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RAINBOW RAINBOW

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
『RAINBOW RAINBOW』
TM NETWORKスタジオ・アルバム
リリース
録音ろくおん 1983ねん10がつ1にち -
1984ねん2がつ4にち
CBS・ソニー六本木ろっぽんぎスタジオ
スタジオジャックス
ジャンル
時間じかん
レーベル EPIC・ソニー
プロデュース 小室こむろ哲哉てつや
チャート最高さいこう順位じゅんい
TM NETWORK アルバム 年表ねんぴょう
 RAINBOW RAINBOW
(1984ねん
CHILDHOOD'S END
(1985ねん
EANコード
『RAINBOW RAINBOW』収録しゅうろくシングル
  1. 金曜日きんようびのライオン (Take it to the lucky)
    リリース: 1984ねん4がつ21にち
  2. 1974 (16光年こうねん訪問ほうもんしゃ)
    リリース: 1984ねん7がつ21にち
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RAINBOW RAINBOW』(レインボー・レインボー)は、日本にっぽん音楽おんがくユニットであるTM NETWORKのファースト・アルバム。

1984ねん4がつ21にちEPIC・ソニーからリリースされ、作詞さくし麻生あそうかおり太郎たろう西門にしもん加里かり小室こむろ哲哉てつや作曲さっきょく小室こむろ木根きね尚登なおと、プロデューサーは小室こむろ担当たんとうしている。音楽おんがくせいエレクトロ・ポップ基調きちょうとしながらもラップAORなど様々さまざま要素ようそ導入どうにゅうしている。

レコーディングは1983ねん10がつ1にちから1984ねん2がつ4にちまでCBSソニー六本木ろっぽんぎスタジオおよびスタジオジャックスにておこなわれた。アルバムタイトルの由来ゆらいは、にじの7しょくではおさまりきらないバラエティーゆたかなアルバムにしたいということから名付なづけられた。

先行せんこうシングルはなく、同時どうじリリースされたシングル「金曜日きんようびのライオン (Take it to the lucky)」、のちシングルカットされた「1974 (16光年こうねん訪問ほうもんしゃ)」を収録しゅうろくしている。

オリコンチャートでは最高さいこう71となった。

背景はいけい

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宇都宮うつのみやたかし木根きね尚登なおと在籍ざいせきしていたロックバンドであるSPEEDWAYは、1979ねん9がつ5にちにシングル「ゆめまでんで」でメジャーデビューをたす[2]音楽おんがくせいはアメリカン・ロックを志向しこうしており、カーズスーパートランプなどに影響えいきょうけていた[2]。1980ねんにリリースしたシングル「Rockin' On the 月光げっこう仮面かめん」よりキーボード担当たんとうとしてあらたに小室こむろ哲哉てつや加入かにゅうし、のちに2まいのアルバムをリリースするも、1981ねん小室こむろ脱退だったいする[2]

1983ねん初頭しょとうに「小室こむろ自腹じばらで30まんえんして、しスタジオをりた」[3]「コンピューターを使つかって、1にち仕上しあげた」「小室こむろによるインストゥルメンタルきょくが3きょく収録しゅうろくされた」内容ないようのデモテープを小坂こさか洋二ようじんだ。小坂こさかはその内容ないよう斬新ざんしんさ・ポップさにおどろきながらも、「これにボーカルがはいっていたら、もっといい」と指摘してきする[4]

それをいた小室こむろあらたなグループの結成けっせい検討けんとうし、「中央ちゅうおうでスポットライトをびて、ボーカルをれる」とんだ宇都宮うつのみや木根きね勧誘かんゆうする[3]。デモテープ「1974 / パノラマジック」を1983ねん3がつから制作せいさくして、1983ねん4がつ13にち完成かんせいした。そして、そのデモテープを当時とうじ所属しょぞくしていたJun & Kei内緒ないしょで15しゃのレコード会社かいしゃと「フレッシュサウンズコンテスト」に応募おうぼした。おくったら2にちに15しゃ・コンテストすべてから電話でんわって応対おうたいまわったが、エピック・ソニー一番いちばん反応はんのうおそかった。小室こむろが「いますぐいてくれ」と催促さいそくしたら、15ふん小坂こさかから「いますぐてくれ」とわれた。その小坂こさかから「どういうかたちでデビューしたいのか」「どんなLPをつくりたいのか」ひとし色々いろいろ質問しつもんをされ、その時点じてんでエピック・小坂こさかむことを[5]小坂こさかから「登場とうじょう仕方しかた派手はでほうがいいから、そのコンテストに優勝ゆうしょうしてきてよ」と要請ようせいされる[4]

5月にTM NETWORK結成けっせいする[2]同年どうねん8がつには東京放送とうきょうほうそうTBSラジオ)および日本にっぽんコカ・コーラ主催しゅさいひらかれていたアマチュア歌手かしゅ・バンドのコンテストである「フレッシュサウンズコンテスト」に出場しゅつじょうし、「1974」を演奏えんそうしてグランプリを受賞じゅしょう[2]。1984ねんにエピック・ソニーからメジャーデビューすること決定けっていした[2]

録音ろくおん

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利用りようしたレコーディングスタジオは、オタリオープンリールしきの16トラックか24トラックのマルチトラック・レコーダーちいさなミキシング・コンソールKorg Polysixかく1だいだけあり、専属せんぞくのエンジニアが1人ひとりもおらず、当時とうじ活動かつどうしていたフォークソングシンガーたちからも「使つかえない」と見限みかぎられていた場所ばしょだった。小室こむろは「ちいさなボーカルブースになん出入でいりして、ほとんどミキシング・コンソールをとおさずにテープレコーダー直接ちょくせつ録音ろくおんする」、「リズムスネアドラムりてろくる」、「一人ひとりこえを4かいかさねる」、「環境かんきょうわるさが原因げんいんノイズはいったら、ぎゃくしょうそうとその声域せいいきのノイズをれる」、「スケジュールの都合つごうでそのスタジオしか使つかえない場合ばあいはピアノがけないから、うたメロのデモは3にんこえ録音ろくおんする」ひとし様々さまざま工夫くふうらした。その経験けいけんから、小室こむろは「『そのスタジオにある機材きざいなに出来できるか』という実験じっけんせいあそごころけた」と回想かいそうしている[6]。そのスタジオないでの試行錯誤しこうさくごにスタジオないでの作業さぎょう期間きかんの3ぶんの1をついやした[7]

シンセサイザーはRoland MC-8PPG Wave 2.2YAMAHA - DX7主力しゅりょくとし、そのにもmoogOberheim Electronicsひとし海外かいがい当時とうじ高級こうきゅうなシンセサイザーを多数たすう使用しようした[8]そろえられたシンセサイザーはすべてマニピュレーター小泉こいずみひろし私物しぶつであり、プログラミングの複雑ふくざつ作業さぎょうすべ小泉こいずみ担当たんとうした[9]最初さいしょYAMAHA - DX1をメインにする予定よていだったが、発売はつばいおくれたためPPG Waveをメインにした[10]

小室こむろ意向いこうにより、「カリビアーナ・ハイ」のようにでなくバンドスタイルでレコーディングしたいという意図いとがあったきょくでは、何人なんにんかのミュージシャン参加さんかしている。クレジットはLPレコードのおび裏面りめんにしか明記めいきされていないが、北島きたじま健二けんじをはじめそののTM NETWORKにかせないサポートメンバー参加さんかしている。ただし、小室こむろは「本来ほんらい終始しゅうしテクノポップとおし、せいのドラム・せいのピアノ・せいのギターを使つかわないトレヴァー・ホーン手法しゅほうちかづきたかった」と回想かいそうしている[7]

宇都宮うつのみやは「TM以前いぜんにやってたバンドサウンドとはちがうタイプのものだったし、はじめてうたうようなきょく」「いきなりほとんどのきょくに『ドラマーがいない』というところからはじまるというまったちがうレベルのものである」としょうし、ある程度ていどれてうたえるようになってから、それでもさらむずかしいきょく[11]宇都宮うつのみやはそのしょうしつ独特どくとく転調てんちょう作風さくふういどむために、ドラムのおと以外いがいすべてのパートの音量おんりょうしたのちうたれに参加さんかした[12]

アルバム収録しゅうろくさいにボツとなった「OPEN YOUR HEART」は、小室こむろのソロアルバム『Digitalian is eating breakfast』(1989ねん収録しゅうろくの「OPERA NIGHT」としてメロディーし、歌詞かしアレンジえて発表はっぴょうされている。おぞうりしていたTMバージョンについてもベストアルバム『TMN RED』(1994ねん)に収録しゅうろく、また「グリニッジのひかりはなれて」についてもベストアルバム『Gift from Fanks T』(2020ねん)に収録しゅうろくされることになった。それ以外いがいにも「QUATTRO」、「17 to 19」、「HAPPY BIRTHDAY YOUR POINT」、「LOVIN’YOU」、「かなしき16さいとうボツとなったきょくがあり、最終さいしゅうてきには9きょくしぼられた。

コンセプトは「おかたこときにして、なつのはじけかたをとにかくたのしんでもらう」「とりあえず気持きもおとして、そのときのテンションを最後さいごまでとおす」ことを目指めざした[13]

音楽おんがくせい

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全体ぜんたいとおして小室こむろエレクトロ・ポップ目指めざしていたが、1きょく「カリビアーナ・ハイ」にかんしては「1きょくからピコピコしたおとだけだったら、ポップなメロディとはいえ、あまりにも前衛ぜんえいてきこえてしまう」との理由りゆうなま演奏えんそうきょくとなった[14]。また、どうきょく歌謡かようきょくではなくワム!意識いしきしていたという[14]。2きょく「クロコダイル・ラップ (Get away)」ではRun-D.M.C.ビースティ・ボーイズ意識いしきしてラップ導入どうにゅうしており、サウンドにかんしてはニューロマンティック調しらべおととなった[14]。3きょくの「1/2の助走じょそう (Just for you and me now)」はAORきょくとなっており、ジャクソン・ブラウンなどのウエストコート・サウンドに影響えいきょうされている[14]。また「いままでにないようなあたらしい音楽おんがくしたかった」とのげんとおり、イギリスに傾倒けいとうしすぎた場合ばあいはアメリカに、ロックに傾倒けいとうしすぎた場合ばあいはAORやポップスにとう意図いとてきにバランスをっていたという[14]。また、前年ぜんねんイエロー・マジック・オーケストラ散開さんかいしテクノポップブームがっていたため、そのるいおとはご法度はっとにしていたという[14]。7きょくの「金曜日きんようびのライオン (Take it to the lucky)」にかんしては、本来ほんらいアース・ウィンド・アンド・ファイアーをイメージした壮大そうだいなものであったがすべてシンセサイザーのおと集約しゅうやくされる結果けっかとなった[14]。また、歌詞かしかんしては当初とうしょ別人べつじん依頼いらいしていたものの、きょくせることむずかしいとの理由りゆうことわられたため、小室こむろ自身じしん作詞さくしした[14]一部いちぶではセルジオ・メンデス影響えいきょうけている[14]。8きょくの「RAINBOW RAINBOW (陽気ようきなアインシュタインと80年代ねんだいモナリザの一夜いちや) 」にかんしては、ヒッピームーブメントの影響えいきょうけたサイケデリックなカルチャーや、ウッドストック・フェスティバルなどのそう決算けっさんのような世界せかいかん目指めざした[14]。9きょくの「パノラマジック (アストロノーツの悲劇ひげき)」では、トレヴァー・ホーンブライアン・イーノ製作せいさくするようなおと目指めざし、エレクトリック・ライト・オーケストラのテイストがふくまれている[14]。また、全体ぜんたいとおしてボーカルにかんしてはまった加工かこうされておらず、「宇都宮うつのみやくんは大変たいへんだったとおもいます」と小室こむろはコメントしている[14]

音楽おんがく別冊べっさつ宝島たからじま1532 音楽おんがくかないJポップ批評ひひょう53 TMN&小室こむろ哲哉てつや[ポップス神話しんわ創世そうせい]』にてライターのともえりょうのすけは、ほんさく音楽おんがくせい歌詞かしたいして「幻想げんそうてきなシンセサウンドと物語ものがたりせいのある歌詞かし特徴とくちょう[2]」と表現ひょうげんしたほか音楽おんがく解説かいせつしゃさかきひろとはのTM NETWORKの音楽おんがくせいよりもバンドサウンドにちかこと指摘してきしたほか、「曲調きょくちょうてきにもラテン・フュージョンがかったちょっとハードなシティ・ポップスという風情ふぜい」とべ、80年代ねんだい初頭しょとう風俗ふうぞくやトレンドを反映はんえいした楽曲がっきょくぐんであると位置付いちづけた[15]

リリース履歴りれき

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1984ねん4がつ21にちEPIC・ソニーより、LPCTCDの3形態けいたいでリリースされた。

その1987ねん7がつ1にちにCDのみさいリリースされた。そのも1991ねん9がつ5にち、1996ねん6がつ17にち、2000ねん3がつ23にちさいリリースされ、2004ねん3がつ31にち完全かんぜん限定げんてい生産せいさんばんCD-BOXWORLD HERITAGE DOUBLE-DECADE COMPLETE BOX』にかみジャケット、24bitデジタルリマスタリング仕様しよう収録しゅうろくされた。

2007ねん3がつ21にちには単独たんどくかみジャケット、デジタルリマスタリング仕様しようでリリースされ[16]、2013ねん2がつ20日はつかにはデジタルリマスタリング仕様しようBlu-spec CD2にてリリースされた。

No. 日付ひづけ レーベル 規格きかく 規格きかく品番ひんばん 最高さいこう順位じゅんい 備考びこう
1 1984ねん4がつ21にち EPIC/SONY LP
CT
CD
28・3H-117
28・6H-100
35・8H-11
-
2 1987ねん7がつ1にち CD 32・8H-126 71
3 1991ねん9がつ5にち Epic/Sony Records ESCB-1208 -
4 1996ねん6がつ17にち ESCB-1751 -
5 2000ねん3がつ23にち Epic Records ESCB-2113 -
6 2004ねん3がつ31にち ESCL-2521 - CD-BOXWORLD HERITAGE DOUBLE-DECADE COMPLETE BOX』(完全かんぜん生産せいさん限定げんていばん収録しゅうろく
かみジャケット、24bitデジタルリマスタリング仕様しよう
7 2007ねん3がつ21にち GT music(Sony Music Direct MHCL-1034 - かみジャケット、デジタルリマスタリング仕様しよう完全かんぜん生産せいさん限定げんていばん
8 2013ねん2がつ20日はつか Blu-spec CD2 MHCL-30007 215 デジタルリマスタリング仕様しよう

アートワーク

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発売はつばい当時とうじシングルアルバム同時どうじリリースでデビューすること自体じたい破格はかくあつかいだったのもさることながら、ワニのおめんこうむった少女しょうじょのジャケットが印象いんしょうてきであり、アーティスト自身じしん登場とうじょうしていないジャケットデザインは業界ぎょうかいでも異例いれいことだった。ちなみに、その少女しょうじょのち1993ねん宇都宮うつのみやたかしのソロツアーにコーラスとして参加さんかしたYURIAいもうとである。ジャケット撮影さつえい浜松はままつ砂丘さきゅうおこなさいに、えきで5あいだたされさむおもいをしたため、「モデル仕事しごとめる」とってめてしまった[17]

ほんさくリリースの6がつ18にち渋谷しぶやLive Inn、7がつ17にち梅田うめだバナナホール、7がつ31にち渋谷しぶやLive Innにて「DEBUT CONCERT」と銘打めいうったライブが開催かいさいされた。また同年どうねん12がつ5にち渋谷しぶやPARCO part3、12月27にち札幌さっぽろ教育きょういく文化ぶんか会館かいかんにて公式こうしきでははつとなるライブ「ELECTRIC PROPHET」が開催かいさいされた。

批評ひひょう

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専門せんもん評論ひょうろんによるレビュー
レビュー・スコア
出典しゅってん評価ひょうか
CDジャーナル肯定こうていてき[18][19]
音楽おんがくかないJポップ批評ひひょう53 TMN&小室こむろ哲哉てつや[ポップス神話しんわ創世そうせい肯定こうていてき[15]
  • 音楽おんがく情報じょうほうサイト『CDジャーナル』では、「リーダーの小室こむろ哲哉てつや中心ちゅうしんに、きわめて音楽おんがくせいたか作品さくひん提供ていきょうしている。おとづくりのプロセスも面白おもしろそう。いいバンドの出現しゅつげん拍手はくしゅ![18]」、「ニューロマンティックの影響えいきょう色濃いろこくみられ、すでに音楽おんがくセンスのたかさが垣間見かいまみえる作品さくひんとなっている[19]」と音楽おんがくせい楽曲がっきょくづくりにかんして肯定こうていてき評価ひょうかくだしている。
  • 音楽おんがく音楽おんがくかないJポップ批評ひひょう53 TMN&小室こむろ哲哉てつや[ポップス神話しんわ創世そうせい]』において音楽おんがく解説かいせつしゃさかきひろとは、「クロコダイル・ラップ (Get Away)」にかんして「TKサウンドの萌芽ほうがともいうべきコード進行しんこうやメロディがかれる」としたほか、「1/2の助走じょそう (Just For You And Me Now)」を珠玉しゅぎょくのバラードと表現ひょうげん、「1974 (16光年こうねん訪問ほうもんしゃ)」や「RAINBOW RAINBOW (陽気ようきなアインシュタインと80年代ねんだいモナリザの一夜いちや)」は「作詞さくし西門にしもん加里かりとの相性あいしょうさをしめすことにもなった」など肯定こうていてき評価ひょうかしているが、反面はんめんこれら以外いがいきょく印象いんしょううすいとも指摘してき、さらに麻生あそうかおり太郎たろうにはプレバブル空疎くうそなオシャレかんかんじられるとしたうえで「全体ぜんたいてきにいまひとつ焦点しょうてんしぼりきれていないめんいなめない」と指摘してきした[15]。しかし全体ぜんたいてき完成かんせいはファーストアルバムとしてはたかいと評価ひょうかし、宇都宮うつのみやのボーカルが安定あんていしていること木根きねが4きょく作曲さっきょくたずさわっていること特筆とくひつすべきてんであると主張しゅちょうした[15]
  • 田家たや秀樹ひできは「イエロー・マジック・オーケストラがコンピューターをれたのはやっぱり実験じっけんせいがとてもたかかったんですけど、それを大衆たいしゅう音楽おんがくとして開花かいかさせたのがTM NETWORK。そのちいさながこのアルバムにありますね」とひょうしている[20]

チャート成績せいせき

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オリコンチャートではリリース当初とうしょはランキングがいであった。1987ねんさいリリースばんにおいて最高さいこう71登場とうじょう回数かいすう6かい枚数まいすう0.8まんまいとなった。

収録しゅうろくきょく

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Aめん
ぜん編曲へんきょく: 小室こむろ哲哉てつや
#タイトル作詞さくし作曲さっきょく時間じかん
1.カリビアーナ・ハイ(CARIBBEANA-HI)麻生あそうかおり太郎たろう小室こむろ哲哉てつや
2.クロコダイル・ラップ (Get away)(GET AWAY)小室こむろ哲哉てつや小室こむろ哲哉てつや
3.1/2の助走じょそう (Just for you and me now)(JUST FOR YOU AND ME NOW)西門にしもん加里かり木根きね尚登なおと
4.1974 (16光年こうねん訪問ほうもんしゃ)(1974)西門にしもん加里かり小室こむろ哲哉てつや
5.クリストファー(CHRISTOPHER)麻生あそうかおり太郎たろう木根きね尚登なおと
合計ごうけい時間じかん:
Bめん
#タイトル作詞さくし作曲さっきょく時間じかん
6.イパネマ'84(IPANEMA'84)西門にしもん加里かり小室こむろ哲哉てつや木根きね尚登なおと
7.金曜日きんようびのライオン (Take it to the lucky)(TAKE IT TO THE LUCKY)小室こむろ哲哉てつや小室こむろ哲哉てつや
8.RAINBOW RAINBOW (陽気ようきなアインシュタインと80年代ねんだいモナリザの一夜いちや)(RAINBOW RAINBOW)西門にしもん加里かり小室こむろ哲哉てつや
9.パノラマジック (アストロノーツの悲劇ひげき)(PANORAMAGIC)麻生あそうかおり太郎たろう木根きね尚登なおと
合計ごうけい時間じかん:
ぜん編曲へんきょく: 小室こむろ哲哉てつや
#タイトル作詞さくし作曲さっきょく編曲へんきょく時間じかん
1.カリビアーナ・ハイ(CARIBBEANA-HI)  
2.クロコダイル・ラップ (Get away)(GET AWAY)  
3.1/2の助走じょそう (Just for you and me now)(JUST FOR YOU AND ME NOW)  
4.1974 (16光年こうねん訪問ほうもんしゃ)(1974)  
5.クリストファー(CHRISTOPHER)  
6.イパネマ'84(IPANEMA'84)  
7.金曜日きんようびのライオン (Take it to the lucky)'(TAKE IT TO THE LUCKY)  
8.RAINBOW RAINBOW (陽気ようきなアインシュタインと80年代ねんだいモナリザの一夜いちや)(RAINBOW RAINBOW)  
9.パノラマジック (アストロノーツの悲劇ひげき)(PANORAMAGIC)  
合計ごうけい時間じかん:

きょく解説かいせつ

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  1. カリビアーナ・ハイ - CARIBBEANA-HI
    ほんさく最後さいごにレコーディングされたきょく[14]。アルバムのくちとしてかりやすいきょく目指めざして制作せいさくされた[14]
    そのにいた3にんとスタジオミュージシャンの1はつろくりで、木根きねはピアノを担当たんとうした[21]
  2. クロコダイル・ラップ (Get away) - GET AWAY
    1stシングル「金曜日きんようびのライオン (Take it to the lucky)」のカップリングきょく
    8ビートの楽曲がっきょくしかうたってこなかった宇都宮うつのみやにとって、16ビートの楽曲がっきょくうたうのはこのきょくはじめての挑戦ちょうせんであり、大変たいへんおもいでろくった[21]
  3. 1/2の助走じょそう (Just for you and me now) - JUST FOR YOU AND ME NOW
    ほんさく唯一ゆいいつのバラードきょく。サックスプレイで中村なかむらあきら参加さんかしていたが、間奏かんそうのわずか8小節しょうせつ部分ぶぶんだけであったにもかかわらず、リハのさい自分じぶん納得なっとくいくまでフレーズをきなおしていたため、なかなか録音ろくおんれず、ブースがいにいた小室こむろ木根きねに「ねぇ、もう(このフレーズで)いいよね?」とつぶやいたという。
    当初とうしょはアップテンポなウェストコースト・ロックだったが、小室こむろから「バラードふうにアレンジしよう」と意見いけんされ、そのアイディアを木根きねめると小室こむろは「ききいれる木根きね一番いちばんえらい。普通ふつうならこういう意見いけんいやがられるのに」とった[22]
  4. 1974 (16光年こうねん訪問ほうもんしゃ) - 1974
    冒頭ぼうとう英語えいごでの会話かいわ挿入そうにゅうされているが、のちに2ndシングルとしてシングルカットされたさいにはカットされている。
    なおライヴとうでは基本きほんてきにこちらのバージョンがしゅとして披露ひろうされている。
  5. クリストファー - CHRISTOPHER
    タイトルはSF小説しょうせつからられている[14]
    小室こむろからきょく注文ちゅうもんされたときに、木根きねがTM結成けっせい以前いぜんからっていたストックをわたして、出来上できあがった[22]
  6. イパネマ'84 - IPANEMA'84
    反戦はんせんをイメージして制作せいさくした[23]
    宇都宮うつのみや機械きかいてき音程おんてい馴染なじんでいなかったため、うたいだしのメロディーは木根きね担当たんとうした[14]
    デモテープの段階だんかいではロック調ちょうのアレンジだった。その構成こうせいはライブで度々たびたび披露ひろうされた[21]
  7. 金曜日きんようびのライオン (Take it to the lucky) - TAKE IT TO THE LUCKY
    ほんさく同時どうじ発売はつばいの1stシングル。表記ひょうきとくいがシングルばんことなり、イントロ、リフレインがシングルばんでは「2サビ→1サビ→フェードアウト」にたいし、「3サビ→2サビ→1サビ→フェードアウト」と全体ぜんたいてきながくなっているなど、アルバムバージョンとなっている。
    ライヴとうでは基本きほんてきにこちらのバージョンがしゅとして披露ひろうされている。
  8. RAINBOW RAINBOW (陽気ようきなアインシュタインと80年代ねんだいモナリザの一夜いちや) - RAINBOW RAINBOW
    アルバムタイトルとなったきょく本来ほんらい、キーボードとピアノは小室こむろ演奏えんそうする予定よていだったが小室こむろ高熱こうねつ発症はっしょうし、わりに木根きね演奏えんそうした。レコーディング前日ぜんじつにフレーズのイメージを確認かくにんするために木根きね小室こもろ訪問ほうもんしたさい小室こむろ高熱こうねつでフラフラしながらあらわれたという。
    TMの楽曲がっきょくける作家さっかさがしていた小坂こさか洋二ようじが、小室こむろみつほん楽曲がっきょくと「1974」をかせたさい、そのバグパイプよう音色ねいろ新鮮しんせんさ・それにニュー・ウェイヴのリズムとシンプルなメロディをからわせた構成こうせい面白おもしろさに感動かんどうした小室こむろみつが「是非ぜひいてみたい」と懇願こんがんした。小坂こさかは「いてみれば。もっとも、くなかったらそくボツだけど」といながらも了承りょうしょうした[24]
    テーマの指示しじとくになく、小室こむろみつは「このきょく不可思議ふかしぎ雰囲気ふんいき心地ここちいビートをこわさずに、ファンタジックな歌詞かしせる」「自分じぶんきょくにはけないようなテーマをす」ことを心掛こころがけ、デモテープからメロディを譜面ふめんこして、なんいた歌詞かしわせながらうたって確認かくにんした[24]
    単音たんおん・ビートのっただなかでも、微妙びみょう抑揚よくようつくるために、えい割合わりあいおお[24]
    出来上できあがった歌詞かしをチェックした小坂こさかから、「3にんってくれた。メロディに上手うまくハマっていて、1文字もじなお必要ひつようがなかった」と称賛しょうさんされた[24]
    佐野さの元春もとはるが「10ねんに1るかないかのポップなイントロだ」と絶賛ぜっさんした[21]
    小室こむろは2014ねんに「BPMがはやくて、出来上できあがったときにも『へんきょくれてもらえないだろう』と痛感つうかんしていたが、同時どうじに『この構成こうせい逆説ぎゃくせつてき意味いみで21世紀せいきでも使つかえる』とおもった」とかえっている[25]
    田家たや秀樹ひできは「だれもがくちずさみたくなるメロディと転調てんちょう効果こうかみたいなことが計算けいさんされている」「小室こむろ哲哉てつやさんのメロディと宇都宮うつのみやたかしさんのうたがちゃんとそれだとかるくらいにあるんですけど、おとはかなりちがいますね。『ポップ・ミュージックがいかにテクノロジーの進化しんかともにあるか』という、本当ほんとうにいいれいですね」とひょうしている[20]
  9. パノラマジック (アストロノーツの悲劇ひげき) - PANORAMAGIC
    歌詞かしはほとんど木根きねげ、麻生あそう少々しょうしょうなおした[22]
    のちに2ndシングル「1974 (16光年こうねん訪問ほうもんしゃ)」のカップリングきょくとしてシングルカットされた。

スタッフ・クレジット

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参加さんかミュージシャン

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スタッフ

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脚注きゃくちゅう

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出典しゅってん

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  1. ^ 日経にっけいBPかん日経にっけいエンタテインメント!』1999ねん12がつごう49Pより。
  2. ^ a b c d e f g ともえりょうのすけ「PART 2 TM NETWORK/TMN ヒストリー&レビュー CHAPTER 1 タイムマシン、始動しどう(1984ねん-1987ねん)」『音楽おんがくかないJポップ批評ひひょう53 TMN&小室こむろ哲哉てつや[ポップス神話しんわ創世そうせい]』別冊べっさつ宝島たからじま 1532ごう宝島社たからじましゃ、2008ねん6がつ19にち、42 - 43ぺーじISBN 9784796662697 
  3. ^ a b 宝島社たからじましゃかんsmart」1999ねん12月13にちごう「SMART VIP ROOM #032 小室こむろ哲哉てつや」p.42より。
  4. ^ a b 角川書店かどかわしょてんかん月刊げっかんカドカワ」1994ねん7がつごう特別とくべつライヴ・シリーズ TMN 4001にちよる」pp.293-294より。
  5. ^ たて東社ひがしやしろかん「PLUM」1986ねん6がつごう Vol.7「禁止きんし! 保存ほぞんばんTMネットワーク パーフェクト攻略こうりゃくノート」pp.107-112より。
  6. ^ リットーミュージックかんサウンド&レコーディング・マガジン』2007ねん1がつごう 97Pより。
  7. ^ a b 角川書店かどかわしょてんかん月刊げっかんカドカワ』1991ねん10がつごう32P-33Pより。
  8. ^ リットーミュージックかんキーボード・マガジン』 2010ねんSUMMERごう 18Pより。
  9. ^ プレイヤー・コーポレーションかんPlayer」1984ねん1がつごう243Pより。
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  15. ^ a b c d さかきひろと「PART 2 TM NETWORK/TMN ヒストリー&レビュー TM NETWORK / TMN オリジナルアルバム "WILD" レビュー #1」『音楽おんがくかないJポップ批評ひひょう53 TMN&小室こむろ哲哉てつや[ポップス神話しんわ創世そうせい]』別冊べっさつ宝島たからじま 1532ごう宝島社たからじましゃ、2008ねん6がつ19にち、44ぺーじISBN 9784796662697 
  16. ^ TM NETWORK、80年代ねんだいの8タイトルをリマスター&ジャケで再発さいはつ”. CDジャーナル. 音楽おんがく出版しゅっぱん (2007ねん1がつ9にち). 2019ねん8がつ13にち閲覧えつらん
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  23. ^ 自由じゆう国民こくみんしゃかんシンプジャーナル」1987ねん1がつごう73P-74Pより。
  24. ^ a b c d シンコーミュージック・エンタテイメントかん「ノイジー・ナイトに乾杯かんぱい!」小室こむろみつしるpp.138-141より。
  25. ^ エムオン・エンタテインメントかんWHAT's IN?』2014ねん6がつごう75Pより。

外部がいぶリンク

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