくの矢や』横溝よこみぞ正史せいし - カドブン KADOKAWA文芸ぶんげいWEBマガジン