縊死いし

首くびつり自殺じさつ > 縊死いし

ジェームズ・ティソ『ユダの首吊くびつり』

縊死いし（いし、英えい: Hanging）とは、索さく状じょう物ぶつで自重じちょうまたはモノの重おもさにより首くび（頸部）が圧迫あっぱくされることで、呼吸こきゅうや脳のうの血ち流りゅうが阻害そがいされ、脳のうや臓器ぞうきに回復かいふく不能ふのうな機能きのう障害しょうがいが起おき（縊頸）、結果けっかとして死しに至いたることをいう。身体しんたいが完全かんぜんに宙ちゅうに浮うき、全ぜん体重たいじゅうが索さく状じょう物ぶつにかかっている場合ばあいを定型ていけい的てき縊首（首吊くびつり死し）、それ以外いがいの場合ばあいを非ひ定型ていけい的てき縊首という。

概要がいよう

縊死いしは自殺じさつの手段しゅだんとして古ふるくから用もちいられており、縊死いしのほとんどの場合ばあいが自殺じさつであるが、まれに他殺たさつや事故死じこしがあり、自じ他殺たさつの論争ろんそうの種たねになったものもある。紐ひも状じょう物ぶつによる頸部圧迫あっぱく死しでも、死者ししゃの体重たいじゅうを利用りようしないものは、「絞しぼ死し」と区別くべつされる。手てや紐ひもなどによる頸部圧迫あっぱくでの殺害さつがい全般ぜんぱんを「絞殺こうさつ」、手て又または腕うでを使つかった頸部圧迫あっぱくによる殺害さつがいを「扼殺やくさつ」と呼よぶ。

首吊くびつり

詳細しょうさいは「首くびつり自殺じさつ」を参照さんしょう

固定こていされた索さく状じょう物ぶつに首くびを掛かけ本人ほんにんの体重たいじゅうで頸部を斜ななめに圧迫あっぱくすると、頸部の動脈どうみゃく（頸動脈みゃくと椎骨ついこつ動脈どうみゃく）、主しゅ気管きかんなどが強つよく圧迫あっぱくされ、脳のう虚きょ血ちまたは窒息ちっそく状態じょうたいとなる。これらにより、血液けつえきまたは酸素さんそが脳のうに供給きょうきゅうされなくなり、中枢ちゅうすうの機能きのうが停止ていしし絶命ぜつめいに至いたる。このことを法医学ほういがくでは縊頸（いけい、いっけい）と呼よぶ。多おおくの場合ばあい、自殺じさつに用もちいられる。必かならずしも足あしが完全かんぜんに地面じめんから浮ういていることは要ようさず、足あしや尻しりをついた状態じょうたいでも縊死いしは成立せいりつし得える（非ひ定型ていけい縊頸）。

絞首刑こうしゅけいにおける首吊くびつりは、絞首こうしゅ台だいを使用しようし、高所こうしょより落下らっかするエネルギーを用もちい、その衝撃しょうげきで頸椎損傷そんしょうなどを起おこし、即そく、意識いしきを失うしない、確実かくじつに死しに至いたらしめる。頸骨骨折こっせつで即死そくしする場合ばあいもある。ラットやマウスの殺ころせ処分しょぶん方法ほうほうである頸椎脱臼だっきゅうと理屈りくつは同おなじである。現在げんざいの日本にっぽんの死刑しけいで採用さいようされている絞首刑こうしゅけいは、頸動脈みゃく洞ほらを圧迫あっぱくし、血ち流りゅうを阻害そがいする。脳幹のうかんへ行いく血液けつえきが少すくなくなり、脳幹のうかんでの酸素さんそ量りょう減少げんしょうで失神しっしん状態じょうたいに陥おちいらせ、死しに至いたらしめる。過去かこの歴史れきしや海外かいがいの絞首刑こうしゅけいでは、こうした落下らっか式しきではなく、首くびに掛かけた縄なわを引ひき上あげる方式ほうしきも存在そんざいする。

通常つうじょうの首吊くびつりの場合ばあいでも、頸動脈みゃく洞ほらが圧迫あっぱくされるため、頸動脈みゃく洞ほら反射はんしゃによって急激きゅうげきに血圧けつあつが低下ていかし、痛いたみも苦くるしみもなく、平均へいきんで約やく7秒びょうで意識いしき喪失そうしつにいたる。この頸動脈みゃく洞ほら反射はんしゃが起おきるため、首吊くびつりは安楽あんらくな自殺じさつ方法ほうほうであると言いわれる。『完全かんぜん自殺じさつマニュアル』では、「身みも蓋ぶたもない結論けつろんを言いってしまうようだが、首吊くびつり以上いじょうに安楽あんらくで確実かくじつで、そして手軽てがるに自殺じさつできる手段しゅだんはない。他たの方法ほうほうなんか考かんがえる必要ひつようはない。」と書かかれている。さらに首吊くびつり自体じたいが苦くるしくない典拠てんきょとしては「首吊くびつり芸人げいにん」というものがあり、これはサーカスなどで芸人げいにんがゆっくりと首くびを吊つってみせ意識いしきを失うしなう前まえに助手じょしゅに合図あいずして外はずさせる芸げいで、イギリスでは定番ていばん芸げいだった（首吊くびつり芸人げいにん）。

ロシアの作家さっか、ドストエフスキーの作品さくひんには縊死いしの描写びょうしゃが多おおく、『悪霊あくりょう』で縄なわの滑すべりを良よくし円滑えんかつに縊死いしするための工夫くふうとして縄なわと首くびにベットリと石鹸せっけん水すいを塗ぬりつける描写びょうしゃがある。ただし逆ぎゃくに、この頸動脈みゃく洞ほらから圧迫あっぱく箇所かしょがずれてしまうと、窒息ちっそくで意識いしきを失うしなうまで長ながく苦くるしむことになる。しかし、通常つうじょう首吊くびつりは角度かくどがつくため、頸動脈みゃく洞ほらから圧迫あっぱく箇所かしょがずれると言いうことはまずない。もちろん、手てで首くびを絞しめられた場合ばあいは、頸動脈みゃく洞ほらからずれることもあり、その場合ばあい、苦くしんで意識いしきを失うしなうことになる。

日本にっぽんでは、自殺じさつの大半たいはんが首吊くびつりによるものである。第三者だいさんしゃの発見はっけんや紐ひもや縄なわが切きれた外はずれたなどの理由りゆうで未遂みすいの場合ばあいは、脳のう細胞さいぼうの破壊はかいにより重じゅう篤あつしな脳のう障害しょうがいを残のこしてしまう。

縊死いし者しゃの頸部に残のこる、頸部を絞しぼ搾しぼした縄なわ索さくの痕あとを「縊溝（いっこう）」もしくは索さく状じょうの痕あとなので、索さく状じょう痕こんまたは索さく痕こんという。索さく状じょう痕こん（索さく痕こん）のうち、明あきらかに溝みぞ状じょうに陥おちい凹へこましているものを索さく溝みぞと呼よぶ。ただし、縊死いしの場合ばあいに必かならず体からだ表ひょうに現あらわれるわけではない。たとえば着衣ちゃくいの襟えりに、または頸部に巻まかれた襟巻えりまきの類るいに隔へだてられ、あるいは用もちいられた布ぬの片へんの性質せいしつによって、肉眼にくがん的てきには、表皮ひょうひの変化へんかは判然はんぜんとしないことがある。しかし、全すべての場合ばあい、死亡しぼうに至いたる圧力あつりょくが加くわえられた箇所かしょには顕微鏡けんびきょう的てき検査けんさにより組織そしき破壊はかいが確認かくにん出来でき、またほとんどの場合ばあい、解剖かいぼうにより皮下ひかの脆弱ぜいじゃくな組織そしきに肉眼にくがん的てきに確認かくにんできる損傷そんしょうが観察かんさつされる。皮下ひか組織そしきに頸部を周しゅうる縊溝の走はしり方かたは2ある。

1. 定型ていけい的てきな縊溝は、前ぜん頸部を横よこに通過つうかし、頸の左右さゆう両側りょうがわを同おなじように上うえ後方こうほうに向むかって斜ななめに上昇じょうしょうし、耳みみの後うしろに達たっし、左右さゆうからの縊溝は相あい近ちかづき、有髪うはつ部ぶに消きえる。以下いかの二に通とおりがある。
   1. 頸の周まわりで縄なわ索さくを結むすばずに首くびを吊つる開放かいほう係がかり蹄の場合ばあい
   2. 頸の周囲しゅういで縄なわ索さくを結むすび首くびを吊つる結節けっせつ係がかり蹄の時とき結節けっせつが後頭部こうとうぶ中央ちゅうおう線せんに位置いちするような場合ばあい
2. 非ひ定型ていけい的てきな縊溝は、結節けっせつ係がかり蹄の時ときに結節けっせつが後頭部こうとうぶ中央ちゅうおう線せん以外いがいに位置いちする時ときに生しょうじる。結節けっせつが頸部の前方ぜんぽうや耳みみ前まえに位置いちするような際さいに生しょうじ、縊溝の走はしり方かたは結節けっせつと反対はんたい側がわに始はじまり、結節けっせつに向むかって斜ななめに上昇じょうしょうし、結節けっせつに当あたる箇所かしょで消きえる。

後遺症こういしょう

首吊くびつり後ご、早はやくに脱出だっしゅつあるいは救助きゅうじょされれば、ほぼ後遺症こういしょうを残のこさず生いき残のこれる可能かのう性せいもあるが、脳のう血ち流りゅう停止ていし後ご3〜4分ふんを超こえてからは高次こうじ脳のう機能きのう障害しょうがいや麻痺まひなど中枢ちゅうすうに関与かんよする様々さまざまな後遺症こういしょうを残のこす可能かのう性せいが高たかく、また、頸椎、頸髄などに物理ぶつり的てきな損傷そんしょうが加くわわっていれば、さらに後遺症こういしょうを悪化あっかさせる要因よういんになる。

ムード歌謡かよう歌手かしゅのフランク永井ながいは、1985年ねん10月に首吊くびつり自殺じさつを図はかり一命いちめいを取とり留とめたが、懸命けんめいのリハビリテーションにもかかわらず、自分じぶんの名前なまえの読よみ書かきは出来できる・かつての自分じぶんの持もち歌うたをカラオケで歌うたえる・散歩さんぽはできるといった程度ていどの回復かいふくが限界げんかいで、見舞みまいに訪おとずれた友人ゆうじんの識別しきべつができないなど、重おも篤あつな高次こうじ脳のう機能きのう障害しょうがいによる記憶きおく障害しょうがいや麻痺まひなどを残のこしていた。

首吊くびつり自殺じさつの現場げんばは、いくらかの時間じかんを経へて誰だれかに目撃もくげき・発見はっけんされることになるが、目撃もくげき・発見はっけん者しゃは大おおきなショックを受うけるため、PTSD（心しん的てき外傷がいしょう後ごストレス障害しょうがい）や強迫きょうはく性せい障害しょうがいなどの様々さまざまな重じゅう篤あつしな精神せいしん障害しょうがいを発症はっしょうする場合ばあいが多おおい。

もちろん、実際じっさいの目撃もくげき・発見はっけん者しゃ以外いがいも自殺じさつ当事とうじ者しゃにかかわったことのある人々ひとびともその事実じじつを伝つたえ聞きいたとき非常ひじょうに大おおきなショックを受うけ、トラウマや罪責ざいせき感かん、大おおきなショックなど様々さまざまな心理しんり的てき苦痛くつうに圧倒あっとうされ、PTSD、鬱うつ病びょう、不安ふあん障害しょうがい、希まれ死し念慮ねんりょなどの深刻しんこくな精神せいしん障害しょうがい・疾患しっかんを患わずらう場合ばあいが多おおい。

首くび絞しめ

縄なわや紐ひもなどの索さく状じょう物ぶつを巻まきつけて頸部を水平すいへいに圧迫あっぱくし、気道きどう（喉頭こうとうから気管きかんを含ふくむ）を閉塞へいそくさせることで呼吸こきゅうが出来できないようにすることを、法医学ほういがくでは絞しぼ頸（こうけい）と呼よぶ。絞しぼ頸による死しを絞しぼ死し（こうし）といい、絞しぼ頸による殺人さつじんを絞殺こうさつ（こうさつ）という。絞しぼ頸による自殺じさつ（自じ絞しぼ死し）の例れいは稀まれであり、結むすび目めを作つくったり機械きかい的てきな動力どうりょくを利用りようして絞しめ上あげを補助ほじょしたりするなど、意識いしきを失うしなっても索さく状じょう物ぶつが緩ゆるまないための何なんらかの工夫くふうを伴ともなう。

手てや腕うでで頸部を圧迫あっぱくすることを扼頸（やくけい）と呼よぶ。扼頸による死しを扼死（やくし）といい、扼頸による殺人さつじんを扼殺やくさつ（やくさつ）という。扼頸による自殺じさつはまず不可能ふかのうであるため、これらは縊死いしではない。

関連かんれん人物じんぶつ

• 首くびくくり栲たえ象ぞう（別名べつめい：古沢ふるさわ守まもる、古沢ふるさわ宅たく、古澤ふるさわ宅たく、古澤ふるさわ栲たえ）
  • 首吊くびつりのパフォーマンスを、50歳さいから20年ねんにわたって続つづけたパフォーマー。

参考さんこう文献ぶんけん

• 鶴見つるみ済わたる、1993年ねん7月がつ2日にち第だい1刷さつ発行はっこう、『完全かんぜん自殺じさつマニュアル』、太田出版おおたしゅっぱん

関連かんれん項目こうもく

• 首くびつり自殺じさつ
• 自殺じさつ - 窒息ちっそく
• 死しにたい
• 絞首刑こうしゅけい