七ななつの仮面かめん

金田一きんだいち耕こう助すけ > 七ななつの仮面かめん

『七ななつの仮面かめん』（ななつのかめん）は、横溝よこみぞ正史せいしの短編たんぺん推理すいり小説しょうせつ。『講談こうだん倶楽部くらぶ』昭和しょうわ31年ねん（1956年ねん）8月がつ号ごう（講談社こうだんしゃ）に掲載けいさいされた。

「金田一きんだいち耕こう助すけシリーズ」の一ひとつ。角川かどかわ文庫ぶんこ『七ななつの仮面かめん』 (ISBN 4-04-130466-0) に収録しゅうろくされている。

あらすじ

いまになっても「どうかすると聖女せいじょのように見みえることがあると言いわれる」という美沙みさは、実際じっさいに聖女せいじょと呼よばれもてはやされた時期じきがあると自分じぶんの過去かこを語かたり始はじめる。

女学校じょがっこう時代じだいの美沙みさは美うつくしく気品きひんに富とんで潔きよしらかで、教師きょうしや上級生じょうきゅうせいに可愛かわいがられ下級生かきゅうせいには慕したわれ、特とくに上級生じょうきゅうせい・山内やまうちりん子こに熱烈ねつれつな愛情あいじょうを受うけていた。卒業そつぎょうが近ちかづくと、りん子ずは美沙みさは世間せけんに出でずに学校がっこうに残のこるべきだと主張しゅちょうする。最後さいごの秋あきに美沙みさの父親ちちおやが腸ちょうチフスで死亡しぼうし、台風たいふうが襲来しゅうらいした初はつ七なな日にちの夜よる、美沙みさは不安ふあんから泊とまっていくようりん子ずに頼たのみ、そのまま体からだを許ゆるす。

美沙みさはりん子ずとの関係かんけいを続つづけていたが、干渉かんしょうが強圧きょうあつ的てきになってきたのがうるさくなり、りん子ずが学校がっこうに残のこる準備じゅんびを進すすめていたのを無視むしして、卒業そつぎょうの翌晩よくばんには「ベラミ」のウェイトレスとして働はたらき始はじめた。りん子ずもすぐに「ベラミ」をつきとめて通かようようになった。

持もち前まえの無邪気むじゃきさで客きゃくたちからの誘惑ゆうわくから逃にげてきた美沙みさは、半年はんとし後ごに江口えぐち万蔵まんぞうに胸像きょうぞうのモデルになるよう頼たのまれる。アトリエに通かようようになって1週間しゅうかん後ご、江口えぐちは美沙みさのヌードを見みせて欲ほしいと頼たのむ。江口えぐちの下心したごころを知しりつつ衣服いふくを脱ぬいだ美沙みさは江口えぐちに身みを任まかせる。

江口えぐちが作つくった「聖女せいじょの首くび」の像ぞうは評判ひょうばんになり、美沙みさ目当めあての客きゃくも増ふえた。そのうちの中林なかばやしと伊東いとうの2人ふたりを手玉てだまに取とっていたが、年としが改あらたまると姿すがたを見みせなくなった。そして、中林なかばやしが好すきな女おんなを諦あきらめて親おやの選えらんだ女おんなと結婚けっこんしたという噂うわさを聞きく。怒いかりのあまり店てんを飛とび出だし、一人暮ひとりぐらしの伊東いとうのアパートへ行いくが、伊東いとうに「純潔じゅんけつな処女しょじょだと信しんじきって惚ぼれていたのをどうしてくれるんだ」となじられ、ベッドにねじ伏ふせられる。

5階かいにある伊東いとうの居室きょしつを後のちにして管理人かんりにん室しつの前まえまで来くると、人ひとが落おちる音おとが聞きこえた。管理人かんりにんが美沙みさと通とおりかかった金田一きんだいちを連つれて見みに行いくと伊東いとうだった。伊東いとうの部屋へやの窓まどからは黒くろい影かげが引ひっ込こんで灯あかりが消きえた。目撃もくげき者しゃは男おとこか女おんなか判わからなかったと皆みな証言しょうげんしたが、美沙みさはりん子ずの特徴とくちょう的てきな髪かみを認みとめていた。部屋へやにはりん子ずがいつも持もち歩あるいている傘かさの黒檀こくたんの柄えがあり、それで撲なぐった跡あとがあった。

それから2日にち目め、りん子ずが服毒ふくどく自殺じさつを遂とげているのをアパートを訪たずねた美沙みさが管理人かんりにんと共ともに発見はっけんする。その晩ばん、美沙みさは中林なかばやしや伊東いとうに告つげ口ぐちしたのが江口えぐちかりん子ずか判断はんだんできず、江口えぐちのアトリエを訪たずねた。鍵かぎがかかっていない留守るすのアトリエに入はいった美沙みさは、吸取すいと紙しに中林なかばやしが癖くせにしている鱗うろこ模様もようが描えがかれていることに気付きづく。そして「聖女せいじょの首くび」の像ぞうの両側りょうがわに並ならんで黒くろい布ぬのがかぶせられた6つの胸像きょうぞうがあることにも気付きづく。それは美沙みさのいやらしい姿すがたを捉とらえた胸像きょうぞうで「接吻せっぷんする聖女せいじょ」「抱擁ほうようする聖女せいじょ」「法悦ほうえつする聖女せいじょ」「悪あく企たくらみする聖女せいじょ」「血ちぬられた聖女せいじょ」などと題だいがついていた。これらの胸像きょうぞうで中林なかばやしや伊東いとうに正体しょうたいを知しらせていたことに気付きづいた美沙みさは、酔よって入はいってきた江口えぐちを刺殺しさつする。

裁判さいばんでは江口えぐちが2人ふたりをアトリエへ招待しょうたいして胸像きょうぞうを見みるよう仕向しむけたことを中林なかばやしが証言しょうげんし、美沙みさの量刑りょうけいは軽微けいびとなる。しかし、ひと一いち人にん殺あやめた女おんなは相手あいてにされず、美沙みさは娼婦しょうふの群むれに身みを落おとす。

そこへ金田一きんだいちが、りん子ずの服毒ふくどくの件けんについて意見いけんをたたかわせたいとやってきた。りん子ずの眼鏡めがねが壊こわれていたにもかかわらず、嘔吐おうとすることなく利きく量りょうの毒薬どくやくが正確せいかくに計量けいりょうされていた。部屋へやの鍵かぎは室内しつないの小しょう卓たくにあって密室みっしつ状態じょうたいだったが、その小しょう卓たくにピンをさしたような跡あとがあった。つまり、紐ひもを使つかった簡単かんたんなトリックで外そとから鍵かぎを入いれたと考かんがえられる。

美沙みさはりん子ずの死しに顔がおが安やすらかだったというと、金田一きんだいちは熱愛ねつあいする同性どうせいの愛人あいじんと一緒いっしょに死しねると思おもい込こんでいた、それはその同性どうせいの愛人あいじんが生いきていられない事情じじょうを知しっていたからだと指摘してきする。その事情じじょうとは伊東いとうを殺害さつがいしたことで、りん子ずは美沙みさが下したへ降おりたころを見計みはからって死体したいを突つき落おとすことで美沙みさをかばった。しかし、美沙みさはそれを知しると、りん子ずのことを生いかしておけないと考かんがえた。

金田一きんだいちが去さったあと、美沙みさは手記しゅきを書かいた。美沙みさが江口えぐちを刺殺さしころしたとき鏡かがみに映うつった顔かおは「血ちぬられた聖女せいじょ」にそっくりだった。りん子ずの殺害さつがいを計画けいかくしているときは「悪あく企たくらみする聖女せいじょ」にそっくりだったろう。そして、あしたの朝あさには7つ目めの胸像きょうぞう「縊くびれたる聖女せいじょ」にそっくりの顔かおで発見はっけんされるだろう。

主要しゅような登場とうじょう人物じんぶつ

金田一きんだいち耕こう助すけ

私立しりつ探偵たんてい。

美沙みさ

横浜よこはま郊外こうがいの牧場ぼくじょうで育そだち、市内しないのフランス系けいカトリックの女学校じょがっこうに通かよっていた。卒業そつぎょう後ごは銀座ぎんざの高級こうきゅう喫茶きっさ「ベラミ」のウェイトレス。

山内やまうちりん子こ

女学校じょがっこうでの美沙みさより3つ年上としうえの上級生じょうきゅうせい。幼おさなくして孤児こじとなり、給費きゅうひ生せいとして卒業そつぎょうした後のちも特別とくべつの教育きょういくを受うけながら低てい学年がくねんの生徒せいとを受うけ持もっていた。度どの強つよい眼鏡めがねをかけ、赤茶あかちゃけた髪かみで、いかつい体からだなので醜みにくい女おんなという印象いんしょうがあるが、色白いろじろで知性ちせいを感かんじさせ、頭脳ずのう明晰めいせきで学校がっこう始はじまって以来いらいの才媛さいえんと言いわれていた。

江口えぐち万蔵まんぞう（えぐち まんぞう）

「ベラミ」の常連じょうれん客きゃく。彫刻ちょうこく家か。ひどい猫背ねこぜ。

中林なかばやし良吉りょうきち（なかばやし りょうきち）

「ベラミ」の常連じょうれん客きゃく。色いろの浅黒あさぐろいがっちりした体格たいかくの男おとこ。体格たいかくに似合にあわず初心うぶなところがある。いつもシャープペンシルを持もって、ありあう紙かみに三角形さんかっけいを書かき連つらねて鱗うろこのような模様もようを描えがく癖くせがある。

伊東いとう慎まこと策さく（いとう しんさく）

「ベラミ」の常連じょうれん客きゃく。女おんなのように華奢きゃしゃだが弾力だんりょくにとんだバネを思おもわせる強靭きょうじんさを感かんじさせる体からだをしている。悪党あくとうがって見みせているが美沙みさには見破みやぶられている。

宮崎みやざき（みやざき）

伊東いとうが一人ひとり暮くらしをしているアパートの管理人かんりにん。

解説かいせつ

1947年ねん（昭和しょうわ22年ねん）2月がつに発表はっぴょうされた短編たんぺん『聖女せいじょの首くび』が原型げんけいになっており、原型げんけい作品さくひんは出版しゅっぱん芸術げいじゅつ社しゃ『横溝よこみぞ正史せいし探偵たんてい小説しょうせつコレクション3』(ISBN 978-4-88293-260-4) に収録しゅうろくされている。

原型げんけい作品さくひんに金田一きんだいちは登場とうじょうせず、山内やまうちりん子こに相当そうとうする人物じんぶつも登場とうじょうしない。美沙みさの性愛せいあいに関かんする記述きじゅつも無なく、山内やまうちりん子こや江口えぐち万蔵まんぞうとの情交じょうこうや服役ふくえき後ごに娼婦しょうふ稼業かぎょうに身みを落おとしたくだりは改稿かいこう後ごの新規しんき部分ぶぶんである。伊東いとう慎まこと策さくに強姦ごうかんされて殺害さつがいした設定せっていも無なく、殺害さつがいするのは江口えぐち万蔵まんぞうのみで、金田一きんだいちの登場とうじょうを必要ひつようとしない単純たんじゅんな殺害さつがい方法ほうほうのみとなっている。

美沙みさにい寄いよる若わかい男おとこが原型げんけい作品さくひんでは3人にんであったところを2人ふたりに減へらし、各々おのおのの個性こせいを詳細しょうさいに設定せっていしている。胸像きょうぞうは「聖女せいじょの首くび」以外いがいに5個こ、併あわせて6個こであったところを、山内やまうちりん子こ殺害さつがいに関係かんけいする「悪あく企たくらみする聖女せいじょ」を増ふやして7個こに変かえ、うち3個こについては表題ひょうだいを意味いみが似にた別べつのものに変更へんこうしている。原型げんけい作品さくひんでは美沙みさは胸像きょうぞうが予告よこくする運命うんめいに操あやつられるような形かたちで自殺じさつしているところを、金田一きんだいちに真相しんそうを看破かんぱされたという明確めいかくな自殺じさつ理由りゆうがある形かたちに変かえている。

金田一きんだいち耕こう助じょ登場とうじょう作品さくひんで本ほん作さくのように登場とうじょう人物じんぶつの1人ひとり称しょうで語かたられる作品さくひんはそれほど多おおくはないが、他ほかにも何なん例れいか見みられる。詳くわしくは金田一きんだいち耕こう助すけ#記録きろく者しゃを参照さんしょう。